7月中旬。
「じゃあ、よろしくお願いします」
そう言って、俺は職員室を出る。
何かというと、夏の甲子園の予選大会への参加申請をお願いしてきたのだ。部員の人数、部活動としての承認など諸々の条件は、なんとかクリアした。あとは高野連がこの申請を受理してくれれば、俺たちは公式戦に出場することができる。
それに、女性選手の公式戦出場を後押しする動きがあるようだ。俺たちの他にも、野球部に女性選手がいる高校があるらしい。1校だけじゃ心もとないが、2校なら……と期待も膨らむ。前向きに考えよう。きっと、きっと大丈夫なはずだ……。
放課後。チームとして戦うための戦術や連携、チームメイトの個性を理解するためのミーティングすることにした。
「えっと、僕は1番 ショートだよね? でも僕、矢部君ほど足が速いってわけじゃないよ?」
小山君が言う。本当に自分が打線の切り込み役でいいのか、って思っているのかな。
「いや、小山君がベストだよ。正確なバットコントロール、選球眼を持っている。それに小山君なら相手ピッチャーに球数を投げさせて、球筋を後続の打者に見せることができる。積極的に打っていく1番バッターもありだとは思うけど、チームバッティングで戦っていかなきゃいけないこのチームにとっては、君がベストだ」
俺の率直な意見に小山君は、「えへへ、なんだか頼りにされてるみたいで嬉しいなぁ」と髪の毛先をいじっている。本当に女の子みたいだな……。俺の目がおかしいのか? 他の女子達と話している小山君の姿は、女の子そのものなんだか。
……いや、俺の目もあながち間違ってはいないらしい。なぜなら矢部君が小山君のことを、目をハートにして見ているからだ。
矢部君、間違いだけは犯さないでくれよ……。
「じゃあ、アタシの2番 セカンドは? ミヤビンが塁に出たらどうする? やっぱりバント?」
小山君と1、2番を組む夏野さん。守備でも二遊間でコンビを組む。ひょっとしたら、チームの中で1番、意思疎通が必要な2人なのかもしれない。
「状況にもよるね。なにがなんでもバントってわけじゃない。夏野さんのバッティングセンスなら、色々なことができるだろうしね。俺は夏野さんには、2番 セカンドがぴったりだと思うんだ。2番打者にはチームバッティングが求められるし、セカンドもベースカバーとか中継に入ったりとか、全体の守備を頭に入れていないといけない。明るいだけじゃなくて、周りの人の気持ちとか立場とか考えて、いつも思いやってくれている夏野さんしか考えられないよ」
「そ、そうかな?」と夏野さんは照れているようだ。やっぱり面と向かって言われると恥ずかしいのかな。
それにに付け加えるように俺は、
「投手経験があるんだから、投手としても活躍してもらいたいんだ。1試合を投げきることができなくても、短いイニングを投げられるなら、それは重要な戦力だよ」
夏野さんは頷く。太刀川さんはいい投手だけど、すべての試合完投できるわけじゃない。そんなことはさせられない。投手っていうのは、たとえ肘が痛くても、投げられるかって聞かれたら、投げられるって答えてしまう人種だ。だからできるだけ、みんなの力で支えてあげなくちゃいけないんだ。
「それで3番 ライトは俺なんだけど……本当に俺でいいの?」
これについては俺は唯一反対した。だが、他の8人に押し切られてしまったのだ。
「それは当然だろう。私からホームランを打ったのだからな!」
「それに、瀬尾君と初回から対戦しなくちゃいけないっていうのは相手投手も嫌だと思う!」
美藤さんと太刀川さんが俺をクリーンアップに推してくれている。チームの主軸とエースが言っているのだから首を縦に振るしかないか……。
「それにあんたには、投手としても頑張ってもらわないといけないしね!」
やっぱりか……。正直、投手なんてもう2度とやりたくない。
でも、このチームのみんなのためなら頑張れるかもしれない。
「4番 サードはミヨちゃんですー! 頑張るよー!」
大空さんが張り切っている。彼女は、とにかく長打を打てるのが魅力だ。パワー不足の打線も、大空さんがいることでとにかく4番まで繋ごうという意識が強くなる。
「とにかく、当てようと思わずにバットを強く振ってね。大空さんは、重心移動が上手でロスなくボールを飛ばせる。その長所を消してもらいたくないんだ」
球技経験はないらしいけど、パワーや反射神経は目を見張るものがある。どこで鍛えたんだろう? 聞いても教えてくれないんだよな……。
「5番 レフトは私だな。まあ、私をクリーンアップにするとは見る目がある、と言っておこう」
「そうだね。美藤さんは走攻守に穴がないし、鋭いライナー性の打球を打てる。文句なしだよね」
「そ、そうか? まあ、お前も私ほどではないがいい選手だと思うぞ!」
美藤さんは褒められると弱いみたいだ。みんなにもそこを突かれて、みんなにいじられている。俺はからかっているつもりはないんだけど、あまりにもおだてられるのに弱すぎる……。そこも含めて、魅力的な仲間だ。
「私が6番 キャッチャーね。繋ぎのバッティングを意識しつつ、得点圏にランナーがいれば得点を狙う、ってことでいいのよね?」
小鷹さんはまさに扇の要だ。その頭脳を生かしてチームを勝利に導いてくれるだろう。
「うん、よろしく頼むよ。バッテリーを組んだら迷惑かけるかもしれないけど……」
小鷹さんは俺の言葉に首を振り、太刀川さんを親指で指差し「投手に迷惑かけられるのは慣れてるし?」といたずらっぽく笑う。
その太刀川さんは、7番 ピッチャー。このチームの不動のエースだ。
「とにかく、勝利を目指して頑張るよ!」
小鷹さんが加入して仲間とも打ち解けて太刀川さんはいつしか前向きになり、投球に不安定さもなくなった。頼れるエースだよ、本当に。
「8番 ファーストはほむらッス! かっ飛ばすッスよ!」
川星さんは、まだ経験が足りないし、パワーも正直ない。でも、無類の勝負強さがある。得点圏にランナーがいる、という想定のシート打撃では4割を超える打率をマークしている。実戦ではまだ未知数だけど、きっとやってくれる。
「本番でも、川星さんらしくかっ飛ばしてよ。チャンスの場面で打席を回すから」
最後は……。
「9番 センター矢部です……。
9番なりに足を引っ張らないように頑張ります……」
矢部君!? 落ち込んでるのか? 語尾に『やんす』がついてない!
