そのせいで就活の苦痛が蘇ってしまいました。
卒業までしか働けないため試用期間で時給が減るのは避けたいし
研究の時間も確保するとなると厳しいのかもしれません。
学年別トーナメントが終わり、寮の食堂ではトーナメントの結果と最後に発表されたシグーの話題で盛り上がっていた。
日が沈み夕食を終えたシンは、騒がしい食堂を抜けて医務室に向かおうとしたところ、正面から歩いてきたラウラと出会った。
「ラウラ、もう大丈夫なのか?」
「すまない、心配をかけた」
今日のことで色々と話したいことがあったので、2人は人気のない外に出た。
シンは途中の自販機で飲み物を買うと、先にベンチに座っているラウラに手渡した。
ラウラはシンが隣に座った事を確認すると、小さな声で話し始めた。
「私は遺伝子強化試験体、アドヴァンスドと言われる存在だ……
つまりお前の世界でいえば、私もお前と同じコーディネイターというわけだ」
「!?」
突然の告白に驚くシンを横目に、ラウラは説明を始める。
遺伝子強化試験体――通称:アドヴァンスド――は戦闘能力の強化を目的として、遺伝子操作により肉体を強化した人間のことであり、CEの戦闘用コーディネイターにあたる。
年間平均3~4人が送り出されており、公式記録上では世界で47人いるそうだ。
幼児期から教育と訓練を始め、5歳で越界の瞳を移植して10歳になると各軍に派遣される。
こちらの世界ではCEほどの技術力はないらしく、最初は生まれる確率が半分ほどで10歳までの死亡率は2/3という厳しい状況だった。
そして出生後の死亡原因は越界の瞳を移植するための遺伝子操作が原因だそうだ。
「それからは越界の瞳に関する遺伝子を調整していくことで、最終的には出生後の死亡率はほぼ0にすることができた……だが、その過程で私と同時期に生まれたアドヴァンスドは越界の瞳に適合しないという失敗が起きた」
ラウラは眼帯を外してシンに左目を見せると、そこには金色に変色した目があった。
その表情は普段とは違い、今にも消えてしまいそうで不安になった。
「これは普段は普通の目なんだが、起動させれば望遠したりセンサー情報を表示したりと……
まあ、スケールダウンしたハイパーセンサーだと思ってくれればいい。
そして、私の左目はこれが常に起動した状態になっている」
死亡率を下げるための遺伝子の調整が、越界の瞳と適合しないという結果になった。
幸か不幸かこの失敗はラウラの同期だけに起き、その後は順調に死亡率が下がっていった。
「越界の瞳の制御が効かず、人間の能力を超えた目に振り回された。
今までの訓練すらまともにできなくなり、私たちは“出来損ない”と言われるようになった」
「……」
ラウラはここまで話すと、力が抜けたようにシンにもたれ掛かってきた。
シンは先ほど買った缶コーヒーを握り潰しながら、ラウラに肩を貸す。
そして話を聞いて、思い出すのはステラやエクステンデッドのことだった。
人体実験をするような連中から失敗と判断されれば、その後の展開は想像に難くない。
CEの事を知っているラウラは、シンの考えている事を肯定するように話を続ける。
「ああ、1人……また1人と基準に満たなかった者からいなくなった。
実際に生きた人間を撃つ練習台として同期の的にされてな……
恐ろしいのは縛り付けられた方の意識はあるのに撃つ側の意識がないことだ」
「ちょっとまて、意識がないのにどうやって……まさか!?」
意識がないのにどうやって銃を撃つのかと考えたが、決勝戦でのラウラの様子を思い出す。
つまりはCEにおける“ゆりかご”のような洗脳装置か何かがあるのではないかと。
「アドヴァンスドは生まれてから、反抗防止のために特定の音を聞かせることで意識を朦朧とさせ、強制的に命令を実行させることができるように教育されている。
本来ならこの事実や命令されてからの記憶は残らないはずだが、だいたい7年くらいぶりだったからか効果が中途半端で記憶が戻ったみたいだ。
おかげで、自分の身に何が起こったのかを認識することができた……」
そこまで言い終わると、ラウラは肩から体を起こした。
そして震える体を両手で抑えながら、消え入りそうな声で頼みごとをした。
「すまない、少し……向こうを向いてくれ」
その言葉に従い、シンはラウラの反対側を向くように体を動かす。
するとラウラはシンの背中に縋るように頭をつけてきた。
「全て、全て思い出したんだ。今まで受けてきた命令の記憶が……」
今までの話と行動でシンは、ラウラが思い出した記憶を察した。
