「うわぁ~、すごいご馳走だ・・・!?」
リビングにある大きなテーブルの上に置かれた料理の数々を見て瀬那は素直に感想を漏らした。
焼き立てのパン、湯気立つクリームシチュー、揚げ立ての鶏の唐揚げ、新鮮な野菜のシーザーサラダ、どれもが食欲をそそる。
瀬那の右隣に座っている達磨にいたっては食い入る様に料理を見つめて食事の時を待っている。
キッチンの方に視線を向ければ、そこには花梨とそのルームメイトの女子達が取り皿を出したり、飲み物を準備したりしている。
(どうして花梨さんが帝黒じゃなく誠光にいるんだろう? もしかして・・・・・・!?)
もしそうならば、瀬那は自分が泥門に落ちていた事や、花梨が帝黒じゃなく誠光にいる事も、高校時代に存在しなかった澄原葵の事も納得できる。
(もしかしてこの世界は、僕が泥門にいた世界と似て異なっているのかもしれない)
一度調べてみた方がいいかもしれない。
関東の事は嘗て制覇したから大体知っているが、瀬那は関西については帝黒しか知らない。
特に高校アメフト界の頂点である帝黒学園に関しては一度チェックしておかなければならない。
「森羅」
瀬那は左隣に座る森羅に声を掛ける。
彼は確かノートパソコンを持っていて、そっちの方面に詳しかった筈だ。
「うん? なんだ瀬那?」
「ちょっと調べたい事があるからパソコンを使わせてくれないかな?」
「別にいいぞ、部屋に戻ったら使わせてやるよ」
「うん、ありがとう」
あっさりとパソコンを使わせてくれる森羅に礼を言うと、目の前の席に花梨を始めとした女子達が着席した。
そこで瀬那は四人部屋の筈なのに女子達が三人しかいない事に気づく。
「あと一人はどうしたんだい?」
「天使さんなら今日は用事があるそうで外出してるんですよ」
瀬那が疑問に思っている事を黎士が女子達に尋ねると花梨が苦笑しつつ答えた。
「それじゃあ腹も減ったし、メシにしようぜ」
「そうね、話なら食べながらでもできるし」
森羅が食事を始めようと言うと、森羅の目の前の席に座る少女も同意した。
「では、ご馳走を作ってくれた彼女達に感謝して、いただきます!」
「「「「「「いただきます!」」」」」」
森羅が音頭をとると瀬那達も揃って挨拶をし、夕食会は始まった。
女子達はゆっくりと食事を進めるが、男子達、特に達磨がすごい勢いで料理を食べておかわりをしている。
瀬那もパンを一つ取って食べてみるが焼き立てのパンは市販の物とは比べ物にならない。
皮はサクサクとしていて中身はフワフワ。とどめにジャム等を付けて食べたら病みつきになりそうだ。
「パンはあたしが焼いたの。気に入ってくれた?」
声を掛けられてそちらを見ると、そこには今日の夕食会を開いてくれた美少女、美空阿瑠琉(みそら あるる)が微笑んで瀬那を見ていた。
「は、はい、とても美味しいです」
瀬那は頬を赤らめながら感想を述べた。
今まで幼馴染のまもりなどの美人を見てきたが、阿瑠琉ほどの美人を見るのは初めてだった。
白く滑らかな肌。腰まで伸びた長く艶やかな黒髪に蒼穹の如く澄んだ碧い瞳。スッと通った線の細い顔筋や桜色の小さな唇などの秀麗な美貌。一見してハーフかクォーターを思わせる容姿をしており、体付きも着ている青いワンピースの上からでもはっきりと凹凸が分かる位成熟している。
そして何より何気ない仕種に一つ一つが印象に残るほどの存在感がある。
高嶺の花という言葉がよく似合う美人で、森羅とは同郷の幼馴染らしい。
「良かった。まだ沢山あるからいっぱい食べてね」
「ありがとう。パン作るの上手いんですね」
「アルルの実家はパン屋を営んでるんだよ」
「そうなんだ」
嬉しそうに微笑む阿瑠琉に瀬那が聞くと、隣に座っている森羅が答えて瀬那は納得した。
実家がパン屋を営んでるなら、彼女もパン職人の技術を学んでいるのだろう。
