ロシアの白く染まった雪原の中に、爆音が鳴り響いていた。
音源は、目の前にあるプライベーティアの駐屯基地。真っ白な雪景色を遮るかのように、その中から黒い煙が立ち上っていた。
当然ながら、その中にいた兵力は二度にわたる集落への襲撃2回に用いられたものよりも、はるかに多いはずだ。
対して、駐屯基地を蹂躙している兵力は、非常に少なかった。いや、兵力と呼んでいいものかどうかも分からない。
何しろ、蹂躙劇を行っているのは、巨大すぎる剣を持った1人の傭兵なのだから。
彼とは、ここに来るまでの間に、少なからず言葉を交わしていた。しかし、白人の彼がその風貌に反して流暢な日本語を操っていたのとは対照的に、そこから得られた情報はあまりにも少なかった。いや、理解できなかったのである。
聖人や魔術だなんだ、と言われても、浜面に分かるわけがないだろう。
分かっているのは、男はアックアと呼ばれていること。超能力とは異なる、何らかの力を持っていること。そして、そもそも初めからプライベーティアの基地に強襲をかけるつもりであったこと。
(……ふざけてんのか。どんな方式か知らねえが、ウチの
彼が剣を振るうだけで、数十トンの雪が溶け、水の塊と化して戦車や装甲車へ襲い掛かっていった。砲弾やミサイルの雨には水の槍が片っ端から迎撃に向かい、敵地の中央で球状に爆発した水蒸気が、敵の要塞を嵐の中のビニール傘のように切り裂いていく。
天災。そう呼んだ方が相応しいかもしれない、と思える光景であった。
「何だ、ありゃ……あれが、学園都市で開発している超能力者ってやつか……?」
違う、と浜面は思った。
駆逐。排除。討伐。
戦闘という言葉よりは、その呼び方の方がふさわしいその光景は、20分ほどで終了した。
「……ひとまずは、といった所であるか。腐っても大国、人員などすぐに補充されそうなものではあるが」
いつの間にかそばに現れた男は、大剣を担ぎながら抑揚のない声でそう言った。先ほどまで双眼鏡で覗かなければならない距離にいたにも拘わらず、彼は息を切らした様子もなく一瞬で移動してみせた。
(どうなってんだクソ……)
「もう一度訊くけどよ、アンタ、一体何者なんだ」
「後方のアックア。傭兵崩れのごろつきである」
本人は真面目に答えているようだが、一向に答えになっていなかった。雪を水に変えて操っていたところから、
つまり、この男は『学園都市で開発されている科学的な能力』とは別の『何か』を使っているとでもいうのだろうか。
「浜面」
すると、そこで高射砲の車内から声がかかった。グリッキンが、無線の電波を拾ったことを報告したのだ。
双眼鏡を覗くと、その正体はすぐに分かった。何しろ、戦車隊の中に
学園都市。
(……『表』の一般兵みたいだな。俺たちみたいに、暗部が関わっているってわけじゃなさそうだ)
もちろん、暗部の人間が一般兵の装備を使っているという可能性もあったが、浜面は自分の経験から来る嗅覚でそれを否定した。同じ穴の狢であれば、それとなく感じられるものなのだ。
「どうする。蹴散らすか」
アックアは、大きすぎる剣を担いだままそう言った。彼ならば、確かにそれは簡単であろう。
しかし、浜面は首を横に振った。
「……いいや、アンタの目的が何かは知らねえが、あの集落を守るってだけなら、このまま抵抗しない方がいい」
アックアの戦闘能力は驚異的の一言に尽きるが、彼の体はあくまでもひとつだけだ。どれほど高速で移動できたところで、複数の場所を同時に責められたら、勝てはしても被害が出る。
それならば、逆に彼らを歓迎して場所を提供することで、ついでにこの集落も守ってもらうことができる。通常の軍隊ならば使い捨てにされる可能性が高いが、学園都市ならばその心配もあまり要らない。
そんな浜面の説明に、アックアもふんと鼻を鳴らしてその意見を認めた。
「浜面、お前はその学園都市から追われているんじゃなかったのか」
「……仕方ねえさ」
ディグルヴの言葉に、浜面はそう返した。
あの集落は、確かに居心地がいい場所だった。突然やってきた2人の日本人を気遣ってくれた。だが『交渉材料』が見つかるまでは、これからもやってくる学園都市には、絶対に捕まるわけにはいかないのだ。
今なら、浜面と滝壺のことを彼らが把握している可能性は低い。しかし、高性能センサーでこの集落を走査し始めたら、すぐに見つかってしまう。
だから、すぐにここから離れる必要があった。それに、ここにいても滝壺の容体が改善するわけではない。
