織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ―   作:久木タカムラ

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風音ユウさんより誤字報告と訂正をいただきました。
この場を借りてお礼申し上げます。


041. 旗立て少年と旗立て中年

「ほんぢゃあまあ! 気を取り直して第二競技を始めちゃうぜぃ!! 文句あっかコラァ!?」

「「いや、別に何も言ってないッスけど」」

 

 荒れる気配の欠片もない澄んだ青空と海原の中に、たばちゃんの溌剌とした声が響く。

 私に辱められてヤケクソになったムッチリ兎さんもエロ可愛いからまあ良いんだが、開き直って何やらかすか分からんのが不安要素だわな。この水着のおじょーちゃんだらけの運動会に関してもたばちゃんの完全な独断だし、私と少年の今の格好も何ぞコレってな具合だ。

 

「……お子様ランチのチキンライスにでもなった気分です」

「そう言いなさんな少年。私らより『旗』の似合う男はまずいねぇぜ? 色んな意味で」

 

 決闘を始めるガンマンのように背中合わせに立ち、旗付きの水泳帽を被らされた私と少年。

 砂浜にずらりと並ぶのは、うつ伏せに寝そべる幼女と女子高生の尻、尻、尻。反対側――少年の目の前にも同じ光景が広がっている。私らに見られて恥ずかしいのは分かるけども、タ○リ倶楽部でもあるまいし、尻をもぞもぞ揺らさないでほしいなぁ目の毒だし揉みたくなるから。

 旗、砂浜、うつ伏せとなれば、これから何をするのかはお察しの通り。

 

「第二競技の内容は『人間ビーチフラッグ』だじぇ! ルールは単純明快、いっくんといーくんの頭に付いた旗を最初に取るか、さっき配った水鉄砲で撃ち落とした人が勝ち! でもそれだけだと普通のビーチフラッグとあんまし変わらなくて面白くないから、いっくん達は旗を取られないよう頑張って逃げ惑ってね!」

「何の因果で逃げ惑わなくちゃいけないんですかね、俺達……」

「ふん――贅沢な愚痴だなオイ。水着のおねーちゃん達に追い回されるどころか、石コロみたいに見向きもされない野郎共がこの世にゃ何千何万といるってのに」

 

 にしても水鉄砲……水鉄砲、ねぇ。

 少なくとも私の曇りなき目ん玉には――インクで塗り潰し合うイカしたシューティングゲームのブキにしか見えないのだが、まあ液体を飛ばすって点では同じだから別に良いか。バケツやフデやローラーまで『鉄砲』と定義できるかどうかは無視する方向で。

 競技に参加しているのはくーちゃんうーちゃん以外の銀髪娘十人と、クジ引きで見事に当たりを引いたお嬢さんら十九人、そして特別参戦させられた秋姉の計三十人だけだ。それが十五人ずつに分かれて私と少年を挟み撃ちにする構図になっている。

 あまり大勢でしても怪我の元だし、そもそもこの競技に限っては、初めて外に出た幼い愛娘達に楽しんでもらいたいという――たばちゃんの母性本能全開な親心の意味合いが大きい気もする。

 

「でもどうしてビーチフラッグに水鉄砲?」

「そりゃあれだろ、少年の水着が濡れると溶ける材質でできてるから」

「どーりで腰回りに違和感あると思ったよ! よく見りゃ買ったのと微妙にデザイン違うし!!」

「ハッハッハッ、すり替えておいたのさ!」

「いーくん、それスパイダーマンやない、デッドプールや!」

 

 おや、私とした事が使うコスプレを間違えてしまった。だって似てるんだもん――とか言ったらアメコミファンからのブーイングは必至だ。つーかこのマスク蒸し暑っ。

 

「やっぱ貴重な水着回だし、たばちゃんだって『ポロリもあるよ』って言ってた訳だし、どっかでポロッとかないと看板に偽りありじゃん? 有言不実行じゃん?」

「ポロリどころか全面開放じゃねぇか! 俺じゃ誰の得にもならんでしょ!!」

「そいつぁどうかなぁ……」

 

