実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

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第39話 もう一人の天才

「友沢 亮……?」

 

グラウンドで待ち受けていた友沢という少年の言葉に怪訝な顔を浮かべていると、猪狩が彼のもとに詰め寄っていった。

 

「キミが帝王のゴールデンルーキー、友沢か。

瀬尾に勝負を挑みにきたと言ったね?

…悪いが先約が入っているんだ。

後にしてくれるかい?」

「…先約?」

「そう…

名門あかつきのエースにして甲子園優勝投手であるこのボク、猪狩 守と瀬尾 光輝は今日!

今、このグラウンドで!

真剣勝負をする約束をしているんだ!!

部外者のキミは必然的に後回しとなるのが道理だろう?」

 

猪狩は声高らかにそう言い切った。

部外者というなら他校の生徒である猪狩たちもそれに含まれると思うのだが…

まあ、それは言わないでおこうか。

 

「はあ…

猪狩さんはそのために県外まではるばるやって来たってことですか?

……ストーカーみたいだな」

 

友沢のぼそっとつぶやいた一言に猪狩はすぐさま反応する。

 

「な、何を言うんだ!

ボクがここにいるのは、たまたま練習試合のために遠征に来ていて、そのついでに寄っただけだ。

決してストーカーなどではない!

そもそもこのボクが、瀬尾に会うためだけに遠路はるばるこんなところまでやって来るはずがないだろう!」

「…ここに来たのは遠征の「ついで」なんですね?」

「ああ、そうだ!!」

「そうですか。

オレはあなたとは違って、瀬尾さんに会うためにここまで来たんですよ。

それなら当然、オレの方を優先してくれますよね?」

 

「そういう訳なんで遠慮してもらえますか」とクールに言い放つ友沢に猪狩は言葉もないようで、

 

「な、なにぃ〜〜!?」と唸ってから続く言葉が見つからず、地団駄踏んで悔しがるしかなかった。

 

「論破されたなぁ〜…」

「兄さん…無駄に意地を張るからだよ」

 

納得のいかない様子の猪狩にあかつきのチームメイトたちはそう声をかける。

 

そのからかっているような、なだめているような口調からは、普段の彼らの関係性をなんとなく感じ取ることができた。

 

「…異論はないようですね。

瀬尾さん、打つのと投げるの…どっちがいいですか?」

「えっ?」

「オレ、本職はピッチャーなんですけど、打つ方も自信あるんですよ。

あなたもそうでしょう?」

「ま、まあ俺の場合はチームの事情で投手と野手を兼ねているだけだから…

どっちがいいとかはあんまりないけど」

「そうですか…」

 

じゃあオレが打席に立ちますよ。

友沢はそう言うとバットを手に取り素振りを始めた。

 

『ブンッ!ブンッ!』

 

スイングをする度にバットが風を切る音が聞こえてくる。

それだけで彼がどれほど優れたバッターなのかが伝わってくる。

 

「…友沢君は左打ちなのか」

「いや、彼はスイッチヒッターなんですよ。

だから右投げである瀬尾さんに対しては左で…という訳です」

 

俺のつぶやきを、こちらに歩いてきた進君が訂正した。

そして左手に付けたキャッチャーミットをこちらに見せ、

 

「肩をつくるの手伝いますよ。

まずはキャッチボールから始めましょう」

 

と微笑んだ。

 

 

『バシンッ!』

「ナイスボール!」

 

ボールを受けた進君のミットが心地よい音を鳴らした。

キャッチボール、立ち投げをしてから進君が座っての本格的な投球練習を始める。

十何球投げて肩が十分に温まったところに聖ジャスミンの仲間たちが合流してきた。

 

 

「何の騒ぎでやんすか、これは!?」

「…ん?

あれは、あかつきの猪狩 守に滑川か?

それに瀬尾の球を受けているのは猪狩弟じゃないか!?」

「それに、あの金髪の子…帝王の友沢 亮じゃないッスか?

