とある神谷の幻想創造 神の右席編   作:nozomu7

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悩み抜いた先に

 これから『十二使徒』と戦う、と駿斗は決めたものの、それですぐに相手が姿を現してくれるわけではない。そのため、しばらくはユリヤたちの手伝いをしつつ、彼女から、ロシア成教の情報が得られそうなものを聞き出していた。

 

 また、それと並行して行うのが、周囲に同じように困っている人がいないかどうか探すことと、近くにロシア軍やロシア成教が来ていないかどうかの偵察である。

 

「……これほど大規模、な探知術式って……やっぱり、どう考え、てもおかしいです」

 

 駿斗の『幻想千眼(サウザンズアイ)』を見た彼女は、もはや呆れた様子でそう言った。

 

 まあ、魔術師である彼女からすれば、無理もないことかもしれない。そもそも、駿斗はインデックスから魔術を教わっているものの、使用の際の基礎となる知識には、かなり科学サイドの影響を受けている。そのため、仮に他の魔術師と同じような術式をつくったところで、インデックスなどの専門家から見れば、かなり異色のものとなってしまっているようだ。

 

 しかしながらそれは、相手に術式の正体が看破されにくく、対策が立てられにくいというメリットが存在する。そのため、駿斗は特に気にしていなかった。

 

 ユリヤはそんな文句を言っていたが、しばらくすると、駿斗が何か他の作業をしていることに気が付いたようであった。

 

「いったい、何をしているん、ですか?」

 

 これは、明らかに先ほどの探知術式とは、毛並みが違うようだ。もっとも、それ以上のことはユリヤには分からなかったが。

 

「ああ、これは『準備』だよ」

「『準備』?」

 

 駿斗は、作業をしながら答える。

 

「これからの戦いは、『十二使徒』が全力を尽くしてくるはずだ。今までのように、何か問題が生じたからとか、そういったことで撤退はしてくれない」

 

 そして、彼らはその全員が猛者の集まりだ。

 

 現在のところ、シモンの別名を名乗るシメオンの術式が『支配に対する抵抗』なのは分かっているが、残る『タダイ』『ヤコブの子ユダ』『イスカテリオのユダ』『マティア』のうち、残りの2人が誰に該当するのかも、どのような術式を使用するのかも不明のままである

 

 このような状況では、対策を立てようにも立てられない。

 

「それに、『十二使徒』のことばかりも気にしてられない。ローマ正教とロシア成教が、どんな切り札を隠し持っているのかも分からないからな」

 

 だが、ひとつだけ分かっていることがある。

 

 フィアンマが、自分の腕とは別に用意した切り札というのが、恐らく『神の力(ガブリエル)』であるということだ。

 

「『神の力』……!? まさかそんな、大天使、を召喚するなん、てことが」

「それが、実は8月に一度、大天使は召喚されているんだ」

 

 開いた口がふさがらない、といった様子のユリヤ。まあ、無理もないことであろう。普通の魔術師が訊いたら、どうして人間が滅んでいないのか、不思議に思うのが普通の反応だ。

 

 だが、駿斗に確信があるのが、ミーシャ=クロイツェフと過去に名乗った、ロシア成教『殲滅白書』の魔術師サーシャ=クロイツェフと体を入れ替えた存在だ。大天使『神の力』。それは、科学サイドではまるで歯が立たないだろう。仮に風斬氷華が出てきても相性こそいいものの、230万人の8割程度から集められた力と、全十字教徒に支えられた存在では、力の大きさが桁違いだ。

 

「じゃあ、今やっているのは、そのための?」

「ああ。フィアンマはロシアと協力関係にある。ならば、この土地だって重要な魔術基盤になるはずだ」

 

 だからこそ、逆転の一手になり得る。

 

 駿斗はそう言ってユリヤと共に作業を続け、しばらくすると再びロシア成教に占領された土地を見つけたので、攻撃をしかけた。

 

 

 

 

 

 外国人傭兵部隊・プライベーティアによる侵攻が始まった……のであるが、浜面はそれよりも、今目の前にいる2人の少女に目を向けた。

 

「……なあ、どうしてこんな戦争の最中に来ているんだ?」

「それは超こちらの台詞です。まあ、私たちは共に、どちらにしてもあの学園都市を相手に、超交渉する必要がある訳なんです」

 

