Fate/Steins;Gate   作:アンリマユ

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柳洞寺の門番

 

「頑張って! オカリンおじさん!」

 

周囲を機会に囲まれた小さな空間。その中に迷彩服を着た少女と、白衣を血に染めた青年が座っていた。

その空間では重力が増しているのか2人の身体は軋み、少女は気遣わしげに青年を見つめる。

今2人は大きな役目を終え、世界線を越えようとしている。そこは、世界線収束範囲(アトラクタフィールド)の影響を受けない世界線。

少女にはわかっていた。そこに到達したら、きっとこの世界線の未来から来た自分は消える。

 

「おじさん。一緒に『シュタインズゲート』に辿り着いたことをお祝いすることはできないはずだから、ここでお礼を言っておくよ」

 

シートベルトで固定されたからだから体から精一杯手を伸ばし、少女は青年の手を握る。

 

「ありがと、おじさん……死なないで。生きて。でさ、きっと、7年後に会おうね!」

 

腹部に傷を追っている青年は痛みで声が出せなかったので、やせ我慢をしながら不敵に笑い、返事の代わりに握られた手を力強く握り返す。「絶対に生き抜いて、お前と会う」と想いをこめて。

 

「うん!」

 

青年の思いを汲み取った少女は目の端に涙を浮かべながらも笑顔で頷く。

それと同時に光の粒子が宙を舞い、視界は白い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

───現在、衛宮家の朝食時の空気は殺伐としていた。

理由は簡単。俺の目の前で食事をする女性2人。士郎の姉的存在であり学校の教師の藤村大河と、士郎の妹分であり後輩の間桐桜がやってきたからに他ならない。

今朝士郎が朝食の準備を終えた頃にやってきた2人は、当然ながら見知らぬ人物である俺やイリヤに驚き士郎に説明を求めた。

まぁ、俺たちはまだよかったのだ。切嗣の知り合いだと説明したし、イリヤは見た目まだ幼い少女である上に保護者である俺がついている。大河が生前の切嗣の人となりを知っていたこともあり、あまり騒ぎにならずに済んだ。

だが、問題はセイバーだった。セイバーのことも俺が保護者ということで説明すればよかったのだが、その前にセイバーは俺とは別に切嗣の知り合いだと説明してしまい、あまつさえ士郎をマスターと呼んでしまった為、一波乱あったのだ。

一応俺と士郎の説明と説得によりセイバーの滞在も認められたのだが、おかげで朝食はせっかくのご飯が不味くなるような雰囲気となっている。

イリヤはイリヤでその空気が嫌だったのか、自分の分の朝食を早々と済ませ散歩に出かけてしまった。

俺も一緒に行こうと思ったのだが士郎の縋るような顔に出遅れてしまい、今はテレビニュースを見ながら茶を飲みつつ食卓を囲んでいる。

 

「バーサー……キョウマ、お醤油を取ってください」

 

「……ほら」

 

「感謝します」

 

そんな中、場の空気を一切読まず食事を楽しんでいるのはこの空気を生み出す発端となったセイバーのみ。

殺伐とした空間は大河が職員会議、桜が弓道部の朝練の時間で家を出るまで続いた。これでようやく一息つけると思ったのもつかの間、今度は士郎が一人で学校に行こうとするのに対し、セイバーが抗議し口論を始める。

またも士郎は縋るようにこちらを見たものの、そう何度も助けてやる気はない。せいぜい苦労するがいい。

 

「……さて、どうするか」

 

俺は静かに思案する為、道場へと移って冬木市周辺の描かれた地図を広げる。

現在確認できているサーヴァントは俺を含め4体。まだ姿を確認できていないのはライダー、アサシン、キャスターだ。俺とセイバーが手を組んでいることを知っている凛は迂闊に攻め込んではこないだろうし、彼女の性格なら誰かと共闘もあまり考えられない。ここは保留でいいだろう。

ランサーもあの様子ではマスターはかなり慎重な性格。戦うとすれば万全の準備が整ってから。となれば動き出すのは聖杯戦争の後半あたり。

 

「となると、当面の敵はライダー、アサシン、キャスターだが……」

 

