『連日熱戦が続いている阪神甲子園球場、本日も注目の対戦カードとなっています!
一塁側、波乱続きの予選を勝ち抜いてきたダークホース…聖ジャスミン学園!
高校野球の歴史を変え、そして甲子園に史上初という名誉を刻む女子選手達の活躍に期待です!
そして三塁側、雪国高校!
雪国ならではの強い足腰、そして粘り強い野球に注目です!
キャプテンの雪藤君を筆頭に屈強なフィジカルを誇る北の戦士達はどんなプレイを見せてくれるのでしょうか!?
間もなくプレイボールです!』
今日、聖ジャスミン学園にとって初めての、聖地…甲子園での試合が行われる。
聖ジャスミンのスタメンは予選を勝ち抜いてきた打順から変更はない。
1番は俊足の矢部君が務め、2番の雅ちゃんがチャンスを広げる。
そしてクリーンアップ、下位打線と得点を重ねる穴のない打線だ。
俺は3番ライトで出場する。
『…プレイボール!』
甲子園の中継で耳馴染みのあるサイレンが響き渡る。
この試合、聖ジャスミンは先攻となった。
そして、サイレンの音の中でジャスミンのスピードスターが打席に立つ。
『1番 センター 矢部君』
「甲子園での初打席…もちろんヒットを狙うでやんす!
やってやるでやんすよーっ!」
雪国高校の先発は右投げの大柄な投手。
彼は体格を活かしたストレートを投げ込む。
「速い!」
140km/hは超えているであろう高めの直球。
しかし矢部君はこれに打って出た。
『キィィン!』
引っ張った打球は三塁線を破る。
これを見るや矢部君は一塁を蹴り二塁ベースに向かって快足を飛ばす。
そして滑り込む必要もない程のスピードでセカンドに到達した。
スタンディング・ダブル。
「ナイスバッティング!」
「よくあの速球を引っ張れたわね!やるじゃない!」
チーム発足時は9番が定位置だった矢部君だが、現在ではスイングも力強くなり小技だけではない万能の1番打者へと成長しつつある。
そして彼の武器は…。
『走った!』
2番の雅ちゃんが打席に入った、初球。
矢部君は果敢にスタートを切る。
そして捕手からの送球より先にベースへと滑り込んだ。
『セーフ!』
『速い!矢部君、素晴らしい俊足です!
これでノーアウト3塁の大チャンスとなりました!』
『ワッ!!』
甲子園の大観衆が沸く。
矢部君の初球打ち、そして初球からの三盗で初回から試合の流れは聖ジャスミンのものとなっていた。
そして2番の雅ちゃんは2ボール1ストライク、バッティングカウントからの甘い変化球を流し打つ。
これが三遊間を抜けるタイムリーヒットとなった。
『聖ジャスミン学園、初回から先制点を奪いました!』
「よっしゃでやんす!」
「ナイスラン!矢部君!」
ネクストバッターズサークルにいた俺は矢部君とハイタッチを交わす。
そして、直後のコールに促され打席に入った。
『3番 ライト 瀬尾君』
『ワァー!』
『頑張れー!応援してるぞー!』
予想以上の歓声に面食らい思わず目を丸くする。
しかしすぐに気を取り直しバットを握り直した。
『さあ、ここで打席を迎えるのはチームのキャプテン!
クリーンアップの一角を担い、リリーフ投手として試合を締める投打での活躍が期待されます!
諸々の事情もあり注目を集めている瀬尾君は1、2番に続く事が出来るでしょうか?』
初球。
外角への変化球を見送りボール。
これはスライダーだろうか?
まだ初回ではあるが、ピッチャーはこの球を上手くコントロール出来ていないようだ。
そうとなると…。
2球目は内角へのストレート。
140km/hを超える速い球が胸元をえぐった。
『ボール!』
これでカウントは2ボール0ストライク。
相手はストライクが欲しいはず。
そう考え、ストレートに狙いを定めた3球目。
相手投手が投じたのは外角へのストレート。
俺は狙い通りの球種に対しフルスイングで迎える。
『キィィン…ガシャン!』
『鋭い打球はライトフェンスを襲います!
