織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ―   作:久木タカムラ

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017. 虎狩り

 閃光、爆炎、衝撃。

 一時的に五感が潰れた鈴音は、ただされるがままに押し倒され、上から覆い被さる一夏の重みを感じる事しかできなかった。場合が場合だったら――たとえば寮の自室や夕日に染まる保健室なら願ってもない展開だが、悲鳴が飛び交うこんな状況では頬を赤らめる余裕などあるはずもない。

 とにかく耳鳴りが酷い。視界も揺れる。

 絶対防御は搭乗者の命が危険に晒された時に発動する。裏を返せば、脳が揺さ振られた程度では発動せず――皮肉にも一夏に向けて放った衝撃砲《龍咆》と同様に、シールドバリアーを貫通して爆発の余波がダイレクトに伝わってしまうのだ。

 もしかしたら、ほんの数秒だが気絶していたかも知れない。

 いや――気絶だけで済んだのならむしろ御の字、これ以上ない奇跡と言える。

 あれだけ高出力のビーム砲撃に巻き込まれて五体満足、無傷で生還できたのは、やはり幼馴染の少年が身を挺して庇ってくれたからだろう。

 

「一夏、あ、ありが――」

「――先生ェ!!」

 

 だが、一夏の叫びによって、すぐに自分の予想が外れていた事に気付く。

 彼もまた、自分と同じように助けられていたのだと――否応なく気付かされる。

 

「…………え?」

 

 震える視線の先には、両腕を広げて立つ黒鎧の魔人。

 攻撃を受け止めたと思しき背中からは煙と肉の焦げたような臭いが立ち上り、その他にも損傷が酷く――特に左腕は装甲が完全に吹き飛んで、焼け爛れた肌が露出してしまっている。

 あまりにも凄惨な姿に、鈴音も一夏も言葉を紡ぐ事ができない。

 それは観客席で逃げ惑う生徒達や学園及び政府関係者――モニター越しに見ていた千冬も真耶も例外ではなく、悲鳴や喧騒が嘘のように止み、全員の視線がランスローに釘付けとなった。

 先のセシリア戦で有り余る力を披露した暴虐の化身。

 その彼でさえたった一撃で敗北したのかと、皆が悲嘆に暮れる中――

 

 

 

「いやーはっはっはっ、あー……ったくクソ痛ぇなゴラァ!!」

 

 

 

 ジョン・スミス、あるいは田中太郎、またの名をハンス・シュミット。

 他ならぬ、偽名しか名乗らない仮装好きの変人自身が――チンピラじみた台詞でもって絶望的な雰囲気を完膚なきまでにぶち壊した。

 

「はれ……?」

「すっごいピンピンしてる!?」

 

 これには鈴音も驚きを隠せない――と言うか、さっきから驚かされてばかりだ。

 流石に左腕は使えないのかだらりと垂れ下がったままだが、背中に負った重傷など何処吹く風と言わんばかりに黒槍を担ぎ直し、両足でしっかりと大地を踏み締める。

 直立不動、泰然自若。

 そして、およそ戦いの場には似つかわしくない、あっけらかんとした口調で笑う。

 

「おおスゲェ見て見て、私らの周りがかめ○め波食らったみてぇに抉れてんぞ」

「いや、あのっ! 先生大丈夫なんですか!? 腕とか背中とか!」

「ギャグパートじゃねーんだから痛いに決まってんだろ馬鹿。泣き喚いてそのまま山田先生の胸に飛び込んで優し~く癒されたいくらいだっつーの。だから早く逃げろっつったんだ。まあ、まさか奴さんがあんな風になっちまうとは思わんかったし、自業自得っちゃあ自業自得ではあるがね」

 

 変人は動かない。

 鈴音と一夏の前から、決して動かない。

 顔をこちらに向けて、へらへらと軽い態度を保ちながら、しかし背後の『敵』から一瞬たりとも意識を逸らさず、何らかの動きがあれば即座に対応できるよう気を張り巡らせている。

 鈴音とて代表候補生を担う身、実戦における最低限の知識くらいは本国で頭に詰め込んだつもりだったが、目の前の男はその有様と風格、立ち居振る舞いのみで、座学では到底得る事のできない経験と現実を――本当の『戦場』の姿を体現する。

 IS学園に突如として現れた特S級危険人物。

 噂だけは聞かされていたが、まさかここまでデタラメで――頼もしいとは思わなかった。

 

「さて、少年とおチビ。キミ達はアレ(・・)をどう見る?」

「どう……って言われても」

 

