実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

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第42話 夏の予選 準決勝 VS恋々高校 ①

今日は夏の予選の準決勝…恋々高校との試合だ。

 

『整列!』

 

主審の声に従い、両校の選手がそれぞれ一列に並んでいく。

後攻である聖ジャスミンの選手たちはグラブを手にしていた。

 

整列した俺の正面では恋々のエースであるあおいちゃんが闘志に満ちた表情でこちらを見据えていた。

 

「光輝君、今日はよろしくね」

「うん、お手柔らかに」

 

社交辞令としてそう答えるとあおいちゃんは「そうはいかないな」といった様子でふっと笑った。

 

そして主審の『礼』という言葉に続いて、両校の選手たちは『お願いします』と頭を下げ、それぞれ攻守に散っていった。

 

マウンドに先発の太刀川さんが上がり、小鷹さんを相手に投球練習を開始する。

ズドン、ズドンと威力のあるボールが投げ込まれる。

それを規定の7球投げ終えたところで恋々高校の1番バッターが打席に入った。

 

『プレイボール!』

 

試合が始まっての第1球。

ジャスミンバッテリーが選んだのは、投球の基本である外角低めへのストレート。

 

バッターはこのボールに手を出すもバットからは『ガッ!』と鈍い音が響き、打球は一塁側のファウルゾーンに力なく転がった。

 

『ファウル!』

 

…明らかに差し込まれた当たり。

太刀川さんが投球フォームを新しいものに変更してから、今のように、対戦するバッターが太刀川さんのボールの威力に力負けする姿が目立つようになった。

『力ないゴロを打たせる』ということに関してはフォーム改造前と共通しているが、そこに至るまでの過程には大きな違いがある。

 

以前の太刀川さんはバッターの手元、バッターが球種を判断する位置よりも身体に近いところでボールを動かすことによって、バッターに気付かれずにバットの芯を外すというスタイルだった。

打者にしてみれば、確実に捉えたと思った打球が詰まったゴロになっているという『厄介な』投手だったはずだ。

 

だが今はそれに加えて、足を大きく上げることによって生まれた力をボールに伝えることで球威を上げることに成功している。

技術だけでなく力でも打者を押し込める『パワーピッチャー』に成長しているということだ。

 

『ストライク!』

 

1球目に続いて外角に投げ込まれたストレートを打者が見逃しこれで2ストライク。

 

そして3球目。

 

「うおっ!?」

 

投じられたボールは大きな弧を描き、バッターの完全にタイミングを外されたスイングをかわしてそのまま小鷹さんのミットに収まった。

 

3球勝負。

ここでバッテリーが選んだ球種はカーブ。

ストレートの球威が上がったことで、バッターのタイミングを外し大きく曲がるこのボールはより効果的な球種となっていた。

 

『ストライク!

バッターアウトッ!』

 

「よしっ!」

 

この後もストレートと変化球のコンビネーションは威力を発揮し、恋々打線を三者凡退に切って取った。

 

そして後攻、聖ジャスミンの攻撃。

チームのリードオフマンである矢部君が打席へと向かう。

 

その様子をマウンドから見据えるのは恋々のエース…早川 あおいだ。

アンダースローから繰り出す浮き上がるようなストレートとカーブ、大きく沈むシンカー…

そして精度は明確ではないものの、他にも決め球になり得る球種を持っていると思われる。

女性特有の柔軟性を活かした投球フォームから投じられるボールは独特の軌道を描くため、打つ打たない前にその球筋に『慣れる』作業が必要となるだろう。

 

「よ〜し、来いでやんす!」

矢部君がそう声を上げ、構えた。

だがその威勢とは裏腹に、彼のバットのグリップは拳一つ分余して握られている。

矢部君もあおいちゃんのボールをじっくりと見たいと考えているようだった。

 

あおいちゃんが投球動作に入った。

…初球、外角低めへのストレート。

これを矢部君は余裕を持って見逃す。

しかし…

 

『ストライク!』

 

「えっ!?