その間にバッターランナーは2塁へ!
ランナーは悠々ホームイン!
2-0と点差を広げます!
タイムリーツーベースヒット!』
「よし!」
俺は塁上で手を叩く。
ファーストストライクに対ししっかりと振っていった事が結果に繋がった。
今のは我ながら上手く打てた。
2点先取は大きい。
あとはこれを守り切れば…。
『カキィーンッ!!』
そんな俺の小さい考えを吹き飛ばしたのは、ジャスミンの主砲の痛烈な当たり。
打球はぐんぐんと伸び…そして。
『ドカン!』
センターバックスクリーンに飛び込んだ。
『ホームラン、ホームランです!
何と4番の大空さん、初球をバックスクリーンに持っていきました!
女性とは思えないパワーです!』
「あはは…」
そうだった、これがウチの4番の当たりだった。
俺は素直に『かっ飛ばせ!狙うはホームランだ!』と応援をしていればいいんだ。
こんなスラッガーが後ろに控えているのだから。
「やったー!やりましたー!」
「すごい当たりだったね、大空さん!
あれが今大会1号ホームランだって!」
2塁ランナーだった俺が先にホームを踏み、大空さんを迎えるところでそう言葉を交わした。
大空さんは、
「それだけじゃ終わらないよー!
目指すは最多本塁打だー!」
と頼もしい言葉を発していた。
雪国高校は続く美藤さんを四球で歩かせるも、後続を打ち取りこの回を終えた。
そして1回裏、マウンドには聖ジャスミンのエースである太刀川さんが上がる。
その初球。
『ストライク!』
『132km/h!速い!
サウスポーで、しかも女性である事を考えるとこれは素晴らしいスピードです!』
太刀川さんの速球にスタンドも歓声を上げる。
足を大きく上げるダイナミックなフォームから繰り出す力のあるボールは観客を沸かせるに相応しい威力を誇っている。
そして先頭打者を力ないゴロに打ち取る。
「任せて!」
二塁手の夏野さんはこれを軽快に捌き、ボールを1塁に送る。1アウト。
「ヒロぴー、ストレート走ってるよ!
どんどん打たせていこ〜!」
「うん、バックは頼んだよナッチ!」
そう太刀川さんと夏野さん互いを指差しながら声を掛け合う。
太刀川さんは好調そのままに2番バッターもストレートで追い込み、最後に弧を描くカーブを投げ込み空振り三振を奪った。
そして次のバッターは…。
「3番 センター 雪藤君」
高校生とは思えない髭を蓄えた大男が打席に入る。
彼がチームの主柱である雪藤だ。
…コクリ。
太刀川さんは小鷹さんのサインに頷くと初球、ストレートを外角に外した。
さすがにこのバッターに対しては警戒を見せる。
これで1ボール。
そして2球目。
『バシン!』
『ストライク!』
シュートが右バッターである雪藤の内角、ボールからストライクになるコースに決まり1ストライク目を取った。
これが太刀川さんが甲子園に向けて習得を目指した『フロントドア』だ。
内角のボールゾーンからストライクへと変化する球を投げるフロントドア、逆に外角のボールからストライクに曲がるバックドアがそよ風高校との試合で効果的だったため、太刀川さんは本腰を入れてこの投球を磨いたのだ。
夏の予選前に変更した投球フォームでの制球が向上した事で可能になったこれらの投法は、太刀川さんのようなムービング使いの真髄とも言えるものだろう。
続く2球目は逆に内角へと食い込んでいくムービング。
雪藤はこれをファウルにする。
そして2ストライクからの3球目。
『シュッ…クククッ!』
バッテリーが選んだのは3球勝負。
スクリューが右バッターの外角低めへと沈む。
内角の出し入れでバッターにインコースの印象を刷り込み、決め球に外角への変化球。
初見では対応が難しいであろうこの攻めに雪藤は、
『……スッ』
『コン!』
「バントだ!」
2ストライクからセーフティバントを敢行した。
クリーンアップがランナーもいないのに初回からバントという予想外の手。
しかし、聖ジャスミンの背番号1はこの奇策に動じる事はなかった。
「あたしが捕る!」
三塁線に転がる打球に太刀川さんは猛然と突っ込み、右手に着けたグラブでボールを捕ると身体を反転させ一塁へと送球する。
『…アウト!』
間一髪でバッターを打ち取った太刀川さんは小さくガッツポーズをすると、エースの風格を漂わせながらベンチへと戻って行く。
「太刀川さん、ナイスフィールディング!」
「本当にね。
よく落ち着いて対応したわ」
「あはは、ありがとう!
