織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ― 作:久木タカムラ
今回は体質によっては心身に異常をきたす場合がございます。
読む前に、もう付き合っちまえと叫びながら殴るための壁を用意しましょう。
追記
運営側の規約に引っ掛かりそうなので、リクエストの受付ページを今後は活動報告欄に移したいと思います。登録済の方はできれば活動報告ページにお願いいたします。
未登録の方でも活動報告にコメできないらしいですが……どうしましょう。
非常事態に直面した時に一番やってはいけないのは、パニックに陥り冷静さを失う事だ。
逆に言えば、慌てず状況をきっちりと見極めさえすれば大概の事には対処できる訳で、つまりは百戦錬磨、常勝無敗であるところのワタクシ織斑一夏にとって、この程度のハプニングは恐れるに足りない些末な出来事なのだ。
そうだとも、じぇーんじぇん大した事はない。
シャワーを浴び終えて脱衣所を出たら山田先生が倒れていただなんて――目覚めたら隣で全裸の幼馴染や知人友人が幸せそうに寝ていた時に比べりゃ可愛いもんだ。
シーツに垂れた血痕を洗い落とせなくて焦ったの何のって、しかも対抗心を燃やして一日おきに一人ずつ来るから誤魔化す事もできず……その後どうなったのかは語るまでもないだろう。
閑話休題。
仰向けで目を回し、身体を小刻みに痙攣させる山田先生。
その手には口をつけたサンドイッチの残りがあり――何故わざわざ
「犯人は……お前だ!」
必要のない化粧台の鏡の中で、半裸の私が私を指差す。
はい、危険物を如何にもな感じでテーブルの上に放置していた私が悪いんでございます。見た目だけは美味しそうだからなぁ。何も知らなければ思わず手を伸ばしてしまうのも無理はない。
どうやら味に驚いて誤飲してしまったらしい――何度も同じような症例を目にしてきたが、今回ばかりは少し急がなければならんかも知れん。
すぐに山田先生の体勢を座位に変えて背後から腹部に両手を回し、片方の握り拳を鳩尾に当てて押し上げるように圧迫――ハイムリック、あるいはハイムリッヒ法と呼ばれる窒息時の応急処置を施してみるが、しかし一向に彼女は吐き出してくれない。
口を強引にこじ開けると、喉の奥に食パンらしき白い影を確認できるが――何にせよこの方法で効果が見込めないとなると手段は限られてくる。
「…………後で謝らねぇとなぁ」
躊躇いは一瞬。
そして私は彼女の唇を奪った。
同時に豊満で柔らかい双丘を指でかき分け、掌底で肺に圧力を加える。心臓マッサージの要領で内部の空気を押し出すために、胸骨越しに何度も何度も。
「――っ!? く、ふっ……ぁ、ん……」
熱い口腔内に差し入れた舌先に、肉質とは明らかに違う感触がある。
それを捉えたまま一気に吸い上げると甘いような辛いような苦いような、とにかく形容しがたい味が口全体に広がり、反射的に床に吐き捨てたそれはシュウシュウと不気味な色の煙を立てながら崩れ落ちて――って怖っ!? 何コレ怖ぁ!? 時間が経つとこんな風になるの!?
その光景に愕然とするも、ともあれ山田先生の呼吸は回復し肌に赤みも戻ってきた。残る問題は山積みだが、尊い人命が一つ救われたのだからひとまずは良しとしよう。
「……何を、やっているんだ……?」
バサッ、と紙の束が落ちる音。
抜き身の刀のように冷え切った声。
神様……テメェは本当に試練とやらを与えるのが好きらしいなこのドSヤロウ。
「山田先生と……何をしていたんだ?」
ドアの前に立つ姉さんの顔は蒼白で、足元には書類が散らばっている。
さて何をしているのかと問われると――上半身裸の男が無防備な女教師を押し倒し、小さな唇に吸いついておまけに胸を好き勝手に揉みしだいている……ように見えなくもない。しかも山田先生ちょっと内股擦り合わせちゃってるし。
はっきり言って、この画だけ目撃したなら十人中十人が有罪死刑の札を上げるだろう。
私、完全に犯罪者である。
またブレードの教育的指導が来るのかと痛みに身構えるが――現実ってのは想像の遥か斜め上を突っ走ってくださるようで。
「………………」
「いいっ!?」
声もなく唇を噛み締める姉上――その黒真珠のような瞳から頬を伝って零れ落ちる一筋の涙。
泣いちゃった! 泣かせちまった!?
