実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

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第19話 準備万端!

「……ということで無事、秋季大会への出場が決定しました!!!」

 

 部室にみんなを集め、吉報を待っていたみんなに結果を伝える。

 

「えっ、ホントに!?」

「やったッス〜! 念願が叶ったッス〜!!」

 

 小山君と川星さんが手を取り合い、飛び跳ねて喜ぶ。

 そんなみんなの笑顔の連なりが眩しく輝いていた。

 

 ……彼女たちは偉業を成し遂げたのだ。

 現時点では男子選手と同じスタートラインに立っただけだ。だが、長い高校野球の歴史の中で誰も開くことができなかった……いや、叩くことすらしなかったのかもしれない『扉』を努力と熱意でこじ開けた彼女たちは本当に偉大だ。大きな賞賛を受けるべきだと思う。彼女たちの存在に比べれば、俺と矢部君はおまけみたいなものだ。

 

 歓喜に沸く女子たち。そんな中、その姿を遠目から見て佇んでいた矢部君は満を持してに口を開いた。

 

「これは始まりにすぎないでやんす! オイラたちの伝説はここから始まるのでやんす!!」

 

 顎に手をやり、笑みを浮かべる矢部君。

 

 でも、なんだかそれは……。

 

「打ち切り漫画のラストみたいだな……」

「似合いもしないのに、カッコつけたこと言おうとしちゃダメだよね〜」

「縁起でもないわね……。おかしなこと言うんじゃないわよ、矢部! メガネかち割るわよ!!」

「こんないい雰囲気に水を差すなんて、どんなアタマしてるのかにゃ〜……。親の顔が見てみたいりゅん!」

「…………は? 何言ってるのー?」

 

「…………」

 

 ボロクソだ……。

 さっきまであんなにイキイキと話していた矢部君は、一気に落ち込み、今では無言で頭を下げている。

 

「すいませんでした……。来世では頑張ります……」

 

「矢部、『やんす』つけるの忘れてるよ!」

「太刀川さん、そこじゃないよ! ……いや、それも大事だけどさ!」

 

 中立の立場であるように見せて、太刀川さんと小山君も結構ひどい。矢部君をフォローしてくれる人は1人もいないのか……。それに太刀川さん、矢部君のこと呼び捨てにしてるんだ。俺のことは君付けで呼んでくれるのに、その差は何なのだろう? 

 

「まあまあ、落ち込まないでよ、メガネ君! 私はそういう少年漫画みたいなセリフ、嫌いじゃないよ!」

 

 矢部君はその声に反応し、下げきっていた頭をゆっくりと起こす。

 

「っ!! お姉さん、誰でやんすか!?」

 

「ああ、自己紹介がまだだったよね」

 その女性はゴホンと咳払いをすると、大きく息を吸う。

 

「三ツ沢 環です! タマキって呼んでね! 新しい監督として、これからみんなと一緒に頑張っていきたいと思うので、よろしくお願いします!!」

 

 監督からの自己紹介を受けた矢部君はしばらく硬直した後、静かにつぶやいた。

 

「……天使でやんす! 女神でやんす!! めちゃくちゃタイプでやんす!!! こちらこそ、よろしくお願いするでやんす〜!!」

 

 上気した頬、キリッとつり上がった眉毛。そしてはね上がったテンション。矢部君のその姿を見た女子たちが段々と引いていくのがわかる。

 

 でも俺たち野球部は深い絆で繋がっているから大丈夫だ! 

 ……大丈夫だよね? 

 ……大丈夫……なのかな? 

 

「ヒューヒュー! かわいいでやんす〜! こっち見て〜、でやんす!」

 

 ……ダメかもしれない。

 

 そんな矢部君を置き去りに話は進む。

 

「じゃあ監督、これからの活動についてお話いただけますか?」

「ちょっと、瀬尾君〜! 『タマキ』って呼んでって言ったでしょ? 

 監督とだけ呼ばれるとさ、ただの上下関係って感じがするから落ち着かないんだ〜」

「じゃあ三ツ沢さん……でどうですか?」

「それだと他人みたいじゃん」

「タ、タマキさん!」

「タマキちゃん……の方がいいかな?」

「えっ!?」

 

 女の人を下の名前で、しかも「ちゃん」付けで呼ぶのは、抵抗があるな……。それになんだか照れる。

 

「しょうがないな……。タ、タマキちゃ……」

 

「タマキちゃん」と呼び終える直前に冷ややかな視線を感じる。言葉を紡ぐのを止め視線が送られてくる方を見ると、女子たちが訝しげにこちらを見ていた。

 

「や〜ね、デレデレしちゃって」

「やっぱり瀬尾君はオトナな女がお好みなのかしら」

 

 まるで主婦たちの井戸端会議のようにヒソヒソと喋りながら、こちらをチラチラと見てくる女子メンバー。

 

 まずい……! 

