よろしくお願いします。
『この記事の掲載により関係者の皆様に多大なるご迷惑をお掛けした事を、ここに謹んでお詫び申し上げます』
ご意見を真摯に受け止め、これからの誌面づくりに…と続く謝罪文の締めに、とっくに興味を失っていた俺は流し読む事もせずにページを閉じ、ぽいとその辺に放り投げた。
「……」
天井をぼんやりと見上げながら、かつての自分を思い返す。
自分という人間の幼少期と自分に影響を与えた少年の姿を。
そして完全に
突然の
それは幼かった自分には大きく心に残る出来事だった。
だがそれを補って余りある程に、彼との出会いは自分を救った。
それで強くなれた、とは思わないが、その後の環境の変化に耐えられる支えを貰ったのだ。
★
「あっち行ってろよチビ!」
「そんな小さいやつが野球なんか出来る訳ないだろ!」
そうやってまた上級生にグラウンドから追い出される。
…体が小さいのは仕方ないじゃないか。
何でそんな理由で仲間外れにするの?
とぼとぼと家に帰ろうとした時、彼が現れた。
「君、どうしたの?」
「…みんなが仲間に入れてくれなくて」
「…一緒に野球がやりたいの?」
『こくん』
首を縦に振るのを見て彼は「じゃあ、おいでよ!」と手を引いてくれた。
「おい!」
「何だよ、お前」
「この子を仲間外れにしてるだろ!」
「だってそいつじゃ無理だろ。
チビだし下手だし、いらねーよそんなやつ!」
びくっと思わず彼の影に隠れる。
しかし彼は臆する事なく言い放った。
「そんな事言ってるやつが野球上手いはずない。
僕と勝負しろ!」
「は?何でお前と…」
「負けたら何でも言う事聞いてやる!」
この言葉にいじめっ子達は顔を見合わせてニタッと笑った。
「いいぜ、勝負してやるよ。1打席勝負だ。
ただし…そこまで言うって事はよっぽど野球が上手いんだろ?
じゃあ、バットに当てられたら負けってルールでいいよな?」
「ああ、いいよ!」
そう言ってカバンからグラブを取り出すとそれをはめてボールをパシンとグラブに叩きつけた。
準備はいいか、と上級生が聞くと、
「ああ、いくぞ!」
と彼は声を上げ、投球動作に入る。
上級生は明らかにバットを短く持ち
しかし彼はそれを物ともせずボールを投げ込んだ。
『ビュン!』
『ブン!』
「は、速い!」
彼の投げた速球に上級生のバットは空を切る。
「1ストライクだ!」
顔が青ざめる上級生。
彼はそれに構わず2球目を投じる。
これにも上級生は空振り。
そして当然のごとく、最後までボールはバットに擦りもせず三球三振となった。
「僕の勝ちだ。
さあ、この子に謝れ!」
「う、うるせえ!知らねえよ!
こんなのなしだ、なし!」
「もう行こうぜ!」と上級生達はこの場を去っていった。
その姿を彼はため息をつきながら眺めている。
「誘われてもあいつらと野球なんてしたくないな…。
…ねえ?」
そしてこちらに向き直ると「君、名前は?」と尋ねてきた。
「あ、
「綾音ちゃんか、可愛い名前だね」
この言葉に複雑な顔をしていると、
「僕の名前は
と彼は自己紹介をした。
それから…。
「もしよかったら僕と一緒に野球をしようよ!」
彼はそう言って手を差し伸べてくれたのだった。
☆
「綾音ちゃん、ここだよ!」
近くのグラウンドでは少年野球のチームが練習をしていた。
そして彼の口添えで一緒に練習をさせてもらえる事になった。
「今日は練習の最後に試合をするから君も出なよ!」
「で、でも、下手くそが出たらみんなに迷惑かけちゃうよ…」
「何で?」
「えっ…?」
「野球をしたかったのに、上手くなりたかったのに、出来る環境がなかったから…だから慣れてなくて他の人に比べて下手だって言うんでしょ?
じゃあコツを掴むためにもいっぱい野球をしようよ!」
「…いいの?」
「もちろん!」
それから…。
キャッチボールをしたり、バットを振ったり、ボールを追ったりして初めて野球をしたと言える1日になった。
そして、練習試合が始まり試合が終盤に差しかかったところで、
「代打だって!
はい、バット!」
とバットを手渡された。
「ど、どうすれば?」
「初球はまっすぐが来るはずだ。
だからシンプルに打てばいいよ。
練習中に僕が言った事、覚えてるでしょ?」
「『バッティングの基本はセンター返し』…だよね?」
この答えに彼は笑顔で頷いた。
そして…。
『カーン!』
人生で初めてのヒットを打つ事が出来たんだ。
「おめでとう!やったね!」
「あ、ありがとう!