誤解をしたまま立ち去ろうとする織斑先生の手を咄嗟に掴んで室内に引き入れたのは、我ながらファインプレーだったと自画自賛して喜んでいる場合じゃねぇっての!
顔だけ廊下に出して左右確認……幸いな事に目撃者はない。
ドアを閉めて施錠して、ついでに山田先生をベットにほっぽり投げて、気が動転しているせいか腕力が普段の半分も出ていない姉さんを壁に押し付ける。
ああもう、余罪がどんどん増えていっちゃうね畜生め。
「良いですか織斑先生、落ち着いて聞いてください」
「いやっ! 何も聞きたくない!」
「だぁから誤解なんですってば!」
「何が誤解だ山田先生とキスして胸まで揉んでたクセに! 馬鹿、スケベ、ド変態!」
癇癪を起こした子どものように振るわれる拳は少しも痛くない。むしろ殴った手の方が傷付いてしまうのではと思えるほどに華奢で、いつもは凛としている顔が涙と鼻水でくしゃくしゃ。
何年振りだろうな、姉貴の泣き顔を見るのは。
可愛いけどもこのままじゃ一向に話が進まない。
「いーから話を――」
「あっ……」
悲しみに震える身体を背後からキツく抱き締め、諸共に後方へ――
「聞かんかい!!」
「ふぐぅ!?」
空いているベットにジャーマン・スープレックスを叩き込んだ。
ホント、ロマンチックにゃ縁遠い姉弟だね私らは。
◆ ◆ ◆
「ぐすっ…………つまり山田先生が死にかけていたから助けていたと?」
「まあ、そういう事になりますねぇ」
「下心や不埒な感情は断じてないんだな?」
「ありませんありません」
口の中がすごく熱かったとか、指が沈み込むくらい胸が柔らかかったとか、肌色成分多めの夢に出て来そうだとか、そんな邪な思いは神に誓って持っちゃいませんのコトよ?
あれからおよそ三十分後。
落ち着いた織斑先生に事の顛末を説明し、どうにか誤解を解く事に成功した。それでもまだ私を睨め付ける視線には多少の疑念が含まれているが……まあそれは日頃の行いの悪さ故か。
とにもかくにも一段落して私は空のベッドに、姉貴は山田先生が眠りこけてるベッドにそれぞれ腰を下ろしてコーヒーを啜っていた。もちろん私は白衣に着替えて、だ。
「しかし……オルコットの料理はそこまで酷いのか?」
「情けないですが、私の口で言い表すにはちょいと語彙が乏し過ぎるお料理でして。ある意味では既に芸術の域――生きているのなら、神様だって殺してみせる。誇張だと疑うならそのテーブルに残りがあるんでお一つどうぞ。天にも昇っちまう味が体験できますよ?」
「そうなったらお前が助けてくれるのか?」
「口を吸われて胸を揉まれても良ければ」
「………………」
「………………」
何でそこで嫌そうでもない顔で黙っちゃうのかなお姉ちゃーん?
「……冗談だ」
「でしょうね。私も二回目は御免被りたいです」
そう言うと、今度は頬を膨らませてあからさまに不貞腐れた。
我が姉ながら考えている事がいまいち読めないから困る。あれか、思春期か。遅過ぎね?
「にしても、どうして山田先生がこの部屋に来たのかが分かりません。鍵だって確かに掛けていたはずのに――山田先生に限ってまさか強引にこじ開けたって訳でもないでしょうし」
「二人部屋だと言ったろう。合鍵を持たせているのだから不思議でも何でもない」
「……一番有り得ないと思っていた可能性だったんですけどねぇ」
部屋割りと同居人を決めたのは委員会……の後ろにある亡国機業。
これもスコール姉さんの『老婆』心――なぁんてうっかり口が滑らせようものならどんな報復が待っていらっしゃる事やら。年齢に関する単語には敏感だからなぁあの人も。
「ぅ……う、ん……あれ、私……?」
「ようやく起きたか山田先生。気分はどうですか?」
「織斑、先生――っ!? あの私、いきなりスミス先生と同じ部屋って言われて来たらテーブルにサンドイッチで美味しそうでお腹が空いてたからつい……その、ごめんなさい!」
別に謝ってもらうほどの事でもないのだが。
「あー……それに関しては出しっ放しにしてた私にも非があるんで気にせんでください」
「そうだぞ山田先生。この馬鹿にキスされたのだって犬に噛まれたと思えば――」
「織斑先生……」
「……あ」
「キ、キキキキ、キスですか!? じゃああれはやっぱり夢じゃ――はぅ」
山田先生、思考が追い付かなくなりオーバーヒート。童顔をトマトのように真っ赤に染め上げて再びベッドにぶっ倒れてしまった。忙しいお嬢さんだ全く。
何と言うか……色々あり過ぎて流石の私も疲れた。
「もう…………今日は寝ましょう」
「そう、だな。私も休みたい気分だ」
言うが早いか姉上はスーツの上着をぞんざいに脱ぎ捨てると、わざわざ私の隣まで来てごろんと横になった。汗で湿り気を帯び、胸元が大きく肌蹴たシャツに黒い下着が透けているのを弟として注意すべきか、それとも紳士として観賞すべきか――何とも迷いどころである。
と言うかこの部屋でお休みになるつもり? 私は何処で寝ろと?
