織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ―   作:久木タカムラ

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真打にハマってました。
なまはげマジ頼もしい。

25話、始まりマース。


025. 未熟な黒

「スミス先生、今日の晩御飯は何にしましょうか」

「昨日はパスタでしたし、和食もいいですね」

 

 機業連中の余計な根回しだかご厚意だかのおかげで山田先生と同居する事になり、真っ赤な顔の彼女に『ふ、ふちゅちゅか者ですがよろしくお願いします!』と姉上が聞いたらまた誤解しそうな挨拶をされてから今日で早五日。

 そりゃ最初こそ油の切れたブリキ人形のようにギクシャクしていたが――山田先生は誰だろうと分け隔てなく接する好人物だし、私も同居人ができた程度で日常生活に支障が出るような繊細人間ではなく、そもそもこれまでだって学園では四六時中一緒にいたのだから、打ち解けるには三日もあれば十分だった。今では夜に何を食べるかについて話し合う仲である。

 ちなみに食事は私が気まぐれに男メシを作る事もあれば、そのお返しにと山田先生が腕を振るう日もあるが、しかし普段は食堂のマダム達のお世話になる事がほとんどだ。料理はそれなりに得意とは言え、世界各国から集まったお嬢さん方の舌を満足させ続けているご婦人軍団には敵わない。

 

「でも、昼メシを食ったばかりなのにもう晩メシが気になるたぁ……山田先生は意外と食いしん坊なんですねぇ。気を付けないと体重計の上で悲鳴を上げる事になりますよ?」

「うぅ……じょ、女性に体重の話は禁句です! めっ、ですよ!」

「まあ山田先生の場合、余分なお肉は全部そのおっきな胸に行っちゃってるようですが」

「えっちぃのもダメですー!」

 

 教材と両手を使って私の視線から胸をかばおうとするが、学園でも一、二を争う至宝が腕の中でぐにゅりと形を変えて余計に色っぽく見えてしまう。狙ってやってないのが山田先生の良いところと言うか恐ろしいと言うか――無視してくれても構わないのに、赤ら顔でいちいち律儀に反応してくれるから私もつい弄んでしまう。

 

「神聖な学び舎で堂々とセクハラをしているんじゃない馬鹿者!」

 

 そして彼女をからかうと必ず何処からか織斑先生が現れて私に制裁を与える――周囲から呆れや生温かい目で見守られる事もしばしば。だがそれが面白くないのか、特にオルコット嬢などは私に擦り寄って張り合う事も多く、女子生徒と女教師に挟まれると言う夢のような体験をこれでもかと満喫できる訳でございます。幸か不幸か、今回は金髪お嬢様の姿は見えないが。

 

「同居人との単なるスキンシップですって……」

「……ならせめて常識の範囲内にしておけ。当初は私と同室にする話も出ていたんだ。万一の時にお前を取り押さえられるのは私だけだからな――なのにあの石頭共が山田先生を推したんだ!」

「ひうっ!? 何か良く分かりませんけどゴメンナサイ!?」

「別に山田先生が謝る事でもないでしょうに」

 

 それは……多分アレだよな。

 世界最強(しかも部屋が魔窟)の猛獣の檻に放り込むより、人畜無害な小動物(巨乳)と一緒にした方がストレス感じなくて良いんじゃね――的な亡国お姉さんズのご配慮なんだろう。

 しかしまあ、こっちが動きやすいよう手を回してくれるのは嬉しいけれど、代わりに織斑先生のストレスが溜まって爆発しそう気がする。単なる怒りか乙女の如き思慕かはさておき、ストレスの原因が私である事は間違いない。やーれやれ。

 

「ゴホンッ! と、とにかく、同室だからとあまり馴れ馴れしくするんじゃない。委員会の方針が変わってもお前が要注意人物である事に変わりはないんだ」

「へーへー、仰せのままに。ところで山田先生――外ではツンツンしてるけど、二人きりになると構って欲しくてじゃれついてくる猫(のような女性)をどう思います?」

「え……? 普通に可愛いと思いますけど、猫ちゃん飼ってるんですか?」

「飼ってるんじゃないですかねぇ……」

 

 そこで頭から湯気噴き出してる織斑先生が心の中とかに。

 篠ノ之姉がウサ耳なら、うちのお姉ちゃんは対抗してネコ耳でも良いと思うんだ。しかもピンと立っているのじゃなくてスコティッシュ系のへんにゃり曲がってるヤツ。色はもちろん黒で。

 

