織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ― 作:久木タカムラ
正式名称『
かつて、篠ノ之博士が酔った勢いで基礎理論を構築した唯一の第6世代。そして酔いがさめると同時に飽きてしまい、私が興味を持つまで隅っこで埃を被っていた哀れな末っ子。
ランスローは基本的には一対多……最低でも一度に五機以上のISを相手にする事を前提とした武装と調整が施されている。
つまり、モンド・グロッソのように相手とお行儀良くタイマンを張るのではなく、複数のISが稼働しているであろう研究施設や戦闘地域を強襲し、絶望的とも言える状況において確実に勝利をもぎ取るためのカスタマイズがされている訳だ。
しかし、往々にして速度や馬力のあるマシンは扱い難いもの。
それは当然ランスローも例外ではなく、じゃじゃ馬じみた気性の荒々しさに人見知りの激しさも相まって、
さらには乗り手を選ぶ――とでも言えばいいのか、専用武装の特性の問題で常人にはとても扱い切れず、完成した時点では
まあ、最終的にはナノマシンやら人工筋繊維やら合金骨格やらをツテを頼って入手し、乗っても壊されないように身体を改造して条件クリアしたけど。
骨組み自体は既に出来上がっていたとは言え、肉付けから何から自分色に染め上げて完成させた愛機に圧し潰されたら笑い話にもならん。
ってな経緯があって、今の私はなんちゃってターミネーターと化している訳だが――
「ふん、中々どうして……思いの外やるじゃないか」
「セリフもニヤッてる顔も完全に悪者のそれですよ、織斑先生?」
ワタクシめと真っ向から切り結んで不敵に笑うバトルジャンキー様。
この人は本当に人間なのだろうか? 私と同じように未来からやって来た液体金属ロボットだと言われても納得できるぞ? CHIFUYU-1000型とか『千』繋がりでそんな感じの。
「また失礼な事を考えているだろう!」
「前言撤回。ロボットじゃなくてエスパーの方がピッタリだ!」
現在、私こと半人外と姉こと規格外は揃って打鉄を纏い、アリーナの一つを非常時の特例という名目で占領――もとい貸し切って、いささか物騒な姉弟のじゃれ合いを繰り広げていた。
小手先抜き、飛び道具無用の真剣勝負。
幾度となく刃を合わせ、弾かれるように距離を取り、互いの力を推し量ろうとする。もうこれで何合目かも分からない。
「受けるばかりじゃ私には勝てんぞ!?」
「織斑先生のような美人に攻められるなら悪い気もしませんがねぇ。つーか、コレって勝ち負けの問題じゃなかった気がするんですけど」
「口だけは達者なようだな!」
「会話が成り立っているようで成り立ってなーいー」
まったく無理をさせる。こっちゃ四捨五入すると四十歳の仲間入りだってのに。
上段からの強烈な一撃を、頭上に構えたブレードに滑らせて軌道を逸らす。返す刀で柄頭を突き出してカウンターを見舞うが、その程度で仕留められるような相手なら苦労はしない。織斑先生は回避行動を取る素振りを見せるどころか、シールドエネルギーを削りつつ勢いに任せて体当たりをかましてきやがった。わあ良い匂い。
「だわったったったっ!?」
「まさか私の動きを先読みするとはな。ふふ……今のは少し面白かったぞ?」
「私ゃちっとも面白くないですよ……」
ちょっとくらい冷静になるかと思って反撃してみたものの、どうやら血を嗅ぎつけた鮫のように好戦的になっちゃったらしい。目の色も変わってるし、当初の目的を絶対忘れてるよこの姉。
そもそもこの模擬戦闘の主眼は、私を単独で無力化できるかどうかの確認にある。
身元も経歴も所属国も不明の、でもどう見ても日本人の男性IS操縦者(笑)。
