今年の年末年始はどうしようかな。
各ブロックの優勝者が決まり、休憩時間に入る。
観客たちも一旦席を外し、少々遅めではあるが昼食を取り始める。
「各ブロック優勝は専用機持ちか……順当だな」
「それにしても、あの全身装甲の専用機は何でしょうかね?
フルフェイスのHMDが不恰好で、とてもISには見えませんでしたよ」
デュノア社長の感想に、途中で合流したエリックが続く。
エリックとしてはそれ以上に聞きたいことがあるのだが、それは家庭の事情であるため、今は全身装甲の専用機の話題で会話を進める。
「おそらく、ヘルメットは後付でしょう。
ですが、デザイン、武装、戦闘スタイル……ISの中であれだけが異質」
(あの機体を私は知らない。しかし明らかに……)
ISが普及しているこの世界の住人には違和感がある機体――インパルス――
ビームライフルとビームサーベルを装備し、鎧というよりは装甲をイメージするデザインに、マックスウェルは既視感があった。
「あれだけ露骨に怪しいと、清々するな。
一体どんな奴が乗っているのか、是非知りたいものだ」
誰が乗っているのか知っているデュノア社長はわざとらしく嫌味を乗せる。
そしてそれが引き金になったのか、しばらく会話もなく移動をする。
「父さん、少しいいかな?」
沈黙を打ち破るようにエリックはデュノア社長に問う。
デュノア社長もいずれはと身構えていたのか、驚くこともなくその言葉を受け入れる。
「マックスウェルさん、すいませんが少し外してもらえますか」
「分かりました。では、また後ほど」
マックスウェルは提案を受け入れて立ち去った後、2人は人気のないところへ移動する。
「父さん、何故“シャルロット”が試合に出てるんだ」
「ああ、すまない。お前には言ってなかったな。
今日の試合に出ている事からも分かるように、私があの子をIS学園に入れた。
織斑一夏がなぜISを動かせるのか……お前だって気になるだろ?」
エリックは父の含みのある物言いに気付く。
この時は決まって、嘘は言っていないが何かを隠してる。
「……父さん、いったい何を隠してるんですか?」
「ふむ、私のポーカーフェイスもまだまだのようだな」
「何年あなたの息子やってると思うんですか」
やはり身内相手だと気が緩んでしまうなと思いつつ、息子の問いに答えないように切り返す。
「なら、IS学園にまで来てお前が整備していたのは何だ……EZ-8じゃないんだろ?」
「う、何故それを」
「私はお前が物心つく前から父親やっているんだぞ」
最初はただの整備だと思っていたが、どうやらそれが別の何かであると気づいたのは、息子の試合を観戦している様子だった。
妙にそわそわしていて、でもそれが試合そのものに対するものではないと分かったのは、やはり父親だからだろうか。
デュノア社長には彼のその様子が、新しいおもちゃで遊びたくてしょうがない子供のように見えたため、警備用のEZ-8ではない何かがあると思った。
「はあ、分かったよ。これ以上聞くのはやめるよ」
エリックは軽く両手を上げて降参のポーズを取った。
「賢明な判断だ、早く私の後を継いで欲しいものだな。
ああそれと、時間があれば“シャルル”に会ってやりなさい。
あの子も兄に会えば少しは不安が和らぐだろう」
「父さんこそ、はるばる日本まで来たんだから、ちゃんと閉会式まで見ないとだめだよ。
織斑一夏といい、今年はイレギュラーな一年になりそうだからね」
これ以上は話せないと判断したのか、お互いに別れ際に言葉を残して去って行った。
――――――――――
休憩時間が終わり、ここからは専用機同士の対決であるという事もあって1年生の試合が行われるアリーナでは、観客が試合の開始を今か今かと待ち構えていた。
選手の準備も万端という事でついに各学年の決勝トーナメントが始まる。
Aブロック優勝:織斑・ボーデヴィッヒペア VS Bブロック優勝: 篠ノ之・凰ペア
≪戦闘開始≫
開始の合図とともに睨み合っていた4機が動き出す。
鈴が龍咆を撃つと、回避した一夏はそのまま直進しラウラは上空へ飛翔する。
「行くぞ、一夏!」
打鉄に乗った箒が刀を振るい、一夏もそれに応えて雪片を振り下ろし、互いに直進の勢いを加えて刃を押し付け合う。
