とある神谷の幻想創造 神の右席編   作:nozomu7

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魔術の才能

 ジミーの持つ『縮絨棒』は、本来毛織物の折り目を密にするために使われた棒である。

 

 ジミーとは、もともと十二使徒の1人であるアルファイの子ヤコブに由来する。彼は最期に『神の子』を讃える言葉を神殿の屋根から叫んだ後、十字教を迫害する者の手で突き落とされ石打ちにされ、そして縮絨棒で頭を叩き潰された。そのエピソードによって、彼の象徴の1つとして縮絨棒が用いられているのだ。

 

 となれば、ジミーの扱う縮絨棒の破壊力のすさまじさの理由が分かる。

 

 華奢な体つきの五和など、その槍ごと吹き飛ばされ、その肋骨が砕けてしまうだろう。

 

 両者の得物が交わる。

 

 だが。

 

「はあっ!」

「っ!?」

 

 ガッキィィ! と。

 

 決して受け止めることのできないはずの一撃を、五和は海軍用船上槍(フリウリスピア)で受け止めた。

 

 ジミーの想定とは、異なる結果となる。

 

「その槍は……」

「ええ、樹脂を1500回ほど重ねてコートしています」

 

 表現された象徴は樹木の年輪。そして、そのことによって発動された術式は『植物の持つ繁殖力』だ。五和の槍は術式が限界を迎えるその時まで、時間と共に文字通りその硬度・耐久力が”成長”する。

 

『雑草』の力を知れ、と五和は宣言した。

 

「しかし、他にも複数の術式を重ね掛けしていますね……」

「……古今東西あらゆる文明において、なぜ衣服が生み出されたのか。その隠れた術式の意味を説明する必要がありますか?」

 

 見ると、彼女の着ているトレーナーの脇の辺りが不自然に弾け、白い肌が露出していた。

 

『装着者の身を守る』。これが最も重要な意味だ。最も、あくまでダメージの一部を肩代わりさせる補助的な術式であり、どんな攻撃でも防げるような便利なものではない。

 

 しかし、ジミーにはそれよりも驚いたことがあった。

 

(私たちには、天使の力(テレズマ)による身体強化がはたらいているはず……)

 

 そう、そのスピードについてきたことだ。

 

『十二使徒』はさすがに『聖人』には及ばないものの、それでも並の魔術師が対処できて良いものではない。当麻にしても、間一髪で避けるのが基本的で、あるいはその右手があるからこそ今までの戦いに対処できていたのだ。

 

 しかし、彼女はその動きに正確についてきていた。

 

 周囲から突き出されてきた攻撃に対処していると、硬貨袋から雷撃を放っていたレビが叫んだ。

 

「『天草式』全員が、1つの生き物と化しているような……!」

 

 その言葉を聞いて、残りの2人も気が付いた。

 

 50人近い天草式のメンバーたちの動きには、一定の規則性がある。一種の独特の規則性に基づいて、『中心』が五和からっ別の誰かへと動き、それを探そうとすれば全体に霧散し、そして探すのをやめて戦闘に集中すれば再び五和へと『中心』が戻って来る。

 

 1つの組織の中を、まるで『中心』という生き物がぬるりと動いているような、奇妙な感覚だった。

 

(どうやら、互いが互いの動体視力や運動能力を補強しあっているようですね……)

 

 まるで、驚異的な力を持つ者との戦闘に慣れているかのような挙動に彼らは眉をひそめるが、しかしすぐに気が付いた。

 

 かつて、天草式十字凄教は『聖人』が属していたのだ。だとすれば、『聖人』よりも遅い彼ら『十二使徒』は天草式にとって、その速度はそれほど大きな脅威ではないのかもしれない。

 

 だが、普通の人間には扱えない術式と天使の力こそが、『十二使徒』の本懐だ。

 

 霊装に魔力を込めてそれを発動しようとするその時。

 

 チカリ、と。彼らの周囲で何かが光った。

 

鋼糸(ワイヤー)……!)

