とある神谷の幻想創造 神の右席編   作:nozomu7

33 / 76
空の上でも

 スカイバス365。

 

 3人が三毛猫を見捨てて乗り込んだのは、極めてゆったりとした大型旅客機だった。2階建ての構造で座席部分が分かれている上に、エコノミー席であっても足を延ばせる程度の広さがあり、おまけにマッサージチェアとしての機能まで有していたほどであった。

 

「いやぁ……まさか、ロンドン行きの飛行機が1機もなかったなんてなぁ」

「全くだ。どうして今更、騒動の中心になっているイギリスに行こうと思えるんだか。まあ、会社の出張とかで仕方なく、なんだろうけどよ」

 

 当麻の言葉に、駿斗も同調しながらそう言った。

 

 ロンドン行きの飛行機は予約で席が全て埋まっていたのだった。したがって、空港のサービスカウンターの受付のお姉さんのアドバイスの通りに、スコットランドのエジンバラ行の飛行機に一度乗って、そこから国内線の飛行機に乗り換えてロンドンに行こう、という計画を立てていた。

 

 イギリス南部にあるロンドンに対して、スコットランドはイギリス北部に存在する。そのため、さすがに電車では時間がかかりすぎる。

 

 唯一の懸念材料だったのはお金の問題であるが、それも携帯電話のおサイフケータイの機能を使って事なきを得た。もっとも、クレジットカードのようなものなので、後で送られてくる請求書を見て悲鳴を上げないかどうか不安であるが。

 

 しかし、保護者2人が家計のことで頭を悩ませている一方で、インデックスは『ひこーき』というイレギュラー空間に興味津々のようである。

 

「と、とうま! はやと! この椅子にはピコピコがついているんだよ!」

「確かにボタンはいっぱいついているけど、それはゲームじゃないっての。っつーかただのテレビだろうが……じゃねえ!? 今すぐその手を放せインデックス! お前が操作しているのは有料チャンネルだ!」

「ビーフオアフィッシュ! ビーフオアフィッシュ!」

「今から機内食が心待ちなのはわかったから! うわ、最新映画チャンネルとか超高そう!」

「このボタンはなーに? わひゃあ! 紐のついた透明なカップが出てきたんだよ!」

「それは緊急時用の酸素マスクだー!」

 

 そんな騒ぎを聞きつけたのか、金髪ナイスバディのフライトアテンダントさんが慌てたようにやってきた。駿斗はボタンを押すのに夢中になっているインデックスの両手を拘束し、当麻はその横でペコペコと頭を下げる羽目になった。

 

 駿斗は彼女の動きを拘束したまま、機内でのマナーについて一通り教えていく。インデックスはそれでも無料チャンネルの方に挑戦してみるが、有料サービスに目を向けさせるためなのか、おっさんたちが経済の動向について論議を交わしているような番組ばかりしかなかった。どうやら、ユーロトンネル爆破の影響で経済にもいろいろな影響が出ているらしい。

 

 そんなつまらない番組しか出てこない飛行機のテレビに早くも飽きたのか、インデックスはリモコンから手を放しておもむろに背筋を伸ばした。

 

「ところで、ひこーきのご飯はいつになったら届くの?」

「機内食? 夕食の時間はとっくに過ぎているし、次の食事は9時間くらい後だろうな。遅めの夕食はないプランだから安上がりなんだよ」

 

 ガシィ! と今度は、駿斗がインデックスにアイアンクローを決めた。なぜなら、インデックスが再びその牙を剥こうしたからである。

 

 だが、インデックスの思いも2人は分からなくもない。そこで、まずは当麻がフリードリンクのコーナーでコーヒーだけでも手に入れてくることになった。

 

 スカイバス365の中には、外国人が思ったよりも大勢いた。NASAが作ったらしい厚さ3ミリでテカテカした素材の毛布を体の上に被せて眠っている。恐らく、学園都市での営業を終えて帰るビジネスマンなのだろう。

 

 最近の飛行機は、液化爆薬対策のために基本的に飲み物を機内に持ちこむことができない。そのため、航空会社はフリードリンクのサービスをすることによって、『自由を奪われた』お客様を宥めようという訳である。

 

