とある神谷の幻想創造 神の右席編   作:nozomu7

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差し伸べられる手

 神谷駿斗と『十二使徒』タデー、シメオン、ジュダの3人の決着がついた。

 

 しかし、だからといってこの戦争が終わるわけではない。首謀者たるフィアンマが残っているし、彼を倒したというだけで、世界中に渦巻く悪意が収まるわけではない。

 

 だから、駿斗はこれで何かが終わったとは考えていなかった。あくまでも、この戦闘はフィアンマの計画を阻止するための、ひとつに過ぎない。そもそも、そのフィアンマと戦うことすら、インデックスを苦しみの中か解き放つための手段だった。

 

「あの、これ、からどうする、んですか?」

「この戦争を止める。そのための方法を探す」

 

 ユリヤの言葉に、駿斗は答えた。

 

「今はとにかく、あの空の向こうにある要塞に干渉する方法を考えないとな」

「『ベツへレムの星』……ですか」

 

 突然、その名称を答えた声に、駿斗は警戒した。

 

 全力の一撃で倒したはずのジュダが、その意識を取り戻していたのだ。

 

「マジか……」

 

 駿斗とユリヤは警戒する。

 

 しかし、ジュダは目を覚ましていても、起き上がろうとはしなかった。どうやら、完全に敵意や戦意を失っているらしい。

 

 その上、霊装で象徴物(アトリビュート)である鳩の首飾りは、粉々になっていた。どうやら、あの一撃に霊装が耐えきれなかったようだ。

 

 しかし、その名前を聞いた駿斗は、怪訝な表情になった。

 

「『ベツヘレムの星』って……」

「『神の子』の誕生、を預言者に示し、たという星です、ね。新世紀、の幕開けでもする、つもりなの、でしょうか」

 

 駿斗の疑問に、ユリヤが答えた。

 

 その言葉に、ジュダは頷く。

 

「あの要塞自体が、一種の儀式場となっています。その上、あの儀式場はフィアンマ様の力によって、いくらでも再生します」

「つまり、フィアンマを倒さない限りには、どうしようもない……ということか」

 

 しかし、どうしてジュダはいきなり情報を教えてきたのだろうか。

 

「……何のつもりだ?」

 

 駿斗の言葉に、ジュダはわずかに笑みをつくった。

 

「どうでしょう……自分でもよくわかりませんが」

 

 彼はそこで少し視線をさまよわせてから、

 

「あなたの言ったようなことが、もし本当に起こるのだとしたら……それを見てみたいと、思ったのかもしれません」

 

 なぜなら、自分には何もなかったから、とジュダは続けた。

 

「そもそも、我々『十二使徒』が、どのような組織であるのか、知っていますか?」

「確か、肉体が人間ではなく『天使』に近い状態になっている『神の右席』は、通常の術式が扱えない」

 

 そのため、儀式魔術や霊装を扱うため、ローマ教皇の権限にとらわれずに使える部下を用意した。

 

 しかし、ただの魔術師を『神の右席』の側近になどさせるわけにはいかない。そのため、特別な素養を持った魔術師を用意した。それが『十二使徒』。

 

「天使は神のしもべです。そして、三位一体の思想に基づくのであれば、『神の子』は『神』と同一の存在であり、『聖霊』はその姿を変えた存在とされました」

「……何が言いたい?」

「『神の右席』。それは『原罪』を消去して『天使』に近づこうとする集団です。それも、ただの天使ではない」

 

 人間の中に紛れ込んだ『天使のふりをした神』。そんな存在を探す。

 

 そしてその上で、神と対等である『右』にいたはずの『光を掲げる者(ルシフェル)』を倒した天使長『神の如き者(ミカエル)』の力を手に入れ、神よりも上の存在……『神上』へ進化することを求める。

 

「その補佐をするために、私たちは必要な儀式を行いました」

「儀式、です、か?」

 

 ユリヤは、訊き返した。

 

 魔術的な儀式なら、当然行われているだろう。しかし、あえてそれを言い出したということに、嫌な予感を覚えたからだ。

 

 そして、やはり駿斗はその言葉に絶句することとなった。

 

 

 

「それぞれが……担当する使徒、その人生を一通りなぞった(・・・・・・・・・・・)のです。簡単に、重要な話だけを抜き出したものですが」

 

 

 

 人生をなぞる?