でもこれくらい大した事ないよ」
そよ風高校の攻めに比べたら単調で、読みやすいくらいだったよ。
太刀川さんはそう言うと静かに笑った。
予選決勝で対戦したそよ風高校は機動力を活かした戦略的な野球で俺達を苦しめた。
特に先発投手として長いイニングを投げた太刀川さんは、あのチームのいやらしさ、あらゆるプレイを撒き餌にして相手を罠にかけるような狡猾さを肌で感じている。
予想と準備、そして対応力。
それらの重要性を理解し、投手として一皮剥けた太刀川さんにはあのバントも想定の範囲内だったようだ。
守備での好プレイは打線の活性化にも繋がる。
それがエースによるものなら尚更だ。
ここから聖ジャスミンは試合を終始有利に進めていった。
☆
そして9回裏、ラストイニングとなった。
ここで太刀川さんはマウンドを降りレフトに入る。
8回2失点、犠牲フライ1本と内野ゴロゲッツーの間の1点に抑えクリーンヒットでの失点は許さなかった。
そして後を託された俺がマウンドに上がる。
『聖ジャスミン学園、守備の交代をお知らせします。
ピッチャーの太刀川さんがレフト。
レフトの美藤さんがライト。
ライトの瀬尾君がピッチャー、以上に代わります』
『さあ試合はいよいよ最終回。
7-2とリードした場面でキャプテンの瀬尾君がマウンドに上がります。
対する雪国高校は1番からの好打順、粘ってランナーを貯めたいところです!』
「瀬尾」
小鷹さんが口元をグラブで隠しながら配球についての確認に来る。
「雪国打線はヒロの左右の揺さぶりと緩いカーブ、スクリューの軌道が頭にあるはずだわ。
今日はヒロが長いイニングを投げてくれたから尚更ね」
「うん。
だからこの回は高めと低めを使って攻めるって事かな?」
「話が早いじゃない。
高めのストレートとスプリットを軸にするわよ」
打ち合わせを終え小鷹さんはキャッチャーズボックスに戻る。
そして雪国高校の1番バッターが打席に入った。
『プレイ!』
『…こくり』
小鷹さんのサインに頷き投球動作に入る。
『シュッ!』
投じたのはスプリット。
相手バッターはストレート待ちをしていたのか落ちる球に空振り。1ストライク。
そして2球目。
ここはスプリットを続ける。
ストライクからボールになる球を見送られカウント1-1。
3球目。
『バシンッ!』
高めのストレートが決まり2ストライクと追い込んだ。
カウント1-2からの4球目。
ここで選んだのはアウトローへのストレート。
追い込まれて落ちる球が頭にあったのか、バッターは対応しきれずバットに当てるので精一杯。
打球はファーストゴロとなり1アウト。
「ナイス川星さん!」
この声に川星さんは「瀬尾君、あとアウト2つッスよ!」と手を挙げて応えた。
続いて2番打者にはストレートでカウントを稼ぎ、最後にスプリットで空振り三振を奪って2アウト。
あとアウト1つという場面で雪国のキャプテン、雪藤の打席を迎える。
「……」
(こいつは典型的なアベレージヒッター。
ツボに入れば長打もあるけど基本は力押しでいい!)