地図に書かれた印を眺める。これは事前にイリヤに冬木市の魔力の溜まりやすい場所を印付けてもらったもの。

この中で唯一居場所を推理できるサーヴァントはキャスターだ。

魔術師(キャスター)というくらいだからおそらく肉弾戦よりも戦略戦。魔術による遠距離攻撃や特殊な方法を使った戦闘を主としているはずだ。

 

「もし俺がキャスターの立場だったらどうする……?」

 

どんな偉大な魔術師といえど、三騎士の様に対魔力、抗魔力の高い相手ではロクな魔術は通じない。

ならまず力を溜めるはずだ。迅速かつ効率的に、そして目立たないように。

地形的に有利で魔力が溜まりやすく、それでいて魔術師がいては場違いなところほどいい。

その条件にあてはまるところ。それは───

 

「───柳洞寺」

 

「まったく、シロウはいったい何を考えて……キョウマ? 何をしているのですか?」

 

と、そこへ士郎との口論に根負けしたセイバーが来たので、意見を聞くために今の推理を話す。

すると、セイバーは感心したように頷いた。

 

「なるほど。確かに柳洞寺は霊地ですから、キャスターがいるとすれば絶好の場所でしょう」

 

セイバーの話では柳洞寺は霊地であり、冬木市に蜘蛛の巣のように広がる霊脈の交わる地点らしい。

ということは、僅かな魔力でも冬木全体の把握などができる。戦闘でもしようものなら、手に取るように力量がばれてしまうだろう。

 

「これで6割方キャスターは柳洞寺にいると推測できるが、まだ決め手には弱いな」

 

なにか決定的な事件でもあればさらに信憑性は増すのだが、朝食時に点けられていたテレビで柳洞寺関連のニュースなど無かった。やっていたのは殺人事件のニュースとガス漏れで大量の被害者が出た事件のニュース……ガス漏れ事件? 大量の被害者?

 

「なぁセイバー。確認したいんだが、サーヴァントは一般人から魔力を集めたりできるものか?」

 

セイバーは俺の言葉を聞くと顎に手を当てて難しい顔をする。

 

「そうですね。私たちは魔力を糧にしている身ですから、一般人の精気を魔力として取り込むことは可能です」

 

私は絶対にそんなことはしませんが。とセイバーは付け加える。そんなものは俺だって御免こうむる。

だが今の話でキャスターが柳洞寺にいることは9割方確信した。

その後セイバーと話し合い、イリヤと士郎の帰宅後、柳洞寺へ偵察に向かうことになった。

 

「ただいまー」

 

「おかえり」

 

「お帰りなさい。イリヤスフィール」

 

戸棚を勝手に漁って見つけた茶菓子を食べ、茶を飲みつつ居間にいるとイリヤが帰ってきた。

イリヤにも茶を入れつつ先ほどの推理を話すと、イリヤは頷いた。

 

「うん、私も同じ意見よ。商店街くらいまで歩いてみたけど、どうも意図的に霊脈から魔力を収集しているみたいなの」

 

「決まりだな。悪いが俺は魔術に対する対策が全くないから戦闘はセイバーに頼ることになってしまうが……」

 

「問題ありません。キャスターの相手は私が。キョウマはイリヤスフィールとシロウの護衛をお願いします」

 

これで方針は決まった。あとは士郎が帰ってくるのを待つのみだ。だが士郎は日が落ちても帰ってこなかった。

大河と桜から今日は晩御飯を食べにいけないと連絡があった為、学校の用事で遅れているということはないだろう。

何かあったのかと思い、皆で探しに行こうとした時、「ただいまー」とのんきな声と共に士郎が帰ってきた。

 

「シロウ! 学校が終わったらまっすぐ帰ると約束したはずです! それを貴方は───っ!」

 

「まて、セイバー」

 

今朝のリプレイの様にシロウに説教を始めたセイバーを止める。

何故なら、隠すように下げられた士郎の腕に包帯が巻かれているのが見えたから。

 

「何があった?」

 

「えーと、実は……」

 

士郎が言うには、サーヴァントも連れずに学校へ来たことで凛の怒りを買い襲われ、その際にサーヴァントの襲撃を受けたらしい。サーヴァントのクラスはライダー。マスターは士郎と同じクラスの間桐慎二という青年。学校には結界の基点が作られており、近いうちに発動する可能性があるとのこと。

 

「……」

 

「イリヤ?」

 

