「さて、と」
IS学園を後にした一夏は、バイクに乗る前にラウラにメールをする。既に夕暮れ時であり、帰ってから夕食の準備をしても間に合わないと考え、外食を提案するメールであった。
「(夕食にエギルの所ってのもなぁ。さて、どこにするか―――)」
ヘルメットを被り、いざバイクにまたがろうとした時着信音が聞こえた。ラウラからの返信なのだろうか? てっきりALOにでもINしており返信は来ないと考えていたのだが……。
「……夕食の準備中……だと?」
え? マジで? ゲームじゃないんだぞ? 現実じゃ手順の省略は出来ないぞ?
不安になる一夏は、こう思いながら運転するのであった。
「(家が火事になっていませんように)」
そう思ってしまったのは、決して罪ではないだろう。経験則だもの。
「え? 何この状況?」
すっかり暗くなり、ようやく家に付いた一夏を待っていたのはちょっとばかし混沌とした我が家であった。
「もう一品、ワタクシが作ってもよろしいでしょー!!」
「もう充分!! 充分、料理出来ているから!!」
「そうよ! これ以上作っても食べきれないわよ!!」
暴れるセシリアを二人掛かりで抑える、鈴とシャル。
「食べたい、我慢できない。お腹空いた」
「さんざん摘まみ食いして何を言うか!? いいから待っていろ!!」
箸を片手に箒に羽交い絞めにされているラウラ。テーブルには色々な料理が並べてある。
「はは、沢山料理があるなぁ~」
使った調理器具もたくさんだなぁ。片付けるの大変そうじゃね?
リアルは片付けが面倒だと内心頭を抱えつつも一夏は渇いた笑みを見せるのであった。
「あ、一夏!!」
「遅いわよ!!」
「いや、それは悪かったけど、なんで皆ウチにいるんだ?」
「い、色々あったのよ」
「う、うん。色々ね」
鈴とシャルが苦笑いで一夏の質問に答えるが、一夏は怪訝な顔をする。
「皆でアニメを見たぞ。途中セシリアがジャパニーズセップクをしようとした」
「なるほど、分からん」
イギリス人が切腹? ラウラの言葉に一夏の脳はさらに混乱する。
「はぁ、今日は疲れたんだ。これ以上疲れさせないでくれ」
「ふむ、確かに少し疲れているようだな。なら、風呂にでも入ってさっぱりしてから夕食にしよう」
一夏の様子に箒が入浴の提案をしてきた。夏の暑い日だったのだ。いくら暗くなって多少涼しくなったとは言え汗もかいているだろう。
「なに、料理はまた温めればいい。ほら、一夏」
「うん、そうだね。それに夕食にはちょっと早いし、そうしなよ一夏」
「シャルに箒……」
相変らず皆がここに居る理由はさっぱりだった。どうせラウラが家に入れたのだろうが、皆が家に来た理由までは分からないのだ。
だが、菊岡との話の中で昔を思い出した一夏にとっては、ほんの少しありがたかった。
「サンキュ、けどさ……」
「イタダキマス!!!」
「まだ早いって言ってんでしょうが、ラウラぁ!!」
「ここはやはりもう一品ッ!!」
「セシリアもやめなさい、コラァッ!!」
「俺が風呂から上がるまでに飯なくなってたりしねぇか。もしくは火事になってないか?」
「「なんとかする」」
疲れた顔で、シャルと箒は言うのであった。それに一夏はこう言うしかなかった。
「……何とかしてくれ」
さて、風呂から出たら家が全焼していたとか、ラウラに食事をすべて食べられていたという事態は発生しておらず。一夏達はせっせと片づけをしていた。
片付けはどうせ自分がするのだろうと悲観していた一夏であった、思いのほかシャルも鈴も箒も手慣れた感じで片づけを手伝ってくれたのだ。一夏は勝手に決めつけていた自分を恥ずかしく思い、心の中で謝罪をするのであった。
速やかな片付けを終えると、みんなで楽しく談笑する。しかし、ふと一夏は思うのであった。
えらく寛いでいる皆であるが、帰らなくてもいいのだろうか?
