実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

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第38話 春の終わりと夏の始まり

いよいよ迎えた春季大会決勝戦。

対戦相手は超高校級のスラッガー滝本(たきもと) 太郎(たろう)が率いる西強高校。

4回戦で恋々高校を破ったこのチームは今大会トップの防御率を誇っていたあおいちゃんから7点を奪った強打のチームだ。

滝本に加えて、今年入学してきた怪物1年生、清本(きよもと) 和重(かずしげ)が担う3、4番はここまでの4試合、2人合わせて6本塁打21打点を稼いでいる。

それにくらべると投手陣の力は見劣りするが、それが勝敗に影響しないほどの大量得点で試合を決めるのが西強のここまでの勝ち方だった。

 

「厳しい相手だね…」

「そうね。

いかに相手の3、4番を抑えるかが鍵になるわ」

 

うちの打線なら西強の投手に手も足も出ない、ということはないだろう。

点を取るチャンスは何度もあるはずだ。

だからこそ、俺たち投手陣が失点を少しでも減らすことが必要になるのだ。

 

「西強は確かに強い。

だからこそ胸を借りるつもりで全力で戦おう!

勝てばうちこそが「最強」だよっ!!」

 

監督からのゲキが飛び、選手たちもそれに頷いた。

 

「よし、みんな…行こう!!」

 

聖ジャスミンは後攻。

それぞれが自分のポジションの守備に就いた。

先発の太刀川さんはロジンバックを手に取り、それをぽんぽんと弾ませる。

そして視線を捕手の小鷹さんの方に向けた。

 

対する西強高校のバッターが打席に入る。

 

『1番 センター 矢倍(やばい)君』

 

矢倍とコールされた、眼鏡をかけた少年は右打席に立った。

彼も清本と同じく入部早々レギュラーの座を獲得した1年生だ。

雰囲気はどことなく矢部君に似ているが、いつも明るい矢部君に比べると、彼の落ち着いた表情や佇まいからは年齢以上の風格を感じた。

 

 

「オイラに似てるからって手加減しちゃダメでやんすよー!!」

 

センターからホームに向かって、矢部君の声が響いた。

 

そんなに似てないような…

 

いや、そんなことを考えている場合じゃない。

相手は西強の1番だ。

どんな打球がきても対応できるようにしないと。

 

俺はグラブのポケット部分をこぶしでパンと叩くと、打球に備えて身構えた。

 

太刀川さんがサインに頷く。

1球目。

外角に逃げるシュート。

きわどいコースへの球だったが、矢倍はこれを見送る。

 

『…ボール!』

 

判定はボール。

名門のリードオフマンを任されているだけあって確かな選球眼を備えているようだ。

 

2球目は内角へのストレート。

太刀川さん特有の手元で小さく動くボールが外角に決まる。

これで1ボール1ストライク。

 

今のはいい球だった。

あのクセ球がどれだけバッターの近くで動くかが彼女の調子を測るバロメーターとなるのだが、今日のボールのキレを見ると状態は良さそうだ。

 

3球目。

ここでバッテリーは、2球目と同じくまっすぐを続ける。

 

『ビュッ!』

 

これまたいいボール。

しかし矢倍はこれを真芯で捉えた。

 

『キィーン!』

 

打球は右中間を転々としていく。

矢部君が俊足を飛ばし打球に追いつくが、その頃には矢倍はスピードを上げ3塁ベースに向かっていた。

 

急いでカットマンにボールを送るが間に合わない。

聖ジャスミンは先頭バッターに対し三塁打を許すという展開となった。

 

「…速いでやんすね。

あれは、ひょっとしたらオイラよりも…?」

 

矢部君は苦々しい表情を浮かべてセンター定位置に戻っていく。

 

太刀川さんのまっすぐを初見で捉えるなんて…なんてレベルの高さだ。

あれで年下というのだから恐れ入る。

 

続く2番バッターには、スクイズ、犠牲フライなど様々なことを想定し丁寧に攻めていく。

しかし慎重になりすぎたのかフォアボールを許してしまう。

 

ノーアウト1・3塁。

 

この場面でアナウンスは、西強の中で最も警戒しなければならないバッターの名前をコールする。

 

『3番 ファースト 滝本君』

 

