織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ―   作:久木タカムラ

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だらっしゃああああっ!
一月以内に投稿!
MHWやるぞコラあああああっ!!

……はい。
四十五話、お楽しみいただければ幸いです。


045. 急襲

「何故……何故だ先生!! どうしてなんだ一夏ぁ!!」

 

 闇を背負う師と幼馴染に、箒は叫んだ。

 駆け付けた仲間達も彼ら二人の攻撃を受けて地面に倒れ伏し、まだかろうじて軽傷で済んでいた箒一人だけが、皆の盾になるようにして対峙する事ができていた。だがしかし、それは二本の足で立っていられるだけ――その程度の小さな幸運でしかない。

 頼みのISは破壊され、他に武器もなく、残された手段は涙ながらの説得のみ。

 どれだけ人望に溢れた教師なのかを。

 どれだけ皆に好かれているのかを。

 けれど、血のように吐き出したその言葉さえ、彼らの心には届きはしない。

 

「愛とか……人望とか……そんなの何の意味もないんだよ」

「俺も、兄貴に教えてもらってやっと目が覚めたんだ。所詮俺は闇の世界の住人、光を求めるだけ無駄だってな。箒……お前も俺達と一緒に堕ちよう」

「一夏……くっ」

 

 白を捨て、黒のロングコートを纏う彼らの周囲を飛び跳ねる小さな影。

 緑と茶色のショウリョウバッタを模した小型の変身アイテム――『ゼクター』と呼ばれるそれが主の手に収まると、先生と一夏はベルトのバックルを開け放つ。

 セシリア達を容易く打ち破った二匹の悪魔が、再び呼び起こされようとしていた。

 

「……行くぞ、相棒」

「うん、兄貴」

「「変身!」」

 

 先生が緑を、一夏が茶色を前面にして、ベルトにスライドさせるようにゼクターを装着する。

 

《HENSHIN》

《Change…Kick Hopper》

《Change…Punch Hopper》

 

 皮肉にもISの展開に似た光が二人を包み、メタリックカラーの装甲が現れた。

 気怠げに、面倒臭そうに項垂れながらも、全身を突き刺す針のような敵意を放ち、その赤と灰に光る複眼は昆虫以上に感情を感じられない。

 見据える先にあるのは箒ではなく、各国が増援として送り込んだ選りすぐりの連合軍。

 彼らに全てのISが機能を停止させられた今、陸海空軍が動かせるのは重装備の歩兵の一個師団や戦車、イージス艦に空母、戦闘ヘリなど旧時代の兵器ばかり――それでもたった二人に向けるにはあまりに常軌を逸した物量だ。

 悪鬼羅刹も裸足で逃げ出す地獄のような光景を前に、先生と一夏は怯みもしない。

 

《Rider jump》

 

 跳び上がり、軍勢に襲い掛かるその様は、草木を貪り荒土に変える害虫(バッタ)そのもの。

 恐怖すらも喰い尽くす――絶対破壊の権化。

 

「神に会うては神を斬り!」

「悪魔に会うてはその悪魔をも撃つ!」

「戦いたいから戦い!」

「潰したいから潰す!」

「「俺達に大義名分など無いのさ!」」

 

 放たれるは必殺の蹴りと拳。

 

《Rider Kick》

《Rider Punch》

 

 その一撃で地が抉られ、先頭の一団が吹き飛ばされる。

 弾薬や燃料に誘爆して衝撃波と炎が荒れ狂う中、魔人達は世界を相手に高らかに咆哮した。

 

「「俺達が、地獄だ!!」」

 

 

 

 ――むぎゅ。

 

 

 

「ふにゃ……?」

 

 足の裏に何やら柔らかい感触。

 クロエ・クロニクルが片目を開けて確認すると、グソクムシーズな妹達に圧し掛かられ、さらに同じくグソクムシなパジャマの自分に顔面をグソクムシキックされているラウラがいた。

 そもそもが、寝相の悪い妹達が風邪を引かないようにと作成されたこの着ぐるみグソクムシ。

 毛布が役に立たないどころか、ベッドから数メートルは離れた場所に転がっていたり、酷い時はタンスの中にすっぽり収まってスヤスヤと寝息を立てている時もあった――血は繋がってないのに変なところだけ母親そっくりに育ってしまったものだ。

