織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ―   作:久木タカムラ

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いやホント、妄想主体のオリ展開は書くのに時間がかかりますね(汗
お待たせしてしまいスミマセン。


033. 嘘つきFamille

 シャルロット・デュノアにとって、異性と待ち合わせは日常的なものではなかった。

 故郷にいた頃は友達と遊ぶより母を手伝う事の方が多かったし、デュノア社に引き取られた後は存在をひた隠しにされテストパイロットとして生きてきた。

 故に『待ち合わせ』の行為自体がほぼ初体験であり、場所が人気のない寮の裏手な事も相まってドキドキワクワクが止まらず、頭の中では変なあの人とラウラが白黒クマとその妹っぽいウサギの着ぐるみ姿で息ぴったりのブレイクダンスを披露する光景が延々と……って何だこれ。

 

「い、いくら浮かれてるからって何を考えてるんだろうね僕は! 可愛いし凄いけど!」

 

 ブンブンと首を振って消去(デリート)消去(デリート)

 とにもかくにも、本当の性別をカミングアウトして学園中を騒がせた一件から早二週間。

 誰にも気兼ねなく、大きな胸を張って堂々と買い揃えた女の子らしい衣服の数々――その中でも一際気合の入ったコーディネートに身を包み、校則に抵触しない程度に化粧もして、恋する乙女は想い人がやって来るのを心待ちにする。

 それから数分ほど経っただろうか、

 

「――待たせたな」

 

 渋い声と共に現れたのは女心に気付いてくれない罪作りな少年――ではなく、頭に伝説の傭兵のバンダナを巻き『GU○DAM』と書かれたダンボールを着てポーズを決める変人だった。

 蛇で機動戦士なコスプレ魔人を無言のまま冷めたジト目で一瞥し、リアクションを返す事もなくシャルロットはその場から立ち去ろうとする。

 

「ちょい待ちストップストップ。無視されるのがオジサン一番辛いから」

「……先生。僕、一夏を待ってるんですけど」

「ああそれ、少年の携帯をちょっと拝借して私が呼び出したのホガァッ!?」

 

 織斑先生直伝の対変人用シャイニング・ウィザードをぶち込んだ。ええ、思い切り助走をつけて出せる限りの全力でぶち込んでやりましたとも。スカートだろうと知った事か。

 

「期待してたよ? すっごく期待してたんだよ!? 早起きして準備したのにもーっ!!」

「すまん悪かった謝るゴメンナサイダダダダッ!?」

 

 涙目の膨れっ面で変人に飛び掛かって馬乗りになり、沸々と込み上げる純情乙女の怒りに任せてこれでもかと引っ掻いたり叩いたり揺さ振ったりパロスペシャルを極めたり――誰かに見られたらまた厄介な誤解が生まれそうなオシオキ風景だ。

 ショートしたように両耳からプスプスと煙を吐き出しながら、けれど変人は疲弊した様子もなく平然と立ち上がる。一体どんな身体の構造をしているのやら。

 

「こんな手を使わなくても、僕に用があるならそう言えば良いのに……」

「あらそう? じゃあこれから一緒にフランスに行こうぜー!」

「買い物に誘うみたいな軽さで言う事じゃないよねそれ!?」

 

 そもそも、何故にフランス?

 

「約束したでしょうよ。キミん家の何やらかんやらを片付けてやるって」

「確かにそうですけど、でもこんないきなり……」

「思い立ったが吉日ってね。せっかくだし、そのめかし込んだ勝負服も見てもらおうや。さあさあこちらへどうぞお嬢さん、キュウリの馬車が待ってるぜい」

「せめてカボチャが良かったなあ!?」

 

 訳も分からぬまま背中を押されてさらに奥へ。

 恋仲でもない男女――しかも年齢差が一回り以上もある成人男性と女子生徒が人目を忍ぶように密会しているなど、改めて考えるとかなり問題な状況なのではなかろうか。

 まあ、この人から犯罪者臭がするのは何時もの事だから気にしないとして。

 案内された先に鎮座していたのは…………キュウリだった。

 より正確には、全長三メートルはあるキュウリ型のロケットだった。

 

「…………ええー」

「古来より日本では、お盆の時期にキュウリの馬とナスの牛を供える風習がある」

「馬の方は死んだ人の魂が早く家に戻って来れるように、牛の方は死後の世界に帰るのが少しでも遅くなるようにって願いが込められているって何かの本で読んだような……」

「その通り。一週間前、歯を磨いていた時にふとそれを思い出して、私はとある結論に至った」

 