このコールを受け、滝本はバッターボックスへと向かう。

そしてピッチャーの太刀川さんを、まるで殺気が込められたような鋭い目つきで睨みつけた。

 

この滝本という選手は、現時点でプロのクリーンアップに座っても遜色ない活躍ができるだろうと言われている。

…得点圏に走者を置いた状況で迎えたくなかったな。

 

こうなったら失点を覚悟してでもバッターに集中するしかない。

俊足の矢倍が3塁にいる時点で点を入れられる可能性はかなり高くなっている。

たとえ滝本を内野ゴロゲッツーに打ち取れたとしても、その時点でサードランナーはホームに還ってしまうのだから。

 

滝本への初球。

内角を厳しく攻めるストレート。

1ボール。

 

2球目は外角にスクリューを決めて、カウント1-1。

 

3球目。

外角高めにシュートを投じる。

ストライクからボールになるこの球を滝本は見送る。

 

4球目は外角ボールからストライクゾーンに入ってくるカーブ。

これで2ストライクと追い込んだ。

 

…が、滝本はここまでバットを一度も振っていない。

何か狙いがあるのだろうか。

カウント的には有利なはずのに、逆にこちらが追い込まれたような、そんな感覚を覚えた。

 

勝負の5球目。

小鷹さんはサインを出し、ミットを内角高めに構えた。

太刀川さんもそれに頷く。

そして、構えられたミットに向かって思い切り腕を振った。

 

球種はストレート。

この球は内角高めいっぱいに投げ込まれる。

最高のコース。

 

これはまともに打ち返せないだろう。

そんな俺の想像を滝本のスイングは打ち砕いた。

 

滝本は内角の難しい球を腕を畳んで完璧に捌いた。

打球はぐんぐんと伸び、ライトを守る俺の頭上をあっという間に越え、そしてスタンドに飛び込んだ。

スリーランホームラン。

 

打球の行方を見送った滝本は、この結果がさも当然であるかのように、冷静な表情を崩すことなくベースを一周していく。

 

そしてネクストバッターズサークルからこの結果を見届けたもう一人の大砲が打席に向かって歩き出した。

 

『4番 サード 清本君』

 

何回か素振りをした後、清本は打席に立った。

1年生とはとても思えない屈強な肉体。

そして滝本に負けず劣らずの打席での存在感。

これが「怪物」清本 和重…

 

「…負けないで、太刀川さん!

まずは1アウトを取ろう!!」

 

この声援を送った直後。

清本は太刀川さんが投じた、ボールになるスクリューをすくい上げた。

バランスを崩した片手一本だけでのスイング。

あれでは打球は飛ばせないだろう。

そう思った。

しかしその思いとは裏腹に打球は放物線を描き、レフトスタンドへと消えた。

二者連続となるホームラン。

 

「…駄目だ、レベルが違う」

 

スタンドにボールが飛び込む音が、まるで希望が断ち切られる音のように聞こえた。

そして悟った。

この相手には敵わない、と。

 

そして聖ジャスミンは西強の圧倒的な力に飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

試合は13-2という大差で西強高校の勝利。

聖ジャスミンは準優勝という形で幕を閉じた。

 

大会前の下馬評からすれば、健闘したと言える結果なのだろう。

だけど決勝のことを思えば素直に喜ぶことはできない。

俺たちは完膚なきまでに負けたのだ。

 

今日の敗因は投手陣が滝本と清本の3、4番を抑えられなかったことだ。

先発の太刀川さんだけでなくリリーフで登板した俺も打ち込まれ、投手が本職ではない美藤さんや夏野さんまでもが引きずり出されるという試合展開だった。

「トーナメント戦の決勝ではコールドゲームが適用されない」という規定がなければコールド負けしているところだった。

 

滝本と清本…

あのクラスのバッターはバットの芯を外しても力でスタンドまで持っていってしまう。

だからこそ確実に空振りが取れるボールが必要になる。

 

「本格的に着手しないとな…」

 

俺はそうしてボールを握りしめた。

 

 

調子自体は悪くなかった。

要所要所で自分でも納得のできるボールは投げられていた。

でもそのボールは西強には通用しなかった。

中でも1回に滝本に打たれたホームラン。

あのコースにムービングのストレートを投げ込んで、詰まらせることもできなかった。

 