 足に付いた一番目の妹のヨダレを布団で拭い、目をこしこし擦るとようやく意識が覚醒する。

 

「……起きます」

 

 何だか、面白い夢を見ていたような気がする。

 辞書に万歩計にカレンダー、クッ○パッドも見れる専用ISの時計は午前五時半を指している。

 大広間に朝食が用意されるのが八時だから――とりあえず、十一匹集まってキンググソクムシに合体変身しそうな妹達はまだ寝かせておくとして。

 

「あ、束様がちゃんと布団で寝てる」

 

 三つ隣の布団がこんもりと盛り上がり、隙間からウサミミが生えている。

 いつもならエジプト壁画も腰を抜かす体勢で寝てるのに、今日は嵐でも来るのだろうか。

 まあ、本当に嵐になろうがミサイルが降ろうが、その程度で新型機のお披露目を中止するような人ではないだろうし、とにかく着替えて顔を洗おうかと背中側から脱皮する。

 洗面所に移動したところで、家族風呂から誰かの気配を感じた。

 

「あー、くーちゃんおはよう」

 

 パパだった。

 

「おはようございます父様。朝風呂ですか?」

「朝風呂っつーか、夜通し入ってたっつーか…………くーちゃんも入るかい?」

「わーい、はいるはいるー」

 

 どうして二人分の浴衣が干してあるのかちょっと気になったけど、それより今は大好きなパパと一緒にお風呂に入るのが最優先だ。パンダさんパンツなんてその場にぽーんと脱ぎ捨てる。

 自分でも珍しく浮かれていたから、気付かなかった。

 風呂から脱衣所、部屋へと。

 まるで誰かがクロエが起きる直前に(・・・・・・・・・・・・・・・・)濡れた足で慌てて走り抜けたような(・・・・・・・・・・・・・・・・)跡が――そしてそれが束の布団にまで続いていて、全裸のまま息を殺して寝たフリをしている事に、気付けなかった。

 もっとも気付けたとして、

 

「平和だねぇ……」

「平和ですねぇ……」

 

 クロエにとっては『新しい弟か妹が増えるかもだねわーい』ってな話にしかならないのだが。

 名前は絶対すーちゃんだ。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 合宿一日目がアメだとするなら、二日目はムチだ。

 学園での授業も決して手を抜いたり甘やかしているつもりはないが、こうして雁首並べて学園の外まで足を運んだのだから、普段は教えてやれない事も骨の髄までみっちり叩き込んでやりたいと思うのが――親心ならぬ教師心というものだろう。しばらく足腰立たなくなるかも知れないが。

 四方を崖で囲まれたIS試験用のビーチ。

 ISスーツに着替えたヒヨコ達が整列したのを確認し、気持ちも新たに千冬は小さく頷いた。

 それにしても心が軽い。

 昨晩、本人にではないが、自分の本音を吐き出す事ができたのが良かったのだろうか。

 

「パパー、この箱はドコー?」

「あー、それはそっちの青い奴の隣に置いといて」

「うにっ!」

 

 その想い人は頭にタオルを巻いて簡易テントを設営したり、装備が入ったいくつものコンテナを機体の種類別に分けたりと、力仕事をテキパキこなしている。周りでは彼の子ども達も手分けして観測装置や計器類を設置し、ドラムリールから伸ばしたケーブルを接続する――その手際の良さは専門職にも引けを取らない。やはりカエルの子はカエルという事か。

 

「織斑先生、こっちは終わりました」

「…………」

「どうかしました?」

「別に。お前が神妙に仕事してるのが不気味だと思っただけだ」

「そんな事言ったら、仕事熱心な大概の日本人が不気味な集団になっちまいますよ」

 

 何にせよ、準備がこんなに早く完了したのは彼のおかげではある。

 このまま今日一日静かでいてくれるなら、こちらとしてもとても助かるが――逆に大人しくしていればしているほど、何か企んでいるのではと怪しまなければいけない人間も存在する。

 その代表格たるウサミミは現在、ビーチパラソルの下で日差しを避けながら、心ここにあらずな表情でぽけーっと体育座りの真っ最中だった。

 各班ごとにISの装備試験を行うよう指示してから、千冬は箒に尋ねた。

 

