とある神谷の幻想創造 神の右席編   作:nozomu7

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彼らの敵は目の前に

 ゴォォォン! という轟音が、ロシアの夜空を揺さぶった。

 

 大天使『神の力(ガブリエル)』による『一掃』だ。

 

 駿斗の一撃で大きくダメージを与えられた『神の力』は、本来格下であるはずの風斬氷華から徐々にダメージを与えられていた。そこに加え、一方通行の参戦で、戦闘の雲行きが怪しくなり始めた。

 

 それを打開するための『一掃』だ。

 

「……やりすぎだ」

 

 その惨状を見たフィアンマが、そう呟いた。

 

『一掃』の魔法陣は、『ベツヘレムの星』よりも高い場所で展開されている。そのため、破壊の礫が要塞の一部を削り取ったのだ。

 

 第二波も、30秒以内には放たれる。しかし、その事実を確認しても、フィアンマの表情が大きく変わることはなかった。

 

 一定以上に膨らんだ『ベツヘレムの星』は自己修復機能を手に入れている。現に、破壊された場所のパーツは、自動的に元の場所へ戻ろうとしていた。

 

「こんなものか、俺様の敵は」

 

 大天使と一部の五感をリンクさせたフィアンマは、そう呟いた。

 

 学園都市製の天使と思われる存在が出てきた時には少しだけ興味をそそられたが、大勢に影響はなかった。虎の子の超能力者であろう人物が参戦しても、ミーシャ=クロイツェフの撃破には至っていない。その他大勢に比べれば、なるほど、あの大天使に食い下がっていることは賞賛できる。しかし、このまま第二、第三波の『一掃』が投下されれば、確実に動きは止まるはずだ。

 

「誰も俺を止められんというなら」

 

 フィアンマの『一掃』は、世界そのものを覆うだろう。

 

 しかしその時、割り込んでくる声があった。

 

「久しいな、アックア。今はただの傭兵家業に逆戻りか」

『いずれでも構わん。貴様の暴虐を止められる立場であれば』

 

 しかし、『聖人』の言葉を聞いたところで、フィアンマが止まることはない。

 

 そもそも、この『聖人』こそ、世界のいたるところでその圧倒的な暴力によって、数々の問題を解決してきた男だ。そうした戦乱の象徴となった今となっては、フィアンマにとって、もはや役目を終えた駒でしかない。

 

 そもそも、この男は大天使とまともに戦うことすらできないはずだ。一度はほとんど失われた『聖人』としての力はある程度戻っているようだが、逆にそれが危険なのだ。科学の天使のそばでは、魔術はその影響で誤作動を起こしてしまう。前方のヴェントが、かつての襲撃でそれを証明していた。

 

『そうか』

 

 しかし、そこでフィアンマは男の笑い声を聞いた。

 

 つまりは、失笑を。

 

『ならば、武力を使わない方法とやらを提示してやろう』

 

 

 

 

 

 奇しくも、傭兵がそれを実行した直後だった。

 

 当麻は、『ベツヘレムの星』の一角、つまり要塞最右部の儀式場にいた。

 

 簡単な話だ。

 

 ミーシャ=クロイツェフを止める方法として、すぐに思いついたのは、右方のフィアンマを撃破することだ。しかし、それまでにどれほど被害が拡大するか分かったものではない。

 

 だが、もうひとつの方法があった。自分は8月のときに知っていたはずなのだ。

 

 儀式場を破壊する、という方法を。

 

 思えば、サーシャ=クロイツェフを誘拐した後、ベツヘレムの星を作り上げてから、フィアンマは大天使を召喚した。それはつまり、あれを維持するためのものが、この要塞にあるということなのだ。

 

 儀式場には、細い柱のようなものがあった。直径3センチほどの柱の中に白、あるいは黒の液体が入ったものが何十本もある。サーシャの話では、白と黒で一対の『門』となっていて、そこにオカルト的な力を通らせるものらしい。

 

 それを。

 

 片っ端から薙ぎ払う。

 

 

 

 そして。

 

 後方のアックアがその『聖人』と『神の右席』としての資質を代償に力の半分を削り取り。

 

 上条当麻にその存在を支える根幹を破壊され。

 