コントロールにもボールを変化させる位置にも問題はなかった。

ならば改善するポイントは一つだ。

 

「もっと速い球を投げられるようになりたい…!」

 

「太刀川さんのまっすぐはすごい」

瀬尾君はそう言ってくれるけど、自分が力不足だということは自分が一番よくわかってる。

 

まずは投げ込みを増やすところから始めよう。

もっともっと投げ込んで、感覚を掴むんだ。

あたしは器用じゃないから、とにかく数をこなさないと。

 

「きっと大丈夫だよね…?」

 

あたしは左肩に右手をそっと置いた。

そして、自分自身に言い聞かせるように小さくつぶやいた。

 

 

 

 

春季大会が終わって一週間が過ぎた頃。

とある人物が聖ジャスミン学園を訪れようとしていた。

 

 

「ここが聖ジャスミン学園…か」

 

校門をくぐり中に入る。

 

…白を基調とした校舎は目立った汚れもなく、太陽の光を受けて煌々と輝いている。

そこに向かうまでの道に整備された花壇では色とりどりの花が咲き誇っていた。

そこから少し行ったところには生徒たちの憩いの場と思われる中庭があり、女生徒たちがベンチに腰掛けて楽しげに話をしていた。

 

「うちとは雰囲気がまるで違うな…」

 

そう感じるのも当然か。

この学園とうちの高校では生徒の男女比が大きく異なっている。

聖ジャスミンは元女子校らしいから、入学を希望する生徒も女子が多くなるのだろう。

学園側もそんな状況に配慮して、このような洒落た環境を整えているのかもしれない。

女子の生徒にしてみれば、古いよりは新しい方が、汚いよりは清潔な方が嬉しいだろうしな。

 

…さて、そろそろ本来の目的を果たすとしよう。

 

「グラウンドは…こっちか」

 

まずは辺りを見回す。

そうして大体の見当がついたところで目的地に向かって歩き始めた。

 

 

「ん…?

あれじゃねぇか?」

 

傍らに立つ長身の男が指差した先に目的の人物の姿が見えた。

ボクはそこへと歩みを進めた。

そしてこちらに気づいた様子のない彼の背中に呼びかけた。

 

「瀬尾…久しぶりだな」

 

「えっ…?

……ええっ!?」

 

目の前の少年は慌てふためき、目をぱちくりさせている。

 

「猪狩っ!!?

何でお前がこんなところにいるんだよ!?」

「…おかしなことを言うな?

キミに会うために来たんだから、キミのいる場所にボクが現れるのは当然のことだろう」

 

「それに…お前に会いに来たのはボクだけではない」

ボクはそう言って同行者を指し示す。

彼らの姿を見た瀬尾は更に驚いた表情を浮かべた。

 

「滑川!?

それに……進君まで!?」

 

滑川と呼ばれた背の高い男は「おう」とぶっきらぼうな返事をして、手を軽く挙げた。

ボク…猪狩 守の弟である進は滑川とは逆に「お久しぶりです」と丁寧に頭を下げ、にこりと笑った。

 

「聞いたぞ。

春季大会ではなかなかの成績を残したそうじゃないか。

最後は酷い負け方をしたようだが…」

「よく知ってるな?

…決勝までは順調だったんだけどな。

やっぱり甲子園常連の名門校は違うな」

 

瀬尾はそう言うと顔を俯き加減にして小さく笑った。

しかし暗い表情を浮かべたのは一瞬だけで、すぐにいつもの控えめな笑顔に戻っていた。

そして、

 

「あかつきはどうだったんだ?

春季大会、勝ったのか?」

 

と尋ねてきた。

 

「フッ…誰に聞いているんだ?

ボクたちあかつき野球部がそう簡単に負けるはずないだろう」

 

そうやって笑ってみせる。

あかつき大附属高校野球部は春季大会で優勝を果たしていた。

それも他校との圧倒的な実力差を見せつけての大勝だった。

 

それを聞いていた滑川は、

 

「お前が威張ってんじゃねぇよ。

お前らレギュラー組は春季大会準決勝からしか試合に出てねぇだろ?

美味しいところだけ持っていきやがってよぉ〜…」

 

とぶつぶつ言っていた。

だが、春季大会の決勝でボクが先発し、最後までマウンドに立って勝利の瞬間を迎えていたのは事実なので、あかつきを優勝に導いたのはボクということで問題ないだろう。

 

「僕も3回戦まではスタメンで出場させてもらえたんです!