「織斑先生、顔真っ赤ですよ!? と言うかあぶっ、危ないですって! 色々壊れちゃいますから早くそのブレードしまってくださいぃ!」

「止めてくれるな山田先生! 今日こそこのウスラトンカチの首を刎ね飛ばしてやるんだぁ!!」

「おんやぁ? あそこにいるのはボーデヴィッヒのお嬢さんじゃありませんか」

「聞けーっ!!」

 

 だってー、窓の外に視線を移したらちっこい銀髪がてこてこ歩いているのが見えたんだもん。

 行き先は第三アリーナ、でもってデュノアと奴さんが転入して今日で五日――少年に喧嘩売る日だっけねぇ確か。今ようやく思い出したけど。年食いたかねぇなホント。

 さーてどうすっべかね。

 

「スミス先生、に、逃げっ――」

「はい?」

 

 山田先生の切羽詰った声になんじゃらホイと振り返ると、彼女の拘束を強引に破ってブレードを大上段に振り上げた姉上様の荒々しい御姿が。

 わあ、スサノオノミコトみたーい。

 

「……言い残す事は?」

 

 血色が良過ぎてまるで赤鬼。

 あの姉上大好き銀髪娘っ子にちょっかい出すにせよ出さないにせよ、まずはこの鬼姉の折檻から生き延びねぇ事にはどうにもならんわな。

 では、遺言代わりに一言だけ。

 

「……私も可愛いと思ってますよ? 猫ちゃん」

「あ……う、うううるさい、バカ! どうしてお前はこんな時ばっかり……ああもう、死ね!」

 

 ぎゃーす。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「おい、私と戦え」

「……俺には戦う理由がねぇよ」

「貴様にはなくとも私にはある」

 

 真っ先に目についたのは機体のカラーリングである漆黒。

 大口径レールカノンの砲身が周囲を威圧するように右肩から伸び、さながら重戦車のようなそのシルエットは、これまで一夏が見てきたどのISよりも如実に『兵器』のイメージを植え付ける。

 けどそれだけ(・・・・)なんだよなぁ、と驚くほど冷静に推し量る自分に一夏は驚く。

 操縦技術や実戦経験などの話ではなく、何と説明すれば良いのか……軍隊っぽい兵装であるにも関わらず、明確な『敵』としての脅威が微塵も感じられないのだ。

 学生以前に、ラウラはれっきとしたドイツ軍人のはずなのに。

 自分はもちろん、単純な実力ではセシリアや鈴でさえおそらく敵わないはずなのに。

 あの銀髪の少女は――明らかに迫力が欠けている。

 

「なあ……アイツって強いんだよな?」

 

 我ながら何を、と呆れる馬鹿げた質問。

 しかしながら箒に鈴音、セシリアの三人――いや、シャルロットを含めた四人の少女らも一夏と同じように、奥歯に物が挟まったような、腑に落ちないと言わんばかりの表情で首を傾げる。

 

「それは……ドイツの代表候補生だから強いんじゃないのか?」

「少なくともあたし達くらいの腕はあるでしょ」

「そもそも弱かったらISに乗る軍人として致命的なのでは……」

「そのはず、だよね?」

 

 うーん、と唸る五人の少年少女。

 決して、断じて、ラウラが弱いと言う訳ではないのだろうが、生憎とこの学園には、彼女以上に強くて怖くて凄まじくて足元にも及ばないと誰もが思う実力者が二人もいるのだ。

 一人は言わずもがな――現役を退きながら未だに世界最強と謳われる織斑千冬。

 そして、そんな最強の隣にありながら、懲りる素振りすら見せずに傍迷惑極まりないトラブルを引き起こす『彼』もまた、いざとなれば圧倒的な武力を躊躇いなく振るう強者の一人だ。

 

「これってアレか? 俺達が千冬姉や先生の強さを見慣れちゃったって事か?」

「その言葉には語弊がありますわね。小父様も織斑先生も、わたくし達の前で本気を出した事など一度たりともないでしょうし」

「しかし何にせよ、結局は一夏の言う通りではないか? 専用機も持たず代表候補生でもない私が同意するのはおこがましいとは思うが……」

 

 三者三様――イメージカラーが同じ『黒』でも、あの二人とラウラでは纏う気迫が雲泥の差だ。

 前者二人が飢えて殺気立つ狼だとするなら、ラウラはさしずめご機嫌ナナメな子犬――レベルがあまりに違い過ぎて怖くも何ともない。

 

「どうした? 戦う前から負けを認める気かこの腰抜けめ」

 

