織斑一夏はテロリスト ―『お父さん』と呼ぶんじゃねぇ― 作:久木タカムラ
オリISとの前半戦――というより顔合わせ回。
本番は次回からです。
黒服共を再起不能にした直後。
おそらく誰よりも早く察知できたのは、ある意味で必然だったのだろう。
高エネルギーの熱線で遮断シールドを撃ち貫き、轟音を立てて舞台に舞い降りた異形――とあるウサミミ謹製のゴーレムⅠ。突然の乱入者に第二アリーナからは悲鳴やらサイレンやら、蜂の巣を突いたような騒ぎの様子が伝わって来る。
だが、私が注目したのはそんな分かりきった事ではない。
状況確認のため第二アリーナへ視線を移し――もう何もいないはずの空に、今まで見た事もない奇妙な空間が渦巻いているのを発見してしまったのだ。
見たままに貧相な語彙で『渦』あるいは『穴』としか形容できない超常現象。
想像がつかないのなら漫画やアニメで描かれるブラックホールか、もしくは青い猫型ロボットが所有するタイムマシンの出入り口でもイメージするといい。
とにもかくにも、地球上ではまず有り得ない異様な事態が私の眼前で起きている。
しかしながら、実を言えばおおよその見当はついていた。
理解不能な現象は全て『彼女』の仕業なんじゃないかと疑ってしまうのは――もはや条件反射かトラウマと言わざるを得ない。
それほどまでに強い、限りなく確信に近い予感。
「……何時かは来ると思ってたが、予想よりも早かったな」
虚空の穴より突き出る両腕。
人間と同じかそれ以上に滑らかに、そして淀みなく動き、けれど肌の質感とはまるで異なる金属特有の光沢。手首、肘、肩、頭部と続き、ずるりと前のめりに生まれ出た『何か』は重力に従って落ちる事もなく、威風堂々たる姿勢で緩やかに空を踏み締めた。
じゃらじゃらと、無数のコードを長髪の如く背中に流す機械仕掛けの乙女。
眼下で暴れるゴーレムⅠと同類――だが何世代も進化した無人機IS。
断言しよう。
あれは紛れもなく篠ノ之博士が――二十年後の天災が送り込んできた私への刺客だ。
「一体どうやって……って聞くだけ無駄か」
仮に訊ねたとして、望んだ答えが返ってくるかどうかも怪しい。
あのマッドなウサギさんは常人には理解できない行動力を発揮するのが大得意なのだ。そもそも対IS用に考案されたランスローでさえ酔った勢いに任せた挙句の産物なのだから、彼女に常識を求める方が根本から間違っている。
凰と共にゴーレムⅠを相手取っているであろう少年には目もくれず、最新型の珍客は真っ直ぐに私ばかりを凝視し続ける。だがそれもほんの十数秒だけ――背後の穴が閉じると同時に戦闘体勢へ移行し、超高速を維持したままこちらへ向かって突撃してきた。
設置した学園側には悪いが、遮断シールドなど最初から当てにしていない。私や旧式無人機にもぶち抜ける程度の代物が役立つとは思えなかったし、その事実を立証するかのように、シールドは新型機の爪によって障子紙よりも容易く貫かれてしまった。
「超振動クローか。おっかねェもん搭載しやがって……」
新型の勢いは微塵も衰えず、それどころか迫力は増し続ける一方で、既に肉眼では捉え切れない速度にまで達している。仮に教師陣がこちらの異変に気が付いたとしても、打鉄やラファールでは性能に差があり過ぎる。それこそ姉さんでもない限り制圧はほぼ不可能と言っていい。
もっとも、今頃システムクラックに大忙しな第二アリーナと同じく、この第三アリーナも完全な牢獄状態になって出る事も入る事もできないだろうが。
「こォ……んのぁ!!」
右手に黒の突撃槍を展開し、唸りを上げて迫り来る十爪を迎撃する。
並大抵の近接装備を用いたところで高周波振動の相手にすらならないが――耐久性と重量のみを徹底的に追求したアロンダイトならば真っ向からぶつかっても破壊される可能性は低い。
それでもヂィィィィッ!! と耳障りな音を立てて表面に傷がいくつも刻み込まれ、絶え間ない振動が腕に伝わって来た。
「舐めんなコラァッ!!」
「――!!」
猛襲の隙間を縫って腹に蹴りを入れる。
かなり強めに――有人機ならば操縦者も多少は負傷するレベルの威力だったはずだが、新型機は数メートル弾き飛ばされただけで体勢も崩さず、動きにもダメージは見られない。
流石にそう甘くはないか……。
『ターゲット確認。識別名:
さてどうすっべ、とアロンダイトを担ぐ私の耳に、そんな機械音声が
はて、メッセージとな?
猛烈に嫌な予感しかしないのは何故でしょう?
