とある神谷の幻想創造 神の右席編   作:nozomu7

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騎士団長と傭兵

『結論を言います。キャーリサの狙いは2つ』

 

 1つ目は、圧倒的な暴君として君臨することで、フランスおよびローマ正教・ロシア成教からのイギリスへの影響力を排除し、後世にこの国の汚点と言われるようになってでも、イギリスを守ること。

 

 2つ目は、カーテナを封じ、無能な王政を排除することで、国家の暴走を民衆の考えで止めることができるようにすること。

 

『キャーリサはそれらの目的のために、「カーテナという極悪な兵器を振るい、国の内外にいる多くの敵を虐殺してしまった罪」を、暴君としてたった1人で背負おうとしているのです』

 

 騎士たちは考える。

 

 もしもキャーリサが、自分へ失望の目すら向ける部下であっても殺さないような人物でいてくれるとしたら。

 

 これ以上、道を踏み違えさせるわけにはいかない。

 

 カーテナ=オリジナルの力を使わなくても、ローマ正教との危機的状況を乗り越える手段はあるはずだ。

 

 そう。

 

 キャーリサをも含む、英国王室の女王と三姉妹全員が全ての力を合わせることができたら。

 

 その頃、騎士団長(ナイトリーダー)は第一王女リメリアと同じビルの屋上で、彼女の言葉を聞いていた。

 

「私はあなた方の行動を強制しません。あなた方にも国家の他に守るべき家族がいて、友人がいて、恋人がいる事でしょう。彼らを悲しませないため、逃げ出すことを否定はしません」

 

 最後に、彼女はこう締めくくった。

 

「ですが、もしもわが妹キャーリサを哀れに思う方がいるのでしたら、第二王女という立場に関係なく、1人の女を助けたいと思う騎士がいらっしゃるのでしたら、今一度、剣を取ってはいただけませんか。おそらく、それだけで救わる女がいるはずです」

 

 どれだけの力を揮えるかではなく、本当の意味で自分のために戦ってくれる人物がいる、という事実が伝わるだけで、救われる女が。

 

(もはや、イギリス全土に命令を飛ばす必要すらあるまい)

 

 騎士団長は音もなく頷くと、どこからともなく1本の剣を抜いた。それ自体は先ほどウィリアムと戦った時に使ったロングソードだが、すでに赤黒く変色した『フルンティング』は使用できなくなっている。

 

 しかし、その銀色の輝きを放つむき出し鋼は、今までよりも力強く見えた。

 

(言葉に出さずとも、我らのなすべきことは決まっている)

 

 騎士の長が、ビルからビルへと高速で飛んでいく。そしてついに、リメリアは一度も背後にいた騎士団長へ振り返ることはなかった。

 

 彼女は、自分を第一王女だと知っている者を信用しない。そして、そのようなものに自分の後姿をさらしたりはしない。

 

(……民を思い、クーデターを実行するほどに変わってしまったキャーリサに、そのクーデターで苦しめられている民を見て成長したヴィリアン。……同じように、今度の件で私も少しは『強く』なれたのかしらね)

 

 

 

 

 

 地面に倒れたままのヴィリアンは、朦朧とした視線を2人の少年の背中に向けていた。バンカークラスター爆弾によってほぼ壊滅状態となった『清教派』残存勢力の中で、必死にキャーリサに抗い続ける2人の少年の背中に。

 

 彼女もまた、通信用霊装から流れるリメリアの言葉を拾っていた。

 

 あの少年2人は、今の言葉を聞いていただろうか。

 

 ただ1つ言えることは、彼らは全く揺れていなかった。キャーリサの真の意図を知って揺らぐ『清教派』残存勢力の中で、彼らだけが。

 

「さーどーする? 2発目のバンカークラスターは発射されたし! 先ほどまでとは違い、今度は魔術師共も防御結界を張るだけの余力はないだろーなぁ!」

「まだだ! セルキー=アクアリウムの弾幕を借りれば!」

「そんなことができるなら、先ほどの一発目も迎撃されているはずだし。この私が手掛けた巡航ミサイルは、、そー簡単には撃ち落とせないの!」

「当麻! 俺がなんとかバンカークラスターを迎撃するから、キャーリサからの防御を頼む!」

 

 ウィリアム=オルウェルとは違い、完成された主義や思想など持っていない傭兵。確かに彼らは、常に正しい選択はできないだろう。実際、キャーリサや『騎士派』に騙され、クーデターの発生を止められなかったのだから。