 このままでは俺も『矢部君扱い』を受けるはめになってしまう……!! 

 

「いや、やっぱり俺は『監督』って呼びますよ! キャプテンって立場もありますし!」

「そーなの? ま、いっか。じゃ、女の子のみんなはタマキちゃんでいいよね?」

 

「はーい」と返事をするみんな。彼女たちから冷ややかな視線は止んだ。どうやら俺は踏み止まることができたようだ。

 

 監督は咳払いしてから話し始めた。

 

「というわけで、これからは私が前任の勝森監督に代わって野球部の指導をしていくことになるんだけど……。実は私、野球の経験がないんだよね」

「ええっ! そうなんですか!?」

 

 驚く小山君たち。俺たちは先ほど聞いているので、特にリアクションはしない。……けど、やっぱり驚くよな。新監督が女性で、しかも野球未経験者なんだから。

 まあ、まだ実績のない、女子が中心の野球部に有名な指導者が来るとは思っていなかったけど。

 

「でもルールとか、必要なことはこれから覚えるからダイジョーブ!」

「じゃあ、何かスポーツの経験はないんッスか?」

 

 川星さんが尋ねる。

 

「う〜ん……、スポーツって言うのかわからないけど空手はずっとやってたんだよ! これでも全国大会に出たこともあるんだから!」

「へえ……!」

「すごいですね!」

「そうかな? えへへ……照れるなあ」

 

 恥ずかしがる監督。褒められるのが落ち着かないのか話をこちらに振る。

 

「そ、そう言うみんなは空手とかの経験はないの?」

 

 みんなは一様に首を横に振る。

 

「そっか……そうだよね。かわいい女の子だもんね〜! それによく考えてみたら、野球部のみんなは球技一筋だよね!」

 

『かわいい女の子』と評されて「そ、そんなこと……」と恥ずかしがる太刀川さんたち。そんな彼女たちの顔を見回す監督。すると何かに気づいたように「あれ?」と声を上げた。

 

「ミヨちゃん? あなたミヨちゃんだよね!?」

 

 ガシッと大空さんの肩を掴む監督。

 

「いや〜、懐かしいな〜! 私のこと覚えてる?」

「えっ……!? えーと、すいませんー。あなたとは初対面ですよー?」

 

 そう答える大空さん。だが監督は食い下がる。

 

「いやいや、間違いないよ! 同じ道場で会った覚えがあるもん! 

 あなた、大空飛翔(ひしょう)先生のお孫さんの美代子ちゃんだよね? 先生、お元気にしてる?」

 

「大空……飛翔?」

 

 俺は耳に留まった人物の名前を繰り返した。

 

「そう! 私の空手の先生なんだ。専門は拳法なんだけど、あらゆる武道に精通しているすごい人なんだよ! それでミヨちゃんは先生の孫だけあって、当時から拳法の才能が抜きん出ていたんだ!」

 

「そうなの?」

 俺は大空さんにそう問いかける。

 

「えーと……実はそうなんですよー」

 

 大空さんはそう言って控えめに笑みを浮かべる。だがそう笑う姿が、俺には苦笑しているように見えた。

 

「意外だったなー、大空さんが道場に通っていたなんて。大空さん、華奢で女の子らしい雰囲気だから驚いたよ!」

「う、うん……」

「でも、大空さんのパワーの秘密がわかったかも。小さい頃に体を鍛えてたから、あの打球の飛距離が出るんだね」

 

 ……この話になってから大空さんの食いつきが悪い。あんまり話したくないのかな? 

 

「……まあ、昔は昔だよね。それより監督! 野球をよく知らないんだったら、まずは俺たちの練習を見てくださいよ。なんとなく雰囲気が掴めるかもしれないし!」

 

 そう言って俺は、まだまだ昔話に花を咲かせたいといった様子の監督を外に連れ出した。

 

「待ってくれでやんすー! オイラも行くでやんすー!!」

 

 そうして部室から監督と男子2人はいなくなった。

 

「……」

「ミヨちゃんのあの強さの秘密がわかったよ。拳法の達人なら男の人相手でも負けないよね」

「ヒロぴー……」

「女子のみんなはミヨちゃんが実はすごく強くて、裏で「番長」って呼ばれてるって知ってるけど……瀬尾君たちは知らないもんね」

「ま、瀬尾ならそれを知ってもお前に対する態度は変わらないと思うがな。さっきも、お前が拳法をやっていたことを話題にされるのを見て話を切り上げ、監督を外に連れ出したんだ」

「ちーちゃん、気づいてたんだ!?」

「それくらい私にでもわかるわ! ……瀬尾は仲間思いのやつだからな。あいつに対しては、秘密を作る必要はないと思うぞ?」

「……うん、そうだね。わかってる、わかってるんだ……」

「ミヨちゃん……」

 

 ☆

 

「瀬尾君には秘密を作る必要はない、か……」

 