「矢部君、君が劣っているから9番なんじゃないよ! 矢部君は打撃に意外とパンチ力あるし! 矢部君からの打順なら、出塁したら相手の脅威になるし!」
「意外と? パンチ力? 出塁したら? 口先で言いくるめられると思ったら大間違いでやんすよ!!」
「愛してるよ、矢部君!」
「オイラの方が瀬尾君のことを愛してるでやんすよ!」
……矢部君と友情(?)が芽生えた!?
「マネージャーはネコりんにお任せですのん! チームを陰から支える……! できる女って感じでござるよ〜!」
猫塚さんは見た目や言動とは違って、意外と仕事ができる。女子のみんなも同性のマネージャーがいるのといないのとでは居心地が違うだろう。明るくて、笑顔の絶えない彼女は、チームがチームであるために必要な、潤滑油のような存在だ。
これがこのチームの仲間たちだ。個人の役割がはっきりしたことで、具体的に自分が何をしたらいいか考えて練習をするようになっていくと思う。
……あのミーティングには願いと祈りが込められていた。
自分たちが認められるか不安だから、試合が出来ること前提の理想の試合展開を考えた。この先、どうなるかわからない。だからって、暗くなるのはいやだから、みんなで話し合った。笑い合った。そうしているうちにわかったこと、再確認したこと。
『このチームは、最高だということ』
大好きなこのチームのために。その思いがみんなを見ていて伝わってくる。このチームが認められないはずがない。
……そう信じたいんだ。
予選大会に出場するチームはトーナメントの組み合わせ抽選会に参加する。その抽選会前日までに出場できるかどうかが決定され、その結果が連絡される。俺たちは出場できるかどうかわからない、不安の中で過ごした。
☆
そして、数日後。高野連から連絡が来る日だ。
そして、俺たちにとっての運命の日だ。
部室に待機して報告を待つ。勝森監督が高野連からの連絡を受け、俺たちに伝えることになっている。部室の中は無言だ。誰1人として口を開かない。いつも明るい猫塚さんですら、手をぎゅっと握りしめて緊張の面持ちだ。
『コンコン』
張り詰めた空気を打ち破るノックの音。勝森監督だ。
「……結果は? 結果はどうなったんですか!?」
太刀川さんが尋ねる。全員の視線が監督に集まる。
「今回の地区予選、聖ジャスミン学園野球部は……」
☆
……同じ時刻。恋恋高校。
「ダメだったか……」
ボクはため息混じりにつぶやく。
女の子が野球をすることを認めてくれる人は、確かに増えてきた。でもまだ世間では、「高校野球は男のもの」なんだよね……。でも諦めない。絶対に負けないから!
そこにチームメイトが声をかけてくる。
「あおい、大丈夫?」
「幸子(さちこ)……」
「ほら、元気だして! まだ1年生の夏がダメだっただけでしょ!」
「うん……そうだよね」
元気ないように見えたのかな。
そんなことを考えていると、それから……と幸子が話を続けてくる。
「やっぱり、うち以外の女子選手のいる高校も出場できないってさ」
やっぱり……。でも、あれ?
「もう1つの女子選手がいる高校って、なんて学校だったっけ?」
「聖ジャスミン学園だよ。うちと同じで今年から野球部ができたらしいよ」
「そこって近い?」
そう尋ねると、幸子はしばらく考え込む。
「……確かそこまで遠くないはずだよ。地区も同じなんだから」
「ボク、そこに行ってみたい!」
ひょっとしたら、協力し合えるかもしれない。問題の解決に近づくかも。
でもそれ以上にボクは……。
同じ問題を抱えている「仲間」と会ってみたいんだ。
味方がいるって伝えたいから。