更新履歴
2015.11.14:サブタイトル変更
「クラス代表で専用機持ち同士、これからよろしくな」
織斑一夏のこの言葉を聞いて、私は思わず彼の手をはたいてしまった。
私の専用機……打鉄弐式はまだ完成していない。
私がIS学園入学に合わせて受領する予定だった第3世代型IS打鉄弐式は倉持技研で開発されており、2月の時点では最終調整を残すのみの段階まで完成していた。
しかし織斑一夏の存在が発覚し、彼に専用機を与える事が決定してから状況は一変した。
新規に開発しては間に合わないため、弐式を彼に回し私の機体は新規開発となった。
そして追い打ちをかけるように、男性が乗るという事で一部仕様の変更、計測装置の追加、それに伴う機体の再調整に技研の人員が割かれ、私の機体は完全に放置されていた。
そこで私は専用機にする予定で初期化だけしたISコアを譲り受け、自分自身の手で第3世代型ISを組み上げる事にした……自分の姉がそうしたように。
専用機を取られはしたが、これだけならまだ彼に怒りを覚える事はなかった。これだけなら……
彼が今使っている機体は白式……そう、打鉄弐式ではない。
それは入学式の約1週間前に遡る。
技研で弐式の最終チェックをしていたところに、突如篠ノ之束が現れたのだ。
彼女は周りの制止を気にも留めず、弐式の端末を弄りだす。
「やっぱダメだね、いっくんにふさわしくない……というわけで、この機体貰ってくよ。
ちゃんと終わったら返すから大人しく待っててね」
そう言って彼女は弐式を纏うと、技研の壁を破ってどこかへ飛んで行ってしまった。
我に返った研究員が即座に政府に連絡をするも、彼女を捉える事は出来なかった。
そして入学式の日、いつの間にか技研に白式が置かれていた。
結局私の専用機は、天災の手によって白式に書き換えられただけだった。
織斑一夏に渡すからと専用機を諦めたのにその結果がこれでは怒りが湧く。
織斑一夏の姉はブリュンヒルデの織斑千冬であり、篠ノ之束の友人である。
そして彼の幼馴染である篠ノ之箒は篠ノ之束の妹である。
篠ノ之束から見れば友人の弟、妹の幼馴染……特別視する理由にはなる。
だがなぜわざわざ弐式を書き換えたのか? 技研には打鉄だってあったはず。
いや、そもそも彼女が新規コアを作ってそれで白式を作る事だってできたはず。
――あのコアでなければならない理由でもあるの?
わざわざこんな事までして白式を作った篠ノ之束に関しては、もう疑問しかわかなかった。
そして、行き場を失った私の怒りは残った織斑一夏に向けられた。
彼がISを動かさなければ、弐式を回される事はなかった。
彼が篠ノ之束の関係者でなければ、弐式が無駄になる事はなかった。
そして新たな打鉄弐式の製作が思うようにいかない現実がそれを増幅させる。
それがただの八つ当たりだと分かっていても……
(とにかく学年別トーナメントまでに仕上げないと)
トーナメントで織斑一夏を倒す……そのためにはまず機体を完成させなければならない。
自然と早足になって整備室のいつもの場所に向かうが、近くまで来るとなにやら音が聞こえる。
(誰かいる?)
そこには黒髪の男子生徒が1人、機体の整備を行っていた。
彼は確かシン・アスカ……実際に会うのはこれが初めてだった。
いつもの場所に先客がいた事でとっさに落胆の声が出る。
「そこ私の場所……」
「あ、ごめん。すぐにどくから」
聞こえていたのか、彼はとっさにその場を空けようとする。
いつも使っているとはいえ、自分が貸切っているわけでない。
「別にいい。今日は稼働テストする事にしたから」
長々と彼と話をする気のない私はとっさに思い浮かんだことを言って会話を打ち切ると、すぐにその場を離れた。
彼は突然現れて突然去っていく私を呼び止めるが、私は無視してアリーナへ向かった。
今日の天気は曇天、雨は降っていないが気分は重い。
アリーナに着くとすぐさま打鉄弐式を展開し、稼働テストを始める。
……
…………
簪がアリーナに向かった後、シンはインパルスの調整の続きをしていた。
パッケージのインストールと呼び出しに関する設定が終わり、今はパッケージ装着時の機体パラメータの調整を行っている。
