実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

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第33話 積み上げてきたものと更なる高み

「ちーちゃんは何もわかってないッス!!」

「何だと〜!?」

 

野球部の練習中。

突如グラウンドに2人が争う声が響いた。

俺は慌ててその声の方に向かう。

 

「ど、どうしたの!?

川星さん!美藤さん!」

 

「おお瀬尾、いいところにきたな!

ほむほむ!

ここは瀬尾に判断してもらってはどうだ?」

「…そうッスね。

ここはキャプテンの判断に任せるッス!」

 

腕を組んで「ふんっ!」とそっぽを向く川星さんと美藤さん。

そんな状態の2人をなだめながら、何があったのかを聞いた。

それは今から少し前、美藤さんが打撃練習をしていた時のこと…

 

 

カキーン!

グラウンドに快音が響く。

 

「ちーちゃん、今日も調子いいッスね〜!」

私は打撃練習をしていた少女に声をかけた。

 

「ん…?

ああ、ほむほむか」

彼女は美藤 千尋、打線の中軸を担う巧打者だ。

 

「そうとも!

私はいつだって絶好調だ…ぞっ!!」

 

キィィン!

ちーちゃんはそう答えながら、マシンから発射されたボールを鋭いライナーで打ち返す。

 

「おおっ!

相変わらずシャープなスイングッス!」

 

自分もあんなバッティングができたら…

そんな思いで彼女のバット捌きを食い入るように見つめる。

 

じーっ……

 

「おい、どうしたんだ?

そんなにまじまじと私のフォームを見たりして…」

「ちーちゃんって、ずっとノーステップで打ってるんだなあと思って…」

「ああ、このフォームか。

これはソフトボール式でな。

ソフトでは大抵の選手はノーステップなんだ」

「そうなんッスね……んっ?」

 

それを聞いた時、私の中である疑問が浮かんだ。

 

「…でも、それだと強い打球が飛ばせなくないッスか?」

 

そして浮かんだと同時に口に出ていた。

 

「…何だと?

私の…ソフトボールの技術にケチをつける気か?」

 

ちーちゃんが怒りをにじませる。

しまった、怒らせてしまっただろうか。

 

「ち、違うッス!

そういう意味じゃなくて…」

「それならどういう意味だと言うんだ」

「え〜っと…」

 

頭の中で、自分の思い、伝えたかったことを具体的な言葉にする。

だが、これがなかなか難しい。

言い方によってはもっと怒らせてしまうかも、と注意しながら言葉を発する。

 

「…ソフトボールはピッチャープレートから本塁までの距離が短いし、投手の投げ方も野球と違うからノーステップの方が対処しやすい…

しかも、外野フェンスまでの距離も短いからジャストミートすればホームランも狙える。

だから無駄な動きの少ないノーステップ打法が主流ってことッスよね?」

 

「それはまあ…そうだな」

渋々といった様子ながら、ちーちゃんはこの意見に同意した。

どうやら間違った意見ではなかったようだ。

 

「でも野球はソフトに比べて、バッターがボールを打つまでにタイミングを取る時間もテイクバックを大きくする余裕もあるッス」

「ん〜、確かにそうだな」

 

ちーちゃんは視線を上に向けて答えた。

頭の中でそれぞれを比べ、想像しているのだろうか。

 

「…だから野球の動作を取り入れてみたらどうッスか?

そしたらもっと強い打球を打てるかもしれないッス!」

 

5番バッターに長打力がないと相手ピッチャーも楽ッスからね!

これはいいことを言ったッス!

 

心の中でそう胸を張る。

だがそうしていると、ちーちゃんの顔がどんどんこわばっていく。

 

「ち、ちーちゃん…どうしたッスか?」

「ほむほむ…

つまりお前は「ソフトボールの打ち方なんか野球には通用しないんだよ、顔を洗って出直して来い」と…そう言うんだな?」

 

……ニュアンスが違うッス!!

伝えたかったことが伝わってないどころか、人にケチをつけるイヤなやつみたいになっちゃってるッス〜!?

「ふざけるな〜!

ソフトボールはすごいんだぞ〜!!」

ちーちゃんが地団駄を踏んで怒りだした。

 

「ち、違うッス!

