実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

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第15話 練習試合 VSあかつき大付属高校 ②

 2回表、あかつきの攻撃。

 

『5番 キャッチャー 十川君』

 

 十川は大柄な捕手。見るからに長打力が武器であろう打者だ。

 

 太刀川さんは小鷹さんとのサイン交換を終える。

 1球目。高めへのストレート。

 ボール気味のコースでも構わず手を出す。

 三塁線、切れてファール。

 

 2球目。

 内角の厳しいコースへのストレート。思わず手が出たのかファーストにゴロが転がる。

 川星さんがキャッチして、1塁ベースを踏む。1アウト。

 

 6番、7番の打者も早いカウントからストレートを打ちにいったものの、それぞれセカンドゴロ、サードフライに打ち取った。

 

 あかつきは早打ちが目立つ。

 2回の時点で3点のビハインド。

 そして球速的には並以下なのに、なぜか打ち損じてしまう太刀川さんのストレート。早く追いつきたいのにヒットが出ない、という焦りからバッティングが雑になっている。あかつき打線がこのまま打ちあぐねるようなら、勝機は十分にある。

 

 2回裏、聖ジャスミンの攻撃。

 

 川星さんが打席に入る前にアナウンスが響く。

 

『あかつき大附属高校、守備の交代をお知らせします。キャッチャー、十川君に代わりまして猪狩 進君』

 

「進君!? なんで進君がこの試合に!?」

 

「どういうことだ?」とマウンドを慣らしている猪狩に尋ねる。

 

「他にボクの球を捕れる捕手がいないものでね。それに、進は来年にはあかつき大附属高校に進学し、野球部に入ることが内定している。すでに高校レベルには達している。キミも進の実力は知っているはずだ。……ボクはこの試合、全力でキミたちと戦いたい。だから、この交代を認めてくれないか? ……頼む」

 

 そう言って猪狩は頭を下げる。

 あの猪狩 守が、ここまでするなんて……

 

 みんなに確認を取ろうとすると、

 

「本気の猪狩 守と投げ合えるなんて、燃えてくるよ!」

 

 そう太刀川さんが笑顔で言う。

 

「正直、あんな手抜きのボールをヒットにしたって嬉しくないしね!」

「小山君……」

「それに瀬尾君だって、猪狩君にリベンジしたいでしょ?」

 

 みんながこちらを見て頷く。

 

「わかったよ、猪狩。進君の出場を認めるよ。その代わり、ここから先は1球も手を抜くなよ? 本気のお前を打ち砕いて、俺たちが勝つ!!」

 

 進君がキャッチャーのポジションにつく。

 この兄弟バッテリーに対するのは……。

 

『8番 ファースト 川星さん』

 

「さあ! かっ飛ばすッスよ〜!!」

 

 そう意気込み、打席に入る。

 グリップを大きく余し、バットを短く持っている。彼女なりの猪狩対策ということだろう。

 

 猪狩が投球に入る。

 力感のあるフォームから、川星さんへの1球目。

 

『ズドンッ!!』

 

 進君のミットから、捕球音が響く。外角へのストレート。

 球速は148Km/h。川星さんはピクリとも動けない。

 ストライク。

 

 2球目もストレートを続ける。

 川星さんはまたしても空振り。……完全に振り負けている。

 

 ツーストライクと追い込んでからの3球目。

 猪狩が投じたボールは弧を描いて進君のミットに収まる。

 ストレートのタイミングで待っていたのだろう川星さんは対応できず、バットは空を切る。空振り三振。

 

 ……正直、ストレートでも打ち取れたはずだ。

 球速の遅いカーブを投げるのは、それなりのリスクがある。それでもカーブを要求し、川星さんを三振に仕留めた。ストレートだけじゃなくて、球速差のあるカーブまで意識させられたら、次の打席でも投手有利になる。そこまで見越していたのだろうか。

 

