とある神谷の幻想創造 神の右席編   作:nozomu7

52 / 76
大戦前暗部編 Dragon
暗闇の戦いを生き抜いた者たち


 10月17日、午後6時。

 

 ある病院の売店には、少年少女4人がやってきていた。基本的にはお菓子やジュースなどの軽食メインのラインナップだが、退屈しのぎのための小説やら、病院のどこで使うのか分からない水鉄砲やらも豊富にあった。

 

 メンバーは浜面仕上、霧丘愛深(きりおかめぐみ)、絹旗最愛、黒夜海鳥、フレンダ。

 

 学園都市の『暗部』に所属していた者たちである。

 

 彼らの内、フレンダと最愛はかつて『アイテム』と呼ばれる4人組に所属していた。しかし今年の8月、ある少年に助けられたことで、奇跡的にも海鳥と共に『暗部』から『卒業』して光の当たる場所に戻ったのだ。

 

 そして、浜面はその『アイテム』において最愛が脱退した2か月ほど後に、その下っ端として雇われた。しかし、かつての正規メンバーであり、今はこの病院に入院している滝壺理后(大能力者(レベル4))を助けるために、『アイテム』のリーダーである第4位の超能力者(レベル5)、麦野沈利を撃破したのだった。

 

 そのため、『アイテム』は事実上の活動停止状態となっていた。

 

 霧丘は売店の床に直接置いてある花を、品定めしている。

 

「浜面は、お見舞いに来たのに、花を忘れるの?」

「おい、そのぶかぶかのパーカーで、あまり前かがみになるなよ」

 

 彼女のそのパーカーの襟元から、大胆にその肌が見えそうになっているのにも関わらず、平然とした様子であった。

 

「……別に。下にシャツを着ているから、平気。浜面が、頑張っても。ブラは見えないよ?」

「雑すぎるだろ!? そういう問題なのか? っていうか、俺は何を頑張るって言うんだ!?」

 

 ナチュラルの変態のレッテルを貼られている、世紀末帝王浜面。うろたえるその様子を見て、最愛と海鳥はため息をついた。

 

「まったく、こんな変態が『アイテム』の下っ端になっただなんて、滝壺さんが超不憫ですね」

「俺のせいなのか!?」

「結局、浜面は女心が分かってないってわけよ」

 

 一応、心配して注意してあげたのに! と叫びをあげる浜面。しかし、彼女たちが必要としているのは、そんな恥ずかしいことをはっきりと申し上げてしまう、デリカシーのない言い方ではなく、もっと気の利いた注意の方法であるらしい。

 

 女三人寄れば姦しい、などと言うが、霧丘が非常に静かである上に、海鳥もそこまでおしゃべりを好む方ではない。フレンダさえ話していなければ、病院内はそこまで騒がしくなかった。

 

 病院内をエレベーターを使って移動すれば、目的の部屋に彼らの『戦友』はいた。

 

 滝壺理后。

 

 いつも眠たそうにしている少女だった、と浜面は記憶している。それは彼女の性格もあるのかもしれないが、実際のところは『体晶』と呼ばれる、正体不明の薬品(?)が原因であるとも言えた。

 

 彼女はいつも通りのピンク色のジャージ姿であり、部屋着にも寝間着にも使っているようだった。

 

「体の具合は超どんな感じですか?」

 

 最愛はそんなことを聞いたが、それは形式的なものに過ぎなかった。実際に彼女は明らかに顔色が良くなっていたし、最愛も海鳥も霧丘も、そのことを分かっているのか適当な調子で花瓶の中身を入れ替えたり、見舞いに持ってきた品を彼女のベッドの傍らにある棚に移し替えたりしていた。

 

 事実、滝壺も特に深く考えることなく、

 

「放っておいても大丈夫みたい。今夜には出て行けるように、もう退院の準備もするし」

「うおい! 何でそういうことを早く言わねえんだよ!」

「こりゃあ、見舞いの品は余計だったか?」

 

 海鳥が余計なことを言ったので、病人の滝壺が「ごめんなさい。お土産の品はちゃんと持って帰るから」と頭を下げてきた。浜面は海鳥の頭のてっぺんを早押しクイズのように叩きつつ、

 

