織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ―   作:久木タカムラ

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今回はちょっと駆け足です。


023. 毒料理とルームメイト

 グレネードで真っ昼間から花火ごっこをしたり少年が黒コゲアフロになったり山田先生と仲良く正座して姉貴の説教を食らったり――色々あったが模擬戦そのものは問題なく終了した。もちろんおチビやオルコット嬢、デュノアくんには傷一つない。

 そして授業は進み、現在私は鎮座するラファールの前でパンパンと手を叩いていた。

 他にも用意された訓練機に一人ずつ、歩行訓練の指導役として少年やオルコット嬢達がそれぞれ割り当てられている。ちなみに一番騒がしいのが少年の列で、一番静か――と言うか重苦しい空気なのがボーデヴィッヒの列だ。足して二で割ったら丁度良くなりそうな気がする。

 

「はーい並んで並んでー。あんまり遅いと夜中に部屋行って襲っちまうぞー」

「真顔で何をほざくか貴様はー!!」

「少年バリアー!」

「ふぬぁっ!?」

 

 投げ縄で引き寄せた少年の股間に、殺人出席簿が深々と突き刺さる。

 

「マ、マモレナカッタ……がふっ」

 

 昔の私の息子が戦闘不能で一大事。

 

「少年が死んだっ!」

「「「この人でなし!」」」

 

 つーかネタに走る少年もだけど、二組の子も混ざってるのにノリ良いねキミ達。

 血染めの出席簿と青白い顔で半死半生の少年を姉上にクーリングオフし、何やかんや騒ぎつつも素直に並んでくれたISスーツ姿のお嬢さん方を見やる。ふぅーむ、それなりに大きいのから手に収まるサイズまでよりどりみどり。こんなに沢山いると選べなくてオジサン困っちゃう――なんてアホな事考えてるから誰かさん達に睨まれちまうんだよなぁ。

 

「センセー、まだ織斑センセーとセッシーがこっち見てるよ~?」

「うん、後で私が殴られたりビーム撃たれたりすると思うから今は気にすんなー。そんじゃまずはのほほんさんから乗ってみようかー」

「はーいっ」

 

 元気良く挙手して返事をする、やはりISスーツ姿ののほほんさん。

 そのほんわかした雰囲気に似合わない超凶悪ボディをお持ちであらせられるため、柔らかそうな部分が揺れに揺れちゃって汚い中年には目の毒だ。煩悩を追い払うために一旦山田先生のお胸様をじっくりしっかり網膜に焼き付けて、着ぐるみ大好きのんびり娘に視線を戻す。うん、とりあえずしばらくは大丈夫になった。毒をもって毒を制す。

 

「む~……センセー、とってもしつれーな事考えなかった~?」

「いやいやまさか。じゃあちょっとその辺を歩いてみようか」

「はぁーい」

 

 いやはや乙女の勘ってのは相変わらずおっそろしいねぇ。昔からやましい隠し事があるとすぐにバレちまうでやんの。でもだからって……コンビニの店員のねーちゃんと手が触れ合ったくらいで監禁されて去勢されそうになるのは絶対に間違っていると思う。いやぁあん時のデュノアは怖いのなんのって、涙目で『…………一夏は僕のだもん』とか言われた日にゃどんな顔をすれば良いのか分からなかった。

 

「ゆっくりで良いから転ばないようになー。まあ転びそうになったら支えてやるけどねー」

「胸揉まれそうだから遠慮しま~す」

「はっはっはー……しまいにゃ泣くぞチクショウ」

 

 まあ、警察のご厄介になりそうなやり取りはこのくらいにして。

 授業で何度か動かした経験が生かされているおかげか、多少ぎこちない歩みではあるものの特に大きなトラブルも起きず、比較的すんなりと一巡目は終了した。教え役の私が慣れていたって事もあるかも知れんが――そいつは昔取った杵柄だぁね。

 時間も余ってるしもう一巡させてみようかとぼんやり考えたところで、二組の生徒にくいくいと白衣の袖を引かれた。

 

「シュミット先生、あれ……」

「どれ?」

 

 彼女の指差す先には直立不動の打鉄があり、白式装着済みの若サマーが同じグループの女の子を抱き上げている真っ最中だった。ちょっと内股気味なのは触れない方向で。

 それを目の当たりにした篠ノ之が不機嫌顔になり、おチビも露骨に口を尖らせ、オルコット嬢が優雅にお茶会を開いてデュノアが宝塚を演じてボーデヴィッヒは何時の間にかグループメンバーに可愛がられてもにゅもにゅされていた。授業しろやヨーロッパ勢。