 

 1人辺りが操る糸は7本。そして、天草式の50人から、それが放たれている。合計350本もの蜘蛛の糸が、全方位から『十二使徒』の3人に襲い掛かった。

 

 しかし、その次に起きたのは『十二使徒』の悲鳴でもなく、その体が地面に倒れる音でもなかった。

 

神より授けられし子は(ÈSBCAD)復活ののち聖地の司教の下へと現れる(SLPIDVDTSDLR)!」

 

 ジミーの詠唱の声。そして、爆発音。

 

 明らかに、常人には使用不可能な量の天使の力による爆発が起きた。

 

 それは彼らに襲い掛かろうとしていた鋼糸を引きちぎりながら吹き飛ばし、そして天草式の面々もその爆発によって周囲へ投げ出される。

 

(これは……)

 

 地面に叩き付けられた五和は、海上用戦闘槍(フリウリスピア)を握りしめながら歯噛みする。

 

「既にご存知かと思いますが、ジミーという名は小ヤコブに由来するものです」

 

 彼は、縮絨棒を片手で弄びながら言った。

 

「十二使徒には様々な伝説が存在します。むしろ、聖書よりもその他の書物に記載されていることが多いですが……その中で、復活した『神の子』が小ヤコブの前に特別に現れた、という話が存在します」

 

 あなた方も十字教徒の端くれというのならすでにご存じでしょうがね、とジミーは言う。

 

「一度だけ、特別に『神の子』との面会を許されたわけですが、それはこう言いかえることもできますよね? すなわち、『小ヤコブは特別に神の子から奇蹟を得ることを許された』と」

 

 つまり、それがこの術式の正体。

 

 小ヤコブという『十二使徒』の中でも、彼に対応しているジミーだけが使用できる術式。『通常では不可能な神の子の奇跡=魔術を引き起こすことができる』。

 

 だから、常人どころか他の『十二使徒』にも使用不可能な規模の莫大な力を行使できた。

 

「そして、この場にいるのは私だけではありませんよ?」

「ッ!?」

 

 その声に呼応するかのように、レビの硬貨袋が恐ろしい速さで五和に直撃した。その華奢な身体が、他の天草式の体を超えて飛んでいく。

 

「がっ、ァァああああああああ!」

 

 五和の喉から絶叫が漏れる。

 

 要の1人である五和が吹き飛ばされたのを見て、完全に陣形が崩れた天草式に3人はとどめを刺すため魔術を発動しようとした。

 

 しかし、その時。彼らの動きが止まった。

 

 

 ゾン! と。

 

 不意に、辺り一面に、得体のしれない殺気が充満する。

 

 

 これは、満身創痍の五和どころか、どの天草式の面々から放たれたものでもなかった。

 

 3人は、自分の霊装をそれぞれ掴み直すとこう言った。

 

「命拾いしましたね。あなたの主に感謝することです」

 

 そして、彼らはどこかへと消え去って行った。

 

「主に、感謝しろ……?」

 

 明確に負けたのかどうかも分からない曖昧な結果。

 

 アスファルトやコンクリートが砕けている周囲の惨状の中で、自分たちが生き残ったことに戸惑いを隠しきれないまま、五和は呟いた。

 

 

 

 

 

 その場所から200メートルほど離れた場所で、1つの影が3人の男と対峙していた。

 

「私の『仲間』たちが、世話になりましたね」

 

 長身に2メートルを超える日本刀『七天七刀』を装備し、後ろで束ねられた黒い髪は腰まで届いている。服装は腰のところで絞ったTシャツの上から、右腕の部分が肩の所から切断されたデニム地のジャケットを羽織っていた。下はジーンズであったが、それも左足の部分だけ太股の所から切断されていた。

 

「そういえば、極東には一撃必殺を信条とする『聖人』がいたのでしたね」

 

 トマがそう言った。

 

 国家や組織に所属する聖人は、そう簡単にあちこちで活動することができない。しかし、この聖人はそれらのリスクを承知の上で彼らの前に立ったのだ。

 

「しかし、天草式の聖人は戦闘を嫌う性根と聞いていたのですがね」

「ええ」

 

 ジミーの言葉に、神裂は肯定の返事を返した。

 

「私もそう思っていたのですが、どうやら私は自分で考えていたよりも、ずっと幼稚な人間だったようです」

 

 彼女は自分の背負っている魔法名を自覚していても、『怒り』は7つの罪の1つだと分かっていても、『十二使徒』の前に立ちはだかった。

 

「グダグダと悩むのはやめましょう。彼らの決意を無駄にはしない。それだけで十分です」

 

 理不尽な暴力を受けて倒れた少年のために。

 

 その暴虐を止めるために立ち上がり、圧倒的な力によって蹂躙された仲間たちのために。

 

 彼女は握りつぶすように、刀の柄へ手を伸ばした。

 

「おおおァあああっ!」

 

