とある神谷の幻想創造 神の右席編   作:nozomu7

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悪党に相応しい戦い方

「……結局、潮岸の野郎の思惑通りだ」

 

『グループ』の面々が集まるキャンピングカーの中で、一方通行(アクセラレータ)は吐き捨てるように言った。

 

『ドラゴン』のことについて知ろうとする人間は、片っ端から消されてしまう。

 

「杉谷って言ったか」

 

 土御門がその名前を呟いた。確か、統括理事会の潮岸と連絡していた時に、彼がそのような名前で部下を読んでいた覚えがある。

 

「それにしても……結局、『ドラゴン』ってのは何なのかしらね」

 

 結標が髪をかきあげながら、疲れた様子でそう言った。その質問に答える者がいれば苦労しない訳であるが、質問せずにはいられないわけだろう。

 

 海原は同じ魔術師である土御門の顔をちらりと見たが、彼が特に反応を示さなかったので、自分も話に加わることにした。

 

「……あなたたち科学サイドと違って、自分のような魔術サイドの意見ですと、『ドラゴン』というのは宗教的な暗喩をイメージさせますね。例えば……『天使』とか」

「――、」

 

 その言葉にピクン、と反応を示したのは、一方通行だった。

 

『〇九三〇事件』……あの日に、彼は打ち止め(ラストオーダー)という1人の少女を巡って、一方通行と『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』の木原数多が死闘を繰り広げた。その際、彼は全長数十メートルに及ぶ光の翼の乱舞を目撃していたのだ。

 

 結局、あの翼の正体については未だはっきりと分からない部分も多いのであるが、彼なりに調べて分かったこともある。

 

 あの光の翼の出現には、木原数多や打ち止めが関わっているということ。

 

 そして、その時に木原が使用したウイルスの名前が『ANGEL』であること。

 

 海原の意見が全くの見当違いであるという可能性もある。しかし仮に、『天使』と『ドラゴン』が1つに結び付けられるものだとした場合、そこから打ち止めにも結び付けられてしまう。

 

(……何が隠れている?)

 

 本来、妹達(シスターズ)という存在は、一方通行の『絶対能力進化(レベル6シフト)実験』において、彼の手で殺されるためだけに用意された存在だったはずだ。しかし、現実にあの実験が終了させられた日から2か月以上経過した今になっても、彼女たちは何らかの形で利用されている。

 

 つまり、あの実験は最初から失敗を前提とした立案だったのだ。そして、知らない間に彼と打ち止めは、謎の計画に関わらされていた。

 

 しかし、『ドラゴン』にもつながるその謎の糸口に迫ることができたかもしれない先ほどまでの状況で、彼らはそのヒントを片っ端から奪われてしまっていた。

 

「ひとまず、『フラフープ』から続いた一連の事件は終わりましたので、これで解散……という形になるんですかね」

「『ドラゴン』の方はどうする」

 

 海原の言葉に、一方通行は突き刺すような調子で言った。

 

「このまま何も掴まねェでベッドに潜り込めってのか」

「……なら、潮岸のアジトまで乗り込むのか?」

 

 彼に反論したのは、土御門だ。

 

 四六時中駆動鎧(パワードスーツ)を着込んでいる潮岸の警戒心は、本物である。ならば、彼がいる本拠地の方も、防御力はシェルターに匹敵するはずだ。そもそも、暗部組織が暴走した場合のことも考慮して警戒しているに違いないのだから。

 

 さらに、結標が付け加える。

 

 どんな方法にしたとしても、潮岸が学園都市に12人しかいない『統括理事会』という重鎮であるということには変わりない。つまり、彼に刃向うという事は『フラフープ』を乗っ取った『迎電部隊』と同様にテロリスト扱いされるという事なのだ。

 

「……同じ規模の、つまり統括理事会の正式メンバーが味方についてくれれば、あるいは政治的観点からスムーズに突入、または開城させることもできるかもしれませんけどね」

 

 海原はそう言うが、そんな都合の良い味方がいればの話ですけれど、とさらに付け加えた。

 

 彼ら4人には、守るべき者がいる。そのため、安易に上層部に刃向うこともできない。自らも小さな少女のことを考えながら、何気なしにキャンピングカーの窓から外へと目をやった一方通行は、それからポツリと呟いた。

 

「――そンな、のんびりと構えている暇もなさそォだぜ」

 