 神谷駿斗の『幻想天軍』によってその翼の片方をほとんどもぎ取られ。

 

 学園都市最強の超能力者(レベル5)と科学の天使の猛攻を受けたミーシャ=クロイツェフは。

 

 

 

 ロシアの夜空に、大天使の咆哮がさく裂した。 ミーシャの、翼をはやした女性の形が崩れていく。

 

 しかし、それは爆弾だった。形を持った力が、形を失うそのなれの果て。

 

 そのことに気が付いた一方通行は、全力で大天使に突き進んだ。

 

 以前の彼を知っているものなら、場違いな行動だと言うかもしれない。

 

 しかし、そんなことは問題ではなかった。

 

 守りたい。失いたくない。そのたったひとつの幻想を守るためなら、今の彼はどんな現実とでも立ち向かうのだ。

 

「抑え込めェェェええええええええええええ!」

 

 爆発。

 

 それによってもたらされる被害を、予測することはできなかった。何しろ、一方通行にも理解できない非科学的な力だ。

 

 だから、すべてを抑え込んだ。科学の天使がその力を一方通行へたたきつけ、そのベクトルを操って球場にその爆発を抑え込んだ。

 

 完全に抑え込んだ爆発は、その中でさらに大きな力でその外殻を破ろうとする。それを、一方通行が抑え込む。

 

 そして。

 

 

 

 

 

天使の力(テレズマ)』の霧散を確認したアックアは、その手をアスカロンから静かに離した。

 

 これで良い。

 

 フィアンマは、大天使の力を過信しすぎた。しかし、人々は手を取り合い、自分一人では決して敵わない敵とも戦える。それを、あの男は忘れていた。かつての自分と同じように。

 

 この命もそう長くないだろう。大天使を道連れに、自分は死ぬ。

 

 これで良い。

 

 傭兵崩れのごろつきにとっては、自分の生死よりも、戦争の行く末を変えることができたということが重要だった。

 

 その時だった。

 

「ちくしょう……ッ!」

 

 声が聞こえた。あの集落を守ろうとしていた東洋人――浜面のものであった。

 

「どうなってんだ!? これ、ただの銃創とかじゃねえよな」

 

 浜面と滝壺がアックアのそばに屈みこみ、包帯のようなものを取り出した。しかし、アックアは、自身の体のことは分かっていた。

 

「やめ、て……おけ」

 

 ここは戦場だ。医療物資が余ることはない。ならば、ここで無駄遣いなどせず、他の者に回すか、後々のために温存するのがいい。

 

 そもそも、詳しいことは明かせないが、自分は戦争の首謀者に喧嘩を売ってきたところだ。一泡吹かせることには成功したが、あの男がアックアに追手を差し向けないとは限らない。彼らがここに留まるのは危険だ。

 

 そんなことを語っても、浜面はこう言った。

 

「うるせえっつってんだろ! そんな状況ならなおさら置いていけるか! こっちはもういい加減に戦争なんてうんざりなんだ!」

「私は目的を果たした。これ以上は足手まといになるだけだ」

「だったら……アンタを待っている人はどうするんだよ」

 

 思いがけない言葉に、アックアの反論が止まった。それとは対照的に、浜面の言葉が止まらない。

 

 アックアが誰かを助けたのは、決して浜面達が初めてだったわけではない。『その涙の理由を変えるもの(Flere210)』。その魔法名のように、冷たく凍えた涙を、温かい涙に変えることこそが、彼の信念なのだ。

 

 だから、そんな彼を待つ人がいる。その人たちの泣き顔を見て笑みをつくるようなものは、『戦う理由』にはならない。

 

 瀕死のけが人に対して容赦なく突き刺すような浜面の言葉は、しかし確かにアックアの心を押しとどめる。

 

 気障ったらしい騎士団長(ナイトリーダー)。占星施術旅団の老人。オルレアン騎士団の脅威にさらされていた男女。傭兵が今までに出会ってきた人々が、浮かんできた。

 

「立てよ、ヒーロー」

 

 そして、何より……イギリスの第三王女が。

 

 

 

「立てェェェええええええええええええ!ええええええええええええ!」

 

 

 

 ズン、という音と共に、仰向けになっていたアックアの手が、雪の大地をつかみ取った。

 

