織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ―   作:久木タカムラ

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009. 食らう悪党、食われる悪党

 重力制御ユニット。

 読んで字の如く、一定空間内の重力を操作できる装置だ。

 ランスローの両手の平と両足――合計で四つ仕込んである他に類を見ない特殊兵装だが、仕組みそのものは特に珍しい物ではないと私は考える。

 そもそもISと言う存在自体がPICの恩恵によって浮遊できてる訳でして、ボーデヴィッヒの操る『シュヴァルツェア・レーゲン』――タイマン勝負ならチートレベルのAIC、停止結界とて基本的な理屈は変わらない。私にしてもオルコット嬢にしても、ISを使っている時点で搭乗者は誰もが一時的にではあるけれど重力や慣性の法則のしがらみから抜け出している事になる。

 でもって、ここからが本題。

 人工的に重力を作り出す――言葉にするとかなり難しく感じるが、ものっすごく大雑把に言うとアレだ、水を入れたバケツを思い浮かべると分かりやすいんじゃなかろうか。

 縦方向に振り回しても水が零れないのは遠心力の影響だし、つまりは重力を疑似的に発生させるだけならば多少腕力のある小学生でも可能だと言える。事実、一昔前の宇宙ステーションではこの方法が考案されていたと聞く。

 六機のビットやオルコット嬢をまとめて行動不能にできるだけの超重力を、しかも円運動などの余計な手段を使わずに作り出すとなると、それこそ世界中の学者を集結させたとしても実現可能かどうか疑わしいが、重力制御ユニットを含めた『黒灰の反逆者(ガンメタル・トレイター)』の基本システムを組み立てたのはあの篠ノ之束博士なのだ。あらゆる現代兵器を超える夢の『宇宙服』を作り上げてしまった彼女にとって――頭脳をさらに磨き上げ昇華させた二十年後の彼女にとって、片手間に構築できる程度の問題だったのかもしれない。だって酔った勢いで設計したんだし。

 インフィニット・ストラトス――『無限の成層圏』の名を冠するマルチフォーム・スーツ。

 果てなき宇宙を目指す篠ノ之博士からすれば、重力を操るというランスローの異能でさえ単なる通過点でしかないのか。

 

「このわたくしを前に考え事など――おちょくるのもいい加減してくださいまし!」

「……別におちょくっちゃあ、いないんだけどさ」

 

 想像以上に暇なんだもんなぁ。考える以外に何しろってのさ。

 右後方から二機、正面やや左上から二機。計四機のブルー・ティアーズがオルコット嬢の命令を受けてビームを発射。

 それにわざわざ当たってやるほど私はサービス精神旺盛ではないつもりだ。

 ハイパーセンサーによって広がる三百六十度の視界。前を見ながら後ろを見る感覚は慣れないと目を回しかねないが、逆に言えば、慣れてしまえば問題は皆無。全方位オールレンジ攻撃だろうとミサイルの雨だろうと容易に感知できるのだから、たった二方向からしか飛んでこないレーザーを避ける事など訳はない。

 遠隔無線誘導型兵器――ブルー・ティアーズ。

 それは言わば、身体と繋がっていない六本の腕に等しい。

 自前のと合わせて合計八本の腕を同時に、しかも針の穴を通すようなコントロールを要求される射撃を行うとなると、ストレスや緊張も相まってどうしても動きに粗が出てくる。

 ただでさえブルー・ティアーズはBT兵器開発のデータサンプリング用に製造されたテスト機の意味合いが強い。現操縦者であるオルコット嬢よりも有用なデータがないのだから、扱いに未熟な部分があっても仕方ないっちゃ仕方ない。

 だからって同情なんざしねーけど。

 何であれ、手近にある物を最大限に活かすのがプロなんデス。

 

「何故、何故当たらないんですの!?」

「あのねぇ。荷電粒子砲みたいな極太光線ならまだしも、たかだか六七口径の細いレーザーなんて身体をちょいとズラすだけで簡単に避けられるんだっての。それに狙いを定めてから一直線にしか飛んでこない攻撃なんぞ好きに避けてくださいと言ってるようなもんだ。ついでに言うとビットの軌道も馬鹿正直過ぎ」

「い、言わせておけば――!」

 

 顔を真っ赤にしてオルコット嬢はビームを乱射乱射乱射。

 でも当たらない。当たってなんかあーげない。フゥーハハハハハ、当たらなければどうって事はないのだよセシりん! 当たっても平気だけど!