最後に、浜面はアックアと向かい合った。
「言い忘れてた」
「何であるか」
「ありがとう。アンタが来てくれたから、俺も、集落の連中も、俺が惚れてる女も、みんな死なずに済んだ。……いつか礼は返させてもらうぜ」
浜面は、アックアと別れた後に、集落の近くまで高射砲を走らせた。
高射砲から降りて彼女の言葉を叫ぶと、3人の少女が滝壺を抱えてきた。
「浜面、超大丈夫でしたか!?」
「まあな、滝壺は大丈夫か?」
「先ほどまでのままってところだ。悪化はしてねえが、改善の兆しもねえな。私たちも襲撃を受けはしたが、向こうから引き下がっていった」
「まあ結局、私たちが浜面に心配される必要はないって訳よ」
例の、ローマ正教が秘密裏に開発したって言う能力者たちだ、という海鳥の言葉に、浜面は肝が冷える思いがした。
「はまづらこそ、また生きててよかった」
「悪い。ちょっと面倒なことになっちまった」
「それでも、方針は超立ちました。エリザリーナ独立国同盟を超利用します」
最愛が言うには、この近くにはロシアとの国境が存在するらしい。そこまで逃げることができれば、学園都市の連中は攻め込む口実を失うはずだ。現在、学園都市が戦争をしているのは、ロシアなのだから。
そうすれば、一度彼らをかく乱することができるはずだ。その上で、再びロシアへと戻って再び交渉材料を探す。
滝壺の体を浜面が背負い、最愛と海鳥がその後を歩き始める。すると、集落の中の1人の老人が、何か光るものを投げてよこした。
車の鍵だ。
「集落の外れに止めてある。青い4WDの鍵だって」
「いや、困る」
これでは、彼らが学園都市から逃げている浜面たちを助けたことになってしまう。
「だったら、鍵を使わずに動かせばいいってさ。盗まれたことにするみたい」
「言ってくれるぜ。高性能マイクや
そう言いながらも、浜面はありがたく使わせてもらうことにした。
4WDに向かって歩きながら、浜面は少女たちに呟いた。
「……情けねえよな。結局、中途半端に放り出すのが最良の選択なんてよ」
「はまづらは、今も私のために戦っている。だから情けなくなんかない」
その滝壺の言葉に背を押されるように、浜面はしっかりと雪原を踏みしめて車の下へ向かう。
狭い4WDの中に無理矢理6人の体を押し込めて、彼らは学園都市の追手からエリザリーナ独立国同盟へと逃げる。
元は砦か何からしい、石でできた建築物の一室に
地震などが多い日本の木造建築ではめったにない、数百年前の建築物。そこに平然と現代機器が導入されているその光景は、多くの日本人にとって違和感を抱くものだった。
不思議な右手を持つ
度重なる戦闘で消耗したバッテリーを充電すると、彼は最後に手に入れた羊皮紙の方へ意識を向けた。
その中身は、オカルトじみた内容の記号などだった。しかし、ラテン語で書かれたそれは、ところどころにラテン語で注釈が書かれており、見た目の印象に反してその内容の重要さが表されているようでもあった。
「……分かるのか?」
一方通行が睨んでいる紙を見ていたロシア兵に尋ねると、彼は一方通行をまじまじと見つめながら「日本人、だよな?」と言葉を返してきた。
「何人に見える?」
質問に質問で返された言葉に対し、一方通行はさらに質問を返す。すると、さすがに彼がイライラしている様子が伝わったらしい。
「分かるのか?」
「いいや……」
一方通行が指さした羊皮紙を見て、兵士は首を横に振った。
「ただ、これは魔術の変換条件みたいなもののリストのようだ」
ローマ正教式の術式をロシア正教式の規格で実行する方法を指しているらしいが、具体的な術式の効果までは分からない。自分は、呪文を唱えて掌から炎が出せるわけではないからな、と彼は懐に持つ手榴弾を指して自嘲気味に言った。
しかし、一歩通行は眉をひそめた。
この白人の兵士は、さっきから何を言っている?
魔術? 術式? ローマ正教式? ロシア正教式? 呪文を唱えて掌から炎?
それが単なる精神論や宗教の話ではないことが、ロシア兵の話し方から分かることこそが、彼を余計に混乱させていた。この男は、人に肉料理にワインを使う方法について話すかのように、『現実的に使用できる手段』として話しているのだ。
エイワスは『ロシアに行け』と言った。
あの無能力者は『Index-Librorum-Prohibitorum』というメモを残した。
これは、今までのものを一直線につなげる『何か』になり得るのだろうか?