仕方なくソファで寝ようとするも、白衣の裾を掴まれてしまう。
振り返るとそこには案の定、非難がましい目で私を見るお姉様が。
「お前はベッドのある自分の部屋でソファに寝るのか?」
「……私の目には両方使用中に見えますが」
「スペースならまだあるだろう? 良いから早く横になれ」
ダブルベッドじゃないんだけども、他ならぬ姉さんがそこまで言うなら――諦めるしかないか。
ではでは失礼をばして遠慮なく。
「あタッ」
目覚まし時計が飛んで来た。
「どうして山田先生の方で寝ようとするんだ馬鹿!」
「だーってこの前みたいに寝ぼけて殴られちゃ割に合わんでしょ」
「あ、あの時は――あの時だ! こっちにしろ!」
「殴らない?」
「くどい!」
からかうのもそこそこに、姉貴とは反対側――壁を向いて寝そべる。大人が二人で使うには少々手狭なベッドの上で、何かの拍子に触れ合う度に、ガキの頃はただ追うだけだった背中がビクッと弱々しく震えた。
「……一つだけ、聞きたいんだが」
「はい?」
「お前は、その……小さい女が好きなのか?」
また唐突な質問である。
「小さいってぇと背丈的に? それとも年齢的な意味で?」
「両方の意味でだ。そう……世間で言う小児愛好者じゃないよな?」
え、何? 私ってば知らない内に実姉からロリコン扱いされてるの?
オルコット嬢やのほほんさんと仲が良いのはセーフ? アウト? 一周回ってチェンジ?
「……真のロリコンは、決して自身をロリコンとは認めないそうです。何故なら彼らはあどけなき少女を既に立派な大人の女性として、認めているそうですから。つまり逆説的には、二十歳年下のお嬢さん方が普通に可愛らしく思えて『これじゃロリコンじゃね?』と苦悩している私はロリコンではないと言う訳です。安心してください」
「そ、そうか、それなら………………ん?」
「深く考えない方が良いですよフゲゲゲッ!?」
女性の薄着でのチョークスリーパーは大変危険なので止めましょう!
何故なら超やーらかい物体がワタクシめの背中に自己主張してくださるからです!
「小娘如きに現を抜かす暇はあるのに……少しは私を見ようとは思わんのか!」
「ちょっと調子乗り過ぎましたごめんなさいギブギブギブッ!」
「いーや許さん、絶対許さん! 私をイジメてそんなに楽しいかこの変態!」
「ヌゴゴゴゴ……」
楽しいって言えば……姉貴と遊ぶのは確かに楽しいやね。
デュノアさん家の親子関係やらボーデヴィッヒの存在意義やら――行列必至のイベントが多くて遠足前の小学生みたいにワクワクが止まらないが。
「でも、織斑先生もとても魅力的だと私は思ってますよ」
「…………うるさい、ばか」
しかしまあ、今夜は珍しくぐっすり眠れそうだ。
………………。
…………。
……。
――と、格好つけて締めくくったけどもさ。
抱き着かれたまま寝息立てられてぐっすりできるかっての。
ああ性欲を持て余す。
姉弟の自覚なきイチャイチャ回。
今回のリクエストは、
ヌホホさんより、
・「真のロリコンは、決して自身をロリコンとは、認めないそうです。何故なら彼らはあどけなき少女を既に立派な大人の女性として、認めているそうですから」(物語シリーズ:八九寺)
クリティカルさんより、
・「生きているなら、神様だって殺してみせる」(空の境界:両儀式)
ニコ虎さんより、
・「性欲を持て余す」(MGシリーズ:スネーク)
でした。