 ……これが中学生のリードなのか? これだけクレバーな捕手は、高校生でも多くないだろう。さすが進君。天才は猪狩 守1人だけじゃない。彼もまた天賦の才を持つ選手だ。

 

『9番 センター 矢部君』

 

 矢部君もバットを短く持って打席に入る。出塁さえできれば、猪狩兄弟といえど警戒をせざるを得ない。矢部君はそれほどの俊足なんだ。

 

 矢部君に対しての第1球。

 外角へのストレートを空振り。当てることもできない。

 

 2球目もストレートを続け、これも空振り。

 追い込まれた。

 

 3球目。

 猪狩の投じるボールに対し、矢部君はセーフティバントを仕掛ける。

 しかし、内角高めへのストレートに上手く合わせられず、三塁線のファウルゾーンにボールは転がっていく。

 スリーバント失敗。2アウト。

 

 小技の得意な矢部君でも、打球の勢いを殺すどころか、フェアゾーンに転がすこともできなかった。

 

 続く小山君は、2ストライクと追い込まれた3球目。

 投じられたストレートに辛うじてバットを当てる。しかし、球威に押し負けピッチャーゴロに倒れる。

 

 3アウト。

 攻略の糸口は見つからない。

 でも小山君は、猪狩が本気で投げたストレートを打ち返した。ボテボテのゴロだったけど、確かにバットに当てたんだ。いくら猪狩がすごいからといって、投げたボール全てがバットに当たらないわけじゃない。そんなはずないんだ。まだ希望はある。

 

 

 3回表。

 先頭バッターは8番の飯山。

 まだ打者1巡目。太刀川さんの球筋に慣れていない相手バッターは、ストレートに詰まらされる。セカンドフライに打ち取り1アウト。

 

 9番バッターも、内野ゴロに打ち取って、2アウト。

 ここまではいい。だが次の打者から2巡目を迎える。

 簡単に抑えられればいいが……。

 

『1番 セカンド 中川君』

 

 中川が右打席に立つ。

 第1打席では、ストレートを打ちにいって内野ゴロ。この打席ではどう出るか? 

 

 初球、外角への変化球。これは外れてボール。

 まずは様子を見たようだ。相手はあかつきの1番を任される打者。警戒して損はない。

 

 2球目。

 内角高めのストレート。

 これに対し、バッターはバントの構えを見せる。

 

「セーフティバント!?」

 

 勢いを殺した打球は、三塁線ライン際を転がる。

 大空さんは急いで前進。しかし、ボールがグラブに収まった時にはバッターランナーは1塁ベースを駆け抜ける。

 

 内野安打。2アウト、そしてバッターは右打者。

 この状況で、バントなど頭になかったであろうサードを狙われた。

 落ち込んで俯く大空さん。

 そんな彼女に小山君が「ドンマイ!!」と声をかける。

 やっぱり小山君は周りをよく見ている。その『気付き』の力で今や内野陣のリーダー的存在になっているのだ。

 

 ……そう、落ち込んでいる暇はない。あかつきの強力打線にそんな隙を見せてはいけないんだ。

 

 2番打者に対し、太刀川さんはボールを投げ込む。しかし、先ほどのバントヒットの動揺からか、制球が定まらない。

 

『フォアボール!』

 

 ツーアウトながらランナー1・2塁。

 そして迎えるバッターは……。

 

『3番 ショート 滑川君』

 

 あいつだ。

 

 ☆

 

『ファウル!』

 

 ……これで14球目。カウントは3ボール2ストライクのまま。際どいコースに投げたボールはカットされる。

 だからといって、ストライクを取りにいけば完璧に打ち返される。

 勝負を避けても、次のバッターは猪狩 守、5番には弟の進が控えている。

 ……一体どうしたらいいの? 