 ちなみに過重力――『驚天動地』は既に解除している。

 零落白夜ほどではないにしても燃費が悪い事に変わりはないし、何より私を中心点にして領域が広がるのでこっちも重力の影響を直に受けてしまう。流石に自分の能力だから自滅覚悟で使わない限りはイチカくん等身大スタンプになったりしないが、そいつはあくまで他の対象物やISよりも耐久性が高いってだけ。相手を巻き込んでの近接戦闘時でもなければ、はっきり言ってデメリットしかありゃしないのだ。

 さて、ではでは。

 解説も終わったところで、頑張っている子犬にヒントを与えてやろう。

 

「いいかねオルコット嬢? チミは色々と考え過ぎなのっさ」

「考え過ぎ……?」

 

 日常生活において――たとえば少し離れた位置にあるモノを取るために手を伸ばす時、いちいち腕を凝視して意識を集中させる人間はいないだろう。

 首が据わったばかりのおっかなびっくりな乳飲み子じゃあるまいし、そんな事しなくとも生物はほとんど無意識と言ってもいい自然体で、自身に生えた四肢を自由自在に動かせる――人生の中で何万回と繰り返し、その動作を細胞と神経に刻み込んでいるからだ。

 トップアスリートほど基本的な反復練習を重視するように、人間は誰しも『慣れ』による動作の効率化が見込める。

 だが――

 

「緊張と不安、あとは背負っているもんに対する恐れと焦り。はっきり言って、お前さんの動きは無駄に空回りしてばかりで慣れっつーか余裕ってのが全然感じられねーんよ。そんなボロッボロのコンディションじゃあビットの精密操作なんかできなくて当たり前」

「い……一体何を根拠に!! 英国淑女たるわたくしは常に泰然自若、如何なる時も余裕を崩さず毅然とした態度で振る舞う事を心掛けて――」

「そうやって自分まで健気に騙し続けてきた、と」

 

 図星を突かれて、お嬢さんの顔が泣く寸前の子どものように歪む。

 結局のところ、私は二十年経ってもオルコットの過去を知る事はできなかった。機会だけならばいくらでもあるにはあったのだが、その度に『……昔の話ですわ』と曖昧な笑みではぐらかされてしまい聞きそびれていた。

 気にならなかった、と言えば嘘になる。

 改めて考えてみるとファースト幼馴染の篠ノ之や関係修復に勤しんだ更識姉妹、生い立ちを自ら語ってくれたデュノアはともかく、オルコット、凰、ボーデヴィッヒに関して私の知っている事は驚くほどに少ない。

 過去は過去と割り切って捨て置くのは簡単だ。

 あまり誉められない方法で調べる事もまた同じく。

 二十年後の未来においてオルコットが達観していたとしても、私の眼前に浮かぶオルコット嬢は乗り越えられずにまだ苦悩し続けている。

 人生の先輩として見過ごせねぇよなぁ、やっぱり。

 

「私も偉っそうにアドバイスできる生き方とかしてねーけどもさ、いっぺん心ん中に溜まったモンぶちまけた方がスッキリすんぞ?」

「それは……他人に当たり散らすのと同じ事でしょう!? そんな癇癪を起こした子どものような真似は御免被りたいですの!」

「子どもも何も、私からすりゃお前さんは立派なガキんちょだっての。私がイヤなら織斑先生とか山田先生とかでもいいんだしさぁ、黙りこくって一人で鬱展開入るより誰かに聞いてもらった方が何倍も気が楽になるぜ?」

 

 若輩者に過ぎないこの時代の織斑一夏(わたし)は、強くも儚い友の悩みに気付けなかった。それどころか昔も、そしてこれからも、彼女の好意に応える事なく蔑ろにし続けてきた。

 オルコットだけじゃない。

 篠ノ之、凰、デュノア、ボーデヴィッヒ、更識姉妹。

 罪と言うのなら、この世で何物よりも最悪な罪なのだろう。

 

