とある神谷の幻想創造 神の右席編   作:nozomu7

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孤高な暴虐

「すまん、助かった神裂。……最初から全開で行けよ。出し惜しみすると、ぶった切られるぞ」

「分かっています」

 

 神裂が『唯閃・陽炎ノ太刀』を繰り出す。対し、キャーリサはただ剣を上下に振るっただけ。しかし、その動きすら当麻には捉えることができなかった。

 

 かん高い音と共に、2つの斬撃が衝突を起こす。

 

「この全次元切断に拮抗する、か。先ほどの小僧もそうだが、あらゆるものを切断する必殺同士、どーやら2つの法則の間に齟齬や矛盾でも生じているのかもしれないの」

「……先ほどまでの動きとは違いますね。かくいうあなたこそ、出し惜しみをしていると足元をすくわれますよ」

 

 出し惜しみ、という言葉を聞いて、当麻は心の中で否定した。

 

 直感で分かる。『軍事』に通じるあの王女は、調節はしても加減をするような人間ではない。実際その通り、余計な消費をせずに、最小限で最大限の力を引き出すために調節しているのだ。

 

 七天七刀とカーテナ=オリジナルの斬撃と斬撃がぶつかり合い、キャーリサの攻撃から生み出される残骸物質を神裂のワイヤーが切り裂く。

 

「当麻は天草式と合流して、キャーリサの斬撃を消すチャンスを狙ってくれ!」

 

 駿斗は制限時間が来たのか『権天使(アルヒャイ)』の状態を解除してしまうが、それでも神裂に対して補助的な魔術を施しつつ、自分自身も防御魔術と攻撃魔術を同時展開する。

 

 その間にも、援軍は来た。

 

 ――フランベルジュを握る建宮斎字や海上用船上槍(フリウリスピア)を構える五和を中心とした、新生天草式十字凄教が。

 

 ――『蓮の杖(ロータスワンド)』を携えるアニェーゼや巨大な車輪を持つルチア、4つの硬貨袋を持つアンジェレネたち、元アニェーゼ部隊が。

 

 さらにゴーレム=エリスを従えるエリスなど『必要悪の教会(ネセサリウス)』の面々が集い、その戦闘の激しさに驚きながらも、次々に身を投じていく。

 

 対し、キャーリサも四方に残骸物質を生み出しながら、それは砲撃とし盾として活用していく。さらに、上空のグリフォン=スカイが地上すれすれを飛行してゴーレム=エリスに体当たりをしてその破片を飛び散らせた。

 

「対キャーリサ班と対グリフォン班に別れましょう! 移動要塞の高度は20~50メートル程度……ペトロ系の撃墜術式が通用する高度です。牛深、香焼、野母崎! あなたたちで、あれを落とすための術式を構築できますか!?」

「やってはみますが、向こうもデカいシールドで保護していることでしょう。削り取れる保証はありませんよ!」

 

 そう言いながらも、彼らは迅速に行動した。

 

 グリフォン=スカイは、機体から伸びる影を『要塞』と連動して動く真っ赤な『馬上槍』に変え、それによる攻撃で対象を破壊する……というシステムを持っているのであるが、それは逆に魔術的な意味が地上にもある以上、細工しやすいということでもある。

 

 したがって、『馬上槍』の墜落と同時に上空のグリフォン=スカイもその高度を下げたが……立ち直り、天草式へと攻撃を加えようとする。

 

「ヤバッ……!」

「いえ、ここまでやれば十分です!」

 

 牛深の叫びを神裂が打ち消し、彼女は『聖人』の身体能力を存分に発揮した。すなわち、馬上槍を側面から掴み取り、魔術的な妨害によってその破壊力と制御を妨害しつつ、それを思い切り振り回したのだ。

 

 要塞の『影』である馬上槍は、上空のグリフォン=スカイとその動きを連動させている。それを逆に利用し、グリフォン=スカイを同型機を4機ほども巻き込みながら、それをキャーリサめがけて叩き付けた。

 

 ゴバッ! という轟音が炸裂する。

 

 しかし、それはグリフォン=スカイの墜落によるものではなく、それが一撃で『カーテナ=オリジナル』に両断されたときに生じた音であった。

 

「くそっ! 移動要塞5機分の鉄槌だぞ!?」

 

 初老の諫早が叫ぶ。キャーリサとカーテナ=オリジナルの力は、文字通り常識外れであった。

 