 そんな言葉に、他の3人は彼が見たものを自分も確かめようと、同じように小窓に目を向ける。

 

 直後。

 

 

 

 ゴバッ! と。

 

 携行型の対戦車ミサイルがキャンピングカーへと直撃し、爆炎と共に鉄くずと化す。

 

 

 

 当然ながら、彼はその程度では死ななかった。

 

 キャンピングカーに複数ある出口を使い、土御門と海原はそれぞれ別の扉から飛び出し、結標は座標移動(ムーブポイント)を使用して脱出した。一方通行は、その能力を使用して強引に扉を破壊すると、ミサイルが飛んできた方向とは逆方向へと逃れていく。

 

 彼ら『グループ』は、一致団結して新たな敵に立ち向かうようなことはしない。

 

 それぞれが、勝手に自分なりのルートでバラバラに逃走していた。

 

 この攻撃の原因は分かっていた。4人が事件を通じて『ドラゴン』について迫りすぎたために、潮岸が口封じに動き出したのだ。

 

 一方通行は、狭い路地に飛び込みながら、適当に予測を立てた。

 

(……だとすると、俺の『弱点』を知った上で襲撃部隊を編成している可能性が高い)

 

 つまり、彼が持つ制限である首にある電極のバッテリーを消耗させるような戦い方だ。つまり、このまま正面切って襲撃部隊に戦いを挑んでも翻弄されるだけだ。

 

 しかし、だからといって馬鹿正直に逃亡を続ける必要性も彼は感じなかった。敵が明確になったことで行動に移しやすくなったので、これから相手の戦力を分析してその『盲点』を突けばよい。

 

 そこまで考えた一方通行であったが、

 

 

 

 ギィン、と。

 

 唐突に、彼の電極がその機能を失った。

 

 

 

 ベクトル操作能力によって脚力を調整していた一方通行は、いきなりそれを失って路上に倒れ込んだ。失われたのは能力だけではない。彼の電極がその機能を失ったという事は、一方通行にとって、ある意味ベクトル操作能力をも上回る『思考能力』を奪われた、という事を意味しているのだ。

 

 恐らく遠隔操作用の電波を、路地裏にまで届くように広範囲にまき散らして、電極のスイッチを操作したのだろう。しかし、彼はそんなことも考えることができずに、倒れたままの右手にある杖を見つめるだけだった。

 

 彼は自身の手で様々なモーターやセンサなどを組み込んでいたのだが、やはり能力を奪われた一方通行を適切に運ぶだけの機能は維持できていないようだ。

 

 そして、そうこうしているうちに、路地の闇から複数の足音が近づいてくる。

 

 その時、路地の出口の方からも足音が近づいてきた。はさみうちにされたことに危機感を覚えることすらできないまま、一方通行は何者かにスポーツカーの助手席に放り込まれる。そして、急発進する感覚があった。

 

 しばらくすると妨害用の電波が弱まってきたのか、一方通行の感覚が元に戻ってきた。彼は電極のスイッチを元に戻すと、運転手の顔を確認する。

 

「……オマエ」

 

 第三学区の爆発に巻き込まれた高校生ぐらいの少年だった。怪我を負っていた、妊娠している少女に付き添う形で、第七学区の病院に向かったはずだった。

 

「いきなりなんで驚いたよ。おかげで命の恩人を……いや、それよりも大切なものを守ってくれた人を死なせずに済んだ」

 

 彼はそう言いながら口に笑みを浮かべるが、一方通行は拳銃を突きつけた。

 

「……こんな下らねェ世界でも、それなりに学べることがある」

 

 ――タイミングが良すぎる。

 

 今回の襲撃をしたのは、学園都市統括理事会の中でも『軍事』を担当する潮岸だ。そんな男が立案した襲撃計画の近くに、知り合いが『偶然』居合わせるなどということはあり得ない。

 

 だから一方通行は拳銃を突きつけたのだが、それでも彼は笑っていた。

 

 同じ『闇』に生きる者であることを知られても。

 

「確かに、アンタは俺と同じ匂いがする人間だ。っつっても、グレードは全然違うがな。こっちの仕事は、アンタみたいな大物をサポートするための下っ端さ。ワゴンセールみたいに大量消費される雑魚キャラってやつだな」

 

 ただし、と彼は付け加え、

 