 

 駿斗は最初、その言葉の意味をはかりかねた。人生をなぞるといっても、別に大量の書物を読めば、その使徒の人生をたどることはできるからだ。

 

 しかし、そのようなことではないはず。すると、その意味が分かってきた。

 

「まさか……」

「はい、おそらくはその予想で正解かと」

 

 駿斗は、その考えを口にする。

 

「聖書に書かれたことと、同じ内容をやり直した、というのか!?」

 

 伝説の再現。

 

 言葉にしてしまえば簡単だが、それはとてつもない行動だ。

 

 何しろ神や天使の言葉、行動、そして『神の子』とその弟子の生涯を著したものなのだ。

 

 その上、その中には並大抵の手段では再現できないような、正真正銘の『奇跡』としか呼びようがないものが数多く存在するはずだ。それを、魔術があるとはいえ再現しようなど、正気の沙汰ではない。

 

「当然ながら、あくまでも……魔術的な劇、のようなものですので。当然ながら、『神の子』の奇跡をそのまま起こせたわけではございませんし、実際に『神』や『天使』が出現されたわけでもございません」

 

 ジュダはそう言うが、それを差し引いても、駿斗は未だ衝撃が収まらなかった。

 

「そこまでやるか……」

「ですが、それを行うだけのメリットはありました。現に、それぞれの使徒に対応するように調整を受けた私たちは、並大抵の魔術師では届かない領域にまで届きました」

 

 とはいっても、いくつか弱点は存在するらしい。

 

 その中のひとつが、聖人に対抗するような魔術が一切使用できなくなる、ということだ。

 

 現状、対聖人用術式は、天草式十字凄教が使用する『聖人崩し』だけである。しかし、仮にローマ正教がそのような術式を手に入れたところで、『十二使徒』はその性質上、聖人に特化した術式は構築できなくなる。

 

 ただし、『裏切り者』とされるユダだけは別のようだが。

 

「そして、そのような素養がある者たちは……つまり、私たちは、ローマ正教の下部組織のひとつが経営する孤児院などより見いだされ集められた者が、圧倒的に多いのです」

 

 ジュダは、話を続ける。

 

「私は、適切な素養を見出されました。そして、神に仕える存在として、そして『神の右席』の部下となるにふさわしい者となるように教育を受け、この座に収まりました。……ですが、それでも私の心には、いつも疑惑がありました」

「疑惑?」

「ええ……つまり、主に対する疑惑です」

 

 聖職者とは思えない言葉だった。

 

 しかも、彼はローマ正教最暗部『十二使徒』のメンバーだ。この言葉は、ある意味周りの仲間全てに対する裏切りでもある。

 

「父なる神が完璧なのであれば、この世界におおよそ悲劇というものはないはずでしょう。しかし、現にこの世界には、戦争、病気、事故、事件、怪異……さまざまなものが蠢いています」

 

 だから、どんなに修行を重ねても、神の教えに対して全てを捧げようと、心の底から思うことはできなかった。そんな、聖職者とは程遠い、どちらかといえば、無神論者のような男になっていた。

 

 しかし、それでも彼は『十二使徒』のひとりになっていた。いや、されてしまった、と言うべきか。

 

 改めて、駿斗はジュダという男を見た。

 

 鳩の首飾りを身に着け、この極寒の中スータン(神父の真っ黒な服)に身を包んでいる。おそらくは『十二使徒』特有の霊装なのであろう。その外観からすれば、立派な神父の1人に見える。

 

 だが、駿斗はどうしても、この男がただの迷える子羊にしか思えなかった。迷える人々に神の教えを説いて、導く手助けをする立場にありながら、その男自身が迷ってしまっている。

 

「こんな私は、ローマ正教の一員として、失格なのでしょうね」

「そんなこと、ねえだろ」

 

 だから、自嘲の言葉がジュダの口から飛び出したとき、駿斗はすぐにそれを否定した。

 

「確かに、神様の教えに心酔しているような連中からすれば、お前は異端者なのかもしれない。だけど、神様だって、別に自分の言葉をただ鵜呑みにしてほしかったわけじゃあないだろ」

 