そんなつもりで言ってないッスよ!?」

「違うだと…

ソフトはすごくないと言うのか〜!!」

「会話になってないッス!?

もう、ちーちゃんのバカーッ!!」

「何だと〜!

バカって言う方がバカなんだぁ〜!!」

 

 

……そして現在に至る。

 

う〜ん…

本質としてはとても建設的な話をしていたんだろうけど…

川星さんと美藤さんというフィルターを通した結果、単なる口喧嘩になってしまっている。

 

この2人だけで和解するのは…

 

 

「野球!野球!野球ぅ!!」

「ソフト!ソフト!ソフトぉ!!」

 

 

…無理そうだな。

 

しょうがない。

なんとかする方法を考えなくては。

 

う〜ん、そうだな…

 

「ねえ、こういうのはどうかな?」

 

「うんっ?」

「何ッスか?」

 

2人は喧嘩をやめてこちらの話を聞くようだ。

この2人、少し残念なところはあるが基本は人の話が聞けるいい子なのだ。

 

「つまり川星さんは、美藤さんに野球の打ち方を取り入れてもっと打てるようになって欲しい…ってことなんだよね?」

「…まあ、そうッスね」

 

「理想は理想だ。

ソフトの技術に野球のやり方を取り入れて上手くいくとは限らないだろう!」

 

美藤さんがそう言って腕を組む。

それに対して川星さんは答えた。

 

「で、でもほむらは上手くいくと思うんスよ!」

「…うん、俺もそう思う。

でも美藤さんの気持ちもわかるんだ。

だから…」

 

俺は美藤さんの方に向き直る。

 

「俺に美藤さんのソフトボールで磨いた技術を教えて欲しいんだ!」

「せ、瀬尾君!?」

「野球とソフトの技術の融合を目指すなら、俺がソフトの技術を取り入れても同じことでしょ?

だったら俺がやってみて成果が出てからでも、美藤さんがフォームを変えるのは遅くないんじゃない?」

 

「…ではお前は私のために実験台になると…そう言うんだな?」

 

実験台…あまりいい響きではないが、そういうことになるな。

 

「その心意気やよし!

私に任せろ。

お前を立派なソフトボールプレイヤーにしてやる!」

 

「瀬尾君はや・きゅ・う・ぶのキャプテンッスよ〜!?」

 

こうして俺がソフトボール選手になるため(?)の特訓が始まったのだった。

 

 

「私の打撃についてお前はどう思う?」

 

美藤さんはこちらを見て唐突にそう言った。

 

「ど、どうしたの急に?」

「そんなに難しい質問じゃないだろ?

お前がどういう印象を抱いているか聞きたいんだ」

「うーん、そうだな…」

 

美藤さんのバッティング。

左打席に立ち、相手が投じる球を無駄のないコンパクトなスイングで打ち返す。

緩急に惑わされず、手元で変化するボールにも難なく対応できる。

逆方向に放たれる、美しい軌道の打球。

それを一言で言うならば…

 

「……芸術的、かな?」

 

「っ!!

何だって!?」

 

美藤さんが目の色を変える。

 

「い、いや…

ボールを打つまでの動き1つ1つが洗練されているし、いつもクリーンヒットを打っているイメージがあるから芸術的なバッティングだなって思ったんだけど…」

「そ、そうか…洗練されているか。

芸術的なバッティングか……!!

そうかそうか、そう思うのか!!

ふへへへへ……!!」

 

…び、美藤さんが笑っている。

褒められたのがよほど嬉しかったのだろうか。

思い返してみれば、美藤さんは飛び抜けた技術を持っているけれど、 人からベタ褒めされるようなキャラじゃないからな…

それどころか、おバカキャラとしてみんなからイジられているふしがある。

だからこそ正当な評価を受けることが少ないのかもしれない。

 

「…コ、コホンッ!」

彼女はそうやって咳払いをすると、話を本題に戻した。

 

「それはともかくとして…

いいだろう、私をそれだけ高く評価しているお前になら私の技術を教えてやってもいい。

「芸術的」な私の打撃技術をなっ!!」

 

美藤さんはそう言うと「ハハハッ!」と高笑いをした。

上機嫌になった彼女はバットを握ると早速指導に取り掛かった。

 

