とある神谷の幻想創造 神の右席編   作:nozomu7

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連合の意義

 ゴバッ! という衝撃波と共に、2つの選定剣(カーテナ)が衝突した。

 

 その相手を見て、キャーリサは今までで一番大きな声を張り上げる。

 

「よーやく顔を出したの、元凶たる母上よ!」

 

 これまで押され気味だった駿斗や騎士団長、アックアといった面々との間に割り込むように、真の国家元首はカーテナ=セカンドを握っていた。

 

「好きにやるのは構わんが、やるなら徹底的に、そう、私以上の良案を示してもらわなければな。どうやら私以下の展開になりそうだったから止めに来たぞ、という訳だ」

「ほざくな元凶、そーまでして玉座が惜しいの!」

 

 ズッ……という嫌な音が響いた。

 

 2つの剣の力の質は全く同じものだ。したがって、総量の8割を握るオリジナルと残りの2割の力しか残されていないセカンドが衝突したところで、結果は見えている。

 

 オリジナルの刃が、セカンドへゆっくりと沈み込み始めていた。

 

 1センチほどまでそれが進んだとき、エリザードは再び剣を振るい、キャーリサはそれに応じた。剣と剣の衝突のたびに、柔らかい金属が削られて行くように、カーテナ=セカンドから火花が散る。

 

「……どれだけお膳立てをして、組織と組織がぶつかり合ったところで、最後はカーテナどうしの激突となるか。難しく考えてきたところが馬鹿らしくなるよーな展開だし」

 

 対して、カーテナ=オリジナルには傷ひとつなかった。それが、歴然とした互いの力の差を示していた。

 

 しかし、それを見て笑みを浮かべるキャーリサを見て、エリザードは小さく笑った。

 

「……意外と小さい女だな、わが娘よ」

「なに?」

「愚劣な王政の責任を取り、そしてイギリスの国民を守るため――暴君と化してヨーロッパ中の敵国を丸ごと粉砕し、その後は政治のかじ取りを民衆に明け渡す。何やらスケールの大きな話だが、その端々にお前の小心が見え隠れしていることは気づいているか?」

 

 母親として、女王としての言葉を投げかけるエリザードに、キャーリサは剣で応じた。カーテナ=セカンドにはさらに大きな傷がつくが、それに気を止めず女王は言葉を続ける。

 

「本当にこの国を変えたいか。政治を形作る巨大な柱をへし折ってでも、民を守りたいと願うのか。それなら既存のシステムになど頼るんじゃない。やるならせめて――これぐらいやってみせろ」

 

 言って。

 

 女王はカーテナ=セカンドをキャーリサに向かって投げつけた。

 

 並の魔術師ならそれだけで真っ二つに切り裂かれてしまうのかもしれないが、当然ながら、キャーリサはカーテナ=オリジナルでそれを弾き、セカンドはどこかへと飛んで行ってしまう。

 

 それを分かった上で、彼女は剣を手放した。

 

「何を……考えているの?」

「変革だよ」

 

 これから、彼女はそれを為そうとしている。しかし、キャーリサにはそれが分かっていないようだった。

 

 だが、侮るな。停滞するセオリー(カーテナを軸とした政治体制)を覆そうとするならば、そのセオリーにとらわれることなく、行動するエリザードが正しいのだから。

 

 そして、その後の手札も用意してある。

 

「こ、れは……」

 

 カーテナ=オリジナルの調子がおかしい。

 

 その様子を見て、駿斗は一瞬何が起こったのか分からず、しかしすぐに気が付いた。

 

(これは、『全英大陸』によって集められた力が、拡散している……?)

 

 そんなことができるのは、1人しかいない。

 

「だから言っただろう。これが変革というものだと」

 

 エリザードは1枚の大きな布を広げた。

 

 表には、見慣れたイギリスの国旗があり、そしてその裏には、白と緑を基調にしたウェールズの国旗があった。

 

 表の国旗は、イングランド、アイルランド、スコットランドのものを併合したデザインをしているが、ウェールズはその時イングランドに吸収されてしまっていた。したがって、彼らの文化にも敬意を示すために、このような形をとっているのだ。

 

 英国を構成する四文化の象徴。

 

 それは、カーテナ=オリジナルの力の基盤となるもの。

 