「そういうことじゃねえよ。それなら退院祝いの準備もできないじゃないかって言っているだけだ」

「おい、クソ金髪野郎。あとで一発殴るからな」

 

 俺のポジションも変わんねえな! と浜面は心の中で絶叫した。

 

「しっかし、『体晶』の使い過ぎで超ぶっ倒れた、なんて話でしたから、結構心配したんですよ。何しろ、風邪とかと違って説明されても具体的にどんなもんか、全く想像が超できないもんですからね」

 

 体晶、というものについては、『闇』にいた彼らの方が良く知っているはずである。

 

 実のところ、8月の初旬にも『体晶』をめぐった事件が発生しており、やはり『置き去り(チャイルドエラー)』の子供たちが危険な被害に巻き込まれそうになるという事件が発生しているのだ。

 

 滝壺は『体晶』を利用した能力使用を禁止されてしまっていた。もっとも、当然のことではあるのだが。

 

「……ああ、そうだ。これ、退院するなら必要ないかもしれないけど、暇つぶしの道具だ。ジグソーパズル」

「バニースーツじゃあ、なかったんだ?」

「俺は目を丸くして驚いているお前ら3人を一度本気で泣かしてやりたいんだがいいかいいよな?」

「その貧弱なテクじゃあ超無理ですよ。そうそう、私達からは超こんなものを。じゃーん、ウサギの超ぬいぐるみでーす」

 

 と言いながら最愛が箱から取り出したのは、全長50センチくらいのウサギのぬいぐるみだった。しかし、全体的にはモコモコとしてファンシーなのに、なぜか口元からは人間の髪の毛のようなものがもっさりと生えていて、『……今、何食った?』と思わざるを得ない一品だった。

 

 シュール系マスコットは人を選ぶぞ、と思った浜面だったが、

 

「かわいい」

「私と一緒に選んだから、結局センス抜群ってわけよ!」

「なにィ! 俺は絶対『実用性がない……』のリアクションだと思っていたのに! これが元『アイテム』正式メンバー間だけにある強い絆そして性格不一致の傾向ありかー!?」

 

 そんなふうに騒ぎ出す下っ端浜面をボディーブローで黙らせる霧丘。彼女は見た目こそ華奢であるが、その能力である『座標確立(セトルポイント)』でものを動かす時には、その速さは彼女の身体能力に依存する。そのため、外見に反して体の中身はそれなりに鍛えられていたりするのであった。

 

 そんな彼を、海鳥は冷ややかな視線で見つめつつ、

 

「そもそも、バニーガールマニアの変態である貴様が、私達に対する敬意と畏怖を一瞬でも忘れそうになること自体が罪なんだよ。分かったか?」

「……そこいらの箱入り高飛車お嬢さまなら身もだえする台詞なんだが、数か月前までバリバリ裏稼業で物理攻撃力マックスの女に言われると洒落にならんな。そもそも、俺は別にバニーガールだけが好きという訳ではないぞ?」

 

 ほほう、と最愛は言うと、滝壺が抱きしめていたウサギのぬいぐるみを手に取った。そのまま滝壺の後ろへと回ると、ちょうど彼女の頭に重なる形でウサギのぬいぐるみを配置する。

 

 すると、無表情の滝壺の頭からぬいぐるみの耳だけが彼女の頭から飛び出している形に見えるわけで。その状況を演出した最愛が、とどめの一言を言い放った。

 

「じゃーん。当店自慢のウサギちゃんでーす。人恋しくて寂しいと死んじゃうタイプの理后ちゃん。ご指名のバニーはこの子でよろしいですかー?」

 

 

 

 直後。

 

 うかつにも、浜面仕上の鼻から何かドロッとしたものが流れ出てきた。

 

 

 

 それが鼻水でないことに愕然とする浜面。そんな彼を、仕掛け人であるはずの絹旗最愛と、勝手に仕掛けられた滝壺理后、そしてその様子を傍らから見守っていた黒夜海鳥と霧丘愛深、フレンダがドン引きしている。

 

「……浜面……あなた、そこまで超バニーですか……?」

「ち、違う! こんなタイミングで鼻血なんか絶対におかしい!」

 

 全力で言い訳する醜い男代表浜面であったが、そんな彼に向ける冷ややかな視線は止まらなかった。

 

 その中で、唯一動いたのは無表情癒し系少女・滝壺。

 