 フリードリンクのコーナーには、ファミレスなどの飲食店ご用達のドリンク用の機械が置いてあった。例の、ボタンを押すと機械の中にあるドリンクが下に置いたコップに注がれるものである。ただ、種類はコーヒーと紅茶、、オレンジジュース、そして世界で一番有名な炭酸飲料の4種類だけであった。しかも、コーヒーに至っては『コーヒー』と書いてあるだけで、産地はおろか、ブラックなのかどうかとか、そういったものは一切書かれていない。

 

 しかし、その横には予想外のものがあった。

 

 縦に合体した紙コップタワーの横に、四角いクラッカーのようなものがたくさん置いてある。おまけに、バターとかブルーベリーとか、その上に乗っけるものもたくさん揃っていた。

 

(へえー、最近の飛行機はこんなのもタダなんだなー。海外旅行は燃料費だなんだで結構伸び悩んでて、今はサービス競争になっているって話は前に聞いたことがあるけど、こういうトコでも頑張っているんだなー)

 

 そんなことに感心しつつ、実際に食べ物を目の当たりにしたことで空腹を訴え始めた胃袋を感じながら、当麻はクラッカーに手を伸ばし始めたのだが……そこでふとその手の動きが止まった。

 

 なぜなら、クラッカーの箱の横にはフライトアテンダントさんの手書きらしき可愛らしい字で、こんな言葉が書いてあったからだ。

 

 ――『有料』。

 

 

 

 

 

 9時間後。

 

 結局有料のクラッカーには手を出せず、3人を乗せた大型旅客機スカイバス365は、一度フランスの空港に着陸した。

 

 ポーン、という柔らかい電子音の後に、女性の声のアナウンスが流れる。

 

『ユーロトンネル爆破事故の影響で、当機もフランス―イギリス間の物資運搬サービスに協力しております。乗客の皆様にはご迷惑をおかけいたしますが、荷物の追加積載が完了するまで、今しばらくお待ちください』

 

 そんなアナウンスを聞いて、駿斗はテレビのチャンネルを切り替えた。

 

「そういえば、ユーロトンネルが今は使えないからその分の輸送を空路や海路に負担させているんだっけか。まったく、陸路に比べれば大幅にコストがかかると思うのに、大変だな」

「ねえ、まだ出発しないの?」

「まあ、困ったときはお互いさまだからなー」

 

 恐らく、彼らが待っている間に、機体の中に荷物が次々と運び込まれているはずだ。闇に包まれた窓の外では、飛行場の灯りに照らされながら作業する人々が見えた。

 

 日本とイギリスの間には9時間の誤差があり、イギリスに到着した時は、時間をその分巻き戻すことになる。そのため、彼らはたっぷりと『夜』を体験することになりそうだ。

 

「ビーフとフィッシュはまだなのー?」

「機内食はどちらか片方を選ぶのであって、いつの間にか両方を食べることを前提にしているんじゃねえよ。まさか、俺たちの分まで食べる気満々じゃねえだろうな……」

「んんっ! あそこで作業服着たおじさんがサンドイッチ食べてる!」

「メシ食いながら作業するなんて、空港の人たちも大変そうだなあ……って、おいインデックス! 仮にもシスターなんだから1食の食事の時間が後ろに伸ばされたくらいでぎゃーぎゃー騒いでいるんじゃねえ! お前が暴れたところであのサンドイッチがこっちに来るわけじゃね……」

 

 3人がバタバタしていると、ふとそこで窓際に座っていた当麻のひじが何かにぶつかった。

 

 見ると、窓際の内壁の一部が四角く切り取られ、そこから何やらたくさんのケーブルが出てきている。

 

 おや。

 

 へんなものがかってにひらいたよ?