 最愛と海鳥は、もしかするとこのまま放っておいても大丈夫なのかもしれない。そう思うほどに、彼らの『卒業』は不自然に穏やかだったからだ。

 

 しかし、滝壺に至っては、学園都市でも希少なAIM拡散力場関係の能力者、その上大能力者(レベル4)である。霧丘にしても同様だ。間違いなく、追手が来るだろう。フレンダも、勝手に飛び出してきただけだ。

 

 ならば、相応の交渉材料が必要になる。

 

 そう考えた時、彼らがいる診療所の地下に、震動が伝わってきた。

 

「なんだこれ、キャタピラか?」

「戦車でも送り込んできているのかもしれない」

 

 正規兵であれば、戦車は隊列をつくり走行車両などで歩兵が同行する……いわゆる随伴歩兵というものが存在するはずだが、連中は完全な独断専行だろう。もっとも、それでも十分すぎるほどに脅威だった。

 

 メリメリ、という嫌な音に、2人の会話が止まった。どうやら、戦車の装甲を利用して、建物に体当たりしているようだ。まともな運用方法でないことが、素人の浜面にも分かる。

 

(……俺たちが恐怖で飛び出してくるのを待っているんだ)

 

 戦略上の目的よりも、殺しそのものを楽しんでいる彼らに、何を言っても無駄なようである。そのため、必死に耐えている彼らに倣うように、浜面も少女2人も口を閉じていた。

 

 しかし。

 

 

 

 ベゴッ! と突如として、天井が崩れる。

 

 

 

 恐らくは彼らとしても、この状況を予定していたわけではないはずだ。しかし、浜面達としてはたまったものではなかった。

 

「走れ!」

 

 ディグルヴが叫んだ。

 

 先に地上に出ていた彼に、意識を失っている滝壺を引き上げてもらい、その直後に浜面も飛び出した。最愛も窒素装甲(オフェンスアーマー)で強化した自分の腕で自らの体を引き上げ、海鳥は槍を簡易なブースター代わりにして大きく跳躍する。その後に、2人の少女が引き上げられる。

 

 しかし、それと同時にライフル弾が闇雲にまき散らされた。診療所が一瞬にして瓦礫の山と化す。だが、ライフル弾の脅威からは逃れることができた。

 

「このまま地上にいたら殺される。追いつかれる前に他のシェルターに逃げるんだ!」

 

 滝壺を抱えたディグルヴがそう言ったとき、近くで何かが爆発した。その音が鳴りやんだ後、彼は滝壺を抱えてどこかへ走り去ってしまう。

 

(……くそ、俺はその地下の場所が分からねえんだよ!)

 

 彼はそう毒づくが、その直後に声がした。

 

「浜面、超大丈夫ですか?」

 

 突然の声に、浜面は思わず銃口を向けそうになる。しかし、そこにいたのは最愛であった。

 

 彼女のジェスチャーで、2人は姿勢を低くして建物の影に隠れる。

 

「おう、お前は大丈夫そうだな」

「これでも、超防御に特化した大能力者(レベル4)ですから。もっとも、戦車砲まで防ぐことはできませんよ」

 

 彼女も彼女で、もはや拳銃すら持っていないという。しかし、彼女の場合は素手の方がよほど凶器となり得るだろう。

 

 もっとも、その自慢の装甲も戦車相手には分が悪い。

 

 しかし、浜面はそれよりも、目の前に鎮座してあるものに目を向けていた。

 

 かなり大きなサイズの機関銃だ。

 

 2人は転がるような挙動で銃座までたどり着く。

 

 しかし、機関銃は三脚で固定されていて、ジョイント部分だけが回転するようになっていた。

 

「これは、さすがに使えません! 使えるように、三脚を超破壊しますか?」

「ダメだ!」

 

 さすがに、これに衝撃を加えたらどうなるのか、恐ろしくて頼むことはできなかった。

 

 その時、別の建物の影から、新たな走行車両――恐らくは、マシンガンのように砲弾を連射して航空戦力を撃ち落とすための高射砲――が現れた。地上の標的に用いるための兵器ではないのだが、彼らはそんなこともおかまいなしのようだ。逆に、『趣味』のためにそうしているのかもしれなかった。

 