「なぁ、別に出て行けって言ってる訳じゃないけどさ……皆帰らなくて良いのか?」
すでにお外は真っ暗だ。送ろうにも箒、シャル、鈴、セシリアとちょっと多い。
「あ、あら! 一夏さん!! ワタクシの実家はイギリスでしてよ!!」
「そ、そうねー! 私の家も中国だし、ちょっと遠いわね~」
「ぼ、僕はフランスかな~。って言っても、気軽には帰れないかな~」
「そうじゃねぇ……」
因みに夏休み中はセシリア、シャルといった外国組は日本にいる時は基本的にIS学園の寮である。箒と鈴もそうだが、ここ数日の間箒は現在叔母が管理している神社兼実家で生活しており、鈴は思う所があるのかかつての自分の家の近くのマンションを一月契約で借りて過ごしている。
「はー、僕悲しいなぁ。ラウラの事は簡単に泊めるのに僕たちはさっさと追い出すんだ」
「一日くらいよろしいのではないでしょうか?」
「全くよねー」
「だな」
「えぇ……」
ラウラだけが特別扱いで気に入らないだけだが、一夏は訳も分からず困惑するしかなかった。
「よくわからないけど、泊まる? 今日?」
その晩、リビングのテーブルやら椅子を片付け布団を敷き皆で雑魚寝をするのであった。
夜遅く帰ってきた千冬がその光景を見て絶句、次の日の早朝に全員を叩き起こし説教が始まるのだが、それはまた別の話である。
―ALO内・とある樹海エリア―
「いやぁあ!! なんか頭についた~!?」
「落ち着け、リン! ただのクモの巣だ!」
「リアルすぎるのよ、この感触!?」
「ふむ、SAOのむしむしランドを思い出すな」
「あぁ! あった、あった。他にもアスナが攻略祖さぼったホラーエリアばかりの階層とかもあったな」
「へぇ、SAOって本当にいろいろなエリアがあったんだね」
「不謹慎かもしれませんが、少し興味がありますわ」
さて、唐突な一夏の家でのお泊まり会があった日から数日後、一夏達はALO内にて集まっていた。
さて、唐突だがここで新生・ギルド・サマーラビッツのメンバーを紹介しよう。
まず一人目は織斑一夏―――アバター名チナツ。黒髪の片手剣を使うスプリガンである。彼のアバターは現実よりも若干中性的であり、髪もなぜか長く後ろで纏めている。さながら昔の千冬を意識する見た目でもあるが、彼特有の雰囲気もありイメージとしては繋がりにくい。
二人目はラウラ・ボーデヴィッヒ―――アバター名チンク。彼女は一夏と違い殆どリアルと同様の容姿である。種族はノームを選んでおり、髪の銀髪がリアルよりも濃ゆい色合いの印象を受ける程度である。使用武器は両手剣・短剣の二種類なのはSAOの頃より変わらない。
三人目は篠ノ之箒―――アバター名ツバキ。種族であるサラマンダー特有の赤い髪を現実と同じくポニーテールでまとめている。刀を武器に使いさながら女侍であり、服装も和を意識したものである。ちょっとクラインと見た目……というかイメージが被っているが、関連性は無い。(本人に言われても『こういう偶然もあるのだな』とスルーされた模様)
四人目はセシリア・オルコット―――アバター名セシリア。VRMMO初心者のセシリアはうっかり本名で登録してしまっていたが、日本サーバーであったため本名であるとは思われていない。種族はシルフでありながらリーファと同様金髪であり、主にメイジとして回復攻撃両方で活躍している。
五人目は凰鈴音―――アバター名リン。種族はケットシーであり小柄な体格ながら巨大な両手剣を扱うパワーアタッカーである。なお、テイムモンスターに亀竜という亀なのか竜なのか分からないモンスターがいるが、巨体で動きも遅い事もあり今回は連れてきていない。
六人目はシャルロット・デュノア―――アバター名シャル。種族はレプラコーンであるが、武器や防具の製作は主として作っておらず、主にデザイン重視の装飾品製作に力を入れてプレイしている。戦闘時は弓を使用し援護、あるいは回復魔法で支援をしている。
他にも、ウンディーネのクシナ、プーカのノンノン、ノームのストレアがいるのだが、今回はこの場にいなかった。
と言うのも、クシナ、ノンノンはリアルではIS学園の生徒なのだが、色々な作業が滞っており今回は参加できなかった。
そして、ストレアはキリト組と行動をしていた。彼女は色々な事情を抱えているが、トッププレイヤーであり、現在はキリト達と同様に高難易度エリアであるスヴァルト・アールヴヘイムの攻略を進めていた。
以上が現時点での新生・サマーラビッツのメンバーである。たった二人の名ばかりギルドと言われていたSAO時代に比べればかなりギルドらしくなったなとチナツは思っていた。