 

「太刀川さん、打たせていこう! 俺たちが後ろにいるからね!」

 

 ……瀬尾君が声をかけてくれる。

 そうだ。あたしのピッチングスタイルは『打たせて取る』だ。バックのみんなに力を貸してもらって、あたしは投手としてマウンドに立つことができるんだ。今できることは、思いっきり腕を振って、最高のボールを投げること。

 

 投球動作に入る。振り抜いた腕が『ビュッ!』と風を切る。

 投げ込んだ渾身のボール。

 しかし、滑川に打ち返される。

 センターへのライナー性の打球。瀬尾君がボールを追うのが見えたが、追いつくのは難しいだろう。

 右中間、二塁打コースか……。

 

 そう思った時、聖ジャスミン野球部No.1の俊足の持ち主がその打球に飛びつく。着地時に体が地面に叩きつけられる。しかし彼はボールを離さない。

 

『ア、アウト〜ッ!!』

 

 審判も驚く超ファインプレイ。大ピンチを救ったのはセンターの矢部。これで3アウト。ベンチに向かう矢部に「ありがとう」とお礼を言うと、

 

「当然のことをしたまででやんす。さあ、攻撃でやんすよ!」

 

 と眉毛をキリッとつり上げる。

 

 頼れる仲間がいる。だから自分も全力でボールを投げられる。あたしが好きなのは、そんな野球なんだ。

 ……今あたしは、そんな理想の中にいるんだ! 

 

 ☆

 

 3回裏、聖ジャスミンの攻撃。

 2番からの好打順だったものの、先頭打者の夏野さんは内角を鋭くえぐるスライダーにサードゴロ。

 

 そして、俺の第2打席。

 猪狩は初球から直球で押してくる。

 

『ストライク!』

 

 145km/hの速球が唸りを上げてキャッチャーのミットに収まる。

 見逃して1ストライク。

 球速はもちろんだが、ストレートのノビが普通の投手とは違う。浮き上がって見えるほど強いスピンのかかったボールだ。当てにいくスイングでは、かすることもできないだろう。……ストレートに絞って、フルスイングだ。

 

 2球目。

 初球を上回る146km/hのストレート。

 

『キンッ!』

 

 そのボールに何とか食らいつく。バットに当たった音と感触は確かにあった。

 しかしボールは捕手の進君のミットの中。ファウルチップ。これで2ストライク。

 

 ボール球を1球挟んで4球目。

 ワインドアップから、ボールを投じる。

 これも速球。差し込まれないように、力を込めてスイングをする。

 

『キィィン!』

 

 打球は投手方向にまっすぐ伸びるライナー。

 抜ける、そう思ったのも束の間。打球は、投球動作を終えた猪狩の右手のグラブに吸い込まれる。

 

『アウト!』

 

 ……飛んだ場所が悪かった。投手の足元を抜ければ、勢いは悪くなかった打球だ。センター前にそのまま転がっていっただろう。

 

 運がない。だが、ストレートには何とか食らいつくことができる。それがわかった。次こそは塁に出てやる……! 

 

 4番の大空さんは、スライダー、カーブ、スライダーと変化球攻めで打ち取られる。

 第1打席では、見事に変化球を打ち返した大空さんだが、あれだけのストレートがあると、どうしても意識させられてしまう。

 それに1回とは投げているボールのレベルが違うから、狙っていても打つのは難しい。

 この配球を見ると、元々ストレートを打つのが得意な大空さんには、もう安易に直球は投げてこないかもしれない。そして、直球に少し慣れてきた俺にも、か? 

 せっかくヒットを打つイメージができてきたのに、ここで変化球を混ぜられるとかなり厳しい。

 

 進君がマスクを被ったことで、打者への対応のスピードが速くなっている。もしも猪狩自身が配球を考えていたらもっと単調になっているはずだ。そうであれば、まだチャンスがあったんだけどな……。

 

 こうして攻撃が終わる。

 

 4回表、あかつきは4番の猪狩からの攻撃。

 大きく素振りをして打席に入る。長打を狙っているのか? 

