実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

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第32話 「特別」

今日の練習ではフリー打撃が行われている。

ピッチャーは俺が務め、みんなが順番に打席に入り、それぞれがバッティング技術を磨いている。

 

「じゃあ次は大空さんだね」

「はい、頑張りますー!」

 

大空さんがバッターボックスに入る。

…まずは、大空さんが得意としているストレートから。

 

シュッ!

コントロール重視のボールを外角低めに投げ込む。

それを大空さんは軽々と打ち返した。

 

「カキーン!」

 

打球はスタンドに飛び込む。

ホームラン。

 

次は力を入れたまっすぐだ。

 

…シュッ!

先ほどよりも速いストレート。

大空さんはこの球に対しても難なく対応する。

 

「キィン!」

 

手元までボールを呼び込んでから打った打球はライト方向への鋭いライナーになった。

 

いい打球だな…

じゃあ、これならどうだ?

 

シュッ!

今回投じたのは、バッターの手元で落ちるスプリット。

大空さんは体勢を崩されながらも打球をセンター前に運んだ。

 

その後も20〜30球投げ込んだところで大空さんの番は終了。

俺もマウンドを太刀川さんに譲った。

 

「大空さん、調子いいね!」

「はい、気持ちよく打てましたー!

ありがとう瀬尾君!」

「それにしても、大空さんってパワーがあるよね。

ボールの勢いに振り負けないって言うか…」

「そ、そうですかー?」

 

体の使い方が上手いのかな?

監督が、大空さんは道場に通ってたって言ってたな。

拳法と野球で共通するものがあるのだろうか。

 

…細身の大空さんがあれだけ遠くにボールを飛ばせる秘訣。

それを知ることができれば。

 

「……」

「……あのー、瀬尾君?

ミヨちゃんの方をじっと見て…どうしたの?」

 

「大空さん…お願いがあるんだ」

 

この言葉に大空さんは困ったように首を傾げるのだった。

 

 

大空道場。

大空さんのおじいさんが運営しているこの道場に、俺は休みを利用して訪れていた。

 

「…あ、瀬尾君、こっちだよー」

「大空さん、無理言っちゃってごめんね…?」

「…ううん、いいの。

いいんだけど、ねぇ瀬尾君……引かないでね?」

「…?」

 

「じゃあ行きましょうかー!」

彼女の言葉に疑問を抱きながらも、大空さんの後に続いて道場の中に入っていく。

 

そして、その先で俺は、彼女の「引かないで」という言葉の意味を身を以て知ることとなるのだった。

 

 

「どっこいしょ」

 

道場の真ん中に座っていた大空さんのおじいさん…飛翔さんがゆっくりと立ち上がった。

 

「あっ、初めまして…」

自己紹介を始める。

だが飛翔さんはそれが終わるのを待たず質問をしてきた。

 

「ねぇねぇ、ワシの入れ歯知らない?」

「い、入れ歯ですか!?」

「そう、ワシの入れ歯。

どこいったのかなぁ?」

「す、すいません、僕にはわからないです…」

「そんな…

ワシの入れ歯…入れ歯ぁぁぁあああ!!」

 

スポーン!

バシッ!

 

「ぐあっ!?」

入れ歯が俺の顔面にぶつかる。

 

「ワヒノヒレハ!

クヒノナハヒハッタノへ」

 

ワシの入れ歯、口の中にあったのね。

飛翔さんはそう言うと、

 

「へーへーホレヒホッへ?」

 

飛翔さんは、ねーねーそれ拾って、と先ほど飛ばしたばかりの入れ歯を指差した。

俺は仕方なく入れ歯を手に取る。

 

「ご、ごめんね瀬尾君!

もー、おじいちゃん!

また入れ歯を口に入れてるの忘れちゃったのー?」

「そーみたい」

 

飛翔さんは手渡した入れ歯を口にはめるとそう答えた。

 

「それで、え〜っと…君は?」

「おじいちゃん、昨日も言ったでしょー?

野球部のキャプテンの瀬尾君だよー!」

「野球拳について聞きたいんだって」

 

「どうも…」

頭を掻きながら、改めて挨拶をする。

 

大空さんが言った「引かないで」の意味がわかった。

あれは、「おじいちゃんのキャラがかなり濃いけど引かないでね」ということだったのだ。

 

「……あのね瀬尾君、大空家では「野球拳」という拳法が代々受け継がれているの。

野球拳って言うのは74年の歴史を持つ拳法で、野球の動きを拳法に応用したものなんだー」

 

…74年の歴史?

