―――いいか・・・試合中は小早川瀬那の名前は捨てろ! そう、お前のコードネームは・・・・・・アイシールド21!!!
最強のランナーという名のコードネームを知らずに無理矢理背負わされた日から七年の月日が経った。
高校を入学してすぐにアメリカンフットボールという最強の球技を無理矢理始めさせられた虚弱・貧弱・脆弱・最弱と呼ぶに相応しかった昔の臆病な自分が今の自分を見たらどんな顔をして何を思うだろうか?
幼馴染の少女に護られていた弱い自分を思い出して瀬那は自嘲の笑みを浮かべる。
いま彼がいるのは渡米中の旅客機の中だ。
高校でクリスマスボウルを制覇し、大学でライスボウルを二度制覇した瀬那は、いよいよライバルとの誓いを果たす為にNFL(ナショナルフットボールリーグ)のプロテストを受ける為にアメリカンフットボールの聖地アメリカへと向かっている。
未だに日本人でNFLの選手になった者はいなく、瀬那自身もかなり厳しいのは理解している。
生まれ持った人種と才能の壁。努力の二文字では決して超えられない力の差を知っても瀬那の気持ちは変わらない。
敵わないと知っていてもひたすら挑み続ける。
男なら誰もが持つ頂点に立ちたいという渇きを潤すために獣道を進み続ける。
それがアメリカンフットボールという戦いの世界で瀬那という名のオスが知ったことだ。
「いよいよアメリカだ・・・パンサー君達がいる世界に挑戦するんだ・・・」
瀬那は手に握られた楕円形のアメフトのボールを見る。
出立前に仲間やライバル達から送られたボールにはNFLに挑戦する瀬那に対する激励の文字で埋め尽くされている。
アメフトを始めるまでは友達一人いなかった自分にとっては何よりも大切な宝物の一つだ。
大学を卒業して全員バラバラの道を行った。
それでもアメフトを続けている限りみんなとの絆は無くならない。
今も、そしてこれからも。
瀬那は携帯に保存してある仲間達との写真を見ながら高校と大学の七年間を思い返す。
その時だった―――旅客機が大きく揺れた。
「ひぃいいい、一体何が!?」
グラグラと揺れる旅客機の座席にしがみ付きながらただならぬ事態を予感する瀬那。
他の旅客達も突然の非常事態に平静を保てずに騒ぎ立てている。
「何が起きてるんだ!?」
「機長は何やってるんだよ!」
「こんなの冗談じゃないわよ!」
瀬那は仲間達から送られたボールを腕に抱きかかえながら事態の収束を願う。
しかし事態は最悪の状況であることを機内に流れるアナウンスが知らせる。
『本機はこれより不時着します。繰り返します。本気はこれより不時着します。お客様は衝撃に備えてシートベルトをきつく締めて掴まっていて下さい!!』
「ひぃいいい、どうしてこうなるのォ~~~~!!!」
最悪の事態に瀬那は目を瞑り、衝撃に備える。
そして襲ってきた強い衝撃を感じると共に意識を手放した。
★☆★☆★
「うわぁあああ~~~!!!」
ベッドから落ちる衝撃と共に瀬那は目を覚ました。
すぐに痛む身体を起こしてベッドに這い上がり、大きな安堵の息を吐く。
「良かった・・・無事だったんだ・・・」
自分が生きている事に安心しつつほっとすると、自分が今いる場所を確認して思わず固まった。
瀬那が目覚めた場所は病院などではなく、既に荷物の整理を済ませて引き払った実家の自室だったからだ。
疑問に思ってベッドから降りようとすると、手に慣れたボールの感触を感じて視線を向ける。
そこには出立前に仲間から送られた筈のアメフトボールと大学生になって新しく買って貰った携帯電話があった。
それを見て瀬那はほっとした。
「ほっ、良かった、無くならないで」
仲間から送られた宝物と思い出が詰まった携帯電話を手に持って机の上に置くと、瀬那はどうしてアメリカに向かった筈の自分が日本の実家にいるのか聞く為に自室を出てリビングへと向かう。
するとそこには瀬那の父、小早川秀馬がいた。
「おはよう、セナ」
「・・・・・・・・・・・・ええええ!?」
椅子に座って新聞を広げる父親がいつも通り挨拶をするが、瀬那は出立前に会った父の姿が若返っている事に思わず固まってしまった。
「どうしたんだ? 今日は泥門高校の入試合格発表の日だろ」