「もちろんこれがあれば誰でも『できる』ものではないが……私の抹殺を最優先にしなかったのは間違いだったな。英国王室専用に設定された国家レベルの魔術の中には、こんなものも含まれているのだよ」

 

 その言葉を聞いて、インデックスと駿斗はまさか、という表情になった。

 

 その予想を肯定するかのように、夜空に大きな一枚の旗が、一つの魔術の名と共に広がる。

 

 連合の意義(ユニオンジャック)

 

「命じる」

 

 女王の言葉が、全土へと響き渡る。

 

「カーテナに宿り、四文化から構築される『全英大陸』を利用して集められる莫大な力よ! その全てを開放し、今一度イギリス国民の全員へ平等に再分配せよ!」

 

 

 

 

 

 カーテナ=オリジナルから、力が失われていく。

 

 いや、一か所に集まっていた力が、イギリス全土へと広がっていくのだ。

 

「この力に上乗せして、英国女王(クイーンレグナント)エリザードから全国民に告ぐ」

 

 カーテナの力は、王様と騎士を中心にしたピラミッドに力を与える。

 

 だが、そもそも『王様になれる権利』とは何か?

 

「クーデターの発生によって、今日一日で色々なことがあった。軍の出動、都市の制圧、ドーバーに放たれた駆逐艦、騎士たちによる戦闘行為、おまけにバンカークラスターによる首都への爆撃。多くの者は本質として何が起きているかも分からないまま、しかしそれでも異様な被害にあっていることだろう」

 

 それは、イギリス国民なら誰でも持っていたはずのものだった。

 

「だが、今のお前たちには抗う力がある」

 

『IF』のことを考え出したらキリがない。なぜなら、イギリス王室は数々の戦いの中で成立したものであり、少し歴史がずれていただけで、別の誰かが『王の血筋』になっていた可能性が否定できないからだ。国外との政略結婚や移住なども視野に入れると、無限に可能性が広がっていく。

 

 ならば。

 

 重要なのは……『イギリスを愛し、故郷としたいか否か』。ただそれだけではないか?

 

「詳しい理屈は明かせないが、今宵この一夜に限り、お前たちは平等にヒーローになれる。その上で、お前たちには選んでほしい。誰のために、誰と戦うかは、お前たちのその頭で判断しろ!」

 

 女王は、国民に投げかける。

 

 自分に協力してくれれば、感謝する。

 

 クーデターに協力するのも、一向にかまわない。

 

 全く異なる第三の道を提示するのも、問題ない。

 

『戦わない』という選択肢すらも許容する。要らなければ『返す』と念じれば力を返せる。自分よりも信頼のできる者に戦ってもらいたければ『渡す』と念じればそれで済む。

 

 彼女は自分自身の言葉すら否定して、国民一人一人が自分で選んだ道を進んでくれることを望む。

 

 そしてそれは、民主主義において最も基本的であり、最も大事なものであったとも言えた。

 

「……いい加減に、お偉い人間に好き勝手やられて振り回されっぱなしなのも飽きただろう?」

 

 ちっぽけな一票が、国を変える。

 

「さあ、群雄割拠たる国民総選挙の始まりだ!」

 

 

 

 

 

 ――あるところでは、1人の少年が顔を上げた。

 

 彼は映画館に監禁されていた。そこから体を起こし、出口へ向かう通路の途中で、両親と出くわしたが、彼らは驚かず、ただ1度小さく頷いただけだった。

 

(戦いたい!)

 

 同じことを考えていた少年たちは、出れば射殺すると勧告されたその中から、飛び出した。

 

 ――あるところでは、1人の軍人が拳を握りしめていた。

 

 目の前を次々とヒーローたちが過ぎ去っていくのを見つめる。彼らは英雄になるのだろう。しかし、クーデターに参加していた木偶の自分には、その資格がない。すると、1人の父親が話しかけてきた。

 

「あんたの力が必要だ。確か、装甲車を運転していたな。そいつで戦場まで連れて行ってくれ」

 

 彼はその言葉を反芻した後に、ポケットから装甲車の鍵を出した。

 

 ――あるところでは、1つの魔術結社の妹が、勝手に飛び出して行った。姉である結社のボスは、妹を連れもどすように部下に怒鳴りつけた。

 

 ――あるところでは、『新たなる光』の少女たちが通信用霊装で相談していた。

 