とは言え、SAO時代のデータを引き継いだチナツやチンクとは違い、ツバキ達はまだまだトップランカーとは言えない。だからこそ、高難易度エリアであるスヴァルト・アールヴヘイムを主な場としておらずALO本土にて活動していた。
さて、そんな彼らは現在密林を探索していた。と言うのも今回アルゴから、とある情報とそれにまつわる依頼を受けたのが発端である。
「こんなところで本当にクエストがあるの?」
頭についた蜘蛛の巣をひきはがすのに悪戦苦闘していたリンは不満げにチナツへと問いかけてきた。正直、蜘蛛の巣の感触が生々しくて帰りたい気分であったのだ。
「アルゴの情報だったから、ガセではないかと思うが」
チンクはSAO時代から情報屋であるアルゴを知っている。その人となりを良くも悪くも知っているため、彼女の情報を何の根拠も無い物だとは思っていなかった。
「クエスト自体があるのは間違いないらしい。ただ、この密林だろ? 肝心の発生ポイントが曖昧らしくてな」
ようはそのクエストの詳細を把握する事が今回アルゴから依頼された内容であった。
「確かNPCがクエストの発生条件だったよね?」
「とは言え、これほど視界が悪くてはNPCを探すのも一苦労でしてよ」
蔓やら蔦やらを強引にかき分けながらシャルとセシリアは辺りを見回す。足場も悪く、視界も悪い。クエストどころか、通常の戦闘さえ困難だろう。
「ねぇ、モッピー。どこでクエストが派生するか分からなの~?」
歩くのも億劫なこの場所に嫌気がさし、リンはさっさと終わらせたいとある存在に声を掛ける。だが、リンの呼びかけに誰も反応せず、彼女は怪訝な顔をするのであった。
「ねぇ、チナツ~?」
「あ~、残念だけどさ……」
チナツは徐にチンクの方に指を指す。
「ん?」
そこにはキョトンとした顔のチンクがいた。彼女の腰にはポシェットがあり、何かが入っていた。それは……。
「んごー、んごー!!」
―ね、寝てやがる……―
その場にいる誰もがそう思った。一見、ツバキ……リアルの箒がデフォルメされたような小妖精のモッピー。それが彼女(?)の名前である。
なお、箒は彼女のモデルを自分と納得していない。
「って、こらぁ!? アンタ、ユイちゃんと同じナビゲーション・ピクシーなんでしょ!? なに寝てんのよ!?」
そもそもなんで一緒にいるかもよく分かっていない。分かっているのはキリトと一緒にいるユイと同じナビゲーション・ピクシーであるという事。
だが、その性格は同じピクシーであるユイとは全然違った。口を開けば、人を食ったような言葉ばかりを出していつも誰かをイライラさせていた。
しかも、滅多にナビゲートしないんだよ、コイツ。
「チナツ、コイツここに置いていこう」
ツバキはとびっきりの良い笑顔でそう言い放つ。箒はモッピーを毛嫌いしているのである。
そんな彼女に苦笑いをしながらチナツは答えた。
「落ち着けツバキ。害はないんだ……多分」
こんなでもユイと同じ高度AIなのだ。彼女を捨てる=ユイの同族を捨てることなのだ。チナツはそのため、捨てるという選択肢を取れていないのだ。
それに、ちょっとイラッとする事もあるが、時折見逃した場所でアドバイスをイラッと出したり、モンスターの不意打ちをイラッと警告したり、本当に時たま役に立つのだ。何より、明確なプレイの妨害はしてこないので、根は悪い奴じゃないと思っている。
加えて、リアルの箒に似通った姿(本人全否定だが)である事も懸念材料となっている。
「ええい!! いいから起きろ!!」
チンクのポシェットに収まっているモッピーの顔をむんずと掴むとツバキは強引に取り出そうとした。
そして―――。
「ぬあッ!?」
異様に軽かった。ツバキはそのままバランスを崩し、間抜けな声を出してしまっていた。
「な、なんだ―――って、何ッ!!?」
ツバキは手に掴んだ物を見て驚愕するしかなかった。そこにはモッピーが顔だけで存在していたのだから。
「ツ、ツバキ……アンタ……」
「とうとう、やってしまいましたの……」
リンとセシリアは顔を手で覆ってさめざめとこの出来事を嘆いた。その様子にツバキは慌てて弁明をするのであった。
「ま、待て!! ち、ちがッ!!?」
そんな様子を一夏は、じっと見ていた。チンクはいつの間にかお菓子を取り出しバリボリ食べはじめ、シャルはオロオロしていた。
そして、
「(笑いをこらえてやがる)」
一夏はこの時、セシリアとリンが泣いている振りをして笑いをこらえている事に気付いた、そして、何故笑いをこらえているかと言う理由も気付いていた。何故ならば……。
「(・∀・)ニヤニヤ」
モッピーはツバキの後ろで気付かれないように飛んでいた。しかも笑いながら。そう、先程ツバキが掴んだのはモッピーちゃん人形と呼ばれる謎アイテムだったのだ!!
