「トリック・オア・トリート! お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ!」
「……あ?」
正確には
その小さな体を隠すように黒い布を被り、顔にはデフォルメされた長い鼻の仮面をつけている。
「なにしてんだ、ニルフィ」
「ハッピーハロウィン! 今日私はお菓子を貰いに歩いてまわってるんだ。
ニルフィが担いでいた大袋の口を開ける。
そこにはたしかに、いっぱいに詰まったお菓子が見える。
そこでようやっと、グリムジョーはハロウィンがどんなものか理解した。
仮装している相手にお菓子をあげるもの。
まあ、そんなところだろう。
廊下を歩いていればお菓子をどうするか話している下官もおり、なにをしていたのかと思えば、この少女のために用意していたとなれば納得だ。
「つうか、なんだその格好」
「ん、ザエルアポロさんが作ってくれたの」
ウィーンガチャン、ウィーンガチャン。
独特な機械音を出しながら
「どう、似合う?」
「誰が着ても一緒だろうが」
「ひどいなぁ。アネットがいたら、もうちょっと気の利いたこと言えって零してるよ」
「ガキに気ぃ利かすワケねえだろ」
鼻で笑い、ニルフィの隣を通り過ぎようとするグリムジョー。
しかし彼の腕に、少女がぶら下がるようにしがみついた。
「トリック・オア・トリート! グリムジョー、お菓子ちょうだい!」
「…………」
グリムジョーが無言のままズボンのポケットを探る。
しかし、不良である彼が常日頃からお菓子を常備しているほど、現実は甘くない。
実際には用意するように話が広まっていたものの、ここまでグリムジョーが忘れていただけなのだが。
「……で、イタズラってのはなにすんだ?」
「えっ?」
ぴょんぴょん飛び跳ねていたニルフィの動きが止まった。
「ん、むむぅ」
そして唸りながら頭を悩ませる。
どうやらお菓子は必ずもらえるものと考えて、肝心のイタズラのほうは頭になかったらしい。
少しして、ニルフィは両手を上げ、一拍置いてから宣言した。
「グリムジョーの、リーゼントを! アフロにします!」
「やったらぶっ殺すぞ」
まったくもってロクでもないイタズラだ。
「ええ!? そんな覚悟もなくお菓子を持ってなかったグリムジョーにびっくりだよ!」
「俺はヒトのことを自然にアフロにしようとするお前にびっくりだ」
仮面を脱いで素顔を見せ、ニルフィがブーイングするのもスルーし、最近多くなったため息をグリムジョーが吐き出す。
「大体、俺が菓子なんか持ってるワケねえだろ」
「そんなことないよ」
「なんでだ」
「だって、グリムジョーは優しいもん」
前後とは関係のない答え。しかしその真っ直ぐすぎる金色の瞳に、途端に居心地が悪くなったグリムジョーが顔を逸らす。
こういうのが多くなったものの、やはり慣れることはない。
「くだらねえ。俺は優しいつもりなんかねえし、そういうのはハリベルとかに言ってやれ。……なんだ、その目」
「グリムジョーってあれだよね。シャウロンたちがピンチになってれば、なんだかんだ文句言いながら助けてあげる系のヒトだよね」
「うるせえ」
やや強めに、ニルフィの白い額にデコピンを放つ。
痛かったはずだが、それだけでは彼女の笑顔を吹き飛ばすことはできないようだ。
それどころか、ニルフィはこんなことまで言う。
「私がピンチの時も、なんだかんだ文句言いながら助けてくれるんでしょ?」
グリムジョーが舌打ちする。
「そういうのはアネットとかの仕事だろうが」
「うん、そうだね。だけどそれと同じで、私が危なくなったらキミも助けてくれる。そうでしょ?」
グリムジョーの眉根に皺が寄った。
「おこがましいかもしれない。傲慢かもしれない。けど、キミは……私を、救ってくれる。救えなくとも、助けようとはしてくれるだろうね」
どこか確信を持った少女の言葉を否定しようとし、それができないことに苛立ちが募る。
グリムジョーは基本的に嘘を嫌う。
だからだろう。
その言葉を、ある程度認めてしまっているのは。
「そうじゃ、ないの?」
ニルフィの素顔に不安がよぎる。
さっきまでの自信はなんだったのか。
そう言いたいほど、どこか寂しげだった。
「……かもしれねえな」
だが、とグリムジョーが釘を刺すように続ける。
「俺が助けてやるのは、てめえに借りがあるからだ。それ以上でもそれ以下でもねえ。わかったな?」
「……あ」
ニルフィは一瞬だけ呆けたように目を見開き、
「ーーうん!」
なにもかもわかってる。
そうとでも言うように微笑むニルフィ。
心なしかその笑顔は、いつもよりもずっと嬉しそうなものだった。
思ったほど、満更でもない。
グリムジョーの肩から少し力が抜ける。
「じゃあ、私は行くね。まだ貰ってないヒトもいるし」
「菓子はいいのか?」
そう問うと、ニルフィは肩をすくめる。
「うん。キミからは十分、貰えたからね」
はにかんだニルフィが大袋の口を締め、
「…………」
仮面を被る直前、なにを思ったのかそれをせず、笑顔のままグリムジョーの腰に腕を回して抱きついた。
小さく、柔らかく、脆い。
引き剥がすのにも逡巡するほどだ。いつもならば気安く触れさせる手も、少女の背中に当たりそうになると思わず引っ込め、大きな手は中空を彷徨う。
しばらくそうさせていると、満足したのかニルフィが離れた。
「じゃあね!」
今度こそ仮面を被り、悪戯っぽく笑った顔が隠れた。
さながら兎のように跳ねながら、ニルフィが廊下を駆けていく。
「ーーーー」
狐につままれたような顔でグリムジョーはそれを見送った。菓子とも違う甘い匂いが、グリムジョーの鼻腔をくすぐる。
少女の姿が廊下の角に消えたあとも、アネットがいればからかうであろう時間はそうしていただろう。
我に返ったグリムジョーは舌打ちし、ニルフィは去った方向とは反対側へと歩いていく。
どうにもニルフィの前では調子が狂う。
だから、それだけだ。さっきも言ったように、それ以上でもそれ以下でもない。
自分で自分を納得させながら、グリムジョーは長いこと歩き続けた。
ーーーーーーーーーー
その後、ニルフィが
ニルフィがハロウィンを楽しみにしてるという話は広がっていたが、肝心の
スタークは謝り、バラガンは部下を叱りつけ、ハリベルは申し訳なさそうに、ウルキオラは無言のまま、ノイトラはスルーされ、ザエルアポロは衣装のせいで準備できず、アーロニーロは硬直し、ヤミーは自分で食っていた。
この時から
お菓子より甘いものは世の中いっぱいあるんよ( •̀∀•́ )フンハフンハ!
ホントならばこの後、グリムジョーVS“会”の刺客たち、現地調達組の受難、他
冗長よりもさっぱりと、お菓子のように噛みしめられる感じで。
ここに『壁』置いときますんで、殴りたければ好きに殴っても構いません(真顔)