 ミヨちゃんたちの話を聞いていて、僕にも思い当たる節がある。確かに瀬尾君は優しい。誰もを受け入れて、そして力になってくれようと頑張ってくれる人だ。

 

「僕の抱えてるものも、いつかは瀬尾君に……なんてね」

 

 僕はそうつぶやいた。

 あるかどうかもわからない、未来のことを。

 希望であり、願望であり、そして……助けを求める言葉を。

 

 ☆

 

「ノック行くぞー!」

 

 そう叫ぶと守備に就いたみんなから「よし来い!」と言葉が返ってくる。

 

「ショート!」

 

『キィン!』と打音が響き鋭い打球が飛ぶ。

 小山君は三遊間、遊撃手寄りへの難しい打球を逆シングルで掴むと素早く送球。ボールはファーストに送られる。

 川星さんはショートバウンドとなったその送球をしっかりとすくい上げる。

 

「ナイスショート! ナイスファースト!」

「すごいすごい! 小山君も川星さんもすごいじゃん!」

 

 監督は手を叩いて一連のプレイを賞賛する。

 その後もノックを続け、各ポジションのみんなが好プレイを見せつけた。

 

「ラスト、センターッ!!」

 

『キィィィン!!』

 矢部君の守備位置にライナー性の痛烈な打球を打ち込む。

 

「オーライでやんす!」

 

 矢部君ら華麗なジャンピングキャッチでボールをグラブに収めた。

 

「メガネ君もすごいねー!」

「はい! 矢部君の外野守備と走塁は最高ですから!」

 

「バッティングも見たいなー」という監督の要望に応えて、次は打撃練習をすることになった。バッティングピッチャーは俺。キャッチャーは小鷹さんだ。

 

『カン!』

 小山君と夏野さんの1、2番コンビが広角に打球を打ち分ける。

『キンッ!』

 美藤さんは持ち前のバットコントロールを活かし、鋭いライナーで外野の間を抜いていく。

 

「いくよー!」

 

 大空さんの強振がボールを捉える。

『カァーン!』

 すると打球は美しいアーチを描いて遠くへ飛んでいった。

 

「打つ方もすごいよ! ……野球ってなんだか楽しいね!!」

 

 笑顔を見せる監督につられて俺も笑顔になる。

 

「瀬尾君のバッティングも見たいなー」

「えっ?」

 

 そのリクエストに太刀川さんがマウンドに向かって来る。

 

「あたしが投げるから、瀬尾君打ちなよ!」

「……うん、わかった!」

 

 俺が打席に立つと小鷹さんは、「キャプテンらしいところ見せなさいよ!」と彼女なりのエールをくれた。

 

『シュッ!』

 太刀川さんが左腕からボールを投げる。

 真ん中にきた絶好球を俺は振り抜く。

 

『キィィィン!!』

 

 太刀川さんは振り向き、打球の行方を見送る。

 打ち返したボールは、青い空を割ってグラウンドの1番高いフェンスも越えて場外へと消えていった。

 

「ホームランだ!」

「強くて速い打球ね。ナイスバッティング!」

 

 ……とても清々しい気分だ。打撃も守備も、このチームには誇れる部分がたくさんある。それを遂に公式戦で見せることができる。

 

「このチームは、簡単には終わらないな」

 

 小さく、誰にも聞こえない程の声でつぶやく。なぜ簡単には終わらないか? なぜなら、それは……。

 

「瀬尾〜!」

「瀬尾君!」

「やるでやんすね、瀬尾君!」

 

 俺の目に映る景色の中に彼女たちが居てくれるからだ。

 

 

 ☆

 

 

 道端に転がってきたボールを私は手に取る。

 

「フェンスも飛び越えて、ここまで飛んできたんだ……。綺麗な打球……」

 

 これはおそらく彼が打ったのだろう。やっぱり彼は面白い。

 

 彼を花に例えるなら、彼は花屋に並んでいるような、形の整った花ではない。どちらかと言えば、野山に人知れず咲く小さな花のように思える。だけど。小さくてもその花は、私の目を奪って離さない。思わず摘んで持ち帰ってしまいたくなるような、その場所で咲き続けて欲しいような、そんな複雑な気持ちになる。

 でもどちらかを選べと言われるなら、私は……!! 

 

 ……いや、今はやめておこう。

 聖ジャスミン学園。今の彼の居場所。その校門に向っていた足を止める。

 

 彼にとって今はとても大切な時期だ。決戦がすぐそこに迫っている。それが終わってからでも私は構わない。それが終わってから、よく考えたうえで決断して欲しいのだ。

 

「みずきさ〜ん! もういいんですか〜?」

 

 遠くから聞こえる仲間の声に答える。

 

「うん。まだいいんだ。今はまだ……ね」

 

 大きな区切りが付いてからでいい。それからでいいから……。

 

 私を……私たちを選んで欲しい。

 


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