いまでも覚えている、死神との戦いが始まるよりも以前の記憶。
リリネットはニルフィに膝枕しながら久しぶりに目にする、星ひとつない夜空を見上げていた。
というのも、最近はニルフィの追っかけがなぜか多く、気が落ち着かないという理由でニルフィがここまでリリネットを連れてきた。追っかけの
誰も屋上にはやって来ない。
それもそのはずで、
まあ、黒髪の少女は遊び続けているうちに睡魔に負けてしまい、ここ一時間ほどずっと寝こけていたのだが。
リリネットがニルフィの白い頬を突っつくと、上質な絹で作られた布でさえボロに思えるほど肌触りがよく、やみつきになりそうなほどぷにぷに柔らかなそれに心を奪われそうになる。
髪だってそうだ。自慢してるだけに手入れも凝っていて、なにやら甘い香りのする一本一本がさらさらと手の中からこぼれ落ちる。
リリネットなんかよりもよっぽど女の子らしいだろう。
それはいい、それはいいのだが、さっきからずっと頭に浮かんでくる邪な想いがニルフィに対してひどく後ろめたかった。
「ん……」
「あ、起きた?」
目をこすりながら唸るニルフィに言葉を掛けると、すぐに彼女は二度寝しようと頭を落とす。
「ほら、また寝るなって。そろそろあたし、足が痺れてきたんだけど」
「むう」
「むうじゃなくって」
「ふぎゅう……」
不機嫌そうに唇を尖らせたニルフィがふらりと起き上がる。
そのまま立ってくれると嬉しいのだが、ニルフィは滑るような身のこなしでリリネットの背に回り込むと柔らかくしな垂れかかり、相手の体を抱きしめ、リリネットの右肩に顎を乗せる。
膝枕じゃなければいいのだろう。
そう言いたげにするニルフィを引き剥がせない時点で、リリネットは負けてしまっている。
ニルフィがリリネットの髪に顔をうずめてひとしきりじゃれつくのも、くすぐったいのを我慢して好きにさせてるのが良い証拠だ。
しばらく無言の時間が過ぎた。
ニルフィがリリネットの手に上から重ね、指をそれぞれ絡めてから動きを止めてしまった。果たして寝てしまったのかと思うものの、まあそれもいいかと内心でため息をつく。
夜風以外には少女たちのかすかな呼吸の音が耳に入るくらいで、密室とはまた別の静けさのなかに身を任せる。
いつまでも続けばいい。そう思わせるくらいには気持ちの良い場所だった。
「私って、どれくらい寝てたのかな?」
「一時間くらい。いつもより短いじゃん」
「まあ、長くてもその間はずっとリリネットが膝枕してくれてたんだろうけど。ああ、起きないでキミの膝枕で寝てればよかったなあ」
無造作に、ニルフィの白魚のような指がリリネットの
こんなことはニルフィにとってただのスキンシップだ。
しかしリリネットは思わず横目で相手の顔に視線を向け、ニルフィが純粋に不思議そうな顔をしているのを見ると、恥じ入るようにすぐに目を背けた。
速く鼓動を刻む自分の心臓に気づかれはしないかと、頬に差す朱を見られたくなかったから。
「けど、私もあんまり寝てられないんだよね。……死神さんたちとの戦争が、近いから」
「不安?」
「リリネットは?」
「まあ、あたしは……ちょっと、不安だけど」
「うーん、そうだね。でも大丈夫。私がみんなのことをゼッタイに守るから、ね」
「……
むしろ、『お前は下がって見てろ』とでも言われるだろう。ものぐさなスタークでさえも仕方なく動きそうだ。
そう考えながら気を紛らわそうとして、
「あはは、そうかもね。でもキミのことはちゃんと私が守ってあげる。だってキミは仲間で、それで大切なーー友達なんだもん」
きっと、棘の付いた鉄球が胸に打ち込まれればこんな痛みと衝撃を受けるのだろうと思った。
ーー友達……ね。
その関係だけで以前までは満足できていたはずなのに、いつからだ? いつから自分は、親愛を寄せてくれるこの黒髪の少女に抱いてはいけない感情を持ってしまった?