浅すぎることはないが古くからあるわけでもない。

伝統として根付いているわけではなく、最先端の技術でもない。

だから、効果はあってもあまり知られていない…ということか。

これこそが大空さんの長打力の秘密に違いない。

 

「例えるなら、バットを振る動作や、ボールを投げる時のモーションみたいに野球の中で多くある、体をひねる動きや腕、指先をしならせる動きを取り入れて拳法に昇華したのが野球拳なの」

「力強さとか筋力とかより、身体の柔らかさやしなやかさの方が重要だから、女の子でもワシみたいな年寄りでも、使いこなせるんだよ。

現にそこにいるミヨちゃんなんて野球拳の正統後継者だし、見た目と違ってちょー強いからね」

 

「えっ!?」

俺は大空さんの方に向き直る。

 

「ちょっとーおじいちゃん?

…喋りすぎだよー?」

 

あれ、何でだろう。

大空さんはいつもみたいに笑っているのに、なぜか体が震えるぞ…?

 

「ねぇミヨちゃん、殺気が出てるよ?」

「えー?

そんなことないよー?」

 

飛翔さんの言葉を大空さんはそう否定する。

だが彼女の笑顔を見ても震えが止まらないのは、やはり殺気が出ているということなのではないだろうか。

 

一連の話を聞いて納得した。

彼女の打席で見せる風格とそれに見合うだけの長打力…

その秘密は拳法で培った身体の使い方と戦う姿勢…闘志だったんだ。

 

「もー…

おじいちゃんは放っておいて、瀬尾君、野球拳の基本の型を教えてあげるよー!」

「う、うん!」

 

大空さんと飛翔さんの指導は数時間に及んだ。

 

 

「ありがとうございましたー!」

「あ、ありがとうございました…」

 

つ、疲れた…

しなやかな動きというのは意識してやってみると意外に難しい。

でもこれはピッチングにもバッティングにもいい効果をもたらすのではないだろうか。

 

教えてもらったことを自分の中で反すうしていると、飛翔さんがこちらに歩いてきた。

 

「…あれ?

ひょっとして君、体がどこか悪いの?

これは手…いや、指先かな?」

 

「…えっ!?」

 

驚いた。

血行障害からくる痺れは、現在俺の指先には起きていない。

飛翔さんは目では見えない、まだ起きていないことを言い当てたのだ。

 

「何でわかるんですか!?」

「うーん、長年修行してると何となくわかるの。

すごいでしょ?」

 

何となくわかるのか…

拳法の達人である飛翔さんだからこそなせるわざなのかもしれない。

 

俺は飛翔さんに事情を話した。

 

「そっか、血行障害か…それは大変だね。

でもそれだったら、アレが使えるかも」

「アレ?

アレってなーに、おじいちゃん?」

 

「ちょっと待っててね」

飛翔さんはそう言うと道場から出て行く。

そしてしばらくすると、手に本のようなものを持って帰ってきた。

 

「あったよ、これこれ」

 

飛翔さんは持っていた本の表紙をこちらに向ける。

そこには「ツボ拳法読本」と書かれていた。

 

「ツボ…拳法?」

ツボというのはマッサージや指圧の時に押されるあのツボなのだろうが…

その後ろに拳法と付いているのが気になる。

 

「これはね、野球拳をツボ押しに応用したもので気の循環を促したり、眠っているパワーを引き出したりするものなの。

ふつーにマッサージとしても効果があるから、通信教育で世に広めようと思って本にしたんだ」

「聞いたことないんですけど…」

「そりゃ野球拳をマスターしてないと使えないしね。

だからあんまり売れてないの」

 

なぜか薄っすらと笑みを浮かべてそう言うと、飛翔さんはその本を大空さんに渡した。

 

「じゃあミヨちゃんやってあげて」

「えっ…!

ミヨちゃんがやるのー!?」

「そりゃそうだよ。

だってワシ、もうじじいだし。

力がないからツボ押せないよ?」

「で、でも…」

 

「む、無理はしなくていいよ?」

そう言って彼女を気づかう。

 

しかし大空さんはそれを聞いて逆に覚悟を決めたようだ。

 

「…やっぱり、やります!」

 

そう言って俺を座らせると、彼女もその横に座り込んだ。

俺の腕をそっと掴むと、チラリとこちらを見て、

「い、いくよ…?」とささやいた。

 

「う、うん」

この返事を聞くと大空さんは本に書いてあるツボを探して、俺の腕にちょんと触れた。

 

「……っ!」

「あっ…痛かった?」

「い、いや…そんなことないよ」

 

…ただこそばゆくて恥ずかしいだけで。

 

そうしているうちにツボを見つけた大空さんは意を決したように親指を腕に当て、勢いよく突き立てた。

 

「えいっ…!」

 

「うおぉっ!?」

親指の第一関節が見えなくなるくらいに指がめり込む。

その衝撃的な見た目に思わず顔をしかめる。

……が、すぐにあることに気づいた。

 

痛くない…

「どーかな、瀬尾君?」

大空さんが上目遣いでこちらの様子を伺う。

 

「う、うん…全然痛くないよ」

それどころか、ツボを押されているあたりがポカポカとあたたかくなっている。

血の巡りがよくなっているのがわかった。

 

「これくらいかなー?

