とある神谷の幻想創造 神の右席編   作:nozomu7

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遅れて申し訳ありません。


敵襲と人質

 浜面仕上の運転するファミリーカー(盗難車)は高架道路のバイパスを通り、第七学区から第三学区に進んでいた。しかし、

 

「おい、何だよ。オイ! なんか後ろからスゲエのが追って来てんぞ!?」

 

 バックミラーにちらりと映った影を、首を後ろに回して確認した彼の表情は、唖然としたものになっていた。

 

 無理もない。

 

「……HsAFH-11『六枚羽』。無人戦闘用攻撃ヘリだね」

「結局、あれってかなりの火力を持っていなかった!?」

 

 霧丘が冷静に、そしてフレンダは軽くパニック状態になりながら、後ろを確認した。

 

 胴体の左右からミサイルなどが搭載された羽が伸びている軍用ヘリコプター……のように見えるのだが、そこは学園都市の最新兵器である。予想を裏切りというか、予想通りというか、ごちゃごちゃした羽根が3対に別れると、6枚の羽根に姿を変えてその照準を合わせてくる。

 

「ふざけんなっ!? 確かにアシを確保するために車盗んだけどよ、それだけでここまでヤバイの出てくるか普通!?」

「あれが警備員(アンチスキル)のオモチャに見えるわけないでしょ!」

「じゃあ何か。2人の追っているテロリストってのが反撃してきたってことか!?」

「……いや、違う。『六枚羽』は、学園都市防空部隊所属の、無人兵器だから。使えるのは、犯罪者如きじゃなくて」

「結局学園都市そのものってことなのかよ!? しかも上層部から狙われてんのか!?」

 

 浜面は、上層部からの電話での呼び出しを受けたにもかかわらず、勝手に逃げ出してきた2人を恨むが、しかしそれだけで短絡的に、ここまでしてくるとは思えなかった。

 

 だが、こうしている間にもヘリは迫ってくる。

 

 軍用のヘリならば、その速さはすさまじい。しかも、学園都市の科学技術が詰め込まれた『六枚羽』は、搭載されているロケットエンジンを使用することで、最高時速で3000キロをたたき出す。ここまでくると風圧で羽の関節を痛めてしまう可能性があるため、今ならば300、400キロ程度の速度だ。

 

「どっちにしろファミリーカーじゃ話にならねえな!」

 

 霧丘の解説を聞いている間に、ヘリは一定まで距離を縮めると、相対速度を合わせたのかピタリと停止しているように見えた。どうやら、正確にロックオンされたようだ。

 

「どうすんだっ! ミサイルなんか撃ち込まれたら、一発でおしまいだぞ!」

「……短距離対装甲車両用ミサイルなら、なんとかなる」

 

 助手席の霧丘がそう言うと、後部座席に座っているフレンダに、足元にあるなにかを拾って渡した。

 

 それは、発煙筒である。

 

「そんなもん撃ち込まれたら、一発で終わりだろうが! 発煙筒程度じゃ目くらましにもならねえし!」

「……結局、浜面は私たちが何をしたいのかさっぱり分かっていなかったってわけよ」

 

 フレンダは呆れたように呟くと、発煙筒に火をつけた。

 

「あのミサイルはSRM21だったはず。だったら、発煙筒でも十分に防げる」

 

 彼女はそう言うと、窓の外から発煙筒を投げ捨てる。その直後、ヘリから比較的長い長さのミサイルが放たれた。しかし、それが向かった先はファミリーカーの排気口ではない。

 

 フレンダが投げ捨てた、ダミーの熱源となる発煙筒だ。

 

「……フレアって形で使用できるってこと」

 

 霧丘がそう言ったその直後、バガッ! というすさまじい爆裂音と共に、路上に投げ捨てられた発煙筒にミサイルが直撃した。その爆風にハンドルを持っていかれそうになるり、窓ガラスが割れて飛び散る。

 

 しかも、『六枚羽』はその爆風をローターの烈風で薙ぎ払うようにしながら、なお浜面のファミリーカーを追跡し続けた。

 