それから少しだけおかしくなりそうだった。
弱いリリネットではニルフィの隣に立つことはできず、逆に隣に立てるであろうアネットにはどうしようもない
それが活発な少女のなかに一欠片の卑屈さが生まれてしまった。
だが、
「けどさ……ニルフィ。もし、もしも、あたしがニルフィのそばに居られなくなったらーーんぅ!?」
「はぁ……。まったく、さ。たとえ話でもそんなこと言わないでよ」
頬を膨らますニルフィが二本の指をリリネットの小さな口に突っ込んで無理やり口止めする。赤い舌を焦らすようにこねくりまわしながら、ニルフィがリリネットの耳元で囁いた。
「スタークさんだっているし、そうでなくても私がいる。キミが弱くても、ちゃんと守ってくれるヒトがいるんだよ。だから、ね?」
「
「んー? なに言ってるのかわかんないなー」
「
側頭部をニルフィにぶつけて慌てて拘束を逃れる。背後を振り返りながらキッと睨みつけても、ニルフィは可愛らしく笑うだけだ。
子供らしいだけのいつも浮かべる表情とは違う、リリネットだけに見せてくれる大人びたものだった。
それを見るとリリネットは余計に辛くなってしまう。
ニルフィはさっきの行為さえなんとも思っていないのに、リリネットだけは変な方向に意識してしまうのだから。
自分の感情なんか知らずに揺るがすその笑顔が、今日はいつもより憎たらしかった。
「あはは、つまり、キミは居なくならないってことだね」
「なんかいい話で終わらそうとすんなって」
「うん。うん。そうだね。でもホントのことさ。キミに怪我をさせるヒトはゼッタイに許さないんだ。殺させるなんてもってのほかだよ? 頑張る。頑張るからさ。キミは私を受け入れてくれたんだもん。ゼッタイに……他のヤツになんか渡すもんか」
うつむきがちに口にした最後の部分は掠れていて、なにを言ったのかリリネットには気付けなかった。
しかしそれでも、ニルフィが他者に抱く感情は親愛だけなのは間違いない。けしてリリネットの抱くものと交錯することがないのが確かめられるたびに、心を押し殺すことも同じだけあった。
理不尽にも、与えることしかしないニルフィから、本当に欲しいものを貰うことができないことに行くあてのない怒りを感じたこともある。
なによりも、自分から欲しがろうとしないニルフィは見ていて痛々しかった。
「……ニルフィってさ、いつも他のヤツのためにしか動かないじゃん」
「あはは、まあね。それが一番、私のためでもあるからさ」
「本当に? ほら、なんかもっと欲しいものとかってないの?」
「ううん、ないよ」
「……本当に?」
重ねて訊くと空気が変わる。
真顔になったニルフィがリリネットの伸ばしていた脚をまたぐようにして前に出ると、鼻先が掠るような距離から湿り気を帯びた声で言った。
「ーーキミのことがね、全部欲しいかな」
「…………」
数秒の沈黙のあと、ニルフィがちろりと舌を出して苦笑する。
「……あはは、なんてね。冗談だよ、冗談。うん、欲を出して言うならさ、おいしいお菓子を食べたいとか、寝る時間がいっぱい欲しいとかでーー」
「い、いいよ」
「……え?」
「あたしでいいなら、いいって言ってんの」
目を逸らしながら搾り出すようにそう言うと、ニルフィが苦笑を深めた。
「あはは、だから冗談だってば」
「冗談って顔、してなかったじゃん」
「ーーーー」
今度こそニルフィは口を閉じた。
リリネットは知っている、この少女が本当は支配欲や独占欲の塊だということを。一緒に過ごす時間が増えるうちに気づいてしまった。ニルフィは普段からそれらを押し殺しながら他人と接していることに。
彼女が仲間たちの関心以外には求めることがないことも、それがいつも暴走の引き金となっている。