 駿斗は、別に十字教徒ではない。そのため、本当の信徒からすればお粗末すぎる知識かもしれないが、それでも魔術を習う過程で、神の子の話についても、勉強はしている。

 

「自分の頭で一生懸命考えて、自分の心で感じ取って、きちんと理解してほしいって思ったから、だから、神の子だって、聖書の中であれほどいろいろな人に妨害だったり、嫌がらせだったりをされても、それでもあらゆる人を許していたんだろ」

 

 だから、そんなことを言うなよ、と駿斗は言った。

 

 彼の言葉を、ジュダは黙って聞いていた。そして、その言葉をかみしめるように、ぎゅっと目を瞑ってから、ゆっくりと起き上がる。

 

「私は……これから、どうなるのでしょうか」

「お前次第、だろ」

 

 駿斗は、そう言って、立ち上げるように促した。

 

「だからまずは……これからもこの世界が続くように、この戦争を終わらせようぜ」

 

 

 

 

 

 麦野沈利が『炸裂』した。

 

 彼女はしばらくの間、四方八方への斉射を続けていたが、やがてそれは一本の巨大な腕の形に収束した。

 

 その意味は、次は別の攻撃が来ることを意味していた。

 

「――ッ!」

 

 浜面は、全力で横に転がる。

 

 その直後、先ほどまで彼がいた場所に、原子崩し(メルトダウナー)の腕が叩きつけられた。

 

 直撃は、当然避けた。だが、それでも浜面の体は衝撃で10メートル以上吹き飛ばされる。足元の雪に莫大な熱量がたたきつけられたため、水蒸気爆発が起きたのだ。

 

 再び、斉射。それも、いつものように一瞬光が瞬くようなものではなく、永続的なものだった。

 

 浜面が生きているのは、ただの偶然だった。

 

 今までの戦闘においても、麦野の力は絶対的だった。何しろ、遮蔽物ごと相手を貫通できるような砲撃を、好き勝手に放てるのだ。吐息の音ひとつ聞かれただけで、その命を失いかねない、それほどの相手だった。

 

 だが、今度はそれよりもさらに上だ。

 

 もはや、溶鉱炉や太陽と同じだった。莫大な熱量には、近づくだけでも死を意味していた。下手に近づいただけで、その肉体はどうなるのかも分からなかった。

 

「……はーまづらぁ……」

 

 声が聞こえると、その溶鉱炉が近づいてくるのが分かった。

 

「私は、ここまで捨てたぞ」

 

 彼女は、浜面を殺すという、そのためだけに『体晶』を使用した。その代償を分かっていながらも、だ。

 

 ならば、浜面が生き残るためには、相応の代償があってしかるべきなのかもしれない。

 

 ――同じ人間なのか。

 

 崖にどれだけ近づけるかを競い合うチキンゲームをしているはずなのに、麦野沈利は背中の羽根を羽ばたかせて、崖の先を悠々と飛んでいる。そんな気持ちだった。そして、そんな怪物相手に勝負を挑んだところで、崖の下に一直線になるのがオチだ。

 

 どうにもできない。

 

 溶鉱炉相手にアサルトライフルで突撃したところで、どうなるというのだ。

 

「……はまづら……」

 

 死。

 

 それを具現化したような女が、こちらへと近づいてくる。

 

 逃げたら殺される。

 

 しかし、立ち向かったところで死は見えている。

 

 ならば……どうしろというのだ!?

 

「はーまづらぁぁぁあああああああああああ!」

 

 その叫び声に対して、浜面はもう何も考えることはできなかった。目の前で収束していく莫大な光を前に、とにかく、0.1%であろうが、滝壺が生き残ることができるように、浜面は引き金を引こうとする。

 

「ああああああああァァァあああああああ――――ッ!!!!」

 

 そして、その咆哮と共に光が爆発しようとしたその時。

 

 

 

 かくん……と麦野沈利がその場に崩れ落ち、その光が消滅した。

 

 

 

「は……?」

 

 唐突な出来事に、浜面は思わず呆けた状態で彼女を見た。彼は、まだ引き金を引いていないはずだ。

 

(……助かっ、た……?)

 

 そう考えたとき。

 

 ナイフが麦野の下へ飛んだ。

 

 彼女の目の前に正確に突き付けられ、宙に静止したそれには、見覚えがあった。

 

 そして、離れた場所から一斉に2人の少女が飛び出した。最愛と海鳥だ。その後ろに、霧丘とフレンダもいた。

 

「浜面、限界が来た今のうちに、麦野を超抑えますよ!」

 

 限界?