 

 聖ジャスミンバッテリーは、ボールを散らして凡打を誘う。ストライクからボールになるスクリュー、カーブを投げる太刀川さん。

 しかし、猪狩は誘いに乗らず3ボール、ノーストライクとなる。

 そして最後は高めに明らかなボール球。フォアボールで猪狩が出塁する。

 

『5番 キャッチャー 猪狩 進君』

 

 左打席に入る。進君の打者としての特長は、パワーはないものの、巧みなバットコントロール。そして広角に打ち分ける打撃技術だ。弱点の少ない打者だけに、攻略が難しい。

 

 1球目。

 外角にストレートが決まる。1ストライク。

 

 2球目はカーブ。

 そして3球目もカーブを続ける。だが、ともにボールの判定。

 

 4球目にスクリューでファウルを打たせて、2ボール2ストライク。並行カウント。

 

 そして、5球目。

 外角へのボール球。進君は見送ろうとする。しかしそこからボールが内側に食い込む。

 

「っ!!」

 

 進君は慌ててバットを振る。

 スイングの開始は遅れたものの、手首を柔らかく使い、強い打球を弾き返す。

 

 打球はワンバウンドして二遊間を通過しようとする。ヒット性の打球。

 

 それにショートの小山君が素早く反応する。

 ランニングキャッチ。だが、捕球した体勢が悪く、あれではセカンドに送球できない。

 

 

 

 と、思ったその時、小山君がバックハンドトス。夏野さんがそのボールをグラブをつけていない右手で捕球し、ベースを踏む。そして、そのままファーストに送球。川星さんが精一杯体を伸ばしてボールを受ける。俊足の進君が1塁を駆け抜けるが、この流れるような守備の前では間に合わない。

 

 ダブルプレイ。見事な連携を見せた二遊間コンビは、グラブ同士でタッチを交わす。

 

 今の併殺は、彼女たちだからこそ、取れたものだと思う。男の選手のような身体能力を活かしたプレイではない。でも、丁寧な捕球、受ける相手のことを思いやった捕りやすい送球。女性ならではの繊細さの光るファインプレイだった。

 

 このビッグプレイで勢いづいた太刀川さんは、次の6番バッターからこの試合初の三振を奪う。3アウト。ベンチに戻る聖ジャスミンナイン。その途中で、二遊間コンビに声をかける。

 

「2人ともすごかったね! あれ、練習してたの?」

「まあ、一応ね。あの守備は練習してなきゃできないでしょ?」

「僕たちも、今日に備えて準備してきたんだよ! 何としても勝ちたいからね!」

 

 ……練習したと言っても、それを試合で実践するのは難しいはずだ。でも2人は、やり遂げた。あの難易度の高いプレイを、だ。

 

 チームの完成度が高まっているように感じる。

『このチームで公式戦に出場したい』

 この気持ちが更に強くなった気がする。

 

 4回裏、こちらの攻撃に移る。

 先頭は5番の美藤さん。繊細なバットコントロールが武器の彼女でも、猪狩のストレートには上手くミートできず、2ストライクと追い込まれる。

 そして、3球目。おそらく勝負球として投げられたであろうスライダー。手元で鋭く変化するボールに、美藤さんはバットを合わせる。

 

『カーン!』

 

 金属音が響く。強烈な打球は、サード正面を突く。

 だが、がっちりとキャッチされてアウト。

 

「追い込まれてから、よくあのスライダーに対応できたね?」

「? スライダーもカーブも、ストレートよりは球速が遅いんだ。その分ボールをよく見れるし、対応できないこともないだろう?」

「……そんなものかな?」

「ああ。だからこそ、今の打席は勿体無かったな」

 

 ……すごいな。その感覚は簡単には真似できない。いつかは美藤さんにバッティングを教えてもらいたいものだ。

 

 その後は、太刀川さん、川星さんが三振に倒れ3アウト。

 

 そして5回表、あかつきの攻撃。この回は7、8、9番の下位打線が相手だ。彼らは太刀川さん相手にまったくタイミングが合っていない。楽に、とは言わないが、手こずることなくこのイニングを終われるだろう。