一瞬、ライダーのマスターの名前が出たときイリヤの眉が動いたが、なんでもないと首を振った。

気にはなるが、まずは目の前の問題に集中するとしよう。

 

「ライダーか……」

 

「どうしますかキョウマ。 結界が張られているというのなら、キャスターの前にライダーを倒すのが先決なのでは?」

 

「いや、わざわざマスターが名乗り出たということは、よほどの馬鹿か戦っても勝てる自信があるかだ。キャスターとライダー。同じく能力がわからない二名なら、相性と奇襲ができるという点でキャスターの方がいいだろう」

 

「なるほど。わかりました」

 

それから俺達は士郎に昼間に話したことを説明し、柳洞寺へと向かった。

長い石の階段を上がり、あと少しで門へと着こうかという時、セイバーが手で制する。

 

「何者です」

 

「この門の門番を任されし者。アサシンのサーヴァント───佐々木小次郎」

 

「……っ! コジロウと言いましたね。私の名前は───」

 

一瞬の迷いの後、真名を名乗ろうとしたセイバーを今度は俺が手で止める。

武士道精神に騎士道精神で応えるというのは素晴らしいことだ、好感が持てる。だが、こと聖杯戦争においてそれは致命的だ。なら、真名を名乗ることに何の問題のない俺がここは引き受けるのが当然だろう。

 

「我が名は鳳凰院凶真! 狂戦士のサーヴァントにして、聖杯を手にする者」

 

「ほぅ、名乗り返してもらえるとは思わなんだ。して鳳凰院とやら、何用でこの寺に参った? まさかこんな時間に参拝などというわけでもあるまい?」

 

「ひとつ問いたい。貴様が門番を務めるその門の向こうにいるのはキャスターのサーヴァントで間違いないか?」

 

「なるほど、女狐が目当てであったか。相違ない、この奥にはキャスターのサーヴァントが構えている」

 

すんなり聞き出せたことには驚いたが、聞きたいことは聞き出せた。セイバーに戦闘をすべて任せるのも一つの手だが、この侍は強いというのが俺でもわかる。

それに、ここで時間を食ってはキャスターへの奇襲の意味がなくなってしまう。ならば、ここは俺が引き受けて、早々にセイバーをキャスターのもとへ進ませるべきだろう。

 

「聞こえたなセイバー。ここは俺が引き受ける。士郎を連れてキャスターのところへ行け」

 

「ですがキョウマ、アサシンは間違いなく強い! 負傷している貴方では……」

 

セイバーは俺の傷を心配しているようだが、いくらなんでも俺を甘く見過ぎだ。

 

「馬鹿者。俺は鳳凰院凶真だぞ。足止め程度造作もない……が、そう思うならなるべく早くキャスターを倒してき戻ってきてくれ」

 

最後に付け足した言葉にセイバーは一瞬ぽかんと呆け、次いで小さく笑う。

頷いたセイバーは、士郎の手を引いて石の階段を駆けあがった。

 

「御武運を」

 

「行かせると思うのか?」

 

煌めく剣閃。いつの間にか抜かれていたアサシンの長刀はセイバーの首に向かって走り、急遽道筋を変えて飛んできた弾丸を払い落とす。

アサシンの眼下には拳銃を構え不敵に笑う凶真の姿。その姿を、忌々しくも楽しげに眺める。

 

「種子島か。そのような玩具と相見えるのは初めてだな」

 

「そうか。なら、もっと面白い玩具(ガジェット)を見せてやろう。いでよ! FG(未来ガジェット)6号機

サイリウム・セーバー!」

 

振るわれた赤く発光する棒にあわせてアサシンは刀を振るう。鍔迫り合いになると思っていたアサシンは一歩踏み込もうとしたが、思った以上の手ごたえの無さと共に真っ二つになったサイリウム・セーバーに一瞬隙を作ってしまい、中に入った血糊をもろに両の目へと受けてしまう。

 

「くっ!? 目潰しか!」

 

そこへ叩き込まれる凶真の連蹴り。闇雲に刀を振っても無意味と感じたアサシンは体を固め、血糊を拭うまで凶真の蹴りを受け続ける。

ようやく血糊を拭ったアサシンは刀を振るうが、ぼやけた視界では距離感がつかめず刀は空を切る。

しかし、流石は佐々木小次郎と言ったところか。そんな状態でさえ直ぐに距離感を把握し、避けきれずに凶真は胸辺りを薄く斬られ血飛沫が舞う。

 