 裂帛(れっぱく)の気合と共に神裂の手から放たれるのは、神速の抜刀術。特定の宗教に対し、別の教義で用いられる術式を迂回して傷つけることで、一神教の天使すら傷つけることのできる必殺の一撃。

 

 十字術式にできないことは仏教術式で。

 

 仏教術式にできないことは神道術式で。

 

 神道術式にできないことは十字術式で。

 

 互いの弱点をその都度適切な形で補い合い、あらゆるものを切断する唯一無二の攻撃術式――唯閃。

 

『十二使徒』は常人に比べれば優れた身体能力を有するものの、生身で音速を超える動きをする『聖人』の射程圏内からは逃れることができない。さらに『唯閃』使用時には、神裂は特殊な呼吸法で練り上げられた魔力によって、その身体能力を人間の限界を超えたものへと高められている。

 

 だが、何人にも受け止めることのできないはずの斬撃を受けても、トマはその意識を飛ばすことも、あるいは体が真っ二つにされることもなかった。それを見た彼女は知る。

 

 彼らは常時防御術式を発動している。神裂を見てから術式を組み上げたのか、あるいは常にそのようにしているのかは分からないが。その上、彼らもまた、神裂と同じように多種多様な術式に精通している。

 

 神裂が仏教術式、神道術式とその攻撃の型を変えていくのに合わせて、彼らもわずかに遅れが生じてはいるもののその防御の型を変えていく。音速を超える戦いの最中に別次元の『読み合い』という頭脳戦が並行して展開されていた。

 

 物理と魔術。

 

 肉体と精神。

 

 騒乱と瞑想。

 

 一般に、魔術を扱うのに才能は不要とされる。そもそも、魔術とは才能なき者が才能ある者に追いつくために生み出された技術なのだから。

 

 しかし『聖人』という極めて稀な才能を持つ神裂と『十二使徒』という特殊なポジションに選ばれた3人、あるいは『聖人』であるアックアとこの世に1つしかない『幻想創造(イマジンクリエイト)』という力を持つ駿斗を見ても、はたして同じことが言えるのだろうか。

 

「すばらしいですね」

 

 トマがそう言うと、ジミーもまた言った。

 

「2人の少年のためにこれだけの人員が駆けつけるとは、大した人望です。敵ながら見事、と言っておきましょう」

「しかし、我々の前に立ちふさがるのであれば、蹴散らすのみです!」

 

 体に風を纏ったトマが、その拳を突き出しながら叫ぶ。

 

 しかし、その直後ドバッ! という切断音が聞こえる。彼らから発生していた水や土の塊が切り裂かれた。

 

 ワイヤーを使った『七閃』だ。

 

「……この程度で全力と思われるのは心外です。」

 

 その直後、あらゆる角度から細いワイヤーがすさまじい速度で彼らに襲い掛かった。

 

 あるワイヤーを縮絨棒で弾き、横から迫ってくる斬撃を宙を舞う硬貨袋が防いだ直後――突如として彼らを紅蓮の炎が包み込んだ。

 

 空中を引き裂くワイヤーの軌跡が、三次元的な魔方陣を描いたのだ。そう気が付いた直後には、爆炎が彼ら3人の体を包み込んでいた。さらに、立て続けに爆発が起きるが、それを鋭い斬撃が切り裂き、そして2本のワイヤーが『十二使徒』の腕や足を浅く切り裂いた。

 

 3人の男たちが、危なげなく宙に浮いた肉体を制御してコンクリートの上へと着地する。

 

「やはり、あなたも結局は天草式の一員という訳ですか。基本的にやっていることは同じのようですね」

 

 天使の力で傷ついた肉体の出血を抑えながら、ジミーが言った。

 

「だが、扱うものが聖人ともなるとここまで変わるものなのですか……つくづく、才能とは残酷なものだと思い知らされます」

「訂正をしていただきましょう」

 

 神裂はそう言った。

 

 彼らと同じように、才能あるものの立場でありながら。

 

「確かに、彼らに『唯閃』は扱えません。しかし、その土台となった剣術、鋼糸、術式、その組み立てと占術のパターンは、全て天草式の先達に教えていただいたものです。この結果は才能などというちっぽけなものではなく、彼らの歴史が創り上げた結晶」

 

 自らの師である仲間たちを侮辱することなど許さない。ましてや、それだけの力を自覚しておきながら、ただの高校生相手に容赦なく振りかざすような外道に、誰かを見下すような資格などない。

 

 しかし、自分への戒めでもあるそれを言った神裂に対し、ジミーは平然と告げた。

 