 ……そう思っていた。

 

 ☆

 

「はあはあ……っ」

 

 太刀川さんはマウンド上で息を切らす。先頭打者の7番には1球もストライクが入らず、ストレートのフォアボール。

 

 続く8番の打席は初球が甘く入り、左翼線に大ファウルを打たれる。それに動揺したのか、もっと厳しく攻めなくてはいけないと力が入りすぎたのか、2球目でデッドボールを与えた。

 

 ノーアウトでランナー1・2塁となったところで、9番に簡単に送りバントを決められ、ランナーは進塁。

 

 1アウト2・3塁となったところで、第2打席にバントヒットを決めた1番を迎える。

 

 順調にあかつき打線を抑えていた太刀川さんが、なぜ急に崩れたのか。

 考えればわかることだった。

 太刀川さんのここまでの投球数は64球。そのほとんどが全力投球だったのだろう。……必死に投げていたんだ。勝つために。高校1年生。基礎体力はまだまだ不足している。女性だということを考えれば尚更だ。それでも彼女は懸命に腕を振った。

 

 今日が高校生になって初めての試合。しかもその相手は甲子園優勝高のあかつき大附属高校。そして、この試合の勝敗が俺たちの命運を分けるのだ。体力的にも精神的にも消耗していてもおかしくない。

 

「……タイムお願いします!!」

 

 小鷹さんが審判にタイムを要求する。

 審判は頷き、試合を一時止めた。

「タイム!」

 

 マウンドに内野陣が集まる。

 

「ヒロ、大丈夫?」

 

 小鷹さんが太刀川さんに声をかける。太刀川さんはユニフォームの袖で汗を拭い、頷く。しかし限界が近いのは明らかだ。

 

「次のバッターは1番の中川よ。あいつ、あんたのボールに段々タイミングが合ってきてる。ここは敬遠して2番と勝負ってのもありだと思うけど……」

「……ダメだよ。まだ3点差あるんだ。この展開で引いてしまったら、弱さを見せてしまったら、もう立ち向かえなくなる。勝利を目指すことも、自分のボールを信じることもできなくなっちゃうよ……!」

 

 …………。

 暫しの間、全員が黙り込む。

 その沈黙を破るように、

 

「まあ、いいんじゃない? 慣れないこととか、やりたくないことやって失敗するよりさ。ありのままで〜、ってね!」

 

 夏野さんがバッテリー間のピリッとした空気を和ませようとおどける。

「はぁ〜……」

 小鷹さんはため息をつくと太刀川さんの方に向き直る。

 

「わかったわよ…… 勝負しましょう! ヒロ、抑えるわよ!」

 

 そう言うと、ミットで太刀川さんの胸をぽんっと叩く。太刀川さんの表情に笑みが浮かぶ。そして、マウンドに集まっていたみんなが、各自の守備位置に散った。

 

「じゃあみんな……締まっていこう!」

「オオーッ!!」

 

 小鷹さんの号令に、全員が士気を高める。

 外野は前進守備、バックホーム体制を敷く。

 

『1番 セカンド 中川君』

 

 ピンチの場面、迎えるは好打者の中川。しかし、太刀川さんの目に不安の色はない。小鷹さんが構えたミットにボールを投げ込んでいく。先程までとは見違えるようなキレとコントロールのあるボールで、2ストライクと追い込む。

 

 そして3球目。

 明らかに勝負にいったであろう、全力の『ストレート』をバッターはコンパクトで力強いスイングで弾きかえす。打球はショートの横へ。小山君が飛びついて捕球、すぐさま送球の体勢に入ったが1塁は間に合わない。だがサードランナー生還は許さず。これでランナー満塁。

 

 

 ☆

 

「滑川と猪狩の言った通りだった……!」

 

 1塁ランナーとなった中川はそうつぶやく。

 

「? 何の話ッスか?」

「い、いや、何でもないよ!」

 

 何だろう……。嫌な予感がするッス……。太刀川さん、踏ん張るッスよ……! 

