実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

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第20話 秋季大会、開幕〜君はいつだって〜

 秋季大会のトーナメント表。それを決める抽選会会場に俺たちは来ている。夏には来ることができなかった場所だ。遠くには早川さんたち恋々高校野球部の姿も見える。

 

「なんだか独特な雰囲気だね……」

 

 太刀川さんは辺りを見回してそう言った。

 確かに『バチバチ』とは言わないまでも『ピリピリ』とした空気は感じる。周りにいる人みんなが春の甲子園を争うライバルなのだから緊張感が漂うのも無理はない。……だがそれだけではない。聖ジャスミンと恋々高校の女子部員に対する好奇の視線が注がれていることも太刀川さんが違和感を感じる原因の1つだろう。

 

「何よジロジロ見て! 見世物じゃないのよ、私たちは!」

 

 小鷹さんは苛立ちを隠さず、吐き捨てるようにそう言った。……確かにいい気分はしない。だからこそ勝ち進んで見返してやらないとな。

 

 

 トーナメントの抽選は各校の代表者がクジを引いて決定される。うちの場合は、キャプテンの俺がクジ引きを任されることになった。

 

「……次は聖ジャスミン学園! 代表の方、壇上にお願いします」

「はい!」

 

 俺は言われるがままに司会者のもとに向かう。そして差し出された箱の中の数ある球体群の中から1つを手に取り、それに書かれた数字を読み上げた。

 

「聖ジャスミン学園、8番です!」

 

 係員の手によって聖ジャスミン学園と書かれたプレートがトーナメント表に張り出された。これで俺の役目は終わりだ。

 

「お疲れ様ー!」

「抽選の結果、1回戦の相手は静貧高校に決まったわ」

 

 清貧高校。

 同じ地区の高校の中でも、あまり運動部の活動に力を入れていない学校で、野球部もそんなに強いわけではない。

 

 更に勝ち進んだ場合でも、甲子園常連の強豪校と対戦するのはずっと先になるようだった。

 

「なかなかいいクジ引いたんじゃない?」

「はは……そうだね。強い相手を引くよりはマシだよね」

 

 こうして秋季大会1回戦の相手は清貧高校に決まった。

 

 ☆

 

 10月初旬。

 本日、地方球場にて1回戦が行われる。

 

「みんな、今日は頑張ろうね! 応援してるよ〜!」

 

 三ツ沢監督からゲキが飛ぶ。

 

 ジャスミンのスターティングメンバーはあかつき戦と同じラインナップ。うちが先攻だ。先発投手太刀川さん、捕手小鷹さんのバッテリー。俺は3番ライトで出場する。

 

「じゃあみんな集まって!」

 

 チーム全員が集まって円陣を組む。

 

「……やっとここまで来た。今日が夢の甲子園への第1歩だ」

 

 仲間の顔を見回す。静かに頷く太刀川さんに勝気に笑う小鷹さん。

 その他のみんなも適度な緊張感を持ったいい顔をしている。

 

「俺たちの力を見せつけるんだ! いくぞぉーっ!!」

「おぉ──っ!!」

 

『1番 ショート 小山君』

 小山君が打席に向かう。

 

「頑張れ、ミヤビン!」

「ファイトッス〜!!」

 

 聖ジャスミンの切り込み隊長に声援が送られる。

 

「ガンガン打っていこー!」

 

 相手投手が投じた初球。

 高めのストレートを小山君は振り抜いた。

 

「キン!」

 打球はセンター前へのヒットになった。

 

「やった!」

 

 小山君のヒットにみんなが沸く。

 よし、幸先のいいスタートだ! このままいくぞ!! 