何でこんなところに高校野球のトップ選手が集まってるんスかー!?」

 

驚いた様子のみんなに状況を説明する。

「いや…これからその友沢君と一打席勝負をすることになってるんだ」

 

「何でそんなことに?」とみんなに聞かれたが、それに対しては成り行きでとしか答えようがなかった。

俺自身、友沢がわざわざ勝負を挑んできた理由がわからないのだから。

 

「…準備はできたようですね」

 

友沢はそう言うと、バットを右肩に担ぎバッターボックスへと向かう。

 

四死球は打者の勝ち、バントは禁止という純粋な一打席勝負。

捕手は普段からバッテリーを組んでいる小鷹さんが務めてくれた。

 

「小鷹さん、今回は俺がサインを出すよ。

友沢君も俺との1対1の勝負を望んでるみたいだし」

「そう…じゃあ私は捕手としてボールを捕ることに集中させてもらうわ」

 

「…相談は終わったみたいですね。

それじゃ…やりましょうか」

 

友沢は打席に立つとバットのヘッドをこちらに向け、わずかに上下させる。

そしてそれと連動して右足でリズムを取り、こちらの投球を待ち受ける。

 

…当てるのが上手いタイプなのか、それとも見た目以上に長打力があるのだろうか。

どんなバッターなのかわからない以上、まずは様子を見たい。

 

初球には外角へストライクからボールになるスプリットを選んだ。

友沢はこのボールを見極め、ピクリとも動かない。

 

「1ボール…ね」

審判を兼任している小鷹さんはそうコールをした後、ボールをこちらに投げ返した。

 

それを受け取り、投球動作に入る。

2球目。

投じたのは外角低めへのストレート。

 

『バシッ!』

 

これはコーナーぎりぎりに決まりミットに収まった。

友沢もこの球には手が出なかったのか、打ちにいくバットを途中で止めた。

 

「ストライクよ」

「…今のはいいボールでしたね。

さすがです」

「でしょ?

頼りないように見えて意外とやるのよ、あいつ」

 

2人は短く言葉を交わした。

一瞬、友沢が小さく笑みを浮かべているようにも見えたが、彼の放つ張り詰めた空気は依然として変わらない。

 

3球目。

ここではインコースを攻めていく。

左打者の内角をえぐるスライダー。

この球を友沢は痛烈に引っ張った。

 

『キィン…ガシャンッ!!』

 

バットから快音が響くと同時にライナー性の強い打球が飛ぶ。

そして打球はファウルゾーンに張り巡らされたフェンスにぶつかり派手な音を立てた。

 

このファウルで2ストライクとしたものの、マウンドに立っていて追い込んだという感じがしない。

友沢の表情から焦りや後悔といった感情を読み取ることができないからだろうか。

勝負が始まった時と同じように、眼光鋭くこちらを見据えている。

大したポーカーフェイスぶりだ。

 

4球目、小鷹さんがミットをバッターの身体の近くに構える。

ここでは内角高めへのストレートを選択した。

ボールでもOKだ。

それよりも甘いゾーンに抜ける方がよっぽど怖い。

 

『ビュンッ!』

 

投じられたストレートは内角高めのボールゾーンへと向かう。

振ってくれるのを期待したが、やはり友沢はこのボールを平然と見送る。

このボール球でカウントは2-2となった。

 

だがこれは想定内。

俺の持ち球で最も速いボールで内角を攻めたのだから多少なりともその印象が残るはずだ。

つまりこの次に投げるボールが重要になってくる。

 

ここで俺が選んだのは持ち球の中で空振りを取れる確率が一番高い球種…チェンジアップだ。

まだ未完成で不安定、投げてみないとどうなるかわからないボール。

だがここで投げないでどこで投げると言うのだ。

相手はこの球を実際に見た事のないバッターで、カウント的には2ストライクと追い込んでいる。

それで通用しないのならばこの先の苦しい場面で使えるはずがない。

 

すーっと大きく息を吸ってから、それをゆっくりと吐き出し自らを落ち着かせる。

そして、勝負の5球目を投げるべく、投球動作を開始した。

 

右腕を後ろに引き、左足を前方に踏み出していく。

そしてリリースの瞬間、ボールが手から「抜ける」のを意識しながらチェンジアップを投げ込んだ。

 

『シュッ…』

 

ボールは上手い具合に抜けて外角低めへと向かっていく。

友沢はその球を打ちにいったがタイミングを外され、泳がされたスイングになってしまっている。

 

よし、空振りを取れる。

そう思った直後、友沢はスイングをしにいった腕の肘から先の動きを遅らせて、ボールを呼び込んだ。

そして腕をしならせるようにしてボールを捉えた。

 

『キィン!』

打球は三塁線の外へ切れていく。

 

あのチェンジアップで空振りが取れなかった…!?

投げた感触はかなり良かった。

配球的にも内角高めに投げてからの外角低め…対角線を攻めたし、緩急も使えていたはずだ。

現に友沢はタイミングを外され、自分のスイングができていなかった。

 

…だけど、当てられた。

 

「くそっ!」

次はどうする…?

まっすぐを投げるか…それとも横に曲がる変化球の方がいいか?