 返答に窮する一夏。

 無理もない。そもそもこの場この状況で完璧な答えを知る輩がいるとすれば、質問を投げ掛けたジョン太郎(仮)本人か、それこそ襲撃を企てた犯人くらいのものだろう。

 黒鎧が顎で指し示したソレ(・・)は、異形と呼ぶ他ない三つ首の怪物なのだから。

 

「まさか、第二形態移行(セカンド・シフト)?」

「ちと惜しい。どちらかってーと合体もしくは吸収と言った方が正しいかな。私と一緒にこっちに落ちてきた奴が、お前さんらとやり合ってた無人機を取り込んじまったようだ」

「アンタは、アレが何なのか知ってるの?」

 

 とにかく全身のタイガーパターンが鈴音の目を引き付ける。

 獣の四脚に女型の上半身を持ち、無人機の腕が変形したらしい両肩の砲身は、それぞれが獲物を探す虎の首のように周囲を見渡している。中央の首はコードを無数に生やし、その部分だけならばまるで魔物の皮を纏った長髪の女にも見えてしまう。

 肉食獣と機械人形の混合兵器。

 中国神話や絵巻物から抜け出た妖怪。

 これまで鈴音が見てきたどのISよりも生物じみている。

 

「どう説明すりゃいいのかちょっと困るねぇ。よりを戻したがってる元カノか、はたまた未来から折檻しにいらっしゃった戦闘マシーンか」

「……恋人くらいちゃんとしたのを選びなさいよ」

「だってさ少年」

「どうして俺に振るんですか」

「まーたまたぁ、心当たりしかないくせに。近い将来女難でスッゲー苦労すんぞ?」

 

 銃弾サイズまで口径を絞ったビームが三人の頭をかすめた。着弾した後方――アリーナの壁際で小規模なキノコ雲が立ち上り、破片混じりの爆風と衝撃波が頬を舐める。

 鈴音は一夏を、一夏は変人を、変人は鈴音を見て、

 

「……元カノさん、相当ご立腹のようです」

「『子守りよりあたしの相手をしなさい』だとさ。どうやら一対一(サシ)でのデートがご所望らしい」

「ちょっと待ちなさい、あんなのと一人で戦う気?」

 

 敵は三頭二手四脚の所属不明IS。

 対して、こちらはエネルギー切れ寸前が二名に負傷者が一名。

 鈴音達の疲労も連戦によって限界に近く、仮に三人同時――いや、狙撃ポイントに待機しているセシリアも含めた四人で攻勢に出たとしても、打ち勝てる可能性など万に一つもありはしない。

 それが、代表候補生・凰鈴音の出した結論だった。

 いくら負けず嫌いな性格でも、この状況はあまりに分が悪過ぎる。

 

「遮断シールドも一夏が壊してくれたし、ここは一度撤退すべきよ」

「確かにその通りだが――退くのは少年とおチビ、お前らだけだ」

 

 敵ISに向き直り、黒槍を地に突き立てて、変人は耳を疑う台詞を吐いた。

 

「そ――そんなの無茶だ!」

「文句も反論も受け付けません。さっさと上にいるオルコット嬢とポニテ娘も回収して織斑先生のところに戻れ。三つ数え終わるまでに出てかねーとケツ蹴っ飛ばすからな?」

「先生だってボロボロなのに置いていくなんて、できる訳ないだろ!」

「はい、い~ちっ」

 

 蹴撃一閃。

 身を案じて食い下がろうとする一夏だったが、もはや取り付く島もなく――流れるような動作の右足を尻に食らい、叫びさえ上げられずにボールの如く弾き飛ばされてしまう。進路の延長線上にいたセシリアが咄嗟に受け止めはしたものの、勢いを殺し切れず二人仲良くゴロゴロゴロ。

 

「……二と三は?」

「知らないなぁ。男は一さえ覚えておけば生きていけるのさ」

「何処かで聞いたようなセリフだわね……」

 

 様子見なのか牽制なのか、それとも威圧しているつもりなのか――敵ISはこちらに虎砲二門の照準を定めたまま、けれど攻撃に移る素振りを全く見せない。

 おそらくは、この場から確実に離脱できる最後のチャンスだ。

 

「さ、お前さんも戻りな。今なら多分大丈夫だろ」

「本当に……平気なの? その、あたし達のせいで怪我してるのに……」

「こう見えてもオッチャンはかーなーり場数踏んでんのよ。こんなんじゃあまだまだ怪我の内にも入らん。おチビみたいな可愛い子に『頑張れ』って応援でもしてもらえりゃあ、それだけで大人は意地貫いてカッチョよく頑張れるのさ」

「ひぅ――!?」

 