 

 ☆

 

『2番 センター 松井君』

 

 松井は左打席に入る。

 

 ……今までのバッターは球速の遅い太刀川さんのボールに、長打を狙った大きなスイングで対応していた。その結果凡打に打ち取られていたわけだが、今の中川の打席は違った。鋭く、強い打球を打とうとコンパクトな打撃をしよう、という意識が感じられた。

 個人的に試しただけなのか、チーム全体でそういうバッティングをすることにしたのか……。いずれにせよ警戒が必要だ。

 

 バッターの松井に対して太刀川さんは、変化球で引っかけさせようとしたが、ストライクからボールになる球を見極められ2ボール。

 3球目、併殺を狙ってか、内角にストレートを投げる。

 

『カキーン!』

 

 松井は、1番中川と同じく鋭いスイングを見せる。

 痛烈な打球は、ライト線へ。

 

『フェア!』

 

「っ!! ヒットになったか!!」

 俺が外野を転がるボールに追いつき、送球の体勢に移った頃にはセカンドランナーがホームを踏もうとしていた。

 

「くそっ!」

 

 中継に入った夏野さんに送球。

 

 ……ランナー2人が生還し、2対3まで追い上げられる。なおも1アウト、ランナー2・3塁。

 

 まずい……! 次に迎えるのは、太刀川さんが特に苦手にしているバッターだ。

 

 ☆

 

『3番 ショート 滑川君』

 

 コールを聞いて、打席に入る。

 相手の投手は太刀川 広巳。あかつきの強力打線が今まで打ちあぐねていた女投手だ。

 

 太刀川は初球、外角にストレートを投げる。

 

『ボール!』

 

 そのストレートには散々苦しめられたが、もうそのボールの仕掛けはわかってんだよ……! 

 

 ★

 

 ……5回表、あかつきの攻撃が始まったばかりの頃。

 

「……中川、松井、あとは猪狩兄弟、ちょっと来てくれ」

 

 俺は上位打線を務める4人を呼んだ。

 

「あの女投手のストレート。110km/hそこそこのボールがなぜ打てないか、それがわかった」

「っ!!」

 

 おいおい、そんな驚くなよ。まあ、俺だからわかったことだけどな。

 

「考えてみれば単純だった。ストレートを狙い打ってるのに、詰まらされる、凡打に打ち取られる。そんなに打ちあぐねるんだったらそのボールはストレートじゃねぇんだ」

「どういうことだ?」

「わかんねぇのか? あのボールは日本で言うストレート、バックスピンのかかった4シーム・ファストボールじゃねぇ。バッターの手元でわずかに変化してる」

「……カットボールやツーシームのようにか?」

 

 猪狩が口を開く。やはりお前が最初に理解するか。

 

「正確には、打者が感じ取れないほど近くで、曲がったのがわかりにくい小さな変化をさせているから、カットボールとかよりも直球に近いがな」

「それでバットの芯を外されて、打ち取られていた……ということですか?」

 

 猪狩弟が尋ねてくる。

 

「あの投手のボールには元々ノビや球威があるんだろう。その打ちづらさに加えて、あのわずかな変化が合わさって、あの「ストレート」が構成されてたんだろーなぁ。そんなボールに対して、打てそうだっつって強振ばっかりしてるから相手の術中にはまるんだよ。俺が粘って分析してたの気づいてたか?」

 

 ……連中が黙る。その中で猪狩が聞いてきた。

 

「……どうすればいい? どうすれば、あのボールを攻略できる?」

「……どうせお前ら以外できないし、教えてやるよ。それはな……」

 

 ★

 

 ……結局、あの方法は正解だった。もう攻略されたボールをウイニングショットと信じて投げて来いよ。打ち返してやるからよ……! 

