実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

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第18話 新体制!新展開!

 パシンッ!! 

 

 ミットに向かってボールを投げ込む音が青空の下に響き渡る。

 あかつきとの練習試合から一週間が過ぎた。

 

 そう……誰もが予想しなかった、まさかの勝利。その影響からか、応援してくれる人や関心を持ってくれる人が増えた様に感じている。試合後のインタビューがスポーツ新聞や野球雑誌で小さい扱いながら取り上げられたためだろうか。

 

 そして環境の変化はそれだけではない。先日俺達のもとに、今までソフト部と野球部の両方を指導していた勝森監督に代わり、野球部専任の新監督が就任するとの連絡が届いたのだ。これは学園側からの『野球部としての活動を応援する』という意思表示とも取れる。これにより一層野球に専念できる環境が整った。

 

 このジャスミンに吹く追い風、良い流れが秋季大会出場が認められる後押しになれば……と思うのだが。

 

 ちなみにあの試合以降、橘さんには会っていない。()()発言の真意を聞きたいところだが、何か用事でもあるのか、ちょくちょく足を運んでいたこのグラウンドにも姿を現していない。そのせいで俺に向けられる冷たい視線と肩身の狭さは未だ健在である。……悲しい事に。

 

 

「だいぶ使えるようになってきたわね!」

 

 ボールを受けていた小鷹さんはそう言って笑顔を見せる。それに釣られる様に投げ返されたボールを掴んだ俺も表情が緩む。

 

「うん。やっぱりフォークよりもスプリットの方がいい感触で投げられるし、指への負担も軽くなってると思うよ」

 

 あかつきとの試合で習得した2つの球種。その1つがスプリット……正式名称スプリット・フィンガード・ファストボールだ。

 フォークに比べてボールを浅く挟んで投げるため、球速がよりストレートに近くなり変化も鋭くなる。調べたところによると、握りの関係で投手自身への負担も軽くなるらしい。その分変化は小さくなってしまうのがネックではあるのだが……。

 

「これなら今までよりも多く投げられそうだ」

 

 ……俺には実質的に球数制限がある。空振りを取るボールよりも少ない球数で凡打を誘うことが出来るボールの方が必要性が高い、と判断したのだ。実際、スプリットならカウント球にも決め球にも使えて利便性は高い。

 

 

「それにチェンジアップを投げる感覚はもう掴んだんでしょ?」

 

 小鷹さんからの問いに俺は頷く。

 

 あかつき戦で習得した球種の2つ目がチェンジアップだ。俺のチェンジアップはその緩急に加えて他の投手のものに比べて落差が大きいらしく、決め球として使えるレベルのボールらしい。

 

「あの球種は特に投手への負担が軽いから、チェンジアップ多めの配球にすれば指先に痺れが出るまでの球数を増やせるかもしれないわね。……あかつき戦がそうだったけど、痺れが出てもチェンジアップとスプリットはぎりぎり投げることができる……そうよね?」

「うん。でもなんとかストライクが入るってだけで、ボールのキレ自体は痺れが出る前に比べてガクッと落ちるけどね」

「贅沢は言えないわ。何もできなくなるよりはよっぽどマシよ。最悪、その状態でも投げられるようになったから球数の上限が増えた……とも言えるけど、実際に試合で血行障害の症状が出たら即刻マウンドを降りてもらうわよ。

 …………これだけは守って。それがみんなとの約束でしょ?」

 

 あの試合の後、俺は血行障害のことをみんなに告げた。みんなは驚きの表情を浮かべていたが、今までの俺の様子を振り返って納得する部分もあったようだ。ただ無理はしないように、痺れを感じたら交代することを約束したのだ。

 

「……そうだね。だけど、そんなに心配しなくてもいいんじゃないかな? 

 うちには不動のエースがいるし、俺が投げるのはせいぜい短いイニングのリリーフぐらいでしょ?」

 

 そう。聖ジャスミンには太刀川 広巳というエースがいる。

 

 あかつき戦で打球が足に当たり、マウンドを降りた太刀川さん。

 試合後、猪狩の父親が社長を務める猪狩コンツェルンの系列病院にて精密検査を行い『異常なし』という検査結果だったことを本人から聞いている。万全の状態の彼女がエースとして君臨していれば、俺の出番が来る機会はそう多くはならないだろう。

 

「まあ、そうだけど……。ヒロだって女の子なんだから、あんまりあの子1人に責任を背負わせないでよ?」

 