「……俺がどんなに汚い人間だろうが、アンタが俺の命よりも大切な人を助けてくれたってことに変わりはねえ。そして俺は、そんな人を見殺しにするほど腐っちゃいねえ」

 

 恩を返させてもらう、と彼は言った。

 

 突きつけられる拳銃に大して、彼は見向きもせず運転を続けていた。撃たないことを確信しているようだ。

 

 しばらくすると一方通行は、舌打ちをしながら拳銃の先を高校生から外した。

 

「このまま進め」

「どこまで行く気だ」

 

 ハンドルを握り、笑いながら尋ねてくる高校生に対して、一方通行はこう言った。

 

「潮岸のヤツを、ぶち殺さねえとな」

 

 向かう先は、統括理事会の潮岸のアジト。

 

 一方通行の電極が操作されたのは、潮岸が彼に対して用意した切り札のひとつであったはずだ。しかし、彼の動きを制限するためには、もっと効果的な方法がある。

 

 すなわち、打ち止め(ラストオーダー)という人質だ。

 

 彼女がすでに確保されている可能性は低い。そのカードが先に斬られているのであれば、襲撃などせずに一方通行の動きを牽制することが可能であるからだ。

 

 潮岸が第二プランを実行する前に、勝負をつけなければならない。

 

 守るか、攻めるか。

 

 しかし、彼女と共に逃亡生活をするということは、彼女の命は無事であるかもしれないが、彼女が愛する世界――芳川桔梗や黄泉川愛穂といった周囲の人々まで守ることができない。

 

 だとすれば、やることは簡単だ。一方通行は、獰猛な笑みを浮かべる。

 

 先手必勝。

 

 やられる前にやれ。

 

 一方通行は思わず笑みすら浮かべながら、腹の奥でそう思った。

 

(……こンな血みどろの俺には、そっちのほうが相応しいよなァ!)

 

 

 

 

 

 夜の街を走るスポーツカーの中で、一方通行は携帯電話を使って土御門と連絡を取った。

 

『そのまま第二十一学区に行くんだ。山中に天文台がある』

「あァ? 潮岸のシェルターは山ン中にでもあるのか?」

 

 一方通行がそう言うと、彼は否定した。

 

 そこにいるのは、海原が言っていた『必要となる味方』だ。土御門曰く、貝積継敏あたりも善人ではあるが、その側に控えているブレインの雲川芹亜が手が付けられないほどの天才であるため、却下したらしい。

 

『親船最中。「フラフープ」の件で誘拐されていた子供たちと、チャリティーで天体観測会を開いている……統括理事会ナンバーワンの善人だ。こういうやり方は好まないが、あいつは俺たちに借りがある。生涯一度くらいなら、交渉の余地があるかもしれないな』

 

 この学区は学園都市唯一の山岳地帯であるが、標高は極めて低く、最も高い山頂であっても200メートルあるかどうかといったところだ。水源や動植物の研究施設が立ち並ぶと同時に、天文系の学問でも知られた場所である。

 

 直径1メートルほどの小さなパラボラアンテナが、斜面に沿って一定の間隔で並べられていた。意図的に人工の光が抑えられているため、科学の街である学園都市の中としてはとても暗かった。

 

 その天文台は、山の中腹にあった。

 

 そこまでたどり着くと、彼はスポーツカーの少年を追い返した。名残惜しそうにされたが、これ以上深く関わられて先ほどの妊婦にまで被害が及んだ場合、寝覚めが悪い。

 

 そして、一方通行は施設の中へと入っていった。交渉するうえでは、2つの貸しがある。

 

 1つ目は、先ほど土御門が言った通り、『フラフープ』の子供たちを助けたという事。

 

 2つ目は、かつて『グループ』『スクール』『アイテム』『メンバー』『ブロック』という5つの暗部組織による殺し合いの中で、彼女への狙撃を未然に防いだということだ。

 

(……面倒臭ェことになりそうだ)

 

 彼ほどこういった交渉に不向きであることを、一方通行自身も自覚していた。しかし、誰かがやらなければ始まらないので、それでも直接顔を合わせに言ったわけであるが……。

 

 

 

「帰ってくれ」

 

 

 

 一発目からこれかよ、と一方通行は思った。

 

 親船最中本人ではない。彼女の秘書らしき男だ。神経質そうな彼は、親船への道を自らの体で阻みながら、一方通行に向かってこう言った。

 