 変人先生は白衣をばさりと翻し、芝居じみた大仰な動きで両腕を広げながら高らかに言った。

 

「すなわち――ナスよりキュウリの方が速度が出ると!!」

 

 この人は一回日本人とかご先祖様とかに謝るべきだと思う。

 と言うか、その口振りからするとナス型ロケットを作った『前科』があるのか。

 そして、これからフランスに行くぞと言われて自分はここに連行された。

 それはつまり――

 

「さっ、さよならっ!!」

「はっはっはー、逃がさないぞぉー☆」

「ひやあああああああっ!?」

 

 危険を察して即座に転身、青褪めた顔で逃亡を図るも時既に遅く。

 何時の間に身に纏ったのか――黒い騎士鎧の胸部が開き、そこから溢れ出た無数の触手によって装甲内部へあっと言う間に格納されてしまう。手足はまるで動かないのに、意外と閉塞感がなくて快適なのがとても腹立たしい。

 

「いーやーだー! 絶対途中で爆発しちゃうに決まってる!」

「決め付けるなよ失礼な! もしかしたら平穏無事なフライトを楽しめるかも知れないだろ!?」

「もしかしないと無事に目的地に着かない空の旅なんて御免だよ!? 誰か助けてー!」

 

 そんなシャルロットの訴えを心優しき天が聞き届けた、と言う訳ではないのだろう。

 だってキュウリ型ロケットの陰からひょっこりと顔を覗かせたのは、丸い目と三角形の口を持つ夏休みの工作のようなダンボール製ロボット――の格好をしている誰かさんだったのだから。

 今朝から姿が見えなかったルームメイト(・・・・・・)と目が合ってしまい、思わず沈黙する。

 何だろう、森の中で妖精と出会ったみたいな雰囲気になっちゃった。

 

「……ラウラ、だよね? 眼帯してるし」

「ノンノンノンノンノンノン! 彼女はうーちゃんではない! ドイツが技術の粹を集めて作ったお金で動く強くて可愛い素敵ロボット『ダ○ボー』なのだ! さあうーちゃん……じゃあなかったダン○ーよ、その証拠をデュノアちゃんに見せ付けるが良い!」

「ふぇっ!? あ、えぇと…………ド、ドイツの科学は世界一ィィィィィイイイイ!!!」

 

 両手を上に伸ばそうとするも、大きな頭部が邪魔で『前へならえ』の体勢になるラウラロボ。

 ああラウラ、キミも先生の色に染まってしまったんだねと嘆くシャルロットだが――実は変人が原因ではなく、自称日本通の副隊長が見せた漫画とアニメの影響である事を彼女は知らない。

 このダンボール父娘だけでも場をグダグダにするには十分だと言うのに、よりにもよって学園が誇るキグルミストまでダンボールロボの姿でぼこぼこ走って来ちゃったからさあ大変。

 

「あ、せんせー。言われた通りおりむー縛って部屋に置いてきたよー。お昼ご飯とかもせっしーにお願いしたから問題なーし。褒めて褒めてー」

「父よ、父よ、私だって頼まれたロケットの整備をちゃんと頑張ったぞ? 何故かパーツがかなり余ってしまったが……それでも頑張ったぞ! だから私も褒めてくれ!」

 

 現実逃避でうっかり聞き流しかけたが、ちょっと待て。

 下手すると死人が出る危険ワードが飛び出した気がするのだけど。

 

「ねえ、さらっととんでもない事を言わなかった!?」

「余ってしまった物は仕方ないだろう!? 渡された紙と同じに作ったもん!」

「違う違う違うそっちじゃなくて――いやそっちもかなり恐ろしいけどさ! 布仏さんセシリアにご飯作るの任せたの!? 一夏が危ない!!」

「よーし、じゃあそろそろ出発すっかー」

「なのに全部スルーしちゃう気だよこの人!?」

 

 懸命なツッコミも空しく状況は悪化の一途を辿り、先生は部品が足りない恐れのあるロケットを背負って発射までの秒読み段階に入ってしまう。

 どうにか抑え込んでもらおうと一縷の望みをかけて涙混じりの視線を飛ばすが、ルームメイトとクラスメイトは煽るように両腕を上げ下げするばかりで止める素振りを見せない。

 

「待って、止めて!? 空の藻屑になんかなりたくなーいー!!」

「デュノアくん、空に藻が生えてる訳ないだろ常識的に考えて」

「この期に及んで常識を説かれた!?」

「そう怯えるなシャルロット。慣れれば一瞬で夢の世界に旅立てるぞ…………主に重圧の影響で」

「それってつまり気絶するって事だよね!?」

 