「どうする? 発煙筒って確か1つしかねえだろうし、演算機能が対応を学習して機銃に兵装変更しちまったら、フレア的な防御は一切通用しねえぞ」

「……浜面、次の分かれ道を左に行って」

「は、え? 何言ってんの。ビュビュー風吹いて聞こえ」

 

 すると、霧丘は助手席からいきなりハンドブレーキのレバーを引き上げた。

 

 ガクン! と急減速したファミリーカーがドリフトのように横滑りを始め、分かれ道の左へ突入する。

 

「うおああああああああっ!?」

 

 慌ててハンドブレーキを元に戻し、ハンドルを動かす。スピンを防ぐためにあえてブレーキを踏まずに、ハンドルさばきだけで見事にベクトルを流し、車の挙動を取り戻してみせた。

 

「どうしたいんだお前!」

「生き残りたいんでしょ? だったら、このまま大通りを直進してほしい訳よ。あいつに、一発強いのをぶち込むから!」

 

 フレンダはそう言うと、彼女は窓を全開にしてそこから身を窓の外に乗り出した。そして、霧丘が『座標確立(セトルポイント)』を使用し、その体をしっかりと固定する。

 

 フレンダとしては珍しく、ぬいぐるみに入った爆弾ではなく拳銃を向けていたが……

 

「すごっ! すごいっ! すごいパンツ!」

 

 ごすっ、と鈍い音がした。

 

 フレンダではない。彼女は顔を真っ赤にしているものの、霧丘の能力によりその下半身をほぼ完全に固定されているのだ。殴ったのは、その言葉を後部座席で聞いていた霧丘愛深である。

 

 ちなみに、彼女は姿勢が辛いためか両手でしっかりと拳銃を握っていた。

 

「……前を向いて、集中」

「イエス! でもパンツ!」

「浜面、あとでぶち殺すから」

 

 フレンダはそう言って拳銃を構えるが、浜面は抗議の声を上げた。

 

 それもそうである。なにしろ、フレンダの構える拳銃の口径は9ミリだ。軍用ヘリの装甲を撃ち抜けるようなものではない。

 

 しかも、彼女たちの拳銃に使われている弾丸は粉砕式弾頭と呼ばれるものである。跳弾を防ぐために紙粘土のような素材でできているため、一層装甲とは相性が悪い。

 

 ただし。

 

 

 

 フレンダが狙い撃ちした場所は、エンジンの吸気口(エアインテーク)であった。

 

 

 

 ヘリコプターのエンジンの吸気口には、当然ながら不純物が吸い込まれるのを防止するための対策が講じられている。ヘリのローターが生み出す下向きの風によって砂埃の侵入を防いだり、不純物が入らないように目の細かい網目を取り付けてあるのだ。

 

 しかし、今回彼女が用いたのは粉砕式弾頭だ。

 

 弾丸は吸気口の入り口にある金網にぶつかった瞬間に細かな粉末へとその姿を変えた。砂粒よりも細かな粒子となったその破片は、吸気口を守るための金網の隙間を容赦なく潜り抜けた。そして、エンジン内部に取り込まれた不純物によって、エンジンはその内部から黒煙を上げる。

 

「結局、日頃の行いの違いってわけよ!」

 

 得意げに言うフレンダであるが、しかし彼女が車の中に戻ってきた直後、先ほどの短距離対装甲車両用ミサイルとは比べ物にならない衝撃が、ファミリーカーを襲った。ハンドルの制御が効かなくなり、今度こそ完全に車体がスピンを始めてしまう。

 

「くっそ、霧丘はフレンダも一緒に『座標確立』を使え! それで衝撃は防げるはずだ!」

「ちょ、浜面は――」

 

 フレンダが抗議の声を上げる暇はなかった。

 

 完全に制御を失ったファミリーカーが、高速道路の側壁へと勢いよく激突する。

 

 その衝撃を喰らった直後、浜面には一瞬の意識の断絶があった。それは、能力に守られていた霧丘とフレンダも同様である。浜面がゆっくりと意識を起こすと、そこは水を詰めたバルーンの上だった。道路わきに、交通事故の衝撃を和らげるために並べてあるものだ。

 

(霧丘と、フレンダは……?)