「そこで怒りを覚えること自体が、手ぬるいと言えますね。歩兵が偵察に出かけたところ、不意に敵の戦車と遭遇した。……それが戦場というものです。逃げ道や対抗策など、あらかじめ用意されているものではありません。自らで何かの手段を持たぬものは、ただ砲撃を受けてその体が消し飛ぶのみ。あるいは、神に祈ればなんらかの慈悲を受けることもあるでしょうが」

「それはあなたの論理です」

「だが、その領域に踏み込んできたのはあなた方です」

 

 さらに、トマが付け加えて言う。

 

「いや、あの少年たちに関しては、誰かの手で引きずりあげられたのでしたか?」

 

 何も言わず、神裂は動いた。抜刀から放たれた斬撃が『十二使徒』を襲い、しかし彼らはそれを躱し、あるいは弾き、受け流して攻撃に転じる。

 

 縮絨棒を神裂が避け、炎を纏った拳を刀で受け止めた直後に左右から猛烈なスピードで硬貨袋が迫る。それを背後に跳んで避けたところで、雷の剣を生み出したレビが周囲から放たれてきた鋼糸を切り裂きながら神裂にその刃を突き立てる。

 

「それが分かっていながら、巻き込まれただけの一般人と認識しておきながら! なぜ『聖人』の力を、『十二使徒』という力を叩き付けたのですか!」

 

 普段では聞くことのできない、感情むき出しの怒号だった。

 

「戦う理由など、語ってどうするのですか?」

 

 しかし、感情を爆発させる神裂に対して、彼らはどこまでも冷静だ。

 

「己の行いに自信があるのであれば、それまでの道のりに言い訳など不要です。行動の結果意志が伝わることはありましょう。しかし、最初から用意された台本の如きものに、どれほど真実が含まれているというのでしょうか」

 

 硬貨袋から放たれた雷撃が、神裂を貫く。

 

 一瞬その動きを止められた彼女に縮絨棒が叩き付けられ、神裂はそれを刀で受け止めようとする。だが、受け切れずにさらに10メートルほど吹き飛ばされた。

 

『十二使徒』の言葉には芯がある。しかし、神裂にはそれが見えない。

 

 それでも、彼女は彼らの持つ『理由』があの少年たちにかなうとは思えなかった。

 

 あの時、魔術に対しては全くの素人だったのにもかかわらず、インデックスを守るために迷いなく『魔女狩りの王(イノケンティウス)』を扱うステイルに立ち向かった彼らに。そして、1人の修道女を守るために200人以上の完全武装のシスターにたった2人で喧嘩を売ったあの少年たちに。

 

 神裂火織は刃を振るいながら、思い切り奥歯をかみしめる。

 

 今もベッドで眠っているであろう少年の想いを。そして、その少年の身を誰よりも案じているその親友の想いを。

 

 こんな才能『しかない』卑怯者に、踏みにじらせはしない。

 

 

 

 

 

 そして。

 

 50人近い天草式十字凄教の面々は、治療のために巻いた包帯自体が引きちぎれ、その内側から赤いものが滲んでいるという状況にもかかわらず、戦闘によって破壊された第四階層の穴の淵から、第五階層で繰り広げられるその戦いの様子を見ていた。

 

 そこで繰り広げられているのは、銀河と銀河のぶつかり合いだ。次々と繰り出される魔術は、そのどれか1つが現天草式にぶつかれば彼らを一撃で消し炭にするようなものであったが、それらもやはり圧倒的な魔術で迎撃されていく。

 

 その銀河のうちの1つは、神裂火織だ。世界に50人といない本物の聖人である彼らの女教皇(プリエステス)だ。

 

 彼女が戦っている。おそらくはターゲットとされてしまった一般人の少年を助けるために。そして『十二使徒』に襲われていた現天草式の仲間たちのために。

 

 だが。

 

「……、」

 

 ガシャン、という金属音が鳴り響いた。最初の1つが鳴ると、次々に武器を落とす音が続いた。その武器は彼らの努力の結晶だ。しかし、それを落とした彼らはただ1つのことを考えた。

 

 

 自分たちは、一体何をやっていたのだろう。

 

 ただ圧倒的な無気力感が、天草式の間で広がっていく。

 

 

 どれほど努力したところで、自分たちは神裂の掌の上から逃れることはなかった。『彼女』は愛らしいものでも見るような眼でそれらを見つめ、そしていざ危険が迫れば誰にも到達できないような高みで戦いを繰り広げる。

 