『ぶっちゃけ、どうします?』

「どうしますって言われてもね……」

 

 ベイロープは自分の頭を軽く掻きながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

「はぁ。ま、クーデターの共謀者が何を今更って感じだろうけど……一番イギリスのためになることをやるのが私たちの流儀なのよね。それならやっぱり、恥も外聞もなく動くしかないか」

 

 ――あるところでは、バッキンガム宮殿に勤めていた使用人や庭師たちが、我先にと戦場へ飛び込んで行った。そして、彼らは第三王女の下に集う。

 

「自分の頭で判断し、自由に使えと、女王陛下はおっしゃいました。ならば、使わさせてはいただけませんか。クーデター発生時、そして地下鉄のトンネルでも、力及ばず示すこともできなかった勇気を!」

 

 彼女はその言葉に自らを恥じ、そして自らを慕ってくれる者たちと共に行く未来を思いながら、その手にあるボウガンを握る両手に力を込めた。

 

「……それなら、私も自分のために使わせていただきましょう」

 

 

 

 

 

「お、のれ……」

 

 低い声を上げる第二王女キャーリサに対し、英国女王エリザードは自らが一代で築き上げた大企業を誇る社長のような笑顔でこう言った。

 

「大した変革だろう? どうせ歴史を変えるなら、国民みんなに活気を与えるようなものでなければな。特権階級だけが喜ぶやり方では、誰もついては来ないぞ。今から私が本物の国政を見せてやる」

「ふざけるな! お前がやっているのは、何の力もない国民に武器を与えて戦場に送り出し、自分だけは安全な玉座の上で享楽に耽溺するよ―なことだし! 身に余る力を押し付けるだけ押し付けておいて、守るべき国民を盾にしてでも己の利権が惜しーのか!?」

「……そういう風に考えることこそが、王の傲慢だとなぜ気づかない?」

 

 普通の民にはカーテナの力が使えぬなどと、誰が決めた?

 

 カーテナ=オリジナルを持つ新女王だけが英国を治め続けなければ国家が崩壊するなどと、誰が決めた?

 

 結局そのやり方は、カーテナの力を自由に振るうことができる特権階級……『国家元首』という呪縛に囚われたままなのだ。

 

「なん、だと……ッ!」

「ガキの下らん自殺願望に説教をしてやると、1人の母親が言っているだけだ。後は……そうだな。お前があっさり絶望したほど、この国は安くはない。9000万人もの民が、ヒーローになる決意をしてまでお前を助けようとしていることを今から知ると良い!」

 

 女王のその言葉と同時だった。

 

 ドッ! という爆音が鳴った。それが大勢の人が生み出した足音だと気が付くまでに、キャーリサは少し時間を要した。その直後、魔術を知らない、使用人や庭師といった人々が、立派な脅威として襲い掛かってきた。

 

 そう。

 

 イギリス中の人々が、自らの旗(ユニオンジャック)の下に集い、この国を守るために。

 

 

 

 

 

(『連合の意義』……この国にはこんな隠し玉があったとはな)

 

 駿斗は宙を舞う大勢の人々を見ながら、驚嘆していた。

 

『連合の意義』によってカーテナの力を受ける条件は『イギリスを愛し、故郷としたいか否か』。彼はイギリスという国自体は好きになったが、それでも故郷は学園都市だ。もっとも、無意識に『幻想創造』で勝手に割り込んだようだったので、力はインデックスに渡してしまった。

 

 そのため、現在は戦闘よりも魔術の解析に重点を置いている。

 

(そろそろか)

 

 カーテナの方はインデックスに任せることにして、駿斗はこのハロウィン・パーティーに参加することにした。

 

 明らかに魔術を知らない風のメイドが10メートル以上上空からキャーリサを狙い、残骸物質でできた巨大な杭をスーツの会社員が叩き落とす。

 

『普通』と『魔術』が混ざり合い、今まで誰も見たことがなかった空間が生み出される。

 

 そんな一般人の様子を見たからか、『騎士派』による介抱を受けていた『清教派』の人々も立ち上がり始めた。『連合の意義』による天使の力(テレズマ)の供給だけでなく、素人に任せて自分が寝転がっているという事は、プロとして許せない矜持もあるのだろう。

 

 そんな様子を見ながら、女王は笑って娘を挑発する。

 