 もはや何を言っても手遅れ。

 無駄に長い導火線がカウントダウンを刻むかのように燃え進み、前しか見えないシャルロットは背後からバチバチと近付く不吉な音に血の気が下がり、やがて――

 

「無限の彼方へ、さあ行くぞー! フランス美女が私を待っているー!」

「お母さあああああああんんっ!!」

 

 涙の帯を力強く描きながら、何時ぞやと同じように青空の向こうへと消えていった。

 

「同志シャルロットに――敬礼!」

「けーれー!」

 

 それを見送るダンボール娘達は、腕を曲げられないのでやはり『前へならえ』になってしまう。

 混沌が飛び去って小鳥が再び囀り始める中、シャキーンとポーズを取る少女二人。

 IS学園は今日も平常運転なのであった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 学園を出ておよそ四時間弱。

 耐久性に問題のあったロケットに上空で自爆処理を施したのが二時間前。

 どうにかフランスに辿り着いた私はホテルでシャルロットを美味しく頂き、身嗜みを整えさせた薄幸のお嬢さんを連れ立って、目的地であるデュノア社の玄関前まで足を運んでいた。

 今回の敵の居城とも言える、天高くそびえる本社ビル。

 ラスボスの待つ最上階まで全フロアを行儀良く回る……ってのがRPGの王道だが、生憎と私は嫁選びに迷う勇者でも喋るイタチが相棒の風来人でもない。故に律儀に守る必要もない。

 

「さ、て、突っ立ってても仕方ないし、そろそろ乗り込むか」

「…………うん」

 

 お嬢さんはまだ諦め悪く渋っているらしい。

 ああ、ちなみに『シャルロット』とは女性の帽子に見立てたフランス生まれの洋菓子の事だ。

 良からぬ妄想を膨らませた紳士諸君には私の外道スマイルをプレゼントしてやろう。フヒヒッ。

 

「誰も、いない……?」

「私らにとっては好都合だけどな」

 

 吹き抜けの一階エントランスホール。

 お嬢さんの言うように、ビルの中は閑散としていて一般社員も受付嬢も、警備員さえいない。

 学生ならばともかく、世界的に有名な企業の勤め人達が一人残らず一斉に休むなど――それこそ災害発生か宇宙人の襲来でもなければ有り得ない光景だ。

 実を言えば社長命令による人払いだと私は知っているのだが、それをお嬢さんに教えたところで何がどうなる訳でもないので黙っておく。説明すんのメンドイし。

 

「にしてもさ、どうして偉い人ってのは一番上に居座りたがるんかねぇ。社長さんが受付に座ってニコニコしてりゃあ、会いに来た客だってわざわざエレベーターに乗らずに済むだろうに」

「それだと社長だって名乗っても信じてもらえないと思うけど。と言うか社員証も持ってないのにどうやってエレベーターを?」

「社員証はないけど会員証はあったりして」

 

 操作盤に社員証を読み込ませないと上に行けないのだが――そこはそれ、私のような人間だけが使える裏技がある訳で。TSU○AYAのカードを穴に強引にねじ込んでやったりとか。

 そんなのらめぇっ、な方法で動いたエレベーターは素直に最上階へ到達。

 金のプレートで『社長室』と銘打たれた扉の前で、私達は一度足を止めた。

 

「腹ぁ括ったか?」

「ここまで来たら覚悟を決めるしかないでしょ」

「上等だマドモアゼル。じゃあ乗り込むぜ」

 

 お嬢さんの決意を確認し、ドアノブに手を掛ける。

 部屋の中では、一組の男女がソファに座って私らを待っていなすった。

 一人は口髭が似合うダンディな初老の男――デュノアお嬢ちゃんの実父とされる人物。

 もう一人は警戒心剥き出しの金髪の女性――愛人の子を目の敵にして罵り続けるマダム。

 どちらも、この家族芝居を終わらせるのに欠かせないキャストだ。

 

「…………ノックくらいしたらどうかね?」

「そいつぁどうもスミマセンねぇ。私らの業界じゃあ、ノックってのは『どうぞドア越しに鉛玉をぶち込んでください』って言ってるのと同じなもんで」

「ふん、なるほど噂通りの男だなキミは。まあ座りたまえ」

 

 促され、二人の向かい側に腰を下ろす私と気まずそうなお嬢さん。

 さて、切り崩しを始めるとしますか。

 