 んでもって、非常にイヤナヨカンがしたので振り返ってみれば――

 

「……何と言う事でしょう」

 

 屈ませたはずのラファールがジョジョ立ちしてらっしゃるではあーりませんか。

 笑えねぇよこの悲喜劇的ビフォーアフター。

 プリンセスダッコーをやりやがってる阿呆一名を指して、

 

「私にもあれをやれ、と……?」

 

 頷かれた。

 ものっそい期待した目で頷かれちったよ。

 胸触られるから遠慮するとか言ってたのに――いっそ本当に揉んだろか。そうなったら私の頭が大量のブレードで生け花みたいに飾り付けられる羽目になるだろうが。

 ええい、こうなりゃ男は度胸だ。

 

「よぉし、お望み通りにしてやるから覚悟しやがれ。まずは右端のキミからだ」

「さっきと順番が違いませんか?」

「胸の大きい順」

「「「さらっとセクハラ発言!?」」」

「でで~ん。田中先生、アウト~」

「好きに言えや。開き直った私はもう何も怖くない――おやどうしたの織斑先生にオルコット嬢もそんな重くて硬くて斬れそうな物で念入りに素振りなんか始めちゃってギャアアアッ!!」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 何処かの馬鹿が尻を四分割された授業も終わり、現在は昼休み。

 織斑一夏、篠ノ之箒、凰鈴音、そしてシャルル・デュノアの四人(・・)は男子目当ての好奇の視線から逃げ隠れるように、欧州情緒漂う屋上で丸テーブルを囲んで持参した弁当を広げていた。

 誘われてまんざらでもなさそうな鈴音とシャルルに比べ、さりげなく想い人の横に陣取った箒は浮かない顔――と言うより明らかに不満げだ。

 言わずもがな、女心を分かってくれない隣の幼馴染が原因である。

 

「あのー……箒? 箒さん? そろそろ俺も弁当をいただきたいのですが――」

「ん……」

「……何で怒ってんのさ」

「怒ってなどいない」

 

 二人きりでの仲睦まじい昼食風景を思い描いていたのにこの仕打ち。

 恋敵の心境を悟った鈴音は一夏の鈍感具合に溜め息を吐き、シャルル――シャルロットも多感な少女特有の観察眼から状況を把握し、この場に同席している事を視線で箒に詫びるのだった。

 しかしまあ――それはそれ、これはこれ。

 まだ一夏の毒牙にかかっていないシャルロット(もう面倒なので本名で)はともかく、手遅れな鈴音としてはわざわざ敵に塩を送るのも面白くない。

 好機と見たらすぐ行動に起こすのが凰鈴音の長所であり短所。

 一夏が篠ノ之印の弁当を受け取る前に――先手必勝とばかりにタッパーを彼の前に放る。

 

「ほら、アンタの分の弁当」

「――っと。コラ、食べ物を投げるなよ」

「味は変わらないでしょ」

 

 飲食店の娘なのにその発言と行動はどうなのだろうか。

 ともあれファースト幼馴染よりも一歩リード(?)したのは事実。現に、先を越された箒は己の踏ん切りの悪さを悔やんでいるようだった。

 そんな箒の気持ちも知らずに、一夏が特製酢豚に箸を伸ばそうとしたその時――

 

「待ティ!」

 

 何処からともなく、ギターとトランペットの奏でるメロディが流れてくる。

 

「美味シクデキタダロウカ、喜ンデクレルダロウカト、大キナ期待ト不安ニ心揺サブラレナガラモ健気ニ想イヲ込メタ乙女。ソノ花ノ如キ愛情ニ気付カヌ罪深サ――人、ソレヲ『愚鈍』ト言ウ!」

「だ、誰だ!?」

「貴様ラニ名乗ル名前ハナイ!」

「……こんな登場の仕方するのはあの人くらいでしょ」

Exactly(そのとおりでございます)

「名乗らないけど肯定はするんだ……」

 

 一夏達を見下ろせる場所から、逆光を背負って立つ人物。

 それは案山子のような、あるいは鳥避けバルーンのような一つ目マスクを被った全身黒タイツの変人であり、どう控え目に見ても『正義の味方』と言うより『悪の下っ端戦闘員』としか思えない風貌をしていた。

 口上を言い終えた怪人は、近くのハシゴから普通に降りて来る。

 

「飛び降りたりはしないんですね……」

「メシ食ッテルンダシ埃トカ入ッチャウデショウガ」

 

 妙なところで常識的な男である。

 