それともスプリットで…

 

…いや、そんな小手先の配球は通用しない。

友沢は選球眼に優れている。

それは初球のスプリットの見送り方を見ても明らかだ。

そしてストレートを待って変化球に対応することのできる、あのバットコントロールがある。

そんな相手を「とりあえず」投げたストレートや変化球で打ち取れるとは思えない。

ならば、自分の中で決め球になり得るボールで勝負するしかない。

 

…もう一度、チェンジアップで。

 

先ほどのチェンジアップがバットに当てられたのは落差が小さかったからだ。

緩急でタイミングを外して、ボールはコーナーにいったのだから、大きく変化させることができていればバットは空を切っていた。

 

だがチェンジアップの落差を大きくするのは簡単じゃない。

抜く感覚で投げるといっても、人差し指と中指でボールを挟んで投げるフォークボールや、ボールを爪で弾いて投げるナックルとは根本的に違う。

バックスピンを減らし浮き上がる力を小さくすることで起こる、重力による落下。

それで大きな変化を狙うのは、俺の場合難しいのかもしれない。

 

…となると、ボールにより回転数をかけるという方向でしか落差を大きくすることはできないということになる。

しかし、下手に回転を増やすと投げ損ないのスライダーのように打ちごろのボールになってしまう可能性もある。

 

「……」

チェンジアップを初めて投げた、あかつきとの試合。

あの試合で投げたチェンジアップは、しっかりとブレーキがかかっているのに加え落差も大きかった。

あれ以来チェンジアップを持ち球に加えているが、なかなかあの日のようなボールは投げられていない。

それでも、もう一度投げられるように工夫を続けてはいた。

回転数を減らす「抜く」ボールとしての工夫を。

 

だけどそれが逆効果だったのだとしたら?

…試してみる価値はある。

せっかく名門校の強打者と対戦できるチャンスなのだ。

この真剣勝負の緊張感の中で、公式戦ではできないチャレンジをしてみてもいいだろう。

その結果どうしようもないボールを投げて友沢をがっかりさせちゃうかもだけど…

 

たとえそうなっても、それが俺なりの真剣勝負の結果だ。

 

6球目。

俺は5球目と同じく、チェンジアップを外角低めへと投げ込んだ。

ただし投げ方を少し工夫して。

 

「…っ!!」

 

俺はボールを投げる瞬間に、指の付け根から指先に向かってボールを「転がす」ようにリリースした。

投じられたボールは外角高めのストライクゾーンへ。

 

「甘いっ!?」

小鷹さんの声と同時に友沢がスイングを始める。

しかしバットがボールに当たることはなかった。

 

高めへと投げ出されたボールはバッターの手元で大きく沈む。

そしてワンバウンドしてから小鷹さんのミットへと収まった。

 

…空振り三振。

 

「勝った…?」

「勝ったッス〜!

空振り三振ッスよ〜!!

 

勝負が決まった瞬間、ここまでを固唾を飲んで見守っていた仲間たちがワッと沸いた。

 

一打席勝負は俺の勝ちで終わったのだ。

 

「あの、瀬尾さ…」

「今のボールは何なのよ!瀬尾っ!?

説明しなさいよ!!」

 

友沢が何かを言おうと口を開いたが小鷹さんの声がそれを遮る。

 

「ちょっ…ちょっと待って!

後で説明するから!」

 

俺は小鷹さんをなだめながら、友沢の方に視線を移した。

 

「どうしたの友沢君?

何か言いかけてたけど…」

「瀬尾さん…今のボールは一体?」

「い、一応チェンジアップを投げたつもりなんだけど…

そんなに変なボールだったかな?」

「変と言うよりも異質…と言った方が正しいでしょうね、あのボールは。

5球目に投げたチェンジアップとは明らかに異なるボールでした」

 

確かにあのボールには俺自身も驚いた。

あかつきとの試合の時には血行障害のせいで指先の感覚がなく、それが功を奏してうまくボールが「抜けた」のだと思っていたが、実際には硬直した指がボールにかかって回転を与えていたのかもしれない。

球速が遅い球になったのは、単純に力が入りづらくなっていてボールを押し込めなかったからだが、逆にそれが効果的だった。

この2つの条件を偶然満たしたことであのチェンジアップが形成されたのだ。

 

「リリースの直後は高めに投げ出されたような、すっぽ抜けたような球だったのに、そこから急激に落ちた…

パームボール…?