「……エリザリーナってのは?」
「魔術師……いや、魔導士だったかな。個人で使うより後進を育てることに重点を置くのは、そういう風に呼ばれるらしい」
イギリス清教とかいう組織が恐ろしい猟犬を放ちそうだとか、遠方からの形の見えない呪を弾く防衛線だとか、再び
「とにかく、そのエリザリーナって野郎なら、この羊皮紙を解読できンだな?」
「話ができればな。あの人は今、野戦病院のベッドの上だ」
ここまで来て、頼みの綱の人がけが人だった。
独立国同盟を離れて別のヒントを探す……という選択肢もあるにはあったが、一方通行は
ならば、その眠り姫が起きるまでベッドの空きがあるうちに、打ち止めを少しでも休ませておきたい。
だから、一方通行はいきなり拳銃を抜くと、室内にいる男女の足を続けて撃ち抜いた。
「スパイだよ」
けだるそうな様子で、彼は口を開く。そして、銃撃で動かなくなった男の体を蹴ると、確かにそこから小型マイクと録音・送信媒体が転がり出てきた。
白人の兵士は、慌てて他の人々の体を探る。すると、やはり同じようなものが次々に出てきた。どうやら、小型である代わりに通信範囲が狭い機器のようだ。つまり、中継するための兵士が外にいる。
一方通行は杖をついて基地の外へと向かう。
「騒ぎに気付いていンなら、逃走準備を始めンだろ。あるいは、玉砕覚悟で『ロシアのために』なる行動を起こすかもしれねェ」
宿代の代わりだ。一掃してやる。
そういう彼に向かって、兵士は慌てて訊いた。
「なぜ分かった?」
「細かいしぐさや特徴を観察すりゃあ、周りから浮いているやつは自然と見つかる」
そんなことを、当然のように彼は言う。
彼にとっては、この程度の『闇』はまだまだ薄味であると。
一方通行は、その名の通りの『地均し』を始めた。
ローマ正教暗部組織『神の右席』直属の下部組織『十二使徒』の3人は、自ら撤退していった。
戦闘の内容としては、五分五分といったところである。そして、互いに切り札を伏せた状態のままだ。
「結局、タデーとジュダの使用術式の正体は、分からずじまいってことか」
はあ、と駿斗がため息をつく。
こうなったら、さっさとフィアンマかシメオンたちを探し回って、彼らの準備が終了する前に決着をつけた方が良さそうだ。もっとも、それができないから困っているのであるが。
しかし、駿斗の強み、すなわち
ならば、自分は彼らに適した切り札を創造することを考えるべきだろう。
「基本は高速近接戦闘……といいたいところだが」
しかし、これは路地裏の喧嘩ではない。素人どうしの殴り合いならまだしも、敵は我流であろうとひとつの『型』を身に着けた猛者。 近接戦闘では分が悪いだろう。
そんなことを彼がユリヤに語ると、彼女も頷いて言った。
「あなたの力、である、幻想創造、というものは、知っての通り無限、の可能性に手が、届く力だと、私も思います」
しかし、
「ですが、あなた自身、はその力を、十全に使い、こなせていない、いや、どう使えばいい、のか分からない、ですか?」
「あ、ああ……」
自分の常日頃の懸念を、ピタリと言い当てられてしまった駿斗は、少しうろたえながらそう答える。どうにも、ユリヤという少女は、過程をすっとばして結論を突き詰める姿勢が強い気がする。話し方という意味でも、魔術の使い方という意味でも。
「フィアンマは、当麻の右手と俺の力……
すなわち、2つの力には『本来あるべき形』というものが存在するはずなのだ。だから、彼の思惑を推測するのであれば、そのことについても考えておく必要があった。
すると、ユリヤが不思議そうな顔をして言った。
「私はあなたを、今日初めて見たばかり、ですが」
と、彼女は前置きをした上で、思いがけない言葉を放ってきた。
「そもそも、あなたは、本当に『魔術』と『超能力』の両方を使っているのでしょうか?」
その言葉に、駿斗の思考が一瞬固まった。
「え? ……いや、だって、使っているだろ。魔術は見ての通りだし、能力を使用しているときには、魔力だの
彼自身は、魔術を知る前から、そのような力を無意識のうちに感じ取ってはいた。しかし、それが明確に何かのエネルギーとなり得るものであると認識したのは、インデックスと出会ってからなのだ。
そして、それを実際に運用しているのは、駿斗自身である。それを、簡単に否定されるのはいかがなものなのか。
しかし、
「確かに、あなたは魔術、を使って、います。しかし、超能力者、は魔術を使用できない、という原則に従えば、あなたが魔術を使える、こと自体、がおかしいことです」