「うん、ありがとう!

何だか調子がよくなった気がするよ!」

 

「どうやら成功したみたいだね?」

様子を見ていた飛翔さんはそう言うとテキストを改めて手に取り、大空さんに渡した。

 

「ミヨちゃん、勉強してもっと上手にできるようにしてね。

続ければ効果が出てくるから」

 

そして俺の方を見てにっこり笑った。

「 完璧に治るってわけじゃないけど、少しはマシになるはずだよ?」

 

 

道場からの帰り道。

大空さんは俺を送ってくれていた。

 

「大空さん、今日はありがとう。

いろいろ勉強になったよ」

「ううん…いいんだ。

…ねえ瀬尾君、道場に来てみてどう思った?」

「どうって?」

「…変わったおじいちゃんがいて、ヘンテコな拳法があって…

やっぱり変だって…普通じゃないって思ったよね……?」

 

…これが大空さんが道場や拳法の話を遠ざけていた理由だったんだ。

普通とは違う境遇の自分が周りからどう思われているのか。

その思いが彼女を悩ませていたんだ。

でも…

 

「俺はすごいと思ったけどな」

 

「えっ…!?」

大空さんは驚いたように目を丸くした。

 

「だってまだ高校生なのに飛翔さんから拳法を…伝統を受け継いでるんでしょ?

すごいことだよ。

それ恥ずかしいことじゃなくて、誇れることだと思うけどな」

「で、でも私、女なのに拳法の達人で…すごく強いんだよっ!?

…番長って、呼ばれてるんだよ…?」

「…そっか、番長って大空さんのことだったんだ」

「…うん」

 

大空さんは小さく頷く。

 

「聞いたことあるよ。

不良をやっつけたり、絡まれている子を助けたり…

弱い立場の人のために戦っている正義の味方だって!」

「…えっ?」

「そんな人が友達でチームメイトだなんて鼻が高いよ」

「で、でもそんなの変だよ!

普通じゃない!」

「そんなに普通がいいの?」

「……」

 

彼女は何も答えない。

俺は言葉を続ける。

 

「…俺、思ったんだ。

大空さんは「変」なんじゃなくて、「特別」な人なんだって。

人のできないことができて、その力で人を助けてる。

そしてそこには優しさがある。

だったらそれはもう君の魅力なんだよ」

「…瀬尾君」

「俺は、そんな大空さん…素敵だなって思うよ?」

「……ありがとう」

 

言いたいことを言い終えて、大空さんの顔を見た。

彼女は笑っていた。

…笑ってくれて、よかった。

 

 

次の日。

野球部の練習を終えたタイミングで大空さんがやってきた。

 

「瀬尾くーん!

またアレやってあげますー!!」

 

彼女はそう言うと 俺の腕を掴むと俺をベンチに引っ張る。

 

 

その様子をあの男は静かに見ていた。

そしてすぐに静かではいられなくなった。

 

「な、な、なんでやんすかアレって!?

ハレンチでやんすー!

報告でやんすーー!!」

 

 

「どーお?

気持ちいい?」

「う、うん」

ツボ拳法による治療を受けていると、誰かがこちらを見ているような、睨まれているような感覚を覚えた。

 

「…何だ?」

視線を感じた方に顔を向ける。

するとそこには、苦々しい表情をした小鷹さん以下、聖ジャスミンのメンバーがこちらを見つめていた。

 

「あ、あんたたち…どういうつもりなの?」

「神聖なベンチで何をしているんだ…?」

「申し訳ないけど、さすがにこれは擁護できないわ…」

「ほむらもナッチに同感ッス!」

(コクッ、コクッ!)

 

みんなが怒りと呆れが混ざったような顔で腕組みをしている。

その横で太刀川さんも強く強く頷いていた。

 

「……?

みんな揃ってどうしたの?」

 

「瀬尾…自分の胸に手を当てて考えてみなさい…

今、自分がどんな状況なのかを…!」

 

「……」

俺は改めて、大空さんからマッサージを受けている俺…という画を想像してみた。

……こ、これは…っ!?

 

「ち、違うんだ!

こ、これは…そういうんじゃなくて!!」

 

事情を説明しようと慌てる。

すると大空さんはそんな俺の前に立って大きく手を広げた。

 

「こ、これはミヨちゃんが好きでやってることだから、瀬尾君を責めないであげてくださいー!!」

 

そのセリフはダメだーー!!!

 

「瀬〜尾ぉぉぉ〜〜!!!」

「うわっ!?」

 

小鷹さんがこちらを目掛けて走ってきた。

俺は急いで逃げ出す。

 

「ミヨちゃん、今のはダメだよ…」

「あれー?

みんなマッサージが羨ましかったんじゃないのー?」

 

俺は怒り狂った小鷹さんからしばらくの間逃げ続けるのであった。


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