 籠手越しに頭を撫でられて、カッ、と顔に血が集まっていく。

 想い人の一夏(・・)に言われた訳でもないのに、かなり年上なのに、しかも普段だと着ぐるみとか着て馬鹿やって千冬を怒らせている変な奴なのに――どうしてか動悸が激しくなってしまう。

 振りほどくのは簡単なはずなのに、甘んじて受け入れている自分が何処かにいる。

 それがどうしようもないほど気恥ずかしくて、

 

「かっ、可愛いとかいきなり何言ってんのよこの馬鹿!」

「おいおい、その程度で照れてるようじゃあ少年を物になんてできねぇぞ――っと!!」

 

 鈴音が突き飛ばされるのと同時に、二筋のレーザーが黒鎧を爆炎で覆い隠した。

 しかし先ほどの悪夢とは異なり、横殴りの重力の奔流によって火柱が薙ぎ払われていく。

 現れ出でるは、右腕で黒槍を振るう悪魔騎士。

 

「ああ、そうだ。織斑先生に会ったら『気にするな』って伝えといてくれ」

「でもっ……」

「早く行け! そろそろ奴さんも嫉妬にブチ切れて誰彼構わず狙いかねんぞ!!」

 

 邪魔するなと言外に言われたような気がして、鈴音は唇を噛む。

 強引に残ったとしても、この状況では何かの役に立てるとはとても思えない。精々が盾代わりになる事くらいだが、それすらも彼は断じて許しはしないだろう。

 代表候補生だと息巻いていても。

 専用機を持たされていても。

 彼の前ではただの子どもに過ぎないのだと、否応なく自覚させられる。

 

「……っ」

 

 故に、鈴音は逃げた。

 大人しく逃がされた。

 頑張れ、頑張って、と心の中で何度も何度も繰り返しながら。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「…………それが委員会の決定ですか」

『――――』

「はい。織斑が遮断シールドを破壊したおかげで避難に支障はありません。所属不明機もあの男が抑えてくれていますので、生徒達に危険が及ぶ心配はまずないでしょう」

『――――』

「感謝の意を述べたところで受け取りはしませんよ。あの馬鹿はそういう男です」

 

 では――と通話を終え、携帯電話を胸ポケットに戻した織斑千冬は、学園各所を映し出している画面の一つを憎々しげに睨む。その瞳には明らかな敵意が宿り、自分に向けられた訳でもないのに隣の真耶がビクリと身を竦めるほどの、研ぎ澄まされた刃のような怒気を孕んでいた。

 

「……己の利益にしか見えない俗物共が」

 

 大勢のSPに囲まれて第二アリーナを後にする政府関係者達。

 国際規約によりいかなる国家や組織であろうと干渉を許さないIS学園だが、今現在アリーナで戦っているのは生徒でも教員でもない――学園の関係者ではないただの(・・・)要監視対象者だ。以前からランスローのデータを欲していた委員会の連中はそれを逆手に取り、ここぞとばかりに人を人とも思わぬ要求を突き付けてきた。

 俗物曰く、『現在戦闘中の両名は国家、引いては世界の平穏を脅かす存在であり、故に増援及びそれに類する行為の一切を禁ずる』――と。

 何と言う事はない。

 とどのつまりが、あの男と無人機のどちらが倒れても、結果的に有益な情報が懐に転がり込むと思い上がっているだけ――相打ちになってくれたら申し分ない、と腐った期待から救援を送る事に待ったを掛けたのだ。それどころか、轡木氏が交渉に尽力しなければ『鎮圧』の名目で各国政府の部隊が乗り込んで来る事態になっていたと言うのだから、怒りを通り越して眩暈すらしてくる。

 

「あの、織斑先生、本当に突入隊を待機させたままで良いんでしょうか」

「学園長の――上からの命令では仕方あるまい」

「でもあのままじゃスミス先生が……」

「……先生、か」

 

 そう言えば何時の間にか、あの馬鹿は皆から『先生』と呼ばれるようになっていた。

 授業中もふらふらと勝手に歩き回り、かと思えば、余計な茶々を入れる振りをして授業について行けない生徒に的確な助言を施す。経験を交えたその知識は専門の研究員や教師と比べてもかなり実用的で、休み時間や放課後、食事の時間にわざわざ同席して話を聞こうとする者もいるほどだ。

 委員会からの通達に『生徒』という単語は一言もなかった。

 凶悪犯のレッテルを貼られた男の方が、よっぽど生徒を気にかけている。

 何と皮肉な事か。

 

「――千冬姉っ!」

「千冬さん!」

「……織斑先生だ馬鹿者」

「そんな事より先生の様子は!? 向こうは今どうなってるんだ!?」

 