 その標的にされているのは、赤ん坊を抱えた1人の女性と、その背中を追いかけるようにして走る10歳ほどの少女だった。服装からして、車列から解放されてた人だ。

 

 気が付けば、浜面はその機関銃を掴んで引き金を引いていた。

 

 地面に固定されているはずなのに、右肩に電動工具を抑えつけるような衝撃が一瞬、かかった。しかし、突如として割り込まれた少女に、その肩を掴み離される。

 

 高射砲の装甲に火花が散り、浜面の銃撃でその砲弾は2人とは離れた場所に着弾した。

 

「走れ!」

 

 こいつ馬鹿か!? といった様子の最愛を無視して、浜面は親子に向けて叫んだ。

 

 一方で、高射砲も黙ってはいなかった。キャタピラの上に取り付けられた砲塔部分が、巨大なモーターの力で勢いよく回転する。

 

 掃射。

 

 壁となっている土嚢の黒土が吹き飛ばされ、大型機関銃もバラバラにされた。しかし、しばらくすると砲弾がやんだ。

 

「超飛びますよ!」

 

 最愛の叫び声に、浜面は半ば無意識に従う。その直後、砲塔の脇に取り付けられた、地対空ミサイルが強引に発射させられた。

 

 趣味。

 

 そのためだけに、彼らは戦場を蹂躙する。

 

 爆発で聴覚が損失する感覚があった。2人は雪の上を転がり、その勢いだけで別の建物の影に入る。

 

 すると、そこには滝壺を抱えたディグルヴと海鳥、フレンダがいた。

 

 少女の寝顔が、くじけそうになった浜面の心を辛うじて支える。

 

「プライベーティアの連中の目を逃れるように走り回っているうちに、気が付いたらここに来ていたんだ」

 

 それはつまり、包囲網が狭まっているという意味を表していた。

 

 肝心のシェルターの方は、偶然にも近くにいる少数の兵隊が遮っている。カーテンの奥やベッドの下まで調べているあたり、どうやら人を殺したくてウズウズしているようだった。

 

 浜面には、理不尽な暴力に対する怒りがあった。学園都市の裏路地でも、暗部の下部組織の中でも、力のない自分たちは、力のあるものに打ちのめされていく。

 

 だが、滝壺が、こんな自分たちに力を貸してくれるような人たちが、こんなくだらない理由で襲われなくてはならないはずがない。いい加減、こちらが反撃を始めてもいいはずだ。

 

「……もうちょっとだけ、滝壺のことを任せられるか」

 

 ポイントシールみたいなものだ、と言いながら、浜面は思い出していた。NGOに渡すための地雷を、一か所に集めてあるということに。

 

 

 

 

 

 

 一方通行(アクセラレータ)は、雪の上を走っていた。

 

 狙うべき獲物を追うためでもなく、目的地に向かっているわけでもなく……ただ、逃げるために。

 

 学園都市第一位の超能力者(レベル5)が、打ち止め(ラストオーダー)を抱えてただ走っていた。

 

 恐ろしかった。

 

 木原数多よりも。

 

 垣根帝督よりも。

 

 エイワスよりも。

 

 あの少年たちよりも。

 

 自らの研究の産物である、2人の少女たちよりも。

 

 その理由はただひとつ。彼女は、その容姿が、その存在そのものが、今の一方通行を支える柱のようなものを一撃で揺さぶってきた。

 

 バチッ、という、風船の弾けるような音と共に、その脅威はやってきた。

 

 2センチ程度の鉄釘が、音速を超えた速度で射出されたのだ。それは、一方通行の左腕の二の腕の中間を射抜いた。

 

「がァァァああああああああああッッッ!?」

 

 絶叫が響く。

 

 打ち止めの体が、雪の上に投げ出された。

 

 頭のイカれた研究者たちと、何より自分自身の身勝手のために生み出され、殺し続けてきた体細胞クローン。それを守るために、彼はあの8月31日以来戦ってきた。

 

 しかし、学園都市はピンポイントで『そこ』を折るための対策を練ってきた。

 

(偽装なら!)