 

 浜面は壊れたファミリーカーの方へ視線を向けたが、そこには2人の少女の姿はなかった。どうやら、彼女たちは浜面のことを発見できず、2人で行動を始めたのかもしれない。

 

 体を起こしてみると特に異常はなかったので、浜面は立ち上がった。標識を見ると、どうやらヘリから逃げ続けている間に第三学区まで移動していたらしい。

 

 2人を探すか、それよりも先に滝壺のいる場所へ戻るべきか、と考えていると、携帯電話の着信音が鳴った。非通知ではあったが、それでもこのタイミングでかかってきたことに薄気味悪いなにかを感じた浜面は、ほとんど直感で電話に出た。

 

『あらお久しぶり「心理定規(メジャーハート)」って言えば、顔ぐらいは思い出してくれるかしら』

 

 それは、悪魔の知らせだった。

 

 

 

 

 

 最愛と海鳥は、霧丘愛深及びフレンダと共にいた。

 

 というのも、滝壺のいる個室サロンまで戻ってきた最愛と海鳥は、そこで元『迎電部隊』の残党に占拠されていることに気が付いたのだ。

 

 その状況を目の当たりにして、まずは情報収集を始めようとしたところで霧丘&フレンダと偶然合流を果たし(あまりにもちょうどよいタイミングであったので、2人は窒素コンビに盗聴器疑惑をかけられた)、そして今は個室サロンのビルが見える路地裏で作戦会議だ。

 

「個室サロンの周辺は、警備員(アンチスキル)の連中に完全に超包囲されているようですね」

 

 最愛は、事件現場を示す黄色いテープを見つめながら、そう話を切り出した。

 

「よりによって、ここなのかよ……どうする? 具体的な突入の方法は?」

 

 海鳥が眉にしわをつくりながら、これからの行動について意見を仰ぐ。

 

「警備員の話を盗聴したところによると、元『迎電部隊』の連中は全員がサブマシンガンとグレネードを装備しているみたいなわけよ。……結局、絹旗は能力があるから大丈夫だけれど、その恩恵が受けられない私たちは危険」

「……私の能力でも、さすがに複数人のサブマシンガンを対象にするのは無理。拳銃のような、ハンマーを固定すればよいものなら別だけど」

 

 サブマシンガンであれば、霧丘の能力が先に発動しても、一度に全員の銃を『固定』して無力化するのは困難だ。一応裏技として物質を形状の座標情報ごと『固定』することで、変形も含めてその場から一切動かさなくすること(=硬化)も可能なのであるが、これはむしろ、複数の対象相手への同時使用は不可能なのである。

 

 しかし、そんな中、突然屋上から近づいて行く影があった。

 

「……ヘリ?」

 

 どうやら、ヘリはテロリストたちの要求の1つのようだ。屋上に複数の影が出てきたのを、彼女たちは確認する。

 

 しかし、突如としてその中から1人の影が飛び降りると、立て続けに起きた発砲音と共に、テロリストたちが次々と倒れていた。

 

「……何があったの?」

 

 遠目で、どのような人物がヘリから飛び降りたのかは分からない。しかし、その者の手によって『迎電部隊』の残党が次々に倒されて行ったのは事実だ。

 

(……プロではありませんね。恐らく、暗部の連中の超独断行動でしょう)

 

 その状況を見た絹旗がそう判断したのは、その人物の行動があまりにも賭けの要素が大きすぎたからだ。テロリストの内の1人が、少し判断が早ければ彼はサブマシンガンでハチの巣にされていたはずである。

 

「じゃあ、まずは私と絹旗で飛び込むとするか」

 

 海鳥がそう言うと、最愛も頷いた。

 

 そして、彼女は自分の両手のひらを後方斜め下へ向けながら、一気に駆け出した。最愛もまた、その背後から駆け出す。

 

 そして、警備員の背後から一気に飛び出した。

 

 普通に考えれば、大勢の大人たちに行く手を阻まれて終わりだ。

 

 しかし、海鳥は大人たちに捕まるその一歩手前で、一気に跳躍した。それと同時に、彼女の能力により窒素の塊が手のひらから噴射され、その勢いで少女の体が宙へと高く跳び上がる。

 

