実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

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冒頭から少し前を振り返る形で話がスタートします。
よろしくお願いします。


第56話 『宝物』

 

「これは、どういう事ですか…?」

 

大畠さんは何も答えない。

俺の言葉を待っているかの様に。

俺はその態度に腹が立って更にまくし立てる。

 

「俺の事を…俺の父と母の事を調べたんですか!!?」

 

この問いに大畠さんは重い口を開く。

「…やはり」

 

「えっ…?」

 

「やはりこの事をお伝えしていないのですね、()()()()

 

あいつ…?

それって…!?

 

「本当に申し訳ありません。

この度は私の…」

 

大畠さんは瞳に悲しみの色を浮かべると頭を下げた。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「どうも私、インタビュアーとして指名頂きました。

()()と申します」

 

大畠と名乗った男はこちらを一瞥(いちべつ)すると何かを悟ったように態度を一変させる。

 

「…そうか、そういう魂胆か。

俺の取材対象と接触してまで俺を潰しにきたのかよ、耕一(こういち)…」

「私はお前を止めに来ただけだ、恵二(けいじ)。

()()()()()()()()

 

恵二と呼ばれた男は「何が双子だ、俺とお前を一緒にするな」と吐き捨てる。

 

「お前は昔から何でもそつなくこなしていた。

一方、俺は何をやってもお前に勝てなかった。

同じチームで野球をやっていた時もお前はレギュラー…俺は控えだった」

「…そんな事は今関係ないだろう」

「関係ない、だと…?」

 

恵二はこの一言を聞き態度を豹変させる。

 

「ああ、そうだな、そうだろうさ!

俺もそう思おうとしてこれまでやってきた!

…お前が記者(こっち)の世界に来るまでは!」

 

自虐的な笑みを浮かべた恵二はまくし立てるように声を上げる。

 

「お前が野球で高校、大学、社会人とエリートコースを歩んでいる間に俺がどんな思いでいたか!

俺は競技では大成出来なかったが野球に関わりたいとスポーツ記者を目指した。

そして色んな出版社に記事を持ち込んでは煙たがられ…。

ようやく見つけた場所がここなんだ!」

 

それに比べてお前はどうだ、と恵二は大畠さんを指差す。

 

「怪我で野球を辞めると聞いて…やっとここまで落ちてきたかと心を躍らせていたら、お前も記者を目指すだと?

そして、あっという間に野球誌の専属記者になっただと…?

どれだけ俺を馬鹿にすれば気が済むんだ!」

「……」

「そんな時だ、俺の書いたある野球選手のスキャンダル記事に大きな反響があったのは。

…これでお前に勝てると思った!

実際それで今まででは考えられない程の金も手にした!

これを続けていけば、もうお前の残像に悩まされる事もなくなる…そう思ったんだ」

「…それで瀬尾君の記事を書いたのか」

「ああ、すごい反響だったぜ?

俺のライターとしての人生で最大のな!

感謝してもしきれないくらいだよ!」

 

「ふざけないで!」

 

みずきちゃんはわなわなと震えながら怒りを露わにする。

 

「そんなの光輝君をアンタの劣等感の捌け口に使っただけじゃない!

あんな記事で喜ぶやつなんてアンタと同じ、性根の腐った人間だけよ!

……劣等感の原因にちゃんと向き合わなきゃ、何にも変わらないのにっ!!」

 

みずきちゃんは胸の前でこぶしをぎゅっと握る。

何か、悔しさと…もどかしさを感じているかのように。

 

「…本当にそうか?」

俺はみずきちゃんと同じような感情を覚えながら口を紡いだ。

 

「…は?」

「本当にお前は、それだけのために…俺の両親の事を記事にしたのか?」

「…ああ、そうだよ!