 外れクジを引いた子達は観戦組に回り、勝者を予想してポイントを得る仕組みになっている。

 裏で少年のポロリ情報を流したおかげなのか、息を荒く吐き、携帯やら望遠仕様の一眼レフやら表紙に『冬コミ用』と書かれたスケッチブックやらを構える水着のお嬢さんズ。鼻血を流しながらぼそぼそと呪詛のようにカップリングを呟く様子は――色々とアカンかもしれない。目が熟練したスナイパーのそれになっちゃってるし。

 余談だが、少年ラヴァーズは狙い澄ましたように外れクジを引かされて観戦組である。

 

「と、とにかく別の、代わりの水着とか持ってないんですか!?」

「あるっちゃあるよ。葉っぱと貝、どっちにする?」

「よりによってその二択!?」

 

 貝の方が形状的に収まるっつーかフィットするからオススメです。

 ブリーフ派かトランクス派か……どちらにしてもポジショニングは大事だよねって意味で。

 

「いやぁ、実は部屋で一度試着してみたんだけどもね? オッチャンの場合、女の子に披露したら確実に国家権力のお世話になっちゃいそうでさ、考え直したんよ」

「そんなのを俺に押し付けないでください……」

「バナナの葉とかでフンドシっぽくすれば良かったかなぁ」

「もはや原住民!?」

 

 ともあれ。

 

「諦めろ少年、今からじゃ着替える時間もない。何とか濡らされないようにするんだな」

「ひ、他人事だと思って……!」

「さあ果たしていっくんは宝物をポロッちゃうのか!? そして勝利の旗は誰の手に!? いくぞ小娘共、インクの貯蔵は十分か!? 求めよ、さらば与えられん!! ネタが欲しけりゃ力ずくで剥ぎ取ってその目に焼き付けるのじゃー!!」

『おおー!!』

「それではよーい……スタート!!」

 

 ボパンッ、と。

 たばちゃんのウサミミがクラッカーのように破裂し、秋姉の代役で解説席に座らされた姉上様を紙テープお化けに変えたのと同時――女戦士達は一斉に起き上がり、ブキを構えて走り出した。

 一方、うちの可愛いちびちゃんズはルールをそれほど理解していないらしく、まるで見当違いの方向にインクを撒き散らし――予想外の襲撃に観戦組やたばちゃんが悲鳴を上げていた。

 

「びゃあああっ!? 違う違う、ママじゃなくてパパにバシャーするんだよ!? ちなみに人体や自然に配慮して無害な特殊インクを使用しております! 主に食紅とか!!」

「ドッキリ番組で下にちっちゃく出るテロップみたいだな」

「のんびり言ってる場合じゃないでしょ先生!! もう囲まれちゃいますよ!?」

 

 少年が言うように旗……っつーかもう完全にポロリ目当てのお嬢さんらは、統率の取れた動きで私と少年の包囲を進めていた。どうやら一人一人無計画に突っ込むのではなく、大人数で逃げ場を塞いでから徐々に範囲を狭める算段のようだ。目が血走ってる割に冷静だねぇ。

 

「くくっ、織斑君にスミス先生、潔く我らが潤う為の生贄となるのじゃー! 者共かかれぃ!!」

『ヒャッハー! そのパンツ寄越せやコラー!』

「さぁてさてさて、てな訳で第二競技が始まりましたが――どうでしょうか、紙テープとインクでとんでもない姿になっちゃってる解説のちーちゃんさん、気になる子はいらっしゃいますか?」

「……とりあえず束、後で一発殴らせろ」

「いやん、ちーちゃんったら情熱的っ! でもそこが好きっ!」

「もうヤダこの学校ー!!」

 

