織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ―   作:久木タカムラ

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はい、シャル・ラウラ編直前の土日。
少年一夏が弾の所に遊びに行っている時の話です。


念のため注意を。


ぶっ飛んでます。


019. 夏と秋

「…………誰だよお前。ここは何処だ? どうして私は素っ裸なんだ!?」

 

 眉間に照準を定めた銃口に対し、私は大人しく両手を上げた。

 一九五〇年にアメリカで開発された三十八口径リボルバー『S&W M36』――携行性の高さから護身用として今も根強い人気を誇る小型拳銃だが、彼女が隠し持っていたのは『Lady Smith』と呼ばれる女性向けモデルだった。弾丸が五発とも装填されているのは既に確認済み。

 とりあえず眼前にある物を適当に観察してみたものの、だからと言って事態に何かしらの変化が起こる訳でもなく――彼女がその白くて細い人差し指を少しでも動かせば、私の命は紙クズよりも容易く吹き飛ばされる事になるだろう。

 しかしまあとにかく、問答無用で鉛玉をぶっ放されたりISを展開されたりしなかっただけまだ救いはある方だ。多脚からの銃弾で蜂の巣にされる最期など御免被りたいし、日本男児ならやはり畳敷きの部屋で腹上死…………は、ちょっと違うか。

 何にせよ、気の短い彼女でも少なからず混乱しているのが幸いだった。

 

「ここは日本のホテルです。貴女は昨日、私と一緒にこの部屋に泊まったんです」

 

 真っ当な宿泊施設かと聞かれたら答えはノーだけども、それはさておき。

 カーテンで肢体を隠したまま訝しむ彼女に、私は冷静に事情の説明を行う。命を握られながらの綱渡りな現状だが、この程度の窮地は慣れっこだったりするので比較的気は楽だ。

 

「ホテル……それに日本だと……?」

「憶えてませんか?」

「知るかよ、こっちは頭が割れそうなんだ」

「相当飲んでましたからねぇ。そりゃ二日酔いにもなりますよ、オータムさん(・・・・・・)

 

 ――オータム。

 謎多き秘密結社『亡国機業(ファントム・タスク)』の一員。

 実働部隊に所属する我が妹マドカの同僚。

 そして、未来においては私も少なからず世話になった姐御肌の女性。

 

「お前、私のコードネームを……」

 

 はてさて、まず何処から話せばいいのやら……。

 以下回想!

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 ゴーレム騒動から一月ちょい経って今は六月。

 座学が中心だった授業もいよいよ本格的になり――と言っても普通の高校に比べたら入学初日の時点でかなりハードだが――打鉄やラファールを使う実習も徐々に増えてきた。おっかなびっくり歩行訓練に勤しむ様子がヒヨコのように見えて初々しいやら微笑ましいやら。

 ちなみに二組との合同実戦訓練が始まるまでオルコット嬢はクラスメイトの補助を、基本知識がパッパラパーな少年は補習漬けの毎日である。専用機持ちだろうと楽させてはもらえないのだ。

 でもって、本日は土曜日。

 委員会から呼び出しがあったとかで織斑先生は不在らしく、私はと言えば轡木氏と将棋指したり二人で植木をファンシーに切り揃えたりして暇を潰していたのだが、やはりツッコミ役がいないと張り合いがない。……姉さんと一緒だったらそれはそれで今はちょっと気まずいんだけども。

 いつも陰から見守っている(?)更識姉も更識姉で、額に青筋を浮かべた布仏姉に引き摺られて生徒会室に連行されたため、本当に珍しく監視の目がない。

 てなワケで鬼、もとい姉ズの居ぬ間に何とやら――久々に外出してみようと考えた私はこっそり学園を抜け出し、歓楽街から脇道に入って進んだところにあるバーに来ていた。

 古色蒼然とした雰囲気を持つジャズバー。

 オネエサマ行きつけの『バー・クレッシェンド』とも違う独特の静けさを感じさせる――しかし実は此処、何を隠そう『亡国機業』が隠れ蓑に使っている店だったりする。

 曲がりなりにも『バー』と銘打っている以上もちろん一般客もアルコールや音楽を嗜みにやって来るけれども、それ以外のほとんど九割は表に出られない仕事人や亡国以下略との裏取引のために訪れる輩ばかりで、もうどうにもこうにも毎日がトラブル続出ダークネスなのであった。宇宙人は登場しないしラッキースケベなどまず起きないとこの場で言っておく。

 

「…………いらっしゃい」

 

 店内に一歩足を踏み入れると、すぐにマスターの鋭い視線が飛んできた。

 このマスター、まだまだ若いが中々の修羅場を生き抜いていると私は推測する。潜入捜査員とか見抜く眼力がなければこんな場所を任されてはいないし、未来でも白髪やシワが刻み込まれた凄味十割増しの風貌で店を切り盛りしているのだから、その実力は折り紙付きという事なのだろう。

 

「ギムレットを」

 

