よくわからない…という場合は前話を読んで頂けるとありがたいです!
よろしくお願いします!
「あっ、もしもし光輝君!
えっと……今、大丈夫かな?」
甲子園を前にコンディションを整えるための休日。
携帯に電話がかかってきた。
「あおいちゃん、どうしたの?」
…理由は薄々分かってはいた。
例の週刊誌の記事を知ったのだろう。
だが「俺を心配して連絡をくれたの?」などと厚かましい事を言える筈もない。
俺はあえて何か用があったかと尋ねた。
「どうしたの、じゃないよ…。
あの記事を見て心配になったんだ。
もうすぐ甲子園で試合があるっていうのに、あんな事があって…。
光輝君…大丈夫かなって」
やはり、と言うべきか。
ああいちゃんは俺を気づかって電話してきてくれたのだ。
俺は不安げな声色の彼女に、安心してという気持ちを込めて優しく話をする。
「ありがとう、心配してくれて。嬉しいよ」
「う、うん…!」
「でも俺は大丈夫。
チームのみんなを驚かせたのは悪かったと思うけどね」
「それなら…いいんだけど」
安心させるつもりで言ったのだが、電話口のあおいちゃんの声からは少し元気がなくなっているように感じた。
せっかく連絡をくれたのに他人行儀すぎただろうか?
…少しくらい、甘えてもいいのだろうか。
「…あおいちゃん?」
「…何?」
「電話くれたって事は記事の内容は全部知ってるって事だよね?」
「…うん」
「それで、さ。
俺の両親の話なんだけど」
「…うん」
「今回の事を知ってるのか、それとも知らないのか…。
実際には聞けてないんだけど」
「…そっか、光輝君は親元を離れて暮らしてるんだっけ」
俺は高校を決める際、中学までいた『あかつき』から離れるために…出来るだけ『あかつき』の名を耳に入れないために遠く離れた高校を探した。
そして聖ジャスミン学園を見つけたのだ。
現在は学校の近くに下宿をして暮らしている。
「うん。
それで、親からは何も連絡がないから…どうしたものかと思って。
自分から知ってるか聞くのも…ね」
「…確かに。
そもそも伝えるべきなのかも微妙だし…。
だって光輝君達は何も悪くないんだから」
でも父さん達は怒ってるかもしれないな。
苦笑しながらそう呟く。
「何をやってるんだって。
こんな事になるんだったら聖ジャスミンに進学させるんじゃなかった…って、さ」
「そんな事…ないと思うよ?」
「え…?」
「そんな事、思うはずないよ」
あおいちゃんは繰り返した。
その断言に少し戸惑いながらも、あおいちゃんにその理由を尋ねる。
「何でそう思うの?」
「光輝君に対して怒ってるわけないじゃない。
悪いのは記事を書いた人なんだから。
それに…」
「それに…?」
「きっと光輝君は、自分について書かれた事より、ご両親が記事にされた事の方が嫌だったでしょ?
だったら親御さんも同じだよ」
「光輝君の事を勝手に書かれて怒ってるだろうし、光輝君が傷ついていないか心配していると思うよ?」
…そうか。
あおいちゃんは俺の両親に会った事はないけれど。
彼女が言った事を、きっとあの人達なら思っているだろうとストンと腑に落ちた。
「そうだよね。うん、きっとそうだ」
「…でしょ?
そういうものだと思うんだ、家族って」
あおいちゃんはそう言うと「柄にもなかったよね、あはは…恥ずかしいな」と笑った。
「ありがとう。
…気が楽になったよ」
俺がそうお礼を言おうとした、その時。
『ピンポーン!』
インターホンが鳴った。
あれ、誰か来たのかな…こんな時間に?
お別れを言って電話を切るか、それとも少し待ってもらうか。
どちらにするかを考える、その僅かな時間。
それが待てないのか、客人は再度インターホンを鳴らした。
『ピンポーンピンポーンピンポーンッ!!』
けたたましい音が鳴り響く。
客人は少しも休まずにボタンを連打しているようだった。
これでは下宿先の大家さんにも迷惑がかかる。
携帯を手にしたまま急いで玄関へと向かう。
「はい、はい、はい!
どちら様ですかっ!?」
ガチャリとドアを開ける。
するとそこにいたのは…。
「も〜っ!
早く出なさいよねっ!!」
思いもよらぬ人物だった。
「みずきちゃんっ!?」
「えっ、ちょっと待って!
何でそこにみずきちゃんが!?
だってそこ光輝君の家…」
携帯のスピーカーからは通話したままのあおいちゃんの声が響いている。
それを見て、みずきちゃんはニヤリと笑った。
「光輝君、ちょっとケータイこっちに向けて?」
「えっ…うん」
するとみずきちゃんはスピーカーに口元を近づけ、
「私、光輝君とちょっと積もる話があるんで〜!
…切りますね?」
「えっ!?