「っ! まったく英雄って奴らは出鱈目だな!」

 

「出鱈目、とは心外だな。己が得物の長さぐらい把握していて当然であろう? 後は僅かに見えるこの目とそなたの気配を辿ればこれこの通り、刃も届くというもの」

 

言うが早いか奔る剣閃。ランサー戦での傷が癒えていない体では躱しきれず、否たとえ万全であっても躱しきれぬほどの剣速に刻まれていく身体。

長刀だというのに速すぎて懐に入ることすら出来ず防戦一方になる。

 

「……(くそっ! 満足に足止めもできないか!)」

 

アサシンの体捌きと剣の腕。おそらく狂化したとしても軽くいなされ返り討ちに合うだけだ。

とはいえ、現状では一瞬でも隙を見せた瞬間こちらの首が刎ねられる。体力切れ=死となる。

 

「ほう? 女狐のめ、思いのほか苦戦していると見える」

 

アサシンは手を止め、愉快気に寺の方を眺める。

先ほどから聞こえてくる爆発音。キャスターの魔術のようだが、アサシンの言葉が本当ならば優勢なのはセイバーたちのはず。ならもう少し時間を稼げば……!

 

「ふむ。そなたとの死合いもなかなかに愉快ではあるが、些かもの足りんな。早々に終わらせて、セイバーにでも相手をしてもらうとするか」

 

「なに?」

 

アサシンは一度刀を掃うと、背を向けるように肩口に構えた。

その異様な威圧感に、凶真は思わず冷や汗が流れる。

 

「愉しませてくれた礼だ。我が秘剣によって散るがよい、鳳凰院。秘剣───燕返し」

 

「!?」

 

悪寒と共に世界が歪む。それは凶真の魔眼運命探知(リーディング・シュタイナー)が発動したことを意味する。

しかし、凶真はDメールを使用していない。凶真の魔眼運命探知(リーディング・シュタイナー)が捉えたのは世界線の変動ではなく、アサシンの刀身の歪み。とっさに凶真はFG4号機モアッド・スネークを発動させつつ階段を転げ落ちることを覚悟して跳んだ。

 

「がぁぁ……ぁ!」

 

「次から次に面妖な玩具を使う」

 

足場の悪さと突如現れた大量の白い蒸気に視界を奪われ目標を見失ったアサシンは僅かに手元を狂わせ、その刃が凶真を絶命させることは敵わなかった。が、必殺剣を交わされて尚アサシンは愉快気に笑う。こんな相手は初めてだと。

 

「別世界線の、刀身が……現れた、だと!?」

 

対する凶真はかろうじて3本の刀身の直撃を避けることに成功したとはいえ、全身は石段に叩きつけられ、右腕に至っては皮一枚のところでくっついているだけの状態である。これ以上の戦闘は不可能だろう。

 

「キョーマ!」

 

「離れていろ!!」

 

無事な左腕でイリヤを庇いつつ、思考を加速させる。どうすれば逃げられる。

だが、考えれば考えるほどに逃げられないという事実だけが見えてくる。おまけに血を流し過ぎたせいで意識が朦朧としてきた。

まずい、と思った瞬間。目の前で起こった光景に一瞬で意識が引き戻される。

 

「女狐め……無粋な真似を」

 

「士郎! 何があった!」

 

驚くのも当然。一段ずつ止めを刺しに降りてきた来ていたアサシンは急に歩みを止めて刀を仕舞い、その頭上から、血だらけの士郎が落ちてきたのだ。

 

「セ、セイバー……」

 

「喋らないでシロウ!」

 

イリヤはすぐに士郎へ駆け寄り治癒の魔術を掛ける。

俺は士郎の言葉に嫌な予感がし、霞む目を凝らしてアサシンの奥にある門を見た。

そこに立っていたのは───

 

「セイバー……」

 

彼女の表情は大量の汗を掻きながらも明らかに怒っていた。それは誰かに対するモノではなく、自分に対して。

セイバーの身体には時折紫電が走り、動く体を必死に押しとどめようとして見える。

そこから推測できるのは、どうやったかはわからないが、キャスターがセイバーを奪ったという事。

 