彼女は生まれてから同じ施設で育った仲間を、自分の手で殺したことになる。
それも記憶に残らない命令で行わせるという非道行為によって……
「私が、私が殺したんだ。最後まで一緒に生き抜いてきた仲間を……
そして今日、仲間である一夏を撃とうとした。
試合だからで済まされる問題ではない……もしかしたらいずれ、大事な局面で仲間に銃を向けてしまうのではないかと」
シンはアスランとメイリンが乗ったグフを撃墜したことを思い出す。
今でもあの時の感覚は克明に覚えており、その時は“脱走したから”だとか“任務だったから”と自分に言い聞かせたが、ルナマリアを前にした時にはそんなものは簡単に吹き飛んでいった。
今のラウラに“強制的に命令を実行させられたから”と言っても、効果はないだろう。
なら、せめて背中で震えるラウラを安心させるようにと力強く話しかける。
「大丈夫だって、今日は結局俺のヘルメット取らなかったろ。
自分の意思じゃあどうにもならないっていうなら、その時はまた俺が元に戻してやるよ」
「それではお前に負担がかかるだろ」
「俺だけじゃ無理なら、織斑先生やクラリッサ達にも頼むさ」
「周りを巻き込むなんてお前らしくないな」
背中で顔を伏せたままのラウラだったが、少しは元気が出たのか声に覇気が戻る。
「この事は皆に説明して対策を取らなきゃいけないし、もし他のアドヴァンスドが命令された時はラウラが元に戻してやれるだろ。
それならお互い様だ、お前は1人じゃないだろ?」
「……ああ、そうだな」
シンの言葉に不安で支配されていた感情が解放されていく。
震えは止まり、ラウラが背中から離れるとシンは元のように座りなおす。
そしてラウラは再び肩に寄りかかってきた。
「シン……もうしばらく、肩を貸してくれ」
アドヴァンスドとして生まれたことを恨んだこともあった――
越界の瞳に適合できなかった自分を憎んだこともあった――
そしてアドヴァンスドに施された呪いに絶望した――
それでも、今の自分には仲間がいることを改めて認識した――
シンがラウラを見ると、最初の不安げな表情がなくなっていた。
不安が解けたからか普段以上にリラックスした様子は年相応の少女であり、とても彼女が一部隊を率いる軍人には見えなかった。
「今日は星がよく見える」
その姿をずっと見ていたいと思っていたが、ラウラの言葉でシンも空を見上げる。
そこには雲一つなく、空には星々が綺麗に浮かんでいた。
特に月は満月であり、寮以外に明かりの灯っていないIS学園を照らしていた。
「ああ、月が綺麗だ……」
「シンの世界では、月には簡単に行けるんだよな」
CEの話を思い出したラウラがシンに語り掛ける。
それから2人は宇宙を見上げながら他愛のない話を続けた。
月に行くのはこの世界で言うと海外に行くようなものだとか――
だいたいこの位置にプラントのコロニー群が見えるだとか――
CEでは火星にも人が住んでいることだとか――
――――――――――
同時刻、シンが抜けた後も食堂は賑わっていた。
一夏・シャルル・箒が負けた試合の反省会をしており、セシリア・鈴・簪は代表候補生としてシグーについて話していた。
そして彼らのところに他の生徒たちが大勢集まってきて、簪に問いかけた。
「更識さん、優勝おめでとう。で、誰を選ぶの?」
「あ、ありがとう。えっと……その、選ぶって何を?」
祝言を受け取りつつ、ある女子生徒の問いを理解できなかった簪は聞き返す。
その言葉を聞いて、ある意味元凶となった箒は思い出して固まってしまった。
「優勝したら男子の誰かと付き合える権利が貰えるってやつ。
大丈夫、誰を選んでも皆は貴女を応援するから」
「いや、そう言うことじゃなくて」
ここまで聞いてトーナメント前に親友の本音がその事について言っていたことを思い出す。
一瞬シンが頭に浮かんだが、目の前の光景に混乱してしまった。
「ペアを組んでたからアスカ君かな」「ラファール×打鉄的な意味でもデュノア君もあり」
「いやいや、もしかしたら織斑君かもよ、負けた貴方は私の物よって感じで」
集まってきた女子たちは本人そっちのけで盛り上がっている。
そして「ねえ、誰、誰なの?」と言わんばかりにこちらに詰め寄ってくる。
こんな事態に慣れていない簪はさらに混乱して言葉が出なかった。
他を見回しても一夏とシャルルは「その話は冗談じゃなかったのか」と驚愕しており、鈴は「私のせいなのか」と項垂れている箒を慰めている。
「皆さん、落ち着いてください!