まだ信じられないよ…!」
彼はにっこりと笑ってこう尋ねた。
明日からもおいでよ、野球って楽しいでしょ…と。
☆
練習に混ぜてもらうようになって少し経った頃。
他のチームとの試合に彼…光輝君がスタメンで出るという事で、その試合の見学に行った。
そしてもうすぐ試合が始まる…そんな時間になって、チームの監督が光輝君のもとに走っていくのが見えた。
そして言葉を交わすと、光輝君は試合に出る事なく大人に連れられてグラウンドを去っていった。
それからだ、彼が練習に出なくなったのは。
そして1、2週間が経った頃。
グラウンドに久しぶりに光輝君の姿があった。
ユニフォーム姿でない事に引っかかったけど、構わずに駆け寄った。
「久しぶり、光輝君!」
「…ああ、綾音ちゃん」
「どうしてたの?
風邪でもひいてたの?」
「……」
「光輝君?」
彼は子供の自分にもそうだと分かる作り笑いを浮かべていた。
目には光がなく、彼の身に何かが起きているという事だけが分かった。
「…どうしたの、何か…あった?」
これに彼は無言で首を振る。
そして、
「僕、引っ越す事になったんだ。
だからお別れを言いに来たんだよ」
と、自分の行く先を照らす光は、もう目の前から失われるのだという事を知ったのだった。
出会ってからの期間はとても短い。
でも彼との出会いが自分の転機になった事は間違いなかった。
憧れがこれ程に力になるとは思ってもみなかった。
元々体が弱くて、外で遊ぶ事もなかなか出来なかった。
背も小さくて、それがコンプレックスだったけど。
こうなりたいという姿を目にして、まず心が強くなった。
そして少しずつ、本当に少しずつだったけど自分を鍛えていった。
それが自分ではどうしようもない問題、その結末に耐えるだけの『支え』になったのだ。
『お父さんとお母さんは別々に暮らす事になったんだ。
…お前はどちらと暮らしたい?』
父から問いに自分の気持ちを答え、綾音という
そして母の実家へと連れられ、進学し…そこで彼と再び会う事になった。
☆
あかつき大附属中学校。
エスカレーター式の名門校として有名だ。
…だがそんなブランドは俺にとっては些細な事だ。
俺はここに野球をしに来たんだからな。
そして入学初日。
野球部に入部したいという新入生の人混みの中に。
「……っ!?」
『彼』の姿があった。
「おい、お前っ!?」
人混みを掻き分け、彼の肩を掴む。
「な、何!?」
「お、お前…名前は?」
真後ろから突然肩を掴み、声をかけてきた俺に驚きながらも、彼は自らの名を名乗った。
「せ、瀬尾だよ」
「下の名前は!?」
「…瀬尾
君は…?」
「俺か…?
俺は滑川…」
そう、
「滑川 洋だ」
☆
「はっ…。
ガキの頃はこんなひねた性格してなかったけどな」
吐き捨てるようにそう言う少年…滑川 洋は、気だるそうな口ぶりとは裏腹に、少し嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。
つらい状況にいた分だけ、差し伸べられた手が嬉しかった…あの日々の事を思い出して。
「それにしてもあいつ、俺の事がまったく分からないなんてな。
確かに身長も人相も大分変わったが、それにしたってなあ…」
★
「お前、小学生の頃にイジメられてたやつを助けた事なかったか?」
「えっ……?」
「ほら、イジメっ子と1打席勝負して助けてやったチビだよ!」
「…ああ!
あの
「…はあ?」
「確か…綾音
見た目も名前も、女の子らしい女の子だったなあ…」
「はあぁぁぁっ!!?」
★
「女と間違えるか、普通?」
まあ、あの頃の俺の見た目なら仕方ない…のか?
…どちらにせよ、瀬尾に助けてもらったのは事実だ。
だからこそ俺は野球を始めたし、今の俺がある訳だが。
「それなら、恩返しはしないとな?」
あかつきもジャスミンも甲子園出場を決めている。
なら試合で手痛い一発を食らわせるのが俺なりの恩返しだ。
猪狩じゃないが、瀬尾…今のお前と戦うのが待ち遠しいぜ。
…そして。
そう遠くない未来、その日が訪れたなら。
「せいぜい、あのガキ大将に投げたみたいなスゲェ球を投げてくる事だな。
なあ…
いかがでしたでしょうか。
登場した滑川はあかつき戦で登場したキャラで一応オリジナルのキャラクターとなっています。
あかつきに遊撃手のキャラを出す意図は分かる人には分かると思いますが…それを上手く書けるかどうか(笑)
サブエピソードはどうかと思いましたが、一応あかつきとの試合中の描写で今回の内容を匂わせていたので書かせて頂きました。
また明日も同じ時間に次話を投稿致しますのでそちらも良ければ読んで頂けると嬉しいです!
ありがとうございました!