「リリネットは、それ、仲間だから言ってるの?」
「ちがう、と思う。あたしは、あたしとして……その、言ったんだけど」
辛そうで、焦がれるような色を持った金色の瞳が視界いっぱいに広がった。
「あ、あはは。……困るなぁ、そういうの。私だって我慢、してるんだよ? それに、ほら、キミに必要以上に求めちゃうとキミが傷つくかもしれないし、ね。それは私が望むことじゃないんだ」
「それで、ニルフィが楽になるなら……」
「……ホントに、いいの? キミは傷ついたりしない? こういうのってホントはすごく大切なことで、後悔なんてされたら私、どうしたらいいかわかんなくなっちゃうから、ね」
小さく、たしかにリリネットが頷いた。
口約束の同意。
それがニルフィの意識の首輪を外す。
「そっか……。そうなんだ」
この時間がどれほど長く続くかわからない焦燥が、二人の少女の胸で燃えている。
「全部、ちょうだい?」
ニルフィがそのままリリネットの頭を掻き抱き、返事を待つこともせずに唇を奪う。
「ッ、ぁ……むん」
奥に隠していた舌を恐る恐るニルフィに近づけると、すぐに絡め取られてしまった。
散々弄ばれて敏感になっていたらしく、舌が溶かされてしまうような感覚とともに、リリネットが呼吸を整える暇も与えられずに蹂躙される。
いままでは多少なりともリリネットへの優しさが混じっていたが、いまはただ、暴力的に彼女を求めてくる。
リリネットは自分が押し倒されていたことにすぐには気付かなかった。
それを知ったのは腰を浮かせようにも黒髪の少女にのしかかられ、脚もいつぞやのように絡められてるせいで、発散できない快楽が重く腹に残り始めた頃だ。
背中のぞくぞくとした震えがさっきから止まらない。
「ふぁ、……ぁ、ぁう……っ、や、ぁ……っ」
ニルフィを押し返そうとした腕も逆に押さえつけられ、力を失ったまま痙攣を続けるだけだ。
その貪る、といった表現が似合うようなニルフィの責め立てに、理性の枷が無残に破壊されていく。
リリネットの体のラインをなぞるように蠢く細指。互いのむき出しのお腹が触れ合い、異なる体温が感じられるだけで高まる興奮。弄ばれる舌のみならず、それらのせいでどこを刺激されて甘い悲鳴を上げてるのかさえわからない。
「は、ぅ……ッ。あ、ぁあ……!」
「はぁっ、はぁっ……。ん! ……っく、はぁっ、あ、んむ……!」
リリネットの口の端からはどちらのとも知れぬ唾液が絶え間なく溢れ出し、ニルフィの舌がそれをぐちゃぐちゃにリリネットの口腔をかき回す。
リリネットが拙く舌を動かすと、嬉しそうに目を細めるニルフィが優しくそれに応える。抑えることを忘れてしまったように少女たちの甘い声が暗闇に反響した。
さらに幼い体に強引に女としての快楽を叩き込まれたことで、リリネットの視界が一瞬にして白く染まった。
ようやく解放された時には、荒い息で激しく胸を上下させていた。
「あはっ」
ニルフィが子供らしからぬ妖艶な笑みを浮かべたのが、薄く涙の滲んだ視界からでもわかった。
二人は強く抱き合ったまま、お互いの熱い吐息を味わうようにして見つめ合いながら動こうとしなかった。
しかしすぐに、衝動のままにもう一度、薄桃色の唇を交える。淫らな水音が静寂に響く。
この時間が終わってしまうのが嫌だった。ここで終わってしまえば、また不安が顔を出してしまう。
だから二人は怖さと情欲に突き動かされて獣のようにまぐわった。
交錯することのない想いだと、もやの掛かった思考のなかでリリネットが考える。
そして自分はずるいと思った。
こんなことをし続けても自分たちの関係は友達のまま。
それだけがどうしようもなく悲しくて、ニルフィとの関係を繋ぐ鎖であることを考えると、何にも変えることのできないものなのだと知ってしまう。
