実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

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第50話 夏の予選 決勝 VSそよ風高校 ④

『ピッチャーは…瀬尾君』

 

アナウンスが響くなかでボールを受け取る。

 

「ごめんね…。

こんな形で後を託す事になって…」

 

太刀川さんは伏し目がちに絞り出すようにポツリ、ポツリと話した。

 

6回裏、1アウトランナー3塁。

1-2で逆転を許し、依然として得点圏にランナーがいる場面。

打順は6番に回る。

下位打線へと続いていく場面…ここは絶対に追加点を許してはいけない。

 

…太刀川さんのボールは走っていた。

確かに疲れは見え始めていたが、出来る事ならこの回を投げ切りたかっただろう。

責任感の強い彼女の事だ。

自分で出したランナーを残したままでリリーフに後を任せるような事はしたくなかっただろう。

 

…このマウンドにはその想いも背負って立たなくてはいけない。

 

俺は受け取ったボールを掴むと太刀川さんと目を合わせ頷いた。

──後は任せて、という思いを込めて。

それに応えるように彼女は無理矢理笑顔を作ると小さく頷き返してくれた。

そしてレフトのポジションへと向かっていく。

 

「…この2失点は私のせいよ。

ヒロは悪くない、あの子はまだ踏ん張れたのよ。

私のっ…。

私のミスさえ無ければ…」

「小鷹さん…」

 

小鷹さんは右手でマスクを握りしめるとそうやって自分を責めた。

余程強く握りしめているのだろう。

指先は白くなり、そして小さく震えていた。

 

「試合はまだ6回だよ。

逆転のチャンスは、その悔しさを晴らす場面は必ず来る。

……だから今は俺を見て?」

 

小鷹さんは「えっ?」と不思議そうな顔でこちらを見つめていた。

…柄にもなく格好つけた事を言っているんだ、当然だろう。

 

照れ笑いのような、苦笑いのような曖昧な笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

「本当は言いたくないけど……俺、不安なんだ。

太刀川さんの奮闘に、信頼に応えるだけのピッチングが出来るか、俺のボールが通用するのか…ってさ」

 

ピッチャーが言うべき事ではないのかもしれないけど。

だから、ピッチャーには向いてはいないのだろうけれど。

今、このマウンドを任されたのだから。

弱くても、彼女からボールを受け取ったのだから。

 

「何とかしたいんだ。

…この試合に勝ちたいんだよ。

だから力を貸して?

「こっちだよ」って手を引いて、「しっかりしろ」って叱って欲しい。

そうして貰えば、きっと…」

 

怖くても大丈夫なんだ。

 

今までもずっとそうだったんだ。

…恥ずかしい事だけど、ずっと。

怖いままでマウンドに立っていた。

野球をしていたんだ。

 

「……ね?

情けないでしょ?

だから、助けてくれないかな」

 

「……まったく。しょうがないわね、あんたは。

わかったわよ、任せときなさい!

あんたの尻を叩いて叱りつけてやるから、覚悟しなさい!」

 

小鷹さんは笑いながらも力強くそう宣言するとマスクを着け、ミットを右手で『パチン』と鳴らしながらマウンドから離れる。

 

そしてバッターが打席に入った。

…3塁ランナーは絶対にホームには還さない。

 

小鷹さんからサインが出る。

俺はいつも通り、投手を叱咤するような要求に頷く。

 

「…いくぞっ!」

 

そしてセットポジションからボールを投じた。

 

 

ネクストから瀬尾のピッチングを見つめる。

 

『ストライク!』

『ストライクツー!』

 

バットが次々と空を切る。

この展開での登板…おそらく『スイッチ』が入った状態であるとは予想していたが、まさかこれ程とは正直思っていなかった。

 

そして3球目。

 

『シュッ…!グググッ!!』

 

『ブンッ!』

『ストライク、バッターアウト!』

 

バットはボールにかすりもしない。

簡単に三球三振を奪った瀬尾は捕手の小鷹から投げ返されたボールを受けると、帽子のつばに手をやりながらこちらを見据えている。

 

エエ目ぇしとるやんけ。

…せやけど負けへんで。

ここでもう1点取れればウチの勝ちがぐっと近づくからな!