最初は拮抗していた鍔迫り合いも、打鉄と白式の出力の差から箒の方にジワジワ押されていく。
「くっ」
何とか持ちこたえる箒だったが、ついに耐え切れなくなり一旦離脱する。
押し切った一夏は箒が着地した瞬間を狙って追撃をかける。
(やはり白式相手に力では勝てないか……)
刀を横に寝かせて上空から振り降ろされた雪片を受け止める。
機体性能の差を実感した箒は、力で押し切られる前に刀を傾けて一夏の雪片を滑らせていく。
さらに箒は滑る雪片に合わせて刀を引いていき、一夏は推力と重力による加速を押さえる事ができず、箒の持つ刀の動きに合わせて白式ごと前につんのめる。
箒はすかさず体勢を崩した白式に合わせて、引いた刀を踏み込みながら振り上げて一閃する。
「くそ、まだだ!」
直撃を貰った白式のエネルギーが減っていくが、一夏はお返しと言わんばかりに、雪片を片手持ちして片足を軸に高速回転をしながら振り抜く。
それに合わせて箒も回転して対抗しようとするが白式のスピードには勝てず、先に雪片が打鉄を切り裂き、箒の刀は左腕のシールドに阻まれてしまう。
そのころ上空では、ラウラと鈴が一進一退の攻防を繰り広げていた。
レーゲンはAICで受け止められない龍咆がワイヤーブレードを吹き飛ばすためレールカノンで狙撃できず、甲龍はAICを警戒して接近できないため性能を生かし切れない。
((攻めにくい相手だ……))
互いにそう思いながら、時間だけが経過していく。
(ドイツに戻ったら中距離用の装備を申請しないといけないな)
「ああもう、次から次へと面倒ね。いっそのことまとめて吹き飛ばしたいわ!」
中距離戦で攻めあぐねいているラウラ相手に、鈴は双天牙月を投げつける。
AICを使わせる算段だったのだろうが、シン相手に同じことをされたラウラはワイヤーブレードを網目状にして絡め捕る。
鈴は一瞬驚いたもののそのまま龍咆で牽制しながら突撃する。
「AICがあると知っていながら接近戦を挑むとはな」
案の定接近してAICに捕まる鈴だったが、臆することなくラウラに向かう。
「チマチマした戦いは嫌いな質でね!」
AICで止められていながらもレールカノンに対抗して鈴は龍咆を撃とうとする。
しかしラウラはその行動まで想定済みなのか、予測される龍咆の着弾地点ではなく、砲門に押し当てるような形でシールドを展開した。
「くっ、こいつ!」
鈴が声を発した瞬間、レールカノンと龍咆が発射され爆炎が両者を包む。
すると爆発の衝撃で吹き飛ばされるように、二機はすぐに爆炎の中から姿を現した。
そこには先ほどとは逆に、驚いたような顔をするラウラと自信に満ちた顔をした鈴がいた。
「あの一瞬で同じことをやり返すとは……大した反射神経だ」
「当然よ、私を誰だと思ってるの!」
互いに啖呵を切りながら、瞬時加速で突っ込んでいく。
衝突した二機はAICも龍咆も使わせないように、空中での殴り合いへと移行する。
(鈴……)
上空でラウラを引き付ける鈴を見て、今一度気を引き締めて一夏を見る。
鈴が作ってくれたこの機会、無駄にするわけにはいかない。
……
…………
学年別トーナメントが始まる数日前、私は鈴と一緒に訓練をしていた。
「剣道をやってたとはいえ、2か月でここまで動かせるようになるとはね」
「いや、私は一時ISに乗ってた時期があったんだ……」
「え、そうなの!?」
ISに乗るのは入学してからだと思うのも無理はない。
「私は篠ノ之束の妹だからな。
重要人物保護プログラムがどうとか言って、IS適性測る名目でしばらく乗っていた。
IS適性が低かったおかげか、一通り動かせるようになったところで終わったけどな」
「篠ノ之束ねえ……今はどこにいるんだか」
「さあな、いつも勝手に連絡してくるくせにこっちからは連絡取れないからな」
かけて来た電話に履歴から即座にかけ直しても通じないほどだ。
一体どんな手段を使っているのか考えたくもなかった。
「昔からそうだった……いつも周りを気にせず、やりたい事だけを好き勝手やる。
子供の内は自由奔放で済むが、気付けばISを作り、世界を変えても変わらない」
「その様子だと、仲は良くなさそうね」
まあ、そうだろうな。
姉との楽しい思い出なんて、それこそ幼かった時しかない。