 息を切らして駆け込んできた愚弟と鈴音に、千冬は呆れて嘆息する。

 そして二人と、セシリアと箒の顔を順番に見やり、コンソールを操作して一番大きなモニターにアリーナ・ステージの状況を表示した。

 黒槍を駆使して舞う狂騎士と、両の刃を振るい虎の咆哮をもって迎撃する半人半獣が映る。

 

「戦況はやや不利だな。左腕が駄目になった上に、敵は武器まで使い始めた」

「あれって鈴さんの……」

「双天牙月!? 何であのISがあたしと同じのを持ってるのよ!?」

 

 セシリアが零し、鈴音が驚き叫んだように、半獣ISは青龍刀をモデルとした二刀一対の武装を展開し、流麗とすら言える巧みな技術で黒鎧を追い込んでいく。同じ双刃の使い手である鈴音さえ足元にも及ばない速度と威力は、徐々に、だが確実に相手の動きを削ぎつつあった。

 

「むしろ、凰さんの武装よりも凶悪ですね。あの刀身は高周波振動を起こしています。あんなので斬られたら防御特化型ならまだしも、並みのISの装甲じゃ太刀打ちできませんよ。あれを防いで食らいつく事ができるスミス先生の腕とISが――異常なんです」

 

 もう何合目かも定かではない刃の交わりの後、どちらからともなく二機は距離を取った。

 呼吸する必要性のない半獣ISとは違い、ランスローはモニター越しでも分かるほど荒い呼吸を繰り返す。激しい動きによって背中と左腕の火傷は大きく裂けてしまい、滴り落ちた体液が地面にいくつもの液溜まりを作る。

 

「凰。あの馬鹿はお前に何か言ってなかったか……?」

「……千冬さんに『気にするな』って伝えてくれって言われました」

「………………そうか」

 

 馬鹿者め、と千冬は嗚咽を噛み殺すように口の中で言葉を紡ぐ。

 増援が来ない事も、自分が見捨てられている事も――あの男は全て分かっている。理解した上で仕方がないと笑みを浮かべて達観し、立場と信念の板挟みに苦しむ千冬の心さえ慰めようとする。

 まるで、我が侭を言う子どもをあやすかのように。

 

「――スミス先生が構えました!」

 

 真耶の声に再び全員の視線がモニターに集まる。

 黒鎧が取るのは、右肘を大きく後方に引いた刺突の構え。腰を深く深く落とし、限界まで押さえ込んだ膂力をバネに貫き進む一撃必殺。腰布代わりに纏う余剰エネルギーが、彼の意思に感応して火焔の如く揺らめく。

 

「これで勝負を決めるつもりだな」

「先生は……勝てるだろうか」

「小父様は絶対に負けたりしませんわ」

『――オォォラアアアアアアアァァァッ!!』

 

 ランスローが動いた。

 一直線に飛ぶ瞬時加速(イグニッション・ブースト)――腕と覚悟さえ伴えば未熟者の一夏でも可能な技だが、その直後に見せたあまりにデタラメな行動が全員の常識を粉々に破壊した。

 消えた(・・・)のだ。

 

「……はぁ?」

 

 その呟きは誰の物だったのか。

 個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)ならまだ分かる。アメリカ軍にも使い手の代表操縦者がいる。

 しかし忽然と消えるとなると、そんな技術は世界の何処を探してもまだ確立されてはいない。

 連鎖する地面の爆発は線で結ぶとジグザグに――半獣ISに向けて突き進む。

 

「まさか……まさか瞬時加速(イグニッション・ブースト)で最高速を保ったまま、足をアンカー代わりにして強引に軌道を変えているのか!?」

「無理ですよ! そんなの有り得ません!」

 

 可能性があるとすればそれしかない。

 だが真耶が言うように、まず有り得ないと断言できてしまう。

 それほどまでに滅茶苦茶な裏技だ。

 

「普通はできないのか? セシリア」

「……理屈では可能かも知れませんが、まず脚部の装甲が負荷に耐えられませんし、下手をすれば小父様の両足の骨と筋肉が使い物にならなくなってしまいます。新幹線に乗り込んだままレールを掴んで進路を変えるようなものですわ」

「オルコットの言う通りだ。駆動系に特化したISなら話は別だが、やれと言われても私にだってできるものじゃない」

 

 呆然とする皆をよそに、とうとう爆発が半獣ISを攻撃範囲に捉えた。

 二門の砲身はランスローの動きについていけず首を巡らせるに留まり、両の手に握る双天牙月は瞬く間に弾かれ、半獣は完全な無防備となる。

 見守る誰もが彼の勝利を確信したその時――

 