あんないい話、世間に教えてやらないとなあ!?」

「…違うだろ」

「…何?」

 

恵二は眉をひくつかせる。

俺はそれに構わず言葉を続けた。

 

「それだけじゃ…ないだろ?」

「…ごちゃごちゃと何を言っている」

「だったら、反響を得るためだけにあの記事を書いたって言うんなら、なぜ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……」

「反響のためだけならそんな正確な情報など必要ないはずだ。

有りもしない事を書き連ねて、文句があれば適当に謝罪文を書けばいい。

でもアンタはそうはしなかった」

「…黙れ」

「もっと言えば…聖ジャスミンという女性が中心のチームについて、フィクションを交えて面白おかしく記事を書けばもっと楽に記事が売れたはずだ。

でも、そうしなかった」

 

こんな事を考えるだけでも彼女達の努力を冒涜しているようで心が痛む。

しかし言わずにはいられなかった。

 

「綿密な取材をして間違いのない情報を伝える…そのポリシーが、スポーツライターを目指した頃の気構えが、アンタにはまだ残っているって事じゃないのか!?」

「…黙れーーっ!!」

 

恵二は絶叫する。

そんな彼を諭すように、大畠さんは語りかける。

 

「私は…瀬尾君の言う通りだと思うよ、恵二」

「お、お前に何が分かる!?」

「分かるさ…」

 

大畠さんはカバンからファイルを取り出した。

そこには雑誌の切り抜きが沢山…とても沢山納められていた。

 

「お前の記事は正直派手じゃない。

『マウンドのプレートを踏む位置』がどうだとか、『捕手のシーズン盗塁記録』について、それに『8番投手の是非』について…とかな。

だがそのひとつひとつに誠実な取材の跡が見える」

 

大畠さんはファイルをペラペラとめくりながら、無表情の中にも少し嬉しさを漂わせている。

 

「私が取材をしている現場で選手の『印象に残っているある記者』についての話を聞いたよ。

その選手が行ったマイナーチェンジに気づいて、その点を指摘して理由を尋ねてきたそうだ。

驚いていたよ。

こんな小さな変化に気づく人がいるのか…ってね」

 

目線を手元のファイルから恵二に移した大畠さんの目元には…光るものがあった。

 

「そう言っている選手が沢山いたんだ。

あの人はすごいって…お前を褒めてくれていた人が。

…そしてこうも言っていた。

『あの人、最近見かけないけど…どうしたんだろう。

また野球について語り合いたいな』…と」

「彼らが…そ、そんな事を…?」

「それがどんなに誇らしかったか。

だから言ってやったよ。

その人は…お前は。

……俺の憧れの記者だって」

 

「う…うぅ…!

うわぁぁあっ!!」

 

恵二はその場で泣き崩れた。

大畠さんはそれにそっと寄り添う。

恵二の書いた記事が沢山納められたファイルを片手に。

そう。

大畠さんのカバンに入っていたのは…恵二を打ちのめすような物騒なものではなくて。

彼と彼に憧れる1人の男の…。

 

想いが込められた…宝物だった。

 

 

その後。

恵二は俺に謝罪し、俺の両親にも謝りに行くと約束した。

そしてそれを終えたら、もう一度、フリーのスポーツ記者としてやり直すのだという。

大畠さんはこちらに残りその姿を見守っていくそうだ。

この2人が切磋琢磨して興味深い記事を書いてくれるのが今から楽しみだ。

 

そしてこの兄弟は最後に色々な事を話してくれた。

恵二は俺の両親の取材に行った際に話していた事が印象に残っているそうだ。

 

『光輝がもう一度野球を始めてくれてよかった』

『あの子について取材をしてくれるなんて、こんなに嬉しい事はない』

『だってあの子は私達の宝物だから』

 

…そう、言っていたそうだ。

何だかこそばゆい話だが、あの人達が喜んでくれているなら…それも甘んじて受け入れようと思う。

 

兄の大畠耕一さんには、記者の間でも聖ジャスミン学園が話題になっている事を教えてもらった。

俺達の知らないところでスカウトも注目しているとか、いないとか。

そして、甲子園の活躍を祈っているという激励の言葉をもらった。

その言葉のお礼は、甲子園で勝ち進み、それを記事にしてもらう事で返すのだと心の中で誓うのだった。

 

 

そして、帰りの車内。

行きとは打って変わり、みずきちゃんは沈んだ様子で元気がなかった。

 

「…どうしたの?」

「べっつに〜…」

 

つれない返事。

俺は苦笑しながらも言葉を続ける。

 

「みずきちゃん、色々ありがとう。

君の力がなければこうはなってなかったと思う」

「何よ、改まって…。

大した事はしてないでしょ?」

「…ううん」

 

俺は首を横に振って『そうではない』という意思を伝える。

 

「みずきちゃんのおかげだよ。

みずきちゃんが動き出さなければ俺は何もしなかっただろうし、大畠さん達も救われなかった。

それに…」

 

俺はみずきちゃんの目を見て微笑む。

 

「俺のために、怒ってくれたでしょう?」

 

みずきちゃんはこの言葉に目を丸くすると、

 

「別にあんたのためじゃないし!