「うーん。これは実際に動かしてみないと分からないな」
ISはMS以上に調整が難しいとシンは感じている。
その理由はPICが機体に及ぼす影響が大きく、それに各種パラメータが複雑に絡み合い、PICの出力を少し変えるだけで、操縦感覚が大きく変わる。
普通のISならば最適化処理やISの自己判断で操縦者に合わせて調整されるのだが、インパルスは男性でも動かせるようにした影響でそれらは機能してない。
「よし、俺も起動テストするか」
パラメータの調整だけでなく、実際にパッケージが動くかどうかもテストしたい。
それにさっきの娘――確か日本の代表候補生で4組のクラス代表の更識簪――もいるだろうからテストの相手を頼んでみようと思ったシンは、機体を待機状態に戻してアリーナに向かう。
その時、爆発音がアリーナから聞こえてきた。
驚いたシンはすぐさまピットに駆け込み、アリーナを見る。
すると上空で見た事のない機体が、両足から火を吹いて急上昇しているのが見えた。
「脚部スラスターへの推進剤供給をカット……だめ、さっきの爆発でバルブが壊れたんだ。
なら、PICの出力を上げて逆方向に制動をかけて減速……」
打鉄弐式の飛行試験を行っていると、突如両足のスラスターが爆発。
バルブが破損したせいか推進剤が最大量で供給され、機体は大空へ急上昇していく。
簪はパニックにならないように自分を抑えながら、機体の姿勢を直そうと試みる。
「PICの出力が下がってく……そんな、なんで!?」
が、PICの出力は逆に低下していき、機体は一瞬減速したもののすぐに加速していく。
打つ手が無いと簪が諦めかけた時、機体に通信が入る。
「おい、大丈夫か!」
異常事態を察知したシンがインパルスを展開して追いかけてきた。
あと数十秒もすれば弐式に追いつく……簪は助けが来てくれたことに安堵した。
しかし、低下していく弐式のPICの出力が0になった時、異常が発生した。
出力は0で止まらず今度はマイナス方向に急上昇していく。
出力がマイナスになった事で力場が反転し、少しとはいえ上昇を抑えていたPICは一転し、今度は機体を加速して上昇させる。
PICの干渉か両足のスラスターがバックファイアを起こし、機体の両足が爆発で吹き飛ぶ。
絶対防御があるので簪は無傷だったが弐式はPICの出力を上げ続け、スラスターが無くなったにもかかわらず今まで以上の速度を出して上昇していく。
「う、ぐ。と、とまって……」
PICを停止しようとするも、ISの保護機能を超えてかかる重圧に体が動かない。
エラーアラートが鳴り響く中では簪の思いは届かず、弐式はスラスターを全開にしているインパルスを引きはがす。
(このままじゃ届かない)
爆発後の弐式が異常加速したため、今のインパルスでは追いつくことはできない。
シンは未調整であるがそんな事お構いなしに、フォースパッケージを呼び出す。
(くっ、遅い)
パッケージの展開に5秒かかり、スラスターとPICで加速をするもシステムの起動が遅いのか信号にタイムラグがあるのか一瞬時間がかかり、重力に引っ張られる。
そこからフォースを加速させて相対速度を縮めていくが、それでもまだ弐式の方が速い。
このままではいつまでたってもインパルスは弐式に追いつかない。
さらに速度を出すにはさらに第3世代装備の電磁推進スラスターを使うしかない。
「くっそおおお、間に合えええ!」
シンは考えるより先にぶっつけ本番で電磁推進スラスターを起動させる。
インパルスの赤い羽が開くと、そこから光が放出され巨大な紅い翼を形成する。
光の流れが力となり、機体をさらに押し上げて加速していく。
(私は、やっぱりお姉ちゃんには追いつけないの……)
パイロットを無視した加速を続ける弐式に、簪が耐えられなくなってきている。
ブラックアウト寸前まで追い込まれ、今にも切れそうな意識を何とか繋ぎとめる。
しかし頭に浮かぶのは偉大な姉に追いつけない自分だった。
(もう、だめ……)
意識を保つのが困難になり、身体から力を抜きそのままブラックアウトしていく。
薄れた視界で最後に見たのは徐々に近づいてくる巨大な紅い翼だった。
……
…………
(冷たい……何かが体に当たってる?
音が聞こえる……これは、雨?)