 自分はまだ生きている。ならば、

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 全身から血が噴き出てくる。

 

 残った力は、ほんのわずか。今の彼には『聖人』でも『神の右席』でもない。アスカロンは、もう持ち上げることすらできまい。

 

 ――だが、それがどうした。

 

 

 

 本物のヒーローとは、一度倒れた程度で諦めはしない。

 

 

 

 

 

 右方のフィアンマは、杖に手をやった。

 

 本来、学園都市製の天使と超能力者を殺害した上で、その羊皮紙を回収する算段であった。しかし、各方面からの援護が働いた結果、『神の力(ガブリエル)』は撃破されてしまった。

 

 しかし、問題はない。大天使の五感は、人間のそれとは比べ物にならない。そのため、超能力者が懐に入れていた羊皮紙の内容を入手することはできていた。

 

 必要な知識は手に入った。

 

「なるほど、なるほど、なるほど」

 

 杖をくるくると回したフィアンマは、

 

 

 

「ふざけやがって、クソったれが」

 

 

 

 ゴキリ、と真ん中からへし折った。

 

 続けざまに、右手から莫大な閃光が標的に向かって迸る。しかし、そこに手ごたえは感じなかった。

 

 つまり、少年の右手で弾かれたのだ。

 

 トン、とフィアンマが踏み出すと、一瞬で体が5キロ以上先に進んだ。直線的な移動に限れば、遮蔽物に邪魔されない限り、彼は望んだ分だけの距離を一瞬で移動できるのだ。

 

「面倒なことをしてくれたな」

 

 移動した先は、儀式場。そこにいるのは、ひとりの少年だ。

 

「おかげで学園都市やイギリスから邪魔が入る前に儀式を執行する必要が出てきた。という訳で、そろそろその右手をいただこうか」

「……そう簡単に進むと思ってんのか。ミーシャはもういないぞ」

「心配には及ばんよ」

 

 当麻の言葉に、フィアンマは天井の穴から除く夜空を指さして答えた。

 

 そう、夜空。

 

 ミーシャの『天体制御(アストロインハンド)』によって、天空が昼から夜へと変わったにも拘わらず、そのミーシャ本人がいなくなっても、夜空のままになっていたのだ。

 

 以前にフィアンマが話したように、四大属性にはズレが生じていた。そのため、一度空から全ての星を消したうえで、改めて再設定を行ったのだ。

 

 そもそも、預言者が『神の子』の誕生を確信したのは、夜空に出現した『ベツヘレムの星』を見たときだったのだから。

 

「なん、だ……? お前、何をしようと……」

「まさかとは思うが、『ベツヘレムの星』を浮かべた程度ではいおしまいなんて考えてはいないだろうな」

 

 こんなものは単なる手段だ、と彼は言った。

 

 結局、彼の全てはそこにあった。

 

『聖なる右』。

 

 バヂン、という異音と共に、星空が広がった。黄、赤、青、黄緑。奇怪な色の星々が、プラネタリウムのごとく広がっていく。

 

 全ての属性が、正しい位置へ収まる。

 

 そして、十字教における四大属性は、互いが互いに影響を及ぼす。だから『火』を司るフィアンマであっても、他の3つの属性もそろえた儀式場を用いたのだ。

 

 しかし、その関係性は歪んでいた。

 

 そして今、正しい場所へ戻った。

 

「正しい力とは、正しい場所でこそ万全に振るえるものだ」

 

 ドン! とフィアンマから放たれる重圧に、ジリジリとした肌を刺すような、嫌な刺激が当麻の全身をなでる。

 

 しかしそれでも、当麻が後ろへ下がることはなかった。

 

 フィアンマの掌に収められている、遠隔制御霊装。それを破壊しなければ、あの少女が苦しみから解放されることはないと分かっているからだ。

 

『第三の腕』が蠢く。

 

 

 

「さあ、正しい力の意味を知ってもらおうか」

 

 

 

 

 

 ロシアの雪原で、美琴はぐったりと座り込んでいた。

 

 Nu-AD1967。旧ソ連の戦略核弾頭だ。

 

「ロシアの大統領は、そんなもんのゴーサインを出したって訳?」

 