「いや、それは確かにそうだけど。でも、俺が
すなわち、駿斗が使用しているのはあくまでもその身に宿る『幻想創造』であり、魔術を行使しているのは、幻想創造の力そのものである、という考えだ。
分かりにくい表現になってしまったが、例えるならば、駿斗は『幻想創造』というロボットのコントローラーを握っている状態であり、そのロボットが『魔術』という工具を使用している。そんなイメージを彼は持っていた。
だが、
「それだと魔術を使用する、上で必要な魔力、や
そう。
能力開発を受けた者が魔術を使用した場合、負荷を受けるのはその脳ではない。体内の血管や神経系といった、肉体の内臓器官全般に、莫大な負荷がかかるのだ。
ならば、駿斗が天使の力による身体強化を行った時点で、その負荷によって肉体が内側から傷つけられるような事態になっていなければならない。
しかし、そんなことは起きず、彼は普通に(ある意味では普通ではないが)身体強化と高速移動術式を使用している。
その事実を改めて指摘されて、駿斗の頭は混乱に陥った。
だが、聞いてみれば納得できる、というよりは簡単とも言える話だ。
「そうすると……」
駿斗は混乱したまま、しかしそれでも自分の力について考える。
自分自身のことを。
「……俺は、本当に超能力開発を受けているのか?」
根本的な、そのことにすら疑問を抱いてしまう。
駿斗は比較的には優等生ではあるが、学問の分野においては天才という訳ではない。どちらかというと秀才の類で、学園都市の学生の中では『上の下』程度の学力でしかない。もっとも、これは
そのため、学園都市の能力開発に対する理解度も、あくまで一般学生の域を出ない。能力を行使することにおいては、恐らく最も長けているであろう。しかし、その理論的な部分には、理解が及んでいない。投薬だの暗示だのと言われたところで、その中身について分かっているわけではないのだ。
ならば、駿斗に対して能力開発を行う過程で何かしらの『細工』をすることで、能力開発をする『ふり』をして実際にはやらない、ということも可能だ。
(では、もしも仮に……俺が能力開発を受けていないのだとしたら)
ならば、駿斗が魔術を使うことができる理屈は通る。しかし、問題はどのようにしてそのような
(中学の先生や、小萌先生たち高校の先生まで……いや、あの人たちが何かを知っている、ということはないはずだ)
さすがに、ここで身近な人たちを疑うのはためらわれる。というか、小萌先生たちが生徒を相手に隠し事をしているのは信じがたかった。
(そもそも、
そう言って彼はひとまず自分を納得させると、改めて考察に取り掛かった。
仮説その1。純粋な『原石』すなわち超能力である可能性。あくまでも噂の範疇を出ないが、原石の中にはAIM拡散力場が存在しない人もいるらしい。そのため、駿斗の能力が学園都市の機材で計測できない理由も分かる。
しかし、それでは魔術を使用することができる理由について、先ほどのユリヤの指摘に対する有効な反論が存在しない。そのため、この仮説その1は保留。
仮説その2。『聖人』や『ワルキューレ』などといったものと同じ、先天性の魔術的素質である可能性。要するに偶像崇拝の力が集まるような肉体的な特徴を持ち合わせていればいいので、これは分かりやすい答えである。
しかし『聖人』である神裂火織やアックア、そして何より魔導書図書館であるインデックスが気づかないわけがない。そのため、この仮説その2は却下。
仮説その3。超能力でも魔術でもない、第3の力である、という可能性。それが何なのかが分からないのが問題なのだが、鳴護アリサのように、純粋な祈りが奇蹟という形で具現化したものであるという可能性はある。しかし、その場合には誰がどのような祈りを捧げたのかが分からないし、これ以上の考察が不可能になる――。
行き詰ってしまった。
ならば、と駿斗はもうひとつの切り口を考えてみる。
それはすなわち、上条当麻の右手、
それは、ありとあらゆる異能の力を打ち消す右手。本人の意思に関係なく、超能力・魔術を問わず超常現象を打ち消すことが可能だ。
しかし、あくまでも触れているもの限定。さらに、
単純に考えると、、幻想殺しは魔術を否定する役割を持っているかのように感じられる。しかし、『ブリテン・ザ・ハロウィン』の最後に言っていたフィアンマの言葉から考えると、それは魔術サイドのものであるということになる。
そして、それが『未完成』というのは、よく分からない。そもそも、成長するものなのか?