「疑っちまうのも分かるが、もうちっと他人を――大人を信用してみようや」

 

 私と少年は完全同一にして全く別の人間。

 無自覚に救うのが少年の役割ならば、私は今の私にしかできない方法で償いをしよう。

 

「……まるで教師のような口振りですわね」

「これでも教員免許持ってたりすんのよね私ってば。ワハハハハ、どうだ驚いたか」

 

 何時の間にかビームは止んでいた。六機のビットは操縦者の意思を反映させたようにふわふわと中空を彷徨うばかりで、攻撃の気配をまるで見せようとはしない。

 レーザーライフルの銃口を下げたまま、青空を背にオルコット嬢は言う。

 

「誰かを頼り、助けを乞う事は、敗北と同義だと思っていました」

「間違っているとは言い切れない考え方だな。けどそれは時と場合によりけりだ。何でもかんでも一人でどうにかしようと無茶すると、色んなモノを失っちまうぜ?」

「………………」

「それに気付いた後じゃあもう遅い」

 

 私みたいになっちまったら遅いんだ。

 だからさぁ――

 

「この世の汚ねぇ部分は私が何とかしてやるからさ、代表候補生だからとか名家の血筋だからとか気張ったりしないで、お前さんはもう少し普通の女の子みたいに生きてもいいと思うんだわ」

 

 言って、私はたった一つしか登録していない武器をコールする。

 それは長大な三角錐の底面に柄を付けた代物。

 見栄えの良さにも気を配った『霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)』の蒼流旋に比べて、ひたすら威圧感を与える事に主眼を置いた重厚無骨な意匠――黒灰甲冑のランスローに相応しい黒の突撃槍(ランス)。雪片弐型のような剣よりも、戦場では重量で敵を薙ぎ払える槍の方が効率が良かったので採用した一品だ。

 あとは、投げやすい(・・・・・)ってのも理由の一つかね。

 

「近接格闘用装備《アロンダイト》――先生がそのISを『ランスロー』と呼んでいるなら伝承に倣っての命名なのでしょうけど、オリジナルは確か剣だったはずでは?」

 

 地元だけあって流石に詳しいねぇ。

 

「その辺はツッコまんといて。……時にオルコット嬢。少年との決闘はともかく、どうして私との試合が組まれたのか――その辺の詳しい事情なんかは聞いていたりするか?」

「いえ。ただイギリス政府と委員会の意向としか……」

「そうだわなぁ、そうとしか伝えんわな普通」

 

 交換が利く捨て駒程度にしか思われていないのだから。

 そのクソ野郎どもが今、オルコット嬢の後ろにいる(・・・・・・・・・・・・)

 アロンダイトを逆手に握って振り被り、来賓用の特別席に座る数人の男女をハイパーセンサーで拡大ロックオン。ブタのような肥満体だったりバカ殿様もビックリな厚化粧だったり下卑た笑みを浮かべていたり――どいつもこいつも雁首揃えて、自分が狙われているとは毛ほども考えていないド三流の悪党ばかりだ。

 しかし、試合にはアクシデントが付き物。

 不慮の事故じゃあ――巻き込まれても仕方がないよなぁ、うん。

 

「避けるなよオルコット嬢。避けると当たるぞ?」

「え、あの、それはどういう――」

「観客の皆様ぁ、ファールボールにゃお気を付けくださいなぁっと!!」

 

 右手のユニットのみを限定起動。

 過重力ではなく反重力の小域結界を作り出し、白兵戦特化のランスローの膂力と上半身のバネを組み合わせて、さながら砲弾の如くアロンダイトを撃ち――出す!!

 

「きゃああああっ!?」

 

 運悪く射線上に残ったビットを穿ち貫き、普通の人間には感知すら不可能な速度で流星と化した漆黒の大槍は、真っ直ぐに、ただひたすら真っ直ぐに突き進む。

 何処ぞのゴーレムよろしくアリーナのシールドを破壊し、そのままアホ面が並ぶ来賓席に――

 

「っしゃあっ! どストライク!!」

 

 うあはははは。

 ザマァみさらせ。


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