 顔面蒼白になる美琴に対し、妹達(シスターズ)10777号は、あくまで無表情のまま首を傾げた。

 

 通常の軍用回線などは使用されておらず、加えて核発射認証用コードの送受信なども行われた形跡がない。そのため、おそらくはニコライ=トルストイなる人物の傘下にある独立部隊が勝手に起こした行動だろう、と考えられる。

 

「でも、あれって大統領の認証用コードがなければ起爆できないはずよね」

 

 そうでなければ、軍人Aの暴走で核兵器が使用されてしまう可能性がある。

 

「そうとも限りません、とミサカは通信内容に耳を傾けつつ困り顔になります」

「アンタ眉一つ動いてないわよ」

 

 しかし、あくまでそれは『通常の』核兵器(という表現が正しいのかわからないが)の場合だ。

 

 冷戦終結とソ連崩壊に伴い、多数の核弾頭や放射性物質が『流れた』。しかし、それと共に多くの核技術者と技術情報が流れてしまったのだ。

 

 その結果、ひとつの事実が発覚した。

 

 一部の核弾頭は、例外的にセキュリティロックが核物質を囲む『外殻』とでも呼ぶべき部分に設定されている。すなわち、『中身』を抜いて別の『外殻』に詰め直してしまえば、使用可能になるのだ。

 

「彼らは車両発射型のランチャーを用意し、Nu-AD1967を応用した『交換弾頭』を空中の要塞に打ち込もうとしているようです、とミサカは計画内容を暴露します」

 

 冗談じゃない……と美琴は呟いた。

 

 まず、いくら死地から生還してきた男でも、ほぼゼロ距離とも呼べる場所でそんなものを起爆させられたらただではすまない。

 

 しかも、心配されるのはそれだけではない。

 

 冷戦当時にすら、禁忌は存在したのだ。

 

 それは、核兵器の爆発と共に発生する『死の灰』。それを一定以上の高度に上げてしまうと、地球全体の上空を流れる空気の層に大量に巻き込まれてしまう。その結果、日光が遮蔽されることで、地球全体で環境が大きく変質してしまうのだ。

 

 さて、と妹達の説明を聞き終えた美琴は、周囲を見渡した。学園都市の部隊が、複数の戦車や駆動鎧(パワードスーツ)で砲撃や移動を行っていた。

 

「……その辺のを適当に奪うとするか。アンタ、車の運転ってできたっけ?」

 

 

 

 

 

 見つけた。

 

 アックアと別れてしばらく雪原を進んだ浜面と滝壺は、最愛、海鳥、フレンダ、霧丘の4人と合流した。

 

 彼らは針葉樹の林の木陰に身を隠し、首だけを出して遠く離れた場所を観察する。

 

 50メートルほど先に立っている兵士は、見張りであろうか。一般の軍服とは異なる白系の戦闘服に身を包み、アサルトライフルで武装していた。

 

 その奥は低い山の(ふもと)となっており、そこに大型のタンクローリーが3台も止まっている。他にも細々とした車両が何台も止まっていた。

 

 男たちは、5メートル程度のポールを何本も等間隔で地面に突き立てていく。そして、そのポールにタンクローリーから延びた太いホースを接続していた。

 

「あれがスチームディスペンサー……?」

「タンクローリーの方は、保湿用のジェルかもしれない」

「あのポールが、霧吹きってわけよ」

 

 浜面の言葉に、滝壺とフレンダが順につないだ。

 

 するとその時、見張りの兵士がこちらに体を向けたので、彼らは一斉に木の陰に首をひっこめた。

 

 浜面は携帯電話でグリッキンと連絡を取り、観察した状況を報告した。

 

 どちらにしろ、相手の人数が多すぎる。

 

 見張りを倒すこと自体は容易い。最愛の能力の前では、銃器はかなり大口径のものか、ショットガンなどを至近距離で使用しなければ、まともにダメージを与えることもできない。連射速度と汎用性の高さが売りのアサルトライフルは、彼女の前では無力だ。

 

 しかし、それで無事なのは最愛だけなのだ。彼らが懐に手榴弾などを持っていない保証はないし、万が一フルオートで放たれた弾丸が、他のメンバーに被弾しないとも限らない。

 