「そりゃ、親船さんだって昔は相当の手腕だった」

 

 親船の本領は、武力を用いない交渉術にあった。しかしそれは、『平和的な侵略行為』などと言われるほどに、諸外国の外交官から恐れられていた。

 

「でも、あの人はやめたんだ。そういう闇と光の間を行ったり来たりするような生き方はもうやめたんだよ。アンタには分からないか? 闇側の視点から平和な世界を眺めてきたアンタなら、それを捨てて生きていくのがどれほど難しくて大切なことなのか理解できるんじゃないのか。それとも、そんなことも分からないくらい、アンタは染まってしまったのか」

 

 チッ、と彼は舌打ちした。

 

 苛立ちの矛先は、目の前にいる秘書の言葉に対するものではない。親船を薦めてきた、土御門に対するものだった。

 

「邪魔したな」

「……諦めて、くれるのか」

「そォ仕向けたのはテメエだろうが。それとも何か、ここで殺し合いでもした方が良かったってのか?」

「だとしても、私のやることは変わりがない」

 

 そう言いながら、その男は震えていた。しかしそれでも、道を譲ろうとする気はなさそうだった。

 

「最後に質問しよォか。親船の野郎には、何があった?」

「娘さんだよ」

 

 きっかけは、『外』への武器輸出に対する条項を統括理事会の中で決めることになった時、親船は自前の交渉術で有利にことを進めていた。彼女はそのことに全力を尽くすほどに、戦争が嫌いだったのだ。

 

 しかしそんな折に、親船の事務所に差出人不明の、一通の封書が届いた。

 

 入っていたのは、親船の娘の写真と、一丁のマグナム拳銃。

 

 結局何も起こらなかったものの、軍需推進派の潮岸を怪しみながら、結局彼女はその刃を引き下げるほかなかった。

 

 話を聞いた一方通行は一言、そォかよ、と小さく呟く。すると、彼が背を向けるよりも先に、その姿に気が付いた親船が一方通行に近寄ってきた。秘書の顔色が変わるが、彼女は気づいていないようだ。

 

「あの、そちらの方は?」

「……何でもねェよ」

 

 かつて、彼ら『グループ』は秘密裏に狙撃犯から彼女の命を救ったことがある。しかし、彼女はそのことを知らないし、そして一方通行は土御門からそれを利用しろと言われていても、あの厚顔無恥は一度地獄に落ちた方が良いと思っていた。

 

「ちょっと道を尋ねていただけだ」

 

 踵を返して立ち去る彼に、今度は男の方から尋ねてきた。

 

「……アンタの方は、どうなんだ。まともに話が進まないことくらい、なんとなく予想はついていたはずだ。にも拘わらず、アンタは来た。最後に尋ねたい。何があった?」

「知ってどォする」

 

 彼は言った。

 

「拒否しておいてから事情を尋ねても、重荷が増すだけだ。俺と潮岸とのクソ野郎との間にどンなトラブルがあろォが、オマエは知らない方がいい」

 

 潮岸の名前が出てきたことで、秘書の小男の顔色が変わった。そのことによって、大まかな事情は分かったのだろう。彼は、思わず視線をそらした。

 

「……すまない」

「俺の問題だ。オマエが深入りすることじゃねェ」

 

 潮岸との戦いが終われば、彼はテロリスト扱いになるだろう。これまでの生活はできなくなるし、打ち止めともそうそう会うことはできなくなる。今は仲間である土御門元春や海原光貴、結標淡希とも争うことになるかもしれない。

 

 だが、彼はそもそも自分で決めたのだ。

 

 たとえ守るべき打ち止めを敵に回すことになっても、その打ち止めを守るために戦い続けると。だとすれば、やることは変わらない。

 

 邪魔したな、と一方通行は背を向けた。

 

 その時。

 

 

 

「何してるの?」

 

 

 

 子供の声が聞こえた。

 

 チャリティーの天体観測会に参加していたのであろう、10歳にも満たない少年だ。彼は、テロリストに人質にされて、間一髪のところで一方通行に助けられた少年だった。

 

「あの時のヒーローでしょ? そこで何をしているの?」

「……何でもねェよ」

「さっき話しているのを聞いた」

 

 彼はそう言うと、恐れることなく第一位の怪物に近づいて行った。そこに警戒心というものは、まるでなかった。

 

「あの時の僕みたいな人を助けるために、また行くんでしょ。――だったら、僕も行く」

 