 

 思わずその言葉を聞き返そうとして、彼は気が付いた。

 

 雪の中に沈んだ麦野の体は、ガクガクと震えていた。そう、それは、非常に見覚えのある症状だった。

 

 体晶。

 

 もともと、能力者を意図的に暴走させるためのもの。それを使用するには、適性があるようだが、その適性を持つ滝壺さえ、徐々にその体を蝕まれていった。

 

 ならば、適性のない麦野が使用した場合、どれほどの弊害を被るかは分からない。

 

(……麦野も、立っているのが精一杯だったのか)

 

 浜面には分かっていたはずだ。簡単に能力を増大させることができれば、そもそも彼は武装無能力者集団(スキルアウト)になど入っていなかったのだから。

 

「何でだよ、クソ、クソがッ! あと少し……あと10秒で全部きれいに終わっていたのに……ッ!」

 

 浜面は、最愛とその視線が合った。彼女に引き寄せられるように、アサルトライフルを握ったまま、倒れた麦野の下へ近づいていく。

 

 これで終わり。この引き金を引けば。

 

 滝壺が狙われることはなくなる。浜面も、同様だ。詳しい経緯は分からないが、『アイテム』にいたにも関わらず、裏社会から足を洗った最愛と海鳥も、麦野の私恨に巻き込まれるようなことはなくなる。

 

 しかし。

 

 

 

 ロシアに来る直前、再会した麦野沈利と殺しあったことを後悔していたのは、どこの誰だ?

 

 

 

 浜面は、改めて倒れている少女に目をやった。

 

「浜面ァァァああああああああっ! 見下してんじゃねえぞクソが! テメェは……テメエだけは、何があっても私の手で殺す! テメエを叩き潰さなきゃ、頭ン中のイライラが収まらねェんだよォォォ!」

 

 麦野沈利は腕の一本を失っていた。片目も潰れていた。顔の大部分は焼けただれている。体の外側だけでそれなのだ。その内側が、学園都市の技術でどれほど弄りまわされているのか、分かったものではなかった。

 

 そこへ、極めつけに『体晶』だ。今まで立っていられたこと自体、奇跡のようなものだった。

 

「麦野ォォォおおおおおおおおおお!」

 

 気づけば、浜面は彼女の下へ駆け寄っていた。アサルトライフルなど、投げ捨てていた。

 

 驚く最愛たちを他所に、麦野の体を抱え起こすと、掌にゴツッとした感触が伝わってきた。体の中に、普通の肉体とは別の『何か』があることを示していた。

 

「何の、つもり……?」

「もう嫌だ……」

 

 一度そう吐き出すと、言葉は止まらなかった。

 

「なんで俺たちがこんな殺し合いをやらなくちゃならないんだ! そもそも対立のきっかけになった『アイテム』と『スクール』との戦いだって、ホントは学園都市の大人たちが解決すべき問題だったはずだろ!? あいつらの欲望がつくった『闇』の尻拭いを、どうして俺たちがやらなくちゃならないんだ!」

「……」

「何でだ。何でこうなった!? 単にお前がフレンダや絹旗の命を狙ったからじゃねえ。学園都市の上層部があの事態を把握していたんだったら、『スクール』に負けることも、追い詰められた俺たちが殺しあうことも、あいつらに設計されていたんじゃないのか?」

 

 だから、浜面は戦いが終わるなら、どんなことだってしてやろう、と言った。決めた。

 

 社会や自然環境が悪かったんです、なんてものではない。路地裏の不良や、能力者の全てを都合よく組み換え、自らの利益に還元している存在がいるとすれば。

 

 それは――超能力者(レベル5)などとは別の、もっと『恐ろしい何か』なのではないか。

 

 自分たちが命のやり取りを行ったところで、その労力の結果が、自分たちが知らない誰かの宝石や絵画に変わるだけなのだとしたら。

 

 

 

「だからもう、殺し合いなんてやめよう」

 

 

 

 その言葉を聞いた最愛たちは、深く、長くため息をついた。

 