 かといって、最愛ひとりに突っ込ませるのも危険だ。連続で手榴弾などを食らった場合、衝撃が貫通する可能性はあるし、一瞬でも真空の場所が生まれた場合、そこから爆炎が侵入してしまう。それに窒素装甲(オフェンスアーマー)は、衝撃を受け止めることはできても、熱量を遮断することはできない。

 

 極寒の吹雪の中で緊張の汗をかく浜面だったが、そこで滝壺が意外な言葉を放ってきた。

 

「……はまづら、ここは連中が立ち去るのを待った方がいい」

「何だって?」

 

 滝壺が資料を読んだ限りだと、『細菌の壁』は空気感染を起こすタイプであり、呼吸器の他に皮膚上からも体内に侵入する。そのうえ、油分を分解する効果もあるため、BC兵器用のマスクやダクトに使われるフィルター類に穴を空けてしまうので、既存の防護は無意味となる。

 

 確かに恐ろしい兵器であるが、そこには弱点も存在する。つまり、一度動き出したが、気温や湿度の状態が整っている限り、工作部隊にも防ぎようはない、ということだ。

 

 したがって、彼らの手段はひとつ。時限装置を使って、立ち去ってから十分な距離を取った後にスチームディスペンサーを作動させることだ。

 

「工作部隊が立ち去ってから、タイマーがゼロになるまでに、若干のラグが発生する。その間にスチームディスペンサーに接近して装置を壊しちまえば、細菌兵器の拡散は止められる!」

 

 しかし、その猶予は決して長いものではない。当然ながら、工作部隊は自分たちの安全を確保しながらも、できるだけ早く、装置を作動させたいと考えるからだ。

 

「結局、『弱点』になりそうな場所を探すって訳?」

「そう、だね」

「フレンダ、爆薬の残りは超大丈夫ですか?」

 

 最愛の言葉に、フレンダは手持ちの爆薬を出して見せた。

 

「残りは少ないけど、1回だけなら何とかなるってわけよ」

「まあ、最悪私の槍と絹旗の拳でなんとかするか。あと、霧丘の能力がどれほど使えるか、だが」

 

 海鳥が霧丘の方へ話を振ると、彼女はいつも通り、少ない言葉で答えた。

 

「問題、ない。あの装置の破壊くらい、大丈夫」

 

 これなら、最初に接近した人が誰であろうと、その場で破壊できる。破壊方法に関して、問題は特になさそうだ。

 

 すると、浜面がぽつりと呟いた。

 

「……電源車両がある」

 

 タンクローリーの近くにある装甲車に、太い送電ケーブルが集中していた。

 

 それを見た最愛と海鳥も、頷いた。

 

「電源車両の後ろから、廃棄パイプが3本超出ていますね。装甲車のエンジンにしては、多すぎます」

「電源車両の核は、ディーゼルの発電機なんじゃないか。俺たちの目的は、電源車両からスチームディスペンサーへ送られる電気が送られるのを阻止すること。排気パイプに土でも詰めちまえば、内燃機関はストップしちまうだろ」

 

 そうなれば、狙いは一か所に定まる。

 

「あれが巨大なリチウムイオン電池の塊だったら?」

「その時は、私の槍でまとめてケーブルを切り裂くさ。これなら、足元にさえ気を付ければ、感電の心配もない」

 

 そこで、特殊部隊に動きがあった。彼らの1人が無線でどこかへ連絡を取ると、全員が小型の車両へ乗り込み始めたのだ。

 

「みんな」

 

 わかってる、と滝壺の言葉に全員が返事をした。

 

 もうすぐ工作部隊が立ち去る。彼らがこの場から完全に目視できなくなるのを、全員で確認しようと注視していた。

 

 しかし、

 

 

 

 タァァン! と、銃声が鳴り響く。

 

 

 

 ライフル弾が、浜面のすぐ近くの雪を弾き飛ばした。

 

「ヤベえ。気づかれちまった!」

 

 この場を去ろうとしていた複数の車両が、急ブレーキをしていた。いくつかのドアが開き、重装備の兵士たちが降りてくる。

 

 浜面はアサルトライフルの安全装置を外し、フレンダが爆弾を手に構え、最愛と海鳥が空気中の窒素を集める。

 

 しかし、どうする。

 