確かに、当麻はもっと強くなることができるとは、駿斗も思う。しかし、それはあくまでも戦闘経験が積み重なるという意味であって、幻想殺しが進化するという意味でない。
「あー……駄目だ、分からん。情報が足りなすぎる」
駿斗は、そこまで考えて思考を止めた。フィアンマを止めることに成功すれば、いくらでも考え直す時間があるさ、と思い直し、今は『十二使徒』の対策を急いだ方が良さそうだ。
……今までの経験から考えれば、フィアンマを止めたところで半月と経たずに、何かしらの戦いに巻き込まれるだろう、ということを、駿斗は無意識のうちに無視していた。
浜面の駆る4WDには、日本国内の公道では使用が禁止されているスタッドタイヤが使われていたが、ロシアの分厚い平原ではあまり意味をなしていなかった。
しかし、それでも浜面は目いっぱいまでアクセルペダルを踏み込んでいた。
原因は、バックミラーに映る5機の
「少しずつだが、距離が超詰まってきています」
「分かってるよ!」
「エリザリーナ独立国同盟の国境まで、500メートルくらい。凌げる?」
応える暇はなかった。
駆動鎧が5機といえば『外』の戦車隊にとっては十分にオーバーキルの戦力である。そもそも、あいつらとまともに戦おうと向かい合った瞬間に、6人の体が爆散してもおかしくなかった。
横滑りを始めた4WDは、ついに国境手前の針葉樹林の中に突撃した。恐ろしいほどに太い幹を持った巨木が両脇を通り抜けていくが、その4WDを駆動鎧たちは、木々の間を滑ったり、時にはジャンプすらしながら巧みに追いかけてくる。単なる搭乗者の運動能力の増幅だけでなく、各種センサーによる知覚能力の向上と、コンピュータによる判断能力の補助なども行っているに違いない。
その時、ふわり、と車体が宙に浮いた。
「うわっ!?」
海鳥が、思わず声を上げる。地面のふくらみに合わせて、車体が跳躍してしまったのだ。
地面に着地した衝撃と共に、車が回転を始めた。
だが、最後に運は彼らに味方した。
国境のフェンスを引き裂きながら、20メートルほどではあるが確かにエリザリーナ独立国同盟の領土内に潜り込んだのだ。
これで、あくまでもロシアと戦争している学園都市は、エリザリーナ独立国同盟にいる浜面達には手を出せなくなった。
そのはずだった。
だが、
「嘘だろ……」
手出しできないはずの駆動鎧は、そのままこちらへと迫ってきていた。そして、その手に握られた巨大なハンドガンを、浜面の方へ向ける。コーヒーの缶が丸ごと入りそうな口径だ。銃弾ではなく、グレネードの類が込められているに違いない。
(忘れていた)
戦争は、スポーツでもゲームでもない。ルール違反だと叫んだところで、審判がやってきて止めてくれるわけではないのだ。
そんなこと、学園都市の裏路地で良く分かっていたはずだったのに。
浜面の喉が干上がるのを感じたその時、奇妙な音が響いた。花火が打ちあがるとき、夜空で爆発するのではなく、その前に響くような音だ。
そして、次の瞬間。
グワッ! と。
駆動鎧のいる場所が爆炎に包まれた。
油でラインを引いたかのように、不自然に広がる炎だった。それが、4、500メートルもの幅になって壁を作っていた。
「ナパーム……?」
「いや、音からしてロケット砲な訳よ。中身は多分、液化爆薬」
普段から爆薬物を使っているだけあって、フレンダからすぐに答えが返ってきた。すると、最愛はドアを開けようとする。
「とにかく、このボロは捨てましょう。すぐに移動を超始めるべき……」
そこまで言いかけた次の瞬間、2人の少女が一斉に能力を発動した。窒素を最愛は体に纏い、海鳥はその手先から槍を生成する。
ゴン! という音と共に、ボンネットの上に1人の影が落ちてきた。
「超久しぶりですね……
その言葉に、白髪赤目の最強の能力者は、チッ、と忌々しそうに舌を鳴らした。
「身内の中からスパイを探している最中に、余計な面倒事を持ち込みやがって。全て話せ。洗いざらいだ」
そのイラついた様子の声を聞いて、浜面とフレンダは少し震えあがり、3人の少女は肩をすくめた。