 会話が通じているようで噛み合ってない逸般人コンビはさておき。

 少年が嘆いたくらいで我を忘れたアマゾネス連中が止まるはずもなく、四方八方から膨大な量のインクが降り注ぐ。分かっちゃいたけど誰一人として旗取る気ねぇなオイ。

 んでもって、マイペースに遊んでいた銀ちび軍団もママの説得でやる気になったようで、装いも新たに参戦の気配を見せる――のは良いんだけど何だろうねあの格好。

 

「パパ見てー、パパの着てるのと同じー!」

「うんそうねー、でも暑くないー?」

「だいじょぶー!」

「大丈夫そうに見えねぇから聞いてるんだけどなぁ……」

 

 白衣と特攻服。

 まあ似てるっちゃ似てるが――せめてもう少しサイズ合わせてあげたら良かったんじゃないかねたばちゃんもさぁ。袖とか余りまくってミニのほほんさんみたくなってるし。背中の『月兎組』の文字も何と言うか……バスターズか? 退治(バスター)されちゃうのか私?

 あ、さーちゃんに裾を踏まれておーちゃんがコケた。

 

「うぇぇ。パパぁ、目に砂入ったぁ……!」

「ああもう、だから言わんこっちゃない。擦るな擦るな、取ってやるからおいで」

「あーい」

「この状況でよく普通に会話できますね!? しかも避けながらとか!!」

 

 そこはそれ、大人の余裕って奴よ、少年。

 

「くぅ……やっぱりスミス先生には当たらないわね!」

「諦めないで! 何時かは隙ができるはずよ!」

「ふぅはははっ! ちょろいっ!! 少年とは違うのだよ、少年とは!!」

 

 嘘泣き用に持ち歩いている目薬で砂を洗い落としてやり、そのまま無抵抗の子ウサギを捕獲してテディベアのように両手で持ち上げる。高い高ーい。

 ふむ、子ども用のオモチャだからか、おーちゃんの体重を含めても見た目より軽い――とにかくブキも手に入ったし、そろそろ反撃といきますか。

 

「どぉぉぉらぁぁぁぁ!! おーちゃん撃て撃てー!」

「はーいっ!」

「きゃああっ!? 撃ち返してきた!?」

「だっしゃぁぁぁぁ!!」

「ちょっ、先生何で俺までぶふぉぁっ!?」

「これも戦略のうちよ! そいやっさぁぁぁ!!」

「衛生兵、衛生兵ー!! ボーデヴィッヒさんの妹の裏切りであるぞー!!」

 

 阿鼻叫喚である。

 うちの娘っ子達も目つぶって闇雲にぶっ放してるし、もう誰が誰の敵なのやら。

 

「パパ当たってーっ!」

「しかし当たらぬぅっ! 秘技、少年バリヤー!!」

「やっぱりかぁぁぁぁ!! でも海パンは死守!!」

 

 雄叫びを上げ、股間周辺を防御しながらインクを浴びる若かりし頃の私。変態か。

 

「おいコラ審判、じゃねぇ司会! 旗役が攻撃してくるってそんなのありか!?」

「ふーんむー……撃ってるのはいーくんじゃなくてあくまでおーちゃんだからなぁ。普段は勝気でお姉さんぶってるけどぉ、実はだぁい好きないーくんに甘えたくて構ってほしくて――自分の事もちゃんと見てもらいたくて仕方がないんだよねヘバアッ!?」

 

 赤くなった秋姉がその剛腕でバケツをぶん投げ、頭部に直撃したたばちゃんがウサミミ博士からウサミミバケツ博士にメガシンカした。バケツを被った後にウサミミを装着し直すあたり、彼女の芸人根性も中々のもの――着ているのが露出高めの水着だから余計にシュールだ。

 バケツヘッドをガコガコ揺らしながらたばちゃんは叫ぶ。

 

「な、何するのさオーちゃん!?」

「うっせぇ!! 今明らかに別の誰か(・・・・)の事を言ってたろうが!!」

「そいつぁ気のせいって奴だぜぇオーちゃん!! 私はオーちゃんじゃなくておーちゃんについて熱く語ってるだけで――仮にオーちゃんの事のように聞こえたとしてもそれはオーちゃんの主観に過ぎないのであっておーちゃんとオーちゃんはおーちゃんがオーちゃんという訳でもオーちゃんがおーちゃんという訳でもないんだよっ! それとも何かい? 思い当たる節でもあるのかな?」