 さらに、全員が海鳥の姿に気を取られたその一瞬の隙をついて、最愛と霧丘、フレンダがその体を警備員が立ち並ぶその隙間にもぐりこませ、一気にその壁を潜り抜けた。

 

「あ!」

「待て!」

 

 無謀な突撃に見えるその行動に対し、彼らは防御力に優れた最愛と霧丘を壁にしながら、その後ろに海鳥とフレンダが並ぶという形で病院の中へと突入する。

 

 病院の入り口を抜けると、その直後に最愛が一気に前へと躍り出た。

 

 そのようなことをすれば、当然ながら『迎電部隊』の残党たちが持つサブマシンガンによってハチの巣にされるだろう。しかし、サブマシンガン程度では窒素装甲(オフェンスアーマー)を打ち抜くことはできない。

 

 華奢なその体が、弾丸の嵐を受け止める。さすがに衝撃まで完全に防ぐことはできないのか、最愛は地面に倒された。しかし、そのことを気にせず海鳥がその手に発生させた窒素の槍を『噴射』する。

 

 彼らの持っているサブマシンガンごと、その腹に穴が空いた。

 

 それと同時に、霧丘がナイフを投げ、そしてフレンダが小型の爆弾を投げる。

 

 爆弾によってサブマシンガンがはじけ飛び、そしてナイフは不自然にその軌道を曲げて男の手首を切り落とした後、その首をはねた。

 

 入り口にいる男たちを速やかに排除した4人は、さらに前へと進み、階段を駆け上がる。

 

 

 

 その時、上の階からガラスが割れるような音がした。

 

 

 

(発砲音はしなかった? とすると、手や鈍器で割った?)

 

 彼女たちはそこまで考える。しかし、

 

(いや、『迎電部隊』の連中がそのような破壊行動をする理由は、超ありません)

(むしろ、ガラス片なんて飛び散らせたら、籠城している自分たちが危ないってわけよ)

 

 つまり、他の暗部の連中が何かしらの形で事件の解決に来たのだろう。ひょっとすると、窓ガラスをぶち破って外から突入したのかもしれない。

 

 しかし、彼女たちもさすがに、今の音が一方通行の手で破られた28階であるとは気づかなかった。

 

「……どうします?」

 

 最愛が階段の上を警戒しながらそう呟くと、霧丘が答えた。

 

「このまま、慎重に進むべき。滝壺の無事が確認できるまでは、行動続行」

「それがいいだろうな」

 

 彼女たちの目的は、あくまでも滝壺理后の安全の確保だ。彼女の無事さえ確認できれば、それでよい。

 

 彼女たちは、滝壺がいる28階を目指して階段を上り始めたが、その先にいたのは抱き合って泣いている浜面と滝壺であった。

 

 

 

 

 

 浜面が屋上の男たちを排除した時、その音を聞いて、個室サロンの28階にいる迎電部隊のメンバーは思わず顔を上げた。

 

「屋上には要求通りヘリが来るかどうか、様子を見に行っている班がいるはずだが」

「ステファニーとはいつ合流する。あいつの出方次第では――」

「あるいは、空間移動(テレポート)系の能力者について考慮するべきか?」

 

 しかし、だからといって全員で音源に向かうようなことはしない。

 

 人質の動きを完全に封じるために必要な最低限の人数を残す必要があるし、そもそも屋上から聞こえる銃声は罠であるという可能性もある。そのため、7人のメンバーはすぐに班を3つに分けようとした。

 

 迅速な対応だったと判断できるだろう。

 

 ただし。

 

 

 

『災厄』とは、そんな規格を無視して唐突に襲い掛かってくるものだ。

 

 

 

 28階であるはずの窓の外から、それはやってきた。

 

 学園都市の夜景を映す窓が、一斉に砕け散った。

 

 そこからやってきたのは、赤い目をした白い悪魔だ。

 

(に、28階だぞ……!?)