入ってるでやんすかっ!?」

「入ってるよ。

低めいっぱいだね」

 

驚く矢部君をよそに捕手を務める高木さんは平然と答える。

主審もこれに頷いた。

 

そう。

アンダースローの投手にはこれがあるのだ。

浮き上がるような軌道に惑わされ、低いコースのストライク、ボールの判断がしづらくなり対応が遅れる。

だがアンダースローの利点はそれだけではない。

 

2球目。

投じられた真ん中高めのストレートに矢部君は空振りを喫する。

ボールを捕球した高木さんのミットの位置はストライクゾーンを明らかに外れ、矢部君の肩くらいの高さまで上げられていた。

 

これがアンダースローのもうひとつの特長だ。

低いリリースポイントから繰り出される浮き上がるような軌道のボール、その威力が最も発揮される高めへのストレート。

このコースのストレートでボール球を振らせたり、フライを打たせたりすることができる。

 

通常の投手がハイボールを効果的に使うためには、よほど配球を工夫するか、スピンの効いたボール、バッターが差し込まれる程のスピードのある球が投げられる投手でなければならない。

つまり高めのストレートを武器にできるのは、ほぼ速球派の投手に限定される。

 

だが、アンダースローならば球が速くなくてもそれと同じことができる。

タイプ的に技巧派である投手であっても『高低』で勝負することができるのだ。

 

そして2ストライクと追い込まれた3球目。

あおいちゃんが投じたのは2球目と同じコースへのストレート。

 

「くっ…!」

矢部君はこの球を辛うじてバットに当てたものの打球はバッターボックス付近にフラフラと上がった。

これを高木さんがキャッチして1アウト。

 

「ドンマイ」

雅ちゃんは打ち取られベンチに戻ってくる矢部君にそう声をかける。

 

「気をつけるでやんす。

あのまっすぐは相当厄介でやんすよ」

「…了解だよ」

 

『2番 ショート 小山さん』

両打ちの雅ちゃんは右投げのあおいちゃんに対し左バッターボックスに入る。

 

初球。

外角に逃げるように曲がるシンカーを見送り、1ストライク。

 

「相変わらずいい曲がりだな…」

次の打席に備えネクストバッターズサークルに移動していた俺は、あおいちゃんの得意球を見てそう呟く。

 

あおいちゃんは元々典型的な変化球投手だっただけに、自身のシンカーには並々ならぬ自信とこだわりを持っていた。

そして、より質の高いボールを求めて研鑽を重ねていた。

 

しかし雅ちゃんも負けていない。

 

恋々バッテリーは2球目もシンカーを続けた。

1球目と同じ球種、同じコース。

それを雅ちゃんは泳がされるのを堪え、巧みなバットコントロールで三遊間に流し打った。

 

打球はヒットゾーンに飛んだがそれ程強い当たりではない。

遊撃手が処理に向かい、バッターランナーとの競争になる。

 

「走れ、ミヤビーン!!」

 

ジャスミンのベンチからそう声が飛んだ。

雅ちゃんは懸命に一塁に向かう。

だが恋々の遊撃手はバックハンドで打球を処理すると流れるように無駄のない動きでボールを一塁に送った。

ボールはワンバウンドして一塁手が伸ばしたミットに収まる。

それとほぼ同じタイミングで雅ちゃんがベースを駆け抜けた。

 

『……アウト、アウト〜!』

 

塁審の判定はアウト。

際どいタイミングではあったが、今のは遊撃手を褒めるべきだろう。

バックハンドという多少なりともリスクのあるプレイをさらっとこなしながら、スローイングは確実性を重視して無理のないワンバウンド送球を選択した。

そして一塁手も送球を問題なく捌き、見事に雅ちゃんを打ち取った。

 

果敢な挑戦、磨かれた基礎、そしてチーム発足からの短期間での成長速度。

あおいちゃんが作り上げたのがどのようなチームか、それを表すようなプレイだった。

 

これで2アウト。

俺はネクストバッターズサークルからバッターボックスに向かう。

 

『3番 ライト 瀬尾君』

 

右バッターボックスに入りあおいちゃんに対する。

 

初球。

サブマリン投法から繰り出されたストレートが浮き上がるような軌道を描く。

そして外角低めに構えられたキャッチャーミットに突き刺さった。

 

『ストライーク!』

 

……これはまずいな。

ボールゾーンに来ると思ったボールが低めいっぱいに決まった。

リリースされた直後は「これはボールになるだろう」と判断した球が、だ。

ボールを離す位置が今まで対戦した投手より明らかに低く、ボールの軌道が頭に描いたものと違い過ぎて見極める事が出来ない。

サイドスローの投手と対戦した時もやりづらさはあったが、これはその比ではない。

おまけにあおいちゃんは右投げのため、右バッターの背中側からボールが来るように感じる。

 

続く2球目。

「くっ…!」

 

『ブンッ!』

 

2球目も同じコースへのストレート。

手を出したもののバットは空を切る。

 

「右バッターは簡単に捻られるぞ、これは…」

 

俺は捕手の高木さんに聞こえない程度の声でそう呟くと、バットを短く持ち直した。

俺の選球眼では軌道が見極めきれない以上、クサいところは全て打ちに行くくらいでないとヒットはおろか打球を前に飛ばす事も出来ない。

 

あおいちゃんは間髪入れずに3球目を投げ込んでくる。

 