キスだけで満足できなくなったらしいニルフィが銀色の糸を口に引きながら、抱き起こしたリリネットの首元に軽くーー噛み付く。
「に、ニルフィ……? 待っーーひぃ!」
上ずった声でリリネットが悲鳴を上げる。
ニルフィは答えず、荒い息だけを繰り返して、噛み付いたリリネットの首筋に舌を這わせた。
「あ、ぁっ……、ま、待って……っ。ニルフィ……!」
歯を立て、舌を動かし、わざと痕が残るように吸って、リリネットが自分のモノであることを刻み付けるようにする。
濡れた唾液が胸元に落ちる頃には、リリネットは静止の言葉の代わりに熱い吐息を繰り返していた。
ぞわぞわとした快楽が這い上がり、視界は中空を彷徨う。
だらしのなくなった自分の表情さえ取り繕う余力も残されていない。
「あっ、あ、あっ! はぁっ、あぁっ、あ……ッ!」
「んっ……リリネット……」
ふいに、ニルフィが拘束を解いた。掴んでいた手が背に回って抱きしめられ、リリネットも無意識に彼女に抱きつく。
包まれる安心感を得て、リリネットは快楽へ抵抗する術を放棄した。
耳元にかかる吐息とともに聞こえる、愛してしまった少女の声。
息を荒げてこそいるものの、いまこの状況とは不釣り合いなほどその声は落ち着いていて。
「ずっと一緒だよ。リリネット」
「……うん」
ニルフィが満足そうに微笑むと、撫でるように手をリリネットの服の中に滑り込ませた。
それ以上、言葉は必要なかった。
ーーーーーーーーーー
「どうした、リリネット」
スタークが振り返ると、いましがた閉じた
現世へと向かうために
「スターク、あのさ。これで本当によかったのかな? あたし、あたしは……ッ」
男を見上げる少女の目は、いまにも泣き出しそうなほど弱々しくて。
「……さあな。わかんねえよ」
スタークにはそれを止めてやることができず、彼自身も困ったように眉を寄せる。
アネットとグリーゼが
あの時点でどうすれば良かったのか。
元凶であろう少し先を進む藍染を横目で見るものの、スターク自身、恩と感情の間で揺れ動く。
自分たち全員が動いても藍染がなにかしらの策で止めていただろう。そして藍染がスタークたちに語ったことがきっかけで、仕方なく手のひらの上で踊らされるしかない。
ーーバラガンはこのままじゃ終わらねえだろうけどな。
横目で大帝の後ろ姿を確認し、そしてこんな状況でも他力本願な自分が情けない。
『そんなのは私が嫌だ。だったらもっと力をつけて、頭もよくなって、解決できるようになんだってする。見てるだけなんて、耐えられない』
最初にニルフィと出会ったときの言葉が頭を掠める。
スタークは羨ましく思った。
自分もこんなことを恥ずかしげもなく言えるようになりたいという、子供がヒーローを将来の夢にあげるような、そんな青臭い理想を抱くには十分な理由だった。
ーーいや、違うか。
羨ましがるのではなく、自分がそのヒーローのようにならなければならないのか。
仮に運命と名付けるのならば、それに抵抗せずに流されるままに今までならば生きてきた。それにリリネットも巻き込んでいたが、彼女もそれに異論はないと思っていたからだ。
しかしいま、リリネットが抗おうという意思を見せている。
自分の半身でさえ、それを抱くことができていたのだ。
わずかに口の端が吊り上がっていることを自覚した。
それは自分を自嘲でもするためなのか、それとも仕方ないという呆れなのか。
「…………」
少しだけ乱暴にリリネットの頭に手を乗せて、ぐりぐりと動かした。
「な、なにすんだよ!?」
「……いや、ちょっとな。俺も、お前らみたいになりてえなんて、らしくもないこと考えてたみたいだ」
髪を掻き揚げるふりをして顔を隠し、邪魔くさい感情をため息とともに吐き出す。