「瀬尾、お前も知っての通り、女子選手は男子に比べてどうしても力が劣る。

それは私も例外ではない。

だからこそ私は打球を飛ばすのではなく、ライナーで外野の間を抜いていくようなバッティングを目指してきた。

打球がフェンスを直撃しようと、守備の間を突こうと、2塁まで到達すれば長打は長打だからな」

「うん。

美藤さんがそうやってツーベースヒットを打っているところはよく見るよね」

「私が外野の間を破ることのできる強いライナーを打つために気をつけていること…それは、バットの芯にボールを狙って当てることだ」

 

美藤さんはそう言った後に、自分自身をあざけるように続けた。

 

「そんなことかと思ったか?

だけどこれが私のバッティングの全てだ。

パワーヒッターなら力でボールを飛ばせる。

だが私にはそんな力はなかった。

あったのは技術だけだった。

当てることはできたがそれだけだ。

でも私だって大きい当たりを打ちたかった。

打球を飛ばしたかった。

だから非力な私がそれを実現できる方法を探した」

 

ああ、そうか。

彼女のソフトボール流の打撃へのこだわりはそこからきていたんだ。

強い打球を打ちたい。

そのためにはバットの芯で打った方がいい。

だからそれに適した技術を磨いた。

それが…ノーステップ打法。

 

「私もソフトの世界ではスラッガーとして名を馳せていたんだ。

だけど野球部に入ってからはその自信も打ち砕かれた。

思ったように打球が飛ばないんだからな。

野球とソフトの競技としての違い…そしてそれ以上に男と女の違いというのを味あわされたよ。

…嫌というほどな。

だから私は私に残された唯一の武器を磨いたんだ」

 

「……」

 

ノーステップは彼女のこだわりではなかった。

あれは、自身の理想に近づくため…そして彼女が男と勝負に勝つ方法を探して、そして見つけた希望。

試行錯誤の末にそこに行き着いただけだったのだ。

川星さんはそんな繊細な部分に触れてしまった。

良かれと思っての言葉だったのだろうが…

 

「つまり、私のバッティングを一言で言うなら「技術でボールを飛ばす」ということだ。

パワーのあるバッターに比べれば飛距離は大したことないかもしれないが、長打を打てるゾーンは広がる。

相手のボールを手元まで呼び込んで捌くスイングスピードと一撃で仕留める集中力、そして何よりボールをバットの芯に当てるミート力が必要で難度は高いが…やってみるか?」

「……うん、お願いするよ!」

 

こうして美藤さんによる打撃指導が始まらった。

 

 

「はあ…はあ…」

「驚いたな…

最初に比べてだいぶよくなったんじゃないか?」

「そ、そうかな?

でもこれかなり難しいね…」

 

特訓の内容は、10種類にも及ぶティーバッティングだった。

一般的な斜め方向からのティーはもちろん、真横、ホームベース方向、そして背中側からのボールを打ち返す練習。

他にはバットをX字に交差させてから打ったり、前に進みながら打ったり…ワンバウンドさせたボールを打ったりなどもした。

特に難しかったのがバランスボールに座ってのティーバッティングだった。

体幹の強さとバランス感覚がなければまともにこなすこともできない。

俺もやっている最中にバランスボールの上から落ちそうになることが何回かあった。

美藤さんがお手本として実演してくれたが、彼女は俺が手こずったものをいとも容易くこなしてしまった。

 

それにしてもここまで多くの種類の練習をしていたとは驚きだった。

野球部の練習ではこんなことをしているのは見たことがなかったからだ。

 

「ソフト部の練習でやったり、あとは部長に全体練習後に付き合ってもらったりしていたんだ」と教えてもらった。

美藤さんが部長と呼び慕っている小鷹さんと協力して技術を磨いていたのだ。

小鷹さんが野球部に入った時には2人の関係に亀裂が入ったように見えていたが、それもすっかり修復され元の仲のいい間柄に戻っていたのだろう。

まあ元から仲はよかったし、同じ野球部員として苦楽をともにしているのだから当然と言えば当然だ。

それに、あれからもう1年も経っているわけだしな。

 

「これを毎日続けていけば、私の技術を習得する土台まではできるだろう。

あとはお前次第だ」

「うん…頑張ってみるよ。

……ねえ美藤さん?」

「何だ、何か質問でもあるのか?」

「俺、思うんだけど…美藤さんなら打撃フォームに改良を加えることも可能だと思うんだ」

「…ほむほむの言っていた件か。

言っただろう?