その時は麻生さんと組んだんですけど、結局兄さんとはバッテリーを組めなかったので…

夏の予選では使ってもらえるように頑張ります!」

「一応俺もそれなりには活躍してたんだぜぇ?

まぁ〜レギュラー組の出番が来てからは代打に逆戻りだけどなぁ…

あいつのバッティングがいいせいで出番が少なくなって困るぜ、まったくよぉ〜」

 

進が嬉しそうに近況を報告している一方、滑川は親指でボクを指差すと瀬尾に不満を漏らしている。

あかつきの巨大戦力の中でレギュラーを狙える位置にいることを誇ればいいものを…

まあ、向上心があるとも言えるのだが。

 

「…ということで、あかつきは春季大会を制した。

そして今はベンチ入り当落線上の選手に出場機会を与え、実力を見極めるために遠征をしているんだ。

今日キミのもとを訪れたのも聖ジャスミンに程近い高校との試合があったからなんだよ」

 

「そうだったのか…

それはレギュラー組も帯同してるのか?」

「いや、していない。

…ボク以外は、な」

「何でお前だけ付いてきてるんだ?

あかつきは実力主義だから年功序列なんてことないだろ」

「それはだな……」

 

「瀬尾さんに会いたかったから…」

 

瞬時に答えが出ずそれらしい理由を考えていると、進が勝手にそう答えていた。

 

「ですよね、兄さ…」

「おいっ!?」

 

進の言葉を遮ろうと口元に手を伸ばす。

進はそうされても尚「むぐむぐ」と口を動かしていた。

 

「何やってるんだ、二人共?」

「くっくっくっ…!!」

 

事情がわからないといった様子の瀬尾と笑いを殺しきれない滑川。

これ以上余計なことを言われては堪らない。

進に余計なことを言うなと釘を刺してから、ボクは話を変えることも兼ねて、瀬尾に勝負を持ちかけた。

 

「瀬尾、久しぶりに会ったんだ。

一打席勝負でもしないか?」

 

瀬尾はこの提案に、

「猪狩…お前、一打席勝負好きだよなあ」

と微笑みを浮かべながら答え、更にこう付け加えた。

 

「それならうちのグラウンドに行こう。

グラブもそこに置いてあるしね」

 

 

「ただいま…っと」

 

俺はランニングの途中で出会った3人を連れて聖ジャスミンのグラウンドに戻ってきた。

そして、最初に顔を合わせた小鷹さんに声をかけた。

 

「小鷹さん、お客さんを連れてきたんだ」

 

「お客さん…?」

彼女は視線を俺の後ろにいる、あかつきからやって来た3人に向けた。

そして驚きの表情を浮かべた。

だがそれはすぐに呆れたような、困ったような表情に変化していった。

 

「今日はなんて日なんだろう…」

 

「…?

どうしたの小鷹さん、何かあったの?」

「いや、何かあったと言うか…これからあると言うか…」

 

俺が小鷹さんと話していると、勝負を待ちきれないといった様子の猪狩が会話に割り込んできた。

 

「話は終わったか?

瀬尾、早く準備をしろ。

ボクと勝負をする約束だろう」

 

 

「あの…盛り上がってるとこ申し訳ないですけど、後にしてもらえます?」

 

 

不意に聞きなれない声が飛び込んでくる。

 

「…何だ、ボクたちの勝負を邪魔するつもりか?」

 

猪狩はその声の方をキッと睨む。

その視線の先には、白と黒を基調とした見覚えのあるユニフォームに袖を通した金髪の少年が立っていた。

 

「もう一人いるのよ…

瀬尾…あんたに用があるって人が」

彼の姿を見つめる俺たちに小鷹さんは小さくそうつぶやいた。

 

それを聞いて、俺はその少年に尋ねる。

「あの…君は?」

 

少年はこれに対し、表情を崩さず答えた。

 

「…初めまして。

オレは、帝王実業高校1年…友沢(ともざわ) 亮(りょう)。

あなたに勝負を挑みに来ました」

 

…これが将来、猪狩 守と肩を並べる天才として野球界に君臨することになる、もう一人の男との出会いだった。


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