 

 だけど、あの2人はそこに留まらない。

 

 たとえ間違えたとしても、絶対に諦めない。どれだけ状況が悪化しても、そこからきちんと逆転できる最良の策を、どうあっても掴み取ろうとする。

 

 だから、この2人は揺らがない。笑って迎え入れることはあっても、驚いて迷うようなことはありえない。

 

 最初から完全に正しくあろうとする者と、最後にはみんなで笑えることをしようとする者は、果たしてどちらが尊いのだろうか。

 

「ほーら、バンカークラスターのご到着だし」

 

 リメリアに胸の内を暴かれてもなお、暴君として君臨しようとするキャーリサは、両手を広げて夜空を見上げた。

 

 暗い空の一点に、星とは異なる光が存在した。

 

「吹き飛べ愚民ども! これが我が『軍事』の本領だ!」

 

 そして、駿斗の迎撃用の魔術が全て次元ごと切り裂かれたその時、バッキンガム宮殿の上空にまで巡航ミサイルが迫る。

 

 そこへ、

 

 

 

「――ゼロにする!」

 

 

 

 遠方から、新たな声が届いた。

 

 直後、ミサイルは誤作動を起こした。既定のポイントに到達しても小弾がばらまかれることはなく、そのまま地面へと落下する。しかし、落下しても爆発しないどころか、かなりの重量を持つ金属の塊であるにも関わらず、地面を傷つけることなく、何度もバウンドしながら転がっていった。

 

 兵器の攻撃力をまるごと奪ったかのような、不自然な現象。

 

 呆然とする第三王女に向かって、キャーリサがさらに残骸物質の塊を蹴りつけた。その杭はまっすぐに彼女の顔を打ち抜かんと迫るが、駿斗が対処するよりも早く、それを真横から現れた影が右拳で殴り飛ばす。

 

 その拳からは、赤黒い血が流れていた。

 

「……やはり、カーテナ=オリジナルとそこから発生する諸現象には通用せんか」

「騎士団長……?」

 

 大勢の『騎士派』の男たちを連れて現れた男は、震える声でヴィリアンに呼ばれても振り返らなかった。

 

「罰には応じます。このクーデターが終わったら、私の首は処断してもらって結構。ですが、せめて処断を受けるまでの下準備程度は、我らの手で。なおかつ、願わくば……再びあなたたち『王室派』が力を合わせ、フランスやローマ正教と正しく向き合ってくれることを」

 

 騎士の長は、血まみれの手で銀色へ戻ったロングソードを構えた。そこで、明らかに不利な状況で死地に赴こうとする彼に、ヴィリアンが言った。

 

「待ちなさい」

 

 今までとは異なる、ヴィリアンの芯の通った言葉に、騎士団長は思わず足を止めた。

 

「身勝手な死を押し付けられても、迷惑なだけです。本気で償いをしたいと思うなら、喜ぶようなことをしていただきましょう」

 

 その言葉をしばし噛みしめた後に、彼は迷うことなくキャーリサと当麻・駿斗の間に足を踏み入れた。

 

「班を2つに分けろ。1つは辺りに倒れている『清教派』の回収と回復を。1つはキャーリサ様を直接止めるための攻撃を」

 

 傷だらけの鎧をまとった男たちは、その短い指示に対しても迅速に動いた。

 

「……必ず勝つぞ。これ以上キャーリサ様を1人きりにさせるわけにはいかん」

 

 騎士団長は、駿斗と当麻が並ぶその横に立つ。

 

「すまない。わが国と王女の行く末を、君たちに預けっぱなしにしてしまったな」

 

 その言葉を聞いた2人の言葉は、短かった。

 

 

 

「頼むぜ。イギリスの騎士さん」

「おう。あいつを止めるために、協力してもらうぞ」

 

 

 

 3人が同時に動いた。

 

 当麻は全次元切断を打ち消すために。騎士団長は直接的に切り込み、カーテナ=オリジナル自体の動きを食い止めるために。そして、駿斗はカーテナ=オリジナルを抑えると同時に、キャーリサ自身に攻撃をするために。

 

 騎士団長はちらりと己の武器である銀色のロングソードを見た。カーテナ=オリジナルからの力の供給が絶たれてしまったために、フルンティングへ変化させることはできなくなっていた。使用が可能な魔術は、自前で用意したソーロルムの術式と高速移動用の補助術式のみであるが、ソーロルムの術式はカーテナ=オリジナルには通用しないし、頼みの剣術にしても、カーテナ=オリジナルからの供給がない今では、その力も大幅に削がれている。