「すみ、ませんっ、キョウマ。シロウを……っ!」

 

歯を食いしばった為かセイバーの唇からは血が滴る。

その思いにこたえてやりたいが、イリヤすら助ける算段がなかった俺に士郎まで守ることは……。

 

《おじさん……死なないで。生きて》

 

「───っ!」

 

声が聞こえ、思わず周囲を見渡すが誰もいない。

 

「幻聴? いや、でも確かに声が……鈴羽?」

 

危機的状況だというのに思わず気を抜いてしまう。力なく座り込む自分。周囲に血だまりができるほどの出血。

そして聞こえた鈴羽の声。そう、あれは確かあの時の……!

そこで閃いた。成功する可能性は低いが、もしかすると逃げられるかもしれない。

 

「っ……悪いなアサシン。そろそろ、御暇させてもらうぞ」

 

「邪魔が入ったのでそうしてやりたいのは山々だがな、どうやらキャスターのやつはお前を逃がす気がないらしい」

 

見ればアサシンの身体にも紫電が走っている。どうやら令呪で俺達を逃がさないよう命令されたらしい。

 

「ふっ、いや。逃げさせてもらうさっ!」

 

叫ぶと同時に俺は左腕でイリヤと士郎を抱えて石段を跳ぶ。

全身に痛みが走るが、お構いなしに肺一杯に空気を吸い込んで高らかに謳う。

 

「出でよ! 我が生涯の最高傑作! C204(タイムマシン)!」

 

声と共に凶真たちの落下地点の空間が歪み、人工衛星ににたタイムマシンが現れる。

タイムマシンはその入り口を開き凶真たちを飲み込むと、空間の歪みと共に完全に存在が消えた。

 

「……見事。再び相まみえる日を楽しみにしておくぞ、鳳凰院」

 

刀を鞘に納め背負い直すと、アサシンは風と共に霊体化し姿を消す。

 

「っ……キョウマ、シロウをお願いします」

 

セイバーは凶真達が逃げたことを確認すると安心したように息を吐き、力なくその場に崩れ落ちた。

 

 

 

衛宮邸の庭。空間の歪みと共にタイムマシンは現れ、幻の様に掻き消えるとその中からイリヤと血だらけで気絶している士郎、重傷だがかろうじて意識のある凶真が放り出された。

 

「きゃっ! ちょっとキョーマ、貴方いったい何を……!?」

 

「上手くいったな……悪いな、流石に限界だ……」

 

大量の冷や汗を掻き顔面蒼白の凶真はその場に崩れ落ちる。

柳洞寺の時点で止血だけはできていた士郎はとりあえず置いておき、イリヤは凶真へ駆け寄り容体を確認する。

傷が深すぎる。息をしていない。魔力の枯渇が激しい。存在感がない。

 

「……うそ」

 

確認出来た容体は全てもう手遅れだと物語っている。今はまだ形を保っているが、いつ肉体の崩壊が始まってもおかしくない。

そう言っているうちに、凶真の肉体の崩壊が始まる。その体は淡く輝く粒子となって散りはじめ……。

 

「させない! 絶対に死なせたりなんてさせないんだから!」

 

イリヤの身体の令呪が光る。

 

「令呪をもって命ずる! 《肉体を修復しなさい!》」

 

発光と共に令呪が一画光を失い、膨大な魔力が凶真の中に注がれる。

しかし、スピードが緩やかになっただけで崩壊は止まらない。令呪の力をもってしても止められないほど肉体の損傷が激しいのだ。

 

「やだ、やだよキョーマ! 死なないで。生きて」

 

再び発光する最後の令呪。強大な想いの込められたその命令は、一度目よりもより強大な魔力となって凶真に注がれた。

 

「《ずっと、一緒にいてよ!!》」

 

イリヤの絶叫の後、庭は静寂に包まれる。

最後の令呪が輝きを失うのと同時に、凶真の肉体の崩壊は止まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで4話終了です。今回で一気に話が動きました。最後の令呪も早くも使ってしまいましたね……。
これからどう進めていこう……などと悩みつつ、まったり書いていきたいと思います。
あ、ついでにもう一つの執筆作品「正義の味方にやさしい世界」のスピンオフ「一振りの剣は花を護る」という短編小説を投稿したので良ければ読んでみてください!

それではまた次回!

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