あれは思った事を言っただけだから!

勘違いよ、勘違い!」

 

とぷいとそっぽを向いた。

ただ窓ガラスに映る彼女の頬がいつもより赤らんでいるのを見て、それが少し可笑しくて笑顔になった。

 

「わ、笑うなぁ〜っ!」

 

みずきちゃんは()ねて口を尖らせる。

そして、しばらくの無言の後にぽつり、ぽつりと話始めた。

 

「私があの兄弟に腹が立ったのは、光輝君の事があるから…ってのもあるかもだけど、それだけじゃなくて。

…私にも姉がいるの。

それもとびきり優秀で優しい…自慢のお姉ちゃん」

「…そうなんだ」

「うん…。

お姉ちゃんはおじいちゃんと喧嘩して、橘の家を出て行ったの。

…教員になりたいって夢を追って。

だから私はお姉ちゃんの代わりなんだ。

お姉ちゃんの代わりに可愛がられて、代わりが務まる事を期待されている」

 

「……」

みずきちゃんは別に否定も肯定も望んではいない…少なくとも俺はそう感じた。

彼女が発しているのは感情の発露…溢れてしまった想いの欠片(かけら)だ。

ならばそれを黙って受け止めるのが、この場にいる自分の役目なのだろう。

 

「……」

チラッ。

みずきちゃんがこちらの様子を窺っているのが分かる。

俺は微笑みでそれに答えた。

 

「……。

でもね、私はそれでよかったって思ってる。

だってそうじゃなきゃ、()()()()()()()()()()()()

 

そう言うとみずきちゃんはニコリと笑った。

これならもう大丈夫だ、そう安堵しているとみずきちゃんは、

 

「そうだ!お姉ちゃんの写真見てみる?

驚くと思うわよ〜!」

 

携帯を操作し写真を画面に表示させた。

そして「ほらっ!」と俺の顔の前に携帯をかざす。

 

「……ん?

んんっ!?」

 

写っていたのは俺のよく知る人物に酷似…いや、ほぼ同じ顔をした女性だった。

 

「あおいちゃんっ!?」

「…でしょ〜!

ホント、瓜二つだよね〜!」

 

…しかし、本当によく似ている。

街で見かけたら見間違えて声をかけかねない程に。

 

「…だからかもしれないや」

「何が?」

「…私があおいさんを必要以上に意識しちゃう理由。

同じ女の子で野球をやってるっていう境遇や投手としてのタイプが似ているっていうのもあるけど…私、あおいさんにお姉ちゃんを重ねているのかも」

「…そっか」

「でも…負けないから!」

「えっ?」

「いくら大好きなお姉ちゃんに似てても負けてなんてあげないんだから!

…色んな意味で、ね」

 

「ね、ダーリン?」とみずきちゃんはウインクをしながら微笑んだ。

いつも通りの小悪魔っぷりに苦笑しつつも、それをとても愛おしく…可愛らしいと感じる。

 

…って、そう言えば。

 

「あおいちゃんって、あれからどうしてるんだろう?」

「……あっ!?」

 

 

 

 

 

 

そして翌日。

 

偽の情報に踊らされた週刊誌編集部は、当然ながらタチバナ財閥の怒りを買い訴訟寸前まで行ったのだとか。

だがそこはさすがみずきちゃんだ。

訴訟をしない代わりに今回の件を不問にする事、そして多くのページを割いて、俺と両親の記事及び編集部の報道の姿勢に対する謝罪文の掲載をする約束を取り付けたのだ。

この立ち回りには彼女の祖父である大財閥の総帥も舌を巻き、責めるどころか賞賛の言葉を送ったそうだ。

 

これでこの騒動も一段落だろう。

 

 

「行って来ます!」

俺がドアを開き玄関を出ると…。

 

「おはよう、光輝くーん?」

そこにいたのはよく知った顔の女の子だった。

 

「あれ?あおいちゃん?

どうして家の前に…?」

「どうして…じゃないよ!

昨日はみずきちゃんと一緒にどこで何してたの!?」

「えっ!?