 

 ☆

 

 

 イニングは進む。

 7回表、1アウト2塁の場面。

 

『キィン!』

 夏野さん放った打球はライト線へ転がり長打になる。ランナーの矢部君は余裕を持ってホームを踏む。タイムリーツーベースヒット。これで6-0となった。

 

 チャンスは続く。夏野さんを2塁に置いて、俺に打席が回ってくる。

 

『3番 ライト 瀬尾君』

 

 ……清貧バッテリーもコールドゲームが成立する点差にはしたくないだろう。次の大空さんは今日長打2本と当たってるから、何とかここでアウトを取りたい筈。となると……。

 

 1球目は外角へのまっすぐ。

 外れてボール。

 

 2球目は変化球が高めのボールゾーンに抜けた。

 2ボール。

 

 次でストライクが欲しいだろうが、今日の試合ではストライクを取りにきたまっすぐを叩かれている。……変化球に狙いを絞る。

 

 3球目。

 清貧バッテリーが選択したのはスライダー。

 

 読み通り! 

 

『キィィィン!』

 強振した打球はセンターの頭を越える。そしてボールが中継に返球される頃には3塁に到達した。タイムリースリーベース。7-0と点差が更に広がった。

 

 次のバッター、4番の大空さんがレフトへ飛球を打ちそれが犠牲フライになる。1点を追加しこの回の攻撃は終わった。

 

 7回裏、清貧高校の攻撃。ここで聖ジャスミンは守備位置の変更を行う。

 

『聖ジャスミン学園、守備位置の変更をお知らせいたします。ピッチャーの太刀川さんがレフト。レフトの美藤さんがライト。ライトの瀬尾君がピッチャー、以上に代わります』

 

 この回を1失点以内に抑えればコールド勝ちとなる場面での登板。だが点を取られるつもりなんてさらさらない。聖ジャスミンの公式戦初勝利は完封で決めるんだ。

 

 ここまで太刀川さんの前に2安打1四球に抑えられている清貧打線。

 この回の先頭は1番打者の木村。このバッターをストレート2球で2ストライクと追い込む。

 

 そして3球目。

 外角へのボール。この球を木村は打ちにいく。だが、ボールはバットの手前で真下に落ちた。

 

『ストライク! バッターアウト!』

 スプリットで空振り三振。1アウト。

 

 続く2番の向井は左打者。太刀川さんとの対戦では内野安打で出塁している。ミート中心のバッティングをする打者だ。

 

 このバッターに対しては1球目、2球目とスプリットを続ける。空振り、ファウルで2ストライク。そして俺たちが3球目に選んだのは……。

 

『バシッ!』

 

 外角に決まるストレート。バッターは手が出ず見逃し三振。2アウト。

 

 そして3番の島田が打席に入る。島田はストレート狙いの強振を多用する打者だ。となれば、手元で変化するボールが有効。

 

 1球目は右バッターの島田の内角に食い込むシュート。ファウルで1ストライク。次は逆に外角に逃げるスライダーで2ストライク目を取った。

 

 ……次はどうする? スプリット、それともチェンジアップ? 

 

 小鷹さんのサインを見る。彼女が出したサインは内角高めストレート。

 それを見た俺に小鷹さんは、声に出さずにメッセージを伝えようと口を動かす。

 

 ね・じ・ふ・せ・な・さ・い! 

 

 そして腕を振れと、自分の腕を振るモーションで伝えてきた。

 

 ……よし! 大きく息を吸い、意識を集中する。

 

 そして力を込めたストレートをミット目がけて投げ込む。島田のバットは空を切り、ボールは小鷹さんのミットに収まった。球速135km/h。自己最速タイのストレートだった。

 

『ストライク! バッターアウト! ゲームセット!』

 

 この試合は8-0で勝利。俺たちの公式戦初勝利となった。

 

 ☆

 

「ナイスゲーム! コールド勝ちなんてすごいよ!」

 

 監督は手を叩いて喜ぶ。野球のルールがわからずベンチであたふたすることもあったが、1試合を戦い抜き、そして勝ったことで監督の興奮はピークに達していた。……空手の全国大会に出場した実力者とは思えないほど表情豊かな人だ。そんな彼女につられ、部員のみんなも明るい表情を見せている。みんなをリラックスさせようと気遣ってあんな振る舞いをしているのかとも思ったが、あれが監督の素のようだった。