「な、なぁ。ツバキ……」
「ハッ!? ち、違うんだぞ、一夏!? これはッ!!」
「またうっかりリアルネームを行ってしまうとか……おお、情弱、情弱www」
「……何?」
ギギギとでも音が鳴りそうにツバキはゆっくりと首を声がした方へと向ける。そこには、ニヤニヤしたモッピーの姿があった。
「モッピー、何でも知っているよ。2号はこれを機にモッピーの下僕になるって事を」
因みに、モッピーはツバキを2号扱いである。自分が1号(オリジナル)とでも主張する気なのだろうか?
「…………」
ツバキ、唖然である。
ついでに言うと、リンとセシリアは我慢しきれず笑っていた。シャルはオロオロして、チナツは苦笑い、チンクはお菓子が二袋目に突入していた。
「おう、焼きそばパン買ってきてもいいんだぜ。 げ ぼ くwww」
「あ、私の分も頼む」
「ち、チンクはちょっと黙ってようね? ツバキも、いつもの事だし、落ち着いて……」
煽るモッピーに、何故か便乗するチンク。シャルはそんなチンクを諌めつつもツバキを宥めようとする。
「ふふふ、安心しろシャル……」
ツバキはゆっくりと刀を構えながら宣言する。
「私は冷静だ」
「(全然、違う―――ッ!!?)」
「オウ、焼きそばパン。はよぅwww」
構えるツバキに煽るモッピー。その結末は。
「貴様を斬った後、供えてやるぅうううッ!!!」
「キャー、ジブンゴロシ―!!」
「ふざけるなぁああああ!!!」
鬼ごっこの開始であった。
「おお、すごいわねぇ」
「蔦や蔓の中を強引に進んでいるな」
「そんな冷静に言っている場合!!?」
感心するリンとチンクに対しシャルがツッコミを入れる。
そもそも、クエストの発生場所をバラバラになって捜さないのは視界や足場の悪さ故に戦闘ではモンスターとの戦いが単独では不利であると判断したからだ。なのに、今ツバキは一人で道を突き進んでいた。
「チナツ、追い掛けないと!!」
「そうだな。まぁ、ツバキもALOに慣れてきたし即死に戻りって事も無いと思うけど―――」
さすがに放っておくわけにもいかないか。そう思い、チナツはツバキ達の後を追おうとした………その時だ。
「きゃぁぁあああああああッ!!?」
「―――ッ!? 今のは!?」
「ツバキとモッピーの声ではないな」
「もしや、他のプレイヤーの方がモンスターに襲われているのかもしれませんわ!」
その悲鳴はツバキ達が走っていった方角から聞こえた。チナツ達は急いでその場へと向かって行くのであった。
チナツが家に買いる少し前。
「そう言えば、一夏さんはいったい何を注文なされていたのですか?」
「裸の人間が載っている本だ」
「ちょ、そ、それって!!?」
「ねー、荷物届いたけど。開ける~?」
「だ、駄目だよ鈴!? 勝手に開けちゃ!?」
「けど、アイツの好み分かるかもよ?」
「そ、それは……だ、だが。勝手に」
「別にいいのではないか? 私も見せてもらった事があるぞ? 興味は持たなかったが」
「ラ、ラウラに見せるとは、一夏!!?」
「じゃあ、良いわね。開けるわよ」
カパッ
「うわ……」
「これって……」
「すごく……ボディビル本でしてよ」
「(まだ諦めてなかったんだ、一夏)」