「それにしても、よくパンを焼けるオーブンとかあったな?」
「ふふふ、いいでしょ。前の人が残して置いてくれたの」
「あ、本当だ」
森羅が尋ね、アルルがキッチンに置いてあるオーブンに視線を向けて答えると、瀬那もそちらに視線を向けて自分達の部屋には無い巨大オーブンを見つけて呟いた。
「小早川君、シチューの御代わりいるかな?」
「うん、もらうよ」
自分も後輩の為に何か残した方がいいかな、と思っていると瀬那は向かいに座る少女に声を掛けられる。
少女の名前は庄司桜。
阿瑠瑠と花梨のルームメイトで、肩まであるセミロングの黒髪に優しげな瞳と整った顔立ちをしており、清楚可憐という言葉が似合う美少女だが、どこか気弱な印象を感じさせる。
彼女はどうやら瀬那が使っている空になったシチューの器が気になったらしく、瀬那は彼女善意に感謝つつ器を差し出す。
瀬那から器を受け取った桜は、席を離れてコンロに置いてあるシチューの鍋から湯気立つシチューを器に盛ると瀬那の前に置いた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、庄司さん」
「ど、どういたしまして・・・」
礼を言う瀬那に桜は頬を赤らめて伏し目がちに答える。
それを見た瀬那が怪訝な顔をすると、
「ははは。小早川君、桜ちゃんはちょっと人見知りが激しいんですよ」
「そうなの?」
苦笑しながら言う花梨。それを聞いた瀬那は確かめる様に聞くと、桜はコクンと頷いた。
「そういえば、関西弁を喋ってるけど小泉さんって地元の人なの?」
「いいえ、あたしは大阪出身なんです」
食事に一息ついた黎士が花梨の喋り方が気になったらしく尋ねると、花梨はあっさりと答える。
そこで瀬那はどうして彼女が帝黒じゃなく誠光にいるのか気になって思い切って聞いてみた。
「どうして地元の高校に行かなかったんですか?」
聞いた瞬間、花梨は嫌な事でも思い出したのかどんよりとした雰囲気になった。
聞いちゃまずかったか、と瀬那は後悔するが既に遅く、花梨は何があったのか告白した。
「じつは私、本当は友達と一緒に地元の帝黒学園に行きたかったんです・・・。けれど私の家族の父や兄達が強く誠光学院を推薦するんで私は何も言えんまま話が進んでしもうて―――」
「つまり自分の意見を全く聞かない家族に薦められてわざわざ地元から遠く離れた高校に通うはめになった、と」
花梨の告白を聞いた黎士が呆れた顔で言うと、花梨は頷いた。
「つまりはそういう事なんです・・・。あ、でも誠光に来て良かったと私は思うてますよ。天使さんはともかく、アルルさんも桜ちゃんも好い人でちゃんと私の話を聞いてくれますんで」
どんよりとした雰囲気で話す花梨を瀬那は同情したが、よく考えれば帝黒に行ってたら大和猛や本圧鷹に無理矢理アメフトをさせられる事になっていたのだからむしろ助かったのでは、と内心思ったが、もしもの話だから口には出さなかった。
暗い花梨を見て何か感じるものがあったのか、桜は花梨の手を両手で優しく包み込む様に握った。
「花梨さん・・・三年間仲良くしようね」
「桜ちゃん・・・こちらこそよろしゅうお願いします」
気弱な女子二人は互いを理解し合う様に言葉を交わす。
この日、小泉花梨は生涯無二の親友を得るのだが、彼女が嘗ての高校時代と同じ様にこの世で最も戦場に立つのは、もう少し先の話である。
★☆★☆★
食事会を終えて近所の銭湯で風呂を済ませた瀬那達は各々自由に部屋で過ごしていた。
達磨は既にベッドで眠り、黎士はベッドに寝転がって読書をしており、瀬那と森羅は高校アメフト界の情報サイトを閲覧していた。
その結果、関東の方は嘗てとあまり変わりが無いが、関西の方は大きく変わっていた。
(やっぱり僕が思ったとおりだ。前と全然違う・・・!?)