 

 彼は一抹の望みにかけて、足元のベクトルを操る。すなわち、足元の雪を散弾銃のように、彼女にぶつけたのだ。

 

 だが、襲撃者はその攻撃を読んでいたようで、実をかがめることによって、それを躱した。しかし、仮面に引っかかったわずかな欠片が、それを剥がして素顔を露わにする。

 

 今度こそ、一方通行は雪の上を転がった。その仮面の下の素顔を、認めたくなかったのだ。

 

「む・だ」

 

 打ち止め(ラストオーダー)を高校生くらいにしたような少女は、ニコリともせずに言う。

 

 一方通行の能力は、現在ミサカネットワークを利用して代理演算を行っている。そのため、その内容から能力による攻撃は予測できる。手加減などしても、たいしたダメージは与えられない。

 

 その上、彼女には『シート』や『セレクター』と呼ばれる部品によって、最終信号(ラストオーダー)からの命令を拒絶することが可能となっている。

 

 殺さなければ、殺される。

 

 しかし、一方通行はどうあっても妹達(シスターズ)を殺すことができない。

 

 第三次製造計画(サードシーズン)と呼ばれる計画。

 

「実際にそれが開始されて、オマエが生み出されたってことは、他の妹達だっていつだって交換できるってことだ」

「そう。司令塔である最終信号であっても、例外じゃない」

 

 一方通行は、あの実験の意味は自分を絶対能力者(レベル6)に進化させることなどではないことに、とっくに気が付いている。本当は、あのエイワスと呼ばれる化物を生み出し、それを制御・運用するために妹達を生み出したということくらいは。

 

 そのためには、エイワスの召喚(現出?)及び維持に使われるらしい、最終信号を手元に置いておかなければならないようだ。したがって、新たな司令塔を創り出す必要に迫られた。

 

 しかし、ネットワークに司令塔は2つも必要ない。むしろ、司令塔が2つあることは、命令の競合を起こす可能性が高くなることを意味する。

 

「どっちにしろ、あなたの心はここで死ぬ。人格が粉々になるまで遊んであげるから存分に楽しんでよ!」

 

 一方通行にとって、勝つことも負けることもできない、絶望的な戦闘が始まる。

 

 

 

 

 

 便所の個室に似た簡素な扉を開けると、雑誌の束のように五角形の金属の板が、無造作に積まれていた。

 

 その対戦車地雷を、浜面は両手でつかんで雪の上に置いた。地雷の性能を知っていれば、絶対にできないような動作だ。

 

 使い方は手榴弾と基本的に同じだ、とディグルヴは言っていた。つまり、投げるか置くかであって、ピンを抜いた後に衝撃が与えられれば、爆発を起こす。

 

(……俺では二つが限界か)

 

 できるだけたくさん持っていきたかったが、予想以上にその兵器は重かった。もっとも、こういうときに役に立つのが、最愛の窒素装甲(オフェンスアーマー)である。

 

 ディグルヴは、集落にやってきた装甲車両は、2台くらいだろうと言っていた。片方は地下室をぶち抜いて落ちてしまったので、残りの高射砲を何とかすれば、ひとまず安全は確保できるはずである。

 

 その時、小屋から比較的近い民家の屋根が吹き飛ばされた。浜面と最愛は身をかがめて、地雷を抱えて小屋から離れる。

 

 海鳥はというと、窒素爆槍(ボンバーランス)を生み出した状態で待ち伏せしている。彼女であれば、近づくことさえできれば、戦車だって中にいる兵士ごとスクラップにすることが可能だ。もっとも、『槍』の間合いである、彼女の腕から3メートル程度までだが。

 

 次は、あの高射砲に近づかなければならない。高射砲のルートを特定するのは容易ではなく、一度にたくさん敷設することもできない。そのため、結局は『地雷を投げつける』という常識はずれなことをしなければならなくなった。

 

 フレンダは海鳥の補佐に回った。一応、爆弾の類はあの日の残りではあるものの持っている。それに、彼女は一応『アイテム』の中では一番爆薬に詳しいのだ。

 

 崩れた建物のがれきの中に潜んでいると、割れた窓の外からキャタピラの震動が伝わってきた。その鋼鉄の塊までの距離は、ほんの5メートル。

 

 浜面は大きく息を吸うと、一気に行動に移した。

 

 割れた窓から身を乗り出し、全力でその地雷を投げる。窓の関係上、1度に1人しか投げることはできないため、順に投げるしかなかったのだ。

 

 地雷は高射砲の砲塔に命中し、轟音が響く。

 