 

 太刀川の2球目。

 今度は内角へのストレート。いや、上質なムービングボール、か。それに対応するためには……。

 

 テイクバックに入り、スイングを開始する。

 

 そのご自慢のムービングを、鋭いスイングで、詰まろうが、芯を外されようが関係なく、内野の頭を超えるように『強く叩く』ことだ!! 

 

『ガキィィン!!』

 

 打ち返した強い打球は弾丸のように、投手方向に伸び、太刀川の右足に、当たった。

 

 ☆

 

「太刀川さん!!」

 

 滑川が放った打球は太刀川さんに当たり、マウンドの横を転がる。

 小山君がそれをグラブに収めるころには、2塁ランナーは3塁に進み、俊足の3塁ランナーはホームを駆け抜けていた。

 3対3の同点。

 

 だが、そんなことはいい。

 太刀川さんはうずくまって、動かない。

 

「タイム!」

 

 マウンドにみんなが駆け寄る。

 外野手も含めて全員が。

 

「太刀川さん、大丈夫!?」

「だ、大丈夫だよ! まだ投げられる……」

 

 そう言って立ち上がろうとするが、

 

「ううっ……!」

 

 うめき声を上げて、再びその場に座り込んでしまう。

 

 少し時間が経つとあかつきの医療スタッフと思われる、白衣を着た男性が治療を行い始めた。冷却スプレーにテーピング。それでも右足の痛みは引かないようで、太刀川さんは医務室に連れて行かれた。

 

 ☆

 

「太刀川さん、この試合は諦めた方がいい」

「!!」

 

 医務室の中で、あたしはドクターに診断を受けていた。打球を受けたあたしの右足、特に足首の辺りはズキズキと痛んで、和らぐことがない。

 

「そんな、待って下さい! この試合は本当に大事な試合なんです! 何とか、何とかなりませんか!!」

「……痛み止めを注射する手段があります。ですが、お勧めはしません。

 ただ痛みを誤魔化すだけで、根本的な治療したわけではないし、試合を続けることで症状が悪化する可能性だってある。それ以外のリスクだってあります。……それでも、それを希望しますか」

「……はい、もちろん! それで仲間のところに戻れるのなら!」

 

 ☆

 

『ガチャッ』

 球場内の通路につながる扉が開き、太刀川さんが戻って来た。

 

「ごめんね、心配かけちゃって……」

「……怪我は大丈夫なの?」

「うん、まあ……ね。ただ、この試合ではもう投手としては出場できないって……」

「そっか……」

 

 マウンドを降りた太刀川さんの姿は印象よりもずっと小さく、華奢な女の子であるということを実感した。そんな彼女の願いは、試合を続けること。そして勝つことだ。俺にできることは……。

 

 俺は主審のもとに向かう。そしてこう告げた。

 

「守備位置の変更をお願いします。ピッチャーの太刀川がレフト、レフトの美藤がライトへ。そして……」

 

『聖ジャスミン学園、守備位置の変更をお知らせいたします。ピッチャーの太刀川さんがレフト、レフトの美藤さんがライト。ライトの瀬尾くんがピッチャー、以上に代わります』

 

「兄さん、瀬尾さんが……!」

「ああ……」

 

 ……ようやく来たな瀬尾。こうして、また投手としてのお前を見られる……。これ以上の喜びはない。

 

「瀬尾、性懲りもなくまた投げんのかよ……。いいぜ、ぶっ潰してやるよ!」

 

 あかつきの選手たちからの視線を浴びながらマウンドに向かう。久しぶりの感触、この景色。

 レフトの守備位置に着いた、太刀川さんの方を見る。……まだ足は痛むのかな。でも大丈夫。俺が外野までボールを飛ばさせやしないから。

 

 迎えるバッターは4番 猪狩 守。この展開で猪狩、お前が相手とはな……。

 

 ロジンバックを手に取り、スパイクでマウンドをならす。

 そして、何球かの投球練習の後、猪狩が打席に入る。

 

 ここからだ……! 

 ここから俺の高校野球が始まるんだ……!!


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