「ぅぐっ……」

 

 臨海学校とは無関係なはずの秋姉を巻き込んだ時点で、たばちゃんが彼女に興味……っつーより子どもみたいな悪戯心を抱いていると分かっていたが、弄り方がどうにも普段のたばちゃんらしくないんだよなぁ。オルコット嬢を泣かせた時のような心の余裕がない、とでも言えば良いのか?

 原因に心当たりがあるっちゃあるけども――自意識過剰だったら恥ずかしいから自重しよう。

 何にせよ、たばちゃんと秋姉の一連のやり取りを見て、インクべったべたのもずく妖怪と化したうちの姉が色々と把握しちゃったらしい。夫の浮気を疑う春日部市在住の主婦(29歳)みたいな目でワタクシめを睨んでらっしゃる。

 

「あの、束さん!? これって俺らが旗取られるまで終わらないんですかねぇ!?」

「そりゃビーチフラッグだもん当然でしょ。でも、んー……いーくんが反撃するのは読めてたけどいっくんも意外にやりおるね。だったら旗をゲッチュした強者にはいーくんかいっくんのほっぺにチューできるご褒美も追加しちゃおう! ほれほれエサが増えたぞ皆の衆!!」

 

 少年の余計な一言で地獄が追加された。

 銃撃が一瞬止み、悲鳴に近い大歓声が砂浜を波立たせる。

 

「……少年、てめぇ自殺願望でもあるのか?」

「……俺も言ってから激しく後悔してます……」

 

 参加者にとっては願ってもないボーナスかも知れないが――その中に織斑先生もオルコット嬢もおチビもデュノア嬢ちゃんもうーちゃんも含まれてない事を忘れてはいけない。

 

「一夏ぁ! 何が何でも死ぬ気で逃げなさい!! じゃないと――殺すわよ!?」

「さらっと恐ろしい事言うなお前!?」

 

 今回ばかりはおチビの言う事を冗談と笑い飛ばせない。

 もし万が一、旗を奪われてほっぺにチューされた場合、私と少年を待っているのは斬撃や狙撃や青龍刀やパイルバンカーや砲撃での公開処刑である。姿の見えない篠ノ之嬢ちゃんも後で知ったら介錯の準備を始めるだろうし、秋姉なんぞはその場で発砲しかねない。

 いよいよこのゲーム、終わりが見えなくなってきやがった。

 

「本当にどうします!? もう足が限界なんですけど!?」

「パパー、お水出なくなっちゃったー」

「おまけにおーちゃんはインク切れ……万事休すだねぇ。力で制圧する訳にもいかんし……」

 

 私らが殺されずに済む方法――ない訳ではないが、エンターテイナーを自負する身として観客を落胆させる手はあんまり使いたくないんだよなぁ。かと言って、何時までも避け続けたらそれこそ千日手だし、臨海学校初日の貴重な自由時間を使わせてもらっている以上、双方が納得するような単純明快な決着が一番好ましい。

 好ましい……のだが、うーん。

 

「…………しゃーない、観念してブーイング食らうかぁ。少年、一瞬で良いからそこ動くなよ」

「はい?」

 

 思い立ったら即実行。

 抱いているおーちゃんに負荷を与えないよう柔らかく静かに、しかし目標物までの最短の軌道に沿って下から上へ――身体を回転させた薙ぎ払いの動きで右足を伸ばす。

 この変則ビーチフラッグ、手段はどうあれ旗を奪取すれば勝者になれる。

 そしてたばちゃんは『旗役が旗を取ってはいけない』とは言っていない。

 要するにだ――私が少年の、少年が私の旗を取っちまえばゲームは終わる! 男同士でほっぺにチューなんぞするのもされるのも御免だが、そんな権利は放棄しちまえば良い!!