 マスターは黙って頷くと、グラスにジンとライムジュースを注ぎ始めた。

 それはまあ、良いのだけども……。

 

「…………ぅ~」

 

 私から空席を三つ挟んで、ロングヘアーの女性がカウンターに突っ伏している。

 薄い紺色のパンツスーツに身を包んだ姿は仕事のできる女秘書かバリバリのキャリアウーマンを思わせるが、時折聞こえてくる呻き声だか唸り声だかで色々とぶち壊しになってしまっていた。

 顔は分からないけど間違えようもない。

 ええと……何でこんな時間から酔い潰れてるのさ、オータムの姐御ってば。

 

「あの、彼女は何時から此処に?」

「……三時過ぎにお見えになって、それからずっとですね」

「飲んだ酒は?」

「ルシアンにオレンジ・ブロッサム、アレキサンダー、B-52にスコーピオンです」

「うわあ……」

 

 どれもこれもアルコール度数の高いカクテルじゃねぇか。

 何だ何だ、スコール姉さんが三行半でも残して実家に帰ったか? 何処だよ実家。

 ともあれシャットダウン寸前な姉貴分を見捨てる訳にいかないのも事実。このままじゃその辺のゴミ捨て場で爆睡して巡回中のお巡りさんに職質を受けるのは目に見えている。

 

「……もしもし、こんなところで寝たら風邪をひきますよ?」

「ぅ……うっせーなぁ、テメェには関係ねーだろぉが。てかこんな美人とおハナシできてんだから一杯二杯三杯奢って感情昂ぶらせて号泣しやがれよこの声だけ柱男」

「あァァァんまりだァァアァ――っ!」

「お客様、店内ではお静かに」

「あ、ハイ」

 

 しっかし、ネタ抜きにしてもあんまりな酒癖の悪さだ。

 流石は男嫌いで通ってる秋姉、女ジャイアンの異名は伊達じゃねぇな。まあ、そのアダ名を流布しまくったのは酔っ払った私とマドカなんだけどもね。やっぱり工業用アルコールのちゃんぽんはマズかった、色んな意味で。目が覚めたら組織の拠点の一つがほぼ全壊状態で、兄妹揃って記憶がすっぱり抜け落ちてたんだから。

 

「酒ー!」

「終わりですって。あと一杯でも飲んだら明日は一日中便器が友達になりますよ? はいはいはい撤収撤収、酒は飲んでも飲まれるなー!」

「はーなーせーよー!」

「いーやーでーすーっての」

 

 折角のギムレットを味わう余裕もなく一気飲みして二人分の料金を払い、お姫様抱っこと言うかほぼ羽交い絞めの体勢で店の外に秋姉を運ぶ。見方によっては紛れもなく誘拐犯である。

 

「スコールとも最近ご無沙汰だしさ、エムは新入りのクセに生意気だしさ、連携取れって言われたから部隊の奴らに話しかけたら怖がられるしさ、回されてくる仕事だって長くて面倒臭くて汚れて疲れるのばーっか! 偉そうに命令するんだったらまずはテメェでやってみろってんだ!」

「言ってる事が中間管理職のサラリーマンと大差ねぇぞ……」

 

 悪の秘密結社にもそれなりの苦労があるようだ。

 そんな戦うOLの気苦労には同情しておくとして、この荒ぶる飲んだくれをタクシーに乗せたりなんぞしたら道中でどんな内部情報を漏らすか分かったもんじゃない。そもそも私は送り届け先も知らんのだ。宛先不明とかでダンボールに入って戻って来たら目も当てられねぇわ。

 

「……まずは酔いを覚まさん事にはどうにもならんわな」

 

 幸か不幸か、立地が立地なので『休憩場所』には困らない。

 前後不覚の女性を連れ込むなど不本意ではあるが背に腹は変えられんし、一、二時間くらい横になって休めばマシになるだろうと安易に考え、彼女に肩を貸しながら私は――

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 はい、そういう訳です。

 んで朝になって起こしたら、いきなり悲鳴を上げられてこうなっちゃってます。

 私一人じゃこれ以上どうにも――ならなくもないけれど、片っ端から電話してスコール姉さんに来てもらえば良かったじゃねぇか、と後悔する。二時間休憩コースから宿泊コースに延長しといて後悔もクソもないが。

 説明を終えると、秋姉(私より若い)は震える声で言った。

 

「じゃあ……何か? 私が裸なのはつまりお前が……」

「それに関しては全面的に肯定しま――」

 

 乾いた発砲音。

 九ミリの弾丸が頬に浅い擦過傷を作る。興奮のあまり狙いがズレたらしい。

 

「殺す――ぶっ殺してやる!!」

「どうぞご自由に」

 

 過程はどうあれ、結果的にそうなってしまったのは覆しようのない現実だ。

 全殺し確定の敵ならまだしも、紆余曲折あって信頼した身内相手に知らぬ存ぜぬ見て見ぬ振りを突き通すくらいなら、私は非を認めて撃ち殺される事を選ぶ。

 裸を晒す事も厭わず、秋姉(くどいようだが私より年下である)は硝煙を吐く銃口を私の眉間に押し付ける。目尻に浮かぶ涙を見ていると、申し訳なさで心が冷えていく錯覚に陥った。