「それで、あんなメールをわざわざ寄越して、今日は一体何の用かしら? しかも泥棒猫の娘まで連れて来るだなんて……下らない話なら失礼させてもらうわ」

「一緒だと伝えたらこうして会ってはくれなかったでしょう? 特にマダム、実の娘を守るために一生騙し続ける気でいた貴女はね」

「――っ!」

「…………え?」

 

 大人二人の変化は小さなものではあったが、気付けないほどではない。

 マダム――お嬢さんの実母は僅かに顔を強張らせ、口髭の紳士は腕を組み瞑目、お嬢さん本人は私と母親達を戸惑いの表情で交互に見やる。

 信じられないのは分かるが、そう考えれば全ての辻褄が合うのだ。

 命令に背いて女である事を暴露したお嬢さんに対し、何らかの制裁を与えるでもなく、その後も追加装備を惜しみなく提供し続けた――その不可解な援助の理由も。

 

「実の娘って、この人が僕の……? 嘘、そんなの嘘だ! だって僕の母は二年前に――」

「母親だと思っていた。その前提自体が間違っていたとしたら?」

「……………」

 

 嘘を嘘で塗り固めた哀れなデュノア家。

 複雑に絡まり合った無数の糸を解くため、時には力任せに引っ張る事も必要だ。

 

「二年前に亡くなったのはお前さんの本当の母親じゃあない。だが…………血の繋がりが一切ない赤の他人、と言う訳でもない。いくら何でも、それじゃあ嘘を吐き通すには無理がある」

「だったら…………だったら僕を育ててくれた母さんは一体誰だって言うのさ!? その人の目はブルーだけど、僕の目の色は母さん譲りで顔も似てるんだよ!?」

「そりゃ似てて当然だ。キミを育てた女性とマダムは――姉妹なんだからな」

 

 ここまで大掛かりな嘘を仕掛けた以上、愛娘を託す相手は信用に足る人物でなければならない。

 血を分けた肉親――妹。

 部下や友人知人より信頼でき、秘密を共有するに相応しいパートナー。

 亡国探偵社から届いた情報によれば姉妹仲は良好であり、二年前――妹さんが亡くなる直前まで頻繁に連絡を取り合っていたらしい。

 

「お嬢さんの近況がどうしても知りたかったんでしょう? 身元が判明しないよう回線を何重にも経由して……『本職』によれば痕跡はしっかり残ってたそうですがね。そして妹さんが亡くなって孤独になったお嬢さんを憂えた貴女達は、十三年振りに娘に会う決意をした」

「…………」

「強請るつもりはありません。その気なら最初からそうします。私が今日ここにいるのは、純粋にお嬢さんを助けたいからです。信じて頂けるのなら――何があったのか話してもらえませんか?」

 

 二人からの反論はない。ただ黙って私の話に耳を傾ける。

 静かに聞き続け、やがて観念したようにマダムはブルーのカラーコンタクトを外すと、隣に座るムッシュに指示を出した。

 彼の目を真っ直ぐ見つめる――その瞳の色は引き込まれそうなアメジスト。

 

「…………オーバン、二人にお茶を淹れてあげて」

「畏まりました、奥様」

 

 一礼して立ち上がり、紅茶の準備を始めるムッシュ。

 その所作は熟練の老執事さながらの見事なものだった。

 

「妊娠していると気付いたのは、病床の父から社長の座を継いで一年が経った頃でした」

 

 泥棒猫の娘と罵ったとは到底思えない、棘のない柔らかな口調。

 おそらくは、これが彼女本来の性格なのだろう。本当に娘とよく似ていらっしゃる。

 

「当時私はまだ二十歳を過ぎたばかりで、若輩者が手綱を握ったとしても重役達に反発されるのは目に見えていました。混乱を回避するため、父に長年仕えて周囲からの信頼も厚かったオーバンが社長として表に立ち、その裏で私が実務を取り仕切っていたんです」

「影武者ですか。IS学園でも同じような事をしてますし、特に珍しくもありませんが」

「でも……でもそれなら僕を預ける意味なんて……」

「――ご主人に、認知してもらえなかったんですね?」

 

 マダムはこくりと頷いた。

 そして上質な白磁器に注がれた紅茶を一口飲み、続きを語り始める。

 

「恥ずかしい話、昔の私は社長令嬢の立場に酔ってかなり派手に遊んでいたんです。結婚相手まで勝手に決めた父に対する、私なりのせめてもの反抗でした。その父が倒れてしまい、デュノア社と社員の生活を守るため、実家が名のある資産家だった夫との結婚を決断しました」

「そしてお嬢さんを身籠ったものの……」

「ええ。遊んでばかりだったと言っても、簡単に身体を許す方ではなかったのですが――時期的に微妙な事もあって、疑いを抱いた夫は私達二人の子どもと認めてはくれませんでした」