「篠ノ之。お前の姉は一体どうしたんだ?」

「それが、今朝からずっとあの調子なんです。話し掛けても生返事しかしなくて……」

 

 山田先生経由で、束があの馬鹿と同じ部屋で寝たのは知っている。

 女子会(笑)中にメールを読む自分の顔を見て篠ノ之達が震え上っていたが――束のあの様子を見れば、二人の間に何かあったのは明白だった。

 問題はその『何か』がどの段階まで至っちゃったのか、だ。

 

「おい、束」

「んぃ……? どったのちーちゃん」

「昨日はお楽しみだったようだな」

「ぶほぉっ!?」

 

 カマを掛けてみると、必要以上の反応が返って来た。鼻から蒸気を出すのはこいつくらいだが。

 休憩中だった馬鹿はスポーツドリンクを吹き出し、運悪く近くにいた愚弟は打鉄の装備が入ったケースを足に落として絶叫し悶絶、耳聡いオルコットは早々に新装備である全長ニメートル超えのレーザーライフルを手入れし始めた。

 

「べべべ別にお楽しみとか、そんなのなかとですよっ!?」

「本当にか?」

「本当じゃとも! 楽しいのじゃなくて………………お、オシオキされただけだもん」

 

 言って、ほぅ……と溜め息。

 言葉とは裏腹に、同性の自分ですらゾクリとするほど『女』の色気を漂わせる親友。

 ああ、これは――

 

「ヤッたな」

「ヤりましたわね」

 

 青筋を浮かべてオルコットと共に断言してやると、周囲の時間が一気に凍り付いた。

 山田先生も篠ノ之も凰もデュノアも、ラウラや布仏でさえも――言葉の意味を知る者は皆一様に手を止めて顔を赤らめ、信じられない物を見る目で自分とオルコットを見やる。まだ足を押さえてのた打ち回っている愚弟を除けば、マイペースなのは手伝う仕事がなくなって砂の城作りに興じるラウラの妹達だけだ。ブルタング要塞とはまたマニアックな……。

 

「お、織斑先生、ヤッたって……」

「セシリア、アンタまで何言ってんの!?」

 

 お年頃な篠ノ之と凰が挙動不審になるが、こっちはそれどころじゃない。

 拷問……じゃなかった、詳しく問い詰めようと馬鹿を探す。

 

「さらばだ織斑君、また会おう!!」

 

 何処に用意していたのか――ジェットパックを背負った大馬鹿が、昭和の大怪盗みたいな台詞を吐きながら、崖を飛び越えて大海原に逃げようとしていた。

 つまり、逃げ出すだけの理由があるという事だ。

 

「オルコット」

「はい?」

「――殺れ」

「――はい」

 

 命令を受けたオルコットは迅速だった。

 二脚(バイポッド)代わりのコンテナにレーザーライフルの銃身を載せて固定し、豆粒ほどの大きさになったスケベの背中に照準を定めて――小さく息を一つ吐き、引き金を引いた。

 一筋の光が空を裂き、ジェットパックを正確に撃ち貫く。

 

「メインブースターがイカれただと! よりによって海上で……クッ、ダメだ、飛べん!」

 

 煙を吹きながら、殺虫剤を食らったハエみたいに崖の向こう側へ墜ちていく馬鹿。

 

「馬鹿な、これが私の最期と言うか! 認めん、認められるか、こんなこと――」

「スミス先生ー!?」

 

 オルコットは対物ライフルよりも長大な得物を軽々と右肩に担ぐと、とある超A級スナイパーを思わせる特徴的な眉毛と鋭い眼つきのまま、依頼完了とばかりに踵を返した。

 そして馬鹿の末路を告げる爆発音。

 

「Easyですわ」

「「「セシリアさんマジパネェ!?」」」

「……最近、セシリアが千冬姉化してる件について。超怖ぇ」

「教官みたいになる……素晴らしい事じゃないか。なあシャルロット」

「ラウラまでああなっちゃったら先生多分泣くよ?」

「さあ、無駄口はそれまでだ! 遅れた分を取り戻すぞ!」

 