 

『――そこまでよ、オータム。銃を下ろしなさい』

「スコール!?」

 

 通信回線から届いた声に秋姉が驚く。

 ついでに言えば私も少なからず驚いている。

 この時代で縁もゆかりもない初対面の私を擁護するような物好きなど――それこそランスローに興味を持っているだろう篠ノ之博士くらいだと思っていたのだから。

 

「けどスコール、この野郎は――」

『下ろしなさいと言ってるの。彼が本当に敵だったら、その銃も「アラクネ」も今頃貴女の手元になくて私の声を聞く事もできないはずよ?』

「――ちぃ!」

 

 銃口から解放された私は両手を下ろし、姿の見えない美女に声をかけた。

 

「……まさか止めてくれるとは思いませんでしたよ、ミス・ミューゼル」

『あら、まるで私が見ている事に気が付いていたような口振りね』

「バイタルチェックと監視用を兼ねたナノマシンでしょう? 注入された相手が見聞きした映像や音声を逐一送信するタイプの。外からじゃ分かりませんが、私はその……直に触れて調べる機会はいくらでもありましたので」

「テメェ……!」

『オータム、その話は後にしなさい。……じゃあ、どうして私が今になって通信を寄越したのかも大体の見当はついているのよね?』

「だから急いで彼女を起こしたんですよ」

 

 全く何処で嗅ぎ付けたのやら。宇宙人との交渉とか他にも仕事は山積みだろうに。

 

「スコール、一体何の話をしてんだ!? 私にも説明しろよ!」

『そうね――貴女の後ろにある窓からも見えるはず。ゆっくり下を確認してみなさい。くれぐれも連中に感付かれないように』

 

 秋姉は言われた通りにカーテンの隙間から外を見て、

 

「……何者だ、アイツら」

 

 ようやく周囲の異変を察知したようだ。

 元から人気に乏しかった裏通りはより一層静けさと不気味さを増し、向かいのビルの屋上や建物の陰から、まるで住人と入れ替わったかのように黒服共がこちらを監視している。国連が開発したパワードスーツ『EOS』――エクステンデッド・オペレーション・シーカーまで現場に引っ張り出してくるとか、城攻めでもする気かあのG軍団は。

 

『連中の狙いについて心当たりは?』

「あり過ぎる……ってのが正直な意見ですが、今回の最有力候補はコイツ(・・・)でしょう」

 

 ゴーレム襲撃事件から懐に入れっぱなしだったそれ(・・)を秋姉と、彼女の目と耳を通じて話し合いに参加しているスコール姉さんに見せる。

 

「おい、それって……」

『IS学園を襲った無人機の――二機目のコアね?』

「ご名答。一機目……織斑少年と交戦した奴のコアは学園の管理下にありますが、もう一機の分は大半の部品と一緒に私が掠め取っておいたんです」

『道理で連中の様子がさっきから慌しいはずよ。傍受した通信も物騒なのばかりだし、ホテルごと爆破してでも手に入れる気かしら』

 

 ラブホで爆死――ってのも滅多にない死因だわな。私ゃリア充じゃねぇってのに。

 

『じゃあそんな訳だからオータム、貴女は早く彼と共にそこから脱出なさい。合流ポイントまでのルートは送信しておくから』

「おいスコール! こんなゲス野郎と一緒に逃げるとか冗談じゃねぇぞ!? つーかアイツら程度ならIS使って蹴散らしゃ良いだろうが!」

 

 ……どうもゲス野郎です。

 止まる事を知らないイノシシ作戦に、スコール姉さんが溜め息を零す。

 

『貴女ねぇ、今回のお仕事はIS委員会メンバーの始末(・・)なのよ? アラクネで暴れて無駄に騒ぎを大きくさせちゃったら、ターゲットが巣に引き籠もってしまう可能性だってあるわ。そうなったらまたプランを一から練り直しよ? 絶ッ対寝不足なるわよ? 目の下に隈ができるのよ? お肌も荒れちゃうのよ? エムに「……老けたか?」とか真顔で言われるのよ? それでもいいの?』

「ぐっ……ぬ」

『だからISの使用は控えなさい』

 

 女らしいなぁ、と納得すべきなのか甚だ微妙である。

 と言うか、そんな理由で暗殺を強行されるターゲットが不憫でならない。

 

「――チッ、わーったよ! おいテメェ、私の足引っ張ったらその場で撃ち殺すからな!?」

『オータムのエスコートよろしくね、色男さん』

「……善処しましょう」

 

 こうして。

 私の日曜日が騒がしくも静かに幕を開けたのだった。




今回のリクエストは、

ライカミングさんより 

・「あァァァんまりだァァアァ」(ジョジョ第二部 エシディシ)

でした。

長引きそうだったので分割しました。

後編も早めに出せたらいいなぁと思ってます。

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