 

「苦情なら後で受け付けてやる! とにかくこの競技、勝ちは貰った――」

「あ、言い忘れてたけど、旗役同士で旗を取ったりしたら無理矢理にでもチューさせるからね?」

「――と見せかけてくたばれオラァ!!」

「ぶへっ!?」

 

 寸前で軌道を下方修正。

 頭部をかすめながら旗を取るはずだった右の足刀――それを顔面に受けた少年がバドミントンのシャトルみたいに綺麗な放物線を描き、そして落ちた。

 …………えーと。

 

「とりあえず、少年狙うなら今がチャンスだぞー?」

「いやいやいやっ、アンタいきなり何しやがるんスか!?」

 

 あ、生きてた。

 若いからか、流石のしぶとさと生命力――十数年後には裏の世界で『ホワイトコックローチ』と恐れられるだけの事はあるなぁじょうじじじ。

 こちらに詰め寄る少年を手で制し、これまでに得た情報を簡潔に伝える。

 

「まあ落ち着くのだ少年。たった今、どう足掻いてもチューされんと終わらん事が判明した」

「落ち着ける要素皆無!? それ言うためだけに蹴り飛ばしたと!?」

「じゃあ私にチューしたりされたりするか?」

「死んでも嫌です!!」

「私だって嫌だよ」

 

 さて、進退窮まったとはこの事か。

 おーちゃんに当たらないよう無理な体勢を続けてたから、腰も悲鳴を上げ始めてヤバい。

 

「パパ、旗ってこれ?」

「そう、それそれ……」

「…………」

「…………」

「…………?」

 

 少年と間抜け面を見合わせてから、もう一度おーちゃんを見る。

 ちょいとおーちゃん、その手に持っている物は一体なぁにかな?

 

「旗っ!」

「……何時取った?」

「今っ!」

 

 むふー、と私に抱きかかえられながら、両手に一本ずつ持った旗を誇らしげに振るおーちゃん。

 自分が勝者だと自覚している風もなく、私の関心を引きたくてつい取ってしまった――ついでに少年のまで取ったのは勢いか、それとも一本より二本の方が良いと幼いなりに考えた結果なのか。

 

「おおーっと! これは大番狂わせ、いや予想通りか!? 競技そっちのけでいーくんにべったり甘えてたおーちゃんがまさかのダブルキル! 無邪気、故に無敵! いーくんの父性をくすぐって見事に勝利をもぎ取りました!」

 

 たばちゃんが競技の終了を告げてホイッスルを高らかに鳴らし、ブキを下ろした参加者側からは落胆の声が、ギャラリー側からはおーちゃんを称える黄色い歓声が上がった。一際喜んでいるのはおーちゃんが勝つのに賭けた子達かね? 

 一方、当事者のおーちゃんは現在の状況がいまいち分かっていないようで、他の姉妹達と一緒に疲れて寝転んだ少年を囲って遊んでいた。鼻や耳の穴に旗を挿し込んでみるとか、将来の有望性を感じさせる高尚な遊びだな。けどパパが寝てる時にはやらないでね、お願いだから。

 

「そいじゃお待ちかね! 頑張った――かは微妙だけどおーちゃんにはご褒美じゃ!」

「ごほーび!?」

 

 何かもらえると勘違いしてるらしいおーちゃんを、たばちゃんが私の顔の高さまで持ち上げる。

 いやあのね、おーちゃん? パパはあげる側じゃなくてされる側だから、ンなキラキラした目で見つめられてもどうにもならないのでありますのコトよ?