 

 しかし、そのような状況の中でも、騎士団長はいつもの調子を取り戻したかのような気障ったらしい笑みを浮かべた。

 

「(……半分の速度を出せれば良いところ、か。だが、殺さずに止めるにはこの状況の方が有り難い!)」

「なるほど、『人徳』のヴィリアンに続いて、『頭脳』の姉上まで来るとはな!」

 

 騎士団長は剣の鎬の部分を正確にたたき、カーテナ=オリジナルを弾く。

 

 キャーリサは自らの姉の演説を狡猾、と評した。

 

 確かに、全員がカーテナ=オリジナルの力に心を折られかけたそのタイミングでのあの演説は、辛い食べ物を食べた後に甘い飲み物を口に含んだかのような、特別な効果があった。

 

 さらに、あの演説の対象は『騎士派』全員であるかのように見せかけておきながら、その実は騎士団長個人に向けられたものだ。なぜなら、組織のリーダーを制御した方が、結果として組織全体の行動を統率しやすいのである。

 

 しかし、そのことを指摘されても、騎士団長は表情を崩さなかった。

 

「構いません。どれだけ演出されたものであっても、あなた様をお助けする原動力となるならば、『頭脳』のリメリア様に踊らされるのもまた一興でしょう!」

「チッ、気持ちの悪い男だな!」

 

 さらに『騎士派』の闘志がより苛烈になっていくのを、キャーリサは感じた。それだけでなく、倒れていた『清教派』の人たちも、駿斗が戦闘と同時並行で発動している回復魔術や『万象再現(リプロダクション)』により十分に復帰が可能となっており、加えてイギリス各地から次々と騎士たちがこの場所へ集まってきている。

 

(忌々しいが、巡航ミサイルの出し惜しみはなしだ!)

 

 ゴバッ! と大きな音が響いた。

 

 彼女は大きくカーテナ=オリジナルを振るって牽制すると、一度彼らから距離を取って通信機を手にする。それを見た駿斗は目を細めた。

 

「またバンカークラスターか? 悪いが、騎士団長が協力してくれている以上、単なる弾の無駄遣いにしかならねえよ。それに、俺も徐々に似たような魔術を同時構成しつつある。今この時は使えなくても、この後使われたところで、俺はロンドン全域の武器を無効化するようなことだって可能になる」

「ならばこー指示しよう」

 

 彼女はそう言うと、指示を出した。

 

 駆逐艦7隻から、総勢100発のバンカークラスターを発射する。バッキンガム宮殿に照準を合わせ……そして、それらを幻術で隠す。

 

「一発でも逃せば全員が死滅する状況で、わが剣を押し返すことができるかどーか、英国の騎士の真髄をテストしてやろう」

「チッ、止めるぞ!」

 

 駿斗と当麻、騎士の長が同時に前へと駆け出そうとするが、すでに遅い。駿斗や騎士団長が万全の状態ならば間に合ったかもしれないが、仮定の話でしかない。

 

「該当する五隻の駆逐艦に次ぐ。バンカークラスターを発射せ――」

 

 そこまで言った次の瞬間、キャーリサは怪訝な顔をした。そして、すぐにその場から飛び去る。

 

 

 

 ドッパァァ! と。

 

 軍用に使う巨大アンテナが、先ほどまでキャーリサが立っていた場所へと勢いよく突き刺さった。

 

 

 

 その残骸の上には、1人の男が立っていた。

 

「なるほど、余計な真似をしてくれるし……ッ!」

 

 今まで以上に、いや、クーデターが始まって以来、一番忌々しそうな表情で低い声を放つキャーリサ。

 

 男は、アンテナから騎士団長の隣まで飛び降りるとこう言った。

 

「遅れたか。科学については少々見聞きする程度でな。付近の軍用アンテナを片っ端から探し出して破壊するのに、少々手間取ってしまったようである」

 

 個人の戦闘はおろか、集団の戦闘においても戦い慣れたあの傭兵が、ついに戦線に加わった。

 

 相変わらず、憎らしいほど最高のタイミングで。

 

 

 

 

 

「……よもや、この人生でもう一度、お前に背中を預ける時が来るとはな」

 

 騎士団長は、旧友に話しかけているとも独り言とも取れる声で呟いた。

 