 ……それはそうだ。彼女を含めて、聖ジャスミン野球部は女子選手が中心となって構成されている。そんな彼女たちも年相応の少女であることに変わりはない。ならば負担はなるべく軽くしなくてはいけない。

 

 

「お〜い! 瀬っ尾く〜ん!!」

 

 小鷹さんと話をしているところに、俺を呼ぶ声が飛び込んで来る。声のする方向を振り返るとそこにいたのはおさげ髪の少女。結んだ髪をぴょこぴょこと左右に揺らしながらこちらに手を振っている。

 

 彼女の名前は早川 あおい。見た目からは想像もつかないが、アンダースローから投じる切れ味鋭い変化球が武器の好投手だ。

 そんな彼女の傍らに立つのは女房役の高木幸子。恋々野球部で4番も務めている彼女は、腕を組んで俺たちの方を見据えていた。

 

 早川さんの声を聞きつけた聖ジャスミンナインが集まって来る。

 

「あれ、早川さん? 今日はどうしたの?」

「よかったら練習に混ぜてもらえないかな、と思って。ロードワークのついでに寄ってみたんだけど……ご一緒していいかな?」

 

 早川さんは可愛らしく首を傾げてそう尋ねる。その姿を見た矢部君はハートを射抜かれたようで、体をくねらせて身悶えている。

 その姿を目の当たりにした小山君と女子たちは矢部君に冷ややかな視線を送っているが、彼には何のダメージもないようだ。

 

 ……まあ、矢部君の気持ちは分からなくてもない。あの過剰な反応はともかくとして、健全な男子高校生なら今の仕草には心を掴まれるだろう。俺も言葉には出さないけれど、正直、グッときた。

 ……それはともかく。

 

 早川さんの言葉に俺も、俺以外のみんなも「もちろん!」と笑顔で応える。

 他校の主力であろうと、同じ事情を抱えている「仲間」なのだから当然だ。

 それに……。

 

「甲子園を目指すライバルのプレイを間近で見られるチャンスだしね!」

 

 そう小山君が微笑む。いつかの1打席勝負で、早川さんが投じた『未完成のウイニングショット』によって凡打に倒れた小山君。しかし小山君の実力はたった1回の勝負で否定されるようなものではない。むしろあの1打席勝負以降、磨きがかかってきている。ここでも良い相乗効果が期待できそうだ。

 

「ミヤビンの言う通りだよ!」と笑顔の太刀川さん。チームのみんなともすっかり打ち解けた彼女は、以前のように『マウンドに立っていないと引っ込み思案でおとなしくなってしまう』姿を見せることが少なくなった。エースとしてチームを引っ張る立場になったことで自分に自信が出てきたのかもしれない。

 そんな彼女が早川さんと高木さんの方に向き直り、更に言葉を続ける。

 

「今のうちから2人の実力を分析できるなんて、いい機会だもん。何せ……近い将来、公式戦で対戦するかもしれないんだもん!」

「……!! うん、そうだね!!」

「さあ、早速練習しよう!!」

 

 張り切る太刀川さん。そしてそれに応えるように闘志を燃やす早川さん。女子野球の将来を担うであろう2人のエースがこうして互いに高め合っていれば。

 きっと、新たな道を切り開けるはずだ。

 

 ☆

 

「そろそろ休憩にするにょろ〜!!」

 

 猫塚さんがキンキンに冷えたスポーツドリンクを運んで来る。俺たちはそれを受け取り、ひとまず休憩。真夏の1番暑い時期は過ぎたといっても、練習すれば喉は渇くし汗もかく。それがハードなトレーニングなら尚更だ。

 ごくりとドリンクを飲み干し一息ついたところで、頭に浮かんでいた疑問を早川さんにぶつける。

 

「あれ? そう言えば、恋々野球部の他のメンバーはどうしたの?」

 

 そう尋ねたが早川さんは言葉につまり口ごもっている。そんな彼女に代わり、相棒の高木さんが答えてくれた。

 

「あ〜……、あいつらなら家に帰って寝てる頃じゃないか? 少ししごき過ぎたんだよな〜あおい?」

 

 ニヤリと笑い、話を早川さんに振る高木さん。

 

「ボクが悪いんじゃなくて、みんなが軟弱なんだよ! ボクにとっては普通の練習なのに、すぐにへばっちゃってさ! 情けないよ!!」

 

 そう言うと早川さんはプイと横を向いてしまう。

 