「と言うか、その喋り方苦しくないんですか?」

「ウン、ブッチャケスッゲー苦シイ」

 

 首元のロープを緩めて素顔を晒す変人。

 被っても脱いでも不審者の立場から逃れられないのは、間違いなく普段の言動が影響している。

 人、それを『自業自得』と言う。

 

「んむ? オルコット嬢は一緒じゃないの?」

「オルコットさんなら僕達におすそ分けしに来て、先生を探しに行きましたけど……」

 

 丸テーブルの中央に置かれた小さなバスケット。その中には一口サイズのサンドイッチが綺麗に並べられているのだが、刺激的かつ芸術的な味を知る一夏、箒、鈴音は元より、あのシャルロットでさえも手を付けようはしない。

 食べてもらえないからか、それとも内に秘められた毒性からか、サンドイッチは食品らしからぬドス黒いオーラを漂わせている。

 

「あーららら、そーゆー展開っすか」

「展開?」

「いやいや、こっちのハナシよムグムグ」

「あっ、俺の酢豚!? 何時の間に!?」

「篠ノ之からの弁当もあんだろが。うん……上出来。おチビ、お前良いお嫁さんになれるぞ?」

「お嫁――い、いきなり何言ってんのよ! てかおチビ言うな!」

「おチビはおチビだからなぁ」

「ふしゃー!」

 

 変人に飛び掛かろうとして簡単に頭を押さえられる鈴音。

 傍目には親子のようにも見える微笑ましい光景に、愚か者の一夏は――

 

「ホント、先生って羨ましいくらいセシリアや鈴に好かれてるよなぁ」

「…………」

「…………」

「ど、どうしたんだよ二人揃って怖い顔して。箒とシャルルまで……」

 

 一体どの口がほざきやがるのか――と阿呆以外の四人の思考がシンクロする。

 ここまで鈍感となると最早ショック療法しかない。

 

「……一夏、ちょっと口開けなさい。早く」

「お、おう……?」

「ふんっ!」

「もがっ!?」

 

 避けられないよう箒が脇から一夏の頭を固定し、シャルロットがバスケットを持ち上げ、鈴音がサンドイッチを引っ掴んで馬鹿正直に開けた口に突っ込み、ダメ押しに変人がマスクを被せる。

 先の授業での失態を挽回できるほどの――電光石火の連携プレー。

 含んだ劇物を吐き出す事もできず、奇怪なマスク姿のまま、少女達の想いに気付けない若輩者は哀れにもひたすら悶えるだけだった。作ってもらったお弁当は美味しくいただきましょう。

 素敵な味にぴくりひくりと痙攣する一夏の末路を見届け、タイツ姿の怪人は静かに踵を返す。

 

「今日の私は紳士的だ。運がよかったな……」

「変態紳士の間違いでしょ」

「そーともゆー」

 

 IS学園は今日も平和である。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「あ、小父様! やっと見つけました!」

「……わぁお」

 

 女子が溢れる廊下の向こうから、花を振り撒く笑顔でオルコット嬢が駆け寄って来る。

 うん、もうこの際懐かれるのは非常に嬉しいと甘んじて受け入れる覚悟ではあるが、終了間近の昼休みと言う状況――そして彼女が手に持つバスケットを見て思わず身が強張ってしまう。

 屋上で少年を苦しめた一口サンドイッチよりも、さらに禍々しいオーラ漂わせる暗黒物質。

 これで見かけだけはレシピ本の写真通りに完璧だから余計に落差が激しく、視覚と味覚が受ける正反対の衝撃もさぞかし大きい事だろう。

 ちなみに二十年後のオルコットだが、料理の腕は全くと言っていいほど上達していない。むしろ悪化の一途を辿っている。火中に投げ込むと即席の催涙弾と化し、一部の地域では持込禁止になり英国首相と女王陛下を悩ませるレベルなのだから、その威力は推して知るべしと言う他ない。

 もぢもぢと頬を赤らめながらオルコット嬢は言う。

 

「その……実はわたくし……」

「あー……少年達から話だけは聞いてる。弁当作って私を探してたんだろ? スマンね、ちょいとばかしやらにゃならん事があったんだ」

 

 おチビと篠ノ之の応援をしたり少年にポイズン料理食わせたり一人ババ抜きしたり。

 一つ嘘だけど。

 

「い、いえ謝っていただくほどでは。小父様も色々とお忙しいでしょうし……わたくしの身勝手な都合でお手間を取らせる訳には参りませんわ」

 

 そこまで忙しくもないんだけどねぇ。

 