速やかに情報を共有した後に各国で協議して処遇を決めるのが本来の外交だが、やはりと言うか何と言うか、耳聡く聞きつけた日本政府は独断で私の存在を秘匿する事を選んだ。まあ、UFOを鹵獲したようなものなのだから、有益な情報を得るまで隠したくなるのも無理はない。アメリカのエリア51と同じと思えばいい。
とにかく、私は暫定的にいない子扱いされて。
同時に、とある問題も浮上した。
それが私と織斑先生が戦っている理由なのだった。
『あ、あの、織斑先生っ!』
スピーカーからモニター室にいる山田先生の声が響く。
「山田先生か……何の用だ!?」
『ひっ!?』
同僚を恫喝すんなよ……。
『え、えと、そろそろ時間一杯なのでその、
「……チッ。これからが良い所だと言うのに……」
地面スレスレにホバリングさせて離れる織斑先生。そして距離にすれば十メートルほどの位置で停止し、私に向けて正眼の構えを取った。
十メートル。
ISならば一瞬で詰められる間合い。
「ひとまず今日はこれで仕舞いにしてやる。だから――お前も最後くらいは本気で来い」
「何だ……バレてたんですか」
「私の太刀筋に呼吸も乱さず合わせておいてどの口が言う。少なくとも、私とここまで渡り合えた人間はモンド・グロッソにもいなかった。不謹慎な話だが、久しぶりに本気で戦える事が楽しくて楽しくて仕方がないんだ」
剣を握る者の宿命とでも言いたいのか。
未来でも姉上様は、私が捨てた雪片弐型一振りのみで私と相対した。しかも白式のコアが手中にありながら零落白夜を使わず、あくまで純粋な剣技だけで私を敗北寸前まで追い込んだ。
世界最強の名に恥じない力。
心が躍らなかった――と言えば間違いなく嘘になる。
ガキの頃から憧れ続けた強さの片鱗に、余計な邪魔も煩わしい思想もなく、こうして真正面から挑む事ができるのだから。
同じ打鉄、同じ刀。
性能が同じならば、条件が対等ならば、勝敗を分けるのは地力と経験。
衆人の監視がある中、あまり手の内をさらす訳にはいかないと自重していたが、どれだけの時を刻もうとも、やはりこの人は私の姉で、私はこの人の弟に過ぎないと実感させられる。
本当に、どうしようもない。
自分でもどうしようもないと思えるほどに、私も剣に命を預けて生きてきたのだ。
「では一振りだけ、この一撃だけは……本気で」
改めて、ブレードの柄を両手で握り締める。
相手の目に剣先を向ける――正眼の構え。
私の意図を読み取った姉さんは、心底愉快そうに笑みを深めて、
「同じ構え、同じ技で決着をつけるつもりか」
「どうせならその方が面白いでしょう?」
私も笑った。
この下らなくも何物にも代え難いお遊びが始まってから、初めて笑った。
全身が研ぎ澄まされていくような、ヤスリでも掛けられているような感覚。
日本、イギリス、中国、フランス、ドイツ、ロシア――各国の代表、指折りの強者達をまとめて相手にした時でさえ、面倒だという感情はあっても愉悦に浸る事などなかった。
戦いが楽しいと思わせてくれるのは、世界広しと言えども織斑千冬ただ一人。
「――征くぞ」
「――応」
ほとんど同時に、私と姉上様は地面ごと抉る勢いで大気を蹴った。
打鉄の脚部装甲がギシ、ミシ、と悲痛な叫びを上げる。PICにより自在に宙を舞い、基本的に『何かを強く踏み締める』という動作を必要としないISにとって、人の域を外れた私達の動きは耐久力の限界を超える理不尽な命令であったらしい。
勝負は一瞬。
相手の右肩から左わき腹へ抜ける袈裟切り。
技の初速、威力は同等。
さながら鏡写しのように刀身が交わり――
「「――っ!?」」
――砕けた。
私のブレードも、織斑先生のブレードも、柄の部分を残して木っ端微塵に砕け散ったのだ。
刃の破片が降りしきる中、荒く息を吐きながら呆然と立つ。
想定外の負荷を受けた打鉄が強制的に解除され、耳が痛くなるほどの静けさと奇妙な心地良さを身の内に感じつつ、私達はただただ立ち尽くすしかなかった。