「さっきから私たちをほったらかして、何勝手に自分だけ超納得しているんですか?」

「いや、絹旗……」

 

 その怒りをわずかに含んだ声に、浜面は声をつまらせた。

 

 彼女もまた、麦野のかつての仲間だ。その上、彼女から命を狙われたこともある。

 

 麦野の説得のことばかり頭にあって、絹旗最愛の説得を忘れていた。

 

 彼女をどう説得しようか、と考え始めた浜面を置いて、最愛は話し始めた。

 

「まず、麦野。いい加減、超素直になってください」

「素直……?」

 

 その言葉に、麦野は怪訝そうに顔を歪めた。浜面にも、意味が解らない。最愛は、何を言っているのだろうか。

 

「おい、絹旗、素直ってぐふ」

 

 彼女に尋ねようとすると、なぜか強制的にボディーブローで黙らされる。

 

「麦野が浜面に怒ったのは、単に『スクール』に敗北したからだとか、自分が仕留めそこなったからってだけではないでしょう?」

 

 その言葉に、麦野はチッと舌打ちをした。

 

「そうよ。浜面は滝壺を選んだ。私は選ばれなかった」

 

 それは、大きな挫折だった。

 

 そもそも、麦野沈利にとって、男は誰であっても、こちらから強気に出れば、へこへこと言うことを聞いてくれる軟弱な存在だった。その気になれば一撃で命を奪うこともできる存在だった。

 

 今までに会った男の中で例外だったのは第二位だが、あれはもとから別格だと分かっていた。

 

 しかし。

 

 そこにイレギュラーが現れた。

 

 浜面仕上。

 

 単なる下っ端だったはずの男。ほかの下らない小間使いの下部組織のように、ただ自分の言うことをへこへこと聞きながら、おとなしく従っているだけだったはずの男。にも拘わらず、自分と2回も戦い、そして1人の少女を守って見せた男。

 

 いつもの方程式が当てはまらないその男が、とても鼻についた。

 

 そして、特別な存在になっていた。

 

 なのに。

 

「そうだ。俺は滝壺を選んだ! 事実は何も変わらない。俺は、滝壺を守るためにお前は見捨てたんだ!」

 

 そして、この結果がこのザマだった。

 

 体はもとの形とは大きくかけ離れたものとなり、全身を『体晶』が蝕んでいる。

 

「……勝手な野郎ね」

 

 浜面はその言葉を自分に向けたものだととらえたようだが、麦野はそれを両方に対して言っていた。

 

「私はフレンダを殺そうとしたぞ。滝壺も、霧丘も、絹旗も……それに、絹旗についていた窒素爆槍(ボンバーランス)の小娘に、下っ端のお前の命も狙った」

「ただで済むとは思ってない」

 

 浜面は、足りない頭をフルに回転させて、言葉を絞り出す。

 

 それでも、麦野が滝壺に、フレンダに、絹旗に、霧丘に、黒夜に、謝ってくれれば。

 

 

 

「そうしたら、俺たちはもう一度『アイテム』になれる。必ずなれる!」

 

 

 

 その言葉に、麦野の思考が停止した。

 

「それまでの間なら、俺がお前の命を守ってやる! みんなが『アイテム』に戻るまでだったら、いや、前のメンバーも併せて、新しい『アイテム』ができるまでだったら、俺は自分の命を懸けられる!」

「……無能力者(レベル0)の浜面が、超能力者(レベル5)の私を守るだって……?」

 

 そこまで呟くと、麦野の顔にはニヤリとした笑みが戻っていた。

 

 ファミレスで作戦会議をしていた頃と同じものだった。

 

 彼女はゆっくりと雪の上で立ち上がった。ふらつきながらも、顎で不気味な四色に輝く上空を指す。

 

 そこに、学園都市の超音速爆撃機が通り、3体の塊を落としていった。

 

 さらに、雪の上に落ちている無線機からは、ジリジリジリ! という耳障りな音も聞こえてくる。広範囲にわたって、ジャミングが行われているらしい。

 

 つまり、これから起こることが、外部に漏れないようにするために。

 

 彼らに与えられた時間は少ない。麦野沈利の代わりになるほどの『闇』が、間もなくやってくる。

 

 

 

 

 

 学園都市の戦車を奪うのは、簡単だった。

 