 うん、挑発してるつもりなんだろうけどちっとも悔しくない。日頃から悪戯に巻き込まれ続けて妙な耐性がついてしまった事を誇れば良いのか嘆けば良いのか。

 

「ラウラ……って言ったわよねアンタ。別に心配してる訳じゃないけど、そろそろそこから降りてこっち来た方が良いと思うわよ? 多分、絶対悲惨な目に遭うから」

「……ふん、中国の代表候補生か。そんな戯言など私には通用しない」

「どうしよう、アイツ本気で話が通じない部類の人間だわ」

 

 親切心から鈴音が呼び掛けるも、取り付く島もなくバッサリ切り捨てられてしまう。

 お手上げー、とチャイナ娘は早々に哀れな被害者(確定)の救助を諦める。

 

「でもなぁ、どうなるか分かってて見て見ぬ振りするってのもなぁ」

「どの道……もうそろそろ時間切れだろうがな」

「ねえオルコットさん、一夏達は何を心配してるの?」

「……まあ強いて言うなら『出る杭は打たれる』ですわね」

 

 人外魔境たるIS学園に来てまだ日の浅いシャルロットに対し、実際に見た方が早いと判断したセシリアは宝石のような瞳でラウラの背後を指し示す。

 促されるままに視線を移すシャルロット。

 アリーナに集まっている生徒の大半もラウラに注目し、さらに彼女の後ろから音もなく忍び寄る人影を認め――これから何が起こるのか察した少年と少女達は、可哀想に……と周りが見えてない新参の同級生に憐憫の念を抱くのだった。

 

「揃いも揃って平和ボケした顔だな。来ないのならこちらから行くぞ!」

 

 右肩の実弾砲が一夏に狙いを定める。しかし砲口を向けられた当人と他の面々は避けようとする素振りすら見せず、どころか『○村……じゃなかったラウラー! 後ろ後ろー!』と某国民的人気コント番組のお約束のように声を飛ばし続ける。

 当然、苦し紛れの愚策と決め付けていたラウラは応じるはずもなく。

 

「――マシンガンはこう使います。ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ」

「イタタタタタッ!?」

 

 こんな面白そうな展開を見逃す訳がない変人の餌食となってしまったのだった。

 

「あーあ、だから言ったのに」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒを襲った突然の悲劇は、車のCMで有名な鳩人間の格好をしていた。

 正体を隠す気などさらさらないのか首から下はいつもの白衣で、ラウラに向けてオモチャにしか見えないプラスチック製の機関銃をこれでもかと乱射する。

 ぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺち――と気の抜ける音。

 ちなみに実弾ではなく大豆である。節分でもあるまいし、何故に大豆?

 

「あれを日本では『鳩が豆鉄砲食らったような』と言うのでしょうか……」

「鳩が撃ちまくってる側な時点で破綻しちゃってるけどね」

「えーっと……僕の目にはシールドを貫通してるように見えるんだけど、それは気のせいって事にした方が良いのかな?」

「ええい鬱陶しい! 何なんだ貴様は!!」

「ぽぽっぽぽぽっぽぽぽっぽぽぽっぽぽ~っ、ぽっぽ」

「歌いながらおデコを狙うなー!」

 

 人をおちょくる事に関して右に出る者がいない学園屈指の怪人。

 最優先事項だったはずのレールカノンでのズドンも放棄し、左右のプラズマ手刀でがむしゃらに薙ぐラウラだが――鳩の被り物を焼き焦がして繊維片を散らすだけに留まり、脱皮した『中身』はいとも容易く手刀の攻撃範囲から逃れてしまう。

 ファンシーかつシュールな鳥キャラから一気にホラーテイストへ。

 白く塗りたくられた肌と耳まで裂けた真っ赤な口――流石に特殊メイクだろうが、リアリティを追求し過ぎて不気味極まりない。

 わざわざ白衣をリバーシブルに改造して暗い紫を強調する、その姿は正しく道化。

 コウモリ男の宿敵と化した男は、かなり引いてるラウラを指差して居丈高に言い放つ。

 

「さあ――お前の罪を数えろ」

「私の罪って何だ!?」

「先生、それジョーカー違いです」

「てかあの人が変身するとしたらスカルかエターナルでしょ」

「どちらにしても色んなトコから怒られそうだよね……」

 

 ツッコむボーイアンドガールズを尻目に、変人は豆切れになった機関銃を投げ捨てると、懐からロケットに銃把(グリップ)を付けたような――これまたオモチャにしか見えない光線銃を取り出す。