 駿斗が身体能力を増強すると同時に『天草式』の身体能力を増強させ、全体を『調整』するように魔術を行使することで、どうにかキャーリサと拮抗する。その間、神裂はスタミナ回復に努めながら、当麻に話しかけていた。『唯閃・陽炎ノ太刀』は『唯閃』に比べてさらに強力なものであるが、その分スタミナの消費も激しくなってしまう。

 

「心苦しいのですが、やはりあなたの右手に頼る必要があるようですね。キャーリサの斬撃――全次元切断攻撃そのものを打ち消すことはできますか?」

 

 彼女の全次元切断術式は、強力な攻撃であると同時に防御用の壁であり攻撃用飛び道具でもある『残骸物質』を生み出す効果も併せ持っている。逆に言えば、それを考慮した戦術が組み立てられている以上、それを打ち消すことによって勝機が見えてくるのだ。

 

「中国には三種の剣の伝説があります。中でも最高の剣は、人を斬っても斬った感触がなく、斬られた方も自覚がなく、何事もなくいきていくそうです。……まあ、思想教育のためのたとえ話に出てくるものなんですが、どうもカーテナはそのたとえ話を本当に実現してしまったものみたいです」

 

 すなわち、本当に鋭すぎる斬撃は物体を切断してから現象が表出するまでにラグが生じるということだ。今回の場合は、斬撃から『切断面』である残骸物質の形成までに約1.25秒ほどの時間がかかっている。

 

 ここにおいて、『斬撃』は魔術現象であるが『残骸物質』は二次的に発生する物理現象にすぎない。したがって、当麻の右手では消すことができないのだ。逆に言えば、1.25秒以内であれば斬撃を消して残骸物質の形成を食い止めることができる。

 

「……失敗すれば即座に窮地に立たされるクロスカウンター、か」

「必ず決めろとは言いません。仮にカーテナ=オリジナルが長距離・大規模に次元を切断して巨大構造物を生み出そうとした際、手が届けば伸ばしてもらう……程度に考えてください」

 

 その時、ドバン! という大きな音が響いた。

 

「おいおい、大事な護衛対象を残して作戦会議か。狙い撃ちにしてほしーみたいだし」

 

 キャーリサが飛び、神裂と駿斗はとっさに当麻を庇う位置に立った。

 

「違う、俺じゃない!」

 

 キャーリサが空中で足場となる残骸物質を生み出し、第三王女の下へと突撃する。ボウガンを構えるよりも早く、彼女は妹を地面に押し倒し、その先を喉元へと突きつけていた。

 

「そもそもろくに魔術も扱えないお前が、どーしてこんなところにいるの。妙な正義感にでもかられたか? それとも主戦力のみんなに置いてかれて、1人ぼっちで待っているのが怖くなったの?」

 

 彼女は今、『清教派』からの助言でもあったのか、ボウガンに四大属性の色に対応したマジックの線を引いているが、カーテナ=オリジナルを持つキャーリサからすればゴミ同然だった。

 

「他人が起動した霊装を動かすのではなく、生まれて初めて自分の力だけで他人を害する魔術を発動し、地下鉄を利用して私のカーテナ=オリジナルを暴走させたことで、有頂天にでもなっていたの? ……たった一度の偶然で無邪気にはしゃぎやがって。所詮、この辺りが無能なお前の上限じゃないか、お・ひ・め・さ・ま?」

 

 馬乗りのようになりながらせせら笑うキャーリサであったが、その表情がすぐに止まった。

 

 なぜなら、ヴィリアンが彼女へとまっすぎに見つめ返していたからだ。

 

「……私を逃がしてくれるために、使用人やウィリアムが突きつけられていた物は、こんなにも恐ろしいものだったのですね。ならば、いい加減に私も立ち上がりましょう。一国の姫として、このような多大な恐怖から、皆を守るための屋根となれるような人物になるために!」

 

 彼女は叫ぶと同時、喉元の剣を無視してボウガンを構えた。相討ちも覚悟すると言わんばかりに迷わず引き金を引く。キャーリサは首を振ってそれを回避したが、そこに余裕は見られなかった。

 

 しかし、ボウガンに新たな矢をつがえる余裕はない。

 

「眠れ、夢想家」

 

 これまでとは違う、恐ろしいほどの無表情で、キャーリサは告げる。

 

 そして。

 

 

 

 パガッ! と。

 

 ヴィリアンの放った矢は、カヴン=コンパスの大規模閃光術式に直撃した。

 

 

 

 閃光は数十トンもの水の塊へとその姿を変え、夜空で不気味にうねる。大質量のそれはしなりながら、空中を旋回するグリフォン=スカイをも巻き込んでキャーリサへと落ちていく。

 

(コンビネーション攻撃!?)