「泥門の入試合格発表・・・・・・?」
父の言っている事が理解出来ずに瀬那はぼんやりと言葉を反芻する。
そしてまさかと思いつつ父親に聞いてみた。
「父さん。今日は2015年8月15日だよね?」
「何を言ってるんだ? 今日は2008年の3月14日じゃないか?」
「!?」
父の言う事が本当かどうか確かめる為に瀬那は新聞やテレビのニュースを見る。
するとそこにはしっかりと2008年3月14日と記載されていた。
夢かと思って頬を強くつねるが感じる痛みが現実なのだと教えてくれる。
次に鏡の前に向かって自分の姿を見てみるが、そこにはアメフトで鍛えた大人の自分ではなく、ただのパシリだった頃の貧弱な自分がいた。
「どうしたのセナ? 早く着替えなさい、まもりちゃんが待ってるんでしょ?」
後ろから聞きなれた母親の声が聞こえて瀬那は振り向くと、そこには7年前の姿をした母、小早川美生がいた。
「な、何でもないよ!」
「そう? ならいいけど・・・合格してるといいわね」
心配そうに溜息を吐く母を見ながら瀬那は、泥門は定員割れで全員補欠合格なんだよ、と心の中で呟いた。
「とりあえず早く着替えて朝食を食べなさい。まもりちゃんと一緒に合格発表を見に行くんだろ?」
「う、うん、わかった」
父、秀馬に言われて瀬那は二階の自室に戻って中学の制服に着替える。
「まさか中学の時の制服をまた着る事になるなんて思ってもみなかった」
黒い学ラン姿の自分を見て大きな溜息を吐くと、瀬那はリビングに戻って両親と一緒に朝食を食べる。
そして朝食を食べ終えると玄関に向かい、靴を履いて制服のポケットに入っている受験票を握り締め、瀬那は家を出た。
「行って来ます」
「行ってらっしゃい」
「気を付けてな」
両親に送り出された瀬那は走り出す。
三年間通った母校に向かって駆ける。
「(足が遅い!? 想像したとおりのスピードが出ない・・・!)」
いつも通りのスピードが出ない事に瀬那は苛立ちを感じる。
アメフトを始める前の身体なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、鍛えた体がいきなり脆弱になったのはショックだった。
「また鍛え直さないと!」
どうして自分が過去にいるのか深く考えるのはやめた。
とりあえず今は現実を受け入れて行動しよう。
このままいけば自分はもう一度泥門デビルバッツの仲間達と一緒にクリスマスボウルを目指せる。
もう一度みんなと戦える。そう思えば悪くない夢だ。
息を荒くしながら止まらずに走り続け、懐かしい母校が見えると瀬那は微笑んだ。
正門の前で急停止すると、そこには瀬那と同じく合格発表に来ている他校の人達が大勢いた。
「セナ!」
聞き慣れた声で名前を呼ばれてそちらを見ると赤毛の美少女が手を振っていた。
「まもり姉ちゃん」
「こっちこっち」
手を振るまもりの下へと歩み寄る。
社会人の大人となった彼女の姿を知る瀬那は、再び懐かしさを感じた。
「受験番号は?」
「021だよ」
まもりと一緒に掲示版へと向かうのだが、
「Ya―――Ha―――」
「合格おめでとう―――!!」
聞き覚えのある声がして顔を向けるとそこにはアメフトの赤いユニフォームを着た金髪の男とぽっちゃり体型の巨漢が合格者らしき少年を胴上げをしていた。
「そういえば僕もやられたな、アレ」
本当に懐かしいと思いつつ瀬那は掲示板を確認する。
「021・・・021・・・」
隣でまもりが小さく受験番号を反芻しながら掲示板を恐る恐る確認する。
瀬那としては、どうせ定員割れで補欠合格なんだからと落ち着いていた。
「あっ・・・・・・」
「?」
まもりが呆然と一点を凝視する。
瀬那もまもりが見ている場所を見る。
そして気付いた。気付いてしまった。
020、022―――瀬那の受験番号が無い。
すなわち不合格。
「そんな・・・嘘だ・・・!?」
「アリエナイィイイ!!」
聞き覚えのある男(バカ)の叫びが聞こえたが、瀬那は呆然と掲示板の前で立ち尽くしていた。
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