 

『7番 ピッチャー 阿畑君』

 

「行けー!」

「キャプテーン!どんどん振っていきましょう!」

 

ベンチからワイへの声援が飛ぶ。

…当然や。

振らんかったら何にも起こらへんからな!

いくでっ!

 

初球、瀬尾は半速球を投じる。

抜け球か?

…いや、違う!

 

『グググッ…』

ボールは手元で急激に沈んだ。

打ち気にはやったバットは止まらない。

 

『ブンッ!』

『ストライーク!』

 

「ナイスボールよ!」

小鷹は手応えを感じたようにそうやって声を上げた。

 

チェンジアップか…。

確かにエエ球やった。

しかし、いきなり決め球からなんてエグい事するなぁ〜。

いや、ワイも人の事言えへんか。

瀬尾にひたすらアバタボールだけ投げてたからなぁ…。

その意趣返しって言うんなら、ワイにはこの球だけを投げ続けてくるかもしれへん。

…狙ってみるか?

 

瀬尾は返球を受け取り、セットポジションに入る。

そして2球目。

投じられたのは予想通り、チェンジアップだった。

 

沈む軌道に対しアッパー気味のスイングで対応する。

しかし…。

 

『ストライク!』

 

バットには当たらない。

 

…球種は読んどったのに当てる事も出来んとはな。

落差と変化するタイミングが絶妙や。

ワイの目から見ても一級品やぞ、この球。

下手したらアバタボールとタメ張るくらい…。

 

いや、そこまでやない!

そんな訳あるか!

 

「打って証明したらぁ!来い!」

 

そして3球目。

ワイに対しても瀬尾は3球勝負を仕掛けてきた。

球種はやはりチェンジアップ。

 

読み通りであり、既に2球見ていて目も慣れている。

打てる。

そう感じバットを振った。

 

だが。

 

『グググ…グンッ!!』

 

直前2球よりもボールは大きく変化した。

それは、とてもじゃないが本職ではないバッターが打てるようなレベルの球ではなかった。

 

『ストライク!バッターアウトッ!!』

 

「〜〜ッ!!

打てるかい、こんなもん!」

 

空振り三振。

追加点を奪う事は出来なかった。

 

「ふんっ!

1点勝ってりゃ十分や!」

 

そう、後はこのままの点差で試合終了まで投げ抜けばいい。

 

「ワイはピッチャーや!

ゼロに抑えるのが仕事やからな!」

 

ベンチで悔しさ混じりにそう吐き捨てると、

 

「でも先制点取られてるじゃないですか」

 

とチームメイトからツッコミを入れられる。

 

「やかましいわ!

言葉のあやじゃ、感じろ、そこら辺は!」

 

後輩達にそう言い返しながら置かれていたグラブを手に取る。

そして、

 

「よっしゃ、いくで!」

 

そよ風のエースはマウンドへと向かって行った。

 

 

 

ふぅー…。

 

何とかランナーをホームに還さずこの回を終える事が出来た安堵から大きく息を吐く。

 

「ナイスピッチング!

よく投げたわね、瀬尾!」

「見事な火消しでやんす!

流れはこっちのものでやんすよ〜!」

 

「うん、ここから1点ずつ返していこう」

小鷹さんと矢部君にそう答えていると、俺のそばにすっと太刀川さんが近づいてきた。

 

「…瀬尾君、ありがとう。

あたしが作ったピンチを切り抜けてくれて」

「太刀川さん…」

 

傍目にも落ち込んでいる様子の彼女を何とか励まそうと考えを巡らせていると、

 

「何落ち込んでるのよっ!」

 

という小鷹さんが発破をかける声が飛び込んできた。

 

「瀬尾は自分の仕事を全うしたわ!

アンタはどうなの?