「向こうは気にかけてるみたいだが、正直言って私は姉の存在が怖い。
姉という身近な存在が、何を考えてるのか分からない世界を塗り替えた存在であることが……
そして姉のせいで、一夏とも家族とも離れることになった」
世界を変えた人間が身内にいて、その人物が破天荒であると身をもって知っている。
だからこそ、また世界規模でやらかすんじゃないかと思うと、私は怖くてしょうがない。
今度は一家離散では済まないだろう。
「道場のある実家を離れる事になっても、剣道だけは続けた。
でも全国大会で優勝した時、剣道を続けていたのはただの憂さ晴らしだと自覚したんだ。
こんな気持ちで剣道をやるべきではないと思ってはいるんだが……」
そんな気持ちだからだろうか、一応は剣道部に入っているが通常の部活の時間には道場へ行かず、時間外に貸切で使わせてもらっているだけだ。
それに剣道を取ったら私に何が残るのだろうかと、やめるべきだという感情と対立する。
「別に憂さ晴らしでもいいじゃない。
私だって、代表候補生になったきっかけは憂さ晴らしだしね」
「え?」
「国に帰ったあとね、IS適性検査を受けたらやや高めでね。
養成所に入れる基準を満たしてたから、一夏と別れた鬱憤を晴らすために入ったんだ。
でもそこでISに乗ってるうちにね、同期や先輩には負けたくないって思うようになって……
それでがむしゃらに特訓して、気付いたら甲龍のパイロットに選ばれる形で候補生になってた」
負けず嫌いの鈴らしい理由だなと思いつつ、黙って続きを聞く。
「切っ掛けはどうあれ私はまだISを降りる気はないし、いずれは代表候補になって千冬さんを超えてやろうと思ってるわ。
今でも一夏と剣道やってるってことは、本当は辞めたくないんでしょ。
昔を理由に辞めるくらいなら、今を理由に続けてもいいじゃない。
目標でも願望でもなんでもいい、あるんでしょやめない理由が」
確かに一夏と再会して、ISの訓練と言いながら剣道をしている。
それは剣道によってあの頃を思い出すからか……その思いも確かにある。
でも一番は、一夏の隣に居たいからだ。
「私は……私は、あの頃のように一夏と剣道がしたい!
ISに乗ってもずっと一夏の……あいつの隣で剣を振りたい!」
口に出したら途端に軽くなり、むしろ逆に今まで以上にやる気が出てきた。
我ながら単純なような気もするが、過去の感情が口から出て言った気分になった。
専用機のない私がISで一夏の隣に立つには剣道を起点に強くならなければいけない。
「ちょっと、誰がそこまで言えと言ったのよ。あいつの隣は私の場所よ!」
その後は互いに譲らず、鈴と一夏を巡って口論になった。
結局その日はそれ以上の訓練はできなかった。
けど、ありがとう。
……
…………
上空の殴り合いほどではないが、こちらも剣を交えながら互いのエネルギーを削っていく。
一夏はまだ剣道のブランクを完全に取り戻してはいないが、試合経験、IS操縦のセンス、機体の性能差はそれを覆すアドバンテージとなっている。
(もっと、もっと強く……お前の隣に立つためにも)
だが、それに甘える箒ではなかった。
自分を奮い立たせるためにも、距離を置いて仕切り直す時にかつての宣言をもう一度する。
「一夏、約束通り優勝したら付き合ってもらうからな」
「いいぜ。だからといって、負けてやる気はないけどな」
「ふん、当然だ」
箒は踏み込みながら突きを放つと、一夏はそれを避けながら懐へ飛び込む。
一夏が雪片を振るうと同時に、箒は刀を振り下ろす。
互いの攻撃はヒットし、エネルギーが減っていく。
(残り30秒)
残り時間で決着をつけようと、一夏は振り返りながら零落白夜を発動させる。
対して箒はそれを見て完全に立ち止まり、居合の構えで待ち構える。
(来い、一夏)
一夏は居合の構えに臆することなく、瞬時加速で突っ込む。
白式が打鉄とぶつかった瞬間、両者は渾身の一撃を放つ。
≪試合終了≫
エネルギー残量
白式:152 シュヴァルツェア・レーゲン:327 vs 打鉄:0 甲龍:294
勝者:織斑・ボーデヴィッヒペア
フラッシュエッジの如くポンポン投げられる双天牙月……
シン「近接武器投げるとかよくやるな」
ラウラ「お前が言うな」