 

「……、」

 

 当麻と駿斗は一瞬考えた後、阿吽の呼吸で頷き合い、バタン! と一斉にその蓋を閉めた。

 

 すると、彼らの話を聞いていたのか、通路を歩いていた金髪ナイスバディのフライトアテンダントさんがやってくる。

 

「申し訳ありません。お客様のご予定について最大限に配慮させていただいているのですが」

「だ、大丈夫ですよ。別に、クレームとかそういうのじゃないので」

 

 駿斗は弁明しつつ、さりげなく話題を変えるために話を振った。

 

「それにしても、飛行機で輸出っていうのはコストがかかりそうですけど。やっぱり、イギリス国内では調達が難しい、というわけですか?」

「え、ええ……」

 

 フライトアテンダントさんは言いづらそうな調子だった。

 

「海底鉄道トンネルが封じられたことで、現在は船舶と航空に割り振っているようですが……。英国は島国ですが、魚介類の半分近くは輸入に頼っています」

 

 そうしたものは、船でのんびり運んでいると傷んでしまうため、スピードを重視して航空機で輸送するのだという。あとは、この便のコンテナの場合、流動食(オートミール)なども含まれるようだ。フランス国内のメーカーでしか作られていない製品であるらしい。

 

 すると、そこでインデックスがボソリと呟いた。

 

「……しょくひん……食べ物……ひこーきのご飯……きないしょく……ビーフ……ビーフオアフィッシュ!」

「ぐおおっ! インデックス、夕飯抜きで空腹がマックスになっているのは分かったからとりあえず気を鎮めろ! ご飯の時間まであとちょっとだ!」

「あとちょっとって、どのくらい?」

「……1時間ぐらい?」

「――ッ!?」

 

 ガッシィ! と再び駿斗がインデックスにアイアンクローを決めた。その様子を見たフライトアテンダントさんが「す、すぐにお持ちします!」と叫んで走り去るのがとても心苦しい。

 

 空腹のインデックスに襲われそうになった当麻は思わず叫ぶ。

 

「こらインデックス! お前が大暴れするから迷惑かけちゃっただろ! というか機内食を1人だけ早弁状態って、相当のクレーマーですよ!?」

「そんなことを言われたところで私の空腹はすでに限界点を3周くらい回っているんだよ! もう1分1秒すら待てない切迫した状況を理解して欲しいかも!」

「それでも状況が状況なんだから仕方ねえだろ!? 文句言う前にお前が素敵なアイデアでも出してくれよ、インデックス」

 

 彼女はフライトアテンダントさんから去り際にもらった笛のオモチャをピーピー鳴らして気を紛らわせているが、いつ限界がくるものか分かったものではない。

 

 今回ばかりは、次に会ったときにその顔をぶん殴ってやるぞ、土御門。

 

 駿斗はそんな決意をしてから、はあ、とため息をついた。

 

 

 

 

 

 スカイバス365は無事に離陸し、飛行も安定した状態に入った。今は、シートベルトの制限も解かれている。

 

 そんな機内で、駿斗たち3人を、少し離れた通路から観察していた男がいた。

 

 いや、呆然としていた、という方が正しいかもしれない。

 

 本来、その男は3人のいるエコノミークラスの乗客ではない。余計な疑いを持たれないように、ビジネスクラスのチケットを取っていた。そして、その両者を隔てる『壁』のエリア、すなわち機内トイレを経由して、自然な挙動でエコノミークラスの席までやってきたのだが……。

 

(どういうことだ?)

 

 なるべく見るな、と念を押されていた手帳であるが、それでも緊急事態だと判断した男は、ポケットから取り出したページを開いた。しかし、座席番号を確認しても、やはり少年少女たち3人が占拠しているその場所で間違いない。

 

 だが、そこは本来ならば空席でなければならない場所だ。なぜなら、男の仲間が偽名でチケットを取っているはずなのだから。

 

(くそ、キャンセル待ちで座席が埋まったのか……ッ!?)

 

 予約された席であっても、搭乗締め切り後にも予約客が来ない場合、その座席はキャンセル待ち扱いとなって、他の乗客に移されてしまう場合がある。そのため、あの3人は空席であるはずの場所に座っているのだろう。

 

 状況は分かった。

 

 しかし、打開策までは思い浮かばない。

 

(どうする……あの座席が使えなければ、『計画』を実行に移せないぞ)

 

 男は怪しまれないために、一先ずゆっくりと通路を歩いて階段で別の階層に移動することにした。

 

 

 

 

 

 機内食の時間は延び延びだ。

 

 機体の傾きが安定したのに、いつまでたってもフライトアテンダントさんはやってこない。……そもそも、機内食を前倒しすることなんて可能なのだろうか?