 ほとんど千冬姉の無駄口が原因で遅れたようなもんだと思うけどなぁ――と、ボソッと漏らした愚弟を神威の断頭台で即座に黙らせる。

 砂粒を払って生徒達を睥睨すると、顔を真っ青にしてコクコクと首を縦に振り、落ち着きのない危なげな手つきで滞っていた装備のテストを再開した。

 

「ああそうだ、篠ノ之。お前はこっちに来い」

「私も殺されるんですか!?」

「そんな訳ないだろう、阿呆。……お前の姉から贈り物があるそうだ」

「そう、そうなんだよ! 束さんにとってはそれこそがメインなんだよ! さあさ皆の衆、目ン玉かっぽじってとくとご覧あれ! ポチッとな♪」

 

 いつもの調子を取り返すように、それまでの何やかんやを誤魔化すかのように、束は矢継ぎ早にまくし立てるとチープなデザインのリモコンのスイッチを押した。

 重苦しい音を立てて砂浜の一角が左右に開口し、下から何かがせり上がってくる。

 巨大ロボットでも緊急発進(スクランブル)しそうな雰囲気に皆が『おお~っ!』と注目する中、黄色い回転灯の光とサイレンを浴びながら姿を現したのは…………緑色が鮮やかなスイカだった。ご丁寧に氷水が張られた桶の中でキンキンに冷やされて――少し小振りだがまあ美味しそうではある。

 

「「「………………」」」

「……まちげぇた。後で皆で食べようと思って隠してたんだった。こっちだこっち」

 

 別のリモコンのスイッチを押すと同時に、今度は海面がゴボゴボと泡立つ。

 浮上したそれは銀色の巨大な箱で、上陸用舟艇のようにビーチに乗り上げると、正面の装甲板が倒れて内部に鎮座する機体が露になった。

 

「姉さん、これは……」

「これこそ夜も寝ないで昼寝して造った束さん謹製IS、その名も『紅椿』なのっさ! 箒ちゃんのイメージカラーに合わせて真紅にしました! 情熱の赤い薔薇、そしてジェラシーだね! 全ての性能が現行ISを上回ってるし、戦い方や条件にもよるけどいーくんの『黒灰の反逆者(ガンメタル・トレイター)』が相手でもそう簡単にはやられないと思うよ! 仮にも第四世代機だからね(・・・・・・・・・・・・)!!」

「「「今さらっと凄い事言わなかった!?」」」

「それとやっぱり女の子が乗る機体だから、肌年齢と体脂肪率測定機能とか、あとは花粉情報とか恋愛占いとかGPS対応お勧めグルメスポット情報とか盛り込んでみました! アプリも遊べるから刀剣○舞やFG○だってできるよ!」

 

 いらんいらん、特に後半がいらん。ISをスマホ代わりにするんじゃない。

 研究者連中が絶望しかねない重要な情報と、どうでも良い情報を一気に詰め込まれて、篠ノ之はおしどりのオスは実は浮気性だと教えられたような、何とも微妙な顔になっていた。

 

「ほにゃらば早速フィッティングとパーソナライズをやっちゃおう! ある程度箒ちゃんの体型に合わせてあるけど……大丈夫? おっぱいだけじゃなくてお腹回りとか増えちゃってない?」

「姉さんと違って節制してるから大丈夫です」

「あらやだ辛辣っ! 辛辣って文字見ると麻婆豆腐とか食べたくなるよね!」

「心の底からどうでも良いです」

 

 などと取り留めのない会話をしながら、束は空中にディスプレイをいくつも投影し、常人ならば頭がパンクしそうな量のデータに素早く目を通していく。同時に、空中投影型のキーボードも複数呼び出して指を走らせているのだが、そのどれもがピアノの鍵盤(キーボード)だったりするので、傍目からは音楽ゲームで遊んでいるようにしか見えない。

 

「ボォクぅぅぅぅドぉざえもーーーん!!」

 

 調整が終わるのを待っていると、水没した馬鹿が海から戻って来た。

 右手でズルズル引き摺っていた白衣を適当な場所に放り投げ、千冬の横に精根尽き果てた様子でごろんと仰向けに倒れる。

 

「いやもう、白衣(アレ)着て泳ぐもんじゃないですね。重くて死ぬかと思った」

 