 今度はテレビのリモコンかそれとも懐中電灯か。

 しかし、努々忘れる事なかれ。

 この男は常人の想像に縛られたりはしないのだ。

 

「必殺☆脱げビーム」

「ふなああああっ!?」

 

 先端からズビズバーッ!! と光線が迸る。

 

『ホントに何か出たーっ!?』

 

 驚愕する生徒一同。

 これも演出の一環なのか、攻撃を受けたラウラの足元からボフンッと煙が立ち昇り、不意打ちを食らって膝をつく彼女の姿を覆い隠す。

 

「フフーフ、聞いて驚け見て笑え! これぞ漢の血と汗と涙とロマンと言っちゃいけない欲望汁とその他諸々を煮詰めて型に流し込んで冷蔵庫で冷やして完成のドリームウェポン! 狙った相手は傷付けず着衣だけを強制的に量子変換して素っ裸にしてしまう――」

「マジで!?」

「――つもりだったんだけども、早々に織斑先生にバレちゃって殺されかけたから仕方なくISを強制解除するだけに設定し直した『剥ぎ取りくんZ』です。いやー怖かった」

 

 道理で変人の尻にブレードが突き刺さっている訳だ。

 誰もが首を傾げつつ聞けずにいた疑問が、今解明された。

 

「ねぇ皆。今あの人とんでもない事言ってなかった?」

「……確かにな。たとえ先生でも婦女子を裸に剥くなど言語道断だ」

「わたくしは小父様が望まれるのなら…………ああダメですわ小父様まだ陽も高いのに!」

「はーいセシリアー、妄想に浸ってないで帰って来なさーい」

「じゃなくて――いやそっちも聞き流せない話だけど! 生身でISに対抗できちゃう携行武器をチョコ作るみたいに一人で完成させちゃったって事でしょ!? どうして驚かないの!?」

 

 荒ぶるシャルロット。

 そんな彼女の肩に一夏がぽんっ、と手を乗せて、

 

「現実を見るんだシャルル。この学園じゃ何が起きても不思議じゃない」

「そんな真面目な顔で言わないでよ一夏! と言うかさっき『裸になる』って聞いた時ものすごく食い付いてたよね!? 男って皆そうなの!?」

 

 まだ学園に染まり切っていないシャルロットにはショックが強過ぎるらしい。混乱のあまり男に化けている事も忘れ、乙女と常識人の代表として徹底抗戦の構えを取る。

 うっかり口を滑らせた一夏が箒と鈴音にゲシゲシ踏まれまくる中、ラウラと変人の間でも新たな動きが生まれようとしていた。

 

「くっ、まさかレーゲンをこうも簡単に……!」

「信じられない現実が世の中にはゴロゴロ転がってるもんさ。巣の中から外をチラ見したくらいで何もかも理解したと勘違いするのは三流の証拠だぜ、黒ウサギちゃん?」

「言わせておけば――私が世間知らずだとでも!? 早くレーゲンを返せ!」

 

 レッグバンド形態の『シュヴァルツェア・レーゲン』を右手でぽんぽん弄ぶ変人と、返せ返せと飛んだり跳ねたりするも絶望的身長差に阻まれるラウラ。

 毛色はまるで違うが、傍目からは親子のように見えてしまうから不思議だ。

 

「さあさあさあ、取れるもんなら取ってごらんなさーい?」

「ふぬっ、このっ、あっ――くそっ!」

「女の子がくそなんて言っちゃいけません。ほーらガンバレ、もうちょっとで届くぞー」

「なーっ!!」

 

 完全に遊ばれている。

 さながら猫じゃらしで飼い主のいいようにされる小猫の如く。

 実を言えば、ラウラ・ボーデヴィッヒの心は既にいっぱいいっぱいだった。

 鉄の子宮から生まれた彼女は軍人としての知識と技術こそ身に着けているものの、出生の経緯や常識の欠如、軍内部での人間関係や環境が原因で煽り耐性が常人よりかなり下――はっきり言って小学一年生と同等かそれよりも低かったりする。

 明確な敵ならば軍人らしく実力で制圧するのだが、戦場と訓練だけが己の『世界』の全てだったラウラにとって、ただ遊ばれているだけのこの状況は未知の領域に他ならない。

 自分の有するあらゆる力が全く役に立たない悪夢。

 故に、限界を迎えたらうらちゃん(精神年齢:六歳)に残された手段は、

 

「うっ…………ひっく、ふぇ……」

 

 絶対に手が届かないと諦め、俯き、矮躯をぷるぷる震わせながら嗚咽を零し、眼前の大人気ないいじめっ子(三十五歳)に涙ながらに訴える事だけだった。

 外見相応の、小学生のように。

 