『サッ!』
小鷹さんが出したサインは高めのストレート。
それに頷き全力のストレートを投じる。
『キィン!』
打球はファウル、バックネットへと飛んでいった。
球威では勝ったがタイミングは合っている。
続く2球目、右打者の雪藤の内角を突くシュートはボール。
3球目に投じたスプリットはファウル。
4球目もスプリットを続けたが外角低め、ストライクからボールになる変化球を見極められボールとなる。
そしてカウント2ボール2ストライクからの5球目。
『シュッ!』
小鷹さんのミット目がけて勝負球を投げ込む。
4球目と同じ軌道で外角へとボールが向かう。
しかしこの球は先程までとは違い、落ちる事なくそのままミットへと突き刺さる。
『バシン!』とミットが鳴る音が聞こえ、そこからコンマ数秒後に主審のコールが響いた。
『ストライク!バッターアウト!』
途中でストレートだと気付き、振りにいった雪藤だったが腰の入っていないスイングではバットに当てる事は出来ない。
スプリットの軌道を見せておいてのストレートにバットは空を切った。
『ゲームセット!』
『試合終了〜!
聖ジャスミン学園、見事な勝利です!
初戦を快勝で終えました!』
3つ目のアウトを取り試合は終わりを迎えた。
最終的なスコアは7-2。
初めての甲子園、それも初戦としては安定した試合運びをする事が出来た。
「やったぁ〜!
甲子園で勝ったんだよ、僕達!」
雅ちゃんがショートからマウンドへと駆け寄って来る。
それに続いてセンターの矢部君も俊足を飛ばしながら、
「全国で1勝…すごい事でやんすよ!」
と興奮を抑えきれず喜びを爆発させていた。
客席も聖ジャスミン…特に女性選手達の活躍に心を動かされたのか力強い声援を送っている。
レフトに移っていた太刀川さんは『ナイスピッチングだったぞー!』という自らへの賞賛に少々恥ずかしそうにしながらぺこりと頭を下げる。
太刀川さんのボールを受けていた小鷹さんも、表情を大きく崩しはしないもののどこか嬉しそうにそれを見つめていた。
その姿にこちらの顔もほころび、喜びを感じるのであった。
☆
「……」
聖ジャスミン学園は夏の予選を経て成長している。
その確信はあったが、まさかここまでとは正直思っていなかった。
特にエースの太刀川、そして4番の大空。
その役割を務めている以上ある程度の活躍は予想していたが…。
まさか2桁奪三振にバックスクリーンへのホームランとはな。
試合を勝利で終え喜びを分かち合うジャスミンナインの姿をスタンドから見つめながら、自分であればどう抑えるか、どう打ち崩すか考えを巡らせる。
頭に浮かんだのは聖ジャスミンのキャプテンのように投打でチームを牽引する自分の姿。
…と、そこに「おい、いつまでそうしている」というこちらの思考を途切れさせる声が飛んできた。
「ああ、すいません。
聖ジャスミンと当たった時の事を考えていました」
「対戦するとしたらジャスミンが次の試合に勝った時だろう。
その前に我々には試合がある。
先を見据えるのはいいが、お前の立場であればチームを目の前の1勝に向けてまとめなければならない」
そうだろう、
この言葉にオレは頷く。
「ええ…分かっていますよ」
それが野球部No.1の選手…『
「でも
「……ふっ」
深く被った帽子から見える眼光はいつもと変わらず鋭いままだったが、口角は僅かに上がり吐息のような笑い声が漏れた。
「その為にも勝ち進みましょう。
…帝王実業の名に相応しい圧倒的な勝ち方で」
自分らしくもない、熱く
オレ達帝王野球部は次の試合に向けて球場を後にした。