確かにもうマウンドには立っていないけど、まだグラウンドにいる以上、チームに貢献する方法はあるはずよ!」

「タカ…」

「切り替えて、頑張りましょう。

この試合で勝てば甲子園なのよ?」

 

そして小鷹さんは太刀川さんのもとに歩み寄ると耳元で何かを囁いた。

 

「………っ!!」

「………っ!?」

 

こちらからは何を話しているかは聞こえなかった。

だが小鷹さんからの言葉を受け取った太刀川さんは、先程までとは打って変わった闘志に満ちた表情になっていた。

 

「…うん、そうだね。

あたしも、あたしだって…!

……瀬尾君っ!!」

 

「は、はい!?」

 

太刀川さんのいきなりの呼びかけに戸惑い、驚きの表情を浮かべている俺に太刀川は続けた。

 

「安心して!

あたし…レフトの守備でも、バッターとしても一生懸命頑張るよ!」

 

そして頼もしい言葉を贈ってくれた。

不安を和らげ、力をくれるような言葉を。

 

「瀬尾君を助けてあげられるように…あたし、頑張るから!!」

 

 

試合は8回裏まで進む。

ジャスミンは7、8回の攻撃を共に三者凡退で終えていた。

それでも瀬尾君は折れる事なく、そよ風打線を抑えながら打線の奮起を待っていた。

しかし四球で出塁を許したランナーを送られて、2アウトながら2塁というピンチを迎えていた。

 

そんな中あたしはタカが耳元で話した言葉を思い返していた。

 

 

「こいつは…瀬尾はアンタを甲子園のマウンドに立たせる為に野球をやってる。

それだけじゃない、チームのみんなを甲子園に連れていく為に…。

自分じゃなくみんなの為に野球をやっているのよ。

…私はそれに応えたい」

 

 

『キィィン!』

 

打球があたしの守るレフト線に飛ぶ。

回り込むのは無理だ。

直接捕らなければランナーが還って点差が更に広がってしまう。

どうせ長打になるなら一か八か飛び込むしかない。

 

「バックアップは任せるでやんす〜!」

 

背後からの頼もしい言葉に覚悟を決め、そして決断した。

 

打球に出来る限り近づき、そこから身体を投げ出す。

その時前に飛び出す力をくれたのは、タカが自分の気持ちを言葉にした後に発した、あたしへの問いだった。

 

 

『アンタはどうなの?

瀬尾の気持ちに応えたいとは思わないの?』

 

 

そんなの…そんなの決まってるじゃんかっ!

 

グラブを目一杯伸ばす。

身体は一瞬ではあるが完全に宙を舞う。

短時間の出来事だ。

なのに何故だろう。

気が遠くなる程に長い時間であるように感じたのは。

 

(あたしだって…っ!)

 

感謝しているに決まっている。

彼の力になりたいに決まっている。

そして、彼の想いに応えたいに決まっている。

 

今がその時なんだ。

だから…お願いだよ。

 

 

「───届いてぇぇぇっ!!!」

 

 

『ザァーッ!!』

 

身体はグラウンドに叩きつけられた衝撃に痺れ、一時的に眩んだ視界と上がった土埃とでボールの行方を把握する事が出来なかった。

 

それを理解出来たのは主審のジャッジが木霊してからだった。

 

『……アウトッ!』

 

スタンドから歓声が上がるのが分かった。

でもそれよりも、その何十倍も嬉しい言葉が聞こえてきた。

 

「ありがとう太刀川さん」…と。

 

そして。

 

「助かったよ」…と、彼は言ってくれたのだ。

 

あたしが言わなければいけない言葉を彼は。

いつだって先に言ってしまうのだ。

そういう人だから、あたしは…。

 

「あ、あははっ!

ダイビングキャッチの練習もしておいた方が良かったかな。

随分不恰好で…かっこ悪いや」

 

「…ううん。かっこいいよ。

太刀川さんは、いつも」

 

そう、いつも。

あたしはいつも、貴方の言葉に舞い上がってばかりだ。


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