 この人が戻った事に気付いていないのか――そんなはずはないから、おそらく恥ずかしくて顔を合わせられないだけだろうが、束は妹の関心を引こうとしたり、愚弟が展開した白式を弄ったりと忙しい振りをして、こちらに視線を向けようとはしない。

 実際の言葉はなくとも、真っ赤に火照った耳とうなじが雄弁に物語っていた。

 

「……お前は、あれをどう見る?」

「あれ、と言いますと……」

 

 陽光を受けて輝く篠ノ之の紅椿。

 他ならぬ束本人が『第四世代機』だと宣言した即時万能対応機(リアルタイム・マルチロール・アクトレス)

 第三世代機開発に躍起になる各国を嘲笑するかのような、生みの親の傍若無人な気質を形にした現状トップクラスの性能を持つ機体――その情報的、技術的価値は小国の国家予算に匹敵する。

 そんな代物が、一人の少女に与えられた。

 篠ノ之の身の安全も含めて、学園に帰ったらまた大忙しになる事は明らかだった。

 馬鹿もそれが分かってるらしく、大の字になったまま頷き、真剣な口調で言う。

 

「美味しそうですけどちょっと小振りですね。山田先生のおっぱいの方が大きい」

「スイカじゃなくてISの話をしとるんだ馬鹿たれ! もう一回泳いでこい!!」

 

 蹴り飛ばした。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 崖の上から学園の連中の動向を覗き見ていると、携帯にスコールから着信があった。

 

『ハロー、おはようオータム。日本(そっち)の様子はどう?』

「……馬鹿が海に蹴り飛ばされた」

『つまり異常なしって事ね』

 

 水切りの石のように十二回くらい跳ねて、尻と背中が三分の二ほど出たうつ伏せ状態でぷかぷか浮かび、普通なら溺死するそれ以前に蹴りの一撃で確実に死んでいるはずの光景を『異常なし』と言うなら、異常なしの平常運転なのだろう。すっかり慣れてしまった自分も含めて。

 

「ああそれと、ウサミミ女が妹のために第四世代のIS組み立てて持って来たっぽい」

『あらそうなの、プレゼントにしては奮発したわねぇ…………………………ダイヨンセダイ?』

「私が読唇ミスってなきゃそう言ってたぜ。早口で読みにくいんだよなぁあの女」

『ちょっ、ちょっと待って、待ってね――熱ぁっ!?』

 

 電話の向こうで書類の山が崩れる音やカップが割れる音。

 一方、茂みに潜むオータムの頭上では、件の紅椿が試験飛行に入っていた。

 右に握った刀で刺突を繰り出すと、周囲に光の球体が無数に出現してミニガンのように漂う雲を貫き飛ばし――左の刀を横薙ぎに振るい、帯状に広がった攻性エネルギーで十六連装のミサイルを一度に全て撃ち落とした。

 対単一、対集団のどちらでも相手取れる武装か。

 

「はしゃいじゃってまぁ。スコール……こっちもそっちと同じくらい騒がしくなってんぞ」

『そ、そうなの!? あ、エム、丁度良かった! コーヒー拭くの手伝って!』

 

 受話器まで放り投げたのか、遠くで『ああもう徹夜で仕上げたのにー!』と嘆くスコール。

 もう第四世代とかどうでも良さそうだった。

 実際オータムも、IS乗りとして自分でも驚くほど興味が湧かなかった。

 拳銃だろうと戦闘機だろうとISだろうと、どれだけ性能が高かろうが、結局はそれを使う人間の腕前が戦場での勝敗を決める。スペックばかりにかまけて天狗になっているあの調子では、仲間を見殺しにしてしまうのは目に見えていた。

 何より、そこらの量産機に乗っても第四世代以上に強い馬鹿を――自分は知っている。

 

『……もしもし、オータム?』

「あぁ? お前……エムか? スコールは何してんだ?」

『今日の会議で使う資料がコーヒーで駄目になったとかで、慌ててプリントアウトしに行ったぞ』

「あっそ……」

 

 入社したてのOLかあいつは。

 どちらかと言えばお局さん側だろうに。

 

「んでお前は何の用なんだよ。私と仲良く長電話な間柄でもねぇだろ」

『私もそこまで暇じゃない。今本部(こっち)に届いた情報をお前に伝えろとスコールに頼まれただけだ』

「ああそうかよ……………ちょい待て、下でも何かあったみたいだな」

 