 ……冗談じゃねえぞ、と一方通行は頭を抱えそうになった。

 

「ふざけンなクソガキ。誰が、誰と一緒に戦うだと?」

「だって、あの人たちは見捨てるって言ってた!」

 

 突然指さされたことに、親船最中は面食らった。秘書の男は心当たりがあるせいか、わずかに奥歯を噛んでいる。

 

 それでも、少年は言葉を続けた。

 

 自分と同じように困っている人がいるのだったら、自分も一緒に戦いたい、と。

 

 一方通行は、その少年を引きはがした。

 

「良いか。目の前で誰かが凶漢に苦しめられていたとしても、そこで迷わず武器を握って凶漢をブチ殺すよォなヤツは、似たよォな悪党だ。人の気持ちも考えず、更生の機会も与えず、理に適っているってだけで人を殺せるようなヤツは善人なンかじゃねェ」

 

 それは、かつて自分を倒した者と、今の自分との間にある違いだ。

 

 その意味が伝わっていないのは分かりながら、一方通行はそう告げた。

 

 しかし、少年は抗うようにこう告げた。

 

「僕だって、戦いたいんだ」

 

 最強の超能力者の顔を見上げ、こう叫んだ。

 

 

 

「あんな卑怯者たちに、学園都市を渡したくなんかないんだ!」

 

 

 

 彼は複数の男たちに囲まれると、優しげな挙措ではあったが、親船から引きはがされるように連れていかれた。しかし、彼はその間も、そして引率の教師がやって来るまでずっと、一方通行から目を逸らさなかった。

 

 その行方を見ていたのは、親船も同様だった。

 

「……先ほど、潮岸と言っていましたね」

「親船さんっ!」

 

 秘書の男が慌てて止めるように言ったが、親船はまっすぐに一方通行の顔を見ていた。

 

 彼女は、娘の一件で潮岸の政治的な恐ろしさを知っているはずだ。しかし、先ほどの少年の言葉を聞いて、自分の判断に疑問を持ってしまった。

 

 この街の闇を知りながら、自ら戦うことをやめてしまった自分は、少年が言うような『卑怯者』に当てはまるのではないか、と。

 

「……私は、どうすればいいんでしょうかね」

「知るかよ。オマエの人生だ。オマエが決めろ」

 

 親船の呟きに、一方通行の突き放すような言い方を聞いて、ふっと彼女は笑った。

 

 そして、ゴツン! とその拳を黒塗りの防弾車に叩き付ける。

 

「……ようやく目が覚めました」

「ふざけンなよ。こっちはようやく1人でやるって決めたとこだぞ」

「私の人生です。私が決めます」

 

 娘の写真と共にマグナム拳銃が送られてきたとき、彼女は自らの刃を引っ込めることによって解決を図った。しかし、彼女はこう考えなかったのだ。

 

 悪の根を絶たなければ、大切な物はいつまでたっても危機から脱することはできないのだ、と。

 

 ここにきて、学園都市最強の超能力者の隣に、彼女は並び立った。

 

 一方通行は、似たような眼をした人間を知っていた。

 

 例えば、警備員(アンチスキル)の黄泉川愛穂。

 

 例えば、研究者であり、かつて『量産型能力者(レディオノイズ)計画』『絶対能力進化実験(レベル6シフト)』に関わっていた芳川桔梗。

 

「潮岸の所へ乗り込みましょう。それが最善策です。彼の本拠地は単純な武力の他に政治的な意味でも難攻不落ですが、同じ統括理事会としての権限を持つ私が参戦すれば、後者の問題については解決できます」

 

 しかし、ここで慌てたのは秘書の小男だ。

 

 彼は一方通行をきっと睨みつけたが、親船に諭されると、慣れない手つきで自らの拳銃を用意する。

 

「全力で守れよ! もしも親船さんを死なせてしまったら、私はアンタを鉛玉のスポンジにしてやる!」

「良いなァ、オマエ。実は悪党向きだろ?」

「誉め言葉みたいな調子で、とんでもないことを言わないでもらえるか」

 

 3人が、黒塗りの防弾車の中に乗り込む。

 

 行先は、今度こそ統括理事会の黒幕、潮岸のアジトだ。

 

 史上最強の悪党を引き連れて、統括理事会の交渉役、親船最中はもう一度立ち上がる。


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