「フルンティングへの移行は不能、であるか。せいぜい足は引っ張らぬようにな」

「ぬかせ」

 

 2人の間に言葉は必要なかった。かつて共に数々の強敵を打ち破ってきたときと同じように、彼はぞんざいな調子で信頼を預けるように、こう言った。

 

 

 

「行くぞ。互いの10年の研鑽を、それぞれ点検してみることにしよう」

 

 

 

 ゴバッ! と大地が裂けた。2人の脚力に、地面の方が耐えきれなかったのだ。

 

 アックアは右から、騎士団長は左から、回り込むような挙動で彼らはキャーリサの元へと突き進み剣を振るう。

 

「チッ」

 

 キャーリサはアスカロンを回避し、残骸物質の盾で騎士団長の攻撃を受け止め、

 

「――斬り飛ばすぞ、首」

 

 剣と剣が衝突した。

 

 しかし、全次元切断によってアスカロンごとアックアが斬られることはなかった。鍔の部分をぶつけ合うように、叩き付けたのだ。

 

(……痛っつ……ッ!?)

 

 予想外の反動に、今まで一方的に押してきたキャーリサが押し返される。そして、そこに生まれたわずかな空白に、駿斗と神裂が突撃する。

 

 彼女は、何かの布を左右非対称の服装の上から着ていた。

 

(産着……神の子である『聖人』専用の霊装!?)

 

 恐らく、神の子の出生の伝承から創り上げられた霊装で、『聖人』の能力を強化するものだろう。しかし、世界に20人しかいない『聖人』専用の霊装を、現在使用している霊装を妨害することなく機能する形で創り上げるなど、普通はできないはずなのに……。

 

(まったく、厄介な相手だし!)

 

 神裂とは反対側から回り込んで杖を打ち付けてくる駿斗を忌々しそうに睨みつけながら、キャーリサは残骸物質を蹴りあげて駿斗の妨害に当てると、今までよりもさらにスピードを増した神裂の刀へと剣の軌道を変更し、これの防御に当てる。

 

 さらに、そこに生じた隙にアックアに加えて騎士団長もダメ押しとばかりに動いた。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 

 アックアの足を蹴ってそのバランスを崩し、神裂の刀を弾き、体を回転させて駿斗の氷の剣を押し返し、騎士団長の攻撃から逃れるべく、大きく後ろへと跳んだ。

 

 これまでとは違う、全力の回避だった。

 

 4人の超人は、それを黙って許すはずがない。

 

 火花の嵐が、それに伴って移動する。カーテナ=オリジナルの斬撃から残骸物質が生まれる1.25秒の猶予が遅く感じられるほどの速さで、5人の斬撃が続く。

 

「っ!?」

 

 駿斗の攻撃にわずかによろめいたその瞬間、キャーリサは強引に、発生した残骸物質2つをシンバルのように打ち付けた。

 

 ドッパァァァァン! という衝撃波と共に、打ち上げ花火のように破片が散った。その勢いを利用して50メートルほどの距離を取ったキャーリサであるが、それは彼らにとって一瞬で詰めることができる程度のものだ。

 

 彼女の額からは、一筋の赤い血が垂れていた。

 

「……なるほど……。そろそろお手玉も許容量を超えたか。いかに特別な力を手に入れているとはいえ、さすがに聖人級の怪物が4人も集まるのは面倒だし」

「『特別な人間』だけで、全てを成し遂げられるとは思わないことです」

 

 神裂は特殊な呼吸法で体力を取り戻しながら、静かに告げる。

 

 実際に、周囲にいる魔術師からの攻撃を意識しているからこそ、キャーリサの選択できる手段も限定されてくる。それがさらに、神裂たちに戦闘をやりやすくさせているのだ。

 

 しかし。

 

 

 

「だが、だからこそ――そこに勝機があるとは考えなかったの?」

 

 

 

 第二王女から、これまでにはなかった嗜虐性のようなものが感じられた。

 

 その直後、残骸物質が彼女の蹴りによって砲弾のように放たれる。

 

 標的は4人のうちの、誰でもない。

 

 後ろで倒れている『清教派』の手当てのために動いていた『騎士派』の集団だ。

 

(間に合え!)