ちょっ…ちょっと待っ…」
「〜♪」
『プープープー…』
え、えぇ〜…。
みずきちゃんは鼻歌交じりに電話を切ると、
「これで邪魔者は消えた…」
と通話を切った自身の人差し指に、ふっと息を吹きかけてニヤリと笑った。
「み、みずきちゃん!?」
「…なーんてね。
ジョーダンよ、ジョーダン!」
でも話があるのは本当だから、とりあえず外に出て。
そう促され、俺は家の外へと出る。
何やら会わせたい人がいるとの話だが…。
一体誰が…?
しばらく歩いたところでみずきちゃんは立ち止まる。
「ほら、光輝君を連れてきたわよ!出て来なさい!」
その声に誘われ現れたのは…。
「大畠さんっ!?」
またしても、思いもよらぬ人物だった。
☆
「何で大畠さんがここに!?」
「そんなの私が連れてきたからに決まってるじゃない」
当たり前でしょ、と言わんばかりに腕を組んで答えるみずきちゃん。
まだ『タチバナ』の力が分かっていないのかと呆れたようにため息をつく。
「はい、そうなんです…」
大畠さんは顔を俯き加減にしてボソッと答えた。
それが気に食わなかったようでみずきちゃんは「はっきり喋りなさいよ!」とふた回り以上年上の男性に喝を入れた。
「まあまあ…落ち着いてよ」
「いいのよ、これくらい!
大体、アンタも私以上に言いたい事言っていい立場にあるんだから、けちょんけちょんにけなしてやりなさいよ!」
「いや、それは…」
俺は困って頭を掻いていると、みずきちゃんは、
「まあいいわ、本題に入りましょう」
と話を変える。
話の流れに着いて行けない俺はもちろんだが、連れて来られた大畠さんもみずきちゃんに振り回されあたふたとしている。
「…本題って」
「そんなの1つしかないでしょ。
あの週刊誌についての話よ」
みずきちゃんはそう言うと大畠さんをじっと見つめる。
「す、すいません…」
「それを言う相手は私じゃないでしょ?」
「そ、そうですね…」
大畠さんはこちらに向き直ると、
「瀬尾君、本当に申し訳ない」
と頭を下げた。
「い、いや…」
「本当に反省してるんでしょうね?」
「ちょ、ちょっとみずきちゃん!
これはちょっと…」
「やりすぎって?
…光輝君は優しいわね」
みずきちゃんは一瞬優しい表情を見せたが、すぐに元の険しい顔に戻ってしまった。
「そもそも謝りたいって言ったのはこいつなんだから!」
「でも、大畠さんは俺のところに直接来て
「…そこら辺の
このオッサンが何度も謝ってる事も、本当に申し訳ないと思っている事も」
「それじゃあ…」
みずきちゃんは「でもね!」とかぶりを振るとこちらに向き直った。
「でもそれだけじゃ解決にならないから私が出張ってきてるんでしょうが!」
解決…?
でも俺は
それ以上どうするというのだろう。
その疑問にみずきちゃんは人差し指をピンと立てた。
「いい質問ね!
でもそれに答えるには、週刊誌に報道する側とされる側の歴史から説明しなくちゃね」
「えっ…?」
「まず週刊誌、週刊誌って言っているけど、今回問題になっているのは写真週刊誌、雑誌のほとんどの記事を写真中心に構成するスタイルの週刊誌の事を言うわ」
「はあ…」
「写真週刊誌の第1号は1980年代初頭に出版されたの。
で、それが成功したから大手出版社が次々と新規参入して、多い時には5誌も発行されていたのよ」
えっ…歴史ってそこから?
しかしこの疑問を、嬉々として話すみずきちゃんにぶつける事も出来ず、俺はどんどんとゴシップ誌の歴史に詳しくなっていく。
「既存の週刊誌にはなかった過激な記事が人気になって急速に発行部数を伸ばしたんだけど、とにかく雑誌が多く売れるスクープを重視したために『報道の自由』が独り歩きしていったの。
そして暴走していった。
報道のためなら人権なんて些細な問題だ…なんて姿勢が数々の破綻と問題を招くことになったのよ」
そんな中であの事件が起きた。
1986年、大物芸能人による編集部への襲撃事件が。
「この事件では、事件を起こした加害者側への同情が集まり、逆に写真週刊誌編集部、業界全体に厳しい非難が集まった。
でもこの事件で批判を受けても業界の体質は相変わらずで数年も経たない内に読者層からも見限られ、発行部数も落ちていったの」
「は、はあ……」
「どうしたの、冴えない顔して。
元々パッとしない顔なのに余計ショボくなってるわよ?」
いや、ヒドイ言い草だな!
急に歴史の授業が始まったらこういう顔にもなると思うんだが…。
「で、私はこれをやろうと思うんだけど」
………ん?
「みずきちゃん、
「えっ、何が?」
「いや…何をやるって?」
「決まってるじゃない」
「決まってるって何が!?」
何だかとても嫌な予感がする。
彼女が社会的にとてもまずい事をやろうとしている予感が。
頼む、違っていてくれ!
どうか勘違いであってくれ!!
みずきちゃんはそんな俺の願いを否定する言葉を、さも当然のように口に出した。
「だから、