「くそっ…!」

 

『ギャンッ!』

 

3球目は高めのストレート。

俺はこの球にバットを当てに行ったものの思った以上の勢いに詰まらされた。

 

打球はフラフラと丁度マウンドの上に上がった。

あおいちゃんは投げ終わった位置でそのフライを簡単に捕球する。

 

『アウト!3アウト、チェンジ!』

 

打った直後にアウトとなり、その場から走り出す事も出来なかった俺はバットを持ったままベンチへと戻った。

 

「ごめん…簡単にやられた」

「ドンマイ。

アンタがあんなまっすぐ一本の単調な配球で打ち取られるなんて、相当厄介なボールを放ってるみたいね、あおいのやつ」

 

小鷹さんはプロテクターを着けながらそう答えた。

 

「まだ試合は序盤よ。

まずはしっかり守りましょう。

ね、ちーちゃん?」

「ああ、外野は任せておけ。

瀬尾、お前のグラブだ」

 

「ほら」と美藤さんがグラブを手渡してくれた。

その口元には僅かに笑みが浮かんでいる。

 

「安心しろ、お前のかたきは取ってやる。

何せ…」

 

美藤さんは俺の前に出て、背を向けながら続ける。

 

「この試合、攻撃のキーマンは私だからな!

いや、それを言うならキーウーマンか!

ハッハッハッ〜!」

 

美藤さんは高笑いしながら駆け出すと、既にベンチを出ていた矢部君を追い抜きレフトの守備位置へと向かった。

「何事でやんすか!?」と矢部君が驚いているのが遠目からでも分かった。

 

「…小鷹さん」

「何?」

「美藤さんに何か言った?」

 

この問いに小鷹さんはニヤリと笑った。

 

「いや、別に?

ただ…燃料を注いであげただけよ?」

 

 

 

恋々ベンチの方に目を向ける。

そこにはチームメイトと談笑する早川 あおいの姿があった。

 

「ふっふっふ…

早川よ、笑っていられるのも今のうちだ」

 

そんな三下の悪役みたいなセリフを口走りながら、頭の中で小鷹に言われた事を反すうする。

 

 

それは瀬尾がネクストバッターズサークルで準備を始めた時の事。

 

『ちーちゃん、ちーちゃん!』

『うん?どうした?』

『さっき聞いたんだけど…

瀬尾がね、

「この試合、俺が打てなくても美藤さんが打ってくれる。

美藤さんはチームNO.1のバッターだから」

だってさ!』

『な、何!?本当か?』

『ホントーよ?

それに、

「俺は美藤さんを信じてるから」

…だってさ!

信頼されちゃって〜このこの!』

 

小鷹はそう言って肘で私の脇腹をつついてくる。

 

『フ、フン!当然だ!

だてにクリーンアップを張っているわけではないからな!』

『うんうん!

…ねえ、ちーちゃん?』

『ん?何だ?』

『もしちーちゃんがこの試合で勝負を決める一打を打ったら…

瀬尾のやつ、ちーちゃんに惚れちゃうかもね!

惚れ直しちゃうかもね!!』

『な、何〜!?』

 

 

 

 

もちろん、私は?

そんな浮ついた?

スポーツをする者にあるまじき感情は少しも?

これっぽっちも抱いていない訳でありますけど?

ええ、ええ!そりゃもちろんですとも!

 

 

……コホン。

それはともかくとして。

 

信頼していると言われて悪い気はしないな。

それが、こちらが多少なりとも実力を認めている人間からの言葉であるならなおさらだ。

 

「…瀬尾め、しょうがないやつだ」

 

本当にしょうがないやつだから。

そんなあいつの信頼に応えてやろうじゃないか!

 

「期待して待っていろよ〜!!」

 

 

キャッチャーズサークルからでもレフトのちーちゃんが浮かれているのが分かる。

いや、あれは浮かれているのではなくテンションが上がっているのだろう。

そして、ちーちゃんはそういう時に活躍するのだ。

 

豚もおだてりゃ木に登る。

そしてちーちゃんをおだてりゃ、いい場面でヒットを打つのだ。

 

作戦は成功。

嘘も方便というやつだ。

…厳密に言うと『それ』が嘘だとは言い切れないが、事実を確かめるつもりなどもとよりありはしない。

私には関係のない事だ。

別にあいつの気持ちなんて知る必要ないし。

 

「……これが嘘から出たまことになろうがどうだっていいし」

 

誰にも聞こえない、小さな声で私はそうつぶやいた。

それを終えたところで、私は私の仕事に戻る。

そう、これから私は。

マスク(仮面)を付けて、敵との騙し合いを制す捕手(嘘つき)になる。


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