「ーー
ーーーーーーーーーー
ハリベルは自分のうしろをついてくる、いつになく静かな
「お前たち。そんな心持ちでは勝てる戦いにも勝てないぞ」
「そっ、そりゃそうですけど!」
我慢できなくなったようにアパッチが食い下がる。
「ハリベル様はいいんですか!? あのチビがどうなってるか、ハリベル様が一番よくわかってるはずだってのに……」
「やめな、アパッチ」
「ミラ・ローズ! お前のことは気に食わねえけど、お前もいまのあたしと同じなんだろ。これでいいなんて、お前はゼッテーそう思ってねえ!」
「アパッチ!」
「ーーいや、いいんだ」
ハリベルが静かに二人を制した。
「私も、よくわかっている。その上で私はここに来たということだ」
「…………」
バツが悪そうに俯くアパッチをハリベルは内心で羨ましく思う。
良くも悪くも実直な彼女のように動くことができたなら、ハリベルとしてもきっと楽だっただろう。しかしハリベルは三人の
むしろ死神との戦いで重体となったニルフィの元に駆けつけることも、かなりのグレーな行いだった。
あれ以上、下手に動けば逆にニルフィの身の危険を増やすことになりかねない。
藍染は語った。
ニルフィはきっと、現世に向かうことになるだろうと。
少女の刀剣解放がかなり不安定な状態だということに気づいていた
もしニルフィがあのまま死神たちの総力にぶつかれば、どうなるのかがわからない。
ヤミーまでも倒されたいま、殺すならともかく
ーーそれにしても、変わったな。
部下の三人娘は当初こそニルフィのことを認めていなかったが、力を認め合うにつれて同性の
むしろ心の底からニルフィの身を案じるほどに。
身内以外に好感情を持つことがなかった彼女たちがだ。
かつて藍染に助けられたからといって、アパッチたちはハリベルに付いてきたようなもので、忠誠心も藍染にはさほど向いていない。
かといって、ハリベルが恩だけで現世侵攻に手を貸しているということもなく、ニルフィが餌に使われていることを快く思っていなかった。
だからといって言い訳にしかならないことは、ハリベルが誰よりも理解していた。
本当の正解ならば、すべてを投げ出して少女を助けに行くことだろう。
口元を隠したまま黙っていたスンスンが、一歩前に踏み出た。
「ですが、このまま流されるままに、というわけではないのでしょう?」
「ああ」
場合によっては、剣を向ける相手を変える必要がある。
ハリベルは鋭い眼差しを藍染に向けた。
「……私にできること、か」
それだけの間一緒にいるとニルフィが雛鳥のようにハリベルのあとを付いてきて、アネットがヤキモチを焼いていたことに苦笑していた記憶がある。
妹分のような少女との、取り戻せなくなりつつある日常。
悪意のせいで壊れてしまった少女の心。
だからといって、何度もニルフィが傷ついていい理由にはならないではないか。
自分の身を犠牲にする覚悟を胸に秘め、ハリベルが前を見据える。
「ーー
ーーーーーーーーーー
バラガンは配下の作った霊子の道を歩きながら、手の中の紙細工とも呼べぬそれを見続けていた。
銀色の折り紙を使った平べったい花だ。特別な手法も必要なく、子供でさえ手順を踏めば誰だって作れる、一見大帝には似つかわしくない代物だった。
花はニルフィが折ったものだ。
かつてバラガンが戯れにやらせたことのひとつで、自分の目に適うものを持って来いということを少女に言い渡していたはずだ。
再び彼女がやって来るまで、なにを献上されるのか考えたものだ。
きらびやかな宝石か。精緻な細工の金属器か。たとえ持ってこれなくとも、少女の優れた容姿だけで十分だと言うつもりであった。
そして少女が手に握ってきたのが、この銅貨一枚にもなりそうもない折り紙だった。