いや、それにしては回転がかかっていた…縦のカーブやスピードのない縦スラに近いのか…?」

 

友沢はそうつぶやきながら、あのボールについての話を続けていた。

たった1球しか投げていない球をここまで詳しく分析できるなんて、やはりボールを見極める優れた目を持っているようだった。

 

と、そこに勝負の機会を奪われた猪狩と、あいつをなだめていたと思われる、滑川、進君の2人が近づいてきた。

 

「さすがだな、瀬尾。

まあ、一学年下の後輩に負けるようじゃ話にならないがね!」

 

溜飲が下がった様子の猪狩はご機嫌に笑う。

だが友沢に、

 

「野球は年齢じゃないですけどね。

天才を気取ってるくせにそういうところにはうるさいんですね、猪狩さんって」

 

と言われてすぐさま不機嫌に逆戻りしていた。

 

ケンカになりそうな雰囲気の2人を進君がなだめ、猪狩にもうチームに合流しなければいけない時間であることを告げた。

 

「…フンッ!

瀬尾、決着は公式戦…甲子園でつけようじゃないか。

せいぜい県大会で優勝できるように頑張るんだな!!」

 

そう言ってあかつきの3人は去っていった。

 

「騒がしい人たちですね」

3人の姿を見送った友沢はそうぽつりとつぶやくとこちらに向き直った。

 

「今日はありがとうございました。

…帝王と聖ジャスミンが戦うとしたら、あかつきと同じく甲子園の舞台しかありませんね」

「まあ、秋だったら地区大会で当たるかもだけどね」

 

俺がそう答えると友沢は静かに笑みを浮かべる。

 

「そこまで待つ必要はないと思いますよ。

瀬尾さんのあのボールがあれば県大会優勝も夢ではないでしょう。

オレたち帝王は当然、甲子園に出場しますから」

 

 

しばらくして帰り支度を済ませた友沢は、最後にもう一度こちらを見据えた。

 

「今日は負けましたが、次回はこうはいかないですよ。

オレは4番とエースの座を必ず勝ち取ります。

次に戦う時は投打で瀬尾さんを上回ってみせますよ」

 

そう言い残して友沢は去って行った。

 

「瀬尾君、すごかったよ!」

「道場破りのつもりだったんですかねー?

やってみると意外と大変なんですけどねー、道場破りって〜」

「それにしても今日はお客さんがいっぱい来てたね〜

も瀬尾君ってばモテモテだなぁ〜!

ま、羨ましくないけどね〜!!」

 

ジャスミンのメンバーがそうやって笑う。

俺はどうやら面目を保つことができたようだ。

もうやって楽しく話していると後ろから不意に声をかけられる。

 

「瀬〜尾ぉ〜…?

そろそろあんたが投げたあのボールについて説明してもらえるかしら?」

「こ、小鷹さん!?

あ、あのボールはね…!?」

「事前の説明なしであんなボールを投げるなんて…

危うく後ろに逸らすところだったわよ!!」

「ご、ごめん。

俺もまさかあんなに落ちるとは思わなくて…

いやぁ、ぶっつけ本番だったけどうまくいったよ!」

「………………は?

ぶっつけ本番…ですって?」

 

…小鷹さんはわなわなと震えている。

 

「ボールを受ける方の身になってみろぉぉーー!!」

「ご、ごめんなさーい!?」

 

俺はその場から走り出した。

しかし小鷹さんはその後ろをいつまでも追いかけてくる。

 

「逃げるなーーっ!

逃げたら追うわよーーっ!!」

 

 

 

…瀬尾 光輝。

山口さんの言う通りの選手だった。

追い込まれれば追い込まれるほど、こちらの想像を超えた力を発揮する。

逆境を力に変え、苦難を乗り越えてみせる。

 

あの山口さんがそこまで言うなんてどんな選手なのかと思ったが…納得だ。

あの人は対戦していて楽しく、そして心地いい。

何と言うか…野球をしているという感じがするのだ。

 

…オレは瀬尾さんについて、山口さんの他にもう一人の先輩に話を聞いていた。

その人は「突出して優れた能力のない、平凡でつまらない選手」だと言った。

外面のいいあの人が、初めて本性を現した姿だった。

だけど……

 

「あなたは間違っていますよ、蛇島さん」

 

山口さんとの意見の食い違い。

瀬尾さんのことを話す時に見せた、人を見下すような、嘲笑うような卑屈な表情。

そして、実際に瀬尾さんと会って感じたこと。

 

 

それらが蛇島さんがキャプテンでいるべきでないことを示していた。

自らの利益のために本性を偽り、腹の中に黒いものを抱えながらもそれを隠すために善人の仮面を被っている…

そんな人間がキャプテンでいることがチームとってプラスになるとは思えない。

 

「本当は興味なかったんだが…狙ってみるとするか」

 

野球部No.1の選手であることの証明であると同時にキャプテンの重責も担う存在。

「帝王」の座を。


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