このフォームは私が苦心してつくりあげた…」

 

美藤さんの言葉を遮るタイミングで俺は話し始めた。

 

「でも今日1日美藤さんを見ていて思ったんだ。

美藤さんの複数のティーを軽くこなすテクニックと、バランスボールの上でも乱れることのない体幹の強さがあれば、さらにフォームを進化させることができるって」

 

「……例えば?」

 

よかった、聞いてくれるみたいだ。

 

「日本ではボールを打つ時に大きく足を上げて、その反動を使って大きな打球を飛ばすバッターが多い。

だけどその代わり、反動を使っているがために目線がブレたりスイングにズレが生じるというリスクもある。

アメリカに渡った日本人バッターで活躍できる選手が限定されているのはそれが原因だと言われている」

「そうだろう。

アメリカのバッターの打ち方が正しいとするなら、足を上げて打つなどそれに逆行している行為だ」

「…だけどそのリスクを極力抑えることができれば?」

 

美藤さんがこの言葉にピクリと反応する。

 

「美藤さんほどのバランス感覚と正確なスイングができる能力があれば、反動を使ってもバッティングに問題は生じないんじゃないかな?」

「……うん?」

「外国人のバッターは天性の長打力を持っている。

だからミスショットを減らした方が結果を残せる。

そういう理由でアメリカのリーグの選手は日本人とは違う打ち方をしているんだ。

つまりは自分のパワーを抑えて確実性を重視しているということ。

でもそれは反動を使うデメリットさえ消せれば、自分の持っているパワーすべてを使って打つ方がいいってことでもあるでしょう?」

 

「んんっ!?

う〜ん…なんとなくわかるような、わからないような…」

 

「簡単に言うと美藤さんなら「ノーステップをやめても今まで通りに打てる」ってこと。

その上で、足を上げることで生まれる力と反動をバッティングに使えれば、外野の頭を越すような打球を打てるようになるよ!」

「で、でも…今まで積み上げてきたものをそう簡単には捨てられない!」

 

美藤さんはそう首を横に振った。

やっぱり決意は固いか…

 

そう諦めかけたその時、聞き馴染みのある声がこちらに飛び込んできた。

 

「別に捨てるわけじゃないッスよ!!」

 

その声の主は2つに結んだ髪を揺らしながらこちらに駆け寄る。

 

「ほむほむ!?

何でここに…?」

「ちーちゃん、まずはこれを見るッス!」

 

川星さんはいろいろと聞きたそうな美藤さんを手で制すると、手に持っていた雑誌のようなものを彼女の顔の前に突き出した。

開かれたページには、ドラフト下位で指名されながらもたゆまぬ努力を続け、首位打者を獲得するまでとなった球界屈指の巧打者のインタビューが掲載されていた。

「この選手、通常は足を上げて打ってるんスけど、2ストライクに追い込まれてからはフォームがノーステップに変わるッスよ!

これを参考にすればいいッス!

それに彼が左打者で中距離ヒッターである点もちーちゃんと共通してるッス!

ちーちゃんが目指すべきはこのスタイルで間違いないッス!!」

 

「……」

美藤さんはそのページをしばらく見つめた後、意を決したように言った。

 

「…よし、その提案に乗ってやろうじゃないか!

その代わり…瀬尾!ほむほむ!

お前たちには手応えを掴むまで特訓に付き合ってもらうからな!!」

「もちろんッスよ!」

「俺もできる限り協力するよ」

 

こうして美藤さんの打撃フォーム改造が始まった。

 

 

…俺は彼女たちの様子を見ながらも、あることを感じていた。

美藤さんの力不足を補うための「技の打撃」。

そして大空さんのような華奢な体格でも長打を放つことができる、拳法で培った「筋力に頼らない身体の使い方」。

これらを美藤さんと大空さんから学んでいけば、俺の中でその2つを結びつけ、共存させることができるのではないか…という予感。

それを自分のものにすることができれば、各校のエースたちに立ち向かえるのではないかという期待。

 

そんな感情が俺の中で渦巻いていた。


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