早いもので社会人になって3か月です。
皆さんは新しい環境に慣れたでしょうか。
銀の福音戦から一夜明け、元の予定通りに帰宅する準備が始まる。
そんな中、一夏の所へ束がやって来る。
「やあ、いっくん。昨日のラストは見事だったよ!」
「あ、束さん。おはようございます」
「白式だけどね、もうしばらく預からせてもらうよ」
束のテンションに慣れ切っている一夏は、普通に挨拶を返す。
彼女もそんなこともお構いなしに、昨日強引に預かったISの返却を延期する。
「え、そんなに酷かったんですか!?」
「いやいや、損傷の方はバッチリ直したよ。
ただ、ちょっと気になる事を確かめたいんだけど、ここじゃ設備が足りないからね。
一旦持ち帰らせてもらうよ」
「気になる事?」
「ほら、昨日言ってたじゃん。気を失ってる時に少女と会ったって……」
「あれは夢みたいなもんだろ」
一夏は昨日、帰還した後にそのことを皆に話していた。
ただ、口ではそう言っても、どうしてもただの夢とは言い切れなかった。
だって、自分と話していたのは……
(白式だと思ったなんて、言えるわけないよな)
「でもいっくんはそう思ってないよね」
「え?」
「ううん、なんでもない。それより箒ちゃんは?」
「箒ならまだ部屋ですよ」
一瞬、心を読まれたかと思って動揺しつつも、箒について答える。
そんな一夏の事など気にも留めず、束は旅館の中へ入っていった。
「……」
前に簪が言っていたことを一夏は思い出す。
そして先日の出来事やシンとの会話で聞こえてきた言葉に疑問が湧く。
なぜ、白式が既存のコアで紅椿は新造のコアなんだ?
二次移行せずにワンオフ・アビリティが使えることと関係があるのか――
なぜ、シンのインパルスをISモドキと言ったんだ?
シンがインパルスしか動かせないことと関係があるのか――
なぜ、俺はあの少女が白式だと思ったんだ?
そして、それをなんで束さんが知ってるんだ――
そもそも、俺とシンがISを動かせるのはなぜだ?
女性にしか動かせない理由と関係しているのか――
束さんや自分自身に対する疑問が浮かんでは消えていく。
以前簪から話を聞いたときは、言われてみれば確かに不思議だと言った程度だったが、ここに来て彼女の疑問に実感を伴って共感する。
(束さん、貴女はどこまで知っているんだ?)
束に対する疑問と共に不信感が一夏を襲う。
だが今は考えても答えは出ないため、帰宅の準備をすることで気を紛らわせる事にした。
……
…………
旅館では、帰り支度を終えた皆が部屋から出てきた。
だが、昨日の激戦の疲れが残っており、その足取りは重かった。
「筋肉痛で体が重い……」
「そりゃそうでしょ。私だって結構きついもん」
箒の呟きに鈴が答える。
鈴からしてみれば、自分以上に負荷のかかる戦闘をしたにも関わらず、痛みこそあるがなんとか1人で歩けるレベルで済んでいる箒は少しおかしい気がした。
「うう……僕も人並み以上には体力はあるつもりだったのにな」
「訓練はしていたとはいえ、私もここまで大規模な作戦は初めてだったから、節々が痛い」
水泳競争の件といい、箒と同レベルの疲労を感じているシャルは少し自信を無くす。
とはいえ、訓練をしていた簪でさえ痛みが残るレベルなのだから、先日の戦闘はそれほど激戦だったということでもある。
それでも作戦中にダウンしなかったのだから、シャルの体力が特別低いわけではない。
「訓練もなしに実戦であれだけ動ければ大したものだ。普通はああなる」
普通に動けるラウラはシャルのフォローをすると、別の部屋に視線を向ける。
そこからシンが、セシリアに肩を借りながら壁に手を付きながら出てきた。
「シンさん、大丈夫ですか?」
「体中が悲鳴を上げてる……」
「そりゃあ、高速で機体ごと体当たりしたり、射撃戦と近接戦を常時切り替えながらこなせばそうなるのも当たり前でしょ」
箒と銀の福音に割って入った時を思い出しながら、鈴はそうなるのも当たり前だと返す。
そしてシンがそんな事をしていたと知ったセシリアと簪は思わず声が出る。
「体当たり!? シンさん、そんなことしたんですか!」
「あ、あまり無茶なことはしないでね」
(別に無茶な事だとは思わないんだけどな……)
シンとしてはいつも通りに戦闘していただけであり、ここまで体に響くのは想定外だった。
なぜなら、CEにいた時はこれ以上の戦闘を何回もこなしており、その中には今回のように“頭の中がクリアになる”状態での戦闘もあったが、体に響くことは一度も無かったからだ。
「おーい、荷物は積み終わったぞ」
そうこうしていると、一夏が皆を呼びに戻ってきた。