 

 ヴィリアンには、具体的な魔術を扱うだけの知識はない、まったくの初心者と言っても良い。しかし、知識を他者から借り、そして火力をこうして補えば、彼女自身は起爆剤を用意し、使用するだけであとは連続的に爆発が発生する。

 

 まして、『清教派』には禁書目録と幻想創造という最強タッグが存在する。2人が助言するだけで、素人であってもこれだけの、いや、これ以上の魔術が用意されている可能性もある。

 

「くそ、小細工を!」

 

 ヴィリアンは吐き捨てるように言いながら、巨大な水の塊を回避する。その間に、ヴィリアンは微かに震える手を強引に抑え、ショットガンのようなスライドを引いて次の矢をつがえていた。

 

「ご存じありませんでした? 姉君が『軍事』に優れているように、私は『人徳』に優れていると言われていることを」

 

 再びボウガンの矢がカヴン=コンパスの閃光に衝突し、ゴルフボールくらいの球体が辺り一面に降り注ぐ。そして、まっすぐにキャーリサへ駿斗が正面から衝突し、刃を交えてヴィリアンへの道を塞ぐ。

 

 しかし、キャーリサはそれでもジグザグと小刻みな挙動で豪雨を回避しながら、少しずつヴィリアンへの距離を詰めて行った。

 

「これが他力本願の限界だ!」

「ええ、これが他力本願の限界(ちょうてん)です。姉君」

 

 ドバッ! という轟音が炸裂した。

 

 それは大量の足音だ。ヴィリアンは神裂によって再び奥へと下がり、入れ替わりに新生天草式を中心とした近接戦闘のメンバーが、今までの3、4倍の速さで飛びかかってきた。

 

(まさか、先ほどの豪雨の正体は――攻撃ではなく、身体能力増強用の術式か!)

 

 ならば、100メートル級の巨大な残骸物質を生み出し、丸ごと地面を耕して、地面に埋まっている術式の核を取り出してしまえばよい。

 

 そう考えたキャーリサは、全力で体を回転させて剣を振り抜く。

 

 しかし、全次元は切断させなかった。

 

 残骸物質が生み出されるまでの、1.25秒の空白。

 

 大きすぎる斬撃は、その間に当麻の右手で打ち消される可能性を高めることを意味する。

 

 シッパァァン! と鞭うつような音と共に、半端に裂かれた次元が元に戻った。

 

 その『不発』と併せるような形で。

 

 

 

 第三王女ヴィリアンが夜空に向けてボウガンを放ち、

 

 同時に駿斗がその杖に莫大な天使の力(テレズマ)の光を宿らせる。

 

 

 

『軍事』に優れているはずのキャーリサは、一瞬迷ってしまった。

 

 単純な戦闘能力なら、ヴィリアンよりも駿斗の方が驚異的だ。しかし、ヴィリアンがあのような小細工をしているのに彼が関わっているならば、そのような思い込みすらも危ない可能性がある。

 

 結論から言えば、今回もヴィリアンの『人徳』が働いた。ただし、キャーリサの想定の裏をかく形で。

 

軌道を歪曲(B A O)下方向へ変更(C D)!」

 

 インデックスの『強制詠唱(スペルインターセプト)』が響く。ただし、それはキャーリサの持つカーテナに向けられたものではなかった。彼女ですらも、まだ完全に解析が終わってはいなかったのだ。

 

 その代わりに手にしていたのは、カヴン=コンパスとつながる通信用霊装。

 

 巨大な光の柱が、直角に折れた。それは間にあるグリフォン=スカイを容赦なく貫通すると、構えたカーテナ=オリジナルの死角を縫うように、一直線にキャーリサへと突き刺さる。

 

 同時に、駿斗はその天使の力を解き放つ。ただし、彼がいる場所からでは防御されてしまい、逆にカヴン=コンパスの攻撃を妨害しかねない。彼が行ったのは、その衝撃に備えるための防御術式を周囲を覆うように発動することだった。

 

 爆発。

 

 駿斗の庇護をうけることができた魔術師はよかったものの、その外にいた魔術師はその衝撃で地面に転がった。

 

 直撃か所には半径20メートル以上のクレーターが出来上がっていた。

 

 やりすぎたんじゃないか、と当麻は一瞬考えるが、駿斗が再び天使の力をその杖に集約したこと、そして続けて聞こえてきた声で、その考えを改めさせられる。

 

「……流石に、今のは効いたし」

 

 爆発の中央から、キャーリサが姿を現す。ドレスにはところどころ破けている箇所もあり、肌に赤くにじんでいるものがあることも確認できる。しかし、キャーリサは膝を突いてはおらず、カーテナも折れてはいない。

