更新履歴
2015.07.16:設定の明確化に伴い修正
2015.11.14:サブタイトル変更
「シンが勝ったんだな」
試合を見ていた箒の呟きを聞いて一夏が意気込みを伝える。
「相手がシンでもこの1週間の成果と男の意地を見せてやるさ」
「そうか、なら勝ってこい!」
「ああ」
箒に激励され一夏はアリーナへと飛び出す。
そこにはセシリアを倒したままの状態のシンがこちらを向いていた。
<<戦闘開始>>
開始の合図とともにシンは左手のビームライフルを連射する。
「う、うわっ! なんだこれ、シミュレーターより速ええ」
何とか最初の一撃は避けたものの2発目は被弾してしまう。
弾速のあまりの速さに驚く一夏だったが、ハイパーセンサーの射線認識システムによって視覚化された射線と白式から送られる発射タイミングの予測を頼りに5発目から回避するようになる。
(よし、できるだけ射線上に来ないように機体を動かしてっと……)
弾速が違うだけで基本はシミュレーターの攻撃を避けるのと同じだ。
コツを掴んで単調に連射されるライフルを危なげなく回避するようになる。
「へへ、だんだん分かって来たぜ。さあて反撃開始だ!」
とは言ったものの武装は雪片弐型という実体剣1本しかなかった。
だが無い物はしょうがない。雪片を取り出し、弾幕の隙間から接近する機会を窺う。
しかし、すぐにシンはライフルでの攻撃を止めた。
これを機に接近して雪片を振るうも、シンに悠々と後退して躱されるが反撃はなかった。
「なんだよシン。当たらないからってもう降参か?」
「まさか、今度は当ててやるから安心しろよ!」
そう言うとシンは再度ライフルを連射する。
1発目――白式の右側を掠めるように撃つも、一夏は左に移動して回避する。
「あいつ、浮かれているな」
織斑先生の言葉は山田先生にしか聞こえていない。
2発目――移動先に向けて撃つが、今度は急停止して回避する。
「だから気付かない。アスカの狙いに……」
山田先生は織斑先生の発言をただ黙って聞くだけだった。
3発目――足元を狙ってきたので上昇して躱す。
(なんだよ、さっきより狙いがずれてるじゃないか……)
さっきまではずっと機体の中心を追いかけるように移動していた射線が、今度は機体の進行方向に動かしているのに気付いた。
射線が見えるなら、その前で停止すれば避けるのは簡単だ。
一夏がこの程度かと言ってやろうと顔を向けると、そこにはスナイパーライフルを右手に持ち、こちらに構えているシンがいた。
急停止からの上昇で速度が出ていないこの状態では避けられない。
そして既に引き金が引かれている以上、瞬時加速は間に合わない。
「遊ばれたな、馬鹿者め」
4発目――ライフルの弾丸が腹に直撃した。
だが着弾と同時に強力な光が発生し、一夏と白式を覆い尽くした。
突然の出来事に観客はざわめき、シンはスナイパーライフルを戻しビームサーベルを抜く。
(なんだ……これはいったい)
当事者の一夏でさえこの状況を理解できていなかった。
最適化処理――完了――
白式からフィッティングが完了したことを告げられる。
(零落白夜……これはいったい? いや、これならいける!)
使用可能と表示される零落白夜、最初は何のことか分からなかったが、白式からこれが何なのかが流れ込んできてすぐに理解する。
まだ1週間の成果を出し切ってはいない……俺はこのまま負けるほど潔くはない!
「ふっ、機体に助けられたな」
織斑先生の呟きと同時に光の中から形を変えた白い鎧が飛び出してきた。
灰色の機体は白くなり、手に持った剣は変形しエネルギー刃を形成している。
「行くぞ、白式……イグニッションブースト!」
一次移行で上がった白式の速度を瞬時加速でさらに上乗せする。
シンの驚いた顔を見ているのに、ビームが腹に刺さっている。
だが、この程度で止まる俺と白式ではない。雪片を構えてそのまま突っ込む。
(くそッ! なんて速さだ)
全力で後退――だめだ、最高速度相手に静止状態からでは間に合わない。
シンはあまりの速度に逃げられないと判断し、右手のサーベルを構える。
交差する一瞬、両者は剣を振り抜く。
だが、雪片とビームサーベルが交わったのは一瞬だけだった。
雪片が触れた瞬間にビームサーベルの刀身が消滅……
受け止める物が無くなった雪片はそのまま振り下ろされインパルスを切り裂く。
初めてシンに一撃を与えた、とはいえまだ一撃だ。
このぐらいではエネルギーは尽きない、ここから誰もが反撃すると思っていた……
<<戦闘終了>>
「なんで、エネルギーが空に……」
シンから驚愕した声が漏れる。
白式から貰った一撃でインパルスのエネルギーは0を表示していた。
いくら連戦とは言え、セシリア戦ではそこまでエネルギーを消費していないにも関わらず。
「はぁはぁ、ギリギリセーフだな。こっちのエネルギーも残りわずかだぜ」
「ったく、イグニッションブーストなんていつ覚えたんだよ」
勝負は織斑一夏の勝利で終わった。
織斑先生のアナウンスで2人はピットに戻って行く。
――――――――――
「最後の織斑の攻撃だが、あれはバリア無効化能力によるものだ。
私がモンドグロッソで優勝したのもこの能力によるところが大きい。
当時はエネルギー兵器の武器はなかったからバリア無効化能力と言われているが、先ほどの戦闘を見ても分かるように正確にはエネルギー消滅能力と言ったところだ。
この能力は強力だが、自身のエネルギーを大幅に消費する。所謂諸刃の剣という奴だ」
「だからビームサーベルが消えた上に一撃でエネルギーが尽きたのか」
織斑先生の説明を聞き、シンはあの時起きた現象に納得する。
一夏は、千冬姉と同じ武器と能力である事に喜んでいる。
箒は一夏にこれなら剣道の腕はさらに重要になると言い。
セシリアはただ黙って話を聞いているだけだった。
「さて、これでクラス代表は織斑に決定だ。
来週末のクラス対抗戦の他、この1年間クラスの代表としての責務を果たすように」
その後解散し、途中で祝宴をするから後で食堂に来るようにとクラスの人に言われた。
――――――――――
「なんで……」
寮の自室でシャワーを浴びながらセシリアは今日の勝負を振り返っていた。
4基のBTを躱し続け、その上一瞬で振り切って接近してきたあの男。
ハイパーセンサーのおかげで死角が無いとはいえ、BTを全て避ける事は簡単ではない。
できないわけではないが、でも……なんで!
なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんで なんでなんでなんでなんでなんで……
なんで、わたくしとブルー・ティアーズが……!
あの時の宣言で実力を見せると言ったが、逆に自分が見せつけられた……BTをもってしてもこの結果である以上、完全に実力で負けたとしか言えない。
両親が事故で亡くなってから、オルコット家を守るために必死になった。
高いIS適正もありイギリスの代表候補生にもなった。
他の代表候補生に打ち勝ち、ブルー・ティアーズのパイロットにもなった。
それなのにBTを使っても当てる事すらできなかった、その現実がたまらなく悔しくて、気付けば拳を握りしめ両手と頭を壁に押し付けている。
この悔しさは男に負けたからではなく、代表候補生としてのプライドからだ。
冷静でない思考の中でも、なぜかこれだけは自覚していた。
オルコット家は名家だった。
そこに婿養子で入ってきた父はいつも母の顔色を窺っていた。
それがISの登場でさらに肩身が狭くなり、その情けなさにさらに拍車がかかった。
それでも子供のころは忙しい母に代わってよく父に遊んでもらっていたので、父親としてみれば優しい良い親であったと言えるだろう。
母はよく父の事を情けない男と言っていて、自分も将来は父のような情けない男とは結婚しないと心に誓っているため、男としての評価は低い。
なんで今父の事を考えたのだろうか……?
彼は女性に対しても堂々としていて父とはまったく似ていないというのに……。
彼に父とは違う男としての姿を見たから……いや違う。
父も彼のように強い男であって欲しかったと思ったから。
(なんだ……ただ「男のくせにISぐらいで卑屈になるな」って思ってただけじゃない)
気付いてしまった。自分が父や男性に対して思っていた感情を。
自分が男性は女性に勝てないと言うのは、父のような情けない男性を見たくなくて……彼のように男ならそれを真っ向から否定して欲しいだけだったのかもしれない。
男性は女性に勝てない。 男なら強くあれ。
ただの偏見だ、勝手に男はこうあるべきだって決めつけてるだけ。
シン・アスカのように女性に勝てる男性もいれば、父のように勝てない男性だっている。
織斑一夏だって勝負を申し込んだあの日から逃げずに努力を続け、どうやったかは知らないが1週間という短期間で瞬時加速を習得している。
実力はまだまだだが、勝負を諦めなかった事で見事に奇襲を成功させた。
そう考えればISは強さの一要素ではあるが全てではない。
なら男性であるか女性であるかなど、強さを考える上ではあてにならないという事だ。
自分の勝手な基準で相手を否定しても意味がない。
今はもう知る術は無いが、父にも何かしらの強さがあったのかもしれない。
まずは自分が、女性としてではなくセシリア・オルコットとして強くなろう。
そう思うと父や男性に抱いていた感情も無くなり、心が軽くなった。
(こんな気持ちになったのは初めて……でも)
淀みが消え、綺麗になった心に残ったのはパイロットとしての純粋な悔しさだけだった。
(このまま、このまま負けたままでいられるもんですか!)
代表候補生の自分が実力で大敗を期すとは思っていなかった。
だからと言ってこのまま「ありえない」、「悔しい」と嘆いているだけでいいのか……否!
彼も言っていた、「後ろから追い抜かれるなよ」と……ならば
「わたくしが追い抜いて差し上げますわ。シン・アスカ!」
決まれば早い。セシリアはシャワールームからでて着替えをする。
「まずは今日の反省と分析をして、今後の訓練メニューを考えませんと。
そう言えば、これから一夏さんの代表就任祝いをすると言っていましたわね」
それを思い出し、急いで身だしなみを整えて食堂へと向かう。
アニメを見た零落白夜の感想→こいつがきっちり決まった場面無くね?
なんか零落白夜がせっかくの強力な効果の割に活躍してないなと思ったので、この小説ではきっちり決めてもらいました。
おかげでイグニッションブーストの影が薄くなったけどな!
そしてセシリアさんが色々と吹っ切れました。