『――こぉんのバカ一夏ああああああああぁぁっ!!』
「ふぬぁっ!?」
鼓膜に想定外のダメージ!
何なのか、何だと言うのか。つかさっきまでのと違ってめっさ聞き覚えのある声なんですが。
『このバカ、大バカ、非常識人! このメッセージが再生されているって事はアンタ本当に過去に飛ばされちゃったってワケ!? 束さんの言った通りじゃないのよ全く!』
『お前……もしかして凰か!?』
周りにまだ黒服共が倒れているので私もプライベート・チャネルで返す。
『もしかしなくてもあたしに決まってるでしょ馬鹿助! ちなみにこれはアンタの質問をある程度予想して対応するメッセージを再生してるだけだから! 試しに何か質問してみなさいよ!』
『今パンツ穿いてる?』
『穿いてるに決まってるでしょ馬鹿! ってか真っ先にする質問がそれ!?』
わあスゴイ、完璧な返答が用意されてる。
『アンタってば昔っからやる事なす事メチャクチャだったけどさぁ、タイムスリップしちゃうとかどんだけ常識外れなのよ! シャルロットや簪なんかアンタを殺しちゃったと思って自殺未遂まで起こしたんだからね!? もちろん他の皆で止めたけど!』
『…………申し訳なさ過ぎて返す言葉もねェよ』
『とにかく――もうこれ以上アンタの好き勝手にはさせないから!! 束さんが言うには時空間が安定してなくてまだ人間の転送は無理らしいけど、どれだけ時間がかかったとしても必ずあたし達全員で迎えに行くから、それまでこの「
凰の怒りに呼応するように、新型機――纏虎とやらが両の爪を獣の顎の形に揃えた。無人機とは思えないほど堂に入った構えで、その気迫は熟練した武術家と比べても引けを取らず、かつて凰と生身で拳を交えた時の事を嫌でも想起させる。
凰は誓言した。
どんな方法を使ってでも――手足を圧し折ってでも私を止める、と。
『VTシステム、もちろん憶えているわよね? ラウラのISにも搭載されていたあのシステムを纏虎にも仕込んであるの。再現するのは千冬さんじゃなくて
もはや質問など必要ない。メッセージの再生が終了したその時が開戦の合図となる。
私と纏虎はステージの中央に向けて、お互いに距離を保ったまま歩を進める。踏み込むにしても飛び退くにしても、足元に転がる工作員の連中がどうにも邪魔で邪魔で仕方がなかったからだ。
『纏虎の左腕にも重力制御ユニット――長いからGCUって呼んじゃうけど、アンタのISと同じ装置が組み込まれているの。だから超重力空間を作り出しても無駄よ?』
『やる前にネタバレしてくれてドーモ』
圧し潰しは無効化されるか。
私が足を止めると纏虎も止まる。
『ねぇ一夏。あたし、アンタの事が大好き』
……ああ、知ってる。
『あたしだけじゃないわ。箒もセシリアも、シャルロットもラウラも楯無さんも簪も、千冬さんに束さんに山田先生だって、アンタの事がどうしようもなく大好きだから、だからアンタが自分から独りになろうとするのが許せないの。何が正しいとか何が悪いとか、全世界を敵に回すとかISの存在意義とかそんなのはどうでも良くて、ただアンタに置いていかれるのが怖くて堪らないの』
人間の姿を取る虎が爪を鳴らす。
私はアロンダイトの柄を握り直す。
本当に凰のスペックや思考をそっくりそのままコピーしているなら、私のクセや戦闘スタイルは相手に筒抜けになっていると考えて良い。逆に言えば、私も凰の戦法を知り尽くしている。
火蓋が切られたとして……おそらく勝負が長引く事はない。
『何が何でもアンタを止めて振り向かせてみせる。絶対に諦めたりしないから、言いたい事だってまだまだ沢山あるから――お願いだから待ってて』
「………………」
返答はしない。
録音された声にいくら弁明したところで意味などない。
一方的に叩きつけられた幼馴染の言葉に対し、私に何らかの権利があるとするなら、
『――メッセージ終了』
甲高く響き渡る金属音。
再び交わる十爪と黒槍。
何らかの権利がまだ残されていると言うのなら、それはやはり、何時の日かやって来るであろう彼女達に面と向かって行使すべきなのだろう。文句を言う権利か謝罪する権利かはさておき。
「ってな訳で、悪いがお前さんとのんびり人形遊びしてる暇なんざないんだよ」
「――――」
突き出したアロンダイトの一撃を、太極拳じみた両腕の円運動で受け流す纏虎。
単純に考えて相手の手数はこちらの倍。けれど高周波の攻撃有効範囲は指先のみ――それ以外は良くも悪くも中国拳法の使い手と変わらない。