「大丈夫。はまづら、ここは病院だから。鼻血が出ても大丈夫。すぐにお医者さんが治してくれるからね」

「う、うう……ッ! こんな時に俺の身を心配してくれるのはお前だけだ―ッ!」

 

 小さな優しさを前に、本当に崩れ落ちそうになる浜面だったが、

 

「大丈夫だよ、はまづら。確かここの病院は心の病気もケアしてくれるはずだから。バニーで鼻血を出しても全然心配ないからね」

 

 今度は、別の意味で崩れ落ちそうになった。

 

 

 

 

 

 彼ら(元)『アイテム』と同じような学園都市内の暗部組織は、他にも複数存在する。最も、10月9日の独立記念日に発生した抗争の影響で、かなりの人員編成がなされることとなったのであるが。

 

『グループ』は、その中でも唯一人員編成がなされなかった組織であった。つまり、主要メンバー4人の中で欠けた者がいなかったのだ。それはつまり、彼らの実力が、数ある暗部組織の中でもひときわ高い、と示しているということに他ならないのであるが。

 

 一方通行。土御門元春。結標淡希。海原光貴。

 

 彼らは現在、キャンピングカーの中に集まっていた。

 

「事件を起こしたテロリストは、迎電部隊(スパークシグナル)と呼ばれているらしい。俺たち『グループ』と同じ、学園都市の裏方の一つが暴走したようだ」

 

 迎電部隊というのは、学園都市の情報を守るために設置された集団だ。

 

 学園都市の外周を囲む壁には、電波で情報を送受信できないように、極めて指向性の高い妨害電波が上級に向けて発せられている。そして、あらゆる情報は一度外部接続ターミナルを介して通信がされるようになっているのだ。

 

 しかし、それでも上層部は独自の通信手段を持っているし、いろいろ手を回して、学園都市内部の情報を外部へ漏らそうとする連中は出てくる。それほど、学園都市の情報は有益なものなのだ。

 

 そんな奴らを、専門に潰そうとする部隊が『迎電部隊』。

 

 その説明を聞いた結標が、不快な表情をした。彼女も『残骸(レムナント)』の一件で『外』とコンタクトを取っていたことがあるため、その過程で『迎電部隊』と戦ったことがあるのかもしれない。

 

 そんな連中が占拠したのは、世界最大の粒子加速装置『フラフープ』。学園都市の外周を囲う形であるそれは既に制御装置を乗っ取られた状態で、現在陽子を光速の30%程度まで加速している。

 

 そして、もし気に入らないことがあれば臨界オーバーまで出力を上げ、装置もろとも学園都市の3分の1に放射線をばらまくという。

 

 話を聞きながら、海原は首を傾げた。

 

「その加速装置はよほど大きな電力を使うものなんでしょう? なら、発電施設から送電を切ってしまえば良いのでは?」

「緊急停止時にも相応の電力を消費するからな。そのための自家発電施設も完備している」

「……建物を占拠しておきながら、すぐに暴走を起こすわけではない。ということは、何らかの『要求』がある訳よね?」

 

 結標からの質問に、土御門は首を横に振った。上層部には伝わっているものの、あくまで下の暗部組織である『グループ』には伝えられていないらしい。

 

「『余計なことは考えず、刃向う者を皆殺しにしろ』ってことだろ」

「解決までのタイムリミットを設定されてねェってことは、そこまで切羽詰った状況じゃあねェってことみてェだな」

 

 一方通行の言葉を聞きながら、土御門はさらにリモコンを操作した。車内にある大きなスクリーンの中の映像に、学園都市全体を囲む大きな円とは別に、もう一回り、二回りと小さな円が二つほど追加される。それらは、1つの点で交わっていた。

 

「そうともいえないぜい」

 

『フラフープ』は内側の小さなファーストサークルから、外側にあるセカンド・サードサークルへと粒子を移動させることで、さらに加速させることが可能である。現在は既にサードサークルへ移行しているのだが、それは最低でも光速の70%以上で使用されるものなのだ。

 

「……どうやら全ての情報が開示されているという訳ではないらしい。それが単なる『見栄』なのか、ヤバすぎてパニックを起こしかねない情報を隠すためなのかは知らんがな」

「実際にはもっと深刻な状況なのにもかかわらず、それを俺たちに伝えてねェってのか」

 