 

 大差で勝利した俺たち聖ジャスミンナインにギャラリーから視線が注がれる。だがそれは好奇というよりは、驚きを多く含んでいるように思えた。

 

 意外だったのだろう。俺たちが1回戦ですぐに負けると思われていたのだ。その予想が覆したからこそ見る事の出来た、驚きのあまりに口をあんぐりと開ける姿に清々しさと可笑しさを感じて思わず笑みが溢れた。

 

 ……彼女たちの実力は、あなたたちが想定を遥かに超えている。まだまだ驚くには早いよ。

 

「じゃあ、今日のところは帰ろうか」

 

 聖ジャスミンナインは勝利の余韻に浸りながら、球場を後にした。

 

 ☆

 

 聖ジャスミン学園はその後も勝ち進み、遂に秋季大会の決勝まで駒を進めた。

 

 その日の夜。

 明日に備えてそろそろ寝ようと、ベッドに横になって少し経った頃。

 携帯に着信が来た。俺は横になったまま携帯を手に取る。早川さんからだった。

 

 起き上がり、すぐに電話に出た。

 

「光輝君、今起きてる?」

「起きてるよ? どうしたの?」

「うん……。ボクたちね、今日の試合で負けちゃったんだ」

「……そっか」

 

 ……知っていた。決勝での対戦相手を確認した時、相手が恋々高校ではなかったから。

 

「途中までは勝ってたんだよ? ボクが先発して7回まで無失点に抑えて、そしたら4番の幸子が先制タイムリーを打ってくれて……」

「……うん」

「でもダメだった。8回になってから、ストレートも変化球もコントロールできなくなって……。ストライクを取りにいったところを打たれちゃった。……バテちゃったんだ」

「……うん」

「もう少し、もう少しだったんだ。それなのにボクのせいで……!」

「……誰かがそう言ったの?」

「えっ…………?」

「誰も君を責めていないのなら、それは君は悪くないっていうことだよ」

「でも……でも!!」

 

 俺は何を言おうか考えた。でも気の利いた言葉が浮かばなかった。だからそのまま自分の気持ちを伝えることにしたんだ。

 

「君は頑張ったよ。誰よりも頑張った。……俺も君も同じものを求めて野球をやってきた。けど、俺と比べたらたくさんの苦労があったはずだ」

 

 俺には気持ちを奮い立たせてくれる、背中を押してくれる仲間たちがいた。だから曲がりなりにもキャプテンでいられた。俺は、どこかでみんなに頼っていたんだ。

 

 でも君は……! 

 

「君は自分の力で夢を叶えようと頑張った。高木さんを野球部に誘って、野球に興味のある数少ない男子生徒に何度も声をかけた。断られても、冷たくあしらわれても……絶対に諦めなかった」

「…………っ!!」

 

 早川さんの息遣いが荒くなったのが聞こえた。泣いているのだろうか。でも俺は話すのをやめない。

 これだけは伝えたかったから。

 

「そして君は野球部を作った。経験がない部員や実力が劣る部員のことを気遣い、なんとか上手くなってもらおうと……野球を楽しんでもらおうと頑張った。それからも仲間のために、自分がどうしたらいいのか考えて、悩んで 、試行錯誤を続けた。……君は決して独りよがりではなかった」

 

「……うっ……うっっ!!」

 泣き崩れる早川さん。

 こんな話をされて、嫌だったかな? 迷惑だったかな? 