雨に打たれた感覚で、簪は意識を取り戻す。
気付けば機体は解除されており、インパルスに抱きかかえられている状態だった。
「お、気が付いたか?」
簪はもたれかかっていた体を起こして頷くと、さっきまで自分がいたであろう場所を見上げる。
そこには弐式が空に残した白い軌跡があり、雨によってその跡がだんだんと消えていく。
それを見ていると助かった実感がわいてきて、簪は助けてくれたヒーローに抱きつく。
「どうした、寒いのか?」
ISスーツで雨に打たれているためか、シンは簪がとった行動は体を温めるためだと思った。
簪は助かった興奮からか寒さは感じていなかったが、彼の言葉に甘えようと返事をしようとした。
しかし、彼女の視界の片隅にはとんでもない物が映っていた。
「ねえ、エネルギーが空なんだけど」
簪の言葉を聞いてシンは表示されているモニターをチェックする。
そこにはアラートが鳴っていないのに、エネルギー残量が0と表示されたモニターがあった。
「簪、しっかり掴まってろ!」
簪が腕に力を込めてしがみつくと、シンは速度を上げて下降していく。
エネルギーがいつから0だったのか分からない以上、いつ機体が強制解除されてもおかしくない。
それでもなんとかピットの付近まで下降できたので、着地のために減速する。
しかしインパルスがピットに侵入して着地しようとした瞬間、ついに機体が強制解除される。
あまり速度は出ていないとはいえ、機体が無くなった事で2人は宙に投げ出される。
いち早く反応したシンは空中で簪を抱き寄せると、着地の体勢を取ろうとする。
しかし、雨で濡れたピットの床と放り出された時の慣性、それと人を抱えた事によるバランスの悪さから、シンは着地に失敗する。
「きゃあああああ」
簪の悲鳴と、彼女を抱えたまま横転し体を打ちつけて床を滑る音が響く。
……
…………
しばらくすると、雨の音以外の音が無くなった。
簪が目を開けて周りを見ると、衝撃で外れたのか自分の眼鏡が転がっているのが見える。
そしてピットの正面から機体を入れたおかげか、端から落ちる事も壁にぶつかる事もなくシンに抱かれたままピットの上に横たわっていた。
シンの左手は後ろから簪の腰を巻きつけて右手は脇の下から肩に伸びており、衝撃を抑えるために目いっぱい引き寄せたため2人は密着している。
降り続ける雨と水浸しの床から伝わる冷たさと、背中から覆われるように感じる彼の温もりが、自分がまだ生きている事を実感させてくれる。
(もう少し、このままでもいいかな)
その感覚が心地よく、簪は今度こそ助かった事を認識すると体から力を抜いてその身を委ねる。
しかしその時間も長くは続かず、夢心地に浸っていた簪の意識は後ろから聞こえてきたシンの声によって現実に戻される。
「簪、怪我はないか?」
簪はシンの声で完全に意識が戻ると、途端に極薄のISスーツを着ている自分が抱かれている今の状況と体勢に恥ずかしさがこみ上げてきた。
簪は落ち着こうと、今にも破裂しそうなほど鼓動している心臓を押さえようと手を動かす。
すると心臓から少しずれた位置に置いてあるシンの手に触れる。
(あれ?)
その手が気になり、簪は押さえようとした手を彼の手に重ねる。
動揺していたせいかなぜ彼の手がここにあるのかも分からず、さらに心拍数が上がる。
そしてその鼓動を押さえようと、彼の手ごと押さえる。
「あ」
彼の手からなにやら柔らかい物を押さえている感覚が伝わってくる。
そして数回、手を押してその感覚を確かめる……触れているのは自分の胸だった。
「あ、ああああ!」
シンの手が触れていた物を知り、簪は慌てて彼の手を振りほどいて立ち上がる。
落とした眼鏡を拾ってかけ直すと、シンも立ち上がってこちらを見る。
「えっと、その、ごめん。
助けに来たのに、怖い目に合わせちゃって。
それとさっき――」
「それ以上は言わないで。
……私の事よりあなたは大丈夫なの?」
自分を庇ってピットの床を滑ったシンを簪は心配する。
するとシンは両手を大きく動かして怪我が無い事をアピールする。
「俺は大丈夫だよ。
それより、簪に怪我が無くてホント良かった」
「あなたが庇ってくれたから……」
(それにしても、まさか未調整のパッケージで助けに来るなんて、怖いもの知らずなの?)
普通あの場面で未調整のパッケージを使おうとは思わない。
彼だってそう思っていたからこそ、最初はパッケージの無い状態で助けに来た。
でも予想外の状況が続き、その状態では追いつけないのは明らかだった。
そこで諦めずにぶっつけ本番で未調整のパッケージを使って、見事に助けてくれた彼は何者をも恐れずに勇敢に人々を助けるヒーローのようだった。
「くっしゅん」
「風邪をひく前に戻るか。
それと着替えたら念のために医務室に行った方が良い」
全身びしょ濡れで雨に打たれていたせいか、簪からくしゃみが出る。
このままだと風邪をひいてしまうので、シンは簪に着替えと医務室に行くことを勧める。
「うん、そうする。
それと、助けてくれてありがとう」
改めて簪は助けてくれた礼を言うと、アリーナの更衣室へと向かって行った。
シンはそれを見送ると、1人思案する。
……
…………
「さて、このずぶ濡れの制服どうしようか……」
現在はISスーツすら持っておらず、着替える物は何もなかった。
結局そのまま寮に戻り、部屋にいた一夏を驚かせてやった。
箒&鈴以外のトーナメントのペアが決まりました。
皆さんは3組全てを当てる事ができるのか?(90パターン)