 

(マジかよ……)

 

 駿斗も、今までに見たことがないほど険しい表情をしている。

 

 あれだけの攻撃を受けてなお、未だに戦闘に支障が出るようなダメージを負っている様子が、キャーリサには見受けられなかった。

 

「……やはり、カーテナ=オリジナルを破壊しない限り、どうにもならないようですね」

 

 神裂が苦い表情で呟く。

 

 対して、キャーリサはぐるりと自慢の剣を肩に担ぐと、軽く夜空を見渡した。

 

 彼女の用意したグリフォン=スカイは、カヴン=コンパスやセルキー=アクアリウムによる遠距離砲撃と、『清教派』による地上からの攻撃によって、ほとんど全滅状態であった。そして、全員が見ている目の前で、最後の1機が墜落していく。

 

「やはり、無人機ではこの辺が限界だし。いや、攻城用に設計されていた物を真逆の迎撃に使ったのだから、単にスペックの問題だけではないのかもしれないが」

 

 しかし、彼女には余裕があった。駿斗は警戒しながら話す。

 

「さすがに、これ以上大型霊装を用意しているとは思えない。莫大な魔力も感じない。アンタ以外にはな。このまま押していけば……」

「おやおや、雑魚を倒してレベルアップしたつもりにでもなっているの?」

 

 彼女はドレスの開いた胸元に手を伸ばすと、そこから小型の無線機を取り出した。

 

 その理由に本当の意味で気が付いたのは、やはり駿斗。

 

「あれを使わせるな!」

 

 駿斗は、すぐに波動干渉(ウェーブインターフェア)を発動しようとするが、キャーリサは気楽な様子で残骸物質を彼に向かって蹴りあげると、その対処に追われているのを尻目に無線機に向けてこう告げた。

 

 

 

「ドーバー海峡で哨戒行動中の駆逐艦ウィンブルドンに告ぐ。バンカークラスター弾頭を搭載した巡航ミサイルを準備するの。弾頭の起爆深度をマイナス5メートルに設定、ミサイルの照準をバッキンガム宮殿に合わせ――即時発射せよ」

 

 

 

 その意味をすぐに理解したのは、科学サイドの2人だった。

 

「ばっ、バンカークラスターだって!?」

 

 軍用のシェルターを破壊するために開発された特殊弾頭だ。空中で分解を起こして1発から200発ほどの小弾をばらまく。1発で半径3キロ四方が吹き飛ぶような代物なのだ。

 

「そんなもの使用したら、宮殿どころじゃない! ロンドン市街が吹き飛ぶぞ!」

「わめくのは結構だが、巡航ミサイルは速いぞ? 100キロ程度の距離など1分ももたないはずだし」

 

 特にイギリスは、ローマ正教圏の国からの圧力で、コンコルドやユーロファイターなどの旅客機・戦闘機の共同開発という名目で開発費をねだられていたという経緯がある。そのため、イギリスの超音速関連の技術はヨーロッパの中でも強いのだ。

 

「やらせはしません」

 

 神裂は、空中に半径100メートル単位でワイヤーを張り巡らせた。聖人の領域にいるからこそ可能な、街のブロック1つを覆う防護魔術。

 

「無防備だな。思惑通りだし」

 

 しかし、それをあっさりとキャーリサが切り裂く。

 

「神裂は、魔術に専念してくれ! あいつは俺が!」

 

 駿斗は『神の力(ガブリエル)』を模倣する翼を生やすと、キャーリサに向かって水翼を放った。しかし、彼女はそれごとまとめて防御術式を切り裂く。例え四大天使の一角であっても、天使長の前では無力であると言わんばかりに。

 

 その直後、バンカークラスターの小弾頭が降り注いだ。

 

 起爆深度はマイナス5メートル。つまり、あえて地上近くで爆発するようにしているのだ。

 

 その直前、恵みの光を一身に受けるように両手を広げたキャーリサを、当麻は見ていた。その視線に彼女は気がつくと、顔を正面に戻し、今までには見たこともなかった、笑顔という名前の全く違う表情を顔全体で表現しながら、何かを呟いた。

 

 何を言ったのか、当麻には聞こえていなかった。そして、必死で防御術式を再構成する駿斗は、それを見ていなかった。

 

 

 

 直後、バッキンガム宮殿に暴力的な雨が降り注いだ。

 

 

 

 視界は真っ白に塗りつぶされた。

 