 ……正直、無理もない話だと思った。恋々野球部は言ってしまえば寄せ集めの集団だ。早川さんと高木さんの2人とそれ以外の選手では実力に大きな差がある。何せ野球をやったことのない部員や、経験者であっても本格的にやっていたわけではない部員で構成されているのだからしょうがない。バリバリの経験者や、他の競技で実績を残してきた選手を集めて作った聖ジャスミン野球部とは決定的に違うのだ。

 

 まあうちのチームにも野球未経験の部員はいるけれど、それが経験不足を補って余りあるほどの野球知識を持つ川星さんと、なぜかとてつもないパワーを秘めている大空さんの2人なのだから実際にはそれほどマイナスの要素にはならない。

 早川さんも大変だろうけど……。

 

「早川さん、焦る気持ちもわかるよ。でも無茶な練習をして、怪我をしたら元も子もないじゃないか。それに、一方的にもっと練習しろって強制しても効率は良くないし、仲間同士の信頼も揺らいでしまうんじゃないかな?」

「……じゃあ、どうしたらいいの? うちのチームは特別すごい選手がいるわけじゃない。部員全員が絶対甲子園に行くぞって意気込んでいるわけでもないんだよ? だったら練習するしかないじゃん!? 上手くなって、自信をつけて、もっと上を目指したいって思ってもらうしかないんだよ……。それ以外にボクにどうしろって言うの……?」

「あおい……」

 

 取り乱す早川さんを高木さんがなだめる。

 

 ……目の前で苦悩する女の子にどう声をかければいいのだろうか。考えを巡らしていた俺の脳裏に浮かんだのは、俺が理想とするエース像を体現する、ある女の子の姿だった。

 

「……早川さんが見せていくしかないよ。野球の楽しさや勝利する喜び、そして早川さん自身の野球に懸ける情熱を。それはきっと伝わるはずのものだから」

 

 そう。その熱はきっと仲間たちの心にも火をつけるはずだ。絶望し凍てついた心であっても『情熱』というものはそれを少しずつ溶かしてしまう。

 ……その熱さに、温かさに俺も救われたんだ。

 

「……そうだね。今までのボクは、みんなに「野球をする」ことを押しつけてたのかもしれない。でもそれじゃダメなんだよね……。みんなに心から『野球を楽しんで』もらわないといけないんだ……!」

 

 

 

「こうしちゃいられない!!」

 

 早川さんは急いで荷物をまとめ始める。

 

「ボク、1回恋々に戻るよ。……みんなに『ごめんなさい』って……『一緒に甲子園を目指してください』って言いに行かないと!!」

 

 その姿を見て高木さんも手早く荷物を片付け始める。そしてバッグを左肩にかけると、高木さんは俺の方に歩いてくる。

 

「……いろいろ面倒をかけたね。まさかあおいがあそこまで深刻に考えてるとは思いもしなかった。内輪の話を聞いてくれた上に、その問題を解決してもらって……本当に申し訳なかった」

 

 その言葉に俺は「そんなことないよ」と首を振る。すると高木さんは笑みを浮かべて「これからもあおいのこと、よろしく頼むよ」と言い残し、恋々高校に帰ろうとする早川さんのもとに駆けていく。

 

 

「今日はありがとう! またね!!」

 

 そうやって手を振る早川さんたちを、俺たちも笑顔で見送った。

 

「よかったの? 早川のやつ、吹っ切れちゃったみたいよ?」

「そうだぞ瀬尾。お前の言葉のせいであのチームは強くなるだろう。強敵を生み出してしまったんじゃないか?」

 

 そうやって俺を茶化す小鷹さんと美藤さん。

 

 でもこれでよかったんだと思う。恋々野球部がこれからどうなるかはわからないけど、あの2人ならきっとチームを変えることができるだろう。

 そして、俺がやったことを認めてくれる仲間がいる。

 だから、これでいいんだ。

 

 ☆

 

 

 それから数日。

 放課後の部活が始まる前に更衣室で身支度を整えていると、俺のケータイに知らないアドレスからメールがきた。一応そのメールを開いてみる。

 

(早川 あおいです。太刀川さんから瀬尾君のアドレスを教えてもらってメールしました。……あれから野球部のみんなと話をして、お互いの考えが少しずつわかってきたような気がします。……ありがとね、瀬尾君)

 

「そっか……よかったね、早川さん。……ん? まだ続きがあるな」

 

 画面をスクロールする。

 

(P.S.いつまでも「早川さん」って呼ばれるのは他人行儀で好きじゃないんだ。だから今度からは「あおい」って呼んでいいよ! じゃあ、またね「光輝君♡」)

 

 …………えっ? 

