実況パワフルプロ野球 聖ジャスミン学園if   作:大津

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第11話 始動

 数日後。俺たちは恋恋高校に合同練習に来ていた。

 恋恋の野球部も聖ジャスミンと同じく部員が9人で、ギリギリ試合ができる程度の人数だ 。

 だがうちと大きく違うのは、早川さん、高木さん以外の7人が男子部員だということだ。俺たちがスカウトしていた時は、数少ない男子生徒のほとんどが野球部に興味を持ってくれなかった。だが恋恋は在籍している男子、全7人が部員になっている。確かに男子の絶対数は少ない。だがこれは、よっぽど交渉に長ける人間が野球部にいるのだろう。

 

 疑問に思い、男子部員の1人に話を聞いてみると、「あおいちゃんに力ずくで連れてこられたでやんす〜」とのことだった。そう言った直後、彼は早川さんに「コラ! 余計なことを言うんじゃない!」と頭を叩かれていた。

 

 早川さん、見た目より結構男勝りなんだな……。少しビックリだ。

 

 

 恋恋の練習をまずは見学させてもらった。正直言ってレベルはあまり高くない。というより、うちの野球部がどれだけ恵まれてるかわかったような気がする。1年生だけの部活でこれだけレベルが高いメンバーが揃ってるって、普通ありえないよな。それだけに予選を戦えなかったのが悔やまれる。

 

 そうこうしていると、早川さんの投球練習が始まった。捕手は高木さんだ。

 

「大勢の人に見られると、なんだか緊張しちゃうな」

 

 そう言いながらキャッチボールをして肩を慣らす。出会った時は華奢な子という印象だったが、実際にマウンドに立った姿を見ると鍛えられているのがわかる。ただのキャッチボールでも体重移動の上手さ、軸足の安定感というのは見ていてわかるものだ。

 

「じゃあ、いくよ!!」

 

 そう言って彼女は投球動作に入る。その姿を見ていた俺たちから「えっ!?」と思わず声が漏れる。

 

 アンダースロー。しかもリリースポイントがかなり低い。サブマリン投法とでもいうのだろうか。

 

 そうして放たれたストレートは「バシッ!」といい音をたててミットに収まる。高木さんも実力は確かなようだ。ボールの勢いに負けず、ブレのない捕球を見せる。いい音のするキャッチング。投手にしてみると自分のボールに威力があるように思えて気分も乗ってくる。

 

 何球か投げたあと、早川さんが「せっかくだから、ジャスミンの人だれか相手してよ!」と声をかけてくる。

 

「じゃあ、僕が相手になるね!」

 

 小山君がバットを手に歩を進める。これは、おもしろい勝負だ。希少なアンダースローの早川さん 対 巧打者の小山君。結果はどうなるか……。

 

 ☆

 

 ……早川さんの投球を見た限り、速球のスピードで押すタイプじゃないよね。だとすると武器は変化球かな? アンダースローの投手が投げる変化球というと……? 

 

 頭の中で情報を整理する。身体能力が劣る僕は、頭を使って野球をするしかない。脳をフル回転させて勝負に挑む。

 

 1球目。内角高めにストレート。

 アンダースロー特有の、浮き上がるようなボールの軌道。

 空振りして、1ストライク。

 

 初球からインハイに直球なんて強気だと思ったけど、このボールなら球速が遅くても高めで空振りが取れる。これに変化球を織り交ぜられるとかなり手強いな……。

 

 2球目。内角にカーブ。

 打球はレフト方向へのファール。

 これでツーストライク。

 直球の球速が遅い分、カーブではタイミングが崩されずスイングできた。

 ……次は何の球種で来る? 

 

 3球目。外角低めにストレート。

 予想通り! バットを振る。タイミングは合ったが打球はバックネットへのファール。

 

 今のは明らかに決めに来たボールだった。早川さんは直球を軸に攻めてくるピッチャーなんだ。だったら最後はストレートで打ち取りたいと思ってるはず。

 

 4球目。外角低め、ボールになる変化球。ドロンとした変化でカーブとは反対側に曲がったから、おそらくシンカーだ。変化は大きいけど対応できないほどじゃない。おそらく見せ球。

 ……狙い球は変わらずストレートだよ! 

 

 5球目。真ん中高めに半速球。

 

 失投だ! そう思いスイングしたところで鈍い感触がした。打ち損じの打球はボテボテのショートゴロだ。

 

 なんで!? 確かに失投を狙い打ったはずなのに! 

 

「勝負はボクの勝ちだね!」

 

 早川さんは喜びの表情でそう言った。彼女に質問をする。

 

「今のボールは何だったの?」

「秘密兵器だよ。まだまだ理想とは程遠いんだけどね 」

「そうだよ、あおい。追い込んでから空振りが取れるウイニングショットに仕上げなきゃ、男相手に真っ向勝負なんてできないんだからね!」

 

 そう言って、高木さんもキャッチャーの防具をカチャカチャと揺らしながら近寄ってきた。

 あれだけの投球をしても、まだまだと言い切るなんて……。恋恋バッテリー、かなりの実力者だ。女子の公式戦出場が可能になれば、この地区のダークホースとして躍り出るかもしれない。

 

 でもそれは、聖ジャスミン学園だって同じだ。僕も、もっと上手くならないと。みんなの、瀬尾君の期待に応えるために。

 

 

 ☆

 

 合同練習から数日後。

 あれから話し合い、これからも恋恋学園の野球部と定期的に合同練習することに決まった。自分たち以外の女子の選手の存在が刺激となって、みんなの練習にも熱が入っている。

 

 世間では甲子園の地方予選も始まり、野球熱も高まっている。そんな今こそ女子選手の公式戦出場に向けて行動を起こす時だ。

 

「矢部君、相談があるんだけど」

「何でやんすか?」

「実は……」

 

 俺の考えた計画を話す。矢部君は笑みを浮かべてこちらを見る。

 

「それはいいでやんすね! みんなにも手伝ってもらうでやんす!」

「……いや、出来れば俺たち2人だけで動きたいんだ。みんなに負担をかけたくない。今でさえ多くの問題にぶつかっているのに、これ以上頑張れっていうのは酷だよ」

「瀬尾君はカッコつけでやんすね」

「……」

「でも優しいやつでやんす。瀬尾君がそうしたいなら付き合うでやんすよ!」

「矢部君……! ありがとう!」

 

 甲子園に行くために挑戦するチャンスは多くない。そのうちの1回を俺たちは失ってしまった。もうこれ以上チャンスを失うわけにはいかない。そのためには動き出さなきゃいけないんだ。

 

 ……彼女たちと、甲子園のグラウンドに立つ。それはもう彼女たちだけの夢じゃない。俺の夢でもあるのだから。

 

 

 

 

 


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