 しかし、予想ほどのダメージを与えるには至らなかった。地雷は地面に設置して使う兵器であるため、爆風は接地面に対し、効率的にダメージが与えられるよう、上方向に向かうようになっている。しかし、浜面が投げた地雷は、ちょうど裏面の方が砲車塔に当たってしまったのだ。

 

 しかし、その次に起きたことは、浜面にも予想外であった。高射砲がその向きを変えるよりも早く、爆風によって崩れた建物が、高射砲の上に落ちてきたのだ。

 

 それは、鐘のある尖塔を持つ、小さな教会だった。

 

 鋼鉄の塊である高射砲は壊れなかった。しかし、それによって動きを封じられた。

 

 海鳥は、透明な槍を片手に、高射砲に近づいて行く。あえて相手に能力が伝わるように、周りの瓦礫を豆腐のように切り裂きながら。

 

「とりあえず、そのスクラップごとテメエを切り裂くが、構わねェよな?」

 

 ロシア語で放たれたその言葉に、慌てて出てくる兵士たちに向けて、海鳥と浜面は襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 上条当麻は、ボロボロになった広場の中を、走り回っていた。レッサー、エリザリーナがフィアンマたった1人に手も足も出ずに撃破され、前方のヴェントまでも、一矢報いるのが精いっぱいだった。

 

 そして、肝心のサーシャ=クロイツェフは連れ去られてしまった。

 

「それにしても、まさかフィアンマが10万3000冊の知識を利用できたなんて」

 

 インデックスは『神の右席』の知識までは完全にカバーできていなかった。しかし、外堀を埋めて効率を上げるために使用しているのだろう。

 

 恐らく彼は今、国境の向こう側にある例の基地で、作戦の中で重要になる『何か』をしているはずだ。

 

 すると、飛び出そうとする当麻の腕を、レッサーが掴む。

 

「時間がありません。エリザリーナ独立国同盟の力を借りましょう」

 

 近年に独立したばかりということもあり、使用している車両の種類はほぼ同じであるという。

 

「……巻き込んじまって、大丈夫なのかな」

「それを決めるのは私たちではありません」

 

 命をかける当人が決めるべきことであり、少なくとも、自分の人生は自分で決めるべき、とレッサーは言った。この辺りで割り切ることができるのも、彼女の魔術師らしい一面なのだろう。

 

 すると、悩んでいる当麻に対して、レッサーはこめかみに人差し指をあてながら、めんどくさそうに告げた。

 

「結局、同じことだと思いますけどね」

「何が?」

「フィアンマが何を言おうが、当人の人生は当人が選ぶべきなんじゃないですか」

 

 中学生の時、自分は曲がりなりにも1人の少年に手を差し伸べ、そして彼の親友となった。自分自身のよりどころを失いかけてきた少年は、漠然としたその不安に終止符を打ち、しっかりとひとつの信念を抱くことができるようになったのだ。

 

 それは、親友が言っていたように、素晴らしい思い出なのだろう。

 

 だけど。

 

「それでも、俺がいることで駿斗に与えていた影響が、全部いいことだったなんて、本人でも言い切れないことなんじゃないか」

 

 

 

 

 

 2センチほどの鉄釘が、一方通行(アクセラレータ)のふくらはぎに突き刺さった。どうやら、今度は体内に残ってしまったようだ。

 

「もっと逃げ回ってよ」

 

 その声の主は、焦って追撃などをしなかった。一方通行をなぶるためだけに、彼女は存在している。

 

 ジャリジャリと鉄釘の音を鳴らしながら、突き刺すように話す。

 

「あなたはミサカたちを1万回以上、1万人以上殺してきたんでしょう?」

 

 だから逃げ回れ。無様に命乞いしろ。

 

 今まで殺されてきた10031人の全てだけでなく、それ以上の屈辱を与えなければ、気が済まないのだから。

 

 彼女は他の妹達(シスターズ)と同じ顔つきでありながら、しかし他の妹達ではありえない歪んだ表情で、そう吠えた。

 

 生まれたくもないのに、生み出された。上位個体である最終信号(ラストオーダー)からの信号を拒否できるようにするため、皮膚を切り開いて得体のしれない『シート』や『セレクター』を埋め込まれた。

 

「どうして今まで――最終信号を含めて、他のミサカたちがあなたを糾弾しなかったと思う? 不自然だとは思わなかった?」

 