え〜っと、あの〜…」

 

何と答えたものか…。

俺が返答と迷っていると、

 

「あの後に電話しても出ないし…!

ボク、家まで来たんだからね!?」

「家って…ここに!?」

「そうだよ!」

 

あおいちゃんは目をつり上げながら答える。

 

「それで勇気を出してインターホンを鳴らしたら大家さんが出て…。

そしたら光輝君、いないみたいだって…」

 

ああ、そうか…。

みずきちゃんに外に連れ出されて、そのまま車に乗ったから大家さんに外出するって言えなかったんだっけ。

 

「それで『せっかくだから上がっていって』って大家さんが言ってくれて…。

普段光輝君がどんな生活をしてるか教えてもらったりして…」

「はあ…」

「それで…ごにょごにょ…」

「?」

「あ、いや…!?」

 

あおいちゃんは顔を赤らめると何やら戸惑っているようだった。

が…。

 

「は、ハンバーグ!」

 

「な、何が?」

「光輝君、ハンバーグが好きなんだって?」

「うん、まあ…そうだけど」

「あのね…ボク、大家さんに作り方教えてもらったんだ」

「へえ、そうなんだ」

「だ、だからね!?」

 

あおいちゃんは唾をゴクンと飲み込むと意を決したように言った。

 

「今度作ってみるから…食べてみてくれないかなっ!?」

「えっ…」

「れ、練習っ!

いっぱい練習したらハンバーグもいっぱい出来ちゃうから!

そんなにたくさん食べ切れないから、ねっ!?」

 

「……ダメ?」

あおいちゃんは上目遣いで心配そうにこちらを見ている。

 

「ははっ…!」

そんなに不安な顔しなくてもいいのに。

 

「な、何笑ってるの!?」

「いや、何でもないよ。

それより…お願いしてもいいかな?」

「……えっ?」

「ハンバーグ、作ってくれるんでしょう?」

 

ただし怪我には気をつけてね、という俺の言葉にあおいちゃんはこくこくと頷く。

その度に彼女のおさげ髪がぴょこぴょこ揺れた。

 

「あはは!」

 

…これが今回の事の顛末。

そして今回の騒動のご褒美は、あおいちゃんの手料理になりそうだ。

 

 

『ガチャ!』

「ただいまー」

「ああ、おかえり!」

「ああ、大家さん。

昨日、家を訪ねて女の子に色々よくしてもらったみたいで…。

ありがとうございました」

「いいのよ〜」

 

大家さんは「それよりも!」と俺の腕をぺしぺし叩く。

 

「瀬尾君もスミに置けないわね〜」

「…?

何の事です?」

「うふふ…いいのよ!

恥ずかしいわよね、うふふふふ!」

 

「若いっていいわね〜!」

大家さんはそう言うと今日の晩御飯を温め始めた。

 

「は、はあ……?」

 

一体何の話だろう……?

 

 

「あの…すいません」

「あらあら可愛い子ね、家に何か御用かしら?」

「えっと、瀬尾君って…?」

「ああ、今留守にしてるみたいなのよ。

ごめんなさいね」

「そ、そうですか…」

 

「……」

 

光輝君の下宿先の大家さんはこちらをにこやかに見ている。

だがしばらくすると『クワッ!』と何か閃いたかのように目が大きく開いた。

 

「え、えっと…」

「そう…そういう事ね…!」

「…はい?」

「あなた、瀬尾君の彼女でしょ!」

「えっ!?

いやいやいや!?」

「そうなの!そうなのね!

もう、照れちゃって〜」

「いや、違…っ!?」

「ほら上がって上がって!

せっかくだから上がっていって!」

「ええ〜〜っ!?」

 

 

「結局誤解されたままになっちゃったけど…」

 

…まあ結果オーライだよね!

みずきちゃんにはある意味感謝しないと。

電話を途中で切った時はどうしてやろうかと思ったけど…!!

 

……なーんてね!

 

さて、当面の問題は…。

 

ボクは真っ黒に焦げた、もはや食べ物とは呼べない塊を見てため息をつく。

 

「レシピ通りにハンバーグを作れるようになれるか…だよね」

 

でも、諦めてなるものか!

だってそうでしょう?

せっかくの彼の好物のレシピなんていう『宝物』を手に入れたんだから!

 


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