瀬那が森羅の協力で調べた結果、知りたい事は大体分かった。
関西の高校アメフト界の情勢、瀬那の知らない強豪と名選手達。
そして知ったのはこの世界の帝黒アレキサンダーズは、嘗て瀬那が泥門デビルバッツに所属していた時にクリスマスボウルで戦った帝黒アレキサンダーズを遥かに上回るチームだということだ。
去年のクリスマスボウルの記事を見てみたが、結果は157対0というかなり悲惨なものだったらしい。
百年に一人の天才と言われる金剛阿含がいる関東不敗の神、神龍寺ナーガが一方的に蹂躙されている。
さらに阿含と雲水を含む選手五人が病院送りにされている。
当時の動画が無いからどんな試合だったのか分からないが、特に凄かった選手は月刊アメフトの記事で特集が組まれている。
№1アメリカンフットボールプレイヤー・緋澄葉桜(ひずみ はおう)。
日本最強の男、土門勝猛(どもん かつたけ)。
フィールドの巨人、高峰純(たかみね じゅん)。
彼らがいる限り帝黒打倒は夢のまた夢だろう、と記事に書かれている。
この三人に加えて『アイシールド21』大和猛と『鳥人』本庄鷹が加わるのだから更に質が悪い。
まさに瀬那がクリスマスボウルに行くのは夢のまた夢だ。
そして強いのは帝黒だけではない。現在の関西には高校アメフト界の頂点に君臨する最強の帝黒アレキサンダーズを倒そうとする四つの勢力がある。
日本最強パワーを誇る鬼ヶ島オーガ。
パワー・スピード・タクティクス・ガッツ・チームワークの全てが揃った万能チーム、戦城ソルジャーズ。
鉄壁を誇る関西最高の守備チーム、紅月ファイターズ。
日本最高の高さと重さを誇る魁柔モンスターズ。
反乱軍と呼ばれるこのいずれかのチームが毎年帝黒に挑んでは敗れている。
それらに所属する選手も瀬那が嘗て戦った関東の猛者に負けず劣らない選手ばかりの様だ。
日本最強のパワーを誇る『鬼神』大豪月覇鬼(だいごうげつ ばき)。
関東の進清十郎、関西の陸奥総一郎と呼ばれる日本二大ラインバッカーの一人、『守護神』陸奥総一郎(むつ そういちろう)。
攻撃のスペシャリストと謳われる西郷毅(さいごう つよし)。
日本アメフト界最高の身長と体重を誇る五路雷二(ごろ らいじ)。
いずれもかなりの強敵と予想できる。
「これは想像を遥かに超えてクリスマスボウルは遠そうだよ・・・・・・」
敵は強大。誠光学院がクリスマスボウルへ行ける確率などゼロに等しい。けれど瀬那は悲観などしていない。
それどころか強い敵と戦えるのだと思うと純粋に嬉しかった。
「まあ可能性は極めて低いがゼロじゃないからな。頑張れよセナ」
「うん、ありがとう。明日から大変だ」
「パソコンはもういいのか?」
「うん、もういいよ森羅」
パソコンを使わせてくれるどころか情報を探すのを手伝ってくれた友人に礼を言うと、森羅はパソコンをシャットダウンして閉じた。
「それじゃ、明日は入学式だしもう寝ようぜ」
「そうだね」
森羅に同意した瀬那は自身の寝床である二段ベッドの上に上がる。
背の高い達磨と森羅が下で、二人よりも背が低い黎士と瀬那が上のベッドを使う事になっている。
ベッドに寝転がり布団を被ると森羅が部屋の明かりを消し、021号室一同は就寝した。
★☆★☆★
「いよいよ明日入学式だね・・・」
夜の闇が深くなった泥門高校のアメフト部部室で肥満体型の巨漢、栗田良寛が練習道具を片付けながら近くで制服に着替えている逆立った金髪の男に声を掛ける。
「・・・・・・・・・・・・」
声を掛けられた金髪の男、蛭魔妖一は黙々と着替えを続ける。
ほとんど栗田を無視してるようなものだが、彼と中学からの付き合いである栗田は気にしていない。聞いてくれるだけでもいいから独り話し続ける。
そうでもしないと不安でしょうがなかった。
泥門デビルバッツには栗田と蛭魔の二人しか部員がいない。
創部当初は三人だったが、一人は家の都合でやめざるを得ない状況になって去って行った。
いつか戻ってきてくれると信じている二人だが、それでも人数が全然足りない。
アメフトは最低でも十一人選手が必要なのだ。
つまり去って行った彼が戻ってきてくれても、後八人も選手が必要だ。
最悪去って行った彼が戻って来ない場合は九人必要だ。
去年は誰も入部してくれる者がいなかったから助っ人を呼んで大会に出場したが、結果は言わずともボロ負け。
いくら運動能力があってもまともにアメフトの練習をしておらず、おまけに脅迫されて嫌々試合に出場させられた助っ人にやる気がある筈も無い。
クリスマスボウルに行く最後のチャンスである今年はやる気のある正規の部員を集めるべくビラ配りなどを積極的に行った。
その結果が明日分かる。
あれだけやってもし誰も入部してくれなかったりしたら今年最後のチャンスは全て水泡に帰す。
それが何より恐かった。
「あれだけビラ配りしたんだから、みんな入部してくれるよね」
「グダグダ言ってる暇があったら着替えて帰れ糞(ファッキン)デブ。明日の勧誘会で眠りやがったらぶっ殺すぞ」
「う、うん、そうだよね。明日は忙しくなるもんね!」
蛭魔に激を飛ばされて栗田は少しだけほっと気持ちになり急いでユニフォームから制服へと着替える。
そして部室の鍵を閉めると二人は帰路に着いた。
その途中で栗田は流れ星を見つけて反射的に声を出して祈った。
「仲間が出来ますように、あっ!? う~ん・・・一回しか言えなかったけど効果はあるよね」
栗田は願いが叶う事を祈りつつ家に帰って行った。
まだ見ぬ仲間達とクリスマスボウルを目指せる事に想いを馳せながら。
いよいよ入学です。
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