 

「やっぱり、心配だな。俺。ちょっとフライトアテンダントさんのところまで行ってみるわ」

「私だって、ビーフオアフィッシュが心配なんだよ!」

「ややこしくなるから、インデックスはそこでじっとしてろ」

「悪い。頼むな、駿斗」

 

 そもそも、ガチで彼女が説教を喰らっていた場合、『や、やっぱりいいです! 大丈夫です!』と止めに入る予定なのだ。そこへ白い悪魔が、ビーフオアフィッシュ! ビーフオアフィッシュ! と怒涛のスローガンを放ったら、状況がメチャクチャになるに決まってる。

 

 駿斗は席を立ちあがって通路に出る。行き先は、エコノミーとビジネスの間にある『壁』の区間……機内トイレやフリードリンクコーナー、機内食用のエリア、他階層への急な階段など、複数の設備が整った場所である。

 

(マジで説教されてないだろうな……そうじゃないと願いたい)

 

 しかし、『壁』の区間に入っても、フライトアテンダントさんは見つからなかった。

 

「うーん、やっぱり難しいのかなあ。まあ、あの人たちには別の仕事もあるだろうし」

 

 機内食を取り扱っているらしき場所も見つけるが、そこには人がいる様子はない。それを確認した駿斗は一度、2人の下へと戻るために踵を返して歩き出そうとした。

 

「きゃあっ!?」

 

 いきなりかん高い声が聞こえたかと思ったら、ドン、と何かがぶつかるような感触があった。どうやら、駿斗は自分のすぐ横を通ろうとした何者かを、ぶつかって床に倒してしまったらしい。

 

「す、すみません! だいじょ……」

 

 そこに倒れていたフライトアテンダントさんはそう言いかけたが、床に散らばった書類を見るなりババッ! と慌てた様子でそれをかき集める。

 

「み、見ました?」

「いえ、見ていません。すみませんでした」

 

 駿斗は謝罪の言葉をかけてから、彼女と別れて自分の席へと戻っていく。しかし、その途中で気が付いた。

 

(あれ? どうして「見ました?」なんだ? そもそも、フライトアテンダントって、機内であんな書類を抱えているものなのか……)

 

 駿斗は素朴な疑問と共に、エコノミークラスの通路で立ち止まって後ろを振り返るが、彼女の姿はすでにそこにはいなかった。

 

(あんな質問をしたってことは重要な書類なんだろうけど、そんなもの機内で抱えたフライトアテンダントがうろうろとうろついているはずないと思うんだけどな。それとも、何かトラブルでも発生した、とか?)

 

 しかし、駿斗はそれ以上の詮索をやめて、自分の席へと戻っていった。どうやら、彼女は何やら仕事で忙しそうで、機内食どころではないようだ。

 

 

 

 

 

 インデックスの空腹がマキシマムだ。

 

「きーないーしょくー。きーないーしょくー。びーふおあふぃーっしゅー……」

「……すぐ横からひしひしと感じるこのプレッシャー。隣の席にかしこまった顔のライオンが座っているニュアンスなのですが、上条さんはいったいどうしたら良いのか、教えてくれますか駿斗?」

「現状維持、あるいはインデックスをどうにかして眠らせる……この2択かな」

 

 うーむ、と声をうならせて当麻の質問に答える駿斗。

 

「それとも、空気中の塵や二酸化炭素と水分から、ゼラチンかブドウ糖みたいな炭水化物でも作ってみるか? いや、やるだけ無駄だろうな。疲れるし、微々たる量しか用意はできないから、むしろ何かを口に入れた分、食欲が増していくだけだと思うし」

「現状維持でお願いします」

 

 これ以上、この白い悪魔の食欲を増進させてどうしようというのか。

 

 当麻が即答でその提案を断ると、駿斗は苦笑いをしながら、有料のクラッカーをボリボリと食べている、すぐ近くのブルジョワジーを見、ふと言った。

 

「……そういえば、この飛行機ってイギリス行きなんだから、ひょっとしたら土御門からもらった荷物にある、イギリスの通貨も使えるんじゃね?」

「ッッッ!?」

「ノォ! インデックスさんのお怒りはごもっともですが、ここで俺の頭蓋骨を噛み砕いたら有料のクラッカーはいつまで経ってもやってこないぞ!」

 