 今まで紅椿が飛ぶ上空ばかり注視していたが、下の砂浜に目を向けると、織斑千冬に駆け寄った眼鏡ホルスタインが慌てた様子で小型端末の画面を指差しているのが見えた。

 二人はすぐ手話に切り替えたが、寸前にかろうじて読めた口唇が状況の悪さを語っていた。

 

「特命……対策……ハワイ沖……機密……?」

『ハワイ沖だと?』

「らしいぜ。ガキ共に伝わらないよう手話まで使ってるし、大事なのは確かだな」

『タイムリーだな。こっちの情報も恐らくそれだ。読み上げるぞ』

 

 エムから伝えられた情報は、オータムを辟易させるには十分な内容だった。

 ハワイ沖で試験稼働中だった『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』――その暴走。

 アメリカとイスラエルが共同で開発したという第三世代型軍用ISが、あろう事か制御下を離れて洋上を勝手気ままに動き回っているのだとか。

 それだけでも十分性質の悪い冗談なのに、その始末を専用機を持っているだけ(・・)のガキンチョ達に付けさせようとしているのだから、お粗末にもほどがあり過ぎて呆れる事すらできない。

 

『潜り込んでいる鼠の話じゃ、米軍上層部は電気椅子の前の死刑囚より真っ青になってるそうだ』

「だろうよ。じゃじゃ馬がこの調子で領空侵してその辺の都市を砲撃してみろ。国防総省(ペンタゴン)どころかホワイトハウスのお偉方全員の首がシャンパンのコルクみたいに吹っ飛ぶぞ」

 

 共同開発と言ってもコアやプログラム関係は合衆国(ステイツ)主導で大きな顔していただろうから、無理に難癖つけてイスラエルの責任にするのも苦しいものがある。

 世界の警察(ワールド・ポリス)世界の笑い者(ワールド・フーリッシュ)になるのは時間の問題だった。

 

『近海を航行中だったり日本に駐留中の米軍が戦闘に介入する可能性は?』

「私の勘じゃあほとんどゼロだな。ブラックバード(SR-71)ほどじゃないにしても、超音速で飛んでる奴を追って狩れるだけのISや装備が出張組にあると思うか? んなもんがあったら試験中も隣に置いて領空から取り逃がす前に撃墜なり捕獲なりしてたはずだろ」

『……確かに。そもそも、現行機の性能を超えるよう開発されたのが福音な訳だしな』

 

 そこらのISじゃ止められないか――と。

 エムの言葉を何気なく聞いていて、突然、頭の中で歯車が噛み合ったような気がした。

 そうか……だから今なのか(・・・・・・・)

 

「…………」

『オータム?』

「ああ悪ぃ……考え事してた。対岸の火事に水ぶっ掛けに行く必要もねぇし、組織(うちら)が動くにしても福音が停止した後だろ。私はこのまま静観するっつー事で、仕事があるならまた連絡してくれってスコールに伝えとけ」

『分かった。お前は存分に休暇を満喫するが良いさ。……それじゃあな』

 

 携帯をポケットに戻し、改めて下に広がる砂浜を見た。

 織斑千冬の一喝を受け、テスト装備やISを片付けて旅館に戻ろうとする少女達。その喧騒の中に銀髪のチビ共を集めて指示を出す天災の姿もある。

 娘達に心からの笑顔を向けるその裏で、人を人とも思わぬ悪事に平然と手を染める。

 

「……まるでマフィアのボスだな。つくづく食えねぇ女だ」

 

 全くもって、悪の組織に身を置く自分が言えた事ではないのだが。

 嵐の前の静けさなのか――荒れる気配のない紺碧の海と空が、オータムには不気味に見えた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「無理だな」

 

 旅館最奥の大座敷――風花の間。

 大型のホロディスプレイが浮かぶ急ごしらえの対策本部にて、私は少年からの推薦を一蹴した。

 

「でも俺達の中じゃ先生が一番……」

「強くて確実ってか? 否定しないが問題はそこじゃねぇ。戦う場所と条件を考えろってんだ」

「戦う場所……って海の上ですよね?」

「そうだ。ゲームクリアの条件は福音の撃墜あるいは捕獲、そして――」

「――意識があるかも分からない操縦者の救出、よね」

 