 これはどういう……? 

 

 頭にクエスチョンが浮かぶ。

 と、その時背後に視線を感じた。

 

「……ん?」

「見たでやんすよ……瀬尾君」

「や、矢部君!」

 

 バシッ! 

 矢部君は俺の手からケータイを奪い取る。

 

「ズルいでやんす! おかしいでやんす! 理不尽でやんす! 罰としてこのメールはみんなに見せるでやんす!! 晒してやるでやんす!!!」

 

 そう早口でまくし立てると矢部君は俊足を飛ばして走り去って行った。

 …………なんだか嫌な予感がするぞ。

 

 

 ☆

 

 

 しばらくしても矢部君は帰って来ない。

 しょうがないので1人でグラウンドに行くとそこで目に入ってきたのは、矢部君がグラウンドの真ん中で、女子たちに囲まれ正座をさせられている姿だった (なぜか小山君もその輪に加わり、腕を組んで矢部君を見下ろしていた)。

 猫塚さんはその輪に加わっていなかったので、遠くから手招きをして呼び寄せる。

 

「これは一体どういうこと? なんで矢部君は正座していて、しかもみんなに囲まれているの?」

「まあ……あれはしょうがないにゃ〜。矢部っちはデリカシーがないでござるからな〜」

 

 猫塚さんの話に耳を傾け、周りへの注意がおろそかになったその時、背後から突然腕を掴まれる。

 

「瀬〜尾〜! やっと見つけたわよ!」

「〜〜〜!! あ〜びっくりした〜! 小鷹さんどうしたの?」

「どうしたもこうしたもないわよ! とにかくこっちに来なさい!」

 

 そうして力づくで引っ張られる。

 どちらかといえば華奢な部類に入るであろう小鷹さん。しかし、男1人を苦もなく引きづっていく。彼女のどこにこんな力があるのだろう? 

 

 どちらにせよ、このままではマズイ。

 猫塚さんの方に「助けて!」と顔を向ける。だが猫塚さんはポケットから白いハンカチを取り出すと、俺に向かってそれを振った。

 

 え? 別れのサイン? 

 

 

「みんな、捕まえてきたわよ!」

 

 俺は矢部君と同じく女子たちが形作る輪の中に放り込まれる。その中でうなだれる矢部君を真似て正座をした俺に向けて四方八方から突き刺さるような鋭い視線が飛んでくる。

 

「あの〜……俺、みなさんの機嫌を損ねるようなことしましたでしょうか?」

 

 ギロリ! 

 表情を一切変えず、目にさらなる力を込めて俺を睨む小鷹さん。他のみんなも同様に視線を送ってくる。

 

「このメール、見させてもらったわよ!」

 

 そう言って小鷹さんが掲げたのは俺のケータイ。その画面には早川さんからの、あのメールが映し出されていた。

 

「これはどういうことか説明してもらえるかしら?」

 

 笑顔で問い詰める小鷹さん。もはや笑顔が意味をなしていない。これなら普通に怖い顔をされた方がましだ。

 

「キャプテンがなんだ、このざまは! 不純異性交遊か? 他の部員に示しがつかないぞ!」

「そうだね! 僕もどういうことか知りたいよ! ぶ、部員として!」

(コクッ、コクッ!)

 

 美藤さんに諌められる。

 小山君が小鷹さんに同調して返答を求めると、その少し後ろで太刀川さんも頷いた。

 

 あれ? 俺が悪い感じ? 

 

 言葉に詰まっていると、

 

「しっかし意外だな〜やっぱり瀬尾君も男の子なんだね〜」

 

 と夏野さんに茶化される。

 

 事実無根だ! よし、答えてやるぞ! 

 

「そ、そのメールは今送られてきたところで……」

「それは見ればわかるわ」

 

 俺が言い終わる前に言葉が返ってくる。お茶を濁すな、ということか……。

 

「俺も正直よくわかってないんだ。多分、からかわれてるんだと思うけど……」

 

「…………あんたにその気はないってこと?」

「……? その気って?」

 

 意味がわからず聞き返す。

 

「そ、それは……あれよ、あれ」

「あれ?」

 

 辺りを見回して答えを教えてもらおうとするが、みんな顔を背ける。心なしか恥ずかしそうにも見えるけど……。でも、恥ずかしがる理由がないか。

 

 ゴホンッ! 