「ほらほら、どうしたキャーリサ、顔色が悪いぞ! 確かにオリジナルとセカンドの力の奪い合いでは負けを認めるが……9000万対1の綱引きでも力を保ち続けられるか!?」

「ほざけ! このっ、程度で、カーテナ=オリジナルの力が揺らぐと思うな! 地下鉄の暴走である程度の力を失っているとはいえ、現に今も、わがカーテナには……残された総量の8割強の力を維持し続けているの!」

「そうかもしれないが、わずか一瞬の『何か』だけで、その力は9000万人によってそぎ落とされるぜ?」

 

 母娘の間に、駿斗は割って入った。彼もまた、エリザードのように余裕を見せた様子で、その場で杖を構える。

 

「貴様!」

「例えるなら、精密な儀式魔術を行っている神殿の中に、大量の義勇軍がなだれ込んできたような状況だな。力の制御を失った分だけ、こちらの力は増強する。あと、面白いものを見せてやるよ」

 

 駿斗は笑うと、カーテナ=オリジナルを振るうキャーリサの目の前で、堂々と『幻想核杖(イマジン・コアロッド)』を構えた。

 

「知っての通り、神仏を祀る行事というものは、世界各地にあってな……それはつまり、『神様や天使に干渉する方法』もたくさんある、と考えることはできないか?」

 

 慣れていないため少したどたどしく、しかし優雅に駿斗はその体を動かす。

 

『幻想舞踊』。

 

 即席であるが、しかし魔術的知識をギリギリまで活用して、『全英大陸』のつながりを通じて一気に術式を展開する。

 

 その直後、キャーリサは思わず一瞬、手元のカーテナ=オリジナルを見た。

 

 さらに力が失われて行く。

 

 いや、散っていくのだ。

 

 駿斗が行っているのは『取引』。

 

 人類が生まれてすぐ、はるか昔から、人々は神仏や天使の存在を考えると同時に、彼らに向けて祈ってきた。時には供物や生け贄すらささげて、その力を借り受けようとしていたのだ。

 

 それと同じ。

 

『舞踊』という『供物』を捧げることで、天使長の力を借り入れ、そして民に分配していく。

 

 当然ながら、駿斗であっても1人ではこんなことは不可能だ。『連合の意義』という同種の魔術が発動しているからこそ、その『特例』は認められる。

 

(しかし……女王様はインデックスとは方向性が違うな)

 

 かつて、インデックスは駿斗たちの教師である小萌に、魔術を教えたことがある。

 

 正確には、彼女を誘導するような形で、間接的に回復魔術を使用させたのだ。だが、それは一対一の関係であったからこそ、できた芸当だと彼女は思う。

 

 イギリス国民9000万人もの人間を同時に誘導し、なおかつたった1人も暴走を巻き込ませない安定性を維持し続けることなど、自身の10万3000冊を活用しても可能であるとは思えなかった。

 

 だが、真に恐ろしいのはそこではない。

 

 この戦いに参加している彼らたちは、この現象を自分なりの方法で解釈しようとするだろう。

 

 ――人体に秘められた不思議な力が覚醒したと考える人もいるかもしれない。

 

 ――占いの結果が最高過ぎてこうなったと信じる可能性もある。

 

 ――エリザードは実は宇宙船でやってきた異星人の女王様だと思う人もいるだろう。

 

 ――ネス湖に潜む謎の恐竜パワーを借りているのだと判断する場合だってある。

 

 しかし、恐らくその中で『魔術』という答えを導き出せる者はいない。

 

 女王はその臭いを徹底的に隠すことによって『魔導書の知識で民間人の脳を汚染する』というリスクすら回避しているのだ。

 

 インデックスは宙を飛び交うメイドや料理人たちを見回す。

 

 彼らは自分が扱っているものの正体には気づかないだろう。しかし、彼らはそんな状態でも今宵一夜限りのパーティーに全力で挑むはずだ。

 

 これがエリザード。

 

 様々な魔術に溢れ、そしてイギリス清教の総本山がある国を治める、本物の女王様。

 

「民だけには任せられん。なに、私も元々玉座よりは現場向きでな。――正直、純粋に手合せする楽しみも感じてはいるんだ」

「ッ!? お前、その力……ッ! カーテナ=セカンドは自ら捨てただろーが!」

「阿呆が、女王とてイギリス国民の1人、清き一票を投じる権利くらいは持っているぞ。もはや生身の拳くらいしか振るえぬ身だが、僭越ながら花の部隊の最前線に立たせてもらおうか!」

 

 その中で、インデックスはふと思った。

 

(もしかして……禁書目録(わたし)が作り出されたもう1つの理由は、これをサポートするためなのかも……?)