 

 駿斗は全力で天使の力を体に漲らせ、残骸物質の砲弾を弾き飛ばす。さらに、立て続けに現れた竹とんぼのような残骸物質が、集団に向かって放たれると、騎士団長がそれを弾き飛ばすために動いた。

 

 しかし、そこへドッ! という衝撃が入った。

 

 キャーリサによる攻撃ではない。『清教派』が迎撃のために放った魔術が、騎士団長に命中したのだ。

 

「……あ……」

 

 悪意はなかった。

 

 だが、結果だけは訪れる。

 

 騎士団長は辛うじてロングソードで防御したが、そのまま地面に叩き付けられた。そして、中途半端に弾かれた残骸物質が『騎士派』の集団に落ちてこようとするのを、駿斗が迎撃する。

 

 その間に新たな残骸物質が生み出され、それを迎撃しようとした神裂がキャーリサによって吹き飛ばされる。

 

 アックアはキャーリサに向かって攻撃を放つが、こうなっては集団での戦いではなく個と個の戦いへと劣化してしまっている。鍔のところでわずかに拮抗したものの、いくつかの斬撃の後でアックアの体が後方へと吹き飛ばされた。

 

「数千だろーが、数万だろーが、集まったところで揺らぎはしないの」

 

 敵の人数が増えても、それを逆に切り口が増えたとみなして攻撃を続けるキャーリサは、そう言い放った。

 

「私が英国王室の中でも『軍事』に優れた者であることを忘れたの」

 

 

 

 

 

 そんな戦いを眺めている者がいた。

 

 魔術師でもなく、しかし全く無関係な一般人と割り切ることができる者でもなかった。彼らはバッキンガム宮殿で英国王室のために働いていた、下働きの使用人や料理人、庭師などだった。

 

 本来王室の者に接近を許されるのは、主に近衛侍女や武装側近と呼ばれるいわゆる護衛をする者たちであるが、彼らは違った。第三王女ヴィリアンによって招かれた、本当に王室とは関係のない民間出身の者なのだった。

 

 彼らはロンドンまで来ることはできたものの、洗浄の中心地であるバッキンガム宮殿まで突入することはできなかった。しかし、その逡巡こそが彼らの素人臭さを露呈していた。彼らが立っているその場所は、キャーリサの気まぐれでいつでも吹き飛ばせる位置であったからだ。

 

 軍事的なクーデターという意味でも、物理法則を超える『魔術』の大規模内戦という意味でも、もはや使用人たちの心のキャパシティを軽く凌駕してしまっていた。

 

 キャーリサの心情が暴露されようが、それでも彼女は絶望の象徴であった。

 

 行けば一瞬で絶命するかもしれない。あるいは、足を引っ張ってプロが倒れてしまうかもしれない。

 

 そう考えると、彼らは立ち尽くすしかなかった。

 

 自分たちは民間人なんだ。魔術なんて訳の分からないものが出てきたら、出番などあるわけがない。民間人でも戦っている2人の少年だって、何か特殊な力を持っているらしいじゃないか。スカイバス365を乗っ取ったテロリストと戦ったりすることができるような人間だったら、自分たちだって迷わず駆けつけられる。でも、自分たちにはそんな特別な力などありはしないのだ。

 

 だから、仕方がないじゃないか。

 

「本当に、そう思っているのか」

 

 その言葉に顔を上げると、そこには見知った顔があった。

 

「あの少年たちとお前たちとの違いは、単なるその肉体に宿る力の性能の差だけと、本気でそう思っているのか?」

「……、」

 

 他人の口から改めて質問され、使用人たちは黙り込んでいた。

 

 本当は、分かっていた。

 

 彼らはたとえ特別な力がなかったとしても、それでもあの場所に立っていただろう。むしろ、最前線にいるあの2人にたまたま特別な力が宿っていた、と考える方が自然な気さえした。

 

 つまり、この内戦に参加できるか否かは、度胸や勇気によって決まるのだ。

 

「お前たちには、それがあるか?」

 

 その質問に、顔を上げた。

 

 俯く必要はなかった。気持ちの部分だけでもあの少年たちには負けない、と彼らは思った。震えあがるほどの恐怖を感じていても、戦いたいと思っていたからこそ、彼らはかろうじて逃げずに踏みとどまっていたのだから。

 

 だから、彼らはこう言った。

 

 自分たちも、一緒に戦いたいと。

 

「よろしい。ならばいっしょについてこい。足りない分は全部私が埋め合わせてやる」

 

 英国女王エリザードは、大型船の船長のように力強い笑みを浮かべる。

 

 必要なものはすべてそろった。

 

 ここから先は、逆転劇だ。


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