ランスローに飛び道具が備わっていない事を承知した上で、敢えて遠距離タイプの兵装ではなく肉弾戦で仕留めようとする――オリジナルの意固地な性格がこれでもかと反映されてやがる。
右から左から、上から下から、超振動の爪撃が矢継ぎ早に繰り出される。
学園に配備された第二世代のIS程度では到底歯が立たない。飛行能力を犠牲にして他の能力を向上させたランスローだからこそ、装甲を少々削られる程度で済んでいるのだ。
何にせよ、時間が経てば経つほど状況は不利になる。
凰の言葉を馬鹿正直に信じるなら、纏虎のGCUは左腕にしか搭載されていない。ランスローの両手足に仕込んだGCUの実質四分の一の出力しかない訳で、相打ち覚悟で使うなら過重力に縛り付ける事も――まあ一応可能ではある。
しかし、そんな自爆特攻と変わらない戦法がこれから先も通用するのかと問われると、はっきり言って自信はない。
「そういう意味じゃあ、お前さんには感謝してるよ」
自分の弱点を改めて省みる機会を与えてくれたのだから。
アロンダイトを拡張領域に戻し、爪には触れないよう細心の注意を払いながら纏虎を抱き締めて拘束する。そのまま全てのGCUを反転起動――反重力の作用で私ごと射出した。
遮断シールドを易々と突き抜け、IS学園全体を見下ろせる高度まで上昇。
「――? ――!?」
機械でも驚く事があるのか、一対のセンサーレンズしかない顔に明らかな困惑の色が走る。
「『まさか』って目ェしてやがんな。そうよ――そのまさかよ!!」
纏虎の頭部を鷲掴み、今度は最大重力を私の周囲に限定発生。
二体まとめてさながら隕石のように、常軌を逸した速度で大地に引き寄せられて墜ちていく。
墜落先は、遮断シールドが破壊された第二アリーナ。
零落白夜で右腕を切り落とされ、ブルー・ティアーズの狙撃を受けて、それでもしぶとく少年を丸焦げにしようと頑張るゴーレムⅠ目掛けて――
「いっぺん死ねぇっ!!」
叩きつけた。
◆ ◆ ◆
恋に恋する可憐な乙女――凰鈴音にとって非常に重要な試合だったクラス対抗戦は、正体不明の無人ISによって修正不可能なほどに台無しにされてしまった。
結果的にではあるが一夏と共闘して絆を深め、さらにはファースト幼馴染とかぬかすライバルに息の合った自分達の姿を見せつける事が出来たのだから、まあそれだけならばまだ許せる。
しかし本日二度目の襲来となると話は別。元より喧嘩っ早い鈴音のボルテージは急上昇。
無人機と同様に上空から降ってきた『何か』――いや、何であろうと殲滅確定である。
「い、一体何が……?」
「知らないわよ! 敵の増援でも来たんじゃないの!?」
もうもうと立ち込める土煙の中で、無数のコードらしき影が蠢いている。
鈴音が目を見開いたのはその直後――触手のように伸びた一本のコードが、一夏が切り落とした敵ISの右腕に巻き付いて引きずり込んだのだ。
「鈴……」
「油断しないでよね、一夏。あれ、こっち見てるわよ」
状況は最悪だ。
先ほどまでの戦いで一夏のシールドエネルギーは尽きる寸前だし、甲龍とてエネルギーの大半を削られていて万全の状態とはとても言い難い。
必死に倒したと思ったら実は第一形態でした――なんてRPGじみた笑えない展開。
双天牙月を構え直す暇もなく、唐突に土煙が
しかしそれは新たな敵の攻撃ではなく、
「馬鹿っ! 二人とも早く逃げろ!!」
黒灰の甲冑に身を包んだ魔人が、妙に切羽詰った声で叫ぶ。
「先生ぇ!?」
驚愕を含んだ一夏の言葉で、鈴音は思い出す。
そうだ、この声は。
泣きそうになっていた自分の悩みを、親身になって聞いてくれたあの――
「クソッ、間に合わねぇ!!」
――警告! ロックされています!
「…………あ」
地面に押し倒される直前に――鈴音は見た。
黒鎧のISの背後から、虎の頭部を模した二門の砲塔がこちらに狙いを定めているのを。
そして。
虎の咆哮にも似た轟音と共に。
最大威力の極太ビームが三人を飲み込んだ。
本当に本気で戦う時はアダルト一夏の一人称視点ではなく、三人称視点での描写になります。次回の場合は少年一夏や千冬から見た戦闘風景でしょうか。
珍しく真面目に戦っているのに心中では淡々と描写するというのも、個人的には苦手な部類の入るので。
CV:藤原啓治さんで定着してるっぽいので、それ繋がりで言わせてみたいセリフなどあればリクエストどうぞ。
2015.01.05 追記
いくつかご指摘を受けまして、どうやら感想欄にリクエストを書いていただくのは運営側の規約違反らしいので、ひとまずは活動報告ページに移したいと思います。