 

 

 

 

 

 当麻は、目を輝かせていた。

 

 この場にかけつけた大勢のヒーローたちに、驚嘆していたのだ。

 

(あまりにも主人公が多すぎて、俺も、駿斗も、インデックスも、神裂も、アックアも、みんな霞んじまっているじゃねえか。何だよこの国。全員が主人公ってどういうことだよ)

 

 おそらく、この光景の核は女王エリザードや連合の意義などではない。力はあくまでも手段に過ぎない。真の核は、それを掴み、自らの遺志で立ち向かうことを決めた国民たちだったのだ。

 

 カーテナ=オリジナルを振るい、戦場の中にただ1つの台風の目として君臨する今のキャーリサは、しかし当麻にはなぜか寂しげな印象を与えてきた。

 

 きっと、キャーリサは本当は知っていたのだ。この国の民の中に、どれほど輝くものが眠っているのかを。

 

 だからこそ、それを守るために必死になった。しかし、その過程で1人になってしまった彼女は、自分の『軍事』ばかりに頼るようになってしまった。

 

 守ろう、と当麻は思った。

 

 こんなふざけた負の連鎖から、必ずキャーリサを引きずりあげてみせると。

 

カーテナの軌道を上に(C T O O C U)! 斬撃を停止(S A A)余剰分の『天使の力』を再分配せよ(R T S T)!」

 

 彼が再びその戦場の中心へと足を踏み入れたその瞬間、インデックスの声が鳴り響いた。彼女の強制詠唱(スペルインターセプト)によって、キャーリサの剣が不自然に跳ね上がった。

 

 その瞬間を逃さず、当麻は叫んだ。

 

 ここからキャーリサの下まで走ったのでは間に合わない。だから、この最高の一夜へ、本当の意味で全力を注いで参戦するために。

 

「アックア!」

 

 叫ぶと、屈強な傭兵は応じた。当麻が跳んだその足の裏に、さながらサーフボードに乗るような形になるかのごとく、大剣アスカロンを差し込んだのだ。

 

 2人の間には、作戦会議どころか言葉を交わす余裕すらなかった。しかし、言わなくてもやることは分かっていた。

 

 そう、それこそ傭兵のいつもの口癖のごとく、上っ面の言葉など必要なかったのだ。

 

「――ッ!」

 

 アックアは短く息を吐くと、かつての敵対者を乗せた己の武器を、横に振り回すような軌道で思い切り薙いだ。負傷しているとはいえ、世界に20人といない聖人の全力でもって。

 

 当然の結果として、剣の側面にいた当麻が聖人アックアの膂力を受け、キャーリサめがけて砲弾のように射出された。

 

 着弾まで0.1秒あったか否か。しかしその一瞬の間に、キャーリサは確かに見た。

 

 強く強く拳を握る当麻の顔は、力強く笑っていたことを。

 

 

 

 ズッドォォオオオオ! と。

 

 まっすぐに30メートルほどの距離を突き進んだ当麻の拳が、まっすぐにカーテナ=オリジナルに直撃し、一撃で砕いた。

 

 

 

 キャーリサには、それを確認している暇すら与えられなかった。剣を砕いた拳はそのまま直進し、キャーリサの顔面に容赦なく突き刺さったのだ。

 

 キャーリサの体は宙を舞い、遠くへと吹き飛ばされて行く。

 

 一方、当麻の体は地面で何度もバウンドしながら、最後にようやく着地した。キャーリサを殴った時に肩と肘、手首の3点で嫌な音がしたが、それよりも目の前に突き刺さったものをしっかりと確認する。

 

 折れた剣の先端が、彼の目の前の黒土に突き刺さっていた。そして、幻想殺し(イマジンブレイカー)によって霊装としての力を失ったそれは、ボロボロと風化するように崩れていき、そして当麻の見つめる中で完全に夜風に流され消えていった。

 

 カーテナ=オリジナルは失われた。

 

 こうして、第二王女による長いクーデターは、完全に終結する。


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