『ごぁがっ!?』

 

 予想だにしなかった方向から不可視の一撃を撃ち込まれ、自身の加速の勢いに引っ張られる形でランスローはアリーナの壁に衝突した。

 彼を内包してガラガラと崩れ落ちる装甲壁。

 よくよく注視してみれば中央にある女型の首が、さながら歌うかのように口を開けている。

 

「嘘でしょ……? 衝撃砲まで……」

 

 一番に声を漏らしたのは、やはり鈴音だった。

 同じ得物と武装を持つ半人半獣IS、それが自分と一夏の命の恩人とも言える相手を滅多打ちにしている――彼女からすれば悪夢以外の何物でもないだろう。

 

「待て、凰。何処に行くつもりだ?」

 

 踵を返して部屋から出ようとする鈴音を、千冬は静かに呼び止める。

 

「あの人を、助けに行ってきます! あれはあたしの、あたしの(・・・・)――」

「気持ちは分からんでもないが、落ち着け。今行っても何の援護にもなりはしないぞ?」

「けどこのまま黙って見てるだけなんて、そんなの……痛っ!?」

 

 諦め切れない小娘の額に千冬のデコピンが突き刺さった。

 

「だから、落ち着けと言っている。向かったところで間に合わん」

「見殺しにしろって言うんですか!?」

 

 二発目のデコピンを食らわせる。

 今度は結構強めに。

 

「落ち着いて、もう一度良く観察してみろ。あの馬鹿は既に勝っている(・・・・・・・・・・・・)

「え?」

「千冬姉、それってどういう……?」

 

 千冬は黙って半獣ISを指差した。

 より正確には、半獣ISの腹部を刺し貫いた黒槍を。

 

「何時の間に……」

「衝撃砲で吹き飛ぶ直前だな。アイツめ、敵が隠し玉を持っていると承知の上で吶喊したらしい。最初から肉を切らせて骨を断つつもりだったんだ」

 

 モニターの向こうで半獣ISが苦しそうに悶え、黒槍を引き抜こうとする。

 だが、あの男が大人しく待つはずもない。

 

『こォんのドラ猫ガァ! 皮ひん剥いて三味線にしテやろうカァッ!!』

 

 ガレキを蹴り飛ばし、右手である物(・・・)を掲げながら黒鎧が高らかに吼える。

 

「今度は何だよ!?」

「アリーナを囲う装甲板の一部だな。普通のISなら持ち上げられるかどうかも怪しいが……」

『逝ッチマイナァー!!』

 

 投げた。

 おそらくはお得意の重力操作で無重力状態にでも変えているのだろうが――右手のみの投擲とは思えない速度で、鋭い切っ先の装甲板が半獣ISに迫る。

 迎え撃つは、連結して左手に握り直した双天牙月。

 回転に超振動が加わった青龍刀の刃が、風切り音を巻き上げて装甲板を両断し――両肩の二頭が死角に潜んで接近していたランスローに牙を剥いた。

 

「高エネルギー反応確認しました! 発射まで一秒もありません!」

「読まれていたぞ!」

「小父様ぁ!!」

『ところがぎっちょん!!』

 

 黒鎧は止まらない。

 退くためではなく進むために、さらに一歩踏み込んで。

 半獣ISに突き刺さったままの黒槍の柄を握り――鞘に納まった刃を引き抜く(・・・・・・・・・・・・)

 

 

 それは一振りの刀だった。

 

 

「雪片……?」

 

 抜刀の流れを利用して独楽のように回転、下から上へ昇る斬撃が虎の右首を刎ね飛ばし、さらに上段から地へ落ちる一刀が音もなく左首を刈り取る。

 残された女型の首が衝撃砲と放とうと口を開くが、それすらも手遅れ。

 双天牙月を握る左腕までをも断ち切り、超重力を纏わせた彼の右拳が振り下ろされ――今度こそ半獣の命を頭から叩き潰した。

 

「…………スゲェ」

 

 愚弟の呟きも、もう千冬の耳には届かない。

 納刀し、蘇った黒槍を担ぐ姿に目を奪われ――未知の感覚にぞくりと身を震わせるだけだった。




よ、ようやく、ようや~く一巻目の終了が見えてきました。
シャル出してー、ラウラ出してー、秋さんとのオリ話も出してー、かんちゃん出してたっちゃんも出してー。
いやはや、キャノンボールファストとか学園祭とかまであとどれくらいかかるのやら。



ちなみに作中のアダルト一夏の台詞は、

・黒咲(崎)白亜さん 「ところがぎっちょん!」
・タヒチ人さん   「イッチマイナァー!!」

からのリクエストでした。

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