 結局は、遊びにしか見てもらえなかったのだ。当人たちがどれだけ本気であったとしても。

 

 もちろん、彼女はそのような気持ちなど微塵もないのだろう。だからこそ、そのようなことしか考えられない自分たちの矮小さに、彼らは打ちのめされていた。

 

 もしもあの少年たちがここにいれば、彼らはそのようなことにかまったりしないであろう。

 

 仮にその右手に、あるいはその肉体に特殊な力など宿っていなくとも、目の前で『神裂』という仲間が戦っており、傷つけられていく様子を見ればそれだけで拳を握ってあの中へと飛び込んでゆくのだろう。

 

 しかし、今の天草式にその信念は、その強さはなかった。

 

 聖人の戦いは続く。あまりに圧倒的な力は見ているだけで人の心を抉っていくことも知らずに、彼女は何人にも追いつけない力を持って衝突する。

 

 

 

 

 

 御坂美琴は、トボトボと深夜の街を歩いていた。

 

 温泉のスタンプラリーの景品である『湯上りゲコ太ストラップ』を得るために外のお風呂施設を利用した彼女であったが、折悪く、なんか『無酸素警報』という第二十二学区特有のデンジャラスイベントに遭遇して、今に至る。

 

(だーちくしょう……結局、寮のユニットバスを利用する羽目になるのか)

 

 そう考えた彼女であったが、どういう訳か第二十二学区の出入り口が封鎖されていた。どうやら、何らかのシステムトラブルであるらしい。

 

 野次馬根性がどこぞの少年たちに負けず劣らず強い彼女であるが、しかしゲートを管理しているおじさんと話している途中でバチン! という音を立てて彼女の前髪から火花が飛び出してしまった。彼女にしては珍しい、能力の暴走だった。

 

 学園都市特有の感覚であるが、自分の能力を制御できないのは恥ずかしいのだ。そのため、御坂は気恥ずかしさを覚えながら撤退することに。

 

 もしも彼女が魔術に精通していれば、今のは『人払い』という人間の感覚や認識に影響を与える術式が彼女の能力の制御法と競合を引き起こしたことに勘付いたかもしれない。

 

 とにかく外に出ることができないため、彼女は第七階層にあるグレード高めなホテルに足を運ぶ。

 

 しかし、らせん状の階段を降りた時だった。

 

「ちょ、アンタ何やってんのよ!?」

 

 前方の暗がりから街灯の下へと出てきた少年を見て、彼女は慌てて駆け寄った。

 

 上条当麻だ。

 

 だが、その様子はいつもの飄々としたものではない。青ざめた顔。着ているのは手術着か? 身体中にまかれた包帯はところどころがずれていて、赤いものがその下から滲んでいた。歩き方も、頼りなく風に吹かれるろうそくを思わせる。

 

「御坂、か……?」

 

 街灯の柱に体を預けるようにして、上条は立っていた。さらに、その眼の焦点が合っていないことに気が付いて御坂はギョッとした。

 

 当麻は唇を動かして何かを言ったが、御坂には聞こえなかった。しかし、それでも彼はゆっくりと、体を壁に預けながら歩いて行く。しかし、御坂の横を通り過ぎようとした時、ガクン、とその膝が落ちた。その手に持っていた、グローブのようなものも落ちた。彼女は慌ててその体を支える。

 

「バカ! アンタ、その怪我どうしたのよ! そっちについている電極のコードとか……まさか、どっかの病院を抜け出してきたとかじゃないでしょうね!?」

「行か、ないと……」

 

 しかし、その次に聞こえた言葉で彼女はさらに愕然とした。

 

「あいつら、多分、今も戦っている。だから、行かないと……」

 

 その断片的な言葉で、御坂の全身に震えが走った。

 

 この少年とその親友が、常々何かの面倒事に巻き込まれているのは知っていた。しかし、それはあくまでも喧嘩の延長線上のようなものだと思っていた。一度だけ学園都市最強の超能力者(レベル5)と戦いはしたものの、それは人生で1度きりの物だと思っていた。

 

 しかし、違ったのだ。この少年は、文字通り死闘の中を潜り抜けてきた。

 

 それでも、この少年は自分の腕をつかむ御坂を不思議そうな顔をして見ていた。

 

 それは、どうして彼女が立ち尽くしているのか、全く理解してない顔だった。他人に心配をかけるようなことは隠しているから、誰かがピンチに都合よく駆けつけてくれることなどありえないと、完全に信じ切っている顔だった。


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