 いかにも下らなそうな調子で、一方通行は吐き捨てた。正直な話、『なりふり構わず泣きつくような事態』って訳には思えないので、上層部がそうしてくるまで放置しておきたいそうだ。

 

 すると、土御門は再びスクリーンのリモコンを操作した。

 

「やる気が出る情報が1つだけある」

 

 そこに映し出されたのは、前輪がパンクしてドアが強引に破壊された1台のスクールバスだった。

 

 元迎電部隊の連中は『フラフープ』を襲う前に、課外授業で天体観測を行う予定だった小学生30人ほどと引率の教師、運転手を拉致している。使い方としては『交渉アイテム』――要求をすぐに呑み込ませるために、一定時間ごとに1人ずつ殺していくためのものなのだ。

 

「人質は『フラフープ』の職員でも良い訳だが、職員には『フラフープ』の操作を強制する必要があるからな。時間と共に消費していくやり方だと、長期戦に持ち込めなくなる。そういった事態を避けるために、わざわざ別口の人質を補給してきたらしい」

 

 しかし、『フラフープ』のリミットについて上層部が慌てふためくことはあっても、子供の命まで考える人間が一体どれほどいることか。

 

「くだらねェな、付き合う義理が見当たらねェ」

 

 一方通行は、遮断するように言い放った。

 

 そこに一切の同情はない。

 

 彼は悪党なのだ。

 

「……目障りだ。くだらねェことはさっさと終わらせるに限る」

 

 

 

 

 

 浜面仕上と絹旗最愛、そして黒夜海鳥とフレンダの4人は、夜の繁華街に来ていた。

 

 ……当然ながら特に色っぽい展開が待っているわけではなく(最も、最愛は相手が『お兄ちゃん』であればやぶさかでもないのであるが)、単に滝壺理后の退院祝いパーティーの準備を進めるためだ。常盤台自慢の寮監が心配ではあるものの、事情を知っている御坂と白井が2人がかりでカバーしてくれているはずであるため、そちらの方は心配していない。

 

 それよりも、今は準備のほうが重要だ。

 

「っていうか、退院祝いって具体的にどうするんだ?」

「第三学区の個室サロンを一室取ってありますので、パーティーグッズを一通り超揃えたら病院まで戻って滝壺さんを超回収。そのまま会場へ超向かいましょう」

 

 個室サロンというのは、簡単に言えばカラオケボックスを豪華にしたような感じだ。学生の住居の大半が学生寮という学園都市では、『大人の監視の目が完全にない場所』というのは重宝されていたりする。

 

 ただし、一歩間違えると性犯罪の温床になったりもする危険性を孕んでいるので、教師だの保護者代表だのは割とピリピリしていたりと、良いことだけではないらしい。

 

 すると、隣を歩いている最愛が唐突に質問をした。

 

「浜面は、これから超どうするんですか?」

「あん? そうだな、食い物関係は個室サロンの内線で注文できるだろうし、なんか大人数で遊べるジョークグッズ系でも見て回――」

「そうではなく」

 

 彼女が求めていた『これから』というのは、『これからのパーティー』ではない。

 

「私がかつて所属しており、そしてフレンダや滝壺さんがいた『アイテム』は事実上壊滅しました。したがって、浜面もその下で働く必要は超ありません」

 

 つまるところ、浜面は自由なのだった。『アイテム』という組織が壊滅した今、元スキルアウトの彼をわざわざ雇う暗部組織などありはしない。ここから再びかつての居場所に戻っても、誰かが襲撃しに行くことすらないだろう。そのような重要な機密事項には、触れることもできていないのだから。

 

「質問を質問で返すけど、お前らはどうすんの?」

 

 浜面が訊き返すと、海鳥とフレンダがそれぞれ答えた。

 

「絹旗と私はそもそも、もう『暗部』には所属していないからな。この間みたいに自分たちのすぐそばで厄介ごとが起これば話は別だけど、当分の間は一般的な中学生生活に逆戻り、かな」

「結局、私の方は『アイテム』というくくりがなくなっただけで、たいして変わりないってわけよ。じきに新チームが発足するはずだしね。ちなみに、滝壺はもう『戦力外』って思われているだろうから、そこの心配をする必要はないはず」