 

 これだけの異常現象を前に、そんな当たり前のことを一瞬考えてしまう元『迎電部隊』。しかし、彼の前ではその一瞬が命取りになった。

 

 超能力者(レベル5)がとった行動は、極めて単純だった。

 

 一番近くにいた迎電部隊の1人を片手でつかみ、それを別のメンバーに向けて放り投げる。それだけであるが、そこに『あらゆるベクトルを集中制御する』という能力が加わることで、砲弾レベルの破壊力を生み出す。

 

 3人の男たちが、なすすべなく吹き飛ばされた。

 

 そのことに、他の男たちは慌てて遮蔽物の陰に隠れると、サブマシンガンを構え始める。しかし、その時予想外の方向から、バンバンドガン! と銃声が鳴り響いた。

 

 明らかに、元『迎電部隊』が使っているものよりもはるかに大きな口径の銃を、彼らの頭にぶち込んだのだ。断末魔の絶叫を上げることすらもできずに、彼らは地に伏せる。

 

 一方通行は、発砲したスーツ姿の男に声をかけた。

 

「誰だ?」

「杉谷だよ。本気で街を守りたいのなら、これくらい丁寧にやれ」

 

 男はそれだけを呟くと、倒れている男たちに次々と弾丸を打ち込んでいく。その上、念入りに死体をひとつひとつ蹴飛ばして、反応がないことを確かめた。

 

「二度と出会わないことを祈っている。そのための努力はお前がしろ」

 

 それだけ告げると、スーツの男は拳銃をしまってフロアの出口の方へ向かって行った。

 

 それを確認した一方通行は、やがて電極のスイッチを能力使用モードから通常モードへと戻した。経緯はどうあれ、個室サロンの危機はひとまず去ったのだ。彼は携帯電話を取り出すと、土御門に報告してからパーティー用の大広間なのであろう場所へ赴いた。

 

 そこには人質が集められており、彼がざっと見たところでも300人以上はいた。

 

 一方通行は大広間に入ろうとするが、そこで足を止めた。そして廊下を歩いたところで、出くわしたのが――柱の影から転がり出ていた、滝壺だったのだ。それも、明らかに具合が悪化していることが分かる様子であった。

 

 本当に客観的な目で見ていれば、彼が治療かそれに準ずる行為をしようとしていたことが、浜面にもわかったのかもしれない。しかし浜面には、かつて自分が所属していたスキルアウトのリーダー駒場が、一方通行の手によって殺されていたという出来事があった。

 

 そのような事情がある以上、彼が早まった判断をしてしまったというのも無理はないだろう。

 

 結果的に、彼は一方通行にボロボロにされた上に情けをかけられ、その上滝壺の身を狙っていなかったことまでしっかりと突きつけられた、非常に情けない姿となってしまったのだった。

 

「さんざんお前を助けるとか言っておいて、結局できたことって、これだけかよ。ははっ、情けねえ。よりにもよってお前の命の恩人だったかもしれないやつに、牙を剥いちまうだなんてよ。情けねえにもほどがあるよな……」

「そんなこと、ない」

 

 滝壺は、苦しそうにしながらも懸命に言う。

 

「はまづらは、たった1人でここまで来てくれた。警備員ですらも攻めあぐねるようなビルの中に、はまづらは飛び込んできてくれた。だから、情けなくなんかない」

「そうかよ……」

 

 浜面はそう言って笑ったが、心の中ではこう思っていた。

 

 

 

(……だったら、なんでお前が泣いているんだよ)

 

 

 

 彼は勘違いをしていたのだ。別に、彼がボロボロにされたのは、学園都市最強の超能力者が現れたからではない。仮に、一方通行が現れずにあのテロリストたちと戦っていたとしても、果たして彼が滝壺を助けることはできただろうか。

 

 彼は、確かに前に第4位の超能力者を倒したのかもしれない。

 

 しかし、そこから何かを得たわけではない。何かの主人公みたいに、隠されていた才能が開花したとか、あるいは天から素晴らしい能力を与えられただとか、そういったことがあるわけではないのだ。

 

 積み上げてきたものが崩れたのではない。

 

 麦野沈利という第4位の超能力者と死闘を繰り広げておきながら、その実、そこから何も得られていなかったのだ。

 

 そのことを突きつけられた彼は、再び強く思う。

 

 あんな第一位のような悪のカリスマになれなくても良い。

 

 三流のチンピラのままでも結構だ。

 

 だから、せめて。

 

 ただの浜面仕上として、この少女の笑顔を守れるような男になりたい。


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