 でも実際、年頃のお嬢さんらにされるよりかは姉貴もオルコット嬢も怒らない気がする。つーか幼い娘にキス(しかも頬に)されてるのを見たくらいで怒るほど子どもじゃないと願いたい。

 

「あ、いーくんっ!!」

「ん?」

 

 などと、織斑先生に意識を向けたのが不運だったのか。

 視線を戻した時にはもう手遅れで、軽く触れる程度の拙いキスをおーちゃんから頂戴した。

 …………唇に。

 

「うぉぉぉぉい!? おーちゃんオヌシなんばしよっとね!?」

「にゃ? だってママがパパにチューしていーよって」

「ほっぺにね!? く、唇になんてママだってした事ないのにぃぃっ!! ――いーくんっ!!」

「はいな」

「今からでも遅くないじょ、さあ束さんともブチューっとぎゃん!?」

 

 タコのように唇を突き出して迫るたばちゃんだったが――唐突に倒れ伏し、その背後には彼女の後頭部に大きなタンコブを作った張本人が君臨なさっていた。

 言わずもがな、織斑家の最終兵器こと我が愛しの姉上様である。

 インクを乱雑に拭い取った形相は鬼と見紛うほどに凄まじく、愛用のブレードも何時にも増して妖刀じみた迫力を漂わせている。

 足元でおーちゃんが『ママ、おもいー!』と苦情を言っているけれども、残念ながら救いの手を差し伸べる事は今のパパには不可能な訳でして。ってか助けてほしいのはパパの方なのよ。

 

「……あの、織斑先生? 子どものした事ですし、海外では挨拶程度ですから……」

「分かっているさ……ああ分かっているとも。分かってはいるんだが――その子どもが羨ましいと思ってしまう自分に無性に腹が立つ!! ムシャクシャするから斬らせろ!!」

「何そのジャイアン理論!?」

 

 オルコット嬢の方を見れば、ハムスターみたいな膨れっ面でそっぽを向き。

 秋姉も秋姉で、私にだけ見えるように親指を下に向けて不機嫌具合をアピール。

 目を回したたばちゃんはくーちゃんズにズルズル引きずられて回収されちゃったし、白刃取りで対抗する私の味方は誰もいないようだった。

 

「ちょっと一夏、アンタ大丈夫? 鼻と耳から旗生えてるけど」

「あ、あんまり大丈夫じゃない……」

「あはは……でも何もなくてホッとしたかも。そう言えば、ラウラは平気な顔してたよね?」

「私と嫁が将来結ばれるのは決定している。接吻程度で動じても仕方あるまい? それに、嫁には私の生まれたままの姿も包み隠さず見せて同衾もしているからな、既成事実は完璧だ!」

 

 わあ、そっちも楽しい事になりそうね少年。

 主にうーちゃんのとんでもねぇ一言で。

 

「……一夏、ねえ一夏? あたしの気のせいかしらねぇ? 今とっても聞き捨てならないセリフが飛び出さなかったかしらぁ!?」

「そうだよねぇ? 僕のだけじゃなくてラウラの裸も見たって事だもんねぇ? 初耳だよ?」

「いぃぃちかぁ?」

「一夏ぁ?」

「ひいっ!?」

 

 疲れ切った少年は走って逃げる余力もなく、砂浜に尻餅をついたままじりじりと後退する事しかできずにいた――って観察してる私の方こそ、のんびりしてる余裕なんかないんだが。

 少年が折檻される音を背景に、私は姉貴の怒りが一刻も早く鎮静化するのを願う。

 果たして、私と少年が無傷で過ごせる日は訪れるのだろうか。

 

「鈴、待て! 衝撃砲フルチャージは洒落にならね――ふんぎゃあああああぁっ!?」

 

 …………無理だろうなぁ、きっと。




今回のリクエストは、

 なーき2号さんより、

・「すり替えておいたのさ!」(東映版スパイダーマン)

 テンゼンさんより、

・マーベルのデッドプールのコスプレ

 ザインさんより、

・葉っぱ隊のコス

 sdカードさんより、

・「ドォォォラァァァァ!!!!」
・「ダッシャァァァァ!!!!」
・「ソイヤッサァァァ!!」
・「ヤッパリカァァァァ!!!」(ACfa:チャンピオンチャップス)

 パンダ三十六か条さんより、

・「ちょろいっ!!!」(未来日記)

 でした。

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