 言葉を引き継いだおチビに、私は軽く頷いた。

 人命第一、お優しくて大変結構。その優しさ(デレ)をもう少しだけ少年にもくれてやれ。

 

「幻滅させるようで悪いがな、はっきり言って、ランスローは救助活動には向いていない。敵をぶっ潰すためのゴリッゴリの殲滅用だ。さらに海上ってのが最悪極まりない」

「それってどういう……?」

「……こいつの馬鹿力も十八番の能力も使えないという事だ。それくらい気付け未熟者」

「うぐ……」

 

 それまで成り行きを見守っていた姉上様が、弟の察しの悪さに呆れた様子で口を挟んだ。

 

「私のスタイルは基本的に少年の白式と同じ近接戦闘。今すぐ準備できるテスト用の遠距離装備を使い回す事も…………まあできない訳でもないが決定打に欠ける。ミサイルにしがみ付くなりしてどうにか接敵できたとしても、機動特化の特殊射撃型が相手じゃこっちが殴る前に距離を取られてそれで失敗――ヒグマがジャンプして鷹と戦おうとするようなもんだ」

単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)が使えないのは、重力で空から墜としても拘束できる地面がないからだな」

「それに、先生も重力の影響を受けるから海に沈んじゃうよ」

 

 うーちゃんもデュノア嬢ちゃんも、理解が早くて先生助かるわぁ。昔の私も見習えよ、と。

 

「相手が本当に私の敵なら、最悪空中で抱き締めて、そのまま一緒にエイハブ船長に会いに行けば良い話なんだが――暴走してる福音はともかく操縦者はまだ敵じゃない。エネルギー切れか何かの拍子に福音の絶対防御まで解除されてしまったら、操縦者は水圧で潰されて死ぬか溺れて死ぬかのどちらかだ。その可能性がある以上、今回ばかりは私も使い物になりゃしねぇよ」

「おまけに、この馬鹿はアメリカを含めた世界中から目の敵にされている。最重要軍事機密である福音の撃墜までこいつの手で行われてしまえば、今度こそ各国も強硬手段に出かねない」

「……ではやはり、一夏さんの零落白夜による一撃必殺が最善手ですわね」

 

 オルコット嬢の一言が決め手で満場一致となり、織斑先生もそれを採用。

 当初は、ブルー・ティアーズに強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備させたオルコット嬢が少年を運ぶ算段になっていたのだが――カラオケ用に置かれていた大型テレビからたばちゃんが貞子のように現れ、今作戦に紅椿が如何に適しているかを熱弁したため、最終的には少年と武士っ娘のツーマンセルで福音に挑む事となった。

 

「………………」

「どうしたよ少年、黙りこくちゃって。賢者タイムか?」

「んなワケあるかぁっ! 実戦だから緊張してんですよ!!」

「いざ始まったら緊張する暇もねぇよ。なぁに心配するな、しくじってもたかが死ぬだけだ」

「そうですね畜生!」

 

 

 

 

 ――そんな会話をしたのが、今から三十分ほど前の事。

 

 

 

 

 で、現在の時刻は午前十一時四十分ちょい過ぎ。

 

「おー、やられたやられた」

 

 制限解除したハイパーセンサーが、白式と紅椿が爆発に呑まれて海に墜ちるのを捉えた。

 福音の予想以上の攻撃力と回避性能、少年と武士っ娘の実戦経験の乏しさ、密漁船の発見というイレギュラーな事態に直面してのコンビネーションの齟齬――それらが積み重なって、記念すべき第四世代機の初陣は拭いようのない黒星を飾ってしまった。

 タイムパラドクス的な問題で私が消えてないのだから、少年も死んではいないだろう。

 後はこのまま再戦の時が来るのを待ち、少年が『第二形態移行(セカンド・シフト)』を、武士っ娘が『絢爛舞踏』を発現するのを見届ければ良い。

 

「ヒデェ先公だな。生徒が怪我したってのにこんなトコで高みの見物かよ」

「野次馬なのはお互い様でしょう、レディ?」

 