「あの、ところで小父様。食事の方はもうお済みに……?」

「……いやいや流石にねぇ。お前さんが弁当作ってくれてるって言われたのに、普通にメシ食って腹一杯になる訳にもいかんでしょ。照れてないで早くソレ渡しなさい」

「――っ、はいっ!」

 

 受け取らない、と言う選択肢は元からない。

 BLTサンド(仮)を食べた瞬間に悪寒が走り、味覚の異常を察知したナノマシンが危険信号を発信してきた。ワーニン、ワーニン、この物質は大変危険です。それがどうしたコンチクショウ。

 表情筋を総動員して取り繕い、どうにか口元だけでも笑みを形作る。ふふぉーう、顔面の神経がこれでもかと痙攣してらっしゃるぜ。甘いとか辛いとかもう超越してんだもの。

 

「ど、どうですか……?」

「うん……まあ、飛び上がりそうな味?」

 

 としか言えなかった私は意気地なしだろうか。

 でもまあ、嬉しそうにはにかむオルコット嬢が見れたから良しとしよう。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「言い忘れていたが、お前には部屋を移ってもらう事になった」

「いよいよ独房行きですか? できればトイレくらいは付いてる部屋が良いんですけど」

「お前の普段の言動を鑑みると鎖で縛り付けておくのが最適だと思うが…………内装自体は今まで使ってきた地下の部屋と変わりはない。いや、むしろそれ以上かもな」

「『ベッドもシャワーも冷蔵庫もある好物件! ただしシルバニ○ファミリーのお家!』みたいなオチじゃないでしょうね? 人形遊びをするには年食い過ぎてますよ私は」

「馬鹿。ちゃんと人が住める部屋に決まっているだろうが」

「ですよねー。言ってみただけです」

「…………ちなみに二人部屋だ」

「何ですと?」

 

 ――なんてやり取りが放課後にあって、夜。

 移住先として指定された学生寮の一室で、する事もなかった私は顔も分からないルームメイトに心中で断りを入れ、とりあえずシャワーを浴びていた。

 降り注ぐ熱い雫に打たれて思考が加速する。

 

「いきなり部屋替えたぁね……」

 

 全寮制の学園なら別に珍しくもない話だが――生憎と私は学生でもなければ職員でもない。

 そもそも私に地下の部屋を宛がったのは学園の上層部とIS委員会だ。となれば、今回の異動もそっち方面からの指示と言う事になる。先日の粛清でメンバーが一新した今となっては、つまりは裏で納豆みたいに糸を引く亡国機業の意向と受け取れる訳だが……謎の同居人までオマケに付けるとかあちらさんも何考えてんのやら。

 含み笑いのスコール姉さんの顔が浮かぶ。

 

「……まあ、次の委員会は上手くやってくれるでしょうよ」

 

 組織である以上一枚岩とはいかないだろう――それでもスコール姉さんと秋姉、そしてマドカの実力は十分信頼に値する。譲歩と交渉の結果で左右されるのはやむを得ないが、同盟を組むまではいかなくとも敵対関係になる事はないだろう。

 結局はいつも通り、なるようになるしかない訳だ。

 と、自己完結してシャワーを止めたところで、

 

「…………ん?」

 

 シャワールームの外、もっと言うなら脱衣所の外から、ドサッ、とそれなりに重量のある何かが落ちる音が聞こえた気がした。

 はて、念のため鍵を掛けたはずだが?

 スウェットパンツを穿いただけの状態で頭を拭きつつ脱衣所を出ると――

 

「……はい?」

 

 食べかけのサンドイッチを手に、魂が半分抜け出た山田先生が倒れていた。




 衝撃的ルームメイト登場。
 そして次回は人命救助してチッフーとちょっと修羅場。
 おそらくは今年最後の更新となります。


 今回のリクエストは、

 namcoさんより、

・「今日の俺は紳士的だ。運がよかったな・・・」(テイルズオブデスティニー2のバルバトス・ゲーティア)

 ネギ・グラハムさんより、

・「マモレナカッタ……」(テイルズオブシリーズ)

 サルベージさんより、

・ロム立ちでの説教(マシンロボ・クロノスの大逆襲)

 ニコ虎さんより、

・「Exactly(そのとおりでございます)」(ジョジョシリーズ)

 あだちさんより、

・「次の委員会は上手くやってくれるでしょう」(AC:セリフ改変、あるいはTRPG『パラノイア』)

 パンダ三十六か条さんより、

・12thのコスプレ(未来日記)

 でした。

 それでは皆様、良いお年を。

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