そんなに詰め寄っては簪さんも決めるに決めれませんわよ!」
セシリアの一喝で食堂は一旦静まり返る。
簪はその堂々と言い放ったセシリアの姿をかっこいいと思った。
そして冷静になったのか、詰め寄っていた女子たちは離れていく。
「いやー、ごめんごめん。気になっちゃってつい」
「とにかく、誰か選べばいいんだよね」
「そうそう、付き合ってほしい男子ね。優勝者の特権だから遠慮はいらないわ」
親指を立てって思いっきりの笑顔を向けている。
他の女子たちもニコニコしながら簪の決断を待っている。
それを見た簪は大げさに考えるポーズを取り、思考する時間を確保する。
(これだけ期待されると、誰も選びませんって言うのは何か可哀想だよね……
だからと言って皆の前で堂々と宣言するのも恥ずかしいし……
うーん、ならいっそのこと笑いを取りに聞くべきかも……あ、そうだ!)
簪は数十秒ほど考えると、あることを閃いた。
巧くいけばこの場をうまく乗り切れるかもしれない。
「それじゃあ……織斑君、話があるから付き合って」
「「きゃああああああ!!」」
「「何いいいいいぃぃ!!」」
簪の決断に女子たちは盛大に声を上げ、一夏・箒・鈴の3人はまさかの人選に声が出た。
特に箒と鈴は驚きのあまり立ち尽くしていた。
「え、なんで俺?」
「前から貴方に関心があった」
「え、でもそれって……」
「話したいことがあるから少し席を外しましょう」
簪が一夏の問いに答えるたびに食堂が沸き上がる。
特に1組、2組の箒と鈴を知る者からは彼女たちのライバルの出現にさらに興奮していた。
(あ、これは何か企んでる)
そんな中、簪の幼馴染でもある本音は彼女が本気で言っているわけではないと悟る。
ちなみにセシリアとシャルルは、これはもう収拾がつかないと思い、会話を聞きながら優雅にティータイムを楽しんでいる。
簪は一夏を連れて食堂を出ようとしたところで振り返り、声を振り絞って宣言する。
「白式の開発経緯、君にだけ教えるから付き合ってもらうよ」
「「ええええええ!!」」
「あ、そういえば話してくれるって言ってたな」
簪の期待させるような一連の行動のオチに女子たちは驚きの声を上げる。
勝手に期待して勝手に驚いているだけなのだが、予想以上の反応に簪はクラスメイトと一緒に笑いをこらえながら手を振っている本音に向かってVサインを返す。
「決勝で言ってたことを今から話す」
「分かった、じゃあ場所を移すか」
一夏は食堂にいる人たちに向けて大きく手を振ってから退席した。
そして離れたところに移動したところで、簪が話を始める。
「……君はそのISが元は何だったのか知ってる?」
そこには先ほどまでのお茶目な彼女ではなく、真面目な顔をしていた。
そして語られる、白式が誕生するまでの経緯を一夏は聞いた。
元々は簪の専用機として作られた打鉄弐式が一夏回されることになった事――
入学式直前に篠ノ之束が持ち去り、白式に作り替えられた事――
自分が今、初期化されたコアから第3世代型を組み上げている事――
そして本来なら第一移行しただけではワンオフ・アビリティは使えない事――
簪は知りうる限りのことを一夏に告げた。
「ねえ、不思議に思わない?
あの時、倉持技研には2つのISコアがあった。
完成間近の打鉄弐式に使われているコアと、私が譲り受けた初期化されたコア――
篠ノ之博士はなぜ、弐式を初期化してまで白式を作ったのか。
ただの気まぐれかもしれないし、何かしら理由があるのかもしれない。
つまり貴方に当たった理由としては、彼女に迷惑をかけられたから」
簪としては、今は疑問こそあるが一夏をどうこうする気はないことを伝える。
当事者の一夏は彼女の話したことが嘘だとは思えず、非常に驚いている。
篠ノ之束のことを知っている一夏にとっては、身内以外に対して一切の関心がない彼女ならやりかねないことではあると思う。
それでも本当は何がしたいのかなど、一夏には分からなかった。
「束さん、いったい何がしたいんだよ……」
「ごめんなさい。でも、白式を使う以上は織斑君にも教えておこうと思って」
「いや、頭の片隅には入れておくよ。ありがとう、更識さん」
「あ、私の事は名前で呼んでくれて構わないから」
「だったら簪も、俺の事は名前で呼んでくれよ」
「うん。一夏君、これからよろしくね」
今度は簪の方からあの時の一夏の言葉と共に手を差し出す。
一夏はその手を握り、新たに友人ができたことを喜んだ。
長かった学年別トーナメントも終わり、IS学園は日常へと戻っていった。
これで学年別トーナメント編が終わります。
ペア決めから1年と随分と長い間やってたことになりますね。
次回は予告通り、1学期編で出てきた設定や機体のまとめを投稿します。