お世話になった旅館の人たちに挨拶を済ませ、一同は帰路についた。
……
…………
旅館で生徒たちが帰り支度をしている頃、少し離れたところに2人はいた。
箒に会おうとしていたところを千冬に半ば強引に連れ出された束は不満だった。
「ちーちゃん、いったい何の用かな?」
「この前の無人機と今回の騒動……どっちもお前の仕業だな」
「あ、やっぱり分かっちゃう?」
千冬の問いに一切の戸惑いも無くおちゃらけて返す。
そのふざけた言動で誤魔化そうとかそういうのではなく、本心から悪いと思っていないからこその言動なのが束である。
「で、目的は?」
「いっくんと箒ちゃんの華々しいISデビュー!」
半ば確信していたこととはいえ、こうまで堂々と回答する彼女に頭を抱える。
正直に告白されたところで、こちらには説教以外にできることはないのもたちが悪い。
この身内以外を認識しないのは相変わらずだが、それ故に疑問がある。
「で、アスカの妹とやらを保護したと言うのは?」
「あの忌々しい糞女の施設を潰そうとしたら見つけた」
あの束が無意識ではなく意識的に毒づく。
その相手に興味はあるが、どういうわけか千冬にすら誰なのかは話そうとしない。
「あの時は紅椿のコアを作るのに忙しくてさ、見つけた施設を放置してたんだよねー。
そしたらなんか、いきなり内乱かなんかで炎上しちゃっててね。
後から焼け残ったデータとかを片っ端からぶっ壊して回ってたらね、施設の近くで生き残りのあの子を見つけたってわけよ」
(施設……アスカとも関係あるのか)
話してるうちに束は元の言動に戻っていたが、千冬は生徒の重大な秘密が掘り起こされた気がして心配になった。
もっと色々と聞きたかったところだが、山田先生からの準備完了の連絡により切り上げる。
「あまり余計なことはしないでくれ……」
「流石に生き別れた兄妹の再開に水を差す束さんじゃないから安心してよ。
じゃあ、後で預かったISと一緒に日時を伝えるから」
そう言いながら、束は山田先生の元へ向かう千冬を見送る。
その後はどうやったのか、島民に一切気付かれることなく島を出ていった。
――――――――――
帰りの船の中、疲れからか戦いに参加していた皆は寝ていた。
その中でシンとラウラだけが起きていた。
「すまないな、シン。私は無意識のうちにお前に無理をさせてたらしい」
今のシンの状態を見て、ラウラは無理をさせてしまったことを謝る。
しかし、シンからしてみれば特別無理をさせられたつもりはなかったし、仮にそうだったとしても軍人ではない他の皆に無理をさせるよりは自分のほうが良いと思っている。
「別にラウラが謝る事じゃないだろ。ほとんどは俺が好き勝手に動いてただけだし……」
「そうは言うが……」
ラウラは結構この事に責任を感じているらしい。
だが、この状態に心当たりのあるシンは周りに聞こえないように気を配りながら話し始める。
「前に戦闘中に“頭の中がクリアになる”話をしただろ……」
ラウラが頷くのを確認して、シンは自分の考えを伝える。
この世界に来てはじめて“頭の中がクリアになる”状態でIS戦をしたからではないかと。
“頭の中がクリアになる”状態――
思考・反応の高速化や、視野が360°になったように周囲全てを知覚できたり、動きがスローモーションに見えたりと感覚が強化され、さらに身体能力も強化される。
今まではそのような状態で戦闘をしても体に反動が来ることはなかった。
MSは操縦桿やペダルによって操縦するため、身体能力の向上が直接的に操縦への恩恵を与えることはないが、ISは全身を動かして操縦する。
腕の振り、武器の保持、回避運動……その全てが身体の動きによって行われるからこそ、身体能力の向上はダイレクトに操縦への影響を与える。
普段以上の力で体を動かせば普段以上の負荷がかかるのは当たり前である。
だからこそMSの時は反動がなく、ISに乗っていた今回は反動が来たとシンは考えている。
「いわゆる火事場の馬鹿力というものか。
確かに、その状態で長時間体を動かし続ければ肉体に負荷がかかるのは当たり前だな。
頼むからCEほどの頻度で使おうとするなよ……何か嫌な予感がする」
「そう言われても気付いたらなってることがほとんどだからな……
まあ、またこうなるのも嫌だし、注意しておくさ」
「そうしてくれ」
こうして銀の福音に乱入された臨海学校も何とか無事に終える事が出来た。
戦いの疲れを癒した後はまた平和な日常へと回帰していく。
期末テストが終われば長かった1学期も終わり、IS学園に夏休みが訪れる。
今回で1学期終了です。
次回は設定紹介で、その後は夏休み編になります。