 最愛は、自分が盾になるつもりなのか、姿勢を低くした状態から、前に進み出た。そして、彼女の背後から、透明な槍を構えた海鳥が続いていく。

 

 それで勝てるのか? 最愛がいる以上、最後には勝てるかもしれないが、全員が無事であるという保証はない。

 

 すると、その時音がした。

 

 笛のように甲高い音だ。

 

 真上を見上げると、学園都市の超大型戦闘機が大空を悠々と飛んでいた。

 

 それ以上のことを考えることはなかった。

 

 直後に爆発があったからだ。

 

 単純に爆弾を投下したのとは違う、磁力か何かで強引に加速させられた砲弾が、音速以上の速度で地面に突き刺さったのだ。

 

 全員が雪の中に埋もれることになったが、工作部隊たちはその衝撃で意識を失っているようだ。

 

 すると、浜面の目の前に飛んできた無線機から声がした。おそらく、あの工作部隊のものだろう。

 

『よお。磁気の反応から、そこに誰かがいるってのは分かってる。善意のボランティアってやるなら握手しよう。俺も似たようなもんだ』

「がはっ、くそ、学園都市……?」

 

 ロシア軍の無線機から聞こえるということは、これは誰にでも聞こえる周波数を使っているということだ。学園都市の『暗部』ではありえない。

 

 つまり、

 

(こいつ、正規部隊の人間……つまり、教師なのか……?)

 

 学園都市には、表向き職業軍人はいない。あくまでも、教員たちが学園都市の次世代兵装で武装しているに過ぎないのだ。

 

 しかし、今は学園都市から逃亡している身であるとはいえ、全身から力が抜けるほどの安心感があるのも事実だった。

 

 立て続けに発生する爆発から身を守りながら、浜面は言った。

 

「おい、これ、大丈夫なのか? 『細菌の壁』って殺人ウイルスなんだろ……?」

『だから徹底的に焼き払う。ちょいと身を屈めて目を瞑り、耳を塞いで口を開けてな』

 

 あっという間に悪魔の装置が二重三重に破壊されていく。さらに、ロシア軍の工作部隊のただでは済まなかった。

 

 爆弾は直接人間を狙ったものではない。しかし、爆発の余波を受けたために、プロの軍人もその意識を奪われていた。

 

 すると、その余波で、山の斜面にあった大量の雪が突き崩された。雪煙が一気に立ち込め、最愛や海鳥、フレンダ、、霧丘、そして浜面の真横にいた滝壺さえも、彼の視界から覆い隠す。

 

「(……滝壺っ!? どこだ、大丈夫か!?)」

 

 叫び声に対する返事はなかった。他の3人の少女もまた、気配すら感じられない。

 

 何もわからない中を10分ほどさまよった。

 

 しかし、ついに彼の手が柔らかい感触をつかみ取った。

 

「滝壺!」

 

 慌てて抱き寄せ、その顔を確認する。

 

 確かに滝壺理后だった。

 

 短めの黒い髪。眠たそうな瞳。

 

 しかし、

 

「……はま、づら……」

 

 彼女は、薄手の秋物の黄色いコートを羽織っていた。ストッキングで足を覆っていた。背丈が高かった。

 

 そして……邪悪な顔で笑いかけてきた。

 

 

 

「ひっさしぶりだねえ、はーまづらぁああああああああ!」

 

 

 

 ビキビキ、と小動物を思わせる少女の顔に、亀裂が走った。そして、そこから別の顔が覗いた。

 

 凶暴で、凶悪。

 

 そんな、学園都市の『闇』の一角を体現したような女。

 

(……こいつ……ッ!)

 

 目の前に現れた純白の光に、浜面はとっさに顔を横に振った。

 

 その光線はロシアの天空を支配していた超大型戦闘機の主翼をかすめた。しかし、そちらに気を向けているひまなどない。

 

「麦野、沈利……ッ!」

 

 ――やるしか、ない。

 

 滝壺を含め、他のメンバーが今どこにいるのかは分からない。だが、学園都市第4位の化け物を相手にするなら、彼女たちが揃ったところで変わりない。

 

 

 

 やるしか、ない。

 

 この怪物と、麦野沈利と決着をつけるしかない。


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