 

 海鳥はともかく、フレンダも自分の境遇については、特に反感を持っている様子はなかった。

 

「浜面はどうするの?」

 

 フレンダの問いに対して、彼はビルの隙間から見える星空を見上げた。

 

「……そうだな。半蔵のやつには悪いけど、当分スキルアウトに戻る気はねえな」

 

 今の自分に何ができるのか、それすらも分からない。しかし、滝壺はもう『体晶』を使うことができず、そしてその能力が使えなくなれば、今までどうにか凌いできたものも凌げなくなるのは彼に分かっていることだった。

 

「だから、何をするかを考えねえとな」

 

 結局、彼はきちんと成立した答えを返すことができていない。しかし、一度は駿斗の介入があったにしろ、自らの力で超能力者(レベル5)を撃破した彼の原動力は『これ』だった。そのため、その言葉にはしっかりとした重みがある。

 

 そのことを考えながら、一度その超能力者に殺されかけたフレンダは浜面の横顔を眺めていたが、

 

「……結局、浜面はいかにして滝壺のあの実用性抜群のジャージを脱がせて、バニースーツを着せることができるかに、全ての情熱を捧げるって訳?」

「なあ、俺もうそのキャラなの? 固定? この際だからバニーさん好きなのは認めるけどよ、違うんだって。一番重要なのはだな、水着みたいな格好が、いかにも水着の見合わない場所で見られるというこのアンバランスな所の素晴らしさであって、別にモーターショーのコンパニオンとかでも俺は大丈夫――」

 

 そこから先の言葉を、浜面は続けることができなかった。

 

 その背後にいた黒夜が、全力でそのボディーブローを華麗にその体に決めたためである。

 

 

 

 

 

 人質事件の現場である『フラフープ』へと向かうキャンピングカーの中で、海原は土御門に尋ねた。

 

警備員(アンチスキル)はどうしています?」

「対テロ専門の部隊を突入させるって名目で、出動事態を禁じているみたいだな」

 

 彼は己の拳銃のチェックをしながら答えた。そして、それから話は具体的な突入方法に移る。

 

 地下200メートルに設置された『フラフープ』は、破裂事故が起きた際にガンマ線が放出されないように、核シェルター並みの防御壁を用意されている。エレベーターシャフトなどについても同様で、下手に突入してもたつけば、その間に人質の頭がいくつか撃ち抜かれてもおかしくない。

 

 おまけに、ガンマ線が届かないということは、当然ながら電磁波などの類も一切届かない。部屋の見取り図はあっても、今、どの部屋に何人いるのかも分からない。

 

 そして……

 

「例の『ナノデバイス』はどうなのよ?」

 

 結標が言うとおり、この街には『滞在回線(アンダーライン)』と呼ばれるナノサイズの機械がばらまかれており、学園都市中がどこも絶えず監視の目にさらされているはずであるが。

 

「非常扉を完全に封じると、ネットワーク構築用の電子ビームも完全に阻害されると考えた方が妥当だな。……まあ、さらに裏技があったとしても、俺たちのところまで回ってくることはないだろう」

「……何人殺せば作戦成功なのか分からないのは辛いところですね。一安心したところで背後から撃たれてはたまりません」

「なら、撃たれても構わないやつを突っ込ませれば良い」

 

 一方通行。彼はあらゆる攻撃を『反射』できる。

 

「だが突入手段はどォする? 200メートルの地盤と防御壁を直接ぶち抜くってのか」

 

 ……そもそもの前提を覆すような発言であるが、それを可能とするのが第1位である。

 

 しかし、その方法は人質や稼働中の加速装置まで巻き込むリスクが存在する。ここは、セオリー通り結標の『座標移動(ムーブポイント)』によって3次元的な制約を無視する。

 

 ところが、当の結標が眉をひそめた。

 

「人間大の質量を、見取り図でしか見たことがない場所の、見えない地点に、200メートル単位の距離で正確に移動させる? 多分50%くらいの確率で壁か地面に埋まるわよ」

 

 だが、実際には壁や地面を通した直線距離であれば、それなりに接近できるとのことだ。地上のほとんどを滑走路に用いて、かなりの施設を地下に入れている第23学区であるからこそ、である。

 

 こうして、作戦は決行される。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。