 意識の断絶があった。当麻が覚えているのは、体が投げ出されるような感覚だけだった。しばらく呻き、指を動かし……ようやく、当麻は自分が生きているという事を何とか自覚した。

 

 一方で、駿斗は自分の体が『天使の力』でかなり強化されていたために、さほどダメージを受けずに済んでいた。また、とっさに念動鎧(フォースアーマー)を発動したことも、幸いだったのだろう。天使の力による強化が主になってから使用しなくなっていたが、思わぬところで役に立った。

 

 2人は立ち上がると、まずお互いの無事を確認した。しかし、すぐに周囲の惨状を見渡す。

 

 以外にも、ロンドン市街には火災や倒壊は広がっていなかった。神裂が途中まで張っていた防護結界は、切り裂かれていない部分が機能していたのだろう。こぼれた分にしても、魔術師たちは各々で防御策を取っていたはずだ。

 

「イン、デックス……?」

 

 当麻の呟きに、答える声はなかった。

 

「神裂! 建宮!」

 

 駿斗の叫びが、静寂の中に響いて消えた。

 

「シェリー、アニェーゼ、オリアナ!」

「オルソラ! ルチア! アンジェレネ! くそ……」

 

 かすかにうめき声のようなものが聞こえたが、はっきりとした返事はなかった。すぐに駿斗は万象再現(リプロダクション)を周囲に施すが、しかしそれでも未だ反応するものはいない。

 

 その中で、1人超然とした様子で立っている者がいる。

 

「さぁーて、と。希望はまだ残っているの?」

 

 ニヤリと笑い、彼女は見せつけるように再び無線機を口に寄せる。

 

「――駆逐艦ウィンブルドンに告ぐ。バンカークラスター、続けて発射準備せよ」

 

 

 

 

 

 バッキンガム宮殿から離れたビルの中では、第二王女キャーリサの護衛の任に就いていた騎士たちは皆、倒れていた。彼らは、カーテナ=オリジナルの暴走の後に『騎士派』を統率し続けるために『見せしめ』を受けた者たちであった。

 

 その中で、1人の騎士が起き上がった。彼は他にも『生き残り』がいないか確かめようとするが、その時通信用の霊装から声がした。

 

『聞きなさい。私は英国王室第一王女・リメリアです』

 

 本来ならば、通信用の霊装に割り込みをかけられたことに警戒を抱くべきであるが、彼はあまりの激痛にただ呆然と流れてくる言葉を耳にしていた。

 

『エジンバラに放っていた密偵からの報告により、クーデターの首謀者キャーリサの真の狙いが分かりました。これは恐らく、あなた方「騎士派」の者にも伝えられなかったであろう、わが妹キャーリサが胸に秘めた本当の狙いです』

 

 騎士は話の内容よりも、自分の現状に疑問を持っていた。

 

 自分たちはバッキンガム宮殿において『見せしめ』にされたはずであった。筋肉も内臓も骨格も神経も痛めつけられたうえで殺されたはずだったし、何者かの手によってここに運ばれたことに対しても謎だった。

 

 しかし、圧倒的な無気力感は、彼から考えようとする気力を奪っていた。

 

 それでも、リメリアの言葉は続く。

 

『彼女はこの国の「軍事」を司る代表者として、ローマ・ロシア勢力からイギリス国民が脅威にさらされていることに、誰よりも責任を感じていました』

 

 その時、金属音がした。

 

 騎士が振り返ると、彼と同じように同僚の1人が鎧を動かして起き上がろうとしていた。

 

『このままでは、イギリスという国家そのものの価値や尊厳が奪われてしまう、とキャーリサは結論付けました。戦争によって激変する時代そのものにイギリスの民が滅ぼされぬようにするためには、武力によって国家の価値や尊厳を守るしかない、と』

 

 彼らは、彼女の言葉をそれまであまり聞いていなかった。今更キャーリサを庇うような言葉を聞いたところで、これまでの横暴から考えれば、全てが欺瞞に思えてしまうのだ。

 

『そして、同時にキャーリサは悩みました。……もしも国家元首の手にカーテナ(絶対的な力)がなければ、ローマ正教との戦争がここまでひどくなる前に民の言葉に耳を傾けて、国家の舵取りを修正する機会があったのではないか、と』

 

 しかし、彼らは気が付いた。

 

 あれだけの暴力を受けてなお、彼らは動ける。

 

 行動不能に陥っている者はいなかった。一生引きずるような後遺症が残っている者はいなかった。

 

 あれだけの暴虐の中で、死者は1人もいなかった。

 

 第二王女の姿を見た。嵐の中心にいるようなその姿は、なぜか寂しそうに見えた。


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