 ガバーン! と目の前で大きな口を広げたインデックスを、土壇場で牽制する当麻。駿斗は素早く、彼女の顎を拘束しにかかる。

 

 親友に空腹少女の面倒を任せると、今度は当麻が席を立ってフリードリンクのコーナーへと向かった。

 

(っつーか、さっきからウロチョロしてるよなー俺たち。不審者と思われてないだろうか)

 

 しかし、実際に他の乗客の様子を見ると、席を立って通路を歩いている人は結構いた。所詮は一番安いエコノミークラスであるため、長時間のフライトの間、ずっと座っていられるほど乗り心地の良いものではない。一応マッサージチェアとしての機能も有してはいるが、それでも全身をくまなくほぐしてくれるほど優秀なものではないようだ。

 

 駿斗は気が付かなかったが、よくよく見ると有料クラッカーの横にある透明な箱の横には、いろんな国の紙幣が収められていた。その隣にある小さな黒板には、各国の通貨レートが書かれている。

 

(えーと……3ポンドで10枚もらえるのか。っつか、3ポンドって何円だ?)

 

 外国のお金と学園都市の紙幣との間の為替など、当麻は知らない。高いのか安いのかも分からないまま、とりあえず箱に紙幣を突っ込むと、透明なフィルムでパッケージされたクラッカー10枚セットを手に取った。

 

 と、 

 

「……、あれ?」

 

 2人の下へ引き返そうとした当麻は、ふと足を止めた。

 

『壁』の区画にあるのは、フリードリンクのコーナーだけではない。機内トイレや掃除用具入れなどのスペース、機内食を保管したり温めたりする小部屋なども備えられているのだ。

 

 しかし、その小部屋の扉が開いていた。

 

(……こういう飛行機のドアって、半開きにしててよかったんだっけ?)

 

 当麻は、ドアに近づいて行った。

 

 だが、まあ、閉めるだけなら怒られないだろうし、などという悠長な考えは、すぐに霧散した。

 

 見たのだ。

 

 半開きになったドアの向こうに広がる光景を。

 

 機内食を温めるためであろう、複数の電子レンジがボルトで固定されていた。それだけなら普通なのであるが、そこに何か赤黒いべったりとしたものがこびりついていたのだ。幅が15センチ、長さは40センチほどもあった。

 

 まるで『何者かが液で汚れた手を壁につけて、立ち上がろうとしている』ような印象を受ける。

 

 何の液体なのだろうか。場所を考えれば、何かシチューのようなものでもこぼれたのかもしれないが……。

 

 

「見てしまいましたね」

 

 

 不意に、背後からそんな声が聞こえてきた。

 

 女性のものだった。その声に振り返ると、そこには金髪ナイスバディのフライトアテンダントさんが立っている。

 

 申し訳なさそうに、彼女はもう一度言った。

 

「その血痕、見てしまいましたね」

 

 当麻の知らないことまで、フライトアテンダントは告げてきた。

 

「これは――」

 

 思わず返事を口走る当麻。しかし、その声は途中で遮られた。

 

 理由は単純。フライトアテンダントがいきなり当麻の腕をねじ上げ、床にその体を倒したからだ。

 

 

 

 

 

「テロリストです……」

「フライトアテンダントさんが!?」

 

 ちっ違います! と彼女は慌てて否定した。

 

 空港の管制から、先ほど連絡があった。その内容は最悪だ。

 

 ある要求が呑まれない場合、犯人はスカイバス365の構造的な欠陥を突いて、この機の着陸を失敗させる――つまり、墜落、炎上させると。

 

 そして、その対応を始めたときに、フライトアテンダントの同僚の1人が急に背後から襲われた。もっとも、彼らはさすがに犯人を当麻だとは考えてないらしい。

 

「しかし、こういった情報を他のお客様へ伝えられては困るんです」

 

 もしもそんな情報が伝搬してしまったら、逃げ場のない機内はパニックに陥る。それだけでどれだけのけが人が出るかもわからない上に、最悪、機内のどこかで一般客に紛れ込んでいる犯人たちを刺激してしまう可能性がある。

 

 協力の謝礼としてフライト料金はタダにしてくれるらしいが、当麻は機内食の加熱スペースに放り込まれ、外から鍵をかけられた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。