「かえしてぇ……わたしのれーげん、おねがいだからかえしてよぉー!」

『泣かせちゃったー!?』

 

 これには静観していた一夏達ギャラリーも大混乱。

 つい先ほどまで触れたら切れてしまいそうな鋭い雰囲気を纏っていた眼帯少女が、たった数分で見事なお子ちゃまへと変貌を遂げてしまったのだ。驚くなと言う方が無理な注文である。

 やっちまったよーあの人、とジットリ湿った視線を浴びる変人。しかしこの男に限って女の子を泣かせた場合の対処法を考えていない訳が――

 

 

 

 

 

「………………ヤッベェ、ちょっとからかい過ぎた!?」

『ノープランかいっ!!』

 

 

 

 

 ――考えていなかったらしい。

 いい年こいて真性のアホである。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「――よろしいですか小父様。場を和ませるための多少の冗談は良いとしても、今回ばかりは度が過ぎます。あんなに小さくて健気なレディを泣かせるだなんて」

「はい……全てお嬢様の仰る通りでございます」

 

 ピッと指を立てた十五歳の少女に説教されて項垂れる中年。

 メイクを落として服装も元に戻し、言われるがまま固い地面に正座する後ろ姿は何とも情けない哀愁を漂わせていた。リストラされて公園で途方に暮れる父親と言う表現がしっくり来るほどに。

 ぷんすかぷんぷんと腰に手を当てながら、セシリアはさらに続ける。

 

「英国に限らず、紳士たるもの常に淑女の心に気を配り、尊厳を重んじ、咲き誇る花にそっと手を添えるが如く慈しむ事を至上の誉としなければなりません。手折るなど――まして踏みにじるなど論外にして愚の骨頂。子々孫々、末代に至るまで蔑視される罪悪とお考え下さいまし」

「はい、はい、ごもっともでございます」

 

 セシリアの株が遠巻きに見守る少女達の間で急上昇していく。

 物理的な抑止力では織斑千冬以上の適任者は存在しないが、どうやらセシリア・オルコットには精神的な抑止力としての才能があったようだ。

 世界の敵と豪語する男を屈服させ猛省を強いる――もしかしたらセシリアは今世紀最大の偉業を成し遂げたのではなかろうか。ノーベル平和賞レベルの。

 

「もう泣き止めって。な?」

「……うー……」

 

 少し離れた場所では全身足跡だらけの一夏がラウラを慰めている。

 傍らには少し不機嫌そうな箒や鈴音、シャルロットが控えており、専用機持ちの二名は何時でも一夏の盾になれるようISを展開したまま事態に注目していた。

 

「ああほら、そんなに目を擦ったら腫れちゃうだろ」

「でもあいつが……あの男がぁ……」

「先生もちょっとした冗談のつもりだったんだし、そろそろ許してあげようぜ? ちゃんとISも返してくれたじゃないか」

 

 そう諭して一夏は待機形態のシュヴァルツェア・レーゲンを差し出すが、プライドを粉砕されたラウラはその手を弾くように愛機を奪い返すと、唖然呆然とする一同に礼も言う事もなくそのままアリーナゲートへと逃亡した。

 

「つ、次は覚悟しておけ! 貴様など無能な凡人に過ぎないと思い知らせてやるからなー!!」

 

 そんな捨て台詞を残して――

 

「へみゅっ!?」

 

 そしてコケた。

 近くにいた女子に助け起こされ、ついでにアメ玉をもらって逃げていく。

 まーた個性的で面白い奴が転校して来ちゃったなぁ、と叩かれて痺れる手を擦りながら、一夏は他人事のように思うのだった。

 

「そもそも、小父様は誰彼構わず優しくし過ぎなんですわ! まずはもっと身近にいる――例えばわたくしとかわたくしとかわたくしとかともっと関係を深めても良いと思います!」

「論点がズレてきてますぜお嬢様!」

 

 もう一生やってなさい。




今回のリクエストは、

スルメさんより、

・「マシンガンはこう使います」(漫画版ビッグオー:ノーマン・バーグ)

無限正義頑駄無さんより、

・ハトパパのコスプレ(ポルテのCM)

アラクネになりたいさんより、

・ダークナイト版ジョーカーのコスプレ

警備さんより、

・「さあ――お前の罪を数えろ」(仮面ライダーW)

でした。

諸事情によりリクエストの受付を活動報告欄に移しました。
お手間を取らせるとは思いますが、了承していただけるとありがたいです。

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