 小鷹さんは咳払いをすると話を切り替えた。

 

「つまり、あんたに心あたりはなく、もし向こうにその気があっても応えるつもりはないってことね?」

「う〜ん。よくわからないけど、小鷹さんの言う通り……になるのかな?」

「……そ、そう! なら問題ないわ!」

「でも、今度会う時は『あおいちゃん』って呼ぼうと思ってるよ!」

 

 ズコッ! 

 小鷹さんは足を踏み外したかのようにバランスを崩した。

 

「瀬〜尾ぉぉぉ〜〜!!!」

「うわっ!?」

 

 怒りに震える小鷹さんはこちらを目掛け走り出した。俺も危険を感じ、その場から駆け出す。「タカ、落ち着いて!」と太刀川さんもその後を追った。

 

「……結局、何にもなかったってことッスね!」

「じゃあ1番悪いのは……」

 

 女子たちが視線を一点に集める。

 

 キョロキョロ。辺りの様子を伺った矢部はハッと息を飲んだ。何かに気付いた様だ! 

 

「…………オイラでやんすか!? 

 いやいやいや、オイラはメールを見せただけでやんす! 

 それを見たみんなの頭の中が、お花畑でピンク一色だっただけでや……」

「オリャアァー!!」

 

 ドゴッッッ!! 

 

 ミヨちゃんの掌底突き! 急所(頭部)に当たった! 効果は抜群だ! 

 

「キュー……で……やん……す……」

 

 バタッ! 矢部は倒れた。

 

「女の子の純真を弄ぶと、こうなるんですよー!」

「マジ、ハンパないッス……」

 

 一同沈黙。

 こうして悪は滅んだのであった? 

 

 ☆

 

 その頃。

 

「はぁ、はぁ……小鷹さん、もういいでしょっ!?」

「まだまだぁーーっ!!」

 

 俺はまだ小鷹さんに追われていた。

 

「あっ、いた! お〜い瀬尾ー!」

「っ!! はいっ!」

 

 勝森監督がこちらに気づき呼び止める。遠くから後を追っていた太刀川さんも、前方で立ち止まった俺たちにようやく追いつく。

 

「仲良く追いかけっこなんかしてるんじゃない。紹介しなくてはいけない人がいるんだ」

 

 追いかけっこ? そう見えるのか? 

 これでは世界平和はまだまだ遠そうだ。

 それはともかく。

 

「紹介って……どなたをですか?」

「どうぞ、こちらへ」

 

 勝森監督に呼ばれてこちらにやって来たのは若い女性。長い髪を後ろで結んでいる。快活な笑みを浮かべた彼女からは、健康的で元気な印象を受ける。

 

「どうも初めまして! 野球部の監督に就任することになりました、三ツ沢(みつざわ)(たまき)です! 野球は初心者だけど気合で補います! よろしくね!」

「臨時の職員として採用された三ツ沢君だ。本人も言ったように野球の経験はないが、武道の心得はあるそうだ。野球と通じる部分もあるだろう」

 

「っ!?」

 この人が話にあった野球部の新しい監督か! 

 

「あともうひとつ、いいニュースがある」

「えっ?」

「甲子園春大会に向けての秋季大会の予選だが……女子選手の出場が暫定的に認められた!」

「えっ……それじゃあ……!」

 

 小鷹さんが驚き、そして喜びに震える。

 

「やった! やったね、太刀川さん、小鷹さん!」

「うん……うんっ!!」

 

 2人に声をかける。

 太刀川さんは涙を流しているようだった。

 

「あかつきとの一戦の影響もあったんだろう。女子選手が男子の選手と試合をしてもゲームとして成立するか、それを見定める機会とするそうだ。ここで高野連の想定を超える活躍をすれば、今後も女子選手の公式戦出場は認められるだろう。……頑張れよ!」

「は、はいっ!!」

「新監督も野球部員たちも、お互いに成長していけよ! キャプテン、よろしく頼むぞ!」

 

 そう言って勝森監督は去って行った。

 

「……じゃあ、部室に行きましょうか?」

 

 俺は三ツ沢監督に声をかける。

 そして、俺たちは部室へと歩き始めた。

 

 ようやく認められた。

 ……いや、違う。これから認めさせるんだ。

 二度と「女子が野球なんて」と、誰の口からも言わせないように。

 彼女たちの喜ぶ顔、そして。

 あの嬉し涙に誓って。


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