 

 何時の間にか、お嬢さんが私の手をギュッと握り締めていた。

 怒鳴りたいのを堪えているような、泣き喚きたいのを抑え込んでいるような――ふとした拍子に決壊してしまいそうな顔で、それでも一言たりとも聞き逃すまいと懸命に母と向き合う。

 

「このまま産んでも、この子は夫とその親族から冷たい目で見られ続けてしまう。そう考えた私は一人暮らしをしていた妹にシャルロットを託そうと考えました。子どもの作れない身体だった妹はまるで自分の子のように育ててくれて…………半月に一度送られてくる写真の中でシャルロットが笑っているのを見る度に、この子がどれだけ妹に愛されているか手に取るように分かりました」

「…………」

「後は貴方が言った通りです。独りになったシャルロットを引き取り、母親だと勘付かれないよう酷い言葉まで浴びせて――家族を失って悲しむこの子の気持ちも考えず、苦しませてしまった」

 

 ……紐解けば何と言う事はない。

 この一件の根幹にあったのは、母親の不器用な優しさだった。

 流石に男装させたのはやり過ぎだと思うが、少年のデータを手に入れろともっともらしい理由をこしらえてIS学園に転入させたのも――全寮制の共同生活なら、少しでも孤独を紛らわせる事ができるかも知れないと考えたからなんだろう。

 

「先生、お願い。少しの間……この人と二人だけにして」

「大丈夫か?」

「うん……これは僕達の問題だから、向き合わなきゃ」

「オーバン、貴方も席を外して」

「……承知致しました」

 

 母親と娘を残して席を立つ。

 確かにお嬢さんの言う通り、後は当人達でケジメをつけなければならない。

 結局のところ、部外者の私はただ場を引っ掻き回しただけなのだった。

 

「待って、一つだけ聞かせてください」

「はい?」

「貴方は…………どうしてシャルロットのためにここまでしてくれるんですか?」

「……ただ単に、大人の身勝手で子どもが苦労するのを見過ごせなかっただけですよ」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……何故話さなかったのです?」

 

 社長室前の廊下――母娘が話し合いを終えるのを待ち続けていると、扉を挟んだ反対側の壁際で姿勢正しく立つムッシュに話し掛けられた。

 

「何がです?」

「この期に及んでとぼけないで頂きたい。貴方は気が付いているはずだ。私が……シャルロットの本当の父親だという事を。何故あの場で話さなかったのですか?」

「………………話したところで、何がどうなるって訳でもないでしょう?」

 

 マダムは経営を立て直す目的で資産家との結婚を決めた。しかしその本当の理由が、お腹の子の父親が誰かなのかあやふやにするためだったとしたら。

 数多の苦難を共にした若き女社長と腹心の部下。

 二人の間にどんな悲恋があったにせよ――それを勘繰るほど私は無粋じゃないつもりだ。

 

「お嬢さんは二人の母親(・・・・・)に愛されて、貴方にも大切に思われていた。それだけで十分なはずだ」

 

 社長室の扉が開き、飛び出してきたお嬢さんが私の腹に顔を埋めた。

 小さな身体は内から溢れる感情で小刻みに震え、止め処なく流れる涙が私の服を濡らす。

 

「……先生」

「ん?」

「僕は――みんなに愛されていたよ」

「……そうか」

 

 密室の中で二人が何を話したのか…………それは彼女達だけの秘密。

 扉越しに微かに聞こえた会話の断片は、私の心に仕舞っておくとしよう。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 ……ああ、それと。

 学園で携帯の写真を見て、私がお嬢さんの母親の正体に確信を得た理由だけどね。

 二十年後のデュノアと瓜二つだったんだよ。




 シャルパパの本名は適当です。
 『フランス 人名』で検索したら一覧が出てきたのでそこから拝借しました。

 これで本当に原作二巻目まで終わりました。いや長かった。
 次回から原作三巻突入です。
 福音の本格的な襲撃までは文字数を減らして更新速度を上げようかなーと思っていたりいなかったり。

 今回のリクエストは、

 HIRO◆Evm/BqHhbMさんより、

・ダンボールを着た状態で「待たせたな」(MGSシリーズ:スネーク)

 アスモおばさんより、

・アダルトサマーにシャイニング・ウィザード

 i-pod男さんより、

・ラウラが「ドイツの科学は世界一ィィィィィイイイイ!!!」

 ヌシカンさんより、

・モノクマ、モノミのコスプレ(スーパーダンガンロンパ2)

 でした。

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