なぜ花なのかと問えば、綺麗だからとすぐに答えが返ってきた。宝石などよりも彼女の目には、現世ではそこらでいくらでも咲いている一輪の花だけでも美しいものに見えたらしい。
『花、か』
『うん。ホントはアイスの花なんて作りたかったんだけど、アイスの実からだと育たなかったんだ……。けどね、どうしても花を渡したかったから、すぐに枯れたりしないそれを持ってきたんだ!』
『……たとえ
意地の悪い質問だった。
たとえ金属のものであろうとも、千年もすれば朽ちて風化する。それは紙ならばもとよりのことだ。
しかし。いや、だからこそか。
次の言葉で、少女はそれを知っていて銀色の花をバラガンに渡したのかもしれないと思った。
『ーーじゃあ、また作ってあげる!』
『なんじゃと?』
『また作ってあげるんだ、キミの手の中の花が消えちゃったら。何度でも、何度でもまた私が作ってあげる。そうすればずっと、花が無くなることはないから、ね』
それを思い出し、バラガンはフ……と笑う。
「陛下、いかがなさいましたか?」
「ああ。ちと、小娘のことをな」
控えていたフィンドールにそう返し、自分を囲むようにして歩く
何度も従者たちの世代が変わってきた。
ここにいる者たちは最も若く、出会ったばかりの頃などひよっ子もいいところだった。
殉職して去る者は弱いからだと結論づけながら、気づけば
そしてフィンドールたちも、バラガンより先に死を迎えるのではないかと思うときがある。
いままでは、そうだった。
けれどそれは、いまは違うということだ。
彼らもまた、色は違えどそれぞれ折り紙の花が渡されているから。それが無くなればまた、何度でも少女が花を作ってくれると約束したそれを。
折り紙の花を
「なんじゃ、貴様ら。その腑抜けた顔は」
少女と戦わせて少しは面構えがマシになったかと思ったが、そうでもないらしい。
仕方ないという思いを押し込めるのは、あくまで傲慢な主人として振舞うためだ。
「ーー言え! 貴様らは誰の部下だ!」
「ハッ! 我々は“大帝”バラガン・ルイゼンバーン陛下の
「フン、命令するまでもないことじゃな」
一糸乱れぬ従者たちの宣言に頷きつつも、今度は落ち着いた声音で言い聞かせる。
「ならば、我が名のもとに命じる。ーーこの戦いが終われば、必ず儂のもとに帰ってこい」
従者たちの目を見開く気配。
それを努めて無視して、あえて傲慢に吐き捨てる。
「よもや貴様ら、小娘のお守りを儂にさせるつもりではあるまいな?」
膝をついて彼らが声を張り上げて返事をする姿に、ようやくバラガンは満足そうに頷いた。
そして死神の背を睥睨し、言った。
「ーー
ーーーーーーーーーー
ニート狼さん、胸の付いたイケメンさん、チート爺ちゃんたちが覚醒しました。
原作・通常モード
死神さんたちが
現在・界王拳20倍レベル ←New!
攻略難易度が以前言ったときのルナティックで最高だと、いつから錯覚していた?
ーーーーーーーーーー
裏側の世界
作者(以下“作”)「チッ、……見つかったか」
都条例(以下“都”)「なぜ我々がここにやって来たのか、言わなくとも分かっているな? 生死は問わないと、上から伝えられてるのでね」
作「ハッ、そりゃあな」
都「……言い残すことはあるか?」
作「背負っちまってた。ただ、それだけなんだ」
都「なに?」
作「期待とか、そういうのを。この肩にいくつも背負ってたんだよ。だから俺には、たとえここで果てようとも果たすべき義務があった」
都「世迷いごとを。これから貴様は闇に葬られる運命なんだぞ」
作「笑わせんな。闇ってのは、希望の光で簡単に晴れちまうのさ。朝日が夜を、終わらせるみたいにな」
都「ーーほざけ」
作「来いよてめえら!
ーーこれが