 戦場が見える崖の上――背後に生える木々の合間から、秋姉が姿を現した。

 花月荘も含めて、周囲一帯の空域と海域は訓練機に乗った教師陣で封鎖済みだが、事件が起こる前からその封鎖区域の中にいた秋姉には何の意味もなさない。どれだけ念入りに宿泊客の出入りを監視していたとしても、潜入工作が本職の彼女にとっちゃ『ご自由にどうぞ』だ。

 私の隣に立ち、最新式の軍用単眼スコープを覗き込んで秋姉はぼやく。

 

「あれが噂の福音かよ。派手っつーか何つーか……」

「八本足のタコ型ド派手IS使ってる人の言う台詞でもないと思いますけどねぇ」

「タコじゃねぇ蜘蛛だよ。三味線屋の勇次みてぇに首吊りすんぞコラ」

 

 どうして日本屈指の時代劇に詳しいんだろうかこの人は。

 

「テメェが手を出さなかったのは、あのウサミミに頼まれたからだろ?」

「必要だと思ったから――なんて言われちゃ余計な茶々を入れる訳にゃいかんでしょ」

「はぁ……やっぱりこいつは『お披露目』だったか。やる事なす事いちいち無茶苦茶だなあの女」

「妹の晴れ舞台だから豪勢にしちまったんでしょ。白騎士事件に比べたら、ISが暴走してるだけでミサイルが何百発も飛んでは来ないし、これでもまだ控え目な方だ」

「あん時はうちんトコの上層部も相当泡食ったらしいぜ。巻き添えにはなりたかねぇな」

 

 福音が沖合へと飛び去り、駆けつけた先生方の手によって満身創痍の少年と武士っ娘が海中から救助されたのを確認して、私はハイパーセンサーを切った。

 秋姉はまだ崖の際で海を見ている。

 風に弄ばれる髪を押さえるその姿は、非常に絵になる光景だった。

 この人も何気に凄い美人なんだよなぁ。

 

「……んだよ、私の顔見て呆けやがって。惚れちまったか?」

「こんな状況でもなきゃデートに誘いたくなるくらいには、ね」

 

 見るものも見たし旅館に戻ろうかと考え、私は秋姉を残して林の中に入ろうとした。

 

 

 

 

 ――その時、どうして足を止めて振り返ったのか、理由は自分でも分からない。

 

 

 

 

 漠然と、ただ何となく、心の何処かで『行っては駄目だ』と叫んでいるかのような感覚。

 自分の直感が即生死に繋がる職業柄、この手のイヤナヨカンには素直に従うようにしていた。

 振り返った先、立ち去る私を見送るつもりだったらしい秋姉の背後に――

 

『――――――』

 

 ――それ(・・)はいた。

 

「秋姉ぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

「きゃっ!?」

 

 秋姉の手を掴み、位置を入れ替えるように、彼女を海とは反対側に投げ飛ばした。

 刹那。

 

「ぐぅっ!?」

 

 後ろから前へ、身体を貫き抜ける激痛。

 肉を突き破って左胸から生えた、私の血に塗れた見えない(・・・・)刀身。

 口から溢れた血が邪魔で、逃げろ、と秋姉に上手く伝えられたかも分からない。

 刀が引き抜かれてバランスを崩した私は、そのままたたらを踏むように崖下へと身を躍らせて。

 

 

 

 

 ――意識を手放した。




今回のリクエストは、

 パトラックさんより、

・「戦いたいから戦い、潰したいから潰す」「俺達に大義名分など無いのさ!」(マジンカイザーSKLより)

 蒼空奏さん、紅葉@夢想家さんより、

・「メインブースターがイカれただと!? よりにもよって海上d(ry」
・水没王子の有名なアレ(ACシリーズ)

 山猫二号さんより、

・ゴルゴ13のコスプレをするセシリア

 オイオイヨさんより、

・ISでスイカ割り
・「Easyですわ」(手裏剣戦隊ニンニンジャー:加藤クラウド八雲)

 ヌシカンさんより、

・「ボォクぅぅぅぅドぉざえもーーーん!!」(行け!稲中卓球部:前野)

 昆布さんより、

・ケツと背中の下3分の2ほどが水上に出るようにしてうつぶせで水面にぷかー。(ガンダムW:ヒイロ・ユイ)

 でした。

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