 妹達というのは決して、人工的につくられた聖人君子の集まりという訳ではない。

 

 ただ、持ち合わせていなかったのだ。人間らしい感情――その中でも『負の感情』と呼ぶべき部分を、心で処理して表現する『心』を。

 

 これが、彼女による作戦だという事は、一方通行も理解している。しかし、頭で理解することと、心で、感情で納得することは、全くの別物だった。

 

 顔面を蹴り飛ばされても、彼は『反射』を機能させることも、攻撃することも回避することもできなかった。

 

「ミサカたちには『憎悪の感情が存在しない』のではなく、『存在しているものの、それを表に出すための手段がない』だけだということは判明した」

 

 そこで、番外個体(ミサカワースト)は、視線の先を変えた。少し離れたところで、もぞもぞと手足を動かそうとしている幼い少女に。

 

 エイワス出現の影響で意識すらも怪しいにも関わらず、それでも一方通行ををどうにか守ろうとするかのように、必死になっていた。

 

 不吉な予感を思わせる汗を流す彼女を見て、番外個体はこれまで以上に笑みを歪めた。

 

「そうね。まずはあっちの不良品から片づけるか」

 

 第三次製造計画(サードシーズン)に、古い司令塔は必要ない。肉体を成長させるためには、古い細胞を破壊する必要があるように。新たなミサカネットワークへと進化するためには、旧い司令塔は必要ない。

 

(……ああ。つまり、そォいうことか)

 

 ここまで来て、ようやく一方通行は自覚した。

 

 

 

 ――もう、諦めるしかないのか。

 

 

 

 それからは、勝負にすらならなかった。

 

 鉄釘による磁力狙撃砲は反射して、その体を貫いた。高圧電流による空気の爆発を利用した高速移動は、それよりも早く足を掴まれた。そのベクトルが操作され、地面に叩き付けられた。

 

 肉が、打ちのめされ散った。

 

 骨が、砕けるかのように折れた。

 

 平原の雪を、鮮血が染めた。

 

 その中で、一方通行は自分の中にあったものが、グズグズに崩れていくことを感じた。いや、ゼロ以下に落ちていくのを感じていた。

 

 その中で、番外個体がもぞりと動いた。しかし、一方通行はその意味が分からなかった。彼の電極を封じて殺すなら、それでもかまわないと感じていた。

 

 だから。

 

 

 

 ぶちゅり、という。

 

 その体の中から『セレクター』が破裂する音が聞こえるまで、彼女が敗北するという意味に気が付かなかった。

 

 

 

「くっ、はは!?」

 

 彼女が続けてきた、嫌がらせのような精神攻撃は終わったはずだ。そう思った時に、最後のとどめが刺された。

 

「ぎゃあああははははははははははははッッッ!?」

 

 彼女は首から後頭部にかけて避けた状態のまま、呟いた。

 

 

 

 あ、な、た、の、せ、い、だ。

 

 

 

 第一位のトラウマを利用して弱体化させ、殺害できればそれでよし。仮に敗北したとしても、妹達(シスターズ)を殺害したという事実が彼を精神的に死滅させる。

 

 そういう作戦なのだと考えていた。

 

 しかし、実際はそんなに甘くなかったのだ。

 

 勝ちも負けも、引き分けも和解も関係なく、ただ1人の怪物を完膚なきまでに破壊するための装置。

 

 それが『番外個体』ミサカワースト。その名の通り、最悪(ワースト)な現実を突きつけるための妹達(ミサカ)

 

 そして。

 

 

 

「ふざけンじゃねェぞォォォおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!」

 

 

 

 一方通行は、番外個体の下へ向かった。

 

 ベクトル操作――その能力は最強の武器として振るわれることが多いが、それは本質とは程遠い。その気になれば、人体の血流や電気信号のベクトルを読み取り、操作することも可能だ。

 

 これが学園都市の考えることだというのであれば。

 

 番外個体が死ぬことが、彼らの計画であるというのであれば。

 

 ――俺の手でこいつを救うことで『失敗』させてやる!

 

「今からオマエたちに見せてやる! あのガキを天井のウイルスから救ったよォに、俺にだって何かを守る力があるってことをよォオオオおおおおおおおおおおおおおッ!」


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