 でもこれだけ言わせて欲しい。

 

「そして遂に君はチームを公式戦出場まで導いた。夢への第一歩を、立派に踏み出したんだ」

 

 そう、俺だったら諦めそうな壁を何度も越えて、君はここまで来たんだ。

 

「君はいつだって、強くて、かっこいいよ。俺はね、そんな君を尊敬してるんだ。……よく頑張ったね、あおいちゃん」

 

「……こ、光輝……君! 光輝君……!!」

 

 声にならない声で俺の名前を呼び、涙するあおいちゃん。彼女の野球に懸ける思い、そして今までの努力を否定する人はいないだろう。もしいるんだとしても、そいつにそんな資格はない。彼女自身が1番自分を責めているのだから。

 

 ☆

 

「……」

 

 俺もあおいちゃんも電話を切らないまま時間が過ぎていく。俺は彼女が落ち着くのを静かに待った。

 そして、しばらくすると……。

 

「ご、ごめんね、光輝君? 待たせちゃって……」

「……もう大丈夫?」

「……うん、もう吹っ切れたよ! 悔しい思いをして泣くくらいなら、もっと頑張って、もっと上手くなるよ!」

「……そっか」

「……」

 

 あおいちゃんは少し黙ると、意を決したかのように話し出した。

 

「きっと光輝君たちなら地区大会までいけると思う。でもそこでは、とてつもない強さのチームが待ち受けてると思う。光輝君も気をつけた方がいいよ……!」

「……強いの?」

「……うん。すごく強い。映像でみた限り、打線も強力だし守備も堅い。でも1番すごいのは……」

「すごいのは?」

「映像の中で、試合途中から登板した投手。背番号は1じゃなかったけど、多分あのチームの中でナンバー1のピッチャーだと思う」

 

 あおいちゃんがそこまで言うなんて……。

 

「そのチームって……?」

「甲子園常連の強豪校、帝王実業高校! その中で注意すべきは、ボクたちと同じ1年生ピッチャー、山口賢!!」

 

 俺たちと同じ1年が、強豪校のナンバー1投手!? 

 正直、驚きが隠せない。猪狩に近いレベルの投手だとしたら、攻略はかなり難しくなる。

 

「でも光輝くんたちなら……きっと大丈夫だよ!!」

「ははは……。まずはそこまで勝ち進まなきゃだけどね」

 

 そう言って俺は肩をすくめる。でも、ありがたい情報だった。知っているのとそうでないのとでは大きく違う。

 

 

「……今日はありがと、光輝君。おかげで……元気出た」

「それならよかった。余計なお世話かな……とも思ったんだけど……」

「そんなことないよ! ……本当に嬉しかった!」

 

 跳ねるような声。いつものあおいちゃんに戻ったみたいだ。

 

「……そういえば、光輝君?」

「何?」

「光輝君……さ、ボクのこと『あおいちゃん』って呼んでくれたね?」

「ま、まあ……そうしろって言われたしね」

 

 改めて言われるとすごく恥ずかしい。露骨すぎたか? 

 でも、そう呼んでって言ったのはあおいちゃんだし……! 

 

「ああ、茶化したわけじゃないんだよ!? 嬉しかったし! なんだか仲良くなれた気がして」

「えっ、それって……?」

「ふ、深い意味はないんだよ、ホントに! そ、それじゃ、またね!」

 

 そう言い残し、あおいちゃんは電話を切った。

 

 ……俺ももう寝よう。決勝も勝って、地区大会に進むためにも体を休めないと。そうして俺は、なぜか落ち着かない気持ちをなんとか静め、眠りについた。

 

 ☆

 

「……光輝君」

 

 ボクは彼の名前を口ずさむ。弱い自分をさらけ出したボクを、優しく包み込んでくれた人の名前を。

 

「ボクのこと『あおいちゃん』って……! えへへ……!」

 

 本当、優しい人だな……。あれだけ辛くて悲しかった気持ちが、今は少し軽くなっている。それに……今までより少しは近づけた気がする。

 

 ……でも、ボクの気持ちには気づいてないんだろうなあ。……光輝君、ニブそうだし。ジャスミンのみんなも苦労してそう……。

 

 でも、もたもたしてると持って行っちゃうよ? ……なーんてね! 

 

「よし、もう寝るか! なんだか今日はよく寝れそう!」

 

 まだ、体も心も痛くて辛いままだけど……彼のおかげで、あたたかい気持ちになれたから。


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