 このような車両の動力源は主にディーゼルではあるが、その大半に電子制御が導入されているものだ。

 

 学園都市製のものの場合、対電気能力者用にありとあらゆる電磁波をはじく装甲で覆われていたり、薬品によって化学性スプリングを収縮させる方式に特化させたモデルも存在するようだが、この戦争でわざわざそのようなものを使う必要はないだろう。

 

 その上、レーダーやUAVなどによる空中撮影についてもやはり電磁波を用いるものであるため、美琴の前では無力なのである。

 

「ふうん。戦車ってものは意外と速く進むもんなのね」

「元々、近代的な戦車は高速道路を問題なく走れるほどの走行性能を有してはいますが、この雪道の中でも時速150キロを叩き出せるのは、学園都市の技術の賜物でしょう、とミサカは適当に報告します」

 

 ついでに、最近の戦車砲はマッハ4.5ほどの速度を叩き出すので、純粋な初速では御坂美琴の超電磁砲(レールガン)以上である。

 

 もっとも、美琴は自分の能力の真骨頂は、磁力や電磁波など、多角的に相手を叩くことができる応用性にこそあると考えているので、そこまでプライドが傷つくことはなかった。……だからこそ、あらゆる手を右手一本で振り払ってしまう男が鼻についたりするのだが。

 

「核弾頭の準備を進めている独立部隊の方に目視で感づかれたようです、とミサカは報告します」

 

 キャタピラに舞い上げられた雪煙を、暗視スコープか何かで見られたようだ。遠方から何かが発射されたのが分かる。

 

「空爆用の地対地ミサイルのようです、とミサカは警告します」

 

 しかし、当然ながら御坂美琴にとって、恐るべきものではない。彼女は、戦車のハッチから上半身を外へ出す。

 

「得意分野で料理してやるわよ!」

 

 雷撃の槍ではない。 前方へ放たれたのは、広範囲の電磁波だ。地対地ミサイルは標的を見失い、あらぬ方向へ逸れていく。

 

「このまま前進! ここで一気に片をつける!」

 

 と、その時。妹の様子がおかしいことに彼女は気が付いた。

 

「ミ、ミサ……」

「?」

「ミサ深刻なカミ電波障害サカミのネットワークがサカミサカ断線ミサ緊急カミサ復帰作業をカミサカぶくぶく」

「わわわ! アンタいきなり何ぶっ飛んでんのよ!?」

 

 ……妹達(シスターズ)は、常時己から発せられる電磁波によって、ミサカネットワークと呼ばれるものを形成している。しかし、オリジナルである彼女の高出力ジャミングが致命的な弱点となるようだ。

 

 そのことに気が付いた御坂は慌てて電磁波の照射を中断するが、そうなれば相手の空爆を受けることとなる。

 

「とにかく突っ込んで!」

 

 地対地ミサイルの場合、ある程度の距離まで詰めてしまえば、もはや意味をなさなくなる。部隊の仲間が爆風に巻き込まれる恐れがあるからだ。

 

 すると、独立部隊は爆撃を諦めた代わりに、戦車隊を用意してきた。

 

「推測しますが、500メートルも進まないうちに20回は爆破されるとミサ」

「なら、その前にケリをつける!」

 

 今度現れたのは、電磁波ではない。

 

 雪の大地から現れた、黒い影――すなわち、御坂の莫大な磁力によって操られた、暴力的な質量の砂鉄だ。

 

「行っっっけェェェええええええええええええええええっ!」

 

 彼女の叫び声と共に、砂鉄が飛んだ。

 

 黒い巨大な蛇のように自在にうねる彼女の攻撃に、さすがの独立部隊も対処できなかったらしい。

 

 彼女たちが乗る戦車は、混乱を起こしている敵陣の中へ悠々と突き進んでいった。そして、その中央にある車両を見つける。

 

 タイヤの数が20以上もある、巨大なトラックのように見える。しかし、その上に積んであるものは、油圧シリンダーを用いて垂直に立てられた円筒だった。

 

 まず間違いなく、Nu-AD1967だろう。

 

 美琴は、前髪に意識を集中させる。今回は、超電磁砲(レールガン)よりも雷撃の槍で電子制